黒の剣士が白兎に転生するのは間違っているだろうか   作:語り人形

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第35話 遠征までの一時

「さてと、この後はどう過ごすかな? 今から迷宮に向かうというのも手間だしな……」

 

 リリとの再会を約束した後、面会を終えて手持ち無沙汰となった少年は一人先に出口へと目指していた。同行していた主神のカーディナルは別件でギルドにまだ残るらしく、別れている。

 

「これでまた一人(ソロ)に逆戻りか……寂しくなるな」

 

 誰に言うわけでもない、小さな呟きがギルドの廊下に零れる。

 リリと一緒にいたのは短い間であったが、俺にとって彼女はこのオラリオで初めて組んだ仲間(パーティ)だった。彼女の一時離脱は仕方がないと理解はすれど、少なからず寂しさを覚えていた。

 

 次リリと再会する時は彼女がギルドで己の罪を償い終えた時、その日が訪れるまでの暫しの別れ。その後リリが俺達のファミリアに移籍できるかどうかは彼女の行動次第だが俺にはリリが、俺と結んだサポーター契約(約束)を果たすであろうと、確かな予感があった。

 後はただそっと見守り、彼女の復帰を信じて待つのみだ。

 

 とりあえずリリの一件は終着したものの……結局のところ、リリを教唆して俺を罠に嵌めた謎の男の正体はわからずじまいに終わった。リリ曰く、質問しても男は名乗らず、どこの所属(ファミリア)かも頑なに明かさなかったという。

 迷宮での行動も変異したオークを俺にけしかけたのみで最後まで奴自身が直接手を出すことはなく、俺がモンスターを倒した時にはあっさりと消え去って影を掴ませない。

 

 モンスターを謎強化させた行為といい、全くもって得体が知れない人物だ。言動からして俺の殺害が狙い、というよりは俺個人の実力を見極めるのが目的と考えられるが何故Lv1の新人冒険者(ルーキー)なんぞを? と疑問が湧く。

 面会室で聞いたリリの話を思いだす。

 

 

 ─詳しい理由までは教えてくれませんでしたが、あの人はベル様が“知人„に似ていたと言っておりました。普段の戦闘や言動に周囲の仲間の有無など、ベル様に関するあらゆる情報を欲していてかなり執着を抱いているようです─

 

 “ベル・クラネル(おれ)„という人間について全くの無知であったにも関わらず男は黒コートを纏い、双剣を帯びた俺の姿に何者かの“面影„を見出だした。そして手始めに俺の傍にいた少女(サポーター)に接近した……。

 話を聞いた時、真っ先に浮かんだのは、

 

(“前世(まえ)の俺„を、知っているのか……!?)

 

 仮にあの黒衣の男が俺と同じ世界出身の“転生者„だと仮定するならば、今回の襲撃は俺の正体が黒の剣士(キリト)だと気付いての襲撃なのか? 

 もし俺の推測が正しいければ……そいつと俺は恐らくかつて敵対関係にあり、仮想世界で剣を交えていたのかもしれない。僅かな会話からは俺に対する憎悪や恨み怒りといった悪感情を感じ取れなかったが……かといって男がした行為を省みれば到底、良心的な人物とは言い難い。

 

 思い出すのは数日経って尚脳裏にこびりついたように忘れられぬ、ニタニタした不気味な笑み。フードから僅かに覗く狂執を色濃く滲ませた、男の暗い微笑が俺の古い、旧い記憶溜まりの奥底に眠っていた棺桶(もの)を揺り起こす。

 蓋を開け、這い上がってくるのは忘却の果てへ何度追いやり斬り払おうと何処までも付きまとってくる、死を纏った“影„だ。

 “影„は背後から無音で忍び寄り、携えた友切包丁(メイト・チョッパー)の刃を俺の頚に当て、耳元で流暢に囁く。

 

 

 ~何度だって、オマエの前に現れる。オマエと──の喉を掻き切り、心臓を抉り出すまで、何度でもな……~

 

 

 もしかしたら……もしかしたら、アイツの正体は………………

 

「……ベル君?」

 

 不意に後ろから声を掛けられ、俺は危うく悲鳴を上げそうになった。びくりと全身を震わせてから振り返ると、そこにはギルドの制服を着た女性が困惑気に立っていた。

 

「エイナさん……」

「あ、驚かせてごめんね。ベル君を見掛けたからつい声掛けちゃったけど……大丈夫? 君の顔色、とても青ざめているように見えるよ」

「え? ……ああ、大丈夫です。……少し気疲れしたみたいです」

 

 少年は安心させるつもりなのか作り笑いをアドバイザーに向けるも、その笑みは引きつっており、声は弱々しく覇気が感じ取れない。エイナが普段見る少年の飄々とした態度も今は見受けられず、色素の薄い肌もまるで病人を彷彿させる青白さだった。

 彼女の緑玉色(エメラルド)の瞳が、不安気に揺れる。

 

「ホントに? ……そうは見えないけど。アーデ氏との面会で何かあったの?」

「あーいえ、そっちの方は問題ありません。……ただ色々とありましたから、つい気が弛んじゃったのかもしれませんね」

 

 軽く告げて尚も心配そうにこちらを見つめる彼女を見るに、どうやら今の俺はよほど不安定に見えるのだろうか。彼女を心配させてしまったことに自己嫌悪するが、それを押し殺し無理矢理にでも落ち込んでいた気持ちをリセットする。

 俺の誤魔化しめいた言葉にエイナさんは納得しきれてはいないようだが、とりあえずは受け入れてくれたようだ。

 

「もう、君はいつもそうやってはぐらかすんだから。聞いたよ、今回のサポーターの件も危ない目にあったんでしょ? こうして無事にいてくれたから深くは聞かないであげるけど、……ホントに無茶だけはしないでね──ベル(キリト)君」

 

 

 ──最後に発せられた言葉(なまえ)は、俺の幻聴だ。

 

 それが分かっているのに、こちらの身を真摯に案じるエイナさんの顔に、俺が今世(いま)も愛する女性の顔が一瞬重なるのを幻視する。

 ズキリと鈍く痛む頭と胸の疼きを、どこか他人事のように感じながら張り付けた笑みと共に会話を続行する。

 

 

「あははは……鋭意努力します。──あ、そういえば迷宮でアイズさんに助けられたんですが、その時エイナさんについて聞きましたよ。遅くなりましたが俺の為に動いてくれた事、ありがとうございました」

 

 俺は深々と頭を垂らし、エイナさんに感謝を述べた。

 アイズが救援に駆け付けてくれた原因を辿れば、エイナさんもまたアイズと同じく俺、しいてはリリの命の恩人に違いない。……色々と後回しになってしまったが、後でアイズにも礼を言う為に会わないといかんな。

 頭を下げる俺を見てエイナさんは顔を紅くし、あたふたする。

 

「い、いいわよ私に頭下げなくても。私がしたのは偶々居合わせたヴァレンシュタイン氏に依頼しただけだから。きっかけも怪しい人達の会話の盗み聞きだし、全部偶然よ」

「偶然だったとしても、エイナさんが俺の事を思って尽くしてくれた事実には変わりないですよ。エイナさんのファインプレーが無かったら、俺は迷宮でお陀仏になっていたかもしれないんです」

 

 少年の本心からの感謝を浴びるエイナ。自分には身に余るものだと居たたまれない気持ちになる中、ふと彼女は大事な事を思い出したように“あ、そうそう„と少年に告げた。

 

「今ちょうどね、ロビー付近にヴァレンシュタイン氏とリセリスが居るの。良かったらベル君も会ってくれば?」

「えっ、今二人が居るんですか?」

 

「うん、実は私もここに来る前に話していたの。まだそんなに時間は経っていないから、まだ二人は居るんじゃないかな? お礼を伝えに行ってみると良いよ」

「そうですね、分かりました! 教えてくれてありがとうございます、エイナさん。──それじゃあ、俺はこれで」

 

 そうして言われた通りにロビーに足が向かいかけたが……ふと思い付いたことがあり、立ち止まった。

 

「?」

 

 俺の行動を訝しむエイナさんに近づくと、そっと彼女の片手を取って持ち上げる。当然ながら困惑するエイナさん。

 それを尻目に俺は彼女の柔らかな手の甲に顔を近付けると白い手袋越しに、軽い口づけを落とした。

 

「──大好きです、エイナさん」

「……えうっ!?」

 

 硬直したエイナさんにそう囁くと、彼女は面白いように真っ赤な顔になる。それを確認した俺は悪戯が成功した悪ガキのように笑うと駆け出し、今度こそその場を立ち去るのだった。

 

 

 

 …………

 

 

 ギルドの正面口から入場すると、まず最初に広々とした大広間(ロビー)を目にする。ギルドの受付窓口が設置されているそのエリアは大人数での利用が想定されている為非常に奥行きがあるほか、白大理石の磨かれた床面が良く目立つ。

 オラリオを統括する機関の総本部だけあって常に沢山の人々がギルドに出入りしているが、昼時に近い現在(いま)だと混雑時と比べて人の数は圧倒的に少ない。

 

「えーと、二人は何処に居るかな……」

 

 キョロキョロと視線を回し二人の姿を探すと、幸い二人はすぐに見つけられた。

 ロビーに設置された長椅子に座った二人の女性─それぞれの金色と藍色の長髪が目に留まった俺は彼女らに近寄り、声を掛けた。

 

「よぉ! リセリスにアイズ」

 

「……わかった。遠征までの間、アイズに付き合うよ──うん? あ、ベルだ!」

「ベル……!」

 

 俺に気付いた二人は会話を中断し、こちらを見遣る。

 

「悪いな、会話を遮って。二人がここに居るってエイナさんから聞いて来たんだが、ちょっと良いか?」

「ボク達は全然構わないよ。ベルの方はカーディナルが居ないけど、サポーター君との面会はもう済んだの?」

 

「ああ、カーディナルと話し合って彼女の今後の処遇について決めてきた。一応後でリセリスにも教えておくよ。──っと、数日ぶりだな、アイズ」

「うん……ベルも、元気そうで良かった」

 

 最後に少年を見たのは迷宮でのボロボロな姿以来であったが、今のピンピンした様子を確認したアイズはうっすらと口元に笑みを浮かばせる。

 少年はアイズに、迷宮の一件での遅くなった礼を告げた。

 

「……ありがとな、ホントにアイズのお陰で助かったよ。あの時のポーション代、今払おうか?」

「ううん、それは気にしなくて良いよ。……それよりも、あの時の君の闘い凄かった。リセリスからも聞いたけど、もう十階層まで進出したんだね……」

黒衣の男(イレギュラー)に遭ったお陰で満足に探索しちゃいないが、……まぁ一応な」

「そう…………」

 

 変化に乏しかったアイズの顔が俺の階層進出スピードの話題に触れた途端、興味を注がれたのか金の双瞼をスゥッと細め、ジロジロと俺の全身──特に背中方面を隈無く注視する。

 そんな彼女に成長(ステイタス)の秘訣でも追及されやしないかと、内心ヒヤヒヤした俺はこのままだとマズイと感じ咄嗟に話題を変えた。

 

「あ~そうだ、さっき遠征がどうたらって会話が聞こえたんだが、何の話をしていたんだ?」

 

 俺の質問に答えたのはリセリスであった。

 

「うーん別に秘密事項じゃないから話して良いかな? ベルにはまだ言っていなかったけど、近々ロキ・ファミリアで遠征があるんだよ。その遠征にボクも参加することが決まっているんだ」

 

 ──彼女の話を要約すると、リセリスが参加した前回の、俺がまだカーディナル・ファミリアに入団する前に深層への合同遠征が行われたが、そこで予期せぬイレギュラーの存在(モンスター)に遭ったせいで撤退─途中失敗に終わってしまった。

 そして暫く期間を空けた後、前回よりも更なる準備と万全の対策を整えた──そんなリベンジの意味合いも多分に込もった遠征に、今度もリセリスはロキ・ファミリアの団長直々に参加要望のお声が掛かった。

 

 団長(リセリス)ただ一人のみの参加(新人(オレ)は論外、副団長(シャーロット)は冒険者業を引退しているので除外)という異例の合同遠征ではあるが、ロキ・ファミリア同様にリベンジに燃える彼女は特に断る理由も無いし、二度目なのでこれを了承。主神(カーディナル)も俺達、眷属の行動に関してはほぼ放任主義である為、彼女の自由意志に任せている。

 

「──それでね、出発までまだ期間が空いているから、その間ボクとアイズは互いに特訓しないかって相談していたんだよ」

「二人だけだから、こっそりだけどね」

「へぇー、二人が特訓か……面白そうだな。実際どんな事をやるんだ? やっぱり迷宮で強いモンスターを倒すとか?」

 

「ううん、ボクもアイズも遠征準備や他の用事が有ったりするから、流石にそこまで時間を取れないよ。特訓って言っても少し地上で手合わせして、戦闘の技術でも高められないかなって感じだから」

「私からリセリスにお願いしたの。リセリスはね、剣の扱いが私より上手いから、色々参考になる」

 

 彼女のファミリアには三大首領を始めとした第一級冒険者達が何名かはいるが、剣姫(アイズ)に匹敵する程の卓越した同スタイルの剣士となると居ないらしい。

 他の派閥ならば都市筆頭の剣士達──『絶剣』を始め、噂に聞く『黒妖の魔剣(ダインスレイブ)』、『薫風主(シルフィールド)』、『猛炎将軍(ヴォルカニック)』といった数名が挙げられるが、アイズが派閥間のしがらみ関係なく親好的に接触可能なのは、友人たる絶剣(リセリス)ただ一人に限られるらしい。

 

「良かったら、ベルも一緒にどう……?」

「えっ、良いのか!? そりゃ……正直俺も参加してみたいけど、遠征の為の特訓なんだろう? 二人の邪魔になるだけじゃないか?」

 

 彼女からの突然の誘いに、思わず目を見張る。

 リセリスとは時々教会(ホーム)で剣を打ち合ってはいるが、彼女に全力で手加減してもらって成り立つ、はっきり言ってLv6からすれば児戯みたいな試合だ。興味こそ惹かれはするが俺が加わっても時間の無駄なのでは? と思うも、

 

「良いんじゃないかな? ベルってレベルに見合わず結構強いから、アイズの刺激やベルの成長にも繋がる良い機会だとボクは思うよ」

 

 団長様直々のお許し。

 

 普通ならばたかが新人冒険者(ルーキー)風情が都市最高峰の冒険者、それもオラリオの神々や人間達からの人気がぶっちぎりな女性冒険者二人に指南させてもらえる何ぞ、贅沢なんてものじゃないが……。

 

「私……君の実力(こと)、もっと知りたい」

 

 真っ直ぐとこちらを見つめ、何か誤解しそうな発言をするアイズの─その神秘的な金色の瞳からは気まぐれではない、強い意志がありありと伝わってくる。

 

「オークと戦った時の君は、何だろう……全く“別人„に見えた? それに私が認められ(使え)ないでいた、あの黒剣(エリュシデータ)を君が振るえた理由(わけ)も、どうしてかなってずっと気になるの……」

 

 たどたどしくも自分の考えを口にするアイズは最後に─ダメ? と恐らくは天然であろう、俺の両手を握り持ち、とどめと言わんばかりに幼子のようにか細く呟いた。

 戸惑いもそこそこに、最終的に俺は──

 

 

「ご期待に添えるかは了承しかねるが……俺で良ければ喜んで参加させて貰うとするぜ、二人とも」

 

 こうして二人が遠征に向かうまでの間、俺は思いがけず第一級冒険者達の特訓に混ざることとなった。

 この遥か格上達との連戦・同時試合で培った成長が、後に起こる出来事に一役買うとは、この時の俺は思いもしなかった。

 

 

 

 

 

 

 




次回は番外編でオッタル道場で強制スパルタ修行中のコボルトの話となる予定です。その後特訓の話はサクッと少しだけで、原作のミノタウロス戦にあたる話へと移ります。

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