犬吠埼風の枕返し   作:foo先輩

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犬吠

未来を変える。

 

それは仮に過去へ渡ったとしても、人の力で容易に変えられるものではない。

 

しかし、神の力を振るう勇者だけが成し得る可能性がある。という事だろう。

 

……いや、本当に勇者だけなのか?

 

それは神から生まれた  も同じなのではないだろうか。

 

もしそうだとしたら、こんな事に本当に意味なんてあるのか?

 

結局、人が未来を変える事なんてできないのかもしれない。

 

……いつからこんな風に考えるようになったんだろう。

 

もはや、心も      になりつつあるのか?

 

時々、自分が自分で無くなるような感覚になる事がある。

 

それでも、彼女の行く末を見届けるまでは私であり続けたいと思う。

 

御記

 

西暦二〇一九年一月 下旬

 

神託によりバーテックスの襲撃がしばらく起こらない事が告げられた為、風達は休養として貸切で高松市の大きな温泉旅館に来ていた。

 

普段はいつ敵の襲来が来てもおかしくない状況に神経を尖らせている勇者達も、今回ばかりは遠足へ向かう普通の学生のように皆、浮かれていた。

 

旅館に着くなり、突然球子が『よし、まずは探検だな!!』と言い出して、どこかへ行ってしまい、それに賛同した歌野と二人を心配した杏と水都は館内を見てくると言うので、残った他の皆で先に温泉に入ろうという事になった。

 

「それにしても温泉旅行だなんてラッキーね~。ここんとこ動きっぱなしで、ちょうど身体が悲鳴を上げていた所なのよ」

 

風は荷物を降ろしながら上機嫌に言う。

ここ最近は空いた時間を見つけては三人で勇者部活動に勤しんでいた。

活動自体はまだ小規模とはいえ、朝の特訓、昼の学校を終えてからの部活動に夜間は三人で集まって作戦会議とかなり慌ただしい日々を送っていた為、風は久しぶりに羽を伸ばそうとこの日を楽しみにしていたのだ。

 

「あぁ、言って頂ければたまには特訓をお休みしても大丈夫ですよ?」

 

若葉は朝の訓練の事かと思ったのか、少し申し訳なさそうに言った。

嫌味を言ったつもりはなかったので、風は慌てて訂正する。

 

「あっ、いや!別に若葉の特訓が厳しいって意味じゃないわよ?ゆう……」

 

風はハッとすると、咄嗟に言いかけた言葉を飲み込んだ。

勇者部の事はまだ若葉達には内緒にしていなくてはならない。

 

「ゆう?」

 

「な、なんでもないわ!気を遣わなくてもあたしは今まで通りで問題ないわよ?」

 

慌てて弁解する風に若葉は何かを察したように笑みを浮かべた。

 

「確かに日々の鍛練は大事ですが、風さんにはそれと同じくらい普段の日常を大切にして頂きたいと思っているのですよ」

 

「おぉ?若葉がそういう事言うのはなんか意外ね」

 

「そ、そうですか?まぁ、事前に言ってもらえれば予定は変更しますので」

 

「わかったわ、ありがと!」

 

これといった意図はなく、単に気を使ってくれたのだろう。

普段の特訓で厳しく指導されているせいで、若葉の事を少し誤解していたかもしれない。

 

風は温泉へ向かう準備を済ませると意気揚々と立ち上がった。

 

「よーし!準備オッケー!みんな温泉にれっつご……」

 

「いえーーい!!…って風さん??」

 

急に立ち止まる風に友奈がきょとんとする。

 

「あ~、ゴメン!ちょっと先行っててくれる?」

 

「どうかされましたか?」

 

「あはは。大丈夫よ、すぐ行くから気にしないで~」

 

少し心配そうにするひなたに風は気まずそうに笑う。

 

「そうですか?それではまた後で」

 

「はーい、ごゆっくり~」

 

そう言うと、風を残して皆は温泉へ向かった。

風は周囲に誰もいなくなったのを見計らって部屋の神棚に向かって声を掛けた。

 

「やっほー犬神、いるんでしょ?」

 

「……そりゃいますけど。一緒に行かなくてよかったんですか?」

 

神棚から苦笑交じりの声が返ってきた。

 

「いやー、せっかくの温泉なのに入れてあげらんなくて悪いなーって思ってね」

 

「私の事は気にしなくていいですよ。精霊なので」

 

「勇者システムが神世記仕様なら出してあげられるのにね~。……はっ!スマホを温泉に入れればワンチャン…」

 

スマホを握りながら風は名案を思い付いたような表情を浮かべるが、風の冗談に慣れたのか、犬神は意にも介さずに軽く受け流した。

 

「本当にやめてくださいね、折角の休養なんですからゆっくりくつろいできてくださいよ。この間の戦闘も大変だったでしょう?」

 

「……まぁ、別の意味で大変だったわね。あたし達がわちゃわちゃしてる間に歌野が倒してくれたからよかったけど、あの子ったら切り札を使っちゃってね」

 

「歌野さんのお身体の方は大丈夫なんですか?」

 

「えぇ、千景と一緒でかなり体力を持ってかれたくらいで、精霊の力による後遺症なんかは特になかったらしいわ。みんな怪我は大したことなかったし」

 

「それはよかったです。切り札もここぞという時に使えば大きな力になりますね」

 

「敵もどんどん進化してきているし、いずれあたしもあんたの力を借りる時がくるかもね。頼りにしてるわよ犬神!」

 

風がからかうように言うと、犬神は急に声色を変えて話し出した。

 

「以前もお伝えしましたが、切り札の使用によって得られるのは神樹様の精霊犬神の力であって、今こうしてお話している私の力ではなくて…」

 

「はいはい、細かい事はどうでもいいの!よく分からない力を使うってよりはあんたが力貸してくれてるって思う方がなんとなくいいでしょ?」

 

「風さんがそれでいいならかまいませんが」

 

「ま、そんときはよろしくね~」

 

犬神との会話に夢中になってると突然、スッと部屋の襖が開いた。

 

「あっ、こんな所にいた!」

 

「みんな心配してましたよー」

 

歌野と水都だ。

中々戻って来ないから探しに来たのだろう。

 

「…おっと、んじゃまたね~」

 

「えぇ、どうぞごゆっくり」

 

小声で犬神にそう言うと、風は何事も無かったかのように二人に笑い掛けた。

 

「いやぁ、わざわざ探してもらって悪いわね。ここからの景色が綺麗でね~。つい長居しちゃったのよ」

 

「そうなんですか?誰かと話してたみたいでしたけど…」

 

水都が不思議そうに辺りを見渡す。

神棚と話してる所をがっつり見られてたようだ。

 

「えっ!?気のせいよ気のせい!」

 

風は必死に言い訳をしていると、犬神に聞こえていたのかくすくすと笑い声がする。

 

「ちょっと!なに笑ってんのよ!」

 

犬神の笑い声に反射的に噛みつくが、神棚に向かって突っ込みを入れる風に二人は戸惑う。

 

「…えっと、風さん?」

 

「ひょっとして疲れがたまってイリュージョンでも見えてるんですか?」

 

「あーもう!何でもないわ!早くいきましょ!」

 

騒ぎ立てる風をからかいながら、三人は温泉へと向かった。

他のメンバーは既に揃っているようだが、なにやら球子が騒いでいる。

 

「杏!お前また成長したな!?ゆるさーん!!」

 

「もう、タマっち先輩!温泉は体を調べる場所じゃないよ~!」

 

どうやら球子が大きくなった杏の胸に嫉妬してるようだ。

止めようとする若葉達の言葉に耳を傾ける事なく胸をもみもみと揉んでいる。

 

「ちょっと球子!あんたなにやってんのよ!」

 

「えーい!うるさい!タマにはこの悪魔のブツを退治する権利が……」

 

先ほどまで暴れていた球子が風の方を見るなり固まる。

正確にいうと風の胸を。

 

「…フゥ~……前々から思ってたが、どうやらお前のソレをもぎ取る時が来ちまったみたいだなぁ?」

 

球子は立ち上がり、ゆらゆらと風に近づいていく。

 

「…あらぁ?どうやらあたしの女子力に釘付けのようね?大丈夫よ球子。きっとそのうち大きくなるわ」

 

風はくねくねとセクシーポーズを決めながら球子を煽る。

 

「言ってくれたな!!その乳揉みしだいて後悔させてやるぞおおおお!!」

 

これまでに見たことのない気迫で球子が飛びかかる。

 

「ふふふ、甘いわね!」

 

「なにぃ!?」

 

風は猛スピードで飛び込んでくる球子の腕を掴み取り、温泉の方へ向かって放り投げた。

 

「お~、これはまた派手にやりましたね~」

 

「どうよ!若葉先生からついでに教えてもらったあたしの柔術の腕前は!」

 

「ぷはぁっ!卑怯だぞ風ー!!」

 

「球子が暴れるからだろう。とはいえ、見せびらかすような行動はあまりよくないと思うが…」

 

「はっ!申し訳ありません、若葉先生!!」

 

「稽古以外で先生はやめて下さい!」

 

「稽古中はいいんだ……」

 

温泉の後は豪華な夕食を食べ、トランプや様々なゲームをして大いに盛り上がった。

その後は皆、遊び疲れたのかすぐに眠ってしまった。

風も布団に入ったが、なかなか眠る事ができずにいた。

 

以前、讃州中学勇者部の皆で旅館の泊まった時の事を思い出したからだ。

皆は無事なのだろうか。樹は一人で大丈夫なのだろうか。

天の神の呪いを受けた友奈は……。

 

ふと、隣を見ると友奈の寝顔が目に入った。

もちろん彼女は高嶋友奈であって結城友奈ではない。

しかし、本人と見紛うほど似ている彼女の顔を見ていると胸が締め付けれられる。

 

この時代に来てから、たくさんの仲間ができた。

新たな勇者部も立ち上げた。

戦闘で命を落とす危険がある事とはいえ、こうして幸せな日々を送っている。

 

あたしだけがこんなに幸せでいいのだろうか。

 

……わかっている。そんな事を考えても仕方がない。

この子達を守る事が未来に繋がるはずなのだから。

今出来る事をやるしかないんだ。

 

そう自分に言い聞かせると、風は布団に深く潜り込んで目を閉じた。

 

 

 

西暦2019年2月中旬

 

温泉旅行から半月ほど経った頃、敵の襲来が訪れた。

スマホのマップには凄まじい量の敵の数が表示されている。

 

「うわぁ…なんなのこの数は……」

 

「…おそらく、これまでの十倍以上はいます。敵の数は間違いなく過去最大規模になりますね…」

 

「とうとう敵さんも本気を出してきたって事か」

 

動揺する仲間たちをよそに若葉は颯爽と構えた。

こちらも仲間が増えたとはいえ、この数の敵とまともにやり合うのは危険だ。

ここはリーダーとして敵を多く引きつけて、皆の負担を少しでも減らすべきだろう。

 

「問題ない。私が前に立つ!」

 

そう言い放つと、若葉は一直線に敵の大群へ向かっていった。

 

「ちょっと若葉!一人で行く気!?」

 

「あ、あれ?なんか敵の動きがおかしいよ?全然こっちに来ないし…」

 

敵の大群は二つに分かれ、一方は若葉を取り囲み、もう一方は勇者達の方ではなく……。

 

「あいつら神樹様の方へ向かってる!」

 

「まずいわね…。とにかくあいつらを止めないと……!」

 

神樹が倒れるような事があれば人類は滅んでしまう。

となれば、必然的に神樹側に戦力を回さざるを得ない。

 

「でも若葉ちゃんを放っておけないよ!!」

 

「…そうね、あの堅物リーダーをなんとかして連れ戻しに行かないと」

 

とはいえ、神樹側を手薄にする事はできない。

最悪の場合、取り返しのつかない事になるかもしれないからだ。

 

「若葉はあたしと友奈に任せてちょうだい!残りのメンバーは向こうの奴らを頼んだわ!」

 

「二人だけで大丈夫ですか?」

 

「なんとかするよ!みんな、神樹様をお願い!」

 

「わかった!神樹様はタマ達にまかせタマえ!!」

 

「ほんと…手間を掛けさせてくれるわね……」

 

「若葉にはガツンと言ってやって下さいよ!」

 

友奈と風は若葉の方へ、残りの4人は神樹の防衛へと向かった。

 

 

敵はどんどん成長している。

姿形だけでなく知能も飛躍的に向上していると若葉は感じた。

ただ闇雲に攻めてくるだけでなく、群れを分けてこちら側をかく乱しているのだ。

 

若葉はとてつもない量の敵に囲まれ、苦戦を強いられていた。

いかに若葉が優れていようと、おおよそ一人で相手をできる数ではない。

 

「まずは私を潰す気か……!」

 

圧倒的な数の暴力によって徐々に追い込まれていく。

だが、若葉は引くのをやめなかった。

 

一瞬の隙を突かれ、腕に食らいつかれる。

 

「ぐっ!!……うおおお!」

 

流れ出す血を気にも留めず、若葉はひたすら敵を切り続けた。

これまで人々の受けてきた苦しみは……

 

「こんなものではない!」

 

「勇者ぁ…パァーーンチ!!」

 

意を決した瞬間、突然目の前の敵が吹き飛ぶ。

 

「友奈!?なぜ来たんだ!」

 

「なんでって、そりゃあんたが一人で突っ込むからでしょっ!!」

 

風は呆れるように言うと、後方から襲ってきた敵の攻撃を大剣で防いだ。

 

「風さんまで…ここは危ないぞ!!」

 

「危ないのは若葉ちゃんの方だよ!いつも一人で前に出て……もっと私達を頼りにしてよ!!」

 

「気持ちは分かるけどちょっと突っ走りすぎよ」

 

珍しく怒る友奈と風の言葉に反省したのか、若葉は素直に頭を下げた。

 

「…少し冷静さを欠いていたようだ。二人共、済まなかった」

 

「うん!みんなで力を合わせよう!」

 

「来るわよ!!」

 

数十匹というバーテックスが一斉に襲い掛かる。

隙を見せればあっという間に飲み込まれてしまうだろう。

 

「ほんと容赦ないわね!ちょっとは手加減しなさいよ!」

 

敵の攻撃を風が大剣で防御し、若葉と友奈が隙をついて敵を殲滅する。

これまでの特訓が実を結んだのか、三人は一糸乱れぬ連携で敵は徐々に数を減らしていった。

 

「はぁッ…はぁッ……この調子ならなんとかいけそうだね!」

 

友奈がそう言った矢先だった。

劣性と判断したのか。通常個体のバーテックスが融合し始めた。

複数の進化体が次々と出現する。

 

「……来たか進化体!」

 

「しかもいっぱいいる!」

 

風はチラッと後方へ目を向ける。

歌野達の方でも進化体が発生していた。

 

「……この状況はちょっとまずいかもしれないわね…!」

 

どうやら三人でこの状況を打破しなければならないようだ。

切り札を使うべきか?しかし……

 

風が考えているとスッと友奈が二人の前に出た。

 

「やるしかないよ!だって私達は勇者なんだから!」

 

そういうと、進化体の群れを前に笑って見せた。

 

「あんたまさか……」

 

「よせ友奈!ここは私が……!!」

 

若葉の静止も聞かずに友奈は進化体の群れに向かって駆け出す。

 

友奈は自らの持つ神樹の力を媒介として神樹の概念的記録にアクセスした。

そこに宿る精霊の力をその身に纏う──

 

友奈がその身に宿すは『一目連』。

荒れ狂う暴風の力をその拳に与える。

 

「勇者ぁ…パアアアーーーンチッ!!」

 

竜巻の力を得た友奈が敵の群れに向かって、凄まじい勢いで拳を打ち込んだ。

その圧倒的な威力に進化体は次々に消滅していく。

吹き荒れる暴風に二人は身動きがとれず、ただ見守るしかなかった。

 

「ちょ…こっちまで飛ばされる!」

 

「なんて威力だ…」

 

このまま押し切れる!そう確信した瞬間だった。

 

「気をつけろ友奈!矢が来るぞ!!」

 

後方で構えていた複数の進化体が一斉に矢を放った。

 

「わぁっ!?」

 

若葉の言葉を聞いて咄嗟に避けようとしたものの、放たれた矢の幾つかが友奈の体を掠め取った。

 

「うぐっ!」

 

「友奈!!」

 

精霊の力が解け、友奈は崩れるようにその場に倒れこんだ。

敵はその隙を見逃さず、容赦なく無数の矢が降り注ぐ。

 

「そうはさせないわよっ!!」

 

風はすかさず大剣を盾にして敵の攻撃を受け止めた。

 

「っ……!!」

 

「大丈夫ですか風さん!」

 

若葉は敵を斬りながら風の元へ駆け寄った。

 

「風さん…腕が…!」

 

敵の矢を防ぎきれなかったのか、風の腕には幾つもの矢が突き刺さり、血が流れていた。

 

「あはは…こんくらい平気よ……!」

 

風は笑って平静を装ってはいるが、大剣を持つ両手は震えていた。

それでも敵の攻撃は止むことなく降り続ける。

 

「でも…そう長くは持たないかもね……」

 

若葉は悔やんだ。

バーテックスへの怒りに囚われ、周りが見えていなかった事を痛感した。

その結果、仲間を危険に晒してしまった。

 

「私の招いた結果だ…やはりここは私が……!」

 

「ちょっと待ちなさい…!あんたまた一人で突っ走る気!?」

 

「しかしこのままでは……!」

 

「大丈夫よ…ここはあたしに任せてちょうだい…!」

 

自責の念に押しつぶされ、半ば冷静さを失っていた若葉だったが。

風の決意に満ちた表情に何かを感じ取ったのか、踏みとどまった。

 

「……すみません。また同じ事を繰り返すところでしたね」

 

「まったくよ……また勝手な事しようもんならぶん殴る所だったわよ!」

 

進化体の群れがこちらに向かってくる。

風は前に立つと、二人を守るように血塗れの両手で大剣を構えた。

 

「若葉、友奈を頼んだわよ!」

 

「…承知しました!」

 

若葉は一瞬戸惑ったが、ここは彼女の策を信じる事にした。

 

「私も…いきますっ……!!」

 

友奈が消え入るような声で言った。

全身から血を流しながらも友奈は立ち上がろうとする。

 

「友奈、ここはあたし達に任せて少し休んでなさい」

 

「こんな怪我……何てことないですっ…!」

 

「……あんたは本当にあの子そっくりね」

 

「あの子…?」

 

あたしの知る友奈はいつだってそうだった。

友達や仲間がが傷つく事が何よりも嫌な癖に自分は無茶ばかりする。

仲間を助けたい、ただその一心で。

 

「あたしは身体に悪影響を及ぼすかもしれない切り札を使うなんてよくない……そう思ってたけど」

 

本当は満開に似た力を使う事が怖かっただけだ。

だが、もう迷いは無い。

なぜなら──

 

「仲間を守る為なら自分の身体なんて……どうなったっていいわ!」

 

そう言うと風は群がるバーテックスを切り裂いた。

その一瞬の隙を見計らったかのように、進化体が一斉に襲い掛かる。

 

「風さん!」

 

「…大丈夫よ……あんた達はあたしが守るから!!」

 

そう、仲間助けるのに理由なんて必要ない。

 

だからこそ今ここで

 

切り札を使う──

 

風は意識を集中させ、神樹の概念的記録にアクセスし、そこに宿る精霊の力を引き出した。

 

「力を貸してもらうわよ!犬神!」

 

その身に宿した精霊は──『犬神』

勇者装束が変化し、持っていた大剣は二つに分かれ、巨大な手甲となって両腕に装着された。

 

「うおおおお!!」

 

手甲から獣のような光の爪を発生させ、次々とバーテックスを切り裂いていく。

 

「風さん!矢が来ます!」

 

複数の進化体が風に向かって立て続けに矢を放った。

 

「悪いけどそれはもう通用しないわよ!」

 

風は両手を交差させると、建造物を容易に吹き飛ばす矢を受け止めて、そのまま弾き返した。

自身の放った矢に射抜かれた進化体は砕け散り、消滅していく。

 

『犬神』それは使役する者にをもたらし、仇なす者に憑りついて災いを呼ぶ憑神である。

伝承における犬神の如く、その力を纏う者は堅牢な霊力の鎧で護られ、害を与える者にはそれを弾き返す力を持つ。

 

空を覆い尽くす程いた敵の数も徐々に減っていき、残り僅かという所で板状の進化体が立ち塞がる。

 

風と若葉が切りかかるが、大したダメージを与えられない。

 

「くっ!やはり固いな…!!」

 

「あれま…前はぶっ壊せたんだけどね……」

 

武器が小型化した分、威力が落ちてるのかもしれない。

そんな事を考えていると角のような進化体がこちらへ突っ込んできた。

 

「危なっ!」

 

間一髪で受け止めると、風は何かを思いついたのかニヤリと笑う。

 

「これでも…喰らいなさい!!」

 

風は掴んだ進化体を振り回し、角のような部位を板状の進化体に叩きつけた。

凄まじい勢いで叩きつけられた二体の進化体は跡形もなく砕け散った。

 

「わぁ……すごい力技」

 

「ふっふっふ、これも若葉先生から教わった柔術のおかげよ!」

 

「そんな技を教えた覚えはないぞ……」

 

若葉は苦笑しつつも安堵した。

これで残りは通常個体ばかりだ。

 

「とにかく、あともう少しです!一気に片を付けましょう!」

 

「…私も…頑張るよ!!」

 

「無理すんじゃないわよ!」

 

風と若葉は手負いの友奈を守りながら、群がる敵を切り続けた。

そして──

 

「うおおおおお!!」

 

若葉が最後の一体を切り裂いた。

 

「はぁっ…はぁっ…お…終わった?」

 

「…どうやら…そうみたいね…あっ」

 

風は精霊の力が解け、その場に倒れこんだ。

 

「風さん!大丈夫ですか!?」

 

「へーきへーき…ちょっと疲れただけよ…」

 

若葉は神樹の方へ目をやると、歌野がこちらに向かってVサインを掲げていた。

 

「…どうやら向こうも片付いたようだな」

 

「……みんな無事でよかったぁ……」

 

「ほんとよー…誰かさんが一人で突っ走るからどうなるかとおもったわぁ」

 

風がからかうように言うと、若葉は神妙な顔つきで二人の前に立った。

 

「あっ、いやっ!違うんですよ若葉先生!ちょっとした冗談ですよ冗談!!」

 

若葉を怒らせたのかと思った風はしどろもどろになりながら弁解をする。

しかし、若葉は顔色一つ変える事なくその場で二人に向かって頭を下げた。

 

「二人共、本当にすまなかった!」

 

「わあああ!お許しをー……ってあれ?」

 

「…そんなに謝らなくてもいいんだよ?」

 

一人で騒ぐ風とは対照的に友奈は微笑んでいた。

 

「これまでの私はバーテックスへの怒りに囚われ、周りが見えていなかった。どこか一人で戦っているような気になっていた。その結果、自分どころか皆を危険な目に遭わせてしまった事を痛感した」

 

友奈は若葉の言葉に優しく頷いた。

 

「…うん。……でもそれもなるべく敵を引き付けようっていう若葉ちゃんなりの頑張りだったんだよね」

 

「…いや、そんな大層なものではない。結局は私の自己満足に過ぎなかったのだろう」

 

「だが、これからは過去に囚われたりはしない。復讐の為じゃなく、仲間を、今いる四国の皆を守る為に全力を尽くそうと思う!」

 

「まだまだ頼りない私だが……これからも共に戦ってくれないか」

 

若葉の言葉に友奈と風は目を合わせると、二人は頷いた。

 

「そんなのあったり前だよ!これからも一緒に頑張ろうねっ若葉ちゃん!!」

 

「みんなあんたを頼りにしてるんだからね!頑張んなさいよリーダー!!」

 

「…あぁ!!」

 

二人の言葉に安心したのか、若葉はその場に倒れこんだ。

 

「わぁ!?若葉ちゃんはいっつも無理しすぎだよ!」

 

「ははは…面目ないな…」

 

「ていうか…友奈は人の事言えないしね~?あんたもすぐ無茶するんだから気をつけなさいよ!」

 

「えぇ!?それを言うなら風さんだってすぐ敵に突っ込むじゃないですかっ!!」

 

散々無茶をしていた風からの忠告に納得がいかないのか、友奈が反論する。

 

「あたしは盾があるからいいの!!」

 

「そんなのずるいっ!!」

 

「…二人とも随分元気だな……」

 

今回の戦いで勇者として、リーダーとして、まだまだ未熟な部分が多い事を思い知らされた。

ただ目の前の敵を斬る事だけが全てではない。

 

「もっと周りの人の事を良く見ろ……か」

 

温泉旅行の夜にひなたの言っていたのはこの事だったんだな。

仲間を、今を生きる人を守る事がきっと散って行った人々への手向けになるだろう。

 

この機会に仲間ともっと向き合ってみるのもいいかもしれないな。

そんな事を考えながら、二人の子供みたいな口喧嘩を若葉は微笑ましそうに眺めていた。




読んで下さった方も、そうでない方もありがとうございました。

今回は切り札『犬神』を登場させました。
犬神は本編でも風先輩を守ってましたし、ゆゆゆいのスキルでも防御よりなので防御特化にしました。

一応、守りの精霊なので威力と攻撃範囲は通常時より下がるっていう設定です。

読み直しをする度に違和感を感じて、何度も修正していたら滅茶苦茶日が空いてしまいました。
文字数もこの話だけやけに多くて申し訳ありません(-_-;)

連休で空いた分を取り戻せたらなと思っております……!

ご意見、ご感想、質問などお待ちしております!

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