ナースのおしごと   作:人工衛星

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ナースのおしごと

夜が明け、朝日が昇る。

鳥の囀りや車の走行音に彩られながら、町は活気を取り戻していく。今日という新しい1日が幕を開けた。

 

 

 

朝9時。

通学や通勤、或いは帰宅。それらの喧騒がだんだんと収まってくる時刻。

町外れにある小さな病院の中、1人の少女が緩やかに歩みを進める。様々な医療道具や、食事の用意を積んだワゴンを押す少女。足取りは軽くはなく、かといって重くもない。一切のノイズが感じられない自然な動きは、それが彼女にとってのルーティンワークである事を示している。

 

とある部屋の前で立ち止まり、1度深呼吸をして息を整える。部屋の扉を3度ノックして、いつも通り反応がない事を確認してから部屋へ入る。

1人用の広い病室の中は、カーテンが閉じているせいで真っ暗だった。隙間から漏れた光が差し込むのが辛うじて見えた。

 

少女は勢いよくカーテンを開き、暖かい陽の光を室内へと迎え入れる。同時に、暗い病室の中が明るくなる。

そこにいたのは。

 

 

「おはようございます。患者様」

 

 

呼吸器と点滴をつけられ、患者衣を着てベッドに横たわる1人の患者。

傍に立つ少女の名は、薬袋カルテ。

この病院の管理者兼ナースを務める存在が、彼女であった。

 

 

「天気の良い朝ですね。しばらく雨続きでしたし、久しぶりのお日様です」

 

 

程よく湿ったタオルで、カルテは患者の体を拭き始めた。

 

 

「そうだ。せっかくだし今日はお買い物に行きましょう。ボクもそろそろ新しいお洋服が欲しくなってきたところです」

 

 

患者衣の前を開き、露わになった肌を拭く。

治療の副作用で痩せこけた体を、丁寧に丁寧に拭いていく。

 

 

「お洒落で、そして涼しい服がベストですね。これから暑くなってくる季節ですし、くーるびず、というやつです」

 

 

患者衣を脱がせ、新しいものを着せていく。患者の不健康極まりない見た目の肉体からは、その性別すら読み取れそうにない。

骨と皮だけ、というのは正にこのような状態を言うのではないか………そんな感想が浮かんでくるような状態だった。

 

 

「……よし、これで終わり。どこか痒いところはありますか?」

 

 

患者は、何も答えない。

閉じられた瞳が開く事も、力なく投げ出された手が動き出す事も、ない。

知っている。理解している。この患者がずっと眠ったままである事を、他ならぬ薬袋カルテ自身が1番良く知っている。

 

 

………でも、それでも。

もしかしたら、目覚めてくれるかもしれない。目を開けて、また以前のように楽しく話す事が出来るかもしれない。

そんな淡い希望が、カルテの心にずっと居座っている。だから彼女は今日も、明日も、明後日も。未来永劫この行為を続けていくのだろう。患者が目を覚ますその時まで、ずっと。

 

 

「そろそろ時間ですね。………さようなら。それでは『また明日』」

 

 

ほんの少しだけ悲しそうな表情になり、すぐ元の彼女へ戻る。

病室に置かれたペストマスク姿の人形を1度撫でて、彼女は病室を去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日が沈み、町は夜闇に覆われる。

長続きしていた雨が止み、しばらくの間は夜まで快晴だ。星や月の光を思う存分に堪能できる美しい空は、天然の芸術品である。

 

 

月の光が病室へと差し込み、その中を照らし出す。

そこにいたのは。………否、「あった」のは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

呼吸器と点滴を付けられ、膝と太腿の上から突き刺さった長い杭でベッドに固定された死体の姿だった。

 

 

 

当然ながら呼吸器からは酸素など送られてはいないし、点滴から注がれるのは栄誉剤などではない。この死体を維持するための「ナニカ」なのだろう。

ベットのシーツに広がるのは赤黒く凝固した血液。患者衣の隙間から見える体にはいくつもの古傷が。これらの夥しい量の切り傷や刺し傷が、この死体へと行われた凄惨な行為を物語っている。

ではこれをやったのは誰か、と問われれば容疑者はただ1人。

 

 

ーーーーー薬袋、カルテ。

 

 

彼女は、まるで普通の人間に接するような態度でこの死体に触れていたではないか。

下半身に杭を打ち込まれ、体を滅多斬りにされ滅多刺しにされた死体を、あの少女が作り出したのではないか?

 

 

しかし彼女を知る者がいれば、口を揃えて「あり得ない」と言うだろう。虫も殺せぬような少女がこんな事をする筈がない、と。

 

 

では誰がこの惨状を生み出したのか?

なぜ彼女はこの死体に平気で接しているのか?

そもそもこの死体は誰なのか?

やはり下手人は薬袋カルテなのではないか?

疑問は尽きない。きっとそれら全てに完璧な答えを返せる者はこの世にいないだろう。

この場において重要なファクターは、たったひとつ。

 

 

『この死体は、薬袋カルテという少女の中では確かに生きている』ということだ。目覚めてくれないだけで、この骸はまだ生きている。そうでなければ彼女の行動に説明がつかない。

 

彼女は永遠に同じ行為を繰り返す。物言わぬ骸へ延々と思いを注ぎ続けるのだ。

それがいつか覚めてしまう夢なのか、命尽きるその瞬間まで覚めない悪夢なのかは……まだ誰にも分からない。

 

 

 

まあ、どちらにせよ面白いに違いない。

 

 

ペストマスク姿の人形の瞳が、ほんのすこしだけ妖しく輝いた。

 

 







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