「じゃあみんな。少し下がっていてね。……<
やまいこの声と共に手に握られた水晶が砕け、込められた魔法が発動する。
エ・ランテルの城壁から少し離れた場所に重量感のある塔が聳え立った。壁面の無数の鋭いスパイクに、最上階の四方を睨む悪魔の像、その重圧感に圧されたのか、やまいこの背後に並ぶ五人のエルフ達にどよめきが起きる。
「や、やまいこ様。この魔法は一体何位階の魔法なんでしょうか?」
「ん?第十位階魔法だよ?」
事も無げに言うやまいこに、エルフ達は再びどよめく。
そのどよめきを余所にエルフ達の後ろに居たぶくぶく茶釜が、離れた所に見えるエ・ランテルの城壁と塔を見比べている。そのぶくぶく茶釜を見たやまいこも、ばつが悪そうにエ・ランテルの城壁を振り返る。
「……やっぱ見栄え悪いよね、この魔法。<
「あれもあれで、中身以外は防空壕にしか見えないしねー。みすぼらしいよりはこっちの方が良いと思うけど。まあ、あの街の状態なら、そんなに気にしないんじゃない?」
ここに来る前に立ち寄った街並みを思い出す。
どちらにしろ、ここには仮宿舎とはいえエルフ達と、もう少し準備が整えばエ・ランテルの孤児たちを住まわせることになる。防衛といった意味では、この威圧感は悪くない筈だ。
やまいこはエルフ達を引き連れ、鋼の扉の前に立つ。扉は自動的に開き、一行が塔の中に足を踏み入れる。しばらく進み、中央に螺旋階段のある円形のホールに辿り着いた。
「そういえば、やまちゃん。創造系の魔法使ったけど、魔力消費の方は大丈夫なの?」
ぶくぶく茶釜の質問に、やまいこは頷く。
「うん、大丈夫みたい。アイテム使用だからか、それとも
やまいこが自らが創造したNPCに声を掛け部屋の扉を指さしつつ説明すると、ユリは承知した様に頭を下げる。
「じゃあボクは同じものを何個か作ってくるから、よろしくね」
「や、やまいこ様はこれほどの魔法が込められたマジックアイテムを、いくつも所持されているのですか?」
驚くエルフ達に、驚かれる理由がわからずやまいこは首を傾げる。そのやまいこに、ぶくぶく茶釜が彼女だけに聞こえる様に告げる。
「この世界では第十位階の魔法なんて存在すら無いって思われてるらしいよ?普通は第四位階でもやっとみたい」
ぶくぶく茶釜からの指摘に、やまいこが唖然とする。だから舞踏会で使った<
塔を出て十分な距離を取ってからやまいこは魔封じの水晶を使い、同じ塔を創り出す。そんな話を聞いてしまったので躊躇いはあるが、やまいこが所持している宿泊施設が創り出せるのはこれと、自らが唱える事の出来る<
「やまちゃん、塔は何個作るつもり?」
「うーん、あと三つくらいかな?あくまでも仮だしね。ダンジョン製作が終われば、ゴーレムも学校の建築用に貸し出してもらえるって話だし。あとは教室用に<自然の避難所>も一か所作っておきたいけど、そっちは生徒もまだ居ないし、今はいいかな?」
言いながらもやまいこはアイテムを使い、次々に塔を作り上げていく。聳え立つ塔を見上げながら、やまいこはぶくぶく茶釜に話しかけた。
「ところでかぜっち、世界級アイテムの探索はどうするの?」
ずっと図書館に籠っていた彼女がナザリックの外に出たのは、それが狙いのはずだ。そして自分もそれに、学校の事もあるが、協力すると言った。そういう話は今はまだユリの前でしたくない。だから今のうちに聞いておきたかった。
「ベストは、この世界で七色鉱を見つけられたらいいんだけど」
「
やまいこの言葉に、ぶくぶく茶釜は頭を揺らす。頷いているのだろう。だが七色鉱が存在してたとして、必要な量を集めるのには、相当な時間が掛かるのではとも思う。同時に不安が過る。現実世界の自分達の肉体の事だ。
「戻れるとして、ボク達の体って今どうなってるのかな?接続中のまま?」
やまいこの疑問に、やはり答えは無いのだろう、ぶくぶく茶釜も首を傾げる。
「接続自体は、そのうちナノマシンの減少で強制排出されるだろうけど。肉体はどうだろうね?私もやまちゃんも接続してるのは実家だし、大丈夫だとは思いたいねー。それにこの世界と現実世界の時間の流れもどうなっているやら……」
「……やっぱり、ここと向こうじゃ時間の流れが違うんだね」
「モモンガさんが転移してから一年近いらしいけど、私達がこっちの世界に来たのはつい最近だしね。現実世界ではモモンガさんと私達が転移して来たタイミングは、二週間しか違わないのに。もっと言えば私達と、次に転移して来たやまちゃん達ともズレがある。もしかしたらこの世界は、ユグドラシルの時間の流れと一緒じゃないかって、弐式さんは言ってるね」
そう言われて思い出せば、確かユグドラシルの一日は、現実世界での一時間程だったはずだ。確かにそうかもしれないと思うが、それに気づいたのが弐式炎雷というのは意外だった。
「あの人刑事ものの推理小説とか映画も好きなんだよね。昔、吹替の人のサインを伝手で貰えないかって、ぷにっとさんとせがまれた事もあるよ」
笑うぶくぶく茶釜に、やまいこも笑う。それでこの話は終わりにした。どちらにしろ帰ってみなければ、わからないのだ。わからないことを話し合ってもしょうがない。いつの日か憂いなく帰るために、今を頑張るしかないのだ。
「……ユリ達、ちょっと遅くない?」
ぶくぶく茶釜からの指摘にそういえばと、やまいこがユリたちの居るはずの塔を振り返る。部屋割りを決めるだけで、真面目なユリ達がこんなに時間を掛けるとは思えない。何かトラブルだろうかと<
そしてやまいこは驚く。ユリから出口の扉が開かないと申し訳なさそうに伝えられて。
少し唖然として、自らが築いた聳え立つ四本の塔を見上げる。
「どしたの、やまちゃん?」
問いかけるぶくぶく茶釜に向かって、諦めたように息を吐く。扉が開かない理由は、すぐに思いつく。アインズから聞かされていた、フレンドリィファイヤーやユグドラシルとの違いのはずだ。そして顔を上げる頃には、やまいこは覚悟を決めていた。
出入り出来るように、扉を殴って壊してしまおうと。
「……ごめん、かぜっち。早速手伝ってくれる?」
そしてやまいことぶくぶく茶釜は今日という日を、詠唱者とアイテム使用者しか開けない扉を二人掛かりで粉砕することに費やすのだった。
◆
「学校ですか?エ・ランテルに?」
早朝、ペロロンチーノの問いかけにナザリックの自室でアインズは頷く。最近はエ・ランテルでは無く、仲間たちのいるナザリックで過ごす時間が増えた。自然とエ・ランテルの執務室ではなく、自室で仕事をすることが多くなった。暫くすればアルベドもこの部屋を訪れるだろう。
「知識を与える事の危険性は承知しているのですが、孤児院を作るくらいならいっそと思いまして」
「いいんじゃない、モモンガさん。やまいこさんも張り切ってるみたいだし」
弐式炎雷の同意に再びアインズは頷く。
今アインズの部屋に居るのは、ペロロンチーノと弐式炎雷の二人。当番の一般メイドは部屋の外で控えていた。
帝国の属国化などのトラブルはあったが、舞踏会を無事に終らせた。打ち上げからもう数日経っている。どうせアインズの仕事と言っても書類に目を通していくだけだ。仲間たちと分担してしまえば早いのだろうが、こればかりはそうはいかない。
アインズは打ち上げの後に、アルベドと約束しているのだ。暫くはアルベドと共にしっかり執務をこなすと。これが打ち上げ時に武人建御雷が言っていたアルベドに対する褒美だ。
打ち上げの後、ぶくぶく茶釜とやまいこを除くギルドの仲間と共に、一人仕事を続けるアルベドを訪ねた。その場にはデミウルゴスも居たのだが、仲間達はデミウルゴスと控えていたコキュートスを連れて、二次会だと言い何処かに行ってしまった。取り残されることに若干の悲しみはあったが、アルベドを一人にするわけにもいかないし、そもそも設定を書き換えたのはモモンガさんだろうと言われれば、アインズは何も言い返すことは出来ない。
それに、しばらくはアルベドと過ごすと伝えた時の彼女の表情に、悪い気はしなかったのは事実だ。
「そういえばペロロンさん、最近朝早いですね?早起きは苦手じゃありませんでした?」
アインズの問いかけにペロロンチーノは誇らしげに笑う。
「この体になってから、あまり寝ないで済むようになったんですよ。ふふ、ショートスリーパーって奴です」
ペロロンチーノは自慢するように言うが、アインズと弐式炎雷は少し呆れたように何も言わない。この二人はそもそも睡眠不要の体だからだ。もっとも二人は寝ないで済むというよりは、寝たくても寝れないという側面もあるのだが。
「しかし、学校か。学校ねー。……これは今こそあの計画を実行に移す時かもしれませんね」
腕を組んで部屋の中をうろうろするペロロンチーノが何か閃いたように、二人に振り返る。そのペロロンチーノにアインズは疑問符を浮かべるが、弐式炎雷は何かに気付いたように、戦慄く。
「ま、まさかペロロンさん、あの計画を?」
「ええ、ナザリック学園化計画。今こそ実行に移すときでしょう」
誰かの真似をしているのか、前屈みになってアインズの座る机に両肘を立てて組んだ手で口元を隠しながらペロロンチーノが告げる。本人は格好付けているのだろうが、椅子に座らずにポーズを付けている為に、お尻を突き出す形になっている。正直何処か滑稽だ。
「時代は学園ラブコメ!失われた俺達の青春を、今こそ取り返すんです!」
ポーズを解いて熱く語る彼に、アインズも学園かと感慨深く呟く。確かに多少憧れはするが、自分の青春はユグドラシルだったし、仲間が帰ってきた今ではそれを取り戻したとも言える。
そもそも今回の学校の設立をやまいこたちに提案したのも、アインズの後ろ暗い思いが隠されている。帝国から連れ帰ったエルフ達はあけみの代わりだし、学校は教師という仕事の代わりだ。この情けない考えは、出来れば仲間達には隠しておきたい。
「でもデータ残っているの?あれ確かスーラータンさんが管理してただろう」
弐式炎雷の指摘にペロロンチーノの動きが止まる。やはりデータは残っていないらしい。
まあ仕方ないかとこの話を打ち切り、代わりにアインズは引き出しから、本日アルベドと打ち合わせる予定の提案書を取り出す。この時間はアルベドに見せる前に、仲間達と提案書の相談をするのに丁度いい。
「今日は二件ですね。一件目は……一応匿名ですけど、誰の提案かまるわかりだな、これ……。『ギルドのメンバーでPvPを行いたい』だそうです。追伸でニンジャ潰すとありますが……」
「それもう確実に建御雷さんじゃないですか。そういえば建御雷さんは?昨日から見てませんけど」
「ああ、建御雷さんなら―」
「リザードマンの村に行ってるよ。武技を覚えるんだって。つーか建やん、まだ諦めてなかったのかよ……」
アインズの言葉に呆れたような弐式炎雷が続ける。そういえば打ち上げの翌日に建御雷から弐式炎雷とPvPを行うと聞かされていたが、どうもそれは実現していなかったらしい。恐らく弐式炎雷がボイコットしたのだろう。
「武技って俺達覚えられるんですかね?ヘロヘロさんは武技は大した事無かったって言ってましたけど。まあでも、確かにそろそろ本格的な戦闘は経験しておきたいですね」
「ですね。皆さんの体を慣らす意味でも、この提案は実行に移すべきだと思います。弐式さんはどう思いますか?」
「……いいんじゃない?」
諦めたように弐式炎雷は肩を落とすが、実際に戦闘を経験するのは必要だ。この世界とユグドラシルの違い、それに加えてアインズを除くギルドのメンバーにはブランクもある。早急に実現したかった。
「ではこの提案はアルベドに見せるまでも無く採用と。それで次の提案なんですが、ふふ、これ私と弐式さんからなんです」
そう笑みを浮かべて、アインズは二枚の紙をペロロンチーノに手渡す。受け取った紙に目を通しながら、ペロロンチーノが呟く。
「……ユニフォームを作ってナザリックの団結力をより強めるですか?へえ、デザイン画もあるんですね。これ誰がデザインしたんですか?」
ペロロンチーノの答えに、弐式炎雷が自信ありげに胸を張る。
「弐式さんか。Tシャツみたいですけど、背中にギルドサインに、前にainz ooal gownの文字ですか。おー、結構格好いいですよ」
感心した様に言うペロロンチーノに、アインズ達は満足そうに頷く。寝れない二人が夜なべをして作ったデザインが褒められたのが単純に嬉しくて、さらにアピールをする。
「それ黒地の布を使って、ギルドサインとかは赤字にするつもりなんです。黒と赤ですよ。強そうでしょう?」
「それにTシャツなら気軽に着れるしさ。何だったら中に着込むことも出来る。良いアイディアだと思うんだよね」
「なるほど。っと、そろそろアルベドの来る時間ですね。それじゃあ俺はこれで一度退散します。また後で」
そう言ってペロロンチーノはギルドの指輪を使い早々に転移する。俺を手伝ってくれてもいいんだよペロロンチーノと言いたいが、既に居なくなってしまっているので諦めることにする。
「んじゃ俺はモモンガさんの影に隠れてるから。今日はヒマだし、くふ、アルベドの驚く顔を生で見学させてもらうよ」
貴方も暇なら一緒に書類を見てくれてもいいんですよ弐式さんと伝えるより早く、弐式炎雷はスキルを使いアインズの影に沈んでいく。
そんな二人にアインズが嘆息を付くと同時にノックが聞こえる。一度提案書を引き出しに戻してから返事をすると、当番の一般メイドが顔を見せアインズは入室の許可を出す。するとアルベドとエルダーリッチ達が部屋に入ってきた。
深々と頭を下げるアルベドに朝の挨拶をしてから、エルダーリッチ達が置いていく書類を、アインズは覚悟を決めて目を通していく。
束は少ないが分厚い書類にしっかり目を通して国璽を押している間、アインズの影に隠れた弐式炎雷は何をしているんだろうか。そもそも影の中ってどんな感じなのかなと思う。
「さて、ではいつもの奴をやろう。今日の提案分はこれだ」
ようやく書類を片付け終え、アインズは引き出しから提案書を取り出す。ちらりと自分の影に視線を移せば、そわそわするように微かに震えていた。
バレちゃいますよ弐式さんと思うが、アインズも気持ちはわかった。ごくりと喉を鳴らす。これは自信作だ。きっと彼女も受け入れてくれるだろう。それでも自分たちの提案だとバレないように、控えめにアルベドに伝える。
「……ふむ。あまり良い提案とは言えないが……まぁ仕方がなかろう。ユニフォームを作り、ナザリックの団結力をより強めては、という意見だな。ほう、デザイン画まで付いている」
ちらりとアルベドの表情を窺いながら、アインズはデザイン画をかざして見せる。途端、彼女が柳眉を逆立てた。
「……度を越して下等な発想。一体、誰のものですか?」
アインズは「ごめんなさい」と言いたくなる気持ちを堪え、まったく困ったものだという態度を取りながらも、微かに視線を下げて影の様子を見る。影は動揺した様に、ブルブルと震えていた。
「いや、その―――分からん。元々の紙は既に破棄してしまったのでな」
「ならばそのデザイン画をお渡しください。そのような愚劣極まりない提案をして、アインズ様の貴重なお時間を無駄にさせたものをすぐさま見つけ出し、何らかの罰を与えます」
「―そ!その必要はない!良いか、アルベド!決してそのようなことはするな」
心の中では動揺しながらも、アインズは堂々と胸を張る。だがその影は「あわあわ」と揺れていた。
何とかアルベドを宥めて、すべての仕事を終え頭を下げてから退室する彼女達を見送る。扉が閉められ、十分に時間が経ってから、ユラユラと幽鬼の様な弐式炎雷が影から現れた。
「は、はははは……。この提案システムに感謝だね。俺達の発想だってバレずに済んだ。いやー、ホント、アルベドの前で嫉妬マスクとかやらないでよかったよ……」
「ええ、そうですね……」
がっくりと肩を降ろす二人の心には、「下等な発想」という痛みがいまだに突き刺さっていた。
◆
「―んじゃ行きますよ、大将。やるからには全力で行きますが、本当にいいんですかい?」
太く大きい右腕を掲げて見せるゼンベルに、鎧を脱ぎ筋肉が盛り上がる上半身を晒した武人建御雷は笑う。
リザードマンの村に訪れた建御雷は、沼地に武技を使えるリザードマンの戦士達を集め、その技を自身の肉体に向かって使わせていた。
「おう、全力で来い」
右手で自分の胸を叩き、打って来いとゼンベルを促す。鎧すら脱いだのは武技を直接この身に受けて、威力を確かめる為だ。遠慮などされてはこっちが困る。
「こおぉぉおおおおお!」
ゼンベルが巨腕の爪に力を籠めている。モンクのスキルの一つ、<アイアン・ナチュラル・ウェポン>だろう。ここまでは建御雷はユグドラシルで見てきている。見たいのはその先だ。
もう一度ゼンベルが確認するようにこちらに視線を向ける。その視線に建御雷は野太い笑みを浮かべることで答えた。そしてゼンベルがこちらに勢い良く駆けだしてくる。
「おらぁぁ!<剛爪>!!」
咆哮と共に繰り出された一撃を、建御雷は肉体に力を籠めて受ける。
それだけだ。だがそれだけでゼンベルの渾身の一撃は、スキルも何も使用してない建御雷の肉体に弾かれた。
「……マジかよ……」
ゼンベルが、放心した様に呟く。だがそのゼンベルとは対照的に、建御雷は満足そうに頷いた。
「おう、良い一撃だったぞ、ゼンベル。よし、次はザリュース、お前の<斬撃>ってのも見せてくれ」
「はっ!」
建御雷の呼びかけに、木剣を構えるザリュースが現れる。そのザリュースに建御雷は鼻を鳴らして不満を示す。
「お前の腰の武器は飾りか?いいからそっちで撃ってこい」
ザリュースは少しだけ迷ったようだが、すぐに木剣を沼地に突き刺し、代わりに氷で出来た爪のような剣を抜く。フロスト・ペインと言ったか。武技にも興味はあるが、こちらの世界オリジナルの武器だと思われるそれにも建御雷は興味があった。どうせ受けるなら、同時が良い。
「それでいい。確かお前は<肉体向上>ってのも使えるんだったな?それも一緒に使ってから俺に撃って来い」
「……武人建御雷様は武器を構えられないのですか?」
「いら―そうだな、その木剣を投げてくれ」
思わずいらないと言おうとした自らの言葉を遮る。戦士が武器を構えているのに、無手で受けるのは流石に失礼だろう。建御雷はザリュースから投げられた木剣を受け取り、軽く構える。
「―では。うぉおお!」
駆け出し、フロストペインを振り上げるザリュースに建御雷は笑う。侮っているのではない。その素晴らしさに思わず笑みが漏れてしまうのだ。先ほどのゼンベルと同じく気合の入ったいい斬撃だ。斬撃そのものにはその程度の感想。思わず笑みが零れた理由は、武技の使用されていないザリュースの一撃と、二つの武技を併用した今自分に迫る一撃の威力の違いにだ。
(何が武技は大したことないだ。ヘロヘロさんめ、相当ヤバいじゃねえか)
思いとは裏腹にザリュースの一撃を、木剣で容易く受ける。勿論ただの木剣でこの一撃を受けれるはずもない。ユグドラシルのスキルを籠めて木剣の強度を一時的に高めたのだ。
「ありがとうよ、ザリュース。いい一撃に、いい剣だ」
そう言ってザリュースの一撃を受けたままの木剣を軽く払う。それだけでザリュースは弾かれ、沼地を勢いよく転がる。転がるザリュースがすぐさま起き上がろうとするが、それよりも早く建御雷はザリュースの眼前に木剣の切っ先を突き付けた。そして沼地に集められたリザードマンの戦士たちから歓声が上がる。
歓声に建御雷は、両腕に力こぶを作り肉体をアピールするようにして答えた。再び割れるような歓声が巻き起こる。実に解かりやすい連中だと建御雷は笑い、サービスだといくつかポージングを披露する。
そしてしばらくしてから気づいたようにザリュースに手を差し出し、彼の身体を立たせてやった。
「悪いな、ザリュース。良い経験になったぜ」
「い、いえ。そう言って頂ければ、光栄です」
「おう、ありがとうな。……そろそろ戻る頃には丁度いい時間か?」
一度日の高さを確かめる様に見上げてから、建御雷は歓声を上げるリザードマン達に声を上げる。
「よし、今日はここまでだ!飯だ、飯!お前ら行くぞ!」
建御雷の言葉に従うリザードマン達を引き連れ村に戻る。
村では宴の用意がされているらしい。
リザードマン達の主食である生の魚は、この体ならば問題無いのだが、それでも元人間の感性からリザードマン達の様にそのままかぶりつくのは抵抗がある。建御雷用にいくつかは焼いてもらっているはずだ。酒もリザードマン達の至宝で作り出されるらしいが、正直ナザリックの味を覚えた今は、旨くは無い。現実世界の建御雷も、流石にもう少し上等な酒を飲んでいた。
だがそんな事は関係ない様に、建御雷の足取りは軽い。まるで楽しみを見つけた少年のような足取りだ。
村の入り口では片膝をついたコキュートスが出迎えてくれた。思わず建御雷はそのコキュートスの肩を叩く。そしてリザードマン達が宴の用意をしている場所に向けて歩きながらも、興奮した様に口を開く。
「おい、コキュートス。武技、あれはヤバいぞ。特に身体能力向上系の武技がヤバいな。もしアレを完全に使いこなすプレイヤーが居たら、ワールドチャンピオンどころじゃねえ、それ以上にヤバい。それだけじゃない。この世界の連中に、そうだな、九十レベル相当の奴が居たとして、そいつがスキルと武技の両方を使用できるなら、俺達に匹敵するかもしれないぞ?」
笑って言う建御雷にコキュートスはカチカチと威嚇するような音を出す。
「何者ガ相手デアロウトモ、至高ノ御方ニ歯向カウノデアレバ、コノ私ガ剣トナリ断チ切ッテ見セマショウ」
そう言うコキュートスのライトブルーの骨格に覆われた胸を、建御雷は獰猛な笑みを浮かべながら拳で叩く。
「俺の獲物も残しておけよ?だがな、コキュートス。俺は武技を覚えるつもりだ。……確かモモンガさんがデス・ナイトを使った実験では駄目だったらしいな?俺達はこれ以上強くなれないかもしれないとも言っていた」
コキュートスは口を挟まず、身を震わせながら建御雷の続く言葉を待つ。
「武技を覚えられなかったのはスキルで生み出されたデス・ナイトだ。俺で実験したわけじゃ無い。……くくく、これから忙しくなるな、コキュートス。お前も付き合え」
「ハッ!畏マリマシタ、武人建御雷様!……ソレト先ホドアインズ様ヨリゴ連絡ガアリマシタ。武人建御雷様ノゴ提案、早ケレバ明日ニモ行イタイト」
「おお、思ったより早かったな。……よし、明日の朝一番に戻ると伝えておいてくれ。まあ今日はリザードマン達と過ごすがな」
そう言いながら宴の準備がされている場所に辿り着く。
少し迷いながら、建御雷は上座らしき場所に向かう。椅子のような物は当然ないので、他のリザードマン達と同じく、地面に胡坐をかこうとするが、それよりも早くに一緒に歩いて来たコキュートスが両手両膝を地面についた。
「……それは一体何の真似だ、コキュートス?」
「ハッ!カツテアインズ様ガ、コノヨウニシタシャルティアニ座ラレタト聞キマシタ。ソレヲ見タデミウルゴスガ、守護者コソ至高ノ御身ニ相応シイ椅子デアルト。デスノデ私モ、武人建御雷様ノ椅子ニナロウト準備サセテ戴キマシタ」
「はぁ!?……おいおい、モモンガさん、そんな趣味があったのかよ!……それ、ペロロンさんには言うなよ?しかし、あの人がねぇ?」
知りたくもない性癖を知ってしまったような、そんなショックが建御雷を襲う。
とりあえず無理やりにコキュートスを立たせてから、隣に座らせる。すぐに運ばれてくる串に刺された焼き魚と酒の満たされた杯を受け取りつつ、建御雷は諦めたような息を吐く。
(まあ、趣味は人それぞれだしな。そっとして置いてやるか。……いや、神殿の像も含めて相談しておいた方が良いか?……まあ、今日は忘れておくか。……たっちさん、俺はこの世界で武技を覚えるぞ。さっさと面を見せないアンタが悪いんだからな?せいぜい転移したとき、遅れてきたことに臍を噛むといいさ)
pixiv掲載時には、創造系魔法の魔力消費の事知りませんでした。だから少し直し直し。
ヘロヘロさんの日常は、もう少し先でやりますよ!