第九階層の自室から、ぶくぶく茶釜と共に円卓に向けやまいこは歩いていた。ギルドの指輪を使えば早いのにわざわざ歩いているのは、単純にナザリックに来てからの充実した食生活を気にしてだ。いくら食べても問題ない。そう解かっていても、どうにも少しは動かないと気になってしまう。
「だけどごめんねー、やまちゃん。学校もあるのに、勝手に調査組に薦めちゃって」
隣を歩くぶくぶく茶釜が申し訳なさそうにそう言うと、やまいこは笑って首を振る。
「全然大丈夫だよ、かぜっち。ドワーフの国で、七色鉱が採れるか調査してくればいいんでしょう?それならかぜっちより、魔法が使えるボクの方が適任だしね」
やまいこの言葉に、ぶくぶく茶釜はプルプルと身体を震わせる。頷いているのだろうが、やっぱり分かりづらいなとやまいこは思う。
「うん。まあ、アダマンタイトで貴重鉱石らしいし、あんまり期待は出来ないけどね。それでも万一隠し鉱山とかあったら私じゃ見落とすだろうし。……それとホントごめん。アイツがドワーフに喰いつくとは思わなかったから、分かってたら私が同行したのに。やまちゃんアイツをよろしくね……。暴走する様なら殴ってもらって構わないから……」
本当に申し訳無さそうにするぶくぶく茶釜に笑う。ペロロンチーノが語っていたロリドワーフの話を思い出しやまいこは彼女に向けて、苦労してるねと笑いかけた。
「アイツ、たまには良い事をするんだよ?だけど本当に普段は間抜けでアホで、どうしようもない馬鹿なんだ……」
「せめて三回目は褒めてあげて、かぜっち。大丈夫、皆弟君の良い所は知ってるから、安心して?」
「……なんで肉親の前であんな事を力説出来るんだよ、アイツは……。悲しくなってきた」
そうぶくぶく茶釜が締めくくると共に、円卓に辿り着く。扉を開けば、円卓には既に疎らな人数が腰掛けていた。軽く見渡すと、全員揃っていることに気付く。少し慌てたようにぶくぶく茶釜とやまいこが円卓の席に着いた。
「全員揃いましたね。それでは連絡会を始めたいと思います。今日のテーマはドワーフの国に対する調査事項の確認。それと調査隊の規模の相談ですね」
揃ったことを確認したアインズがギルド連絡会を開始する。昔と違って定例では無く、何か議題が有ればこうやって集まっていた。
「調査事項は前回話した通り、プレイヤーがいるかどうかの確認。ルーン及びその来歴の調査。そしてドワーフの鍛冶技術や鉱物の調査。大まかにはこの三点でしょうか?」
鉱物の調査は当然アインズも気付いていたようだ。他のメンバーも同じだろう。追加された調査事項に口を挟む者はいない。いや、一人ロリドワーフの調査をと口にして、即座に姉によって封殺されていた者は居た。やまいこはその光景を微笑ましく見つめる。
「それでは調査隊の規模ですが、皆さんどうしますか?」
アインズが確認するように、調査組の面々を見渡す。恐らく自身が創造したNPC達を連れて行くかどうかを確認しているのだろう。やまいこはそのアインズに頷いて口を開く。
「ユリには学校とエルフの子達も任せているから、今回は連れて行かないつもり。本人にも話してあるから、大丈夫」
「デミウルゴスもナザリックに残しますよ。色々準備が有ると言っていました」
やまいこに続くウルベルトの言葉に少しだけ驚いた。NPC達の忠誠心からして、帰還したばかりの創造主から離れるとは思えなかったからだ。
他のメンバーもやまいこと同じ感想を口にするが、ナザリックの外で様々な活動をするデミウルゴスの仕事は多岐に渡るし、忙しいのだろうとウルベルトから言われてしまえば、納得もする。そしてやまいこはデミウルゴスの仕事というのは、意図的に考えないようにした。
「俺はコキュートスを連れて行く。帝国には連れて行けなかったからな」
「俺も勿論シャルティアを連れて行きますよ」
武人建御雷とペロロンチーノが各々の創造したNPCを連れて行くことを宣言する。残る調査組の一人弐式炎雷に視線が集まるが、彼は少し悩んでいるようだった。
「個人的にはナーベラルも連れて行きたいんだけど。万一を考えると、ちょっとね。シャルティアやコキュートスなら問題無いんだけど」
ナーベラルのレベルを気にしているのだろう。確かにもしドワーフの国にプレイヤーが居り、友好的に事を進められなかった場合はプレアデスのレベルでは危険すぎる。
「それなら舞踏会で呼び出した傭兵NPCをナーベラルの護衛に連れて行って下さい。呼び出し過ぎて、正直手が余っていますから。それに調査隊なら今回も見栄えは必要でしょう?」
ヘロヘロがドロドロの手を挙げて、弐式炎雷に提案する。彼が召喚した傭兵NPCは見栄えで選ばれているために、やはりこういう時に使いやすい。レベルも高いことから、プレイヤー相手でも時間稼ぎや盾になることは可能だろう。
実際やまいこもヘロヘロから呼び出した傭兵NPCを数体借り受けていた。扉を破壊して入れるようにした<
「……悪い、ヘロヘロさん。恩に着るよ。それならナーベラルも連れて行ってあげられる」
「いえいえ、気にしないでいいですよ。お留守番じゃナーベラルも可哀想ですからね」
これで調査隊のメンバーが決まる。
ギルドメンバーからは武人建御雷、弐式炎雷、やまいこ、ペロロンチーノ、ウルベルト・アレイン・オードルの五人。
NPCからはコキュートス、シャルティア、ナーベラル。そしてナーベラルの護衛に傭兵NPC達。後は移動用の騎乗モンスターをいくつか、これはアウラの魔獣で代用するらしい、それとユグドラシルでも度々呼び出していた運搬用のマンモス型の魔獣。
「それでは調査隊のメンバーはこれで決定ですね。あと事前に用意していた方が良い物をリストアップしておきました。まわす――のは難しそうなので、私が配りますね」
そう言ってアインズが立ち上がり羊皮紙を配って回る。人数が増えてきたとはいえ、円卓は空席が目立つ。羊皮紙を回して全員に配るには、やはり誰かこうして歩いて回る必要がある。
やまいこは礼を言ってアインズから羊皮紙を受け取り、リストを上から眺める。用意する物は大体予想通りだ。天幕や宿泊で使うものはリストに無いが、これは魔法で代用できるからだろう。頷きながらリストを確認していき、そして最後に小さく書かれた文字に視線が止まる。
「……ねえ、モモンガさん。これって……?」
やまいこは思わず羊皮紙を指さしながら、アインズに尋ねる。
「どうしました、やまいこさん?何かおかしい所がありましたか?」
首を傾げるアインズに問いただして良いものか躊躇う。その頃には全員リストの不備に気づいたのだろう建御雷が声を上げた。
「…おい、モモンガさん。何だこの、小さく書かれた持って行くもの『モモンガ、ぶくぶく茶釜、ヘロヘロ』ってのは?」
建御雷の指摘に、アインズがぐぅと呻く。ギルドメンバー全員で行くことを未だに諦めていないらしい。仲間達から、様々な突っ込みを受けているアインズをやまいこは微笑ましく見る。本当に、楽しかったユグドラシルのあの頃に戻ったような光景だ。
現実世界に帰還するという決意は変わらない。
それでもやまいこは、この楽しい時間が少しでも長く続けばいいのにと、そう願っていた。
◆
リザードマン達の村に転移してきたやまいこたちは、思わず呆れ顔でそれを見上げる。転移する場所が此処らしいのだが、もしかすればそれもアインズの趣味なのだろうかと、やまいこは疑ってしまう。即ち自分を象ったこの大きな石像を見せつける為に。
「ゼンベルは居るか!?」
建御雷が片膝をついて控えるコキュートスに率いられたリザードマン達に呼び掛けている。
「あいよ、大将。どうかしましたか?」
「おう、ドワーフの国まで行くぞ。案内しろ」
「……一応聞いて置きますが、何が目的なんでしょうか?」
「……ゼンベルヨ。オ前ガ武人建御雷様ノゴ命令ニ真意ヲ問ウナド無礼千万。命ジラレタコトヲ忠実ニ果タセバヨイノダ」
「いい、コキュートス。いいか、ゼンベル。俺達がドワーフの国に行くのは、強くなるためだ。そのためにドワーフの技術が欲しい。それ以上の説明が居るか?」
「……いいや、必要ありませんぜ、大将。大将が行くなら無茶はしないって信じられる。すぐに準備をしてきます。先に離れても構いませんか?」
「おう、お前の準備が出来次第出発するぞ」
やまいこ達の背中側で何やら建御雷がコキュートスと共にリザードマンと話をしているが、やまいこ達は殆んどそのやり取りが耳に入っていない。それほどこの目の前に聳え立つアインズ像が衝撃的だったのだ。
「マジかー、モモンガさん……。こんな物も造ってたのか。こんなの有るなんて俺聞いてないぞ?」
弐式炎雷が思わずといった声で周囲に尋ねる。答えたのはリザードマンの一人を見送った建御雷だ。
「俺も最初は驚いたけどな。まあ、良いんじゃないか?あの人もこれくらいの役得があっても」
「役得って、建やん。モモンガさんこんなの造らせるような趣味してたか?つーか、ちょっと頬骨の辺りとか美化されてるじゃん?」
弐式炎雷の指摘にやまいこも頷く。美化もそうだが、杖を持ち上げ斜めに突き上げている石像の彼の姿は、正直モモンガのイメージとは合わない。
だがやまいこ達と一緒に転移してきたNPC達はどうも違うらしい。シャルティアはうっとりと、ナーベラルも敬服するように像を見上げていた。
まさかこれもカルマの影響だろうかとやまいこは疑い始める。シャルティアもナーベラルもカルマは-だ。そしてやまいこの疑いに、確信を持たせるようにこの場に居るカルマ-に設定しているギルドメンバーの二人が口を開いた。
「いや、俺は非常に良いモノだと、そう思いますね」
「俺もウルベルトさんに同意見ですね。これは良いモノです」
像を見上げ、本気の声音でウルベルトとペロロンチーノが言う。本当にカルマの影響かと思ったが、この二人に関しては昔からそういう所もあったために、判断がつかない。
「ドワーフの国の調査が終わったら、俺たちの像も造りましょうよ。モモンガさんだけズルいです。神殿の拡張を、いや、もういっそ一人一神殿と像を作るくらいにパーッと行きましょう!」
興奮した様にペロロンチーノが言う。その言葉に、やまいこ達カルマ+の面々は顔を顰める。半魔巨人の自分の姿は気に入っているが、それを像にして残したいという気持ちは無い。他の二人もそうだろうと思う。
「―いや、甘いな。ペロロンさん、像は別に作るのでは無く、拡張するべきだ。シャルティア、こちらに来てくれるかな?」
ウルベルトの呼びかけに、シャルティアが返事をしウルベルトとペロロンチーノの二人に駆け寄る。同時にウルベルトの口調が気取ったものに変わる。アインズにも負けてないなとやまいこは感心する。
「モモンガさんの像の姿を真似てくれ。―そう、良い感じだ。ペロロンさん、彼女の後ろに、そう弓を引き絞って構えるんだ。もう少し弓を下に、翼も軽く広げよう。そう、良いぞ」
何をしているのだろうかとやまいこ達は何も言わずに見守る。ペロロンチーノのポーズを決めたウルベルトは、アインズの姿を真似たシャルティアとペロロンチーノを眺め一つ頷く。
「―そして私がこう構える」
ペロロンチーノの横に並ぶように、長い爪でシルクハットに触れ、斜に構えた気取ったポーズをしたウルベルトが並ぶ。山羊とバードマン、そしてアインズを真似たシャルティアの三人のポーズが完成した。同時に歓声が上がる。この場に連れて来たNPC達と、リザードマン達のだ。
「ちょ、今どうなってるんですか?やまいこさん!俺にも見せてください!」
「え?う、うん。……<
やまいこの作り出した宙に浮かぶ鏡が、ペロロンチーノ達の姿を映し出す。
「ふっはー!格好いい!格好いいですよ、ウルベルトさん!シャルティア!今の俺達の姿どう思う!?」
ペロロンチーノの言葉に、シャルティアがうっとりとした声を上げる。彼女もやまいこの作り出した鏡で自分達の姿を確認することが出来たからだ。
「まさに美の結晶。これ以上の美はアインズ様を除いて無いと思いんす……」
ほぅと声を漏らし、うっとりと頬を赤面させるシャルティアが言う。
「……ああ、モモンガさんにはやっぱり負けてるんだ。強いなー、
ポーズを解いたペロロンチーノが、子供のような声を上げてウルベルトを褒め称えていた。ウルベルトも満更ではないらしく、バサリとスーツに一体化したマントを翻す。
「そうだろう、そうだろうとも!……付いてくるがいい、ペロロンチーノ。悪の魅せる美というものを、このウルベルト・アレイン・オードル自ら教授してやろう!」
「行こう、シャルティア!」
「畏まりました!ペロロンチーノ様!」
哄笑を上げウルベルトは、ペロロンチーノとシャルティアを引き連れ神殿を出ていく。一連のやり取りに呆れて何も言えなかったやまいこと弐式炎雷は顔を見合わせる。どうしようかと思っていると、建御雷が控えたままのコキュートスに声を掛けた。
「……コキュートス、あいつらに村の案内をしてやってくれ。ああ、ナーベラルとリザードマン達も連れて行け。……大丈夫だと思うが、あの二人が悪ノリし始めたらすぐ呼べ、頼んだぞ?」
「ハッ!畏マリマシタ、武人建御雷様!」
そう言ってペロロンチーノ達の後を追うコキュートス達を見送り、残されたのはやまいこ達三人となる。あの二人が心配なら自分達も追いかけたほうが良いのではと思ったが、それは建御雷から止められた。話したいことが有るらしい。深刻な顔つきだ。
「……出来れば茶釜さんとウルベルトさんにも共有して貰いたいんだが、こういうのは早い方が良いしな。ちょっと女性のやまいこさんには言い出しにくい話なんだが……」
言葉を躊躇う建御雷にやまいこは遠慮しなくていいと首を振る。だが彼がこうもNPC達の人払いを済ませても言葉を濁す話の内容に、少しだけ怖くなってきた。
「……誰にも言うつもりは無かったんだがな。だが隠しておいたせいで、咄嗟の対応が遅れるのも不味いから、聞いておいて貰いたい。この像もだが、モモンガさんは俺達には言ってない趣味を抱えているらしいぞ」
「……なんだよ、建やん。そのモモンガさんの趣味って」
震える声で弐式炎雷が問い掛ける。その質問に答える前に、もう一度建御雷はこちらを確認する。やまいこは覚悟を決めて頷いた。
「……どうも、モモンガさんはNPCを椅子にして座る趣味も有るらしい。この村でシャルティアを椅子にして座ったそうだ」
建御雷からの話に、やまいこは今まで知らなかった友人の心の闇を覗いてしまい、言葉を失うのだった。
◆
魔導国の旗を高々と掲げる舞踏会の一件で呼び出した<
それでも騎乗用の魔獣に揺られるやまいこ達に不満は無い。ギルドメンバーでPvPを行ったトブの大森林でもそうだったが、ここでもやはりやまいこ達の世界とは違い汚染されていない自然の広大さに息を呑む。現実世界では決して見ることのできない光景。初めてユグドラシルをプレイし、その作り出された自然にも感動を覚えたが、本物の自然はやはりユグドラシルのものとは比較にならない。
その証拠とでもいうのか、あのウルベルトですら興味を抑えきれないように感嘆の声を漏らす。
「……素晴らしい。こんな世界もあるんだな」
その言葉に、やまいこも頷く。
「……昔は私達の世界でもこんな光景が広がっていたはずだけど、今はもう何処にも残ってないよ。この景色、ブループラネットさんや、先生にも見せてあげたい」
「朱雀さんか?そうだな。……見せてやりたいな」
青い空が茜色に染まる光景を二人で眺めながら、かつての仲間達とこの感動を共有したいと素直に思う。
「おーい、みんなー。今日はこの辺で一泊しようぜー」
山に踏み入ってから先頭を行っていたゼンベルという名のリザードマンと共に進んでいた弐式炎雷が、こちらに振り返りながら声を掛けてくる。弐式炎雷はゼンベルと共に先頭を行きながら、さらに自分の分身を数体先行させているらしい。その分身も、今のところドワーフの国に繋がる様な場所は見つけられていないとの事だった。
「了解、弐式さん。すぐに宿泊施設を用意するね」
岩だらけの土地だが、多少開けた場所さえあれば問題ない。やまいこはすぐにもってこいの場所を見つけ、第十位階魔法を発動させようとする。だが―
「ストーップ!やまいこさん、魔法は必要ありませんよ」
ペロロンチーノに止められた。
「え?どうして?」
山から吹いてくる風は、徐々に冷たさを増している。この場に居る殆んどの者が冷気対策を施している。ナザリックのNPC達は勿論、傭兵NPC達もそうだ。レベル的にこの程度の寒さであれば問題ないが、それでもこの中で野宿をさせるのは酷だ。特にリザードマンには厳しいだろうと思う。
「俺がシークレットハウスを出しておきます。それで十分ですよ」
ペロロンチーノの言葉にやまいこが首を傾げる。確かに代用は出来るが、あれでは少し手狭だ。何か良からぬ事を考えているのだろうか。ならば問いただすべきかと悩むが、とりあえずは様子を見ることにする。
ペロロンチーノがマジックアイテムを使い宿泊所を用意する。そして彼はシャルティアとウルベルトの二人に声を掛けた。
「それじゃあ二人とも、準備を始めましょう。ウルベルトさんは<
「了解した。すぐ戻りますよ」
「ええ、お願いします。じゃあシャルティア。用意しておいた薪を取り出してくれるかな?」
「畏まりました、ペロロンチーノ様」
そう言ってウルベルトが<転移門>に消えていき、シャルティアが次々に乾燥した薪の様な材木を
「ほらほら建御雷さんに弐式さんも、日が完全に落ちちゃう前に準備を終わらせますよ。この薪を―――そうだな、あの開けた場所の真ん中に積んで行って下さい。火が燃えやすい様に真ん中に薪を集めて、その周りを井の字型に積んで行くといいそうです。ある程度積んだら、俺が飛んで残りを積みますから。ふふ、事前に図書館で勉強してきました」
「いや、構わないけど。さっきから何するつもりなの?」
弐式炎雷と建御雷が言われたとおりに薪を積み上げていく。二人が動き始めれば、当然の様にコキュートスとナーベラルも作業に入り、すぐさま薪が組みあがる。組みあがる頃にはやまいこは理解していた。ペロロンチーノが何を準備していたのか。あの現実世界ではやまいこも経験は無いが、過去には行われていたらしい。
「山にまで来て、普通に泊ってどうするんですか!キャンプですよ、キャンプ!さあ、早く準備を終わらしてしまいましょう!」
飛び上がり、見上げるほどに薪が積み上げられたキャンプファイヤーを上空で満足そうに眺めながら、ペロロンチーノが意気込んで語っていた。
「それではモモンガさんお願いします。……着火!」
ペロロンチーノの合図によって、アインズの指先から生まれた小さな火球が組み上げられた薪に向かっていく。火球が薪に燃え移った瞬間、燃料を仕込んでいたらしい薪は一気に、そして盛大に燃え上がる。
「うわー……!凄い……本当に凄い!」
薪にも何か細工をしていたのか、一気に燃え尽きるような事は無い。だがすっかり夜闇が落ちた星々の海を、巨大な山と燃え盛る火柱が遮る光景は、現実の世界での光景しか知らないやまいこ達を圧倒する。
隣で小さな笑い声が聞こえ、やまいこは思わずばつが悪そうにユリに視線を向けた。
「ああ、ごめんね、ユリ。子供みたいな声が出ちゃった」
「いいえ、やまいこ様。……お気に召しましたか?」
キャンプファイヤーの炎に照らし出されたユリの顔に頷く。この星空も、キャンプファイヤーの炎も、すべてが現実世界では見たことが無くやまいこの心を強く打つ。
「うん、凄い。本当に凄いよ。こんなに沢山の星も、キャンプファイヤーも見た事無いんだ。……明美とボクの生徒たちにも見せてあげたい」
うっとりと、やまいこは再びその光景に見入る。月や星から降り注ぐ白く青い光の中で、キャンプファイヤーからはぜた火の粉が舞っていた。見たことも無い光景に心が躍り、妹や生徒たちにもこの光景を見せてあげたいと心から思う。
「……あけみ様は、お元気ですか?」
「う、うん。……今は少し、離れてるんだけどね。元気だよ」
少しだけ寂しそうにユリが微笑んだ。そのユリの寂しさが明美が居ない事なのか、それともやまいこが明美を想う事に対してなのかは解からない。明美を知るユリのユグドラシル時代の記憶がどうなっているのか聞いてみたかったが、尋ねることはしなかった。
「さあ、みんな!キャンプといえばカレーです!料理長が腕を振るった特製キャンプカレーを回しますよー!」
張り切った声に振り返る。見ればペロロンチーノが事前に用意していたのか大鍋からよそったカレーを両手に持って給仕の真似事をしていた。
「ぺ、ペロロンチーノ様!?御身自らその様な真似を!」
隣では主人の手から無理やりカレーを取り上げる事も出来ず、シャルティアがおろおろとしていた。
「申し訳ありません、やまいこ様。直ちにペロロンチーノ様と代わってまいります」
「うん、ありがとう。ユリ」
微笑んでペロロンチーノの元に駆けていくユリを見送ると、アウラとマーレを引き連れたぶくぶく茶釜がこちらに向けて歩いてくるのが見えた。
「やっほー、やまちゃん。一日目おつかれー」
粘体の手を振るぶくぶく茶釜に苦笑いする。今朝別れた時はしばらく離れることになると思ったが、予想よりずっと早い再会だった。
「まだ疲れてないよ。今日はアウラの魔獣に乗ってただけだから。ありがとうね、アウラの選んでくれた魔獣に助けられているよ」
やまいこがお礼を言うと、アウラは慌てたように顔の前で両手を振った。
「そんな、やまいこ様!シモベとして当然です!」
恐縮するアウラを微笑んで頷いてから、キャンプファイヤーの周りを見渡す。ウルベルトが<転移門>を使い連れて来た仲間達に、沢山のNPCが火を取り囲み談笑している。
調査隊に含まれていないギルドのメンバーは勿論、アルベドにデミウルゴスの姿もある。恐らくナザリックにはセバスを始め、最低限の人数しか残されていないだろう。
「全員纏めてやられないようにってチーム分けしたのに、あのバカは……」
ユリとナーベラルに手伝われながらも、おどけて給仕の真似事をするペロロンチーノを眺めながらぶくぶく茶釜が言う。だがその言葉とは違い、声に籠められた感情は優しいものだった。
「でもみんな楽しそうだよ、かぜっち」
やまいこが耳をすませば、楽しそうな色々な声が聞こえてくる。
建御雷達が受け取ったカレーと酒を並べ、胡坐を組んで燃え盛る炎を見上げながら笑っていた。
「辛イ……」
カレーを口にしたコキュートスに、建御雷が吹き出している。
「なんだ、お前。辛いの苦手なのか?ほら、水を飲め」
「アリガトウゴザイマス。武人建御雷様」
「なんだぁ、この酒は!前にナザリックで貰ったものよりも旨えじゃねぇか!」
「飲み過ぎるなよ、ゼンベル。この仕事が終わったら樽で送ってやるから、二日酔いになるような飲み方はするなよ?」
「あいよ、大将!」
視線をずらせば、弐式炎雷にアインズがペロロンチーノと共に居た。
「つーかペロロンさん。またこうやって飲食出来ない俺達を苛めるつもりか!もう少し労われよ!」
「そうだ!労われー!」
弐式炎雷とアインズがペロロンチーノに詰め寄っている。普段と違うアインズの姿に驚いているNPCも居る。
「何言ってるんですか、二人とも。キャンプの楽しみはここからですよ!」
詰め寄られたペロロンチーノが合図をするように手を打ち鳴らす。その合図に従って、控えていた楽団が演奏を始める。帝国の舞踏会でも使われたユグドラシルのBGMだ。
「キャンプはこうやってキャンプファイヤーを取り囲んで踊るものらしいですよ?確かフォークダンスって言ったかな?ふふ、踊りを覚えたばかりの今の俺達に、ぴったりのイベントじゃないですか!」
そう言ってペロロンチーノがシャルティアを呼び寄せ、その手を取る。火の粉が舞うキャンプファイヤーを中心に、二人で楽しそうに円舞曲のステップを踏んでいく。
炎に照らし出されたシャルティアの白い顔がまるで頬を染めている様で、女性であるやまいこも視線を奪われる。それほどに美しかった。
その踊り続ける二人に我慢出来なかったのか、弐式炎雷がナーベラルに振り返り叫ぶ。
「よーし!ナーベラル!こうなったら俺達も踊るぞ!」
「はっ!畏まりました、弐式炎雷様!」
「至高の御方がこのような場所で―」
「ふふ、良いじゃないか、アルベドよ。さあ、私達も踊るとしよう。私の手を取ってくれるかな?」
アインズの差し出された手をアルベドが一瞬躊躇うが、それでもその魅力に負けたように握る。こうして三組が炎を取り囲み踊り始めた。
その光景を建御雷が楽しそうに合いの手を打っている。やまいことぶくぶく茶釜は、どうするべきか顔を見合わせる。すると―
「やまいこ様。宜しければ一曲お相手頂けますでしょうか?」
「茶釜さん、Shall we Dance?」
胸に手をやり一礼するデミウルゴスが、やまいこの前に立ってダンスに誘ってくれた。そして気取った仕草が非常に様になるデミウルゴスと違い、ドロドロの手を胸にやりぶくぶく茶釜を誘うヘロヘロはどこか滑稽だった。
「何?ヘロヘロさん。ちゃんと踊れるのぉ?私は抱っこなんてしないよ?」
ぶくぶく茶釜が笑いながら、ドロドロのヘロヘロの手を取る。
「ふふふ。任せてください。しっかりリードさせて頂きます」
「それは楽しみ。アウラ。マーレと組んで一緒に踊ろう。ヘロヘロさんが上手く私をリード出来なかったら、ビシバシ教えてあげて」
「畏まりました、ぶくぶく茶釜様!ほら行くよ、マーレ!」
「ま、待ってよ、お姉ちゃん!」
炎に向けて歩いていくドロドロとプルプルの粘体カップルと双子のカップルを見送りつつ、少しだけやまいこは視線を動かす。ユリはウルベルトに誘われ、踊り始めていた。いつの間に覚えたのだろうかと思ったが、見栄っ張りな彼の事だ、舞踏会の話を聞いて隠れて必死に練習したのだろう。
その光景が目に浮かび、やまいこは微笑んでデミウルゴスの手を取る。
「それじゃあ、お願いデミウルゴス。ボクはパートナーの方は経験無いから、しっかりリードしてね?」
「ええ。畏まりました。やまいこ様」
口元に笑みを浮かべるデミウルゴスに手を引かれ、やまいこも炎の輪の中に加わる。デミウルゴス主導の様々な出来事に心を痛めているが、彼自身はナザリックの大事なNPCの一人だ。やまいこは安心してその身を委ねる。やまいこの身長はデミウルゴスよりも高いのだが、彼が上手くフォローしてくれた。
「さあ、曲が終わったらパートナーチェンジです!これがフォークダンスの醍醐味だとエロゲーに書いてありました!」
「そうなのか、ではシャルティアよ。次は私と踊ってくれるかな?」
「よ、喜んでアインズ様!」
シャルティアの手を取るアインズを、そしてアインズからホールドされるシャルティアを、ペロロンチーノとアルベドがそれぞれ怨嗟の籠った眼差しでぎこちないホールドを組みながら見つめている。
「こ、これがNTR!今までスルーして来たのに、こんな所で味わう事になるなんて……ん?ちょ、ちょっとアルベド?手の力が強すぎない?いだだだだだだ!痛い!アルベド!組んだ左手が痛いから!握り潰されるぅ!?」
叫ぶペロロンチーノの悲鳴は、普段ならばいち早く駆け付けるだろうシャルティアには届かない。アインズの胸に抱かれているために。命の危険があるならば勿論別だろうが。
「言い出しっぺのペロロンさんが何やってるんだよ。お、次はマーレか。よろしくな!」
マーレの手を弐式炎雷は取りゆっくりと踊り始める。
「よ、よろしくお願いします!弐式炎雷様!」
「おおー、やっぱりマーレも可愛いなー。任せて任せて、楽しく踊ろうぜ」
「は、はい!」
「ちょっと、ナーベラル?顔怖いんだけど」
アウラが共に踊るナーベラルに問いかける。ナーベラルの視線は弐式炎雷とマーレに向けられていた。
「……そうでしょうか?」
「うん、すっごい睨んでるじゃん。まあ、いいけどね」
「へ、ヘロヘロ様!?あまり飛び跳ねられては!」
「ふふ、ユリ!これが私のライズアンドフォールです!いつまでも抱かれてばかりの私じゃありませんからね!」
ユリの手を無理やり伸ばした粘体の手で握ったヘロヘロが飛び跳ねながら踊っている。
「流石は至高の御方。体格差をああして克服されるとは……!」
顔からキラキラした輝きを発して敬意の念を示すデミウルゴスに、パートナーを組むぶくぶく茶釜が呆れたように見ていた。
やまいこは鋭利な爪でパートナーを傷つけないように優しくホールドを組んでくれるウルベルトに笑いながら問いかける。
「ウルベルトさんはキャンプの事聞いてたみたいだけど、いつ準備してたの?」
「俺も聞かされたのはリザードマンの村でですよ。ペロロンさんはドワーフの国に調査に向かう事が決まってから、ずっとキャンプの計画をしていたみたいです。留守番組が可哀想だってね」
「……そうなんだ。ふふ、弟君はそういう所があるよね」
「そうですね。だから彼はモモンガさんと一番仲が良かったんだと思います」
「うん、きっとそうだね」
そう言ってやまいこはデミウルゴスと踊るぶくぶく茶釜に踊りながら声を掛ける。
「かぜっち、弟君、本当に良い子だね」
やまいこからの称賛に、ぶくぶく茶釜は少し言葉に詰まりながらも、結局は素直になった。
「……うん、そうだね。出来ればいつもこういう姿を見せて欲しいって、そう私は思うけどね」
ぶくぶく茶釜の告白に、ウルベルトとデミウルゴスが優しく微笑む。
そしてまた曲が切り替わり、パートナーを代える。その頃には我慢できなくなった建御雷とコキュートスが炎を取り囲む輪に加わった。
火の粉のはぜる音に、楽団の奏でるユグドラシルのBGM。そして炎を中心に踊り続けるやまいこ達の笑い声は、とても遅くまで、アゼルリシア山脈の山々に木霊し続けていた。
ペロロンさんのキャンプ知識は、エロゲーなり何なりから得た歪んだもので、さらにナザリックの図書館から妙な情報を得ているので、なんかおかしいキャンプとなっております。