至高の方々、魔導国入り   作:エンピII

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 至高の方々、ナーベラルの想いを知る

 ウルベルトは、クアゴアと呼ばれる亜人、獣人の群れの中心をゆっくりと闊歩する。

 クアゴアたちは手を出してこない。誰もが山羊の悪魔、すなわちウルベルト・アレイン・オードルの姿に、力に怯えている。

 蹄の音を坑道に響かせ、笑みさえ浮かべ悠然とウルベルトは歩いて行く。

 歩けば怯えたクアゴアが後ずさり、道が開かれていった。

 

「退くな!」

 

 ウルベルトが適当に目を付けていた一体のクアゴアが、震える声を隠しながらそれでも叫んでいた。

 ウルベルトが目を付けたのは、その集団の毛皮に赤い色が混じっていたからだ。

 最初にクアゴアを捕らえた際に、ついでに聞き出せる情報は聞き出しておいた。どうやら毛皮に色が付いたものはブルー・クアゴア、レッド・クアゴアと呼ばれるエリート種らしい。

 その情報を得ていた為に、ドワーフの砦を襲うためのクアゴアの群れの中から指揮官らしい集団を見つける事が出来た。

 ウルベルトは千を超えるクアゴアの集団を前に、何の手も打たず、ただまっすぐに、その指揮官らしき集団まで歩を進めているだけである。

 それだけで、クアゴアたちは引き下がっていくのだ。

 

「祖先がデレの地で笑われるのを良しとするのか!」

 

 その言葉に、一部のクアゴアが動き出した。デレの地の意味はウルベルトには分からないが、要するに祖先の誇り云々だろうと推測する。

 そしてクアゴアの群れから勇敢なものが、祖先の誇りというものを大事にする者達がウルベルトに爪を立て、襲い掛かってきた。

 

「さて」

 

 それだけ呟いてウルベルトは襲い掛かってきたクアゴアに自身の腕を払った。悠然と、煩わしそうに。

 

「ギャッ!」

 

 ウルベルトの爪がクアゴアたちの毛皮を切り裂き、血に濡れる。

 血が滴る自身の爪をウルベルトは見つめる。切り裂かれたクアゴアは死にはしてないが、動けるような傷では無い。

 

(傷つけたというのに、何の感情もわかないか)

 

 マイナスに偏ったカルマの影響を事前に知らされていたので、人間だった頃との違いに、それほど驚かなかった。

 リアルでは、人を傷つけた事にあれほど動揺したというのに。

 

「行け! 恐れるな! いくら鋭い爪を持っていようが、奴は一人だ!」

 

 指揮官の叫びと、血が流れたことによって戦意に火が付いたのか、クアゴアたちが一斉にウルベルトに襲い掛かってくる。

 

(厄介だな)

 

 ウルベルトは迫るクアゴアに対してそんな思いを抱く。

 殺すだけならば容易い。魔法の一つでも放ってやればいい。

 千を超えるクアゴアを焼き尽くし、その焼けた肉と毛皮の臭いを嗅ぎ取っても、ウルベルトの感情に何の揺さぶりも起こさないだろう。

 それが分かるからこそ、ウルベルトは一つの魔法を選択する。

 

「<時間停止(タイム・ストップ)>」

 

 瞬間、時が止まる。

 ウルベルトに襲い掛かろうとするクアゴアたちが、爪を突き立てようとする姿のまま。

 仲間達と相談し、クアゴアたちは魔導国に引き入れる事が決まった。七色鉱を探させるという意味では、ドワーフたちよりも重要度は高い。

 だから殺すわけには行かない。数を減らしたくはない。

 今仲間達はこの山脈の方々に散っている。

 やまいことペロロンチーノは、クアゴアの本隊が居るというドワーフが放棄した都市に向かっている。クアゴアの王である氏族王というのを懐柔し、魔導国に引き入れるためだ。

 残りの武人建御雷と弐式炎雷、そしてウルベルトの仕事はドワーフに侵攻するクアゴアの部隊の捕縛だ。

 建御雷は麻痺などの特殊効果が籠められた太刀を振るえば、殺さずにクアゴアを捕縛できるだろう。

 弐式炎雷に至っては言わずもがなだ。彼の手札の多さはアインズにすら匹敵する。羨ましいくらいだ。

 

 最後にウルベルトには。

 ウルベルト・アレイン・オードルの手にはどれほどの札が握られているか。

 実は、圧倒的に少ない。

 火力に特化した職業に魔法を選択してきた為に、殺さずにといった手段が仲間内では圧倒的に乏しい。

 クアゴアは弱い。

 先ほど軽く爪で触れただけで、簡単に切り裂いてしまったほどだ。それも魔法職のウルベルトが。

 もしもウルベルトが火力魔法を唱えたならば、低位階であっても容易く命を奪うだろう。

 ならばどうするか。

 一体一体、殴って無力化させるか。

 時間は掛かるが無理ではない。だがウルベルトは浮かんだその案を一蹴する。

 無様だ。なによりウルベルト・アレイン・オードルらしくない。

 催眠魔法を使うか。

 手としては悪くないが、それもいささか無粋だ。

 

 ウルベルト・アレイン・オードルならば。

 圧倒的な力をもって、相手を屈服させなければならない。

 

 今回は命を奪わずにという条件が付くだけだ。たったそれだけで、ウルベルト自身がウルベルト・アレイン・オードルを貶めてはならない。

 そろそろ<時間停止>の効果が切れる。

 考え事をしていても、無意識に時間を数えていた。時間停止が切れた瞬間に発動するように魔法を使うタイミングは、ユグドラシル時代にアインズ、あの頃はモモンガや、タブラなどと共に練習をした。

 呆れるほどの訓練時間を費やして、ウルベルトたちは使えるようになったのだ。この数年ユグドラシルを意図的に忘れ、考えないようにしてきたというのに。あの頃の感覚は身に沁みついているらしい。

 少しだけウルベルトは自嘲気に笑い、すぐに打ち消した。

 そして切る。数少ない手札の一枚を。

 

「<魔法範囲拡大(ワイデンマジック)首狩り(ネックハント)>」

 

 同時に時が動き出す。ウルベルトの魔法の効果と共に。

 

「が!? ぐがぁああ!!」

 

 クアゴアたちが、宙に吊り上げられた。

 千を超えるクアゴアたち全てがだ。

 見えない手のような力場に首を掴まれ、肉体ごと浮かばされているのだ。

 首を掴む見えない手を振り払おうと、クアゴアたちが足をバタつかせながら抗う。しかしすぐに動きを止めて、その足が脱力したようにだらりと垂れさがった。

 殺しては当然いない。相手の動きを止めるスタン魔法だ。気絶させただけに過ぎない。

 手も使わずに相手の首を締め上げる効果を気に入って習得した魔法だ。

 首を吊り上げられ、だらりと脚を伸ばす千を超えるクアゴアの群れ。

 その中心で悠然と佇む山羊の悪魔。

 まさにウルベルトに相応しい光景だ。

 だが。

 

「……しまったな」

 

 ウルベルトは吊り上げられた赤い毛皮のクアゴアたちを眺めながら、自らの失敗を悟り不満そうにひとりごちる。

 

「名乗りを、忘れていた」

 

 

 

 

 

 

「まずは名乗らせて頂こう。私はアインズ・ウール・ゴウン魔導国至高の四十一人ウルベルト・アレイン・オードルという」

 

 ウルベルトは先ほどの失敗を繰り返さないために、ドワーフの国のトップ、摂政会を前に最初に名乗りを上げる。

 名乗りに対して、八人のドワーフたちは驚いているのか、反応が無い。

 クアゴアを捕縛するついでに砦を救ったので、すでにドワーフの総司令官とは話をしているが、その彼も疲れた顔をしているだけだ。

 そのドワーフたちの反応に、ウルベルトの背後に控えるものが手にした銀色のハルバードの石突を石造りの床に打ち付けた。

 床が砕け、大きな音を立てる。

 ウルベルトの背後に控えるのはコキュートス。その彼がウルベルトの名乗りに答えないドワーフの態度に、静かな怒りを見せたのだ。

 ウルベルトが振り返らずに軽く手をあげると、コキュートスは一礼し、それ以上の動きを止めた。

 だが効果は十分だ。慌ててドワーフが非礼を詫びてくる。

 

「も、申し訳ありません、ウルベルト・アレイン・オードル様。ご無礼を致しました」

 

「構わないさ。この先の会談が有意義なものになるのならば」

 

 ドワーフの国に侵攻するクアゴアを、ウルベルト達は漏らすことなく全て捕らえる事が出来た。捕らえたクアゴアは弐式炎雷が影に放り込み、拘束している。

 やまいこ達が氏族王というのを懐柔してくれば、解放し魔導国の民とする。

 ウルベルト達が、離れた侵攻するクアゴアを捕縛する事が出来たのは弐式炎雷の活躍によるものだ。彼が本体と先行させていた分身の影を繋ぎ、ウルベルトと建御雷をクアゴアの部隊が展開する場所まで送り込んだのだ。

 侵攻を事前に防ぎ、尚且つウルベルトがドワーフの砦付近で力を振るった事で、ドワーフ達に力を示すことも出来た。

 おかげで交渉を有利に進める事が出来るだろう。

 ウルベルトが望むものは、ドワーフの国と友好的な国交。それにルーン技師の引き抜きだけだ。見返りは魔導国の武力。

 この辺りはアインズと<伝言>で相談済みだ。

 仲間達と相談した理想の落としどころは、まずは引き入れたクアゴアに七色鉱の探索をさせ、ついでに鉱石資源も得る。それをドワーフの国に運び入れ、武具を生産してもらう。そして出来上がったドワーフ産の武具を、魔導国が自国に引き入れた冒険者に安価に提供する。

 クアゴアは鉱石を得られ、ドワーフは武具生産で外貨を得られ、魔導国はドワーフ産の優秀な武具を売りに冒険者を得られる。

 色々と穴はあるが、その辺りはデミウルゴスやアルベドが上手くやるだろう。丸投げだが、自分達ではこれくらいが良い所だ。

 

 さてと一言言いウルベルトは、ドワーフ摂政会に話を切り出していく。 

 そしてその感触は悪くなかった。彼らからすれば、クアゴアの脅威が取り除かれ、それらが占拠するかつての王都とやらも戻ってくるのだ。悪い話ではないハズだ。

 それなのに、一人だけ異を唱える者が居る。

 鍛冶工房長というドワーフだけが、こちらに敵意の籠った顰め面を向けてくる。理由は色々あるだろうが、なによりもルーン工匠の引き抜きが気に入らないらしい。

 奴隷として連れて行く気か等々。

 そして最後にこうも言った。国家の平和を他国からの兵力で賄うのは危険が大きいと。

 それを摂政会というドワーフの、国のトップの一人が口にしたことに、ウルベルトのたがが外れる。

 

「……糞だな、お前」

 

「うぐっ!?」

 

 ウルベルトが無詠唱の<首狩り>を使い、鍛冶工房長を締め上げる。見えない力場によって吊り上げられ、宙に浮いたドワーフが短い足をバタつかせながら暴れている。

 

「お前、自分が何を言っているのか理解できているのか?」

 

 ウルベルトの怒りが籠った声に、ドワーフ達が慌てたように席を立つ。逃げるのか、仲間を助けるために抵抗するのか、そのどちらの為かは分からなかったが、瞬間コキュートスがハルバードを振り、その動きを制する。

 

「平和を他国からの兵力で賄うのは危険が大きいだと? 総司令官、俺が捕まえたクアゴアの数を見たはずだな。お前たちはアレに対処できたのか?」

 

 ウルベルトが山羊の瞳を総司令官に向ける。

 その怒りが籠められた金色の瞳に、総司令官は震え首を振る。

 

「だそうだ。……お前は知っているのか? 踏みにじられる側の痛みを」

 

 この男は、国のトップとして平和を謳いながら、自分達だけではそれを為し得ない事を理解していない。

 弱者が、敗者が、負け組が。

 どういった思いで生きていくのか、そして死んでいくのか。それを知っている者ならば、そんな事は言わない筈だ。知っている者なら、想像できる者なら、たとえそれが悪魔の手であろうとも取るはずだ。

 力無く、不平だけを口にし、踏みにじられるだけだったかつての自分の様に。

 

「お前が守りたいものは何だ? 誇りか? 矜持か? そんなものは、糞くらえだ。お前が守るものは、民だろう」

 

 理想を語るには力が必要だ。

 何かを犠牲にする事が必要だ。

 覚悟を決める事が必要だ。

 それが無い者は、永遠に負け組だ。復讐する事すら許されず、歯車になる事でしか生きていけないのだ。

 

「力を得る手段を選ぶ余裕が、お前にはあるのか? ……巫山戯るのも大概にしろ」

 

 ウルベルトは、失敗した。失敗したのだ。何も為さずに、踏み続けられたまま、何かを変えることなく、潰された。

 そして皮肉にも、そのおかげでこうして力を手に入れている。

 

「……ちっ」

 

 ウルベルトが魔法を解き、鍛冶工房長が解放された。音を立てて石床に落下する。解放された鍛冶工房長は気絶し意識を失っていた。仲間の無事を確認するように、他のドワーフが駆け寄っている。

 

「すまない、失礼をした」

 

 結局、同族嫌悪だ。鍛冶工房長はかつての自分だ。力も無く、不満だけは大きい。それに気付いた瞬間怒りが抜けた。というよりも情けなさが勝った。

 建御雷は今ルーン技師を魔導国に引き入れる交渉をしている。その為にウルベルトがドワーフのトップとこうして交渉しているのだが、失敗をしてしまった。

 どうにか挽回の手を打とうと思案する。 

 コキュートスにも無様な姿を見せてしまった。何らかのフォローが必要だろう。当初の予定ではコキュートスの武具を見せつけ、この力に近づきたくないかと、そう心をくすぐるつもりだったが、ウルベルトが怒りを発散してしまったためにすべてを台無しにしてしまった。

 ドワーフ達が何事が囁き頷き合っている。ウルベルトにはそれが破滅へのカウントダウンに見えて嫌だった。

 

「ウルベルト・アレイン・オードル様」

 

 総司令官が話しかけている。

 ウルベルトは内心の焦りをおくびにも出さずに、悠然と構えて頷く。

 

「貴方の御心に触れた気がします。我が国との友好の件、謹んでお受けします」

 

 頭を下げるドワーフ達に、何が起きたと混乱しつつも、ウルベルトは口元に笑みを浮かべた。

 

「こちらこそ、ドワーフの諸君」

 

 なんで上手くいったのだろうかと思いつつも。

 

 

 

 

 

 

 へジンマールは己の父がゴム毬の様に殴り飛ばされては、跳ね返ってくる光景を初めて見た。

 クアゴアを引き連れ現れた三人。

 醜悪な怪物に、鳥の羽を持つ戦士、そして銀髪の少女。

 そのうちの一人、やまいこによって、父が殴り飛ばされているのだ。

 

「貴様! オーガ! いい加減にしろ!」

 

 殴り飛ばされていた父親が冷気のブレスを吐く。フロスト・ドラゴンが放つ極寒のブレスだ。

 それに対して、やまいこは何もしない。何もせずにブレスをまともに浴びて、そのまま気にせず父に歩み寄り、殴りつける。

 やまいこの手に嵌められたガントレットによって殴られた父が、再び盛大に床や壁に弾んでいる。

 

「がッ! 貴様! 霜の巨人か!?」

 

 冷気に対する完全耐性によって、己のブレスが通用しなかったからだろう。父親がよろよろと立ち上がりながら、そんな事を言う。

 

「オーガでも、フロストジャイアントでもありません」

 

 そしてそれはやまいこに否定されて、再び殴られている。

 自分は運が良かった。御三方が城の頂上より飛んで現れてくれたおかげで、最初に出会い、友好を結ぶことが出来た。いや、一番最初にやまいこの生徒になることが出来た。

 最初へジンマールは扉をぶち破って現れた三人とクアゴアに、怯えて声を失った。彼らは何の警戒も無く歩み寄って来て、へジンマールと自分の部屋、両方を眺めていた。

 戦闘になる事を恐れたヘジンマールが最初に三人組に伝えたのが、本が犠牲になるからここで暴れて欲しくないという懇願だった。

 キョトンとしながらも、やまいこはその願いに頷き、了承してくれた。

 そしてヘジンマールの鼻の先になる小さな眼鏡を見つけ、笑ってこう言ってくれた。「勉強家なんだね」と。

 あとは何を話したのかよく覚えていない。

 ただつまらなそうな鳥の羽が生えた、とんでもない力を秘めているであろう金色の鎧を身に付けた男とは違い、やまいこは笑顔でヘジンマールがなぜ学ぶのかを聞いてくれていたのは覚えている。

 気付けば自分は、やまいこを先生と呼んでいた。

 そしてやまいこは、少し困ったような顔を恐らくしたけれど、しょうがないなと呟く声は優しかった。

 

「貴方が大量の金品を、リユロさん達から巻き上げていると聞きました」

 

「それが何だというのだ! そいつらは俺の所有物だ! 奉仕するべき生ぶッ―――!」

 

 言葉の途中で、再び父親が殴られた。ドワーフの宝が眠る巨大な扉にぶつかって、戻ってきたところをさらに殴られる。

 

「……そう。貴方には教育が必要だね」

 

 そう言ってやまいこはガントレットが嵌められた拳を打ち付けて、小気味よく父親を殴り飛ばしている。

 「やめ―――!」「いい加減に―――!」「い、いくらなんでも―――!」そんなことを喚きながら殴られている父親から、ヘジンマールは視線を母竜たちに移す。殴り飛ばされる父親の姿に、母たちが逃げ出すのではと思ったからだ。

 やまいこからは、クアゴアを父の支配から解放しに来たとしか聞いていない。逃げたとしてもやまいこがどう思うか分からないが、恐らく怒りはしないだろうと思ったので、母たちが実際に動いたとしても咎めないつもりだった。

 そして母竜たちが僅かに動きを見せた瞬間、光の矢が床に突き刺さり、大穴をあける。

 

「やまいこ先生の授業中に退席しようなんて不良生徒は、学級委員長の俺と」

 

「風紀委員長シャルティア・ブラッドフォールンが許さないでありんす」

 

 母たちの動きを制した弓を構えた羽の生えた仮面の男と、銀髪の少女が笑っていた。

 先ほどまではやまいこの戦い――いや、授業を眺めていたはずだが、死角に居たはずの母竜たちが動きを見せた瞬間に牽制するあたり、やはりこの人達もヤバいとヘジンマールは直感で理解する。

 

「ああでも、他のお子さん達もこの場に連れてきて貰えますか? 折角のやまいこ先生の授業ですから」

 

 仮面の男が母竜達ににこやかに言う。

 しかし母竜達は動かない。いや、動けないのだ。先程放たれた光の矢は、一撃で竜を殺す威力が籠められていた。そんな一撃を無造作に放てる相手に、怯えて動けないのだ。

 

「ペロロンチーノ様のご命令が聞こえんしたの?」

 

 動こうとしない母竜達に、銀髪の少女が首を傾げてから笑顔を消し、表情を一変させた。

 

「さっさと連れてこい。ぶち殺すぞ」

 

 言葉に、母竜達が爆走していく。

 逃げようとはしないだろう。逃げればどうなるか、分かっているだろうから。

 

「逃げるドラゴンがいたら素材にしちゃおう、シャルティア」

 

「畏まりました、ペロロンチーノ様! ですがお望みなら、すぐにドラゴンたちを殺して素材にしてしまいんすが?」

 

「いきなり殺しちゃうのは、やまいこ先生に怒られちゃいそうだからなー。今の俺達は学級委員長と風紀委員長だし、先生の言う事はちゃんと守らないとダメだ」

 

「いめーじぷれいでありんすね? ではそのようにいたしんす」

 

 怖い事を平然と話している二人に、へジンマールは震える。

 そして兄弟たちが揃う頃には、スリムだった顔が腫れ上がってヘジンマールの様になった父親が、やまいこに屈服していた。

 そしてヘジンマールは再び初めて見る父の姿を目撃した。

 膨れ上がった顔で、ごめんなさいとクアゴアに頭を下げる父親に、やまいこは満足そうに笑っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

「……さて」

 

 ドワーフの国、摂政会の会議場から少し離れた、魔導国一行の滞在場所ですべてを眺めていた弐式炎雷は、背中を預けていた壁から身体を起こす。

 弐式炎雷は、影を通して全てを見ていた。武人建御雷が体育会系のようなノリでルーン技師を引き抜いたのも、やまいこがクアゴアを説得しフロスト・ドラゴンをどつき倒していたのも、ウルベルトが摂政会を懐柔するのも。

 ウルベルトに関しては後で謝罪をしようと思う。

 予め覗き見ている事は伝えてあるが、彼は自分のああいう姿を弐式炎雷、というより仲間には見せたくなかっただろうから。

 弐式炎雷は、先ほどから感知していた近寄ってくる気配に視線を向ける。扉に向けてだ。気配の主たちは直ぐに姿を見せる。

 

「おう、上手くいったぞ」

 

「こちらも何とかなりましたよ」

 

 部屋の扉を開けて現れたのは、建御雷とウルベルトだ。

 

「お疲れさまー。やまいこさんも終わったって。ついでにフロスト・ジャイアントにも挨拶してくるってさ」

 

 そう言って弐式炎雷は二人に向けて手を上げた。

 ウルベルトはその仕草に疑問気な表情を浮かべるが、建御雷は直ぐ理解したようだ。片手をあげて応じる。そこに至って弐式炎雷の意図を察したウルベルトが小さく笑って、こちらも片手をあげた。

 

「おっしゃ!」

 

 そして弐式炎雷は二人と手を打ち合わせる。功績、いや頑張りを讃える様に。

 手を合わせ打ち鳴らしてから、男三人は笑みを浮かべ、笑い合う。ベストの形では無いかも知れないし、自分達が見落としていることもあるかもしれない。それでも上手く行ったことには違いない。

 

「やまいこさんが戻ったら凱旋だな。そういやウルベルトさん、コキュートスの奴は?」

 

「総司令官と打ち合わせしてもらっていますよ。ドワーフの国に常駐させる戦力の相談を。まあ、クアゴアに続いてやまいこさんがフロスト・ドラゴンにフロスト・ジャイアントも屈服させたら、必要ないかもしれませんが」

 

 そう二人は笑っている。

 彼らを見て思う。

 弐式炎雷は、建御雷の様にルーン技師の引き抜きを上手く出来なかっただろう。

 ウルベルトのように、ドワーフ摂政会の懐柔も出来なかっただろう。

 やまいこのように、クアゴアやフロスト・ドラゴン達を屈服―――いや、教育することも出来なかっただろう。

 別段それは悔しい事ではない。向き不向きの話だ。

 自分達は仲間だ。仲間なのだから、出来る人がそれをやればいい。自分達は補う事で、ユグドラシルという長い時間を過ごしてきたのだから。

 だからこちらの世界でも、弐式炎雷しか出来ない事をすればいい。

 

「つー訳で、俺はちょっと魔導国を出るよ」

 

 そう宣言する。二人は驚いたように、意味が分からないというように、こちらに顔を向けてくる。

 

「シャルティアを洗脳した奴を見つけてくる」

 

 それが出来るのは、今は自分だけだから。

 

「……駄目だ、危険すぎる」

 

 ウルベルトが首を振る。

 

「ウルベルトさんの言う通りだ。自重しろ」

 

 建御雷から睨まれる。

 だが弐式炎雷はその視線からひらひらと身を躱し、笑った。

 

「一番の厄ネタだろ、これ。早めに問題を潰しとくべきだって」

 

「まだ早い。地盤を固めてからだ」

 

 ウルベルトの金色の瞳が、弐式炎雷をまっすぐに捉える。位階魔法を使ってでも、無理やりにでも、弐式炎雷を行かせまいとする決意が見えた。本気が見えた。

 

「今しか無いんだって、ウルベルトさん。俺達しか居ない今しか」

 

 だから弐式炎雷も本気で応える。

 

「理由は分からないけど、皆魔導国に集まって来てる。それが良い事か悪い事かは人に依るけどさ」

 

「なら余計だ。戻るにしろ残るにしろ、戦力が増えてからの方がいい」

 

「ダメだって。シャルティアみたいに洗脳される様な事がまた起きたら、ペロロンさんが絶対に引かない。茶釜さんがどう止めたって、あの人は引かない」

 

「その話が、俺達しか居ない今にどう繋がるんですか?」

 

「……揉めるよ、また」

 

 さらりと言ってのけたつもりだったが、発せられた言葉は弐式炎雷の予想と違い随分と震えていた。その言葉にウルベルトが一瞬視線を逸らす。弐式炎雷はごめんと謝って、ウルベルトの肩を叩いた。

 

「ま、だからさ。潰せる問題は解決しておこうよ。解決は無理でも、特定できれば対策出来るし。俺達だけなら、まだ話は纏るよ。人数が増えたら、その均衡が崩れる。わかるだろう?」

 

 震えを隠す様に、ことさら明るく弐式炎雷は二人に言う。だが建御雷は弐式炎雷の忍者装束ごと胸倉を掴みあげ、ふざけるなと顔を寄せてくる。

 

「お前こそわかってねぇ。お前に何かあったらモモンガさんがどれだけキレるか、想像つくだろうが!」

 

 モモンガ、アインズのそういう一面は、弐式炎雷たちの良く知るところだ。あれはアンデッド化したからでも、身も心も異形と化したからでもない。彼が元から持ち得たもの。ただその攻撃性が、この世界に来て強まっただけだ。

 もし弐式炎雷が殺されたり、洗脳されるようなことがあれば、アインズの怒りはシャルティアの比では無いだろう。何もかもかなぐり捨てて、復讐を果たすだろう。その間にあるものを踏み潰し、どれだけの犠牲が出ようとも必ず成し遂げるだろう。

 

「……ま、その時はみんなで何とかモモンガさん止めてよ」

 

「ふざけんな、話にならねえ」

 

 建御雷が胸倉を掴んだまま、弐式炎雷を壁に押し付けようとする。だが壁に押し付けられるより早く、弐式炎雷の姿が霞の様に消えた。思わず建御雷がつんのめる。その姿を笑うように、再び現れた弐式炎雷が建御雷の背後から声を掛けた。

 

「……俺なら、こうやって何とか出来るから言ってるんだって」

 

 弐式炎雷の言葉に、ウルベルトが諦めたように息を吐く。ただ戦うのではなく、搦め手を使う弐式炎雷を無理やりに留めようとするならば、それが出来るのはこの場に居ないアインズだけだ。

 だがと、ウルベルトは弐式炎雷を軽く睨みつけた。

 

「……弐式さん、本音を隠してるだろう?」

 

 見透かされていた弐式炎雷は、うっと息を詰まらせた後に、困ったように口を開いた。

 

「……まあね。本当はすげえ興奮してる。昔言ったよね……バレたら死ぬかもしれない、そのギリギリ感がたまらないんだよ、俺。こっちの世界じゃ本当に命が懸かってるって思うと、信じられないほど興奮する」

 

 これも異形化が原因かなと続けた。

 馬鹿がと建御雷に軽く胸を叩かれて、弐式炎雷は体を揺らす。その親友に弐式炎雷は再び笑う。仕草に、諦めと達観があったからだ。

 

「勿論死ぬつもりは無いし、洗脳されるつもりもないよ。俺のせいで世界壊滅とか死んでても流石に寝覚めが悪いし、何より生還するからこそ、楽しいんだからね」

 

 諦めた二人に、そう弐式炎雷は締めくくる。

 建御雷が息を吐いて弐式炎雷に問い掛けた。

 

「ナーベラルはどうするんだ?」

 

「置いていくよ。当然だろう?」

 

 連れて行けるはずが無い。これから弐式炎雷は、場合によっては敵対プレイヤーが居るかもしれないギルド拠点等に潜入するのだ。

 

「まずは法国って所に行ってみる。そこで何も見つからなかったら、モモンガさんが情報見つけてきたギルド拠点っぽい所にも足を運んでみるよ」

 

 そう言う弐式炎雷に、やれやれと建御雷が虚空のアイテムボックスに手を伸ばす。そして取り出したアイテムを無造作に放り投げた。弐式炎雷は放り投げられたそれを慌てて掴み取る。

 

「おい、建やん! 世界級アイテムを乱暴に扱うなって!」

 

 放り投げられたのは一組の小手。世界級アイテム強欲と無欲だ。

 

「もってけ。モモンガさんから言われてたんだよ。お前が単独行動に出るようなら持たせてやってくれって」

 

「ぐお! 見透かされている!?」

 

「……帰って来いよ。お前に何かあったらブチ切れるのは、モモンガさんだけじゃねえぞ」

 

「俺もですよ。……俺に世界を焼かせたくないなら、無事に戻って来い」

 

 そう言う二人と、自分の性分を理解してくれていたモモンガにも弐式炎雷は頷く。

 

「……了! ちゃんと戻ってくるよ」

 

 そう言って弐式炎雷は部屋を出る。このまますぐに出掛けるつもりだ。背後から建御雷とウルベルトがゆっくりと追いかけてくる。見送ってくれるのだろう。

 一行の滞在場所として案内された建物を抜け、そこで弐式炎雷の足が止まる。建物を出てすぐの場所に、ナーベラルが片膝を突いて控えていたからだ。

 

「……どうした、ナーベラル。ナーベの格好なんてして?」

 

 弐式炎雷は内心の動揺を悟られないように、明るくナーベラルに問い掛けた。ナーベラルには適当な命令を与えて、離れさせていた。護衛のヘロヘロから借り受けた傭兵NPCの姿もない。

 何よりナーベラルがいつものメイド服では無く、深い茶色のローブという、何の変哲もない服に着替えている事に驚かされる。旅装のようだ。まるで何かを察した様に。弐式炎雷は、旅立つことを一言もナーベラルに伝えていないというのに。

 

「……ナーベラルは先にナザリックに戻っててな。俺はちょっと出掛けてくるからさ」

 

 そう言って弐式炎雷はナーベラルのポニーテールを優しく撫でてから、彼女の横を過ぎ去っていく。だがナーベラルは命には応えずに、無言で立ち上がり、弐式炎雷の後を付いていった。

 

「あのなあ、ナーベラル。俺はナザリックに戻って居ろって、命令をしたんだぞ?」

 

 無言で付いてくるナーベラルに弐式炎雷が振り返り、再度命じる。はっきりと命を受けたにも関わらず、ナーベラルは応えない。だがそれでもゆっくりと口を開いた。

 

「……お供致します」

 

 ナーベラルがそれだけを口にして、再び片膝を突いて平伏する。

 弐式炎雷は、ナーベラルの背中越しからこちらを覗いている建御雷とウルベルトに助けを求める。だが二人は、困ったように首を振る。二人もまたナーベラルの行動に驚いているのだ。

 ナーベラルは今明確に、創造主である弐式炎雷の命に反抗している。

 

「……ちゃんと伝えなかった俺が悪かったな。俺はこれから敵対プレイヤーが居るかも知れない場所に潜入する。プレイヤーがどういう相手かは、お前も分かるよな?」

 

 その問いに、ナーベラルは跪いたまま頷く。

 

「ハッ!かつてナザリックに攻め込んできた不貞の輩。……その力は至高の御方々と同格である存在です」

 

「そこまで分かっているなら、理解できたな? そんな場所にお前を連れて行けるか」

 

 そう言って弐式炎雷は振り返って、ナーベラルを置いて再び歩き出す。だがナーベラルの気配は離れない。こちらも再び立ち上がり、構わず付いてくる。

 瞬間、弐式炎雷は湧き上がった感情をぶつける様に、手近な石造りの建物に向けて拳を叩きつけた。

 

「ふざけんなッ!」

 

 拳を打ち付けられた石造りの壁に、大穴が開く。破片が飛び散り、散乱している。中にドワーフが居なくて助かった。その確認すら弐式炎雷が怠るほどに、激高していたのだ。

 

「六十三レベルのお前が付いてこれる場所じゃないんだよ! それぐらい分かれよッ、ナーベラル!」

 

 怒りに声を荒げる弐式炎雷の姿に、建御雷とウルベルトが驚愕している。当然だろう、そんな姿を弐式炎雷は仲間に、付き合いの長い建御雷すら見せたことが無い。動じるのも無理はない。弐式炎雷自身が、自分の行動に驚いているのだから。

 この場で弐式炎雷の怒りに微塵の動揺も見せないのは一人だけだ。

 ナーベラル。

 彼女だけが、眉一つ動かす事無く、自身の創造主の怒りを受け止めていた。

 

「……足手まといだ。付いてくるな、ナーベラル。……頼むよ」

 

 ナーベラルの瞳が、まっすぐに弐式炎雷に向けられていた。弐式炎雷はその瞳にたじろぎ、しっかりと見返す事が出来ず、震える声でそう願う。

 だがナーベラルは、創造主の願いの答えとは違う事を口にする。

 

「……私はナザリック戦闘メイド。六連星(プレアデス)のナーベラル・ガンマです。弐式炎雷様に、そう創造していただきました」

 

「なら務めを果たせ。お前の役割はナザリック第九階層の守護だろう」

 

「プレアデスである事が私の誇りです。その務めを果たし、至高の御方にお仕えるする事以外に、私の存在意義はありません。それが私の……全てです」

 

 ナーベラルが最後の言葉、全てと口にした時だけ、僅かに瞳を揺らした。

 

「全て、でした。そのはず……でした」

 

 弐式炎雷の怒りにも身動ぎ一つしなかったナーベラルが、少しずつだが迷いを見せる。いや、迷いでは無く、紡ぎたい言葉を、ナーベラル自身が上手く口にする事が出来ないのだ。

 

「……踊りを覚えました」

 

 ナーベラルが確認するように、ゆっくりと言葉を紡いでいく。

 

「人間という下等生物の前でも、笑う……口角を上げる事を覚えました」

 

 そう言ってナーベラルが自身の指を使って左右の口角を押し上げる。そうすることで、口元だけが笑ったように変化した。

 

「……仮面を戴きました」

 

 ナーベラルが胸元からアイテムを取り出す。舞踏会の祝賀会で弐式炎雷から授けられたマスクを。それを大事そうに胸に抱く。

 

「大きな篝火を囲み、共に踊る名誉も戴きました。……至高の御方々と守護者の方達、それと姉妹達と共に踊るのは……」

 

 そこで言葉を途切れた。ナーベラル自身がキャンプファイヤーの時に抱いた自分の感情に、言葉という明確な答えが出せていないのだ。

 

「……あれが、楽しいという感情だったのだと……思います」

 

 迷い、ようやく見つけた楽しいという言葉に、ナーベラルが微笑む。

 そしてナーベラルは腰に佩いた長剣を引き抜いた。

 その動きに、背後の建御雷とウルベルトが身じろぐ。

 ナーベラルが持つ長剣は、ユグドラシルの武器でもない、この世界の武器だ。なんの魔法効果も秘められていない。そんなものでこの場の誰も傷つける事は出来ない。

 ナーベラルは、その抜き放った長剣を弐式炎雷に差し出した。

 

「供に行けないのであれば、どうか私をお斬り捨て下さい」

 

 その長剣を振るうのが、弐式炎雷ならば、この武器でもナーベラルを傷つける、命を奪う事は出来る。

 

「……そんな事、出来る訳無いだろう……」

 

 弐式炎雷は、ナーベラルに気圧されたように後ずさりながら首を振る。

 

「なんでだよ……。俺なんて、モモンガさんと比べたら何でも無いだろう? なんでお前は俺なんかに……。ナーベラルだって覚えてるだろう……。俺はモモンガさんと違って、お前たちを置いてどっかに行ってたんだぞ!」

 

 弐式炎雷は、一度ナザリックを捨てた。

 そのうえで厚かましくも、創造主という理由で、ナザリックの支配者としてナーベラルに振る舞っている。それが許されるのは、本来ならばモモンガ、アインズだけだというのに。

 アインズがそれを仲間に許すからに過ぎない。その好意に甘えてるだけだ。

 決して、ここまでの忠誠を、ナーベラルから向けられる男ではない。

 

「お前はモモンガさんに仕えろ。……ナザリックにはさ。ユリたち姉妹もいるし、建やん達だっている。寂しくなんかないさ」

 

 その弐式炎雷の言葉に、ナーベラルは目を伏せ迷うことなく差し出した長剣を、自分の首に押し当てた。

 

「だからッ!!」

 

 剣が引かれるより早く、弐式炎雷がナーベラルの手を押さえつけてその動きを封じる。ナーベラルの手を握り、彼女を抱き締める様な形の弐式炎雷が再び叫ぶ。

 

「なんでお前はッ、そこまで出来るんだ!?」

 

「……私は、創造主が戻られたナザリックを知りました。いえ、思い出してしまったのです」

 

 震える声の弐式炎雷と違い、ナーベラルは美しい微笑みを浮かべて、はっきりと創造主の問に応えた。

 

「……貴方の居られないナザリックは、悲しいだけです。もう、耐えられないから……。私を置いていくのならば、どうかお情けを」

 

 殺していって下さいと、ナーベラルは微笑む。 

 その悲しく、それでいて美しい笑みを浮かべるナーベラルに、弐式炎雷は飲み込まれていく。そして、ゆっくりと笑い出した。

 

「ハ……ハハハハハ!」

 

 笑いながらナーベラルの手から剣を奪い取って、投げ捨てる。

 カランッと音を立てて石畳みに長剣が転がった。その長剣を目で追っていたナーベラルが驚愕する。弐式炎雷に、強く抱き締められたからだ。

 

「そうだよな。……置いていかれるのは、怖いよな。もうそんな目には遭いたくないよな」

 

 そこまで言って、弐式炎雷はナーベラルを解放し、成り行きをじっと見守ていた建御雷達の方を見る。

 

「悪い、建やん。ナーベラルは連れて行くよ。それでいいな、ナーベラル? 俺に付いて来い。一緒に行こう!」

 

 弐式炎雷の問いかけに、真っ赤になったナーベラルが、慌てて三度目の片膝を突き、応えた。

 

「……は、ハッ! 畏まりました! 弐式炎雷様!」

 

「だけど一つ条件だ、ナーベラル。俺が本気でヤバいと思ったら、お前は大人しく俺の影に隠れる事。これだけは守れ」

 

「……ですが、それでは弐式炎雷様の盾となって死ぬことが出来ません」

 

 真面目な顔でそう言うナーベラルの頭頂部に、弐式炎雷は無言でチョップを叩き落とす。痛みと困惑に、ナーベラルは涙目の上目遣いで創造主を窺う。

 それに弐式炎雷は、本当にこいつはと笑った。

 

「俺だってナーベラルが居ないナザリックなんて、一瞬だって味わいたくないよ。お前は創造主に、そんな悲しい思いをさせるつもりか?」

 

 弐式炎雷の答えに、ナーベラルは嬉しさと戸惑いに支配され、視線を彷徨わせる。

 

「そ、それは。……で、ですが御方の盾になる事も私の務め。……でも、それで弐式炎雷様が、か、悲しまれるのなら……!?」

 

 混乱するナーベラルの頭を撫でてから、弐式炎雷は彼女の手を掴み立たせてやる。

 

「俺達が揃って、無事に仕事を果たしてナザリックに戻ってくればいいんだって。大丈夫、俺達なら出来るよ。……ダンスだって、上手く行ったろう? あれに比べれば、余裕だよ」

 

 そう言って弐式炎雷は、円舞曲の動きでナーベラルと共に一度、華麗に回って魅せた。

 

「んじゃ、二人とも、行ってくるよ。定期連絡は欠かさないから、よろしく」

 

「……ああ、気を付けろよ。無理だと思ったら引き返せ」

 

「当然! 俺はナーベラル第一だしね!」

 

「だ、第一……」

 

 第一という言葉を何度も繰り返すナーベラルを引き連れて、弐式炎雷が歩き出していく。その二人の背中を見送りながら、ウルベルトがポツリと呟いた。

 

「……創造主の居ないナザリックは、もう耐えられないか。身につまされますね」

 

「……ああ。俺は今の今まで、たっちさんがこっちに来ることを期待してた。あの人は戻る選択をするだろうが、その前に決着を付ければいいってな、軽く考えていたよ」

 

 だがと、建御雷は続けた。

 

「それで再び残されるあいつらNPCの気持ちが、あそこまでとは考えもしなかった。……クソッ、だからって茶釜さんたちにこっちに残れなんて言えねえよ……」

 

 その建御雷の言葉に、ウルベルトもまた答える事が出来なかった。


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