魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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酔いどれスラル

「ここ、私の席ー!」

 

「っ……そ、そうか……」

 

 レオンハルトは自身の膝の上に飛び乗ってきては、にこにことするスラルに困惑しながら相槌を返す。

 もてなせ、と酔った様子で命令した彼女は周囲の魔物などお構いなしにレオンハルトに自らの世話をさせようとしていた。顔は赤く、ろれつは回ってない、その様子はまさしくへべれけ状態だ。おそらく手に持った酒瓶を道中飲んできたのだろう。中の液体は既に半分ほど減っているのが見えた。

 ……というか、何でここに……!

 レオンハルトはそう疑問する。故に聞いてみた。小声で、

 

「……何でここにいるんだ」

 

「んー……レオンハルトがいるって聞いてしかも酒宴開くって言うから……来ちゃったぁ」

 

 いたずらっぽく首を傾げながら言うスラル、そのことに対する感想は一旦頭の隅に置いておく。思うのは、

 ……バレちまってたのか……!

 この酒宴はレオンハルト軍だけのものであり、一応そのことを口外するのは禁止させていた。だが、なにしろ大規模なものであり、他の部署にも影響があることから知れ渡るのはしょうがない。人の、魔物兵達の口に戸を立てるのは難しいのだ。

 それでもスラルに関しては、基本的に部屋に引き篭もっていることが多い上、外に出る時も自分を連れることが殆どであるため、バレずに済むかと思っていたが――どうやらその認識は甘かったらしい。レオンハルトは酔いが覚めてきた頭で考える。

 

 このままじゃ酒宴が台無しになってしまう。そして、この後の予定も無くなったも同然だろう。レオンハルトとしても、スラルには何となくバレたくないことだ。

……でも、バレてはないみたいだな。

 レオンハルトの周囲には未だ女の子モンスター達がいるのだが、スラルはその存在に気づいていないのか、もしくは気づいてはいるが何をしていたか、これから何をしようとしていたのか知らないのか、あまり気にした様子はない。

であるなら、そちらは置いといても構わないだろう。自分が気にするべきは、この酒宴をどうするか。

 

 レオンハルトは周囲を見渡す。先程までは魔物将軍や魔物隊長達が思い思いに楽しんでいたこの会場は、魔王が来たことによってどうしていいのかわからない様子。戸惑った様に、遠巻きにこちらを見ていた。このままではお開きになってしまうだろう。

 確かにいい時間かもしれないが、彼らはまだまだ楽しみたいに違いない。今回の酒宴は、朝まで飲んでも構わないとしている。翌日の仕事に関しては触れなくても構わない。他の軍から人員を回すことになっているし、緊急の要件であっても自分だけが動けば済む話だ。

 有り体に言えば彼らは明日、休みであり、翌日を気にしなくていいほど楽しむつもりで来たはずだ。ならばそうさせてあげたいところ。

 そのためにはどうするか。一番良いのはスラルに帰ってもらうことだが、その期待は薄い。

 

「……魔王様」

 

「んー、なにー?」

 

 レオンハルトは一応、ダメ元で聞いてみることにした。余所行き用の口調で、

 

「そろそろ夜も更けてきました故、城に帰りま――」

 

「いやっ! 私も楽しみたい!」

 

 すげなく却下される。やはり今すぐに帰るのは無理そうだ。スラルはまるで駄々っ子の様に、

 

「宴はまだまだこれからなんだから! ほらっ、私を楽しませなさいっ!」

 

「……それは」

 

 その言葉に周囲がざわつく。楽しませろ、とはまた結構な無茶振りだ。しかし魔王の命令となれば聞くしかない。レオンハルトは嘆息する。

 ……仕方ない。少し気分を良くしてから帰ってもらうか。

 ならば、とレオンハルトは行動に起こす。まずはどのような事をすればいいのか、詳細に聞くため、口を開いた。

 

「どのように楽しませれば?」

 

「んくっ、んくっ……はぁ、そうねー……」

 

 スラルは酒瓶をラッパ飲みして、息を吐くと、身体を左右に揺らしながら考え込む。レオンハルトはそれを見て、

 ……酔い潰した方が手っ取り早いか?

 そんな考えが頭を過り、しかし即座に棄却する。これ以上酔って更に酷い状態になる危険性があるからだ。それに、スラルがどれだけ酒に強いかもわからないので、時間がかかるかもしれない。レオンハルトの記憶の中でもスラルが酒を飲んでいるところは見たことがない。これが初だ。なので、そこまで強くはないとは思うが、それだけに何が起こるか予想が付かない。

 なのでやはり、適当に楽しませて帰ってもらおう。そう決めてスラルの言葉を待っていると、

 

「レオンハルト~」

 

 呼びつけられた。反応しようとして、

 

「ぎゅってして」

 

「はい、畏まりまし……た……?」

 

 頷き、それを即座に実行しようとしていたところでおかしな、信じられないような命令を下されたことに気づく。

 ……俺の聞き間違いか? 今、ぎゅってしてと言われたような……。

 聞き間違いでなければ随分と魔王としての威厳が無くなりそうな命令だ。いや、元よりスラルに対する魔王らしさ、など求めてないし、そんなのは存在しない事はわかってる。

 だとしても、今の発言は何だろうか。ぎゅっとして、という意味はおそらくだが、抱きしめてほしい、という意味だろう。それ以外の意味はあまり思いつかない。

 しかしレオンハルトが知らないだけでまた別の意味でもあるのかもしれない。レオンハルトは再び確認の意味を込めて、

 

「……ぎゅっとして、というのは――」

 

「? 抱きしめてって意味だけど?」

 

 何でそんなことを聞いてくるのかわからない、といった風に首を傾げるスラルにレオンハルトは真顔になる。

 ……マジで言ってんのか……!

 さすがにそれを即座に実行するのは些かハードルが高いのではないだろうか、と思う。しかし、

 

「それは……」

 

「嫌なの?」

 

「嫌なわけでは……」

 

「それじゃあ早くして。ちゃんと、ぎゅうぅぅって、してね?」

 

 念を押すように催促されてしまう。これでは逃げようがない。

 周囲には未だ、魔物将軍や魔物隊長、自身のファンである女の子モンスター達が固唾を呑んで見守っている。正直、誰か助けてほしいのだが、魔王と魔人のやりとりに口を挟むなど、一魔物でしかない彼らには難しいだろう。

 ならば、とレオンハルトは決断した。腕を前に回し、膝の上に座るスラルを、

 

「っ――」

 

 抱きしめた。それを見た周囲から「おお……!」という声が漏れる。何を唸ってるんだ、とレオンハルトは周囲を見て半目になる。

 そんな中、熱を持った小柄な身体が自分の腕の中に完全に収まる。体格差があるためだ。自分はそれなりに長身だが、スラルは女性としては小柄で華奢な体格。致し方ないことではあるが、スラルはそれを、

 

「んんーー……! あったかーい……しばらくこの状態ね?」

 

「…………はい」

 

 大層お気に召したようで、顔に笑みを作り頬を手で抑えて喜んだ。そしてこの状態の継続を願う。レオンハルトは勿論、それに頷くしかない。

 ……まあ、これはいい。いや、よくないが、言っててもしょうがない。――問題は次だ。

 レオンハルトは半ば諦めながらそれを受け入れる。問題を解決する為に、ある程度自分の身を削るのは仕方ないのだ。彼女を楽しませる為にはある程度我慢しようと覚悟を決める。ここからが本番なのだ。

 まだ最初の質問の答えは返ってきていない。その答えのいかんによっては更に身を削ることに――

 

「あ、そうだ」

 

「! 思いつきましたか?」

 

 不意に、スラルが閃いたように声を上げたので、それを促す。簡単な命令であれば良いのだが。

 そうして告げられた言葉は、

 

「――面白いことして笑わせて?」

 

「――――」

 

 その言葉に、レオンハルトは言葉を失くす。自分だけじゃなく、周囲の魔物達も皆、その発言に唖然とし――そして、少しの間を置いて心の中で叫んだ。

 

 ……む、無茶振りだあ――!?

 

 

 

 

 

 レオンハルトは大いに慌てた。返ってきた答えが想定を遥かに越えてきたからだ。それは、

 ……まさかの自由だと……!?

 ふざけやがって、とレオンハルトは憤った。単純なあれしろ、これしろ、という命令を下してくれれば楽なものを、まさかの、面白いことをしろ、なんて言うハードルの高い命令をされてしまった。

 ぶっちゃけ、こういった自由裁量が高すぎるお題は、正直一番難易度が高い、とレオンハルトは思う。

 何かをしろ、という命令は、それでスベってもそれは相手側の無茶振りであるため、こちらに責任が降りかかり難いものだ。その場合、場には、まぁしょうがないよ、的な空気が流れるものである。

 しかしそれがこちらの自由、何をしてもいい、となった時、難易度は急激に跳ね上がる。

 そもそもが無茶ぶりであり、準備期間がないことは同じでも、自分自身のセンスが問われるからだ。

 仮にそれでスベると、本来はそういった無茶振りが悪い筈なのに、自分で考えてそれを行ったという責任を急に負わされるのである。

 結果、そいつはまるで面白くない奴、のような評価が下されるのである。

 そもそも断ればいい、だなんて答えは通用しない。これは全部、それを受けざるを得ない状況での話であり、今まさにその状況でもあるからだ。魔王の命令に逆らえる奴など存在しない。少なくとも衆人環視の中では不可能だ。二人きりとかならレオンハルトやガルティアなど、一部の魔人に限って可能ではあるが。故に、

 ……よりにもよってそれか……一体どうすれば……!

 レオンハルトはそれを思い悩む。何をすればスラルを笑わせることが出来るのか、と深く悩む。

 そんな時、さらなる追い打ちをレオンハルトはくらった。

 

「もう……まだー?」

 

「いや、その……もうちょっと――」

 

「早く面白いことして、魔王の命令だからねっ」

 

 と、その瞬間。

 

「――――っ!!」

 

 自分の身体が強制的に動いた。それはまさかの、やつだった。経験したことはないのだが、魔人の本能がそれを理解する。

 レオンハルトは内心、その事実に絶叫した。

 

 ……こんな下らねぇことに初めての絶対命令権使ってんじゃねぇ――!!

 

 そう、レオンハルトが自分の意思に反して行動を起こす理由。それは、魔王が魔人に対して持つ絶対命令権が発動したからに他ならない。

 魔人が魔王に逆らえない理由の一つであるこれは、文字通り、魔王の命令を魔人に強制出来る能力である。

 その効力は絶大であるものの、発動にははっきりと意思を込める必要があるため、今までレオンハルトはスラルにこれを使われたことがなかった。

それを今、使われたのだ。酔った勢いで、面白いことをさせる為だけに。誠に遺憾である。

 レオンハルトは肉体を必死に制御しようとしながらも、しかしそれは難しく、

 

「ぐ、ぐぐぐ……!」

 

 やがて、座ったまま、その命令を実行しようと行動した。

 

「――い、一発ギャグ、やります……!」

 

 その言葉に驚愕したのは周囲の魔物達であった。辺りが少しざわつく。

 

「わーい、楽しみー!」

 

「れ、レオンハルト様が一発ギャグ、だと……!?」

 

「想像出来ん……一体何をするんだ……?」

 

「レオンハルト様の新しい一面が見られるなんて……」

 

「レオンハルト様のギャグ……貴重ですわー! メモの用意を――」

 

 どうやら楽しみにしているのは命令したスラルを除くと、記録するためにメモを用意しているキャロルやファンクラブの子達くらいだった。いや、無理でも助けろよ! とレオンハルトが呑気に記録しようとしているキャロルに憤慨する。後でお仕置きしてやろうと思う。

 そして、更には、

 

「――おお、騒がしいと思ったらレオンハルトにスラルが――って、何してんだ、あいつら……」

 

 今まで食事を取っていたのだろう、ガルティアがその光景を見て近づいてきた。レオンハルトは内心、助けてくれ、と叫ぶ。

 魔王の命令なのでその願いは無茶なのだが、それ以前に、

 

「……なんか面白そうだから放っとくか」

 

 ……!? ガルティアてめぇぇぇええ――!!

 薄情にも見過ごされてしまった。後で絶対殴ろうと心に誓う。

 そして遂に、レオンハルトは行動を起こした。

 スラル、ガルティア、キャロル、魔物将軍、魔物隊長、ファンクラブ。皆が注目する中、レオンハルトは

 

「……あ、それ飲んじゃ駄目だぞ」

 

「あっ」

 

 レオンハルトがスラルの酒瓶を不意に取り上げた。そして、

 

「ちょっと、返してよ」

 

「駄目だ。何故ならな――」

 

 言った。

 

「――夜にお酒は避けナイト、駄目だからな……」

 

 滑った。

 

「…………………………」

 

 辺りがしん、と静まり返る。

 今日一の静けさだ。気の所為か、風の音も止み、気温も少し下がったような気がする。

 そしてややあってスラルが、

 

「……レオンハルト、面白くなーい」

 

 とどめを刺された。

 ……クソがあぁぁぁ――!! スラル、お前……後で絶対、泣かす……泣かす……!!

 レオンハルトは目元を抑え、顔を俯かせた。スラルを泣かせるとは誓ったが、先にこっちが泣きそうだ。しかも周囲では、それを何となく察したのか、多少落ち着きを取り戻すと、まばらな拍手と共に、

 

「ま、まぁ……自分は嫌いではないな、うん……酒、と避ける。夜と夜を意味する、ナイトを掛けたのだろう……面白いかはともかく、上手いといえば上手いのだし……」

 

「一発ギャグというかただの駄洒落ですがね……」

 

「……レオンハルト、お前……面白いことやれって命令されて最初に出てきたのがそれなのか……? ある意味すげぇな……」

 

「レオンハルト様、格好いいけどユーモアのセンスはあんまりかぁ……」

 

「ふふっ……あ、でも、この空気込みで考えるとちょっと面白いかも……」

 

「レオンハルト様ー! スベってますが、それはそれで成立してるので大丈夫ですのよ!」

 

 ……フォローするなあ――! それはそれで傷つく!

 

 レオンハルトは自分のイメージから、表立っては思いを叫ばず内心でそれを嘆く。たった今、イメージが崩れてしまったので意味がないような気もするのだが。

 そしてこちらが精神に傷を負う中、その原因たる邪智暴虐の少女は、

 

「んー、レオンハルトの所為で盛り下がっちゃったなぁ……」

 

 ……だ、誰のせいだと思ってんだ――!?

 スラルの無慈悲な言葉に、顔を赤くする。だんだん泣きたくなってきた。もしくは忘れたい。既に酔いからは覚めかけているが、後でもう一度、これを忘れるためだけに酒を飲みまくってやろう、と心に誓う。

 そんな中、

 

「……レオンハルト様」

 

 キャロルが近づいてくる。そして、サラッと自然に、

 

「後で皆で慰めますので大丈夫ですわ」

 

「キャロル……」

 

 とそう言ってくれた。どうやら後で傷を癒やしてくれるらしい、レオンハルトはほんの少し感動を覚えた。

 どうやら持つべきものは使徒、そして自らを慕ってくれるファンの子達のようだ。自分の失敗を慰めてくれる存在ほど、ありがたいものはない。

 だが、

 

「……慰める? なら、私もー」

 

「――!」

 

 その言葉に、スラルが反応する。一瞬、背筋に冷たい物が走った。しかし、

 ……だ、大丈夫か……。

 その自然な様子から、そういった事とはバレていないようだ。レオンハルトは安堵する。

 しかし、レオンハルトは忘れていた。

 こういうときに空気が読めないというか、余計な事をしでかすのが――

 

「あっ、スラル様。慰めるというのは普通の意味じゃないので、出来れば今回は――」

 

「……普通の意味? どういうこと?」

 

 レオンハルトの使徒、キャロルだ。彼女はスラルの訝しげな口調に、少し恥ずかしそうにしながらも、さらりと答えた。

 

「あ、それはですね……後でレオンハルト様ファンクラブの全員でレオンハルト様に抱いてもらおうかと……」

 

「あっ、馬鹿お前――」

 

 レオンハルトが咄嗟に止めようとするも、

 

「…………は? 抱く……?」

 

「っ――!」

 

 ――時すでに遅し。

 スラルの表情が真面目なものに変わる。

 そして素直なキャロルは普段どおりの様子で、

 

「はい! レオンハルト様から了承を得ましたし……なので全員お持ち帰りされてしまおうかと……!」

 

 嬉しそうにそう告げた。すると、

 

「………………」

 

 スラルが無言となった。そしてゆっくりと、レオンハルトの方に顔を向ける。

 

「…………ねぇ、レオンハルト?」

 

「! な、何でしょうか……?」

 

 レオンハルトは声を震わせながら返事をする。気がつけば、先程の軽い雰囲気が消え、重苦しい雰囲気が周囲を襲っていた。

 それはスラルが普段、親しい者以外と会う時に作る顔――即ち、

 

「――今の話、本当なの?」

 

 魔王としての顔を、顕現させていた。

 その重圧と存在感に、息苦しさを感じるのは気の所為ではない。大陸最強の存在としての圧は、他の全ての生物を凌駕し、魔人や使徒、魔物であっても畏怖を抱かせる。

 そしてその圧は現在、一人の存在に、視線とともに差し向けられている。

 ……あれ……これ、まずくないか……?

 その存在こそ、魔王スラルの側近である魔人レオンハルトに他ならない。彼女はいかなる理由からか、その言葉に激高し責めるような視線でレオンハルトを射抜く。

 レオンハルトもその理由が微妙に分からないままに、その只ならぬ様子に対し恐怖した。しかし、質問には答えねばならないだろう、とレオンハルトは狼狽えながらも、

 

「い、いや、まぁ……ほ、本当、だったり……?」

 

 機嫌を窺うようにそう答えるも、

 

「…………そう」

 

 スラルの視線に剣呑なものが混じった。次の瞬間、

 

「レオンハルトの――」

 

 一息。魔王スラルはその力を解放した。

 

「馬鹿ぁ――――!!」

 

「っ――ぐおぉぉぉ――っ!?」

 

 その力の奔流に、レオンハルトが吹き飛ばされる。

 空気が振動し、周囲を小刻みに揺らす中、魔物将軍や魔物隊長達は魔王が力を解放するところも、レオンハルトが吹き飛ばされるのも目撃していたが、彼らは魔王の威圧にその場から動くことが出来なかった。

 それは魔物として本能だろう。魔王という絶対者がいる中、下手に刺激すれば自分達も危ういのでは、という考えであった。

 後、心の中で妙な打算もあった。レオンハルトがある程度お仕置きを受ければ直ぐに収まるのでは、という考えである。

 前々からの噂と先程のやりとりを見る限り、魔王とレオンハルトはそういう仲なのではないか、と。そして、そうであるならばレオンハルトが悪いのだろうし、滅多なことにはならないんじゃないか、と。

 そのため、彼らは傍観することに徹していた。心の中でレオンハルトに謝罪と憐れみを向けて、やっぱり危ないので少し下がりながら。

 

 ――そして、魔物将軍達が一種の処世術を行う中、魔王の怒りを買ってしまったレオンハルトは、

 

「っ、うおぉっ!?」

 

 自分に向かって放たれる魔法を必死に切り払っていた。いつでも肌身離さず身につけている魔剣オル=フェイルを抜き放ち、スラルの魔法から逃げ回る。

 ……ちょ、こい、つ……! 滅茶苦茶かよ……!!

 レオンハルトはスラルの魔法に驚愕する。長い付き合いだが、彼女が戦うところは見たことが無かったものの、偶に魔法の研究をしてるところを目撃していたことから魔法が得意なのは知っていた。

 それでも驚くのは、その威力や精度、速度などを見て、魔王ともなればここまでの強い魔法が放てるのか、とそういった驚きだ。

 先程から見たことない魔法を、今まで見た中で最大の威力で放ってくるスラルに、レオンハルトは必死になる。当たり前なのだが魔人では魔王の実力には敵わないということなのだろう。しかしそれでも必死に防ぎ続ける。

 だが、それも長くは続かない様だった。

 

「……レオンハルトの――」

 

「……っ! おい、スラル! それは――」

 

 気づけば、スラルの周囲に、幾つもの魔法陣が折り重なったように描かれている。そしてそこに、大量の魔力が集中していき、大気を震わせている。

 それは魔法の知識が無くとも、見るだけでとんでもない大技を放とうとしているのがわかるほどであり、その目標は明らかにレオンハルトであり――故に彼は叫んだ。

 

「それは洒落にならな――」

 

「あほ――――!!」

 

 スラルがレオンハルトを罵倒すると共に、白の一線が放たれた。

 その莫大な光の光線は、宙を突っ走り、真っ直ぐとレオンハルトの元に向かい、

 

「ぎゃぁぁああああああああああああ――――!!!??」

 

 レオンハルトに直撃し、彼を丘の向こうまで吹き飛ばした。

 白の光線は、レオンハルトを吹き飛ばしてなお、周囲に破壊の爪痕を残し、衝撃で周囲を吹き飛ばす。その結果、

 

「…………ふぅ」

 

 スラルが、特大の魔法を放ち、息を吐く。彼女の鬱憤が今の一撃で晴れたのだろうか。

 しかし、彼女が再び、前を向いた時。

 

「……あれ?」

 

 彼女の周囲、酒宴の会場は滅茶苦茶になっており、

 

「ぐ、ぐ、さすがは魔王様……とんでもない魔法の威力だ……」

 

「我々がくらったら跡形も無くなりそうですね。……しかし、レオンハルト様は……」

 

「きゃあああ――!? レオンハルト様あ――! レオンハルト様が吹き飛ばされて――」

 

「す、直ぐに追いかけますわよ! 待ってて下さいレオンハルト様! このキャロルが今行きますわ!!」

 

「……メシが台無しになっちまった……」

 

「…………」

 

 周りにいた者達は、阿鼻叫喚の様相を醸し出していた。

 

 それを見て、スラルはようやく――

 

「ひょっとして……やり過ぎた?」

 

 酔いが覚めたように、そう呟いたのだった。

 

 

 

 

 

 酒宴から三日後。

 レオンハルトの部屋にはとある人物がやって来ていた。

 

「……えっと、今日は決闘の日、だったはずだけど――」

 

 魔人レオンハルトの使徒、ハンティ・カラーだ。

 主であるレオンハルト。その命令を受けたキャロルから一ヶ月に一度の約束の日程を三日後にずらし、会いに来ていた彼女は、その部屋の主を見て、何とも言えない表情で呟いた。

 

「あー……一応聞くけど――やる?」

 

「――やらねぇよっ!! 見りゃわかんだろ!!」

 

 レオンハルトはベッドで全身を包帯まみれにしながら、憤った様子でそう叫んだ。そんな彼の傍らには、更に二人の少女がおり、

 

「――ごめん! ほんっとーにごめんなさい!」

 

「本当に危ないところでしたわ……見つけた時にはぴくりとも動かなかったですし……」

 

 ひたすらに謝りながらヒーリングを掛け続けるスラルと、珍しく冷や汗をかいて胸を撫で下ろすキャロルに、ハンティは呆れかえり、肩を竦める。

 

「……何があったのやら……」

 

「……聞くな。聞いたら後悔するぞ」

 

 レオンハルトはそう言って、全身の痛みに耐えながら三日前の事を思い出し、身体を震わせながら、二つのことを決意した。

 一つは、

 

 ……もう絶対に……酒宴には参加しねぇ……。

 

 そして二つ目は――スラルには酒を飲ませないようにすること。

 レオンハルトが酒の席に若干のトラウマを覚えた――そんな日であった。

 


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