【完結】ポケットモンスター ~ アガリアの伝説 ~ 作:冬月之雪猫
プロローグ
「ファイアロー、ニトロチャージ!」
「アーイ!」
炎を纏うファイアロー。速度を上げながらフシギバナへ向かっていく。
「そのスピード、コントロールし切れるかな? つるのムチでジャンプ!」
「バナー!」
フシギバナがつるのムチを使って自分の体を持ち上げ、飛び上がる。
目標を失ったファイアローはそのまま速度を上げつつフィールドを旋回した。
「コントロールし切れるかって? やってやるさ! ファイアロー! ブレイブバード!」
「アーイッ!」
室内の限られた空間。スピードに振り回されれば自滅してしまう可能性もある。
だけど――――、
「出来るさ、お前なら! ファイアロー!」
「アーイッ!」
バトルの中で繰り返されたニトロチャージ。それにより、ファイアローは己の限界を越えた速度で飛翔している。壁ギリギリ、天井ギリギリ、地面ギリギリ、急旋回。狙う先は空中のフシギバナ。
「……見事」
「いっけー!」
「アーイッ!」
青白い光を纏い、ファイアローのブレイブバードが発動する。ひこうタイプの技はフシギバナに対して効果抜群。一撃で戦闘不能にした。
「そこまで! フシギバナ、戦闘不能! よって、この試合は挑戦者・アクセルの勝利です!」
フシギバナをモンスターボールに戻し、拍手しながら近づいてくるシャンティ・ジムのジムリーダー・エルフラン。
「おめでとう、アクセルくん。これがキミの冒険のはじまりだよ」
手渡されたボワバッジは、一月前に旅立った幼馴染が見せてくれたものと全く同じものだった。
ようやく、スタートラインに立てた。
「ボワバッジ、ゲット! よーっし、待ってろよ、アルト! 絶対に追いついてやるぜ!」
「その意気だよ!」
プロローグ
ジムから出ると、そこには旅支度を整えたセラが待っていた。
「おめでとう!」
まだ、何も言っていない。ジムバッジも見せていない。それでも、セラはまっさきにお祝いしてくれた。オレが負ける可能性なんて、欠片も考えていない。
「サンキュ!」
モンスターボールからファイアローとサンダース、そして、ゴルバットを出す。この一ヶ月の間にオレが村のみんなの助けを借りて育て上げた自慢のポケモン達だ。
「いよいよだぜ、みんな!」
「アーイッ!」
「ダースッ!」
「キィッ!」
ゴルバットは最近ゲットしたばかりの新入りだ。修行の為に森へ入っていたら、小さな洞窟を見つけて、そこにいたズバットをゲットして進化させた。ジムリーダーにも認められたし、オレ達は十分に強い。
だけど、少し前にシャンティ・シティの公民館にあるデカいテレビで見たユニオンの大会を思い出すと、少し自信が揺らぐ。
アルトはもっと強くなっていた。あんなバトルをしてみたいって、憧れそうになった。
「憧れてたまるか! 待ってろよ、アルト!」
そうだ。アルトは憧れる相手じゃない。オレの大切な幼馴染だ。
「はいはい、そこまで! 荷造りはバッチリ終わってるし、みんなも見送りの準備を終えて待ってるよ!」
「もう!?」
スピード特化のバトルスタイルであるオレ以上のスピードだ。村人全員、オレの勝利を疑わなかったらしい。否応にも胸が熱くなってくる。
「よーっし、いくぞ!」
「うん!」
「アーイッ!」
「ダースッ!」
「キィッ!」
村の出口に行くと、そこには本当に村人全員が集まってきていた。ヴェゼール・ヴィレッジのみんなだけじゃない。シャンティ・シティの人達や、ジムに居たはずのエルフランとカザリまでいる。
「すっげ! みんな、暇なのか!?」
「違うわよ、バカタレ! 忙しい中、みんな来てくれてるんだから、まずは『ありがとう』でしょ!」
「イテッ! お、おう! サンキュ、みんな!」
小突かれたおでこを摩りながら礼を言うと、またどつかれた。
「軽すぎ! もっと気持ちを篭めなさいよ!」
「篭めてるだろ!?」
あまりの理不尽に反論すると、みんなが笑い始めた。
「アクセル」
お袋が近づいてきた。
「いいかい? セラちゃんにあんまり面倒をかけさせるんじゃないよ!」
「セラがオレについてくるんだぜ!?」
面倒を掛けられるのはむしろオレの方だ。
「何言ってんだい! セラちゃんが付いていってくれるって言うから旅立ちを許してやってんだよ? アンタ一人じゃ心配で旅なんてとてもとても……」
「アルトだって一人で旅立ったんだぞ! オレだって出来らぁ!」
「アルトくんはアンタと違って頭がいいんだよ!」
「オレがバカだって言いてぇのか!?」
「許しもなく森に出て散々みんなに迷惑掛けたバカはどこの誰だい!?」
ちくしょう。悔しいのに言い返す言葉が出てこない。
「そこまでにしとけ、エイリア」
お袋の頭をポンポン叩きながら親父は腰を屈めた。
「アクセル。男なら、やると決めた事はきっちりやり通せ。オレから言う事はそれだけだ。しっかりな」
そう言って頭をぐりぐりと撫でてくる親父。恥ずかしいから止めてほしい。おまけに痛い。
「セラ。アクセルから離れるんじゃないぞ」
セラの方にはセラの爺ちゃんが声を掛けていた。
「アクセルなら、かならずお前を守ってくれる。お前に預けたポケモン達は十分に強いが、まっさきに頼るべきが誰かを忘れるんじゃないぞ」
さすがはセラの爺ちゃん。分かっていらっしゃる。
「うーん。アクセルを頼りにかぁ……」
困った顔をするセラ。まるで爺ちゃんが分かっていない人みたいな態度だ。失礼なヤツだ。お前の爺ちゃんは村で一番分かっている人だぞ。
「はっはっは! こりゃ、尻に敷かれそうだな、アクセル!」
近所の兄ちゃんがからかってきた。
「アクセルとセラちゃんも旅に出ちまうのかぁ……。寂しくなんなぁ……」
近所のおっちゃんが泣き出した。
「アクセルくん」
今度はアルトのお袋さんだ。
「アルトに会ったら電話するように言っておいてね! あの子ったら、あれほど言ったのに!」
かんかんに怒ってる。この一ヶ月、アルトは家に一切電話を入れていないらしい。ちなみにオレ達にも掛かってこない。こっちから掛けても忙しい忙しいで殆ど会話にならない。ユニオン大会の事もオレ達はエルフランに教えてもらった。
「アクセルくん! これ、旅先で食べてね!」
よく行くポケモンフードの店の姉ちゃんがポフレをくれた。
「サンキュ、姉ちゃん!」
「フフフ、いいのよー。あー、でも、寂しくなるなー。お姉ちゃんのこと、忘れないでねー?」
「あったぼうよ! 姉ちゃんの事を忘れたりするもんか!」
「キャー、ありがとう!」
姉ちゃんと話しているいきなりセラに耳を抓まれた。
「イテェ! イテェよ、セラ!」
「デレデレしてんじゃないわよ!」
「なんの事だよ!?」
オレ達のやりとりを見て姉ちゃんは吹き出すし、いったい何なんだ。
「セラちゃーん。がんばってねー」
「うっさい!」
「おーい、ガラが悪いぞー」
「うっさい!」
なんだかんだでセラもポケモンフード店の姉ちゃんと仲がいい。なんだか兄弟みたいだ。
兄弟みたいといえば、オレとアルトはどうだっただろう? 幼馴染だし、仲も良かった。だけど――――、
「ほれほれー、本音言ってみなー!」
「うっさい、おばはん!」
「あらま! 言ったなー、未来のおばはん!」
あんな風に心底笑い合った回数が何回あったか、数えようと思えば、数えられてしまいそうな気がする。
「どうしたんだい?」
モンテロ博士が声を掛けてきた。
「……なんでもない」
「そうかい? それならいい。アクセル。君にこれをプレゼントするよ」
博士が取り出したのはモンスターボールだった。
「ポケモン?」
「そうだよ。とても大きな力を持っているから、ピンチになったら頼りなさい」
「わかった! サンキュ、博士!」
「旅は危険がつきものだ。気をつけるんだよ」
「はい!」
一通り別れの言葉を交わした後、セラがホルダーに並んでいる六つのモンスターボールの内の一つを取り外した。
「出て来て、バンバドロ!」
「ブルルッ!」
セラは村のみんなから選りすぐりのポケモンを借りている。オレにはモンテロ博士以外誰も貸してくれなかった。ひどい差別だ。
「ほら、アクセル! ボサッとしてないで乗ってよ!」
「へいへーい!」
このバンバドロはセラのお袋さんのポケモンだ。アローラから嫁ぎに来た時、一緒に連れて来た大切なポケモンらしい。
セラの後ろに乗ると、何故か睨まれた。
「アンタが前!」
「お、おう!」
こだわりがあるらしい。
「ヒュー、白馬の王子様ならぬ、バンバドロの王子様だね!」
近所のおばちゃんがよく分からない事を言ってる。
「さっさと行こう! いってきます!」
「いってきまーす!」
オレは半ば逃げ出すようにバンバドロを走らせた。パカラパカラと実に快適だ。
手を振るみんなの姿が見えなくなっても、野生のポケモンは襲ってこない。バンバドロがそれだけ強力なポケモンという事だろう。
「ハイヨー、バンバドロ!」
「ヒヒーン!」
「ちょ、ちょっと! いきなりスピード上げないで!」
悲鳴を上げながらオレの腰にしがみついてくるセラ。
「振り落とされるなよ! いけいけ、バンバドロ!」
「ヒヒーン!」
オレの……、オレ達の冒険はここからだ!
待ってろよ、アルト!