このシリーズでは出した事ない御方が主人公です。
至高の方々、魔導国入り ~かつてのAOG~ 前編
このゲームはつまらない!
「くっそー! ヘルヘイムって、異形種に有利なんじゃないのー!」
ヘルヘイム中央付近の森を、あたしは現在進行形の全力で駆けている。
正確には逃げているのだ。
感覚的には普通に二本足で走っている感じだけど、あたしは、ユグドラシルのアバターは、四足で森の中を力強く疾走している。
なんとか振り切ったかと、走りながら一瞬背後を振り返る。だけど追っ手は、あたしが思ったよりもずっと近くに居た。表情の無いユグドラシルのアバター越しでもわかる。こいつらはニヤニヤと笑いながら、あたしを追い詰めている。
きっとあたしという獲物を追い詰める狩りを、こいつらは楽しんでいるんだ。
「陰険な奴らめー! モテないだろう! お前らー!」
あたしを追ってくるのは人間種のプレイヤー達。
フィールドで見つかった瞬間に逃げ出したので正確な人数は分からないけど、たぶん六人チーム。
人間種のプレイヤーが、ヘルヘイムでチームを組まずに行動しないと思う。ユグドラシルを始めたばかりのあたしでも分かる。だからきっとそうだ。
そしてユグドラシルを始めたばかりのあたしには、仲間なんて居ないのだ! だから逃げるしか無いのだ!
「一人に六人で襲い掛かる卑怯者どもめー! ―――うぎゃ!?」
突然足が止まり、あたしは盛大に転がる。
勿論痛みは無いけど、アバターにはきっちりダメージが入っている。追いかけてくる奴らに、何かされたんだ。
「くっそー! なんだ! 何されたっ!?」
叫ぶけど、何が原因で自分が転ばされたのかが分からない。
本当に、このゲームは不親切だ。
何から始めたらいいのか分からないし、スキルの効果だって自分で覚えてみないと、どんな効果があるのか全然わからない。
詳細な説明コマンドを開けるアイテムやスキルもあるみたいだけど、三十レベル付近を上がったり下がったりしてるあたしには、当然そんな便利なものは無い。
分かるのは、あたしの影に一本の矢が突き刺さっていて、人間種のプレイヤー達がこっちを取り囲んでいるって事だけだ。
「足止め対策も出来てないぜ、こいつ」
「完全初心者の異形種に出会えるなんてラッキーだったな、わざわざ危険を冒してヘルヘイムまで来た甲斐があったってもんだ」
「いいからさっさと止めさせよ。この時間なら、もう1~2体狩れるだろう?」
「どうせなら、こいつのホームポイント見つけ出してやろうよ。楽なPK繰り返してクラスゲットだ」
人間種のプレイヤーが口々に好き勝手なことを言っている。あたしは異形の手を振り上げて、せめてもの抵抗、文句を言う。
「卑怯だぞ! PVPがしたいなら、一対一で掛かってこい!」
あたしの必死の抵抗に対する答えは、人間種プレイヤーたちの哄笑。
「PVP? 馬鹿じゃねえの。俺達がしたいのはPKだっての」
「お前せいぜい三十レベルだろう? 一対一でも負けねえって」
「異形種が、キモいんだよ」
「恨むなら異形種を選んだ自分を恨めよ? それか異形種狩りで得られるクラスなんてもんを作った製作をな」
「大したアイテムも持ってなさそうだけど、お前の装備ドロップは美味しくいただきまーす」
「売り払わず、こいつの目の前で捨てるのも面白くね?」
クソクソクソクソクッソ! こいつら本気でクソだ!
悔しい!
悔しくて仕方ないのに!
あたしの身体は! アバターは! 拘束されて何もできない!
こんな大きい手をしてるし! 鋭い爪だってあるのに!
こいつらに突き刺してやることも出来ない!
あたしはあまりにも弱い! 弱い事が悔しい!
強くなろうと、仕事から帰ってきてコツコツ積み上げた経験値が! 運よく手に入れた上級アイテムが!
こんな連中に奪われていく事が、堪らなく悔しい!
「んじゃ、また会おうぜ、新参異形種」
「キャラデリするなら、その前に声掛けろよ? 一レベルまで戻してやるからさ。せめて俺達の糧になれ」
「ぶっ! お前性格わっる!」
笑い声と共に、斧を持ったプレイヤーがあたしに止めを刺そうと振り上げる。
もうこんなゲーム止めてやる。そう思いながらも、せめてもの抵抗にあたしはこいつらを睨みつけていた。
だけど、斧があたしに触れる事は無かった。斧が振り下ろされるより早く、一体の異形種プレイヤーがあたしを庇う様に目の前に立ち塞がってくれたから。
「<
声と共に、庇ってくれた異形種が手を伸ばし、そして何かを握りつぶした。それだけで斧を持った人間種プレイヤーは膝から崩れ、消えていく。
魔法を唱えた異形種は、金と紫で縁取られた一目であたしなんかじゃ手に入らないと分かるアカデミックガウンを羽織っている。
種族は死者の大魔法使いエルダーリッチ―――いや、この人はきっとその最上位者、あたしが攻略サイトでしか見たことが無い存在、死の支配者オーバーロードだ。
あたしはしっかりと目を見開いて、人間種のプレイヤーを睨みつけていた。だから断言できる。一瞬前まで確かにこの人は居なかった。
そう、時間でも止めない限り、この人はあたしを庇う事は出来なかった筈なのだ。
「弱い……八十レベルを超えて、時間対策も怠っているとはな」
死の支配者が、何かを握りつぶした手を見つめながら呟いた。
「な、なんだ! 何処から現れた!?」
「オーバーロード!? 異形種の上級プレイヤーかよ!」
仲間をPKされたのに、こいつらはあっさりと逃げの選択をする。自分よりも弱い者は執拗に狩り立てるくせに、本当に嫌な奴らだ。
「我々の縄張りで、異形種狩りに励む奴らが居ると聞いてな。挨拶に来たのだよ。……まあ、いい。さっさと死ね。<
またあたしの知らない魔法だ!
逃げようとする人間種プレイヤーの一人を魔法で切り裂いて、一撃で屠る。
「縄張り!? まさかこいつ! アインズ・ウール・ゴウンか!?」
「いいから、さっさと逃げるぞ!」
逃げの一手を打った残り四人の人間種プレイヤーが、背中を見せて走り去っていく。
あたしは、こいつらにたとえ一撃でも仕返ししたい。それなのに、影を縫い留められたあたしは立ち上がる事も出来ないでいた。
「<影縫い>ですね。すぐに動けるようになりますから、安心して下さい」
あたしを救ってくれたオーバーロードが、笑顔マークのPOPアイコンを浮かばせながら、先ほどと違い優しい口調で話しかけてくれる。
「た、助けてくれて、ありがとうございます!」
あたしのお礼に、オーバーロードがにこやかな声で「いえいえ」と応えた。
「私たちの前身は異形種救済を是としていましたし、気にしないでく――いや、違うな」
何かを思い出したように、オーバーロードの彼が私に言い直してくる。
「誰かが困っていたら、助けるのは当たり前。――ですね」
再び、笑顔アイコンをPOPさせながらの台詞に、あたしのリアルの心臓が、大きく跳ねた気がした。
その鼓動を、悟られる筈も無いけど誤魔化す様に逃げた残りの人間種のプレイヤーの背中を見つめる。
二人倒されたとはいえ、あたしの心内は穏やかではない。
あたしは逃げる四人にも、仕返しをしたい。
だけど今は、あんな連中に何も奪われなかった事を良しとするべきだろう。
ユグドラシルのアバターに、表情の変化は無い。それでもあたしの無念さは伝わっているのだろう。オーバーロードが小さく笑った気がした。
「大丈夫ですよ。今私の仲間が追いかけていますから……<魔法距離延長化・完全視覚>」
あたしの視界が急に鮮明になる。それに伴って、随分先まで見通せるようになった。
そこで見て知る。
逃げた四人が、どうなっているのか。
人間種プレイヤーの一人が、大鎧に身を包んだ異形種が振るう大太刀によって両断された。
人間種プレイヤーの一人が、ピンク色の肉棒としか形容できない異形種の盾に弾かれて、体勢が崩れた所を金色の派手な鎧に身を包んだバードマンに射抜かれてた。
残る人間種プレイヤーの二人が、炎の魔法を受けて燃え上がっていた。燃え上がるプレイヤーを一瞥もせずに悠然と佇むのは、黒山羊の異形種。
この人たちは、あたしが何もできずに逃げ回るだけだった相手を、事も無げに倒して見せた。
あたしの恨みを、晴らしてくれた!
「……ふわぁ!! すごいッ、みんな強い!」
あたしの歓声に、オーバーロードの彼が、なぜか妙に嬉しそうに笑っていた。
「ええ、私の仲間は強いでしょう?」
「うん! でも、貴方もスッゴイ強かったです! 最初どうやってあたしを助けてくれたんですか?」
「<
「な、七十……」
今現在三十二レベルのあたしには、気が遠くなりそうなレベルだ。
「……このゲームは、お金も経験値もバンバン入りますから、そんなに時間は――」
オーバーロードの言葉を止める。彼の骨の眼窩の向き先を視線で追うと、影から黒いつくしのようなものがにょきにょきと生えてくる。
あたしは思わずギョッとする。影から出てくるなんて、そんなスキルも有るのかと驚いたからだ。
「この辺のPKプレイヤーはアイツらだけみたい。……そっちの子は無事?」
「ええ、弐式さん。……この程度の相手なら、用心してニチームで来ること無かったですね」
「ま、丁度いいイベントだったと思おうよ。死体も手に入ったしさ。……今誰か黒の叡智狙ってたっけ?」
「……ウルベルトさんとタブラさんは諦めていましたね。黒の叡智を摘まむと、どうしても瞬間的なDPSは下がりますから」
「あの二人は火力重視だしねー。んじゃ、とりあえず死体は保管庫行きで。新しい人が欲しがるかも知れないしね」
「そうしましょう」
二人の会話は、完全雲上人のそれだ。あたしにはさっぱり付いて行けない。
彼らが話している間に、恨みを晴らしてくれた他の異形種プレイヤー達もこちらにやってくる
「おっつー、モモンガさん。終わったよー」
「おつでーす、茶釜さん。ご苦労様でした」
「一時期下火になったけど、また異形種狩りが活発になって来たね。弟、何か知っているか?」
「うーん? どっかのサイトで、異形種狩りで得られるクラスがおススメでもされたとか?」
「俺達としてはありがたいですけどね。労せず死体が手に入れられる」
「だけどよ、ウルベルトさん。初心者狩りするような連中が増えるのは、ゲームの寿命を縮めるぞ?」
「うん。ボクも建御雷さんに同意。そういうクラスが欲しいなら、ちゃんとPVPを挑めばいいのに」
異形の集団が、続々と集まってくる。
「……ほわぁー」
あたしは思わず、感嘆の呻きをあげてしまった。
誰も彼もが、一目で分かる百レベルプレイヤー達。
恐らくだけど、身に付ける装備は伝説級、もしかしたら神話級かもしれない。
あたしからすれば、みんながみんな雲の上の存在だ。
「た、助けてくれてありがとうございました! おかげであいつ等にアイテムを奪われずに済みました!」
あたしはペコリと異形の頭を下げて、感謝を示す。
彼らは一斉に笑顔のアイコンを浮かべてくれた。そして「大丈夫?」「頑張ったね」と口々にあたしを労わってくれた。
見た目は怖い異形種プレイヤーなのに、それはわたしもだけど、良い人達だ。本当に、良い人達だと思う。
だからあたしは、せめてものお礼に、自分が持つ最上のアイテムを彼らに差し出した。
「……これくらいしかお礼が出来無くて、ごめんなさい。良ければ貰ってください」
上級アイテム。
きっとそれは彼らにとっては大したことないアイテム。それでもわたしがこの数週間のプレイで、ようやく手に入れた最高のアイテム。
「そんな、気にしないで下さい! 大事なアイテムでしょう? お礼なんて大丈夫ですから」
オーバーロードの彼が、困り顔のアイコンをPOPさせながら手を振る。ああ、本当に良い人だ、もっと早くに出会えてれば良かったなとわたしは思いながら、首を振った。
「……ユグドラシル始めたばかりですけど、引退しようと思うんです」
あたしの言葉に、彼らが静まり返った。
たぶんだけど、このままユグドラシルを続けても、わたしは今日みたいな悔しい思いをし続けると思う。
PVが盛んなこのゲームで、それも異形種を選択したわたしは、PKプレイヤーからすれば良い獲物でしかない。PKをされて、アイテムをドロップして、あたしを襲った連中みたいな奴らの糧にされるくらいなら、せめてこの人達に渡したい。
「だから貰って下さい。……アハハ、しょっぼいアイテムですけど、これでもあたしが仕事終わりのプレイで手に入れた最高のアイテムなんです……」
初めて手に入れた時はキラキラして見えたアイテムでも、彼らの前に差し出すと、あまりにみすぼらしくて、とても恥ずかしかった。
「……どうして、辞めちゃうの?」
帽子を被った異形種に、そう訊ねられた。優しい声、見た目からは想像できないけど、この人も女の人だ。
「……このレベルまでは直ぐ上がるんですけど、ここからが中々進まなくて……。今日みたいにPKに遭うのも、初めてじゃ無いんです。このまま続けても、きっと悔しい思いをするだけだから……」
しゃがみこんでわたしを覗き込む異形の瞳に、そう弱音を漏らした。
楽しみたくて始めたゲームで、これ以上悔しい思いをするのは、正直嫌だった。
だからあたしは、そう正直に彼らに伝えた。
そんなあたしの想いに最初に応えてくれたのは、オーバーロードの彼だった。
「……わかります。私もそうでしたから」
ユグドラシルのアバターに表情の変化は無い、だけど、声に籠められた感情は、なんとなく伝わってくる。声に籠められた感情は、たぶんきっと、シンパシーだ。
「……皆さん」
オーバーロードの彼が、仲間に振り返って何かを確認している。異形の集団は、その問いかけに頷いている。
その光景を疑問気に見ていたあたしの目の前に、キラキラと光る手紙のようなアイテムが浮かぶ。
キラキラと輝く粒子を撒いてくるくると空中で回る一枚の封筒。
「受け取って下さい」
オーバーロードの彼に言われて、その手紙に触れる。触れた瞬間、視界の隅に新しいウィンドウが現れた。それをタップすると、メッセージが流れる。
手紙は招待状だ。
それもギルド勧誘の。
ドキドキする。本当に良いのかと確認するように、あたしは取り囲む異形の集団に顔を上げた。
彼らは再び、一斉に笑顔のアイコンを浮かべてくれた。
ごくりと唾をのんで、あたしは招待状の参加するか否かの部分を、恐る恐るYesとタップした。
瞬間ベルが鳴った。
ベルに、あたしはアイコンを開いて確認する。
並ぶギルド構成員の一番下に、確かにあたしの名前があった。勿論正式登録じゃない仮登録だけど、あたしの名前が、確かに有るのだ。
ギルド、アインズ・ウール・ゴウンの名の中に。
途端に、あたしの視界一杯にウェルカムメッセージが届く。沢山の、本当に沢山のメッセージだ。まだ仮登録なのに、嬉しくて涙が出そうになった。
「ようこそ! アインズ・ウール・ゴウンに!」
そう言ってオーバーロードの彼から手を差し出される。あたしはその手をしっかりと握る。
エルダーリッチやオーバーロードには、触っただけでダメージを受ける<
「よ、よろしくお願いします!」
登録されたから彼らには伝わっているだろうが、それでもあたしは嬉しさから自分の名前を叫んだ。
「あたしは、杏――餡ころもっちもちッ! でぇふ!」
本名を伝えそうになって自己紹介を噛んで失敗したことが、あたしのギルドアインズ・ウール・ゴウン最初の思い出になったのは、内緒の話である。
◆
このゲームは楽しい!
「おーい、弟。あんちゃんの強化素材取りに行くから付き合ってー」
「おー、了解ー。何狙うの?」
「……
「……野生のヘロヘロさんかー……。今の構成は?」
「私にやまちゃんに、あんちゃん。それとお前だな」
「盾役に回復役、攻撃役が二か。エルダー・ブラック・ウーズ相手なら残りは魔法詠唱者が良いな。モモンガさんと、暇そうならウルベルトさん誘ってみるか」
「ありがとうー、ペロロンチーノさん!」
「いえいえ、気にしないで下さい。いつでも呼んで下さいよ」
どんどんレベルが上がる。どんどん装備が揃っていく。どんどんアイテムのランクが上がっていく!
仲間と、友達とプレイするユグドラシルがこんなにも面白いものだとは、あたしは思ってもいなかった。
今ではあたしのレベルも八十を超えて、流石に百レベルの戦闘には付いて行けないけど、それでも一緒に居ることぐらいは出来るようになっていた。
「気にしないで、あんちゃん。弟は好きに使っていいから」
「ありがとう、茶釜さん!」
「のー、茶釜、のー。そろそろ私の事はかぜっちって呼んでよー」
「……いいの?」
「良いの、良いの。はい、ご一緒に。かぜっち!りぴーとあふたみー、かぜっち!」
『かぜっち!』
あたしとペロロンチーノさんの声が重なる。
「……おい、弟? 私はお前には許可してないぞ?」
「……勝手に人の事使っていいとか言うからだろう?」
そう言って武器を構え合う二人にやまいこさんが笑って仲裁に入る。
「ハイハイ、喧嘩しないの。それで、弟君。二人とも大丈夫そう?」
「ああ、大丈夫だそうです。OKでました」
「古き漆黒の粘体相手だから、探索役犠牲にしても火力が欲しいからね」
「んじゃ、揃ったら素材狩りとデータクリスタル狩りにいこー」
「いこー!」
そう言ってみんなで、おーと手を上げる。
素材狩りに行く。そんなゲームの何気ない事が、気の合う仲間と共にだと、こうも楽しいのかとあたしは思う。
◆
「それじゃあ、餡ころもっちもちさんは以前犬を飼ってらしたんですか?」
モモンガさんからの質問にあたしは頷く。
「うん。小さい頃はね、あたしとか家族が帰ってくるとさ、嬉しくてうれしょんするの! あの頃は大変だったなー」
「うれしょん?」
「嬉しくておしっこしちゃうこと。あたしが帰ってくると、前足でじゃれ付いてきて、嬉しくてそのまましゃーって」
「ああ、なるほど。そういう事ですか」
「家の中だから後始末が大変でさ。 大変だけど、でもそれがスッゴイ可愛いの! ああ、この子、わたしが帰って来て嬉しいんだって分かるからさ!」
「……ふふ、餡ころもっちもちさんは犬好きなんですね」
色々と長々と語ってしまった事に気付いて、あたしはばつが悪そうに笑う。
「アハハ……。ごめんなさい、モモンガさん。あたしばっかり色々喋っちゃって……」
「いえいえ、構いませんよ。もっと色々聞かせて下さい。私も楽しいので」
「う、うん。……今はハムスターも飼っててね。その子も可愛いんだよ!」
モモンガさんの優しい声に、訳もなく心臓が高鳴る。この人はわたしの話を嫌な顔せず聞いてくれる。勿論ユグドラシルのアバターに表情の変化は無いのだけど、それでも感情は伝わってくる。これもDMMO-RPGの他の楽しさだと思う。
アインズ・ウール・ゴウンの皆はとても優しい。
ギルド長のモモンガさんは勿論だし、かぜっちに、やまちゃん。いつもあたしを誘って、いろんな場所に連れて行ってくれる。
それに付いて来てくれるのが、かぜっちの弟のペロン。同い年だと分かって、一番気安い間柄だ。
それだけじゃない、色々気にかけてくれるたっちさんにウルベルトさん。
戦い大好きの建御雷さんに、相棒の弐式さん。
平日はいつも疲れた声をしてるけど、休日に輝くヘロヘロさん。
ぷにっとさんに、ベルリバーさん。沢山の仲間が、レベルの低いあたしを気にかけて、遊びに誘ってくれている。
あたしはモモンガさんの骨の横顔をチラリと覗き込んだ。
「……どうしました?」
「ううん。あたしね、モモンガさん。みんなと遊べて本当に楽しいなーって、そう思ったんだ」
ああ、本当に楽しい! 毎日が楽しい!
◆
「ああ、山羊だ。黒ヤギだー。ねえ、ウルベルトさん。めぇーって鳴いて、めぇーって。ダメならモフらせて。お願いします!」
「……めぇー」
あたしのお願いに、モフられるほうが嫌だったのか、小さくめぇーとウルベルトさんが鳴いた。そのウルベルトさんの声に、隣に居たたっちさんが軽く吹き出した。
「これは……ふふふ、餡ころもっちもちさんのおかげで、とても貴重なものを見させて貰いました」
「……忘れろ」
「他の人にも、是非共有して貰いたいですね」
「頼む。……忘れろ」
「実は録音してたと言ったら怒りますか?」
「たぁぁっちぃぃぃっ!」
この二人は前までは色々あったらしいけど、あたしの前ではいつもこんな感じだ。仲良く喧嘩する二人に、あたしは用件を尋ねる。
「二人ともどうしたんですか?」
「ああ、すみません。餡ころもっちもちさん、今日はお暇ですか?」
たっちさんからの質問に、あたしは頷いて答える。
「ペロロンさんからイベントの提案があったんですよ。みんなだいぶ強くなったので、ツヴェーグの集落に急襲をかけましょうというものです。三チーム編成して行こうと思いますので、餡ころもっちもちさんも是非参加して下さい」
ツヴェーグというのは蛙に似た種族だ。ナザリック近くに彼らの本拠地が、集落がある。
九十レベルになった今のあたしなら、本拠地近くの八十レベルを超えるツヴェーグでも一対一なら余裕で勝てる相手だ。
あたしは頷いて、参加をお願いする。
「フフフ、今の俺なら薙ぎ払いながら進んでいける。楽しみだ」
「ウルベルトさん、MPの無駄は控えて下さいね。……奥に何が居るかわかりませんから」
「承知していますよ、たっちさん」
「ツヴェーグかー、鳴かれると厄介なんですよね? 仲間を呼び集めるから」
「ええ。まあ、でも。戦力的には十分ですから、そんな気にしないで大丈夫ですよ。むしろ集まって固まってくれるなら、好都合ですしね」
そう言ってたっちさんはウルベルトさんに視線を向けた。その視線を受けて、ウルベルトさんが無言で肩をすくめてみせる。けど、どこか満更でもなさそうだった。
「それじゃあ用意してきますね、たっちさん。出発時間と集合場所を教えてもらっても?」
「ああ、はい。二十時に一階層でお願いします」
「わかりましたー、それじゃあまた後でー」
ツヴェーグの集落の最奥と思われる場所。そこであたしたちは、とんでもない相手からの歓迎を受けていた。
「うわわわわわッ! おいッ、コラッ、ペロン!! 何が俺達も強くなったから、ツヴェーグの集落なんて余裕ですよ、だよ! ピンチじゃん! 今完全ピンチじゃん!」
「あー! ハイハイ! すみませんでしたッ! こんなの居るなんて、予想出来るわけないじゃん!」
ツヴェーグの最奥から現れた身長5メートルを優に超えるモンスターに、あたしたちは襲われていた。
蛙というよりは、鎧に身を包んだ仏教の怖い神様のような姿だ。
このモンスターが右手に持った漆黒の刃を一振りするだけで、無数の斬撃があたしたち目掛け飛んでくる。
「いいから二人とも下がれッ! 前衛は攻撃控えて! ヘイトが安定しない!」
両手に持った盾で斬撃を受け止めながら、かぜっちが叫ぶ。スキルを使っているはずなのに、かぜっちのHPがゴリゴリと削られていく。
その攻撃力に、あたしを含む前衛陣が攻撃を止めて、じりじりと下がっていく。
アインズ・ウール・ゴウン最硬のかぜっちであれだけのダメージを受けるのだから、このモンスターの攻撃力はとんでもない。
「……まさかこんなモンスターが居るだなんて。ツヴェーグ集落のフィールドボス? いや、エリアボスなのか……? 他のプレイヤーもこの集落にアタックは掛けているはずなのに、どこのサイトにもそんな情報は無かったぞ?」
三チームの指揮を取るぷにっとさんの呟きが聞こえてくる。よく分からないが、このボスがヤバい相手だと言う事は十分伝わってくる。
「ぷにっとさん! 一先ずは退きましょう! このままでは全滅です! 茶釜さん! 少しの間ボスを引き受けます! 回復をして下さい!」
モモンガさんがアンデッドを召喚してボスにぶつけていた。
「あんがとモモンガさん! やまちゃん、回復は抑えめに! こいつの挙動が少しおかしい! ヘイトは押さえておいて!」
「了解!」
『ナザリックを解放せし、愚か者どもよ。奴らによって封印されし我が幾億の刃、その身に受けるがいい』
そう言ってボスが漆黒の刃を振るう。
「ナザリックの名を出した……? まさか、ナザリック攻略プレイヤーがキーになって出現するボス?」
ぷにっとさんが考え込む間に、モモンガさんが召喚したアンデッドが数多の斬撃を受けてあっさりと倒される。
「いくら何でも、攻撃力が高すぎる!」
モモンガさんが叫ぶ。
「それなら私が!」
強力な酸性を誇るヘロヘロさんが、ボスの前に躍り出る。小さな体が一気に膨れ上がって、全力形態でボスの武器にダイレクトアタックを仕掛けていた。
「あぎゃっ!」
それでもボスの攻撃に微塵の影響もない。ヘロヘロさんが切り裂かれて、弾んでいる。
すぐにヘロヘロさんに回復が飛んできて、彼が立ち上がる。
「私の酸性が通りません!」
ヘロヘロさんの武器防具の劣化能力は、神話級アイテムにすら通ると聞いている。その彼の酸性が通らないだなんて、あたしには絶望的な宣告だった。
それなのに、叫んだヘロヘロさんの声が、何処か嬉しそうなのはどうしてだろう?
「……マジか」
「キタキタキタ! 来たぞ、これ!」
「殿は茶釜さん! やまいこさん! 申し訳ありませんが、お二人にお願いします! 今は無事に戻ることを最優先に!」
ぷにっとさんの指示に、皆が了承の声を上げる。その声には隠しきれない歓喜があった。
「ねぇ、ペロン! どうしてみんな嬉しそうなの!? ヘロヘロさんの酸性も通らないなんて絶望的じゃん!」
共に逃げるペロンに、走りながら尋ねる。
「ヘロヘロさんの酸性は神話級装備にだって有効なんだよ! それが通らないって事は――」
「ボスの武器は、それ以上のアイテムって事なんです!」
ペロンの台詞に、モモンガさんが続く。
やはり二人の声は嬉しそうだ。あたしは疑問に首を傾げそうになり、そして気付いた。
ボスが装備するのは、神話級よりも上のアイテムだという事に。
「……まっさか!」
「そう! あれは世界級アイテムだ! ハハハ! あのボスを倒せば、それが手に入るぞ!」
驚く私に、ペロンが嬉しそうに笑う。
振り返ればみんなそうだ。
ボロボロの敗走なのに、誰も彼もが嬉しそうに、笑い声が漏れている。
「ナザリックに戻ったら早速作戦会議です。明日は幸い週末ですから、人数も今日以上に集まりますよ!」
「やりましたね、モモンガさん! これで五つ目ですよ!」
「取らぬ狸のですよ、ペロロンさん。でも、そうですね!」
モモンガさんが嬉しそうな声で笑う。そして宣言した。
「あの世界級アイテムは、私達アインズ・ウール・ゴウンが獲ります!」
いつもと違うから、書き方も違う。
設定間違いは色々あるかと思いますが、いつもの事と。
そして各々のイメージがあるために描写は避けていますが、じぶんは今回の御方を熊としてイメージしています。