魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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聖女の子モンスター3

 ウェンリーナーを連れて戻ってきたレオンハルトは、しばらくして己の瞼を揉みながら、半ば呆れる様にして店を出た。

 視線を三体の聖女の子モンスターに向けて、

 

「……お前ら、ほんとに好きなだけ食べやがったな……」

 

「甘いものなら幾らでも入るわ」

 

「すぴー……」

 

「お腹いっぱーい。えへへ、ありがとねー」

 

 こちらの言葉に三者三様の反応を見せる聖女の子モンスター達。セラクロラスが寝かけて地面に倒れ込みそうなところを支えながらも、肩をすくめて言葉を送った。偶然にも一体は見つかったのだ。そうなると次は当然、

 

「何にせよ、後一体か。一応聞くが、行きそうな場所とかは……」

 

 と、残りの一体の所在、その予測を尋ねる。しかしベゼルアイを筆頭に、

 

「解らないわ」

 

「んにゅ……知らない……」

 

「えとえと、解らない、かな。ごめんねっ」

 

「……そうか」

 

 そんなところだろうと思ったが、落胆は隠しきれない。どうするかな、と思案を巡らせていると、ベゼルアイが声を放ってきた。

 

「一つだけ言えることがあるとすれば――」

 

「……それは何だ?」

 

 聞く。一拍置いて、ベゼルアイが質問に答えた。それは、

 

「……ハウセスナースが一番、騒ぎを起こしそうってことね」

 

「……お前らの中で一番?」

 

「ええ、そうね」

 

「……頭が痛くなってきた」

 

 額を抑えながら文字通り頭を抱える。この面子の中で一番の問題児。そう言われて気分が悪くならない為政者はいないだろう。それがそれなりの力を持つ聖女の子モンスターだと言うなら尚更。

 こちらが頭を抑えたのを見て心配そうに、大丈夫? と、近寄ってくるウェンリーナーに応答しながら、レオンハルトは息を吐いて、頭から手を離すと、

 

「……とりあえず、一通り見て回るか。問題児であると言うならある意味、それだけ騒ぎが起こって見つけやすいということだしな」

 

「ポジティブね」

 

「そうじゃないとやってられん」

 

 悲観的過ぎると心労が半端ないことになるからな、と言葉を作る。実際、魔軍参謀なんて要職に就いていると気苦労も多いので、ポジティブな気持ちでいないとやってられないのだ。

 最悪は想定しつつ、その上で後ろ向きになりすぎないのが基本だな。もっとも、それが結構難しいのだが。と、レオンハルトは何となく己の職務における重要な要素を思いつつ、最後の聖女の子モンスターを探しに歩みを進める。

 

「――まずは広場にでも行ってみるか」

 

 さすがに、いきなりそこで見つかることはないだろうが、主要施設であればどこに行くにもそこを経由した方が良いだろう。そんな考えのもと、まずは町の中心たる噴水広場に向かった。

 

 

 

 

 

 ――しかし、レオンハルトはそれを見た。

 

「ああ……あなたってば……なんて素敵なの……」

 

 町の中心である噴水広場。

 景観も良く、どの道にも繋がり、その上わかりやすい場所にあることから、普段から多くの魔物の待ち合わせに使われるその場所は、しかし、今は噴水前に一人を残すだけとなっている。

 他の多くの魔物は、遠巻きから中心にいる美少女を眺める。しかしそれは、彼女の容姿が良いから――という訳ではない。

 

「結婚してくれる?」

 

 その少女は、もじもじと身体を揺らしながら、熱っぽい視線で宙に語り掛ける。

 しかし、それに応える者はおらず、しばしの沈黙がその場に流れる。少女は応答が来ないことを理解すると、頬に手を当て、

 

「あなたったら、ほんとに無口なのね……でも、そんなところも素敵……」

 

 うっとりとしながら息を漏らす。彼女が求愛している相手、それは、

 

「……レオンハルト――」

 

 ではなく、

 

「――シティさん。……ほんと、素敵な名前ね……」

 

 この町そのものだった。

 そんな彼女を遠巻きに眺める、町の主は、

 

「…………おい」

 

「……何?」

 

 傍らのベゼルアイに向かって問う。視線はそのままで、

 

「まさかとは思うが……アレじゃないだろうな……?」

 

 と、指を指しながら言う。

 その先には、噴水広場の前で町に――周囲に語り掛ける青いショートヘアの美少女……否、変態がいた。

 見た目だけなら美少女に間違いないだろう。レオンハルトとしても、それを認めるのはやぶさかではない。

 だが、町に向かって愛を囁いている奴が最後の聖女の子モンスターだとはあまり認めたくはなかった。

 レオンハルトは半ば諦めつつも、一応確認の意味を込めてベゼルアイを見る。しかし、無情にも、

 

「……ええ」

 

 と、頷き、

 

「あれが、ハウセスナースよ。“地”のハウセスナース」

 

「うん、おハウちゃんだねっ」

 

「ふわぁ……はーちゃんだ……」

 

「…………」

 

 レオンハルトは再度、視線を噴水広場の方に向ける。

 するとそこでは、出店で貰ったであろう料理を広げたハウセスナースが、

 

「はい、あなた。あなたの作った料理を一緒に食べましょ。食べさせてあげるね。あ~ん」

 

 と、地面に向かって料理を差し出していた。べちゃり、と料理が地面に落ちる。

 それを見て、

 

「どう? 美味しい?」

 

 当たり前だが、地面は何も答えない。

 しかしハウセスナースは何やら勝手に納得したように、うん、と頷くと、

 

「無口だけど、美味しいのは伝わってくるわ」

 

「……あれは、狂人か何かか? 病んでる様にしか見えないんだが……」

 

「……ハウは惚れっぽいのよ」

 

「惚れっぽい?」

 

 ええ、とベゼルアイが頷く。表情に少し呆れの色を見せながら、

 

「些細な切っ掛けがあれば、何にでも惚れるの。人間、男の子モンスター、ムシ、山とか川とか、とにかく何にでも」

 

「……つまりなんだ。それが今回はこの町だったってことか?」

 

「おそらく、そういうことね」

 

「……馬鹿なのか? 実るわけないだろう」

 

 その辺のこと解ってんのか? と尋ねる。意思のある奴や生き物ならともかく、人工物や自然のものに恋しても応えてくれるはずもない。

 こちらの質問にベゼルアイは一度言葉を区切りながらも、答えた。

 

「分かってる――はずなんだけど、どうしてか直らないのよね」

 

「おハウちゃん、変わってないなぁ」

 

「……変わって、ない」

 

 どうやら昔からあんな感じだった様だ。とても微妙な表情になってしまう。再び、視線を戻すと、

 

「ふふ、あなたの身体大きくて熱くて、とっても硬いわ……」

 

「石だものね。日が当たって暖かいわ」

 

「完全にやばい奴じゃねぇか……」

 

 石で舗装された地面にうつ伏せになり、頬を擦り付けるハウセスナースを見て顔をしかめさせる。ぶっちゃけ近寄りたくないというか、関わり合いになりたくないレベルのヤバさだ。周囲もそのヤバさを感じ取って距離を取っていく、

 このままでは広場が使いものにならなくなるな、と割りと本気で対応を考えていると、広場に向かって声を飛ばす者達がいた。それは、

 

「いたぞ! 通報にあった変質者だ!」

 

 魔物隊長と数体の魔物兵。この町の警邏を担当している者だろう。この町の運営には、レオンハルト軍の者を使っているので、当然それが解る。

 おそらく、町の誰かから報告が上がったのだろう。魔物隊長は魔物兵を引き連れてハウセスナースに近づいていく。すると、

 

「! 何よ、あんた達! 私とレオンハルトシティ様の邪魔しないてくれる!!」

 

「……? 貴様、何を言っている!」

 

 訳が分からない、と言わんばかりに声を浴びせる魔物隊長に、ハウセスナースは大声で答えた。地面から身を起こし、両手で自分と、町を指し示しながら、

 

「私はこの町――レオンハルトシティ様と結婚するの! だから邪魔しないで!」

 

「き、貴様、狂っているのか!? まるで意味が分からんぞ!!」

 

 心の中で全力で魔物隊長に同意する。言っていることが欠片も理解出来ない。いや、理解することを脳が拒む、というのが正解か。それくらい意味が分からない。

 だが、ハウセスナースはそんな魔物隊長の言葉にも全く怯まず、堂々と胸を張り、

 

「狂っているといえば狂っているわ! 狂おしいほどに愛し合っているのよ!」

 

「……た、隊長。この女、完全にヤバい奴です……早く捕まえましょう」

 

「そ、そうだな……こんな奴を野放しにしていてはレオンハルト様に申し訳が立たない」

 

 職務に真面目なのだろう。ヤバい奴相手にも実直に仕事をこなそうとする魔物隊長の評価を上げる。内心で感心していると、横のベゼルアイが真顔で、

 

「なんか不審者として捉えられそうだけど……捕まったらどうなるのかしら?」

 

「どんなことをしたのかにもよるが……あの程度なら牢屋で一日放置か、数日間、町で労働させられるくらいだな」

 

「……じゃあいいのかしら」

 

 ……いや、助けろよ。俺が思うのも何だが。

 正直悩みどころだ。自分が出ていって一声掛ければ直ぐにでも対処出来るが、その代りに己がアレと対峙することとなる。興味本位で聖女の子モンスターに関わったことを少し後悔してしまうが、しかし、興味があるのもまた事実で。

 ……行く、か……。

 気が乗らないが、どうやら腹をくくるしかない様だ。そうして足を一歩踏み出した時、

 

「邪魔よ!」

 

「う、うわあああああ!?」

 

「ぐおっ!? こ、こいつ、強いぞ……!」

 

 ハウセスナースが手に持ったハンマーで地面を叩くと、地面が隆起して魔物兵を吹き飛ばす。もしかしなくてもあれが彼女の能力なのだろう。大地を操る力。

 しかし、惚れていた相手を叩いて操っていることにもなるのだがいいのだろうか、とそんなことが気になってしまう。

 とにかく、魔物兵が犠牲になる前に止めてやろう、と前に出た。

 その時だ。不意に、耳に聞き覚えのある声が響いた。

 

「――お待ちなさいな!」

 

 その声は、上方向から聞こえた。こちらからは前方となるその場所、周囲の者達が視線を向け、

 

「だ、誰!?」

 

 ハウセスナースが叫ぶ。その先は広場の中心。噴水の上部にある足場だ。

 陽光を背に、金髪の少女が眼下を見下ろす。そして、ハウセスナースの言葉に応じた。

 

「誰、と聞きましたね! ならばお答えしますわっ!」

 

 ぴしっ、とポーズを取り、少女は口上を述べた。

 

「わたくしはこの町を統べる魔人……レオンハルト様の第一使徒にして、魔物界一の完璧使徒。そう、わたくしこそが――」

 

 とうっ、と、そこで少女は跳躍した。

 もう聞かなくていいかな、とレオンハルトが思う中、見知った少女は広場に降り立ち、ハウセスナースと対峙する。右手を身体の前で交差させるように、斜めに構えると、彼女は高らかに名乗った。

 

「優雅にして華麗なレオンハルト様の第一使徒――キャロルですわっ!! 以後、お見知りおきを!!」

 

「……あれが使徒なの?」

 

「いや、まぁ……あれでも結構良いところがあってだな……」

 

「へぇ、面白そうな子ね」

 

「まぁ……」

 

 ベゼルアイの言葉に若干のフォロー入れながら渋々と頷く。いや、派手好きで落着きが足りないところもあるが、純粋で向上心のある良い子なんだ。なんだけど、なぁ……、と、なぜだか溜息が漏れてしまう。

 そうしてレオンハルトが半目になる中、ハウセスナースはキャロルに向かって、

 

「……何? あんたまで邪魔する気?」

 

「ふふん、当然ですわ。この町、レオンハルトシティの管理を任されているわたくしには、その義務がありますのよ」

 

「管理……はっ、まさか――」

 

 ハウセスナースがはっと気づいた様に目を見開かせる。その言葉にキャロルは、胸を張り、

 

「気が付きましたわね! そう! このわたくしは、この町の――」

 

 と、そこでキャロルは右腕に身に着けた腕章を見せつける様に半身になる。

 そこに書かれていた語句を、キャロルは告げた。

 

「――町長、ですの! つまり、あなたが愛するこの町の、謂わば保護者の様なものですわ!」

 

 つまり、と。

 

「この町と結婚するなんて言語道断ですが……それでもしたいのであればこのわたくしを認めさせることですわね!」

 

「――っ!」

 

 ハウセスナースが衝撃を受けた様に身を仰け反らせる。

 だが、歯を食いしばってキャロルを射抜く様に見ると、啖呵を切る様に、

 

「じょ、上等よ! 私の愛をあんたに教えてあげるわ!」

 

「その挑戦、受けて立ちますわ!」

 

 熱が入り、盛り上がる二人。

 そのやり取りを見て一歩後ろに下がると、それを見たベゼルアイがこちらに視線をやり、

 

「……で、どうするの? 行く?」

 

「…………保留だ。様子を見よう」

 

 本音では、今すぐ帰りたい、と思いつつ、レオンハルトはその場で様子を窺うことにした。

 

 

 

 

 

 沈黙が、噴水広場に生まれていた。

 通報を受けてやって来た魔物隊長達も、周囲の野次馬達も、それに紛れて何となく隠れるレオンハルトと聖女の子モンスター達も、皆がそれを遠巻きに眺める。

 視線の先には、町の管理者である使徒、キャロルと、その町と結婚するという聖女の子モンスター、ハウセスナースが対峙し、お互いに睨み合っていた。

 そして最初に発言したのは、ハウセスナースの方だった。彼女は、眼前のキャロルに向かって大声を放つ。

 

「町長――いや、お母さん! この町は、私が貰っていくわよ!」

 

「……何気にとんでもないこと言ってるわね、あの子ったら。ある意味侵略宣言というか、宣戦布告になってるじゃない」

 

 ベゼルアイの指摘に内心で同意するレオンハルト。何気に危ない発言だよな、と思う。

 対して、その発言を受けたキャロルは

 

「この町は渡しませんわ!」

 

 と、真っ向から対立する。再びベゼルアイが真顔で、

 

「……これってあれよね。“お父さん、娘さんを僕に下さい“ってやつ。性別は逆だけど、本で見たことがあるわ」

 

「性別どころか、相手は無機物というか土地というか、よく解んねぇけどな……」

 

「んにゅ……地元愛……?」

 

「一番近いのはそれかもな……別にアイツの地元じゃないが……」

 

「えーっと、郷土愛、かなぁ?」

 

 ああ、それか、とウェンリーナーの言葉に得心しかけるも、どうもしっくりこない。町を愛するって字面だけだとそこまでおかしくないのだが、それが結婚したいほど、となると急に狂人度が跳ね上がるから不思議だ。

 先に割って入らなくて良かった、と己の幸運に感謝しつつ、レオンハルトは言葉を続けるキャロルを見た。ハウセスナース相手に胸を張り、一歩も引かない様子を見せながら、

 

「それに、この町と結婚するとあなたは言いますが、その相手のことをどれだけ知っていますの?」

 

「っ、それ、は……」

 

 言葉を詰まらせるハウセスナースに、いいですか? と、キャロルは前置きし、

 

「この町を作ったレオンハルト様のこと、町を作るに至った経緯、町の面積、どんな施設がどれだけ有って、どれだけの人数が住んでいるか――レオンハルト様のことを全く知らないあなたが、レオンハルト様の町と結婚するなんて、笑止千万ですわ!」

 

「そ、それは……そ、そう! これから知っていくのよ!」

 

 ハウセスナースの苦しい言葉に、ふ、と笑みを浮かべたキャロルは言い聞かせる様に、

 

「大体、町とはどの範囲までを指しますの? 定義は? この町には多くの魔物が暮らしていますが、それも含めて町と言えますのよ。それこそ上は魔王様から下は魔物兵まで、関係者は魔軍に沢山いますし、物資はそれ以上に多いですが、それらも全部含めて結婚すると、あなたは言いますの?」

 

「くっ……!」

 

 ハウセスナースがキャロルの怒涛の指摘を受けて気圧された様に一歩下がる。その様子を見て、

 

「すげぇ……キャロルが論理的に喋ってる……というか、まともに見えてくるな」

 

「あの子のキャラが解らないから何とも言えないけど酷い言い草ね……。でも、ハウの滅茶苦茶さには勝てないようだけど」

 

「お前も充分酷いけどな」

 

 何というか、いつの間にか身内の変人度やアホっぽさで勝負する方向にシフトしてないだろうか。確かにその点で言えばキャロルはハウセスナースに負けてる気もする。

 だが、キャロルはキャロルでこちらが絡むと滅茶苦茶になるからなぁ、と何となく不安な面持ちで見ていると、案の定、キャロルが、

 

「それに……例え、その定義を決め、町のことを知り尽くそうとも、レオンハルト様の許可がなければその様な事、断じて許されませんの! 町と結婚するということは、レオンハルト様と結婚するのも同義――何故なら、この町の全てはレオンハルト様のもの! 当然、レオンハルト様の許可が必要ですわ!」

 

 さあ、と、キャロルは通る声で言った。レオンハルトは何だか嫌な予感を感じながら、

 

「――皆様、刮目しなさい! 最強最高の魔人、レオンハルト様の登場ですわ!! 」

 

「……えっ」

 

 と、不意にこちらがいる方向に振り向き、キャロルは紹介する様に掌で広げて示してきた。間の抜けた声を出してしまう中、キャロルの声と手の方向から、周囲の者達が一斉にこちらに振り向く。気づいていなかった魔物隊長や他の魔物達がぎょっと目を見開き、こちらの名を呼んだ。

 

「れ、レオンハルト様……! いつの間に……!」

 

 畏怖の視線とともに傅く魔物隊長と魔物兵達。その他、大勢の注目を浴びていることを自覚しながら、レオンハルトはキャロルの声を聞いた。

 

「――どうぞこちらへ!」

 

「気づかれてたみたいね……。呼ばれてるけど、どうするの?」

 

「……あの馬鹿……」

 

 横から飛んできたベゼルアイの声には小声で答える。よくよく考えてみると、

 

「迂闊だった……あのキャロルが、俺が近くにいるのに気づかないわけがない……!」

 

 直ぐに気がついて駆け寄ってこなかった時点でおかしいと思うべきだった。こちらを察知する能力だけは誰よりも優れているしな。ガルティアのレーダーや、スラルの探知魔法にすら勝るほど。改めて考えると、やはり異常だな……。

 ともあれ、既に注目を浴びて呼ばれているのだ。無視するわけにもいかないだろう。なので腹をくくりつつ、そっと前に出ていく。

 一歩ずつ、確かな歩みで噴水の前まで行くと、ハウセスナースが驚愕の面持ちでこちらを見やり、

 

「あ、あんたが……」

 

「……ああ、そうだ。お前の想像通り――」

 

 と、冷静に威厳を乗せた声で言うと、ハウセスナースは言った。声を震わせ、

 

「――お、お父さん……!」

 

「そう、この俺がお前が愛する町の父――」

 

 って、

 

「んなわけあるかあッ!?」

 

「あ、ノリツッコミ」

 

「レオンハルト様はギャグセンスも一流ですわね……!」

 

 背後からベゼルアイの半目と、キャロルの尊敬の眼差しを受けながら、ハウセスナースと向き合う。会話に真面目に付き合うと、こっちの威厳溢れるイメージが崩れていきそうだ。なので言いたいことだけ言って終わらせよう、と、レオンハルトは決意し、

 

「……お前が、ハウセスナースだな」

 

「相変わらず変なものに惚れてるのね、ハウ」

 

「おハウちゃん! 久し振りー!」

 

「……はーちゃん、変わってない」

 

 ベゼルアイ、ウェンリーナー、セラクロラスがそれぞれハウセスナースに、再会の言葉を掛ける。それを聞いたハウセスナースは驚き、

 

「なっ……ベー! ウェー! セラ! 皆揃って……というか、その呼び方やめてよ!」

 

「そっちこそ、ベー、と呼ぶのはやめてって言ってるでしょ」

 

「そうだよ~……ウェーって、うぇ~って感じで可愛くない……」

 

「ふぁ……私は、どっちでも……」

 

「……お前ら、いつもこんな会話してるのか?」

 

 割りとそうね、と、言うベゼルアイと他の二体の頷きを見て、レオンハルトは呆れた様に息を吐く。呼び方くらい何だって言いだろ、と内心で言ってみる。実際に声に出すと面倒そうなので言うことはしない。

 とりあえず、せっかくの再会のところ悪いが、言うべきことだけ言ってしまおうと、ハウセスナースに向かって、

 

「おい、ハウセスナース」

 

「な、何よ……?」

 

 ちょっと怯えているのはどういう心境なのだろうか。最近、意外とこちらを畏れないものが多いので新鮮に見える。特に聖女の子モンスターだと。少し苛めてるみたいで悪い気もするが、直ぐに終わるから許してほしい。

 と、思いつつ、レオンハルトは言葉を発した。

 

「……悪いが、この町とお前が結婚することは出来ない。――諦めてくれ」

 

「……っ」

 

 自分でも本当は解ってるんだろ? と、言外に訴えながら、

 

「そもそも性別がないし、生き物でもない。例えそれがあったとしても、結婚を許可することは出来ない。だから――」

 

「…………う」

 

 そしてさらに説得の言葉を続けようとした時、不意に、ハウセスナースが顔を俯かせると、

 

「……あ、来るわね」

 

 背後のベゼルアイの、来る、という言葉に疑問を覚えた。その瞬間、言葉通りにとある現象が起きた。それは、

 

「――びえーーーーーーーん!! ま、また、振られたあーーーー!!」

 

 ――号泣だった。

 

「…………あ?」

 

 目元から滝の様な涙を流し、泣き叫ぶハウセスナースに絶句していると、ベゼルアイが顔を抑え、

 

「ハウは、振られたら大体こんな感じで泣くのよね。――だから言ってるでしょ、ハウ。好きになる相手はちゃんと選びなさい。せめて生き物じゃないと、報われるわけないでしょ?」

 

「え、えら、選んだもん! ちゃんと、選んだもん! うわぁぁあああーーーーん!!」

 

「選んでこれなら尚更悪いわ。……そろそろ、ふられ記録も70000回越えたかしら」

 

「ひぐ、ぐすっ……ま、まだ69999回だもん! びえぇぇえーーーーん!!」

 

「……それでもすごいな」

 

 涙と鼻水でぐしょぐしょになっているハウセスナースに感嘆を覚える。今回の様なそもそも叶うはずのないものを除いたとしても、それだけふられるというのは一種の才能じゃないだろうか。

 しかしそれも、言えば泣くのが更に酷くなるのは目に見えているので言いはしない。

 どうしたものかな、と考えていると、背後から駆け寄ってきたキャロルが、

 

「レオンハルト様、どうしましょう? 一応、不審者として通報はされていますが……しょっぴきますの?」

 

「やめたれ。泣きっ面に蜂にもほどがあるだろう。……しかし、ここで泣き続けられるのも困るな……」

 

「レオちゃん、どうするの?」

 

 レオちゃん!? と、初めて聞く呼び方に驚くキャロルを捨て置いて、レオンハルトは思案する。このままだとどうせ、女の子モンスターを泣かせた魔人レオンハルト、みたいな感じで噂が流れるだろう。ゴシップというのは、得てして詳しい事情までは伝わらないものだ。それを払拭するならば、上から塗り替える必要が出てくる。となると――

 

「……ふむ。おい、ハウセスナース」

 

「ふぇ……な、何よぉ……?」

 

 レオンハルトは考えた末の案を、ハウセスナースに提示した。

 

「せっかくだ。俺が恋の――そう、お見合い相手でも見つけてやろうか?」

 

「へ……?」

 

「どういうこと?」

 

 こちらの提案に、ハウセスナースだけでなくベゼルアイや他の者達も視線を向けてくる。一応、全員に説明するように、言葉を生んだ。それは、

 

「俺はこう見えて顔が広いからな。魔軍の中から良さそうな男を見繕ってやる。その中から適当に選んでみないか? お前も、相手を探しに来たんだろう?」

 

「…………」

 

 ハウセスナースが一旦泣き止む。ふむ、反応は悪くない。もう一押しだな、と。

 

「お前が好きなこの町の住人だっているぞ。その中から選んでも構わない。……まぁ、もちろん相手の同意もあるし、お互いに強制はしないけどな」

 

「…………」

 

「もし、直ぐに気が進まないと言うなら、ほとぼりが冷めるまでこの町に住んでも構わない。早ければ良いってものでもないからな」

 

 と、レオンハルトはそこで一旦溜めを作る。そして、

 

「――どうだ? お前の好きだったこの町で、新しい恋を見つけてみないか?」

 

「――――」

 

 まるでそういった本のキャッチコピー。煽り文の様な謳い文句を、レオンハルトは告げた。しかし、考えるのは自分へ利することであり、

 ……と、まあ、ここまで言っとけば充分だろ。泣き止んだみたいだし、恩も作れる。上手く行けば、ベゼルアイと揃って俺と戦ってくれるかもな。

 聖女の子モンスターが問題を起こさない様に。そして、聖女の子モンスターの強さを見込んで探索に加わったレオンハルトだったが、とりあえず目標は達成出来そうなので安堵する。

 一先ず、大きな騒ぎは起こらなかった。戦いの方は、セラクロラスとウェンリーナーは戦闘系じゃなさそうだが、ベゼルアイとハウセスナースに関しては結構楽しめそうだ。

 仮にそれが出来なくても、まぁ、いいだろう。少し残念ではあるが、親交を持っておけば何か役に立つかもしれない。

 と、極めて政治的かつ打算だらけの案を企てる。俺も、随分と悪になったなぁ……と、昔と比べてしみじみとしつつも、悪いようにはしないのだからいいだろう、と、自分を納得させる。

 ……さて、返答は?

 ハウセスナースに軽く手を差し伸べながら待ち続ける。よく考えれば、この状況も美談みたいで良いかもな。噂を払拭するいい材料になるだろう。メリットだらけだな。とりあえず、了承したらリー大将軍でも紹介してやるか。強さ的にも人格的にも問題ないだろう。

 そんなことを考えていると、不意に後ろからベゼルアイが、

 

「……レオンハルト君。忘れたの?」

 

「……あ? 何がだ?」

 

 一体自分が何を忘れたのか、と、怪訝な顔をしてみせると、ベゼルアイは溜息付きで、こう言った。

 

「……そういう切っ掛けを作ると駄目だって」

 

 瞬間。前から、

 

「……素敵」

 

「えっ」

 

 ハウセスナースの口から放たれた声に耳を疑う。まさか、

 

「あ、あの……レオンハルト――様」

 

「……何だ?」

 

 急に様付けで呼んできたことで、嫌な予感が確信に変わりつつも、その先を聞く。

 するとやはりと言うべきか、ハウセスナースは熱っぽい視線をこちらに向け、

 

「その、それは……結構です。だってもう……新しい恋を見つけましたから――」

 

 と、言う。それは、

 

「レオンハルト様――結婚してください」

 

「…………あ」

 

 ……やっぱりかーーー!?

 がしっと、手を握られたところで、レオンハルトは内心の叫びを作りつつ、横から飛んできたキャロルの声を聞いた。

 

「何を言っていますの!! 駄目駄目駄目っ! 駄目に決まっていますわ!! レオンハルト様は独占禁止! ファンクラブの戒律と、町のルールで決まっていますのよっ!! ちゃんとパンフレットを熟読しなさいな!」

 

 ……そんなことまで決まってんのか。ファンクラブはともかく、パンフレットにまで書くのはやめろ。

 後で絶対パンフレットを精査して校正してやる、と決意する中、キャロルは憤った様に、

 

「そして愛されたいのであれば、ファンクラブに入るなりしてからしっかりとポイントを溜めることですわ! そうすれば、レオンハルト様と触れ合える場に参加出来――」

 

「あ、じゃあ使徒にしてくれる? あなた……」

 

「い、いや、それは――」

 

「人の話は最後まで聞きなさいっ!!」

 

 キャロルがぜーぜー、と息を吐きながら言う。あのキャロルが押されてることに戦慄しつつ、今度はベゼルアイが、

 

「……まあ何となくこうなるんじゃないかとは思ってたけど。でも、惚れるのはともかく、使徒になるのは駄目よ。幾ら私達でも、孕めなくなるかもしれないし」

 

 そういう問題じゃないだろ、と内心でツッコミを入れるも、ハウセスナースは不満そうにしながらも、渋々と、

 

「えー……そんなの解らないじゃない、出来るかもしれないし……」

 

「解らないから駄目なのよ」

 

「……じゃあ一先ず、結婚だけで我慢する」

 

「だ・か・ら! それは駄目って言ってますのよ――!!」

 

「何よ、また邪魔する気!? 今度は容赦しないわよ!!」

 

 キャロルとハウセスナースが再び睨み合いを始める。今度はキャロルの方も、がるるる、と威嚇する様に眉を立てているのを見て、

 

「…………」

 

「えっと……レオちゃん、大丈夫?」

 

「んにゅ……寝る……?」

 

「……寝る、か。それもありかもな……」

 

 更にまずくなった現状に現実逃避を考える。一先ず、行うことは、

 

「……おい、魔物隊長」

 

「は……はっ、何でしょうか……?」

 

 近くにいた警邏担当の魔物隊長を呼びつけ、レオンハルトは命令した。その内容は、

 

「……町の住人も含めた魔軍全軍に今回の出来事を隠し、代わりに別の噂を流せ」

 

「はっ、それはどういう……?」

 

 ああ、と、頷き、

 

「……町に求婚する不審者が現れたと」

 

「……畏まりました」

 

 はぁ、と息を吐いて、頭を抱える。

 後ろではベゼルアイが、

 

「……とりあえず、良さそうな町だししばらく滞在しましょうか。手続きとかいる?」

 

「え、あっ、はい。でしたらパンフレットに同梱の申請書に必要事項を記入の上、大通りにある役所に持っていき、そこで住民票に登録を――って、どさくさに紛れて何書いてますの! あなたにはまだ話が残ってますのよ!?」

 

「うるさいわね。私はもうここに住むって決めたのよ!!」

 

 ぎゃーぎゃーと、喧嘩する二人から視線を切り、レオンハルトは視線を空に向けると、

 ……何だろうな、いらないもんを抱え込んだ気がする……。

 と、頭痛を覚えながら、一先ずはこれ以上の騒ぎが起こらない様に空に祈った。

 

 

 

 

 

 ――だが、

 

「……レオンハルト。また、誰かに惚れられたんだって……?」

 

「い、いや……た、ただの女の子モンスターだから……よくある事だろ?」

 

「……ふーん……とりあえず、イラッとしたから雷魔法で良い? 雷撃辺りで」

 

「おいっ!? お前の魔法は常人とはレベルが違――」

 

 と、どこからか噂を聞きつけたスラルのイライラが収まるまで、レオンハルトは軽い魔法を受け続ける羽目になった。

 

 




聖女の子モンスター編終了。皆キャラ濃いよね
次がどうなるかは未定。小ネタでケッセルリンクのデートでも書くか、マ○オでも出すか、それとも――って、感じです。次回もお楽しみに

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