至高の方々、魔導国入り   作:エンピII

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 至高の方々、モモンガと合流する

「一つ聞きたいのだが、このローブは私には少々派手ではないか?」

 

「そんなことありません! 確かにアインズ様ならどんな服もお似合いだとは思います! それに黒を基調とした暗褐色系も素晴らしいとは思うんですが、そればかりを着られていてはアインズ様の別の良さが出ないと思います! アインズ様の激しい力というイメージを広く知らしめる―」

 

 濁流のようにほとばしるフィースの言葉を遮る。

 

「―いや、似合うのであれば問題はない。さぁ、服を着せてくれるか?」

 

「畏まりました!」

 

 アインズはメイドにされるままに、無言で姿見を眺める。

 やがて姿見には真紅のローブを着こんだアインズが立っていた。やはり派手だ、派手以外の何物でもない。

 

(……いや、この世界の美的感覚というのはかなり違う。この格好が支配者にふさわしいかのう―――ん? <伝言(メッセージ)>だと?誰だ?)

 

 訝しながらもアインズは伸びてきた線のようなものを受け入れ―そして繋がる。

 

『―繋がった! 繋がりましたよ!』

 

 非常に興奮した声がアインズに届く。アインズはその声に聞き覚えがあった。声に、巨大なハンマーで殴られたような衝撃を覚えた。

 すぐに精神が沈静化されるが、それでも再び興奮が湧き上がってくる。

 

「ヘロヘロさんっ!?」

 

 アインズが漏らした言葉に、部屋にいたメイドたちが一斉に色めき立つ。だが今はそれに構っていられない。

 

『そうです!ヘロヘロです! よかった! モモンガさんに謝りたい事があるんです!』

 

 <伝言(メッセージ)>越しにヘロヘロも興奮していることが伝わってくる。

 謝りたいことというのはなんだろうかと思いつつも、興奮と沈静化を繰り返すアインズもまた冷静に思考することは出来ない。

 

「あ、アインズ様!」

 

 アインズに、自分と同じくらいに興奮した声が届く。

 声を上げたのは一般メイドの一人、それもヘロヘロに創造されたものだ。

 自らの創造主と会話する様子に、居ても立っても居られずに、思わず声を上げたのだろう。

 他者の興奮に、ようやくアインズはほんの僅かにだが冷静さを取り戻す。

 

「……ヘロヘロさん、今何処にいるんですか? 直接会えますか?」

 

 もしヘロヘロの居る場所がアインズの把握していない未知なる場所であっても、例えその間にあるものすべてを踏みつぶしてでも、会いに行く。ナザリックの全軍をあげてでもだ。そう覚悟を決める。

 

『たぶんナザリックの宝物殿だと思うのですが―ええ大丈夫です。来てくれるそうです』

 

 アインズの覚悟より遥かに身近な場所に居ることがわかり、安堵する。

 同時にヘロヘロが、<伝言>越しにアインズ以外とも会話しているのが伝わってくる。そのことにもしかしてという期待が生まれ、ヘロヘロに問いかけた。

 

「ヘロヘロさん、もしかして近くに誰かいるんですか?」

 

『ええ。ぶくぶく茶釜さんにペロロンチーノさんも一緒ですよ』

 

 喜びで叫びだしそうになり、再び精神が沈静化した。

 喜色の感情まで制限され、アンデッドの特性に不快感を覚えるが、それでもすぐに新たな喜びの感情が生まれてくる。

 

(……ああ、仲間たちが三人も揃っているだなんて!)

 

 この世界に彼らは居ないのではと、少し諦めていた部分があった。

 だがそれも今日までだ。 

 

「わかりました。すぐにギルドの指輪でそちらに転移しますね。少しだけ待っていてください」

 

 アインズの言葉に、ヘロヘロから了解しました! と返事があり、一度<伝言>が途切れる。

 すぐに転移しようとして、アインズは先ほど声を上げたメイドがこちらを必死に見つめていることに気付く。

 その目からは、一緒に連れて行って貰いたいという思いが伝わってくる。直接言葉に発しないのは、メイドという立場からだろう。

 アインズはゆっくりと彼女の所まで歩いていき、出来るだけ優しく声をかけた。

 

「……お前の気持ちはわかる。だが、本当にヘロヘロさんなのか確認できていないのだ。そのような場所に、まあ戦闘が起こるはずもないが、お前を連れて行くわけにはいかない。……すまないな」

 

「そんな! アインズ様が謝られることではありません!」

 

 アインズはその言葉に頷く。

 先ほどの声がヘロヘロだとアインズは確信している。それなのに彼女を連れて行かないのは、かつての仲間たちとの再会に水を差されたくないという、アインズの我儘だ。

 見れば直接ヘロヘロに創造されたわけではないメイドたちにも、動揺が広がっている。

 至高の四十一人の中でも、一般メイドたちを創造した三本柱の一柱であるヘロヘロの帰還は、彼女達にとって特別なものなのかもしれない。

 アインズ・ウール・ゴウンの仲間を想う彼女たちに温かい気持ちが生まれるが、まずは自分からだと我慢してもらうことにする。

 

「フィースよ。私はこれからナザリックの宝物殿に向かう。―そうだな、アルベドには今日の執務は全て中止だと伝えろ。それと何かあれば直接宝物殿に来るのではなく、<伝言(メッセージ)>を使えと」

 

 そしてアインズは改めて、この場にいる全てのメイドたちに向き直る。

 

「このことは全て他言無用だ。心苦しい思いをさせるが、同じヘロヘロさんに創造されたもの達にも、決して漏らすな。……アルベドには問われるだろうが、私からの命だと言え。確認が取れ次第、私からすべてをお前たちに伝える。それまで待つのだ」

 

 一斉に頭を下げるメイドたちを眺めながら、アインズは転移をするためにギルドの指輪を構える。

 

(支配者ロールも楽じゃない……。でもこうでも言っておかないと、アルベドは直接来そうだし。せっかくの再会なんだ、NPC達とはいえ水を差されたくない。……おっと、みんなを待たせてるんだから早く行かないと!)

 

 

 

 

 

 

「ああ、みんな!本当に! 夢じゃ、ないんですね!」

 

「…………」

 

 アンデッドの体でなければ、アインズは涙を流していたかもしれない。両手を広げて、全身で仲間に逢えたことの喜びを表現する。

 だが、自分に比べて仲間たちの反応が薄い。そんな気がした。アインズが宝物殿に転移した直後は、彼らからも喜びのようなものが感じられたはずなのに。何かしてしまったのだろうかと不安がっていると、ぶくぶく茶釜がぴょんとソファーから飛び降りて、衝撃にその体をプルプルと震わせた。

 

「あー、モモちゃん。もしかして少し趣味変わった?」

 

「趣味ですか? いえ、そんなことは……」

 

 いや、自分では気づいていないだけで、肉体がアンデッドに変化したことにより、見た目以外にも重大な変化が起きているのかもしれない。元の、アインズではなく、モモンガを知る彼らにしかわからないような。

 そんな不安を抱いたアインズに、ぶくぶく茶釜が追い打ちをかける。

 

「うん。宝石いっぱいで、すっごい派手な服だね。真っ赤だし。通常の三倍速い人に憧れちゃった? 」

 

(フィーーーーーーーーッス!)

 

 アインズは思わず頭を抱える。やっぱり似合っていないじゃないかと、叫びだしそうだった。

 

「ち、違うんです! これは私の趣味じゃないんです!」

 

 慌てて否定するアインズに、三人が小さく笑ったように見えた。

 

「ごめんごめん、モモンガさん。その反応で間違いなくモモンガさんだってわかったよ」

 

「……も、もしかして試してたんですか? もう。酷いですよ、茶釜さん!」

 

「いやー。必要ないって私は言ったんだけど、うちの愚弟が、ね?」

 

「おい! なんで人のせいにしてるんだよ!」

 

 そのやりとりに、アインズは嬉しくなる自分を抑えきれなかった。ああ、自分は今アインズ・ウール・ゴウンの仲間たちと共に居るのだという思いが、どんどんこみ上げててくる。

 

「モモンガさん」

 

 ヘロヘロがソファーをゆっくりと降りて、アインズの前に立ち頭を下げた。

 

「ちょっと! どうしたんですか、ヘロヘロさん!」

 

 慌てたアインズがしゃがみ込み、ヘロヘロの肩に当たるであろう部分に触れて体を起こさせようとする。

 もしかして先ほど<伝言(メッセージ)>の、ヘロヘロが謝りたいと言っていた事だろうかと思う。それでもアインズには逢いに来てくれた友人、ギルドの仲間が自分に頭を下げてまで謝るようなことに心当たりはない。

 

「私は最終日に、ナザリックがまだ残っているだなんて思ってもいなかったなどと、口にしてしまいました。モモンガさんがお一人でギルド維持に励んでいてくれたにも関わらず。ほんとうに、申し訳ありませんでした」

 

 そう言って頭を下げるヘロヘロに、アインズはあの事かと思う。確かにあの時、ショックを受けなかったと言えば噓になる。だがその気持ちも、その後に続くヘロヘロのこちらを労わる言葉で霧散した。

 

「モモンガさん俺も……」

 

 そういってペロロンチーノも立ち上がり、こちらに向け頭を下げる。合わせるようにぶくぶく茶釜も頭を下げた。

 

「最終日にログインできなくてごめん。せっかくモモンガさんが声を掛けてくれたのに。モモンガさんがギルドをずっと一人で維持していたと思ったら、合わせる顔が無くて……」

 

「私もだよ、モモンガさん。収録が重なったのは本当だけど、無理すれば少しは時間を作れたと思う」

 

 アインズは少しの間だけ下げられた三人に視線を彷徨わせる。そしてゆっくりと、人間だったころの名残で、息を吐くふりをして口を開く。

 

「もう、そんな。気にしてませんよ、そんなこと。皆さん、お願いですから頭を上げてください」

 

 多少無理やりに頭を上げさせてから、アインズは三人の顔を見る。

 一人は仮面で表情が隠され、一人は顔らしきものはあっても表情が作り出されていないし、一人に至っては顔らしい部分すらない。

 それでも確かな思いが伝わってくる。彼らの真剣な思いが。だからアインズも曖昧な言葉で誤魔化さずに、正直になることにした。

 

「……確かに思いましたよ? どうして皆は、皆で作り上げたナザリック地下大墳墓を、そんな簡単に棄てることが出来るんだって」

 

 それぞれの事情があったと頭では理解していても、感情は追い付かなった。

 

「みんな簡単に棄てたわけじゃない。わかっていたはずなんですけどね。……だからこれでお相子にしませんか? 皆さんが謝ってくれていることと、私が皆さんに抱いた感情とで」

 

「……それモモンガさんの方は割に合っていないでしょう、本当にいいの?」

 

「ふっふ、私はギルド長ですからね! なんでしたら、この話はこれでお終いだって、ギルド長権限を使ってもいいんですよ?」

 

「おお、怖い。流石は我らがギルド長。強権発動がきましたね」

 

 そう言って笑いあう。

 そう、こうでなくては。せっかく仲間に逢えたのだ。何時までも暗い雰囲気では居たくはない。

 むしろこれまでの事を考えれば、アインズの方が謝らなくてはならないことの方が多い。

 ナザリック地下大墳墓が転移し、これまでの事を話さなければと思う。そしてアインズも聞きたかった。彼らが今までこの世界のどこに居たのかを。

 

「そういえば皆さん、こちらに転移してから今までどちらにいたんですか?装備も揃っているようですけど……」

 

 ヘロヘロはともかく、アヴァターラに装備を持たせていたペロロンチーノとぶくぶく茶釜が、当時の完全武装をしていることが少しだけ疑問だった。

 二人のギルドの指輪は引退時にアインズが預かっている。ならばヘロヘロの指輪を使ったのだろうかと思うが、それならばもっと早くに逢いに来てくれてもいいはずだ。

 

「……今モモンガさん転移って言った?」

 

「ええ、サービス終了後から。……もしかして皆さんは―」

 

「やっぱりモモンガさんの方が事情わかっていそうだね。早速だけど教えて貰っていいかな?私たちの事も説明するからさ」

 

 そういうぶくぶく茶釜に頷き、長い話になると全員でソファーに座り直した。

 どこから話そうかと思ったが、アインズはこれまでの事をすべて包み隠さずに話すことにした。いくつか語りづらいこともあるが、それでもすべてを聞いてもらおうとゆっくりと話し出す。

 転移してきたことから始まり、シャルティアの事も含め、アインズ・ウール・ゴウン魔導国建国までのことすべてを。

 

 

 

 

 

 

 

 アインズからの話を聞いたヘロヘロは、自分がさほど驚いていないことに気付く。

 もちろんNPC達が意志を持って動き出した事には驚きはしたが、言い換えれば驚いたのはその事くらいだ。

 

 アインズが、この世界に転移し、行ったことをすべて包み隠さず聞いても。

 アインズが、ナザリックが、この世界で行ったことをすべて理解しても。

 

 ましてや自分が現実に戻る手段も無く、一生この粘体(スライム)の体だということなど、それがどうした程度にしか思わない。

 本当に自分はどうしてしまったのだろう。そういえば話の途中アインズは、自分の体に残っている人間の感情を、残滓と言った。

 

(……まさしく。モモンガさんも、上手い表現をする)

 

 アインズは途中、面白い話を披露するかのように、自分たちを驚かせるかのように、少しだけもったいぶってこの世界で超位魔法を、<黒き豊穣への贄(イア・シュブニグラス)>を唱えた話をしてくれた。

 アインズは、五体もの黒い仔山羊たちを召喚出来たことを、単純に喜んでいた。まるでゲーマーが、自分が打ち立てた記録を語るかのように、楽し気に語るとヘロヘロは思った。そんなアインズにヘロヘロが抱いた感情は、悲しみでも、畏怖でもなく、ただ一つ、羨望だった。

 五体の仔山羊という、どのユグドラシルプレイヤーも成しえていないであろう偉業に、感動にすら近い衝撃を受けながら、自分もその場に居たかったと、自分も力を試してみたかったと、そう思ったのだ。

 ヘロヘロはそれが普通の人間ならば異常だと、ありえない事だと思う事に、少ししてから気付いた。そして理解する。

 

 ここに居るのは人間だった頃の自分ではなく、古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)なのだと。

 

 ヘロヘロ達がこの世界に転移したと思われる切っ掛けも、ぶくぶく茶釜からアインズに伝えられた。

 キャラデータを消していたぶくぶく茶釜とペロロンチーノの二人は、アヴァターラを介してログインしたのではという推測に、アインズは驚いていた。

 ゴーレムに憑依とでも言えばいいのだろうか、そんなことでアヴァターラが元々のキャラの肉体に変化することも信じられなかったが、そもそもサービス終了時にアインズが転移した理由もわからないのだ。わからないことが増えたにすぎないと、ヘロヘロは思う事にする。

 互いの現状を伝えあった後、申し訳なさそうにアインズから口を開いた。

 

「……すみません。皆さんの許可も得ず、勝手にアインズ・ウール・ゴウンの名を使ってしまって……」

 

 そう言って頭を下げるアインズに、ヘロヘロは笑う。もちろん粘体の表情に変化は無いが、それでも雰囲気で伝わるだろう。

 

「謝らないで下さいよ、モモンガさん。貴方ならその名を名乗る資格が……いえ、貴方だけがその名を名乗れるんです」

 

 自分たちが引退した後も、たった一人でギルドを維持し続けたのだから。ぶくぶく茶釜もペロロンチーノも異論は無いのだろう。大きく頷いて肯定の意を示している。

 

「アインズ・ウール・ゴウンを不変の伝説にする。いいじゃないですか、私は賛成ですよ。それでモモンガさん、お願いがあります。私も一緒に、お手伝いをさせていただけませんか? ……同じ、アインズ・ウール・ゴウンの一員として」

 

 ヘロヘロは宣言する。

 アインズ・ウール・ゴウンの名前に。かつて自分が多大な時間を費やした、ギルド名に。

 これは決別だと思う。人間だった自分との。

 

「ヘロヘロさんっ!」

 

 アインズもまた表情は動かないが、それでも歓喜の感情は伝わってくる。そのアインズの反応に、ヘロヘロは微笑む事で、つもりだが、答えた。

 

 ヘロヘロに家族は居ない。

 両親も、恋人もいない。友人と言われ思い浮かべるのも、このアインズ・ウール・ゴウンの仲間たちくらいだ。

 一瞬残してきた仕事と会社の同僚を想い浮かべるが、それくらいだ。あの世界を捨て去ることに、躊躇いは無い。いや、あのまま現実世界に居てもいずれ体が限界を迎え、潰れるだけだろう。そしてあの世界は体を壊し、働けなくなった人間が穏やかに過ごせるほど、優しい世界ではない。それならば、自分が最も楽しかった時間であったユグドラシルの力が振るえるこの世界で過ごす方が、遥かにいい。

 

「俺も一緒にお願いモモンガさん。……シャルティアを洗脳した奴は許せないし、償わせないと。また皆で楽しくやろうよ!」

 

 シャルティアの話をアインズから聞かされた時に、一番激高していたペロロンチーノもヘロヘロの言葉に続く。三人で頷きあうが―

 

「―お前は駄目だ」

 

 ぶくぶく茶釜によって遮られる。

 

「ごめん、モモンガさん。私たちは帰るよ。何としてでも、現実世界っていえばいいのかな、そこに」

 

「……何言ってるんだ、姉ちゃん。ここにはシャルティアを、それもモモンガさんに殺させた奴がいるんだぞ? そいつらをそのままにしておいて、いいのかよ!」

 

「お前こそ何言ってるんだ? というかお前。さっきからキャラクターに引っ張られすぎだ。お前はペロロンチーノじゃないだろう? 本当の名前まで忘れたのか? なあ、お前。さっきから自分が何を言っているのか、ちゃんと理解しているのか?」

 

 ぶくぶく茶釜の声音は、ヘロヘロが何度も聞いたことのある、かつてペロロンチーノを叱っていた時のものよりさらに低い。

 その声に含まれた感情に、直接ぶくぶく茶釜の声を向けられていないヘロヘロですら圧倒されそうになる。

 

「いいか、忘れているみたいだから、思い出させてやる。私たちには両親もいるんだぞ。私たちがこの年までやってこれたのは誰のおかげだ?なあ、言ってみろよ?」

 

 ぶくぶく茶釜の言葉は続く。

 

「私が今の仕事に就くための教育を受けれたのも。お前がエロゲーだなんだって、好き勝手出来るのも。二人が必死で働いて、私たちが職業選択できるまで、学校教育を受けさせてくれたからだろう?」

 

 問い詰める声は鋭い。

 

「さんざん世話になって、その恩も返さずに現実世界を捨てるだと? おめぇ、私の前でよくも言えたな、そんなこと。おい、目を逸らすな。こっちをちゃんと見ろ。……お前はさ。動き出したシャルティアが可愛いから、この世界に留まりたいだけだろう?直接逢って、チヤホヤされたいだけだろう?はっきり言ってやる。お前は何の覚悟もない、今の状況にワクワクしているだけの、ただの餓鬼だ」

 

「ね、姉ちゃんはアウラやマーレは可愛くないのかよ!」

 

「可愛いに決まってるだろう。会いたいかと言われれば、微妙だけどな。それにな、私はあっちで演じてきたキャラ達にも、同じくらい思い入れがあるんだよ。アウラやマーレ、NPC達が私たちの創造した子供みたいなもんだっていうなら、私が演じてきたキャラたちだって一緒だ」

 

「……それなら、姉ちゃん一人で戻ればいいだろう?」

 

「……おい、お前。それ本気でいってるのか?」

 

 今の二人に、ユグドラシルで見てきたどの姉弟喧嘩よりも本気の色がある。

 フレンドリーファイアが解禁されているとアインズから話があった。この状況でこれは不味いと、慌てたヘロヘロが止めに入ろうとするが、それよりも早く―

 

「―騒々しい。静かにせよ」

 

 響いた言葉に、遮られた。

 

 魔王が発したかのような威厳ある言葉に、ぶくぶく茶釜とペロロンチーノが武器を構えかけたまま、思わずといった感じで、止まった。

 ヘロヘロはその声の出所がわからずにあたりを見回し、その出所が、手を振るったままの威風堂々たる姿を示すアインズだと知って、固まってしまう。

 

 そして、三人同時に、笑いだしてしまう。

 

「あはははっははは! すごい! モモンガさん、いつの間にそんなスキルを覚えたんですか!?」

 

「ほ、ホントだよ、モモンガさん。七大罪の魔王でも湧いて出たのかと思った」

 

「それがさっき話してた、NPC達の前で演じてる支配者ロールって奴なの? 今の台詞、本職顔負けの迫力があったよー」

 

 三人が笑いながらアインズに話しかけた。徐々にだが、先ほどまでの雰囲気は薄れ、穏やかな空気が流れ始める。

 

「ふっふふ、練習しましたからね。この左手の微妙な角度が、肝なんです」

 

「ほ、他には無いの、モモンガさん?」

 

 笑い転げるペロロンチーノに、アインズはしょうがないなーと言いつつ立ち上がる。

 そして少しソファーから離れたかと思えば、ゆっくりと戻ってきて座りなおす。

 その姿に三人は再び笑いだした。

 

「す、素晴らしい! まさにナザリック最高支配者にふさわしい座り方だ!」

 

「これが練習した王者のもたれ方です。ローブを踏んだり、椅子の位置を直したりしない座り方なんですよ。椅子にもたれる時の早さと、体重の掛け方がポイントですね」

 

「な、何回練習したの?」

 

「ざっと三十回は」

 

 そこでまた笑いが起こる。

 しばらくして、ようやく笑いが収まりかけた頃にぶくぶく茶釜が、腕は無いのにお腹を押さえるように前かがみになりながら、喋り出した。

 

「アハハ。あー、おかしい。……ありがとうね、モモンガさん。少し落ち着いたよ」

 

 二人の喧嘩を止めるために、道化を演じてくれたアインズにぶくぶく茶釜は礼を言う。

 それからぶくぶく茶釜は、ペロロンチーノに向き直った。

 

「……ごめん。言い過ぎた。だけどお前も、この世界に残るってことはどういうことか、もう少しよく考えろ」

 

「……うん。こっちもごめん、姉ちゃん」

 

「実際帰るにしても、今は手段が見つからないしな。……見つけるまでにお前が真剣に考えて、私を納得させたら、それ以上は……何も言わないよ」

 

「……うん。わかった」

 

 落ち着きはしたが、多少のしこりを残していそうな二人の雰囲気を振り払う様に、アインズが骨の手でどう鳴らしたのか、パンッと両手を打って話し出す。

 

「よし! それじゃあひとまずこの話は、お終いにしましょう。茶釜さんが現実世界に戻れるように、私も最大限のフォローをしますよ! 」

 

「……ごめんね、モモンガさん」

 

「謝らないでください、茶釜さん。私だって家族が居れば、たぶん戻る手段を探していたと思いますし。……とにかく現実世界に戻る具体的な手段は後で相談するとして、まずは皆さんのナザリック帰還を、NPC達にお披露目したいと思います! 」

 

「あー、モモンガさん。それ私も参加しないとダメ? アウラとマーレに会うのはちょっと……」

 

「覚悟決めろよ、姉貴」

 

「お前だってシャルティアをみんなの前、まあ私とヘロヘロさんだけだけど、見られるんだぞ? お前の趣味をこれでもかと盛り込んだあの子を」

 

「……モモンガさん、ちなみにシャルティアってどんな感じ? 」

 

「たぶん、ペロロンさんが見たかった光景を見せてくれる子だと思います……」

 

「……マジ?」

 

 思わず頭を抱えるペロロンチーノに、ヘロヘロは笑う。

 NPC達には多かれ少なかれ、自分の性癖を盛り込んだものが多い。テキストで設定を読まれるのすら恥ずかしいものがあるのに、設定魔のタブラなら気にしないだろうが、それが動き出してる姿は見られることは、ヘロヘロも少し恥ずかしい。

 

(そうか、ソリュシャンにも逢えるのか)

 

 そういって一般メイド達以上に、容姿から設定にまでこだわったNPCを思い出す。

 

(まてまてまて、動いているソリュシャンをこの二人にも見られるのか)

 

 漆黒のメイド服に、金髪縦ロールで巨乳。Sッ気に加えて、ハイライトのないレイプ目。自分の性癖そのものを。

 

(……これは、想像以上に恥ずかしいかもしれない)

 

 小さいころに想像した、自分が考えた最強のキャラクターを大人になってから晒されるに近い羞恥心を、ぶくぶく茶釜にペロロンチーノ。そしてヘロヘロも味わっていた。

 


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