黒の剣士が白兎に転生するのは間違っているだろうか   作:語り人形

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第26話 剣の記憶

 オラリオの真上を照らしていた太陽が西に傾き始めて数刻が経った午後、迷宮(ダンジョン)と地上を繋ぐバベルの一階では今日も大勢の冒険者達が行き交い、賑わいを見せる平常の光景。その人混みから避けるようにして離れた隅にヒューマンの少年と狐人(ルナール)の女性の二人が立っていた。

 

 「どうぞ」

 

 そう言って少年は交差する形で背負っていた長剣の一つを鞘から引き抜き、目の前の女性に丁寧に差し出す。

 柄から剣先に至るまで黒一色というオラリオでもあまり見かけない珍しい剣を、女性は慎重に受け取ると一言も発さずにじっと見つめ、時折剣を掲げては角度を変えて調子を確かめる。

 

 細く、薄い華奢な形状から工芸品にも見える黒剣を携える立ち姿は幽艶であり、女性の優雅な光沢を放つ絹糸に似た白い髪に気品ある容貌と、やや灰色がかった桜色の和装姿が相まうことで女神達の華麗で神々しい美とはまた異なる─妖しくも幻想めいた美しさが、狐人(ルナール)という雅で神秘的な種族を表している─ように少年には見えた。

 

 壁際に設置された魔石灯の光を反射しない、むしろ取り込むかのような黒き刀身に女性は自身のほっそりとした人差し指の腹と刀身の腹部分を触れ合わせ、スッと滑らし線を引く。そしてポツリと、静かに呟いた。

 

「ちょっと見ない間に、ずいぶん楽しんできたようね」

 

 黒剣─エリュシデータとの数日ぶりの再会に、コウジロ・凛はクスリと微笑むのであった。

 

 

 

 個人的な都合と主神のお詫びにより万書殿の作業を免除され、一度教会(ホーム)に帰宅した少年はダンジョンに行く為の装備を整え、バベルに向かった。そして、いざ『穴』に入ろうと少年が長大な螺旋階段に足を踏み入れたその時、ちょうど探索帰りの途中であったコウジロ・凛とばったり会ったのであった。

 互いに軽い挨拶を交わすと、彼女はせっかくだから少年が背負っていた長剣─自ら製作に携わったエリュシデータの様子を一目見たいと言い、その申し出を少年は快く受け入れた。

 

 

 ─そして、冒頭に至る。

 

 

「はい、ありがとう」

 

 感謝と共に返却されたエリュシデータを受け取り再び鞘に納める。カチンッと短く涼やかな音を聴き、背から伝わってくる愛剣の重みに安心感に似たものを感じていると、凛さんはご満悦の表情で感想を述べた。

 

「悪くないわね。剣として存分に振るわれていて、丁寧に扱ってくれているのが伝わってくるわよ。貴方も前より成長してるようだし、その子の目に狂いは無かったってとこかしら。フフッ…剣に目は無いけどね」

「見ただけで分かるんですか?」

 

 軽い茶目っ気を出し、優し気な笑みをエリュシデータに向ける彼女に俺が聞くと“ええ”と頷き返して語った。

 

「自分が製作に関わってる作品なら一目瞭然よ。特にエリュシデータは少しばかり主張が強い性格だから尚更ね。それに…何て言うか在り方が変わったのかしら? 意思がはっきり感じ取れるの。私が所持していた頃はその辺がもっとおぼろ気だったと思うわ。」

「意思、ですか……」

 

 そう言われて片手を背後に回し柄を軽く握ってみれば、大して力を入れて無いにも関わらず握りと手の内が磁石のように引かれ合い、自然とくっ付き合ってしまう。だが彼女が持っていた時はそのような事は一度も無く、普通に大人しく手に納まっていたという。

 真意は解明剣のみぞ知るのだろうが、たとえ話す言葉は無けれど確かに、この解明剣の存在感と意思は担い手の俺にしっかり伝わってくる。それをこの数日で何度も俺は味わった。

 

「エリュシデータのお陰でダンジョン攻略はとても捗っています。今はまだ、こいつの性能に甘えていますが、俺自身の腕をもっと上げて完全に力を引き出せるくらい強くなってみせますよ」

「そうね。貴方達ならそう遠くない未来、このオラリオでも有数の冒険者になることも可能な筈よ。その調子で頑張って頂戴ね」

 

 少年の決意ある言葉を聞き、狐人(ルナール)の妖鍛治師は子を見守る母親の気持ちで、一人と一つの剣を微笑ましく見つめるのだった。

 

「ところで……。ちょっとエリュシデータについて聞きたいことがあるんですが、構いませんか?」

「呼び止めたのはこっちだし、別に構わないわよ。何かしら?」

「はい。実はエリュシデータの歴史…いや、作製に使われた素材について知りたいんです」

 

 “素材?”と不思議そうに聞き返す凛。てっきりエリュシデータの能力についてかと思っていた彼女だが、少年の質問を受けて記憶を振り返り、自身の知る限りの情報を思い出す。

 

「実は素材の大半はエルフのアイテムメーカー(あの人)が用意してくれたものだから、私も良く知らないんだけど……。そうね、まず最初に説明するとエリュシデータは少し特殊な造りをしているの」

「特殊な造り?」

「ええ。色が黒だから少し分かりにくいけど、刀身部分が剣の刃と腹……それぞれ()()()()()で構成されていて、それらが互いに組み合わさった造りなの」

 

 通常、というか一般的に武器を作製する際には金属等の材料を熱し、ハンマーで鍛える鍛造方法が主流である。そして鍛え上げられた武器を研磨して刃を付ければ立派な武器が出来上がる訳だ。

 エリュシデータはよくよく刀身を見てみると、薄い腹部分は少し透けた黒水晶(モリオン)のような黒ではあるが、それを囲む刃の枠部分は艶の無い純黒(マットブラック)だ。てっきり俺は光の反射具合が異なっているだけだと思っていたのだが、どうやら違っていたらしい。

 

「あの人が言うには昔、当時のオラリオの最高派閥が今の二代派閥じゃなかった時代に、ある日ダンジョンの深層に出現したモンスターを討伐して入手したドロップアイテムが素材らしくてね。それを私が妖術を加えて加工したり、あの人が他の素材と混ぜ合わせたのを接着したことで、今の形に出来上がったのよ」

 

 剣の硬き心材を為すは、攻防一体の結晶を自在に生み出す白竜の竜晶鱗塊(クリスタライト)

 

 鋭き刃を為すは、エルフのアイテムメーカー自作の魔導人形(ゴーレム)の素材を流用した製法不明の特殊(ナゾ)金属と、竜骨の姿をした異形のモンスターの爪。

 

 これらを元にエリュシデータは形造られ、後は凛さんの家に代々伝わってきた黒宝玉と呼ばれる月嘆石(ルナティックライト)が填め込まれて創造された。

 

「大体こんなところかしら。改めて考えてみるとあまり聞かない素材を使っているわね…」

「そうですか、教えてくれてありがとうございます。」

 

 予想以上にエリュシデータの成り立ちについて聞けた俺は頭を下げる。そして凛さんにお礼を言って別れ、ダンジョンへと向かった。

 

 

 

  ~~~

 

 

 

 さて……ここなら他の冒険者もいないし、モンスターも弱いから魔法を試すのに良いかな?

 

 現在、俺がいるのはダンジョン3階層。正規ルートから外れた場所にある広間(ルーム)の付近には今のところモンスターと冒険者の気配が存在しない場所だ。

 ここに来た目的は勿論、万書殿で偶然発現した魔法─【ウェポン・マスタリー】の効果を確かめることだ。

 

 名称と効果内容から察するに元となったのは武装完全支配術で間違いない筈だ。

 しかし内容は概ね似ているが、あちらはどんな武装でも自由に行使できるものではない。武装と主人、両者が互いに通じ合って始めて発動が可能な術技なのだ。その点、【ウェポン・マスタリー】はどうなっているのか、また今背負っているエリュシデータと兎剣はどのように作用するのか詳しい検証をする必要がある。

 

 エリュシデータを鞘から抜き、覚えたての呪文─魔法の第一段階を詠唱する。

 

「とりあえず、まずは強化から試すとするか。──【瞑目せし先は夜淵の(そら)。降り立つ底は夜風の原──】」

 

 初めてにもかかわらず、まるで以前から知っていたかのように自然と次の詞が浮かび、滑らかに口が回る。

 

「【(なれ)よ成れ、青薔薇の眠りより再臨、凍てつく氷柩から再顕せよ──エンハンス・アーマメント】!」

 

 唱え終えるのと同時に淡い白光がエリュシデータから発生する。瞬く間に全体を覆い、光は一瞬で消えた。

 

「成功…したのか?」

 

 そう言ってみたものの、エリュシデータには魔法を発動する直前と何ら変わった様子が無い。何かしらの変化が起きるかと予想していたが、少し光り輝くに留まっただけであった。

 

 発動に必要な魔力が足りない? ならその場合、俺の精神力(マインド)が底を尽きてしまう筈だ。特に何ともないぞ

 

 体力とは異なる精神力(マインド)。ゲームで云えばMPに相当するそれは消費し過ぎると精神疲弊(マインドダウン)をすると聞いているが、体に不調は感じられない。なら他に問題が。発動には詠唱と精神力(マインド)以外に別の要素が必要なのだろうか?

 

 もしかすると……イメージ力の問題か?

 

 武装完全支配術の場合は武器の元となる素材、前世とも言える情報を使用者が把握して初めてその真価を発揮する。エリュシデータの素材は凛さんからある程度聞けたものの、伝聞だけの姿も名も知らぬモンスター…それも複数からなる素材の情報を具体的に想像するは……うん、無理だ。

 

「まぁまだわからんさ。エリュシデータ(コイツ)が特殊なだけかもしれないし、次だ」

 

 一旦エリュシデータを鞘に納め、次に兎剣─“ウサたん”なる珍妙なネーミングの付いた剣を取り出す。素材の情報を一切知らないという点ではこの剣も同様だが、こちらはエリュシデータと比べれば至って“普通”の剣❨銘を除く❩だ。試すと違いがある可能性もある。

 

 再度詠唱をして、今度は兎剣を対象に魔法を発動する。

 そして結句を唱え終わり、先程と同様に剣に淡い光が灯り全体を包み込むとあっさりと消滅する─ここまでは同じだ。

 

 

 ─しかし─

 

 

 ❨ッ! これは…❩

 

 不意に、頭の中に一つのイメージが流れ込んできた。

 小さい、といっても小人(パルゥム)と同サイズの大きさをした一匹のモンスターだ。全身を覆うのは白い光沢がある硬質な毛皮─そう、丁度俺が身に付けている軽装鎧(ピョンきち)と似ており、円らな瞳が紅玉(ルビー)のように瞬く。

 頭部に長い耳が生えるその姿は、一言で言えば─“兎”であった。

 

「今のは……兎剣(こいつ)の記憶、なのか?」

 

 何のイメージも抱いていないにも関わらず、先程とは明らかに違う現象。手元を見下ろせば、兎剣には消えたはずの白い光がうっすらと刀身を纏っていた。

 そして─何よりも少年には、自分と兎剣との間に微かに繋がり─魔力の経路(パス)が生じたのを、直感的に感じ取った。

 

 

 

 

  ~~~

 

 

 

 オラリオが誇る、世界最大規模の大図書館─『万書殿』

 

 公ではギルドが管理している公共機関の一つとされているが、実態はとある賢神が権利を保持する所有物でもあった。賢神は普段、オラリオの外れにある住処(教会)で暮らし、其処が賢神のファミリアの本拠地(ホーム)とされている。しかし、あちらが生活上における拠点だとすれば、実質この万書殿こそが、賢神の…彼女のファミリアの活動における真の本拠地(ホーム)と密やかに云われているのであった。

 

「うむ、ご苦労じゃったなフェルズよ。忙しい中、急な用件に答えてもらって済まない」

 

 万書殿にある一室─執務室で、この大図書館の主─カーディナルは来訪者に労いの言葉を掛けた。彼女の後ろの壁には純白の生地に翼を大きく広げた鳥、彼女の髪と瞳と同じ色をした線で描かれた、燃え上がる炎を彷彿させる緋の鳥の織物(タペストリー)が飾られていた。

 

 賢神の象徴─カーディナルファミリアの記章(エンブレム)を背景に佇むカーディナルに対し、全身を黒のローブで覆った来訪者─フェルズは恭しく一礼する。

 

「いえ。大した手間ではございません、カーディナル卿。そして、こちらがご要望された─ソーマ・ファミリアの内部資料です」

 

 フェルズはローブの内から、幾枚かの羊皮紙が重なって巻かれた巻物(スクロール)をカーディナルに手渡す。ウラノスの指示の下、秘密裏に動く幽霊(ゴースト)職員─フェルズ。

 今日、ギルドでも知る者は極一部である彼、彼女?がカーディナルを訪れたのは彼女からの依頼、“ギルドで確認されている限りでも良いから、ソーマ・ファミリアの情報を持ってこい❨意訳❩”を受け、ギルドが管理している資料の複製書(コピー)と自身が持つ情報のそれを、わざわざ自分の足で持ってきたのだった。

 

 フェルズの存在を知る数少ない神物の上に連絡を取り、動かす手段をも持つカーディナル。彼女とフェルズの関係を一言で述べるならば同僚、又はかつての上司とその部下であり、ギルドの主神─()()()()()()()()者同士だ。とある一時では、フェルズは彼女の命を受けて活動していた頃も存在していた。

 オラリオで絶対中立の立場を一貫するギルド。しかし、その裏では秘密の繋がりが存在しない訳では無いのだった。

 

「ところで此度は一体どうなされたのですか? ソーマファミリアは数こそオラリオの上位に入るものの、御身の派閥から見れば大して脅威にはなり得ません。何か問題でも?」

 

「いや、なにワシのファミリアの新人がきな臭い団員と組んでいてな。万一を考えて、対処しときたいのじゃよ。それに近頃巷ではソーマの団員がトラブルを起こしていると良く耳にするからな。その辺り、ギルドはこの案件をどう考えているのじゃ」

 

「何らかの検討はされております。罰則(ペナルティ)を与えるとしたら罰金か、活動の自粛あたりになるでしょう」

「果たしてそれだけで済むかのう。お主が調べてきた資料によると、裏で色々と動いているようじゃないか」

 

 執務机と一緒に置かれた椅子に腰掛け、受け取った資料に素早く目を通し頭に入れるカーディナル。フェルズがもたらした情報にはソーマファミリアの大まかな活動内容以外に、他派閥からの怪しげな依頼を多く受けていると記載されていた。

 

「使い魔を寄越し、内部を覗いたところソーマファミリアが販売している酒、神酒─ソーマには製造に当たり多額の資金が必要とされており、その為に団長ザニス・ルストラの指示を受けて団員達は資金稼ぎに躍起だそうです。

 特に、金を多くもたらした者には褒美としてその神酒を飲む権利を与えられる事が起因でしょう。最早事実上、ソーマファミリアの運営はソーマではなく、この男が握っていると言えるでしょう。それ故に、ソーマファミリアは多額の金次第では何事にも手を染める、最も卸やすいファミリアとされています」

 

 ただひたすらに、唯一の酒造り(趣味)のみに没頭しているとされるソーマに代わって、団長のザニスが主にファミリアを取り仕切り構成員を動かしているという。

 フェルズの話を聞いて、カーディナルはソーマファミリアの現状を悟り、深いため息をついた。

 

「このオラリオに地をつけてはや千年、今まで数多くの神々共を見てきたが、己の恩恵が下界に与える影響力を最低限、考慮しても良かろうに。まぁ、そもそも娯楽と未知を目的に降りた者が大半を占めるのじゃから、仕方ないと言えばそれまでじゃがな……」

 

 窓に目を向け、過去に神々が引き起こした厄介事(トラブル)の対処に幾度も追われた事を思い出して遠い目をする賢神に、自身も覚えがあるフェルズはフードの中で苦笑する。如何に全知全能と謳われる神と云えども、誰もが神格を伴っている訳ではなく、暇を持て余した神々の余興は時に、モンスターの脅威よりもたちが悪いのであった。

 

「いっそのこと、()()()()()()()()()()()? そうすればオラリオが抱えている諸問題も少しは改善できるやもしれませんよ」

 

「冗談抜かせ。数百年前ならいざ知らず、今の儂は一ファミリアの主神じゃぞ。もとより、儂が神々(あやつら)から()()()()()()()()()()()()()()()()なのは、お主も承知の上であろう」

 

「御言葉ですが、それは既に手遅れでしょう」

 

 ここ十年間で、カーディナルの存在はある一人の眷属が引き起こした話題により神々から大きく注目され続けてきたことを言及するフェルズだが、近い将来にまたしても、カーディナルの眷属が前代未聞の事をやらかすとは、この時、賢神同様に知る余地は無かったのだった。

 

「わかっておる。…それはさておき、ダンジョンに潜む不穏分子について現状どうなっておる」

 

 憮然とした顔付きから一転、カーディナルの顔は重々しいものへと変わる。幼い少女の顔に似合わぬ真剣な表情に、フェルズもまた緊張感を纏って報告する。

 

怪物祭(モンスターフィリア)で出現した食人花が先日、18階層のリヴィラの街に大量に出現。モンスターはロキファミリアを筆頭にその場に居合わせた冒険者達により討伐されましたが、その際に首謀者と思わしき調教師(テイマー)には逃げられました。

 また現在ダンジョン24階層ではモンスターの大量発生が起きており、関連の疑いがあります。既に異端児(ゼノス)達にも被害は及んでおり、最早彼らだけで対処するのは難しく、事態は深刻の一途を辿っております」

 

 怪物祭(モンスターフィリア)に起きたモンスター脱走事件とは別に、オラリオで暗躍する怪人達と闇派閥(イヴィルス)が起こした事件を、ロキファミリア同様にカーディナルもまたウラノスと共に独自の調査をしていた。

 尤も、流石にロキファミリア程の戦力と人数を持ち合わせていない為に捜査には限度があったが。

 

「事態解決に向けて冒険者達を派遣する予定ですが、その際にフリーゼ殿のお力添えをお願い出来ますでしょうか?」

「うむ、わかった。調査隊にはリセリスも同行させよう。しかし何だな、最近どうにもダンジョンの動きに異変が生じつつあるのう。……うーん。これは一度、()()()を呼び戻して、調査するべきか……」

「それは、()()()()ですか?」

「ああ、戦力としては申し分無い。何処をほっつき歩いているのかは知らんが、必要とあらば何時でも呼び出し可能じゃ。例え世界の果てじゃろうと、あやつの騎竜(ワイヴァーン)ならばオラリオまでひとっ飛びじゃからな」

 

 そう言ってカーディナルが外に目を向ければ時刻は既に夕刻、空は焼けるように赤く染まる中、遠い地の果てではじわじわと、夜の帳が下ろされつつあるのであった。

 

 

 

 

 ~~~

 

 

 

 

 ダンジョンに潜り、ウェポン・マスタリーの実験を行ってから数刻が経ったが、モンスター相手や剣以外にナイフや投げ針を用いて検証した甲斐はあり、以下の事が判明した。

 

 ・『強化』の効果時間はおよそ10分間。対象となる武器以外のコートと軽装鎧にも発動を確認したが、引き出す情報が少ないのか兎剣と違いイメージは現れず、効果時間中はうっすらとした光が覆うのみ。ナイフや投げ針もこれと同様。

 

 ・変化したのは鋭さや耐久力等の上昇。但し、兎剣はそれ以外に自身の敏捷が上がったことから、掛ける対象によって効果に違いが生じる可能性あり。

 

 ・消費する精神力(マインド)はそこそこ。それ以外に武装の体力のようなものを消費し、ナイフは連続して3回、投げ針は2回発動するとバラバラに崩壊した。

 

 

 ❨大体、判明したのはこれくらいかな?❩

 

 予め購入しておいたマジックポーションを呷り、頭の中で情報をまとめる。

 効果としては悪くないであろう。詠唱が必要とはいえ、場合によっては強化された武器は強力な一撃となり、コートや鎧の防御力も格段に上昇する。当然、使いどころを見誤れば逆に自身の破滅を招く危険もあるので使いすぎには注意が必要だ。ダンジョン探索を考えると戦闘中でも詠唱可能にしていきたいが、それは少しずつ練習していくとしよう。

 

 

 ─問題は……

 

 

「やっぱコイツだけ、何も変わらないなー」

 

 ある意味、一番効果が気になっていた黒剣─エリュシデータ。

 何度か魔法を掛けたものの結局、基本となる変化すら起きずエリュシデータは俺からの干渉を遮断して、沈黙を保ったままだった。

 俺自身の力量が低いが故なのか、あるいは─()()()()()()()()()()()というエリュシデータの意思の表れ─なのか、その真意はエリュシデータしか知らぬであろう。

 

 ❨とりあえず、そろそろ上がるとして最後にこれだけ試してみるか❩

 

 兎剣を取り出し、詠唱を開始する。既に『強化』での検証は終えた。だが、ウェポン・マスタリーには()()()()()()──

 

「エンハンス・アーマメント」

 

 発動した証である揺光が兎剣に灯り、俺との間に魔力で繋がった経路(パス)が生まれる。

 

 そして─俺は最後の詠唱を唱えた。

 

「リリース・リコレクション!」

 

 追加詠唱─その効果は『記憶解放』、それは─前世である武装達の在りし日の姿の顕現である。

 詠唱を終えると同時に、兎剣の光がそれまでの弱々しいそれではなく、閃光のように強く輝いた。

 

 ─ッ!

 

 視界一面を覆う程の光が兎剣から溢れ出したことで咄嗟に俺は目を瞑り、ほんの少し握りが弱くなったその一瞬に、柄は弾くようにして俺の手から離れた。

 

 光はすぐに収まり、恐る恐る俺が目を開くとそこには─

 

 

 

 

 

 

 

 

  『キュイッ』

 

 

 ─目の前に俺の下半身程の背丈をした、可愛らしい鳴き声を上げる一匹の生き物

 

 

 

   『兎』がちょこんと立っていた。

 

 




 魔法 兎剣バージョン

・強化─刃の鋭さと丈夫さの向上の基本変化に加えて、特殊効果として使い手の敏捷に補正がかかる。
・記憶解放─前世の姿、メタルラビットに変身。



白竜の素材は元ネタが“アレ”ですが、素材も“アレ”と一緒ではありません。

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