黒の剣士が白兎に転生するのは間違っているだろうか   作:語り人形

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第36話 特訓の終わりに

「今日で、終わりだね」

「ああ。一週間鍛えさせてもらってありがとな、アイズ。この礼は、特訓の成果で返させてもらうぜ」

 

 そんな軽口から、一週間に及んだ稽古は最終日を迎えるのだった。

 

 薄蒼く、平穏な静けさに包まれた夜闇の都市の一角。黒い剣閃が鋭く旋り、風踊る身のこなしが連撃を次々律していく。

 都市を優に見下ろせる巨大な高壁の通路上では、二名の若き剣士達が剣戟を絶えず奏で上げ、反響が澄んだ大気へ溶け込む。

 

 日の光すら登りきらぬ、早朝の少し前の出来事だった。

 

 垂直を描く四連撃技を少女は全ていなし、お返しとばかりにヒュッと軽い仕草で突きを放つ。急迫する刺突に少年は即座に攻防を切り替え、純黒の長剣の腹に左手を添えた。

 一瞬後、受け止めに成功するも突撃槍と錯覚させる重い衝撃が剣越しに両腕を伝い、踏ん張る両足をザザザッと引き下がらせる。威力を減衰させて尚、痺れる感触に少年は顔をしかめた。

 恐るべしは〝鞘〟でありながらも研ぎ澄まされた斬撃を彷彿させる剣筋に、可憐な外見とは裏腹に少しでも受け損えば烈風に吹き飛ぶが如く、体を持っていく馬鹿力もとい膂力。

 少年が自前の反応速度と蓄積されたバトルセンスをフルに駆使すれど、辛うじて攻防を成立させるのが精一杯。敢えてスキルと二刀流を封印してるとは云えど、一週間に及ぶ鍛練を重ねても未だ少女に掠りすら叶わぬ事実に、少年は何度レベル差の壁を痛感したか─無論、彼女自身の実力もあることは言及する迄も無い。

 Lv1とLv6を隔てる壁は都市を囲む絶壁にも似て、少年が睥睨する彼女を超えるのは前世のアドバンテージが有ってなお、至難の挑戦であった。

 

 一方で、手加減に手加減をしているとはいえ、鍛練を重ねる毎に体技と剣技が洗練されて─あるいは()()()()かのように─動きのキレと反応速度が増してゆくのを、少女─アイズは改めて少年の驚異的な成長ぶりを再認識していた。

 時々小人(パルゥム)の団長と朝練しているのは聞いてはいるが、こちらの意図的な隙には乗らず、力加減が上手いとは言い難い一撃に即座に順応する技と駆け引きが、既に第一級冒険者と遜色が無いレベルなのだ。

 少年─ベル・クラネル。同じ剣士仲間の友人(リセリス)が言うには恩恵を授かって2ヶ月にも充たない駆け出し(ルーキー)ながら、ほぼソロの身で十階層到達を為し遂げた類い稀な成長速度と、年齢に見合わぬ高い実力の保有者。

 また、自身を始めとした複数名の剣士達を悉く拒否してきた問題児(エリュシデータ)がほぼ唯一使い手と認め、その身を抱くことを許した剣士。

 かつて自分がテスターとして握った際は何故か、自らのモンスターを斬り刻みたい意志に反するように、終始違和感ある感覚となまくらも同然な切れ味だったかの長剣が、今はどうだ。

 死していた刀身は煌々と漆黒に瞬き、両刃はゾクリとした凄みを感じさせる、別剣と見間違う変貌ぶりを見せつけていた。

 再会時の衝撃は大きく、自らも大概な存在(チート)であることを天界に上げ、ズルいと内なる幼児(アイズ)が少年に猛烈な嫉妬心を抱いたのはここだけの話。何なら自分の愛剣(デスペレート)よりも遥かにお似合いの関係に見えてしまい、謎の敗北感が襲う。

 

「君は、どうしてそんなに強いの?」

 

 何者よりも強さを渇望する少女は初日の鍛練を迎えた後、少年に強さの源を我慢しきれず聞くのだった。

 

「うん……? アイズの方が俺よりもずっと強いと思うが」

「“今”はね。でも君の戦い方は昔の私よりも、ずっと考えられている。誰かに、学んだの?」

 

 少女の疑問に少年は悩まし気に顎に手を当て、唸りながら考え込む。

 

「難しいな。これはリセリスにも言ったが、俺の剣技は我流も同然なんだ。……ただ強いて言えば、俺の剣は迷宮(ここ)と変わらない場所で培われた賜物かな─悪りぃ、これで勘弁してくれ」

「?」

 

 結局、露骨に話題を逸らす彼からは期待した答えこそ得られなかったが、それでも模擬戦を通じてアイズは少年の実力の根底にあるものを、何となく理解しつつあった。

 

 それは─対人、対怪物問わず幾戦もの戦闘経験。

 

 臨機応変な立ち回りからわかる、彼は知っているのだ。自分よりも正確で手数を上回る速い剣を。打ち合いすら赦さぬ圧倒的重厚な剣の一撃を。

 只管に(ステイタス)の向上のみを求心し、幾百、幾千の怪物を塵に変え続けてきた己の剣とは異なる研鑽の積み重ねが、彼の成長に一役買っているのかもしれない。

 

 風と共に心が舞い踊る。当初は少年の急成長の秘密を探っていた筈が、今やアイズはこの鍛練の時間を純粋に楽しんでいた。リセリス以来だろうか、誰かと剣をぶつけ合うことがこれ程ワクワクするのは。

 Lvは遥かに劣る筈なのに、少年の並外れた技量と纏う剣気の圧が自らの剣士の矜持を刺激させ、抑制していた闘争心を揺り起こさせる。

 彼もまた同じ思いを抱いてるのだろう。深紅の眼差しは常に好戦的に灯っており、時折こちらの抑えきれぬ戦意に呼応して不敵な笑みを浮かべてさえいた。

 

 心地良い鍛練(じかん)は、しかし終わりの刻が訪れる。

 

 地平の彼方で柔い光が刻一刻と夜空を明けに染めてゆくに並行して、彼らの剣戟が佳境を迎える。

 立て続けの攻撃に押し込まれ、接近戦に不利を悟った少年はバックステップする。それを見たアイズは畳み掛けんと真っ向から追撃する。

 石床を一蹴りで数mある距離を瞬く間に接敵し、プレモーション無しのやや突き気味の縦斬りを放つ。

 迫り来る一閃に対し、少年は避けず()()()()()()()を向けた。鞘へ真っ直ぐに注がれる彼の眼差しに、一瞬アイズは違和感を抱くも勢いは止められない。

 

 訪れる衝突──しかし

 

「え?」

 

 予想したインパクトは生まれなかった。代わりに。

 ふわりっと、シルクのような柔らかい手応えを感じ、思わず困惑と驚きが入り混ざった声を洩らす。

 エリュシデータが彼女の鞘をシュルリッと、巻き込んでいく─錯覚だが、見開かれた金の瞳には鞭に変じた長剣が鞘を螺旋状に絡め捕っていくかのように見えた。

 

 だが、そう感じたのも束の間。

 

「ふっ!」

 

 瞬間的な呼気と共に少年は一歩、だが激しく踏み込みながら黒剣を握る右腕を鋭く震わせた。途端、爆発的な反発力がアイズを襲う。

 

「っ…………!!」

 

 最早、手加減だの相手がLv1だのは彼女の思考から消えていた。思考は臨戦(ガチ)モードに突入し、咄嗟の勘で彼女は反動に逆らわず後方へ跳んだ。

 勢い良く引き下がると自らの状態を確認する。瞬時の判断は功を成し、本来なら腕はおろか胸部にまで及んだであろう衝撃は、やや右腕に痺れを感じさせる程度に抑えられた。

 

(今のは、受け流し……いや、“受け返し”?!)

 

 アイズは気づく。それまではパリィかブロックで武器防御し続けていた少年が、この最終日の終盤で自分が新たに見る技術(スキル)を披露したのだと。

 自らの攻撃を逆に利用された事実に、怒りは無く深い衝撃が彼女を襲う。この少年は、どれほど手札を隠し持っているのだろうか。

 多少の慢心こそあったかもしれないが、油断は一切していない。にも拘わらず己の想像を超えた少年にゾクゾクとした感覚が背筋に走る。胸中に込み上げるのは果たして戦慄か、あるいは感動か。

 

 ちょうど、開始前と同じような距離感を空ける両者。互いに相手を見やり、深紅と黄金の視線が交錯する。

 一つの攻防を終えた事で、高まっていた緊張の圧が緩んだ─その時、“第三者の声”が二人の間に入った。

 

「そこまで! 二人とも日の出(タイムアップ)だよ」

 

 張りの良い、元気に満ちた少女の声に従って二人は戦意を解き得物を納める。少年はアイズに近寄ると背筋を伸ばし、頭を下げた。

 

「一週間、ありがとうございました」

 

 開始前の慣れた口調とは異なり、先輩冒険者であると同時に自らを鍛え上げてくれた恩人として感謝を告げる。

 アイズもまた少年の健闘を労う。ついでに最後の受け返しについて触れた。

 

「最後のアレ、驚いたよ。君が編み出した技?」

「いや違うな。……昔伝授された柔法さ。いやー土壇場で通じるかヒヤヒヤしたが、我ながら上手くやれたもんだ」

 

 体全体を柔くし、相手の攻撃をそっくり巻き込んで反撃する柔法。その使用には深い集中力は当然として、自らの体のみならず相手が生み出す力を精密にコントロールする技量が必要となる。

 最終日に見せたのは手札の温存もあるが、最大の理由としてはアイズの荒ぶる力、繰り出す速度を正確に見極めていたが為、と少年は説明した。

 

「只でさえ、アイズの力も敏捷も俺よりずっと上回ってるんだ。下手に受けようもんなら、初日のようにこっちがぶっ飛ばされていたさ」

 

 遡るは特訓の初日。リセリスを始めとした同格と手合わせする機会は多々あれど、彼女が下級冒険者に実戦形式の稽古を施す機会は皆無。

 そんな訳で、少年から見た初稽古は率直に評してウルトラハード状態。変異オーク戦が生易しく感じる程に少年が攻撃を防ぐはおろか、彼女の動きに反応することも間に合わず。何度も蹴られや叩かれと、身体と一緒に意識を一撃ノックアウトされて散々な目に。

 朝練で団長ことリセリスが自分に合わせ、如何に絶妙な力加減で接してくれたか再認識し、感謝を抱いたのは別の話。

 

 ついでに─技の性質上、相手の攻撃を誘う必要あるが、初見のアドバンテージが無かったら二度目は叶わなかったであろう、と少年は付け加えた。

 なるほど、とアイズも納得の首肯をする。

 そうして、互いの動きを評価し合うなど戦闘談義に花を咲かす二人に、焦れった気に見ていた傍観者が割って入った。

 

「二人ともー。ボクのことも忘れないでね。それにアイズ、今日は遠征日でしょ」

 

「ああ。勿論忘れちゃいないさ、団長殿─それじゃ、アイズにリセリス。二人の特訓に参加させてもらってありがとな。お蔭で良い経験値(エクセリア)を貰えたよ」

 

「うん。私も、君と手合わせ出来て、楽しかったよ」

 

 微笑みを浮かばす彼女と少年の間を、爽やかな風が吹き抜ける。

 一週間に及んだ三人の特訓は日の出と共に終わりを迎え、新たなる一日が幕を開けるのだった。

 

 

 ~~~~

 

 

「──更新完了。うむ、もう服を着て良いぞ」

 

 背後でステイタス更新を告げる主神(カーディナル)の言葉に、上裸の少年は上着を着込む。

 朝練後。アイズと別れ、リセリスより先に教会(ホーム)に帰宅した少年は起きていた主神に一週間ぶりの更新をお願いした。

 

「ほれ、今回の結果じゃよ。この短期間で、今のお主はステイタスを極めつつあるぞ」

 

 ステイタスを書き写した紙を手渡され、その内容を覗く。

 

【ベル・クラネル】 Lv1

 力 : S903 耐久 : A823  器用 : S958  敏捷 : B751

 魔力 : E426

 

 〈スキル〉

攻撃加速(アクセルアサルト)

 ・能動的動作の加速補正

 ・イメージ動作のアシスト補正

 

戦闘功績(バトルボーナス)

 ・戦闘時の経験獲得量の上昇

 ・戦闘時の行動で追加ボーナス

 ・パーティを組んでいる際にメンバーにも適用

 

 〈魔法〉

【ウェポン・マスタリー】

 ・強化魔法 : 武装の性質拡張、特性強化

 ・詠唱式【瞑目せし先は夜淵の宙。降り立つ底は夜風の原。夢路の果て、屹立する独つの巨杉に寄り添わん。揺れる枝葉は汝の追憶。降れる星火は汝の情景。仮想の分け身、虚の断片を宿し再起せん。汝よ成れ。青薔薇の眠りより再醒し、凍てつく氷柩より再顕せよ。エンハンス・アーマメント】

 

 ・追加詠唱式【リリース・リコレクション】

 ・対象の構成を成す記憶情報の解放

 

「アイズとリセリス、二人との手合わせのお蔭だな。それでも、ここまで数値が上昇するとは予想外だが……」

 

(変異したオーク戦後の更新でも、ここまで伸びなかったぞ)

 

 戦闘功績(スキル)の補正が関与しているとはいえ、あの戦闘よりも上回る伸び幅に、当初は驚いていたカーディナルですら今や呆れる始末だ。

 とはいえ、早朝の短い鍛練でも第一級冒険者二人にしごかれてきたことを考えると、こんなものかもしれない。

 こんな事実を世の冒険者達に知られれば、二重の意味で彼らが嫉妬に怒り狂っても文句は言えなかろう。

 

 ─くわばら、くわばら、と決して有り得ぬとは云えぬ未来を想像し、背筋が震える。改めてカーディナルが厳重注意をした理由に身が染みるものだ。

 

「確か、レベルアップの条件はどれかアビリティ1つがDランク以上なんだっけか?」

 

「うむ。付け加えると、何かしらの偉業を果たす必要もある。そういう意味では、今のお主はいつ何時にランクアップしても可笑しくないと云えよう……並み大抵ではないがのう」

 

 ─決して、くれぐれも早まるな。とカーディナルは最後に重々しく告げる。

 

「ああ、わかっているさ。もう、懲り懲りだからな……」

 

 己の前世の所業を振り返り、苦笑する少年。

 例え急速な成長を遂げていたとしても、生命は1つ。強くなることを望んでも、生き急ぐ程ではない。

 前世とは異なり、閉ざされた世界からの脱出や、世界の果てに到達しなくてはならぬ理由もある訳で無いのだ。

 

 もっとも、某女神に目を付けられたのが運の尽きと云わんばかりに、厄介な試練(トラブル)が多発するのは少年も預かり知らぬが……。

 

「わかっとるなら、もはや何も言うまい。これでランクアップも果たそうものなら、ワシは他の神々共への上手い言い訳を考えねばならん」

 

「ははは……苦労かけて悪いな、カーディナル。─ところで話は変わるけど、リセリスはまた遠征で暫くホームを空けるんだよな?」

 

「然り。ロキファミリアに同伴する形での深層攻略じゃからな。暫くの間は地上に戻ってこれん」

 

「わかった。それじゃ、俺は部屋に戻るよ。サンキューな。カーディナル」

 

 カーディナルに礼を言い残し、俺は自室へ戻った。

 

「深層か、負けていられないな」

 

 部屋に入ると、別れ際に見た遠征に意気込む二人の顔を思い出し、ウズウズした気持ち共に独り言つ。

 攻略済みの、前情報ありの階層を回る俺とは違って、前人未到の地へ挑むのだ。そこにあるモノを目に出来るのは、遥か高みにたつ第一級冒険者(トップランカー)の特権だ。

 

「“エリュリシデータ〟。お前もそうだろう? 一緒に高みを目指そうぜ」

 

 不敵な笑みと決意を向けた先には、壁に立て掛けられた漆黒の長剣。だが、主の言葉に呼応して、柄に填められた月嘆石(ルナティックライト)が同意するように青白く瞬くのだった。

 

 

 ソロに戻れど一人に非ず。少年と黒剣が歩む物語は、まだまだ序章に過ぎない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──もう十分だ。後は暫し身体を休めろ。そう遠くない先で、存分に力を奮ってもらう」

 

「グルウウゥウゥゥ……」

 

 

 ─本当の冒険(しれん)が、今こそ始まる。

 

 

 

 


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