黒の剣士が白兎に転生するのは間違っているだろうか   作:語り人形

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難産でした。遅くなってすみません。


第24話 煌夜の世界

 ─古今東西、世界のあらゆる書物がそこにある─

 

 世界の中心である都市(オラリオ)に存在する、ある白亜の図書館を訪れた誰もがそのように評したという。

 蔵書されているのは、本屋でも売られている一般向けの手軽な本を始め、重厚な皮装丁で羊皮紙を束ねた如何にも高価で貴重そうな本から、書き連ねられた文字も種族間で共有された文字である共通言語(コイネー)だけでなく、その作者の種族のみで使われる独自の言語で執筆された書物も混じり、絵本から物語、歴史、文化、学問、魔法、古文書等々、分類(ジャンル)を問わずそこに納められていた。

 

 ありとあらゆる地上の叡智が厳かに眠る賢神の書庫─それが『万書殿』であった。

 

 幅広く背高い書棚が、丁度オラリオの八つのメインストリートと同じ規則的な列を為して並び立つ。木々のようにそびえ立つそれらの間を通り抜け、吹抜けの大広間(ホール)の中央へと、俺とカーディナルは向かっていた。

 中央は開けた空間であり、中心には受付カウンターと思わしきそれと、閲覧する為の長机が周囲に設置されている。カウンターに近づくと、カーディナルは中で書類整理(デスクワーク)していた数人の職員の内、その一人に声を掛けた。

 

「シャーロットよ。忙しいところを邪魔して悪いが、ちと良いかの?」

「ん? あっ、カーディナル様! ……それにベルも一緒に」

 

 声を掛けた相手はつい先日裏通りの時に会った同じファミリアの団員で先輩であるダークエルフの女性、シャーロットだった。今日はいつも纏っていたローブ姿ではなく、紺色の制服をきっちりと着こなした姿だ。その様は彼女の凛とした容姿も相まって才女、または女史の印象を見受けた。

 

「よっ、久しぶり……という程じゃないが数日ぶり。ここにいるってことは、シャーロットも職員の一人なのか?」

「そうよ。そう言えばベルには教えてなかったわね。私は普段は万書殿(ここ)で働いているの。カーディナル様の紹介でね。それで……今日はベルを連れてどうしたんですか、カーディナル様?」

 

「うむ、ベルにこの万書殿を自慢するついでに、仕分けを手伝わせようと思って連れてきたまでじゃ。量が多くて人手が足らん筈じゃったろう?」

 

 仕分け? と聞いた俺が詳しい内容を尋ねると、カーディナルは頷き返して説明をしてくれた。

 

「この万書殿に納められている書物の大半は外の他国より輸入したもので占めており、時々新たに書物を取り寄せておるが、時にその量は膨大なものになる事もある。それらの荷解きや整理をする必要があるが……只でさえ図書館(ここ)は広く、職員達にも他の仕事があるからあまり手が回らないのじゃ。

 いつもは少しずつ分担して片付けておるが、今回はかなり貯まっているからの……」

 

 そんなわけで、さして時間に追われていない俺にも助っ人として手伝って欲しいとのことだ。元より、そのつもりで来ていた俺が快く了承したのは言うまでも無いだろう。

 だが、話を聞いた俺は一つ気になることがあり、ここにはいない人物の事についてカーディナルに聞いた。

 

「手伝うのは別に構わないが、それならリセリスはどうしたんだ? あっちは何か用があるのか?」

「ああ、あやつは別件でウラ……ゴホンツ、……ギルドの強制依頼(ミッション)でダンジョンの調査に向かっておる。だから手伝いはお主だけじゃな」

 

 どこか不自然な咳払いをして説明し終えると、カーディナルは人を待たせているということで後の詳しい内容はシャーロットに任せると告げて、さっさとこの場を後にしたのだった。

 小柄な少女の姿が人波に消えていくの見送ると、シャーロットに向き直り口を開く。

 

「……えーと、まぁとりあえずそんな訳で来たんだ。よろしく。……それで俺はだだっ広い図書館の何処に行けば良いんだ、シャーロット?」

「ええ、わかったわ。ありがとうベル。そうね……私は今受付(ここ)を離れられないから……シオン、事情は聞いていたでしょ。ちょっと彼の案内役を変われる?」

 

 生憎、手が離せられないというシャーロットが代役を頼んだ相手は、話している間ずっと隣で書類整理(デスクワーク)をしていたエルフの女性だった。

 彼女の言葉に反応して顔を上げ、少年の方を振り向くとその整った美貌が露となる。先に少年の目に映えたのは、艶やかで清らかな流水のような水色の長髪と瑞々しい白い肌。エルフによくある鋭利でお固い印象を感じさせない柔らかで優し気な顔立ちとほっそりとした体つきから、さながら“淑女”のイメージを感じ取れた。

 

 “シオン”と呼ばれた女性は椅子からスッと立ち上がる。そして少年に丁寧な仕草でお辞儀すると、淡い笑みと共に挨拶をした。

 

「初めまして、シオンと良います。お会い出来て光栄です。クラネルさん」

 

 

 ~~~

 

 

 やっぱエルフの女性って皆綺麗なのかねー

 

 俺の直ぐ前を歩き、先導する彼女の姿を見て、ふとそう思った。ハーフエルフのエイナさん然り、ダークエルフのシャーロットや目の前を歩くシオンという女性。当然ながら時折街で見掛ける彼女達以外の男女のエルフも総じて見目麗しい容姿だ。例え頭が固い、容易に他者に肌を触れさせない潔癖と云われようと、それでもエルフに惹かれる者が多いのも納得だろう。

 俺は既に前世(過去)の話であろうと心の底から愛した人がいたため、そういった事は無いが、それでも目を奪われてしまうことがあるくらいだ。

 

 まぁそれはそれとして……

 

「あのーすみません。さっき受付で俺の名前を言っていましたが、何処で知ったんですか?」

 

 気になるのはあの時、確かに彼女は“クラネルさん”と俺の苗字を言った。俺達の会話を聞いていたとしても、その言葉は出ていない。お会い出来て光栄です”とも言っていたから、同僚のシャーロットから予め俺の話を小耳に挟んでいたのだろうか? 

 不思議に思って尋ねると、シオンさんに俺の質問を受けて後ろを振り返り、髪と同じアクアブルーの瞳を瞬かせると年下である俺にも敬語を使い、こちらの予想とは違った答えを出した。

 

「はい。それは以前リセリスから貴方のお話を伺っておりましたからです。兎みたいな新人が入ったって言っていましたよ」

「リセリスを知っているんですか?」

 

 今この場にいない少女の名前が出た事に、少年が彼女との繋がりを聞く。

 

「ええ、私はここの職員の仕事を与えてもらっていますが、こう見えて本職は冒険者をやっています。所属するファミリアこそ異なりますが、リセリスとは駆け出しの頃からの付き合いなんです。彼女には私ほかにもあと数人、気心の知れた仲間がいまして、良く皆で派閥を越えたパーティを組んで、ダンジョンの探索をさせてもらっています」

 

 ……なるほど、ファミリアの団員が僅か二人の状態で今まで良くダンジョンに行けたなっと思ってはいたが、他のファミリアの冒険者とパーティを組んでいたのか。そう言えば以前たった一人でロキファミリアと合同遠征したりと、割と交友関係が広いとこがあったし他のファミリアとの付き合いも、ある意味カーディナルより多そうだもんな。

 

「主神同士の関係はどうなんですか? うちの主神はあまり神付き合いの話は聞きませんが」

 

 というかカーディナルと付き合いのある神って誰だ? 

 

「私の主神はテミス様ですが、カーディナル様とは地上に降臨してから、そこそこの付き合いと申していましたよ。テミス様が言うにはそれなりに仲の良い神様もいるそうです。私の知っている限りでは……あ、ここです。こちらの部屋が資料保管室です」

 

 二人が雑談を交わしているうちに、目的の部屋へと着く。扉は開けっ放しで、少年が中を覗くと室内にある作業台の上には幾多の本と巻物(スクロール)が雑多に積み重なって山を成し、その周りに十数人の職員達が作業をしていた。

 本のタイトルを記録して名簿を作成する者、手袋を着けた手で選び取り種類(ジャンル)分けする者など、数冊まとめて台車に乗せ何処かに運び出す職員もいた。

 

「既に話の方は通っていますので、後は彼らが教えてくれる筈です。何かわからない事がありましたら、気兼ね無くお聞き下さい。それでは、私はこれで失礼いたします」

「はい。案内ありがとうございました」

 

 少年に軽く会釈してシオンは再び自分の仕事場へと戻っていく。そして水色の長髪を揺らしながら立ち去る彼女を少年は見送ると、部屋に入り彼らの作業の環に加わるのだった。

 

 

 ……数時間後

 

 

「ふぅー、想像していたのよりも量が多かったな。……まさか別室にまだ大量にあったなんて」

 

 手近にあった椅子にドカッと深く腰かけ、息をつく。休憩ということでつい先程まで一緒に作業していた人達は退出しており、今室内にいるのは俺一人だけであった。

 思い返すは最初は百冊近くは有った書物も、ベテラン職員達の手際の良さでスムーズに片付いて残りがあと十数冊になった時、意外と早く終わるなと思ったのも束の間、実はこれらはまだほんの氷山の一角であり、直ぐ隣にある別室には先程の倍以上の書物が眠っているという話であった。

 

 俺の仕事自体は指定された本を別館に運ぶだけで分厚い本を何冊持とうと、恩恵により筋力強化されているのでなんら問題はない。むしろ他の職員と雑談しながら運んでいるので、楽しくやっていたくらいだ。

 

 とりあえず、昼時で腹が減ったので近くの食堂に行こうと席を立った時だった。ふと、一瞬視界の隅に小さな紅色が目に映り込んだような気がした。それが気になって近づいてみると、それは1冊の本だった。進呈品とか何処に配置するか決まっていないものを一時的に置いている机。その上に置かれていた本達の中の1冊であった。

 何気無く手に取ってみると、書店で売られている本よりも一回り大きいサイズに数センチ程の厚さ。そして、俺の目を惹くきっかけとなった特徴的な深い紅色の装丁。

 

 別に読書家である訳ではないが、何故か、どこか異質な雰囲気を漂わせるこの本から目が離せずにいた。

 

「『心象により導かれる魔法の(わざ)』……」

 

 幸いな事に共通言語(コイネー)で書かれていたので、タイトルらしきものを読み上げる事が出来た。だが筆者の名は表紙や背表紙にも載っておらず、どうやら表記はされていないようだ。

 

 魔法という言葉に惹かれ、最初のページを開いてみる。

 

「魔法とは本来、精霊やエルフを始めとした魔法種族(マジックユーザー)のみが扱う古の(わざ)であった。しかし天界より神々が降臨して以降は、魔法の素質が無い種族でも恩恵(ファルナ)によって後天的に得ることが可能になった……」

 

 最初のページは魔法について簡単な概要。共通言語(コイネー)で書かれているが、文と文との間に数式のような、意味深に謎の記号群がページ全体に羅列している。ここまでは“普通の文”だった。

 

恩恵(ファルナ)により発現する魔法はスキルと同様に、本人の可能性の具現化に他ならない。故に、現れる魔法は千差万別であり、その内容は発現者の願望、欲望、気質、本質……憧憬に反映される……」

 

 読み進めていくうちに、文字と記号が互いにグチャリと混ざり合うかのように融けていく。いつしか、つい先程まで確かに文を成していたそれらは意味不明な波文字に姿に変え、最早常人には判読不能としか思えない“魔文”へと化した。

 そこまで冷静に判断しておきながら、俺は既にこの本を読む事に没頭してしまい、中断することが出来ずにいた。

 

『魔法とはすなわち、己を識る事から始まる。己を直視出来ぬ者に神秘の業が得られることは無い。故に、この魔導書を開いた見知らぬ者よ、まずは自らの魂に問え、そして汝の心象(せかい)を思い浮かべ、想像せよ。仮想の舞台(せかい)はここに用意した。そこに汝の心象(せかい)を反映させ、汝の本質を知るのだ』

 

 口に出していないのに、頭の中で自分ではない声が響く。内容を理解する前に、この摩訶不思議な出来事に咄嗟に本を閉じようとするも時既に遅く、急に泥酔したように俺の意識は朦朧となった。最後に覚えているのは、身体の力を失い呆気なく床へと崩れ落ちるところまでであった。

 

 

 ~~~

 

 

 ……気がつけば先程までいた筈だった室内でなく、全く見知らぬ場所にただ一人、突っ立っていた。

 

 空は吸い込まれそうな深い黒の夜天に、さざ波のように揺れ動き多彩な煌めきを放つ無数の星々。その真下の地面はそれ自体が巨大な鏡かのように上空の星天を映し出すことで、まるで自分が宇宙空間に立っているかのような錯覚を感じさせた。

 

 今の状況すら忘れてしまう程に美しい夜景なのだが、この煌夜の世界で最も存在感を放っているのは空ではなく、“一本の木”だった。それはバベルにも匹敵する高さに太い幹を持つ漆黒の大樹。

 その黒き枝葉は夜空の漆黒と融合して一体化することで、まるで天と地を繋ぐ巨柱を思わせる。その威容を誇る様はサイズこそ異なれど、夜空の名を冠した愛剣の元となった前世である巨人の杉と瓜二つであった。

 

 根元に近づき触ってみると、硬質な樹皮から仄かな熱が手のひらに伝わってくる。その暖かみはどこか懐かしく、突然の出来事に困惑していた俺の心を落ち着かせるのだった。

 

「ギガスシダー……何故この木が? それにここは一体……」

 

「ここはお前の心の中にある小さな世界、その鏡像さ」「ッ!?」

 

 疑問を口にした瞬間、突如隣からどこか聞き覚えのある声が静かに発せられた。誰もいないと思っていた俺は慌てて声のした方に振り向く。そして、その人物の容姿を見て目を見張った。

 

「北欧神話では、九つの世界を一本の大樹が支えているという。……なら、多くの者達の拠り所となり、彼ら一人一人の世界の支柱を成していたお前を象徴するものとして、まさにうってつけだろう? なにせ一度はコイツで世界そのものをまるごと(しんい)で覆ったんだしよ」

 

 気安い口調で話しかけるのは、白髪の少年と同じ年代と思わしき少年だった。痩せた体格に、女性と見紛う程の線の細い顔立ち。黒色のシャツとズボンの上に重ね着して艶のある黒のロングコートを羽織ったその姿は、黒髪黒目と相まって全身黒ずくめであり、この世界の風景に溶け込んでいた。

 白髪の少年にとって、その見覚えの有りすぎる姿と落ち着いたトーンの声は親近感を覚えるレベルの話ではない。何故ならその姿は、少年の仮想世界におけるもう一つの姿とあまりに酷似していた。

 

 

「お前は……一体、誰だ……」

 

 

 途切れ途切れに紡がれた白髪の少年の問いに、謎の黒衣の少年はニヤリと不敵な笑みを返すのだった。

 

 

 

 




次回は魔法を出す予定です。次話は早めに更新します。

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