至高の方々、魔導国入り   作:エンピII

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 至高の方々、神となる

 ドワーフ国調査隊の面々がゴンドと接触している頃、居残り組の三人、アインズ、ヘロヘロ、そしてぶくぶく茶釜は帝国に居た。

 

「舞踏会の時とメイド見学の時は気にしませんでしたが、こうして改めて帝国の街並みを見ると、エ・ランテルよりも随分発展してますねー」

 

「だねー、道路の舗装からしてだいぶ違うね。エ・ランテルだと雨降ったら私たちじゃ足が汚れるしねー」

 

「エ・ランテルの街もゆっくりですが舗装工事を進めてますから、直にお二人も歩きやすくなりますよ」

 

 ずるずると引きずったような足音を立てながら二人の粘体と、一人のアンデッドが帝都アーウィンタールの中央通りを歩いている。その異形の集団が堂々と人間の街並みを歩いているのは、異質な光景だった。

 

「焦る必要はありませんよ。普段私は誰かしらに抱っこされてますし」

 

「そうそう、私もほとんど引き籠ってるし」

 

 二人の粘体からの自嘲じみた冗談に、アインズは苦笑いする。

 しかしと、アインズは周囲を見渡す。以前モモンとして訪れた事のある場所だが、かつて程の活気はない。というか人が居ない。居ない訳では無いのだが、アインズ達の姿を確認するとそそくさと逃げていき、情報が回っているのか、道を進めば進むほどに人の姿は消えていく。

 

(……ふむ。属国化の影響だろうか?これではエ・ランテルの街並みと変わらないな)

 

 チラリと背後を歩く、帝国四騎士の一人、確かニンブルだ。彼を振り返る。アインズの視線に気付くとニンブルは、暗く沈んだ顔に無理やり怯えたような笑顔を張り付けた。

 

「どうされたのでしょうか、魔導王陛下?」

 

「……いや」

 

 完全に怯えられている。舞踏会というイベントを経て、帝国との好感度は多少上がったと思うが、そう言えば会場内にニンブルの姿は無かったなとアインズは納得する。まあ活気のある街づくりは、これから仲間達と共に作って行けばいいとアインズはひとりごちた。

 

「さて、違法薬物の調査でしたか?具体的にはどうします?」

 

 ヘロヘロの問い掛けにアインズは頷く。

 違法薬物の調査など本来は、帝国の盟主国であるアインズ・ウール・ゴウン魔導国、その支配者たるアインズ達の仕事では無い。治安維持を司る帝国騎士の仕事だ。

 それをアインズ達が行っているのには訳があった。それも酷く単純な。ギルドの仲間達の殆んどがドワーフの国の調査に赴いているために、居残り組は暇なのだ。

 帝国の属国化はスタートしたばかりだ。やはり多少の反発はある。特に仕事を奪われる騎士からの反発が大きいらしい。その為本来騎士が行う筈の仕事を、言ってしまえば騎士団よりも早期に魔導国で解決してしまい、その力を示し黙らせる。その為だった。

 それも本来はアルベドがナザリックのシモベ達を使い解決するつもりだったらしいのだが、居残り組の良いイベントになるのではとアインズが無理やりに引き受けたのだった。

 

「ゲームやアニメだと、こうやって歩いてれば勝手にイベントが発生してくれるんだけどね。まあ、地道に聞き取り調査するしかないんじゃない?」

 

 ぶくぶく茶釜の言葉に、ヘロヘロは首を傾げる。

 

「私たちで聞き取り調査なんて上手く出来るでしょうか?そもそも人が、どんどん少なくなってますけど」

 

「言えてる。まあ、私たちが大手を振って歩いてたらねぇ?」

 

「ホント、失礼な奴らですね、ぶくぶく茶釜様!私たちがちょっと行って、ガツンと言ってきますね!」

 

 ぶくぶく茶釜の後ろを歩いていたアウラが憤慨した様に言う。マーレと共に駆けだそうとするのをぶくぶく茶釜の触手によって、文字通り首根っこを掴まれて動きを止められていた。

 

「その必要は無いから。二人とも大人しくしなさい」

 

 ぶくぶく茶釜の命を受け、アウラとマーレがしょんぼりと肩を落とす。その二人をぶくぶく茶釜は宥める様に、歩きながら軽く頭を撫でていた。

 この場に居る供回りは、アウラにマーレ。そして帝国から派遣されてきた四騎士、今は二人しか居ないが、ニンブルだ。ニンブルも帝国騎士側なのではとアインズは思ったが、ジルクニフ直属の彼らは事情が少し違うらしい。

 ソリュシャンとレイナースも連れてきているが、二人は既に調査を始めている。舞踏会の件で呼び出したヘロヘロの傭兵NPCの中で、探査能力のあるシモベの指揮権を一時的に与えてある。すぐに調査は終わるだろう。聞き込みが云々言っていたが、流石に本気でやるつもりは無い。

 アインズは傾きつつある日を眺めながら、帝国一等地に向け歩く。帝国にいる間の仮拠点として採用した、レイナースの住居に向かっているのだ。わざわざ歩いているのは、調査結果が出るまでの時間稼ぎ、言ってしまえば仲間達との帝国見学を兼ねた散歩だった。

 レイナースの自宅に到着すると、一般メイドが数人出迎えてくれた。ヘロヘロが創造したメイド達ではない。ヘロヘロの創造したメイド達ばかりと、嘆願書が届いた結果だった。

 

「さて、あとはソリュシャンたち待ちですね。ドワーフの国調査隊はどこまで進んでいるんでしょうか?」

 

 レイナースの自宅で、我が家のように寛ぐヘロヘロに頷く。定例連絡の時刻はそろそろだ。問題無ければすぐにやまいこかウルベルトから連絡が来るだろう。そう考えていたアインズに、タイミングよく線の様なものが伸びてくる。

 

「お、さっそく連絡来た?」

 

 ええと頷きアインズはその線を受け入れる。やまいこだった。お互いの状況を説明し合い、接続をきる。

 

「調査隊はドワーフと接触し、協力を取り付ける事に成功したそうです。それとクアゴアと呼ばれるユグドラシルには居なかった種族を、魔導国に取り込みたいと」

 

「クアゴア?」

 

「ええ、何でも土を掘ることに特化した種族らしく、鉱石探しに使いたいらしいです」

 

「ああ、七色鉱探しにその種族を使うつもりなんですね」

 

「あー、ごめん、モモンガさん。そのクアゴアって言うのを……」

 

 少し言いづらそうにしているぶくぶく茶釜に笑う。

 

「勿論、やまいこさんには了解と伝えました」

 

「ありがとう。ごめんね、モモンガさん」

 

 正確な数は知らされていないが、恐らく多くても一万程ではないかと、リザードマンの村の規模と照らし合わせ、アインズは予測する。その程度なら、問題無いだろうと礼を言うぶくぶく茶釜に頷く。

 

「それとプレイヤーの方は、恐らく外れらしいです」

 

「ううーむ。そっちは外れですか。私たち以外にもプレイヤーがいる事は確実でしょうが、中々見つかりませんね。ま、時間は有りますし、ゆっくり探しましょうか」

 

「ええ、それとなんですが……」

 

 アインズが言いづらそうにぶくぶく茶釜を見る、その視線に察したのか、ぶくぶく茶釜が項垂れた。

 

「……アイツが何かやらかした?」

 

「ペロロンさんが何かした訳では無いみたいですが、どうもドワーフはユグドラシルと同じタイプだったらしく、意気消沈しているそうです……」

 

「……あのバカ。みんなの足引っ張ってなければいいけど」

 

「プレイヤーが恐らく居ないという事で、二手に分かれるらしいです。建御雷さんと弐式さんウルベルトさんでドワーフの国に、やまいこさんとペロロンさんでクアゴアの取り込みをはかるとの事でした」

 

「そこまで行けば近日中にあちらは解決しそうですね。……おや、こちらも進展があったかな?」

 

 ヘロヘロがすっかり日が沈んだ外を窓から覗き、声を上げた。視線を追えば、馬車が一台停まっている。帝国の馬車では無く、死の騎兵に曳かせた魔導国製の馬車だった。馬車の中から姿を見せたのはレイナースだ。門番をすると言ってわざわざ外に待機しているニンブルとニ、三言葉を交わしている。

 ノックの音に部屋に控えていた一般メイドの一人が扉を開き、レイナースを迎え入れた。

 

「ご苦労様です、レイナース。進展はありましたか?」

 

 ヘロヘロの問い掛けにレイナースが頭を下げてから、頷く。

 彼女の装備は帝国の頃とデザインは変わらないが、アダマンタイトよりランクが上の金属に変更し打ち直したらしい。似たデザインのニンブルの物とは比べ物にならないだろう。小さく、だがはっきりとヘロヘロの所有物と示す様に、彼のエンブレムが鎧に刻まれていた。脚の装備が魔法の金属糸で編んだソリュシャンと同様の網タイツに変更されているのは、ヘロヘロの趣味だろうなとアインズは思う。

 

「はっ!薬物の出所を押さえ、そのルートを洗い行きつく先を突き止めました。現在ソリュシャン殿が現場で待機していますわ」

 

「ありがとうございます。では後は現場に殴り込むだけですね」

 

「ですね、早速行きましょうか」

 

 ヘロヘロに頷き、アインズとぶくぶく茶釜、そしてアウラとマーレが立ち上がる。早速現場に向かい、爽快な捕り物劇を想像するアインズたちだったが、アウラとマーレに対してレイナースが複雑そうな表情を向ける。

 

「何?何か文句があるの?」

 

 視線に気付いたアウラが威圧するような言葉を向ける。レイナースは僅かに躊躇った後に、再び頭を下げた。

 

「申し訳ありませんが、お二人はここでお待ちいただいた方が宜しいかと……」

 

「はぁ?アンタ、ヘロヘロ様のペットだからって少し調子に―」

 

「アウラ」

 

 ぶくぶく茶釜の言葉に、アウラがすぐさま引き下がる。だが納得はしていない様だった。説明を期待するが、それも無い。少し悩んだ後、レイナースはヘロヘロだけ来て欲しいと願ってくる。ヘロヘロは「はいはい」と気安い返事と共にレイナースと部屋を出て、何事か話し合っている。距離的にアウラならば聞こえるレベルだが、それはぶくぶく茶釜が、彼女の耳を塞ぎ防いでいた。

 

「はい。アウラとマーレの二人は今回はお留守番でお願いします」

 

 少ししてレイナースと共に部屋に戻ってきたヘロヘロが言う。

 二人はまだ不満そうだったが、ヘロヘロからの命とあれば逆らいはしない。

 

「で、でも、僕たちが付いて行けないなら、ナザリックから誰か別の方を呼んだ方がいいと思いますけど……」

 

 最後の抵抗を見せるマーレにぶくぶく茶釜が笑う。両手に二つの盾を構えて、二人に掲げて見せた。

 

「私以上の盾役が、今のナザリックに居るかな?」

 

 

 

 

 

 

 死の騎兵に曳かせた馬車から三つの異形と、二人の人間が姿を見せる。

 アインズにぶくぶく茶釜とヘロヘロ。そしてレイナースとニンブルだ。

 アインズは月光にその身を晒し、周囲を見渡す。辿り着いた先は墓地であった。墓地の入り口でソリュシャンが頭を下げ、アインズたちを出迎える。

 

「お待ちしておりました」

 

「ご苦労様です、ソリュシャン。それでは先に中の様子を確認しましょうか」

 

「中の様子?」

 

「ええ、薬物はこの墓地に、正確にはこの墓地の地下に広がる隠し部屋に運び込まれているらしいです。どうも見た方が早いらしいので、ソリュシャン、お願いしますね」

 

 ぶくぶく茶釜の質問に、ヘロヘロが頷きながら答える。結局馬車の中ではヘロヘロがレイナースから伝え聞いたことは語られずじまいだった。

 ヘロヘロの意を受けてソリュシャンがその体の中から、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)を取り出す。

 体の中から直径一メートル程の鏡をソリュシャンが取りだした事に、ニンブルが悲鳴のような声を上げた。夜半の墓地ではそれは多少響いたが、ソリュシャンが反応しないという事は問題無いのだろう。そしてそのニンブルは、レイナースによって睨まれていた。

 

「さて、では中の様子を見ましょうか。……私も軽く聞いただけですが、結構ショッキングな光景が広がってるらしいので、覚悟しておいて下さい」

 

 そう言ってヘロヘロが遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)を操作する。短い触手で出来た手で鏡を操作するその姿は、抱っこをせがむ赤ん坊のようでアインズは苦笑いする。

 

「ああ、繋がりました、繋がりました。……うわー……」

 

『うわー……』

 

 鏡が映し出した光景に、ヘロヘロ、そしてぶくぶく茶釜とアインズの呻き声が重なる。

 鏡に映し出されたのは老若男女様々な年齢の、二十人ほどの人間だった。

 それだけならアインズ達は呻き声など上げなかっただろう。老人も居る、中年も、年若い者もいる。ただ、その様々な年齢の者達が、全員でいたしているのである。

 

(な、なんだ、これは……ら、乱交?乱交パーティーという奴か?……なんで俺はこんなものをギルドの仲間と見ているんだ?……確かにこれはアウラとマーレには見せられない。というか経験も無いのに、こんなの見せられるって……)

 

「ハハハハハ……。か、軽く聞いていましたが、これは想像以上ですね。私映像以外でこういうの初めて見ました」

 

「私だってこんなの初めて見たよ……。というか、この人たち少し格好がおかしくない?」

 

「こ、コスプレ乱交ものというやつでしょうか?……帝国はこれが普通なんですか?」

 

 ヘロヘロがレイナースとニンブルを振り返ると、二人は慌てて首を振った。どうやらこれが帝国の一般的作法では無いらしい。

 

「薬物は脳神経系に作用する幻覚剤でした。香に混ぜ、室内で焚いているようです。薬物は別の部屋に保管してありましたが、今はシモベを一体配置し、確保してあります」

 

「ご、ご苦労様です、ソリュシャン……。いや、しかし、薬物を焚いてこういった行為をするって、本当にあるんですね……。ええー。こ、これに踏み込むんですか?私、もう少しソフトなのを想像してました」

 

「……ちょっとおかしくない?なんかこの人たちモンスターの格好してるよね?まさかモン娘フェチ?それにさ、コスプレモノって、男の方も一緒にコスプレするもんなの?」

 

「私はメイドものをよく見てましたが……男優のほうは気にしてませんでした。……どうだったかな?執事とかご主人様の格好なんてしてたかな?」

 

「ちょっと、ヘロヘロさん。そのメイドものをよく見てたの情報は今は要りませんよ。……でも確かに、少しおかしいですね。男女ともにコスプレする同好の士という事でしょうか?」

 

「悲しい事に、アイツが居れば話は早そうだけど……ん?ちょっとこの人見覚え有るな?ねえ、ニンブルさん、この人って確か帝国の貴族じゃなかった?」

 

 ぶくぶく茶釜が鏡の中の人物を触腕で指さす。ニンブルは恐る恐る鏡を覗き込み、呻いた。

 

「ウィンブルグ公爵!」

 

 確か帝国貴族の名前だ。属国化した際にアルベドから見せられた書類にその名前があったと、アインズは微かに記憶していた。

 

「もしかして、舞踏会に参加していた人ですか?そう言われれば、どの人も見覚えが有るような、無いような?」

 

「ヘロヘロさんは殆んど帝国の人の相手してないからね。……というか、これ。あれじゃない?私たちが舞踏会に連れて行った傭兵NPCのコスプレしてるんじゃないの……」

 

 ぶくぶく茶釜の呟きによくよく目を凝らしてみれば、確かにそんな気がしてきた。

 

「……え?じゃ、じゃあこの下半身に被り物みたいなの付けてる人は、もしかして蜘蛛の暗殺者(アラクノイド・アサシン)のコスプレですか?」

 

「……肌に色を塗って角と尻尾らしきものを付けているのは、赤褐色肌の竜人姫(オーバァーン・ドラゴニュート)でしょうか?」

 

「青色で肌を染めて蝙蝠みたいな羽生やしてるのは、深淵の女悪魔(アビス・サキュバス)だろうね……。ええーと、ニンブルさん。帝国はこういうの一般的でないって言ってたよね?」

 

 ぶくぶく茶釜に振られたニンブルが慌てて何度も頷いている。やはり一般的ではないらしい。

 

「……もしかしてさ、これ。私たちが舞踏会に傭兵NPCを引き連れて行ったから、参加してた帝国の人たちに変な趣味を目覚めさせちゃった……とか……?」

 

 確認するぶくぶく茶釜に、一同が静まり返る。その墓地に相応しい沈黙に、アインズとヘロヘロの背中に、流れるはずの無い冷たい汗が流れた気がした。

 

「……お、奥に二人女の子居ますね!狐面してるって事はウカノミタマでしょうか!で、でも私たちは関係ないですよね!」

 

「そ、そうですね。白ずくめの雪女郎(フロストヴァージン)らしき格好してる人も居ますが、私たちは関係ないですね!」

 

「……確定じゃん……それ……」

 

 小さく呟くぶくぶく茶釜にアインズとヘロヘロは思わず項垂れる。もはや言い逃れ出来そうにない。

 

「始末されますか?」

 

 ソリュシャンがあっさりと告げてくる。レイナースもまた頷いていた。それもいいかもなとアインズが思ってると、ニンブルが慌てたように止めに入る。

 

「お、お待ちください!舞踏会に参加されていた方々は、帝国でも有力な方ばかりです!どうか穏便に!」

 

「帝国はもはや魔導国の属国。支配者たる至高の御方達がそんな事を鑑みる必要があるのかしら?」

 

「レイナース殿!」

 

 かつての同僚が言いあう姿に、アインズはどうするかと悩んでいると、奥の狐面の少女が、その二人だけ縄で縛られ拘束されていることに気付く。

 

(ん?この二人だけ他と違うな?……攫われてきたのか?)

 

 この年頃の少女は舞踏会で見た覚えがない。されてはいないようだし、衣服も着せられたままだ。周りから少し高い所に寝かされている。まるで祭壇に捧げられる生贄のようだ。

 

「もしかして狐面の二人は生贄か何かですか?」

 

 ヘロヘロも気付いたのか、アインズと同じことを思ったらしい。アインズは頷き答えた。

 

「クライマックスに捧げるんでしょうか?何に捧げるんでしょうね?」

 

「ですねー。さて、じゃあせめてこの子たちは助けておきますか?」

 

「そうですねー」

 

 ヘロヘロに頷くアインズに、ぶくぶく茶釜が少しだけ驚いたようだった。

 

「……助けるんだ?」

 

「ええ、放置してもいいんですが。この話がペロロンさんにバレたら、どうして助けなかったんだって、怒られてしまうでしょうし」

 

 そう伝えると、ぶくぶく茶釜は何か悩むように考え込み始めた。そして少し悩んでから、提案してきた。

 

「……一個作戦思い付いたけど、試してみる?」

 

 

 

 

 

 

『アハハハハハハ、本当に人間って、愚かしいわね。そんな格好をして、私を真似たつもりかしら?』

 

 声が墓地の地下室に響く。反響しているのか、声は至る所から聞こえてきた。

 会合に参加していた貴族達は突如聞こえ始めた声に怯え、行為を中断しざわつきながら辺りを見渡した。

 しかし声の主は、どこにも見当たらない。声の出所すらはっきりとしない。

 

「だ、誰だ!?」

 

 この会合の発起人である公爵が声を上げる。

 この集まりは公爵が声を上げ、行われている集いだ。この場に居るものは全て、生贄を除けばだが、舞踏会に参加し、その魔性の美に心奪われた者達。満たされぬ魔性の美に対する想いを、こうして参加者が魔性のモノの姿を真似る事で互いに癒し合う秘密の会合。

 

『フフフ、貴方達が私を喚んだのでしょう?』

 

 再び声が聞こえた。

 女。

 女の声だ。

 だがその声は貴族達が今まで聞いたどんな声よりも艶があり、心奪われるものだった。耳奥に優しく息を吹きかけられたような、背中にぞわぞわと、感じたことも無い快感が走る。

 

「……我らが喚んだ?ま、まさか、す、姿を御見せ下さい!どうか、御姿を!」

 

 公爵が平伏した様に、床に這いつくばる。その姿に全ての者も公爵に倣い、平伏する。

 

『……いいわ。貴方達の願い、叶えてあげましょう』

 

 声に、反響する声に、全てが奪われる。なんと心の奥底の欲求を刺激、いや、柔らかな羽毛で嬲る様な声なのだろうか。耳から入り、内側から溢れ出る快感に、男も女も這いつくばりながら見悶えていた。

 

 そして、何も無い空間から闇の扉が開いた。

 闇の扉からゆっくりと歩いてくるのは、女。

 女が半球体の闇の扉を潜り、姿を見せる。

 長い黒髪の、東方風の顔立ちをし、見たことも無い衣装に身を包んでいた。美しい女だ。年のころは二十代くらいに見える。僅かに目じりの下がった下がり目。だが口元に浮かぶ微笑が、その目から受ける印象を打ち消していた。

 人間を嘲笑うかのような、しかし冷たさを感じさせない。どこか包み込まれるような印象も抱く。表情、目の動き、口の形、複雑に変化するそれらによって、女の正確な年齢をわかりづらくしていた。

 

「あ、貴方は……」

 

 公爵の言葉に、女が一度目を伏せてから一瞥した。這いつくばる公爵を嘲笑う様な、非常に洗練された流し目。

 

「言ったでしょう?貴方達が私を喚んだと」

 

 この声だ。

 美しい女ではある。だがこれ以上の美貌ならば、舞踏会でさんざん見せつけられた。だがしかし。魔導国に魅せつけられた魔性の美を超える何かが、この声には有った。この声に全てを奪われ、支配されている。

 幼い少女の様な、それでいて熟練の高級娼婦でも出せないような艶が、その声にはある。

 

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「どうか!どうか真の姿を我らに御見せ下さい!」

 

 誰の願いだろうか。

 突如合わされた女の目が此方に向けられた。そこで初めてその声が、自分が挙げたものであると気づいた。

 

「いいわ、見せましょう。貴方達に、私の真の姿を」

 

 そう言って女の体が、ドロリと崩れた。

 

 

 

 

 

 

 ぶくぶく茶釜の人間の姿が崩れ、溶けだしていく。

 肉が流れ落ち、骨が蒸気を上げながら溶け出していた。

 勿論本当にぶくぶく茶釜の体が溶け出している訳では無い。アインズの幻術魔法による演出だ。

 先ほどの<転移門(ゲート)>も、ぶくぶく茶釜の人間体も、今溶け出している肉体も、すべてアインズの魔法による演出だ。

 ぶくぶく茶釜の人間の姿は昔リアルオフ会で見せた、当時のそのままの姿だった。アインズが自分の記憶をわざわざ魔法で探り、寸分の狂い無く再現してくれた。……若干自分の記憶より胸が少ない気がしたが。

 最初の地下室に反響する声だって、ヘロヘロが潜み、声を増幅するマジックアイテムを使い音響効果を狙ったもの。5.1チャンネルサラウンドみたいなものだ。

 演出アインズ、音響ヘロヘロ、演者ぶくぶく茶釜。

 この世界に転移し、久々の大芝居だ。幻覚系の違法薬物を使っている事も有り、効果は大きいだろう。

 

(しかし、催眠音声の仕事の経験がこんな所で活きるなんて……。やっぱり色んな役を演っておいて正解だったな。アイツには同人音声にまで手を伸ばしたかって速攻でバレてたけど、どんな経験もどこかで身を助けるんだよ)

 

 そうぶくぶく茶釜は、新しい芸名を使って受けた仕事なのに発売当日には「あれ、姉ちゃんだろう」と速攻で連絡してきた弟を思い微かに笑う。

 ぶくぶく茶釜の提案した作戦は、単純だ。

 この舞踏会で魅せられた魔性の美に傾倒する帝国貴族に、本当の化け物、すなわちぶくぶく茶釜の姿を見せつける事で、その歪んだ性癖を正す。

 そうは言っても、普通にぶくぶく茶釜が姿を見せて「ほら、化け物なんて結局こんなもんだよ?」と伝えても効果は薄いだろう。その為の、一芝居だ。魔性の美に傾倒したと言っても、本当の化け物を見せつければ、そんな気分も収まるはずだ。

 

 ぶくぶく茶釜の、アインズの幻術によって溶け出した肉が一か所に集まり、ピンク色をした肉棒に変わる。

 そこでぶくぶく茶釜はゆっくりと体を起こし、立ち上がった。

 ここまで演出をしたのだ。ここでぶくぶく茶釜が一言、「モン娘フェチなんてやめて、普通の性癖に戻りなさい」と言えば解決する。

 

「これで分かったかしら?これが私の、魔生の者の真の姿。理解できたのなら―」

 

「―女神だ」

 

(ん?)

 

 ぶくぶく茶釜の台詞を遮り、誰かが聞き覚えの無い単語を口にした。

 そしてぶくぶく茶釜は知ることになる。本当にモンスターのいる世界で、初めて芽生えたモン娘フェチというものの根深さと厄介さを。

 

「女神様!女神様のご光臨だ!」

 

 おお、という称賛の呻きが響く。

 ぶくぶく茶釜は嫌な予感を覚えつつ、目だけで周囲を見渡す。

 いない。

 女神など何処にもいない。

 何処を見渡しても、それらしき美しい存在はいない。

 何処を見渡しても、それらしい絶対者は存在しない。

 

 ならば残る答えは一つである。この場にソリュシャンが居れば彼女の事だろうと納得できただろうが。

 

 どうみてもそうとしか考えようがなかった。

 つまりは――

 

(――私が女神か!や、やりすぎたーーー!!)

 

 ぶくぶく茶釜が一番人間性を失ったと思っているアインズとヘロヘロが、たとえペロロンチーノに怒られないためにといった理由であっても、人間の少女を助けようと言い出した事が嬉しくて、気合を入れ過ぎてしまったらしい。

 

「贄を!女神様に若き魂を!」

 

 帝国の公爵がそう口にして、コスプレをした数人の貴族が慌てて狐面の少女達をぶくぶく茶釜の前にと運んできた。

 

「……え?」

 

 贄という言葉に、ぶくぶく茶釜が体を震わせる。

 

「おお、女神様が贄を喜び、卑猥な振動にその身を震わせておられるぞ!」

 

「ああ、あの激しい振動。御身に身体を委ね、その振動を当てられたら、私はどうなってしまうのでしょう!」

 

「いや、女神様は!あの御方は魔導国至高の四十一人、ぶくぶく茶釜様だ!」

 

「素晴らしい!女神様の正体は魔導国のぶくぶく茶釜様であられたのか!帝国は!我らは!女神様の庇護下に置かれたのか!」

 

「なんて素晴らしいんだ!アインズ・ウール・ゴウン魔導国万歳!」

 

「魔導国万歳!ぶくぶく茶釜様の祝福を我らに!」

 

 口々に帝国貴族が叫んでいる。

 もはやぶくぶく茶釜には、この事態の収拾の付け方がわからない。どうしたらいいのか、見当もつかない。

 

「…………」

 

 遠くを見れば、姿を隠したアインズとヘロヘロが感心した様に頷いているのが、ぶくぶく茶釜の目には見えていた。

 流石茶釜さんですね。まさかこの演出が神になる事に繋がっていたとは。そう仲間達が好き勝手言っているのを、ぶくぶく茶釜の聴覚は捉えていた。

 

「さあ、ぶくぶく茶釜様!新鮮な生贄の血を浴び、その光沢をより一層輝くものに!」

 

「……あー、うん、それはいいから。とりあえず皆今日は解散しようか。その子達は連れ帰るけどいい?」

 

「勿論です、ぶくぶく茶釜様!我らの贄をお持ち帰りください!」

 

「……あー、うん、ありがとう。……ああ、違法薬物とかもう使っちゃ駄目だよ?」

 

「畏まりました!すぐに処分させて頂きます!」

 

「ああ、うん。よろしく。それじゃあ解散……」

 

「ぶくぶく茶釜様!次回の会合はいつ頃に!?次はいつその御声を聞かせていただけるのでしょうか!?」

 

「……あー、うん、次ね。…………マジかよ…………。うん、うん。声ね。うん、考えておくから……」

 

 歓喜に震えるコスプレ貴族達に、ぶくぶく茶釜は曖昧に頷いた。

 

(……ナザリックに戻ったら、声を録音して再生するマジックアイテムが無いか調べよう。……もう私の催眠音声を定期的に供給するくらいしか、思いつかないよぉ)

 

 

 

 

 

 

 ナザリックに戻ったアインズたちは円卓で、昨夜の出来事を愉快そうに語っていた。

 

「いやー、驚きました。まさかああいう形で事態を収めるとは」

 

「本当、流石ですね。プロの仕事を見せて、いや、聴かせて貰いました!」

 

 興奮した二人とは違いぶくぶく茶釜は、円卓の上に疲れ切って項垂れたように頭を落としていた。やらかした。弟とヘロヘロに偉そうに言っておきながら、盛大にやらかしてしまった。

 

「そう言えばあの生贄の二人はどうなりました?」

 

 アインズの問い掛けに、ぶくぶく茶釜が疲れ切った声で答える。

 

「ユリとペストーニャに預けてある。あの子達はアインズ・ウール・ゴウン魔導学園最初の生徒になる予定」

 

「あの後レイナースに調べて貰いましたが、どうも実の両親に売られてしまった子達のようです。没落貴族の出身らしく、親に借金があったようですね」

 

 ぶくぶく茶釜の言葉にヘロヘロが続く。

 

「ほお?それでその両親はどうしました?」

 

「ソリュシャンに、今回の褒美として好きにしていいと伝えました。いやー、ソリュシャンの褒美も手に入れられて、いい遠征になりましたよ」

 

 明るくヘロヘロは伝えているが、今頃少女を売った両親はろくでもない目にあっているだろう。

 だが正直に言えば子供を売る様な親なんてカルマ関係なしに、どうなろうが興味はない。別段、止めもしなかった。たとえやまいこ達に知られても、ああいう手合いはカルマ+組の方が嫌悪感はあるだろう、問題は無い。ウルベルトならば、余計にだ。

 

「ねー、うちのメンバーでさ。シナリオ書ける人いたっけ?NPCでも良いけど」

 

「シナリオですか?」

 

「うん、至急2~3本上げて欲しいんだ、私役作りに結構時間使う方だし。……はー、なんでこんな事に……」

 

 そう言ってぶくぶく茶釜は再び、円卓に突っ伏すのであった。




書籍版なぞるだけでは無く、今回もwebからパクりました。

卑猥な振動という表現は、頂いたコメントからパクりました。

隙あれば、パクるのさ。

やっと追いつきました。

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