至高の方々、魔導国入り   作:エンピII

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スキル設定とかは、色々おかしい所あると思いますよ?


 至高の方々、魔導国入り ~かつてのAOG~ 後編

 タブラさんを中心に、ドーム状の立体魔法陣のエフェクトが展開していた。

 タブラさんが狙いを定めるのは、ツヴェーグ集落に出現した世界級アイテム持ちのエリアボス。この超位魔法はエリアボスと供に居る集落に湧くツヴェーグを一掃するためだ。

 

「……襲ってこない。ぷにっとさんの予想通りだね」

 

 魔法陣の中で、タブラさんが世界級アイテムを構えたボスを指さしながら呟く。

 予想通り、ボスはこちらが感知範囲に入るか、攻撃を、ダメージを与えない限り襲い掛かって来ないらしい。

 

「ええ。では皆さん、超位魔法冷却時間の時計合わせをお願いします」

 

 ツヴェーグ集落に集ったギルドの面々は総勢三十名。

 どうしても都合のつかなかった数人を除いて、ほぼ総戦力だ。普段は戦闘イベントに参加しないあまのまさん達生産職のメンバーも揃っていた。

 

「……よし、超位魔法はいつでも行けるよ」

「では、モモンガさん。戦闘開始の合図を」

「了解しました。―――皆さん。週末の夜に、これだけ集まって頂き、本当にありがとうございます。家族サービスや、職場の飲み会をキャンセルしてまで来て下さった方も居ると聞いています」

 

 そこで、思わずと言った笑いが一部から漏れる。あたしも当然笑ってしまった。

 

「その犠牲を無駄にしないためにも、今回のギルドイベント、世界級アイテム持ちのエリアボスの一発攻略を絶対に成功させましょう! みんな、勝つぞ!」

 

 おおっ! と一斉にあたしたちはモモンガさんに応えた。

 そして火蓋が切られる。

 あたしがアインズ・ウール・ゴウンに仮登録で参加して、初めての大イベントの。

 

「<終焉の大地(エンド・アース)>」

 

 タブラさんの超位魔法が発動する。崩れ去る大地に八十レベルを超えるツヴェーグ達が次々に飲まれていく。

 当然エリアボスは健在だ。超位魔法の一撃を受けたというのに、それほどダメージを受けていない。

 だが、それを合図としてギルドの皆が、四チーム一斉にエリアボスに襲い掛かる!

 

「<背後からの一撃(バック・スタッブ)>」

「<龍雷(ドラゴン・ライトニング)>」

「<衝撃波(ショック・ウェーブ)>」

 

 スキルが、魔法が乱れ飛ぶ。

 そのすべてがボスに突き刺さり、ほんの僅かにだが、確実にボスのHPを削っていく。

 本来アタッカーがいきなりヘイトを取らないように、序盤は攻撃を抑えるのが定石だ。らしい。そうあたしは皆から教わった。

 アタッカーがヘイトの上昇を抑えている間に、盾役がボスにヘイトコンボを叩き込み、ターゲットを取るのだ。

 だが、今は誰もボスにヘイトコンボを使っていない。何よりギルド一の盾役であるかぜっちが戦闘に参加せず、あたしと共に少し離れたこの場所で待機しているのだから。

 

「ぐおっ! 想像以上に反撃ダメージがえぐい!」

「耐えろ! アタッカーのタゲ回しで序盤は乗り切る作戦なんだから!」

 

 ボスに攻撃を仕掛けるアタッカー達が、ボスの振るう漆黒の刃に切り裂かれ、次々にダメージを受けて下がっていく。

 

「タゲを取りすぎないように! ですが攻撃の手も緩めずに!」

 

 あたしからは無茶としか聞こえない指示が飛ぶ。

 そんな無茶な指示でも、ギルドの皆はそれに見事に応えていた。

 世界級アイテムを持つエリアボスの攻撃には特徴があると、逃げ帰った初戦を終えたかぜっちが言っていた。

 ボスの台詞から推測される『幾億の刃』という、漆黒の刃から放たれる同時多段攻撃。一撃一撃のダメージ量はそれほどでもないけど、それが集約しほぼ同時に斬り裂かれるために、一気に大ダメージを受けるのだ。

 そして多段攻撃という特徴故か、攻撃を受けると一気にヘイトが下がってしまうらしい。

 ヘイトは攻撃を受ける事で減少する。盾役はそれをうまく調節しながら、タゲ保持に努める。

 だがこのボスのヘイト減少値は、通常のボスモンスターと比べて大きく、一人でボスの固定は無理という結論をかぜっちは出していた。

 

「回復は小さめに! アタッカーに継続回復魔法以外は極力掛けないように!」

 

 ぷにっとさんがフィールドに、自分達が有利になるよう自らのスキルで手を加えつつ、指示を飛ばしている。

 やまちゃん達ヒーラー陣はその指示を守り、大きな回復を使わずに継続効果のある回復魔法でアタッカーを癒していた。

 攻撃に耐えるだけのHPが戻ったアタッカーから再びボスに一撃を加え、再び斬り裂かれることでヘイトを調節する。

 かぜっちを除く盾役たちも、今回は火力寄りの装備に変更している。本来ならば複数いる盾役でボスのタゲを回していくのが一番の安全策だと思うが、この一戦に関しては違う。

 盾役は、当然だがアタッカーの火力に及ばない。

 だからこそ今回は、盾役に特化しすぎたともいえるかぜっちを除き、全員が少しでも火力を上げるための装備に身を包んでいる。

 

「よし! 七十%切った! 攻撃パターン変わるぞ!」

 

 ボスは、残りHPに応じて戦い方を変えていく。基本的にHPの減少と共に攻撃がどんどん苛烈になって行き、強力なスキルを使用し始める。

 さらに今回のボスは世界級アイテム持ちだ。

 ボスの攻撃は、世界級アイテムの幾重にも及ぶ強力な多段同時斬撃。

 だがそれだけでは、絶対に無いはずなのだ。世界の名を持つアイテムの効果が、ただそれだけのはずが無い。ぷにっとさん達アインズ・ウール・ゴウンの戦略組は、そう断言した。必ず別の効果が、真の力を秘めていると。

 そしてそれは恐らく、ボスのHPを一定の割合まで削った段階で発動すると。

 今回のボスの正しいであろう攻略法は、三十人というユグドラシル最大人数のチームで、何度も負けながらトライアンドエラーを繰り返し、その世界級アイテムの効果を見極め、それに対抗する事に特化した神話級アイテムを揃える事だと、ぷにっとさんは推測していた。

 そしてそれはあたし達社会人ギルド、あたしはまだ仮登録だけど、には難しい。

 ぶっちゃけそんな時間は無い。休日のタイミングだって違うのだ。今回これだけの人数が揃った事すら奇跡に近い。そんなトライアンドエラーなんて悠長な真似をしていたら、確実に他のギルドに先を越される。

 

 だからこその、盾役を極力排した超火力重視の構成。

 

 残りHPがある割合を超えた瞬間ギルド最大火力を以て、世界級アイテムの効果を使われる前にボス自体を倒してしまおうという、超々ゴリ押し作戦だ。

 一チームは生産職とあたしとかぜっちを含めたサブチームだけど、これにだって意味や役割はある。

 

「ヤバい! 回らなくなってきた!」

 

 フラットさんが叫んでいる。ボスのHPが六十%を下回り、更に苛烈さを増し、継続回復では追いつかなくなってきたのだ。これだけの人数でタゲを回していても、肝心のボスの一撃を耐えるだけのHPが回復出来る時間が稼げなくなってきている。

 

「どうする!? 一度全体回復するか!?」

「ダメです! やまいこさん以外耐えられません!」

 

 ヒーラーの防御力では、ボスのタゲを取った場合攻撃に耐えられるわからない。やまちゃんならば耐えるだろうが、理由があって今は温存しなければならない。

 それを踏まえ、一人のメンバーがその崩れかけた局面を立て直すべく、ボスに向かって行った。

 崩れ後退するメンバーの波に一人抗い、ゆっくりと歩いて行く。

 

「……少しの間時間を稼ぎます。皆さん、その間に態勢を整えて下さい」

 

 剣と盾を構え、白銀の鎧に身を包んだ一人の聖騎士。

 公式チートワールドチャンピオン。

 そのクラスを持つ、間違いなくギルド最強であるたっちさん。

 ボスが一人向かってくるたっちさんに狙いを定める。一振りで幾重にも分かれる斬撃が、たっちさん一人に向け降り注いでいく!

 だが、百レベルプレイヤーのHPをごっそりと削る世界級アイテムの攻撃が振るわれたのに、ダメージを受けたのはボスだけだった。

 

 驚愕が、ギルドに走る。確かにボスの攻撃はたっちさんに向けられていた。それなのに、ダメージを受けたのはボスだけという異常な光景。

 

「……あれは真似できない」

 

 かぜっちがポツリと呟いた。

 

「たっちさん、あの斬撃から身を捩って躱してカウンターを浴びせたの。ただそれだけ」

「……ただそれだけって」

「うん、普通は出来ない。少なくとも、私にはそんな真似できない」

 

 ダメージを受けていないという事は、ヘイトが減少しないという事。ボスは執拗にたっちさんに狙いを定め、世界級アイテムを振るう。 

 ボスからの数多の斬撃。もはやあたしの眼では沢山の光の軌跡が迫っているようにしか見えない。

 

「おおおぉぉぉぉ!」

 

 たっちさんは白銀の剣を振るい、その斬撃を全て弾いていく。信じられない光景だ。いや、ありえない光景だ!

 

「すごい! すごすぎるよ!」

 

 思わず歓声を上げてしまった。それ程までに、常軌を逸している。一体どんなスキルを使えば、こんな芸当が出来るのだろうか。

 

「……嘘、だろう?」

 

 その呟きは、ぬーぼーさんだ。探知能力に特化した彼に、ギルドメンバーの注目が集まる。

 

「……たっちさん、何のスキルも使ってない……。いや、勿論コンプライアンス・ウィズ・ローの補助もあるんだろうけど……」

 

 ぬーぼーさんが、たっちさんが身に纏う白銀の鎧の名前を上げる。神話級を超えて、ギルド武器にすら匹敵するという、ワールドチャンピオンのみが装備できるという鎧の名前を。

 そして続くぬーぼーさんの言葉に、ギルド全員が絶句する。

 

「たぶんあの人、眼の良さと反射神経だけでボスの多段攻撃を捌いてる」

 

 何度目かのあり得ないという感想。

 あたしも前衛職だからだ。そんな真似は絶対に出来るはずが無い。

 前衛の強さは、限界まで突き詰めれば、リアルの運動神経が問われると建御雷さんから聞いたことがある。でもそんなのは、本当に極々一部のプレイヤーだけだとも。

 だけどとも思う。

 たっちさんは、その例外とも言える一握りのプレイヤー達が競った大会での優勝者。ユグドラシルで数人しか居ないワールドチャンピオン。世界の名を冠する公式チート。

 

「……マジかよ? 確かにあの人の種族は複眼だけどさ、だからって……」

「異形種の種族特性まで使いこなしてるのかよ、マジでリアルチートじゃん、あの人……」

 

 もはや呆れて何も言えない。

 種族によって人とは違う器官を持つのが異形種の特徴でもあるが、出来るのと、使いこなせるのとでは話が違う。特に視覚などは、アイテムを使って通常の人間と同じように変更するのが普通だ。

 

「なあ、建やん。本当にあの人に勝つつもり?」

「おう。壁は高い程燃えるだろう?」

 

 弐式さんと建御雷さんの声が聞こえてきた。弐式さんからは呆れ、武御雷さんからは喜びが声から伝わってくる。

 激しい打ち合いの末に、ボスが僅かに退いた。たっちさんの手数と反射神経が、世界級アイテムを一時とはいえ超えたのだ。

 本当にあり得ない人だ。だけど、それこそがたっちさんなんだと思う。

 

「……確かにたっちさんの個人の力に期待してた部分はあるけど、あの人絶対同じ人類じゃない。あたまおかしいわ」

 

 ぷにっとさんの呟きはもっともだ。あたまは別として。

 

「ボスの体力が半分を切りました! もう少しです!」

 

 すぐさま全員に声を掛ける。いくらたっちさんでも、更に激しくなるボスの攻撃を一人で支え切ることは出来ない。……たぶん。

 たっちさんが稼いだ時間で回復を終えたアタッカー達が一斉に襲い掛かり、再びタゲを回しながらボスを削っていく。

 パターンが変化する。ボスの形態が変化する。属性が変化する。フィールド効果が変化する。

 それでも、歴戦のアインズ・ウール・ゴウンの皆はそれに対応し、ボスのHPを削って行った。

 そしてとうとう、ボスのHPが三十%を切った。あたしは経過した時間を視線を向けて、超位魔法の冷却時間を確認する。クールタイムは既に終わっていた。

 これなら、行ける!

 

「我が秘儀よ! 我が願い! 我らが願いを糧とし災禍と成って顕現せよ! ―――<大災厄(グランドカタストロフ>)>!」

 

 新作台詞だ!

 世界を冠するクラスを持つ、もう一人のギルド最強。

 ウルベルトさんの超大技が、時間経過によって再POPが始まったツヴェーグ達ごとフィールドを蹂躙する。

 ツヴェーグ達は一瞬で消滅し、ボスのHPも目に見えて削られた。

 それを合図にアインズ・ウール・ゴウン火力祭りが始まる。

 モモンガさんの背後に、十二の時を示す時計が浮かび上がった。

 

「<真なる死(トゥルー・デス)>」

 

モモンガさんの百時間に一回しか使えないという、あたしも初めて見る切り札が発動する。

 

「やはり対策されているか!」

 

 切り札を使った即死魔法でも、ボスに即死効果は発動しなかった。運営が対策をしているのだろう。だけど<真なる死(トゥルー・デス)>の効果は、ダメージとしてボスにしっかりと通っている。救済処置のつもりかもしれない。

 

「かなりのダメージは入ってますよ! お次は太陽落としだ!」

 

 ペロンが飛び上がり、上空から彼の切り札コンボをボスに浴びせた。

 超火力の大盤振る舞いだ。もはやヘイト上昇やタゲ回しなど誰も気にしていない。

 なぜなら、ギルド一の、最強では無く最硬の盾役が、全てのスキルをこの盤面まで温存したまま控えているのだから。

 

「―――これでよし。フィールドに合わせた調整も終えた。その鎧はあのエリアボスに特化したものだから、存分に使い潰して、茶釜さん」

「あんがと、あまのまさん。でもさ……」

「頼むよ、俺達生産職の祈りをその光り輝く翼と茶釜さんに託すよ」

「うん、みんなもありがとう。でもさ、この鎧。なんで光の翼のエフェクトが付いてるの……?」

 

 粘体のかぜっちは手に持った装備以外は外装に反映されない。それなのにかぜっちのピンク色の粘体から、蒼く輝く光の翼が生えていた。

 

「課金した! 鎧自体には余分な容量が無いから外付けで!」

「俺達の割り勘だから、茶釜さんは気にしないで!」

「いや、うん。……まあ、いいけど」

 

 両手に盾を構え、光の翼を生やしたかぜっちがボスに向き直る。そして翼が光の軌跡を曳きながら、ボスに迫る。

 

「いっけぇえええ! アサルトバスター茶釜ンダム!」

「やっぱそれ系のネタかぁ!? ―――おっりゃぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 シールドバッシュから始まるかぜっち得意のヘイトコンボがボスに炸裂する。

 その間もギルドの総攻撃は止まらない。スキルを温存していたとはいえ、今まで戦闘に参加していなかったかぜっちは、蓄積ヘイトが足りてないはずだ。

 それでも―――。

 

「<ウォールズ・オブ・ジェリコ>! こっち向け、オラァ!」

 

 ボスの攻撃は、かぜっちの全体防御技が壁となって防いでいる!

 生産職の三人によってこの場に最適化された装備の効果もあり、完全に防いでいた。怒涛ともいえる終盤のボスの攻撃をかぜっちはその身に受けながら、ターゲットを完璧に固定している。

 そのかぜっちを癒すのは、やまちゃん。効果の切れたバフを立て続けに掛け直しながら、回復を緩めない。もちろんやまちゃんもボスの攻撃の余波を受けているが、身動ぎ一つしない。回復役でありながら、盾役並みの耐久力を誇るやまちゃんだから出来る芸当。

 

「すごい! 二人ともすごい!」

 

 今日何度目の感想だろうか。それでもあたしはそう叫んでしまう。

 そしてとうとうボスの残りHPが十%を切った。

 

「やまちゃん! 行くよ!」

「うん、いつでも!」

「俺達もいつでも行けるぞ、茶釜さん!」

「了解! <生贄(サクリファイス)>!」

 

 ボスの攻撃が、かぜっちのHPをごっそりと削る。ピンチに見えるが、これで良いのだ。

 

「<オシリスの裁き(ペレト・エム・ヘルウ)>」

 

 冷却時間を置いて使用可能になった超位魔法を、やまちゃんが砂時計のような課金アイテムを破壊して発動させる。

 

「行くぜ! 五大明王コンボ!」

 

 建御雷さんが叫ぶ。

 これがアインズ・ウール・ゴウン最大火力コンボ。五大明王の攻撃から始まり、最後に弐式さんが武器を持ち替えた。弐式さんの切り札だ。

 

「とどめぇ!」

 

 振り下ろされた巨大な忍刀がボスを斬り裂く。

 その超ダメージを受けたボスが、とうとう崩れ落ちる!

 

「やったぁ!」

 

 あたしは思わず歓声を上げる。これでボスは倒れた。あたし達の勝利だ!

 

『―――見事』

 

 だが、倒れたはずのボスからメッセージが流れる。あたし達の勝利を告げる台詞―――ではない?

 

『ナザリックを制した力、確かに見せてもらった。ならばこちらも真の力を解放するとしよう。真なる我が幾億の刃、その身に受けるがいい』

 

 崩れ落ちたはずのボスが再び立ち上がり、漆黒の刃を構えた。確かに削りきったはずのHPが僅かに回復していた。

 

「不味い! ここで世界級アイテム効果が発動か!」

「クソ製作! 倒したと思った瞬間にこれかよ!」

「制限時間までに削りきらないと強制全滅パターンか、これ! もうスキル残ってないぞ!?」

 

 全員で、回復役も含めてボスに攻撃を与える。だがほとんどはスキルを使い切り、有用なアイテムも残ってない。ボスが漆黒の刃を振るう。真の力を解放云々言いながら、向こうは通常攻撃もしっかりしてくるらしい。

 

「くっそ! 全然削れない! 間に合わないぞ!」

 

 悲痛な叫びが聞こえる。

 本当に嫌らしい製作だ。どうしても一発攻略させたくないみたいだ。

 

「くっそぉー! 何か、何か無いの!?」

 

 あたしは必死に自分のスキルを見直す。

 未だに百レベルに達していないために、生産職三人の護衛としてこのPTに組み込まれたあたしが、この場で一番余力を残している。

 なにか、なにか無いのか! 九十レベルのあたしでも、ボスに止めを刺せるなにかが!?

 

「あったぁ!」

 

 それを見つけた瞬間、あたしは四足でボスに向け全力で駆けていた。もう残り時間が無い。みんなにも説明している暇がない。

 

「あんちゃん!?」

 

 驚愕した様な、やまちゃんの声。レベルの低いあたしが、ボスに向け駆けているのを見て驚いたんだと思う。

 

「うぐぅぅぅう!」

 

 別の人に向けられたボスの一撃、その余波を身に浴びる。それだけであたしの体力はごっそりと削られる。そうこれでいい、これでいいんだ。

 

 このスキルは、ダメージを限界ギリギリまで受け続けなければ意味が無い。

 

 あたしはボスの攻撃を浴びながら、それでも直撃はしないように慎重に見極めながら、駆けていく。

 

「あんちゃんに回復はするな!」

 

 かぜっちの声が聞こえた。

 嬉しい。分かってくれている。理解してくれている。

 そう皆なら。あたしのレベリングやクラス習得に一から付き合ってくれたアインズ・ウール・ゴウンの皆なら、あたしがこれからすることに気付いてくれると、信じていた!

 ボスに肉薄したあたしに、とうとうボスのターゲットが向いてきた。

 あたしのHPは、上手く削れている。スキルを発動するのに完璧な状態だが、そのせいでこれ以上攻撃を受ければ死んでしまう。

 そしてボスがあたしに漆黒の刃を振るった。一振りで複数に増えた光の軌跡があたしに迫る。

 だめだ、避けられない!

 

「そのままいっけぇ!」

 

 迫りくる斬撃を、光の矢が迎撃した。確認するまでもない。こんな事が出来るのは、ペロンだけだ。

 だが僅かに、余波ともいえるものが残ってる。だがそれも、あたしの前に生まれた黒い靄から生まれたモンスターによって庇われた。

 

「デスナイト! モモンガさん、ありがとうぉ!」

 

 モモンガさんのスキルで生み出されたデスナイトが盾になって、残りの攻撃を受けてくれた。

 ペロンとモモンガさん。二人のおかげであたしの攻撃が、爪が、ボスに届く!

 

「おんりゃぁぁぁぁ!」

 

 あたしの鋭い爪が、ボスの胸に突き刺さる。その瞬間に、あたしはスキルを発動させた。

 

「<復讐(リベンジ)>!」

 

 残りHPの割合に応じたダメージ倍率を上乗せした一撃を与えるスキルだ。九十レベルのあたしでも、このスキルはレベル補正を無視してダメージを与えられる。

 あたしが再び格上のプレイヤーに狩られそうになった時、せめて反抗できるようにと習得したクラスが持つスキル。

 そして<復讐(リベンジ)>が発動した瞬間、ボスの身体が崩れ、爆発した。

 

「……やった?」

 

 恐る恐る確認するあたしに応えたのは、歓声。

 

「よっしゃ!」

「見たか、糞製作! 一発クリアだ!」

 

 興奮した様な声で、全員が笑いながら吠えている。

 皆のその声に、ようやく勝利の実感があたしに生まれた。

 

「ふわぁぁぁぁ、間に合ったー!」

 

 ボスの展開していたフィールド効果も消えて、安心した様にあたしは座り込む。

 すると目の前で、ふよふよと漆黒の刃が浮いていることに気付いた。

 ボスがドロップした世界級アイテムだ。

 あたしは気疲れも忘れて立ち上がり、興奮のままその刃を覗き込んだ。

 

「餡ころさん、ボスのドロップですよ」

「うん、やったね! はやく取ろうよ!」

 

 モモンガさんがあたしの言葉に、苦笑いをした様な気がした。

 

「あの時の皆の気持ちが理解出来るな」

 

 その言葉に、あたしは疑問符を浮かべる。この場に揃った三十人のギルドメンバー達はボスのドロップを取り囲むだけで、誰一人手を伸ばそうとしない。

 どうしたのだろうと、あたしは全員を見渡す。

 

「さあ、餡ころさん、世界級アイテムを取って下さい。そうじゃないと、勝ち鬨をあげられませんから」

「いぃぃー!?」

 

 思わず無理無理と両手を振る。

 

「ダメダメダメだって! あたし全然活躍してないし! 世界級アイテムを取るならギルド長のモモンガさんか、もっと活躍した皆とか―――」

「あんちゃん、あのさ、それは違うよ。活躍はみんながしたんだよ。勿論、あんちゃんもね」

 

 かぜっちがあたしを諭す様に、優しい声音でそう言ってくれた。

 

「……でも、あたしまだ仮登録だし」

「なんだよ? 今さらどっか別のところ行く気?」

 

 ペロンが揶揄う様に、あたしを笑う。

 

「行かないよ! あたしは何処にも行かない!」

「なら決まりですね」

 

 モモンガさんが何かを操作した。瞬間一通のメールが届く。あたしのギルド登録が、仮から正式に変わったことを告げるメッセージだ。

 そこまでしてもらって、もうあたしには迷いは無かった。

 皆に頷いてから、世界級アイテムを手に取った。

 

『CONGRATULATION! あなた方はエリアボスを撃破しました。これにより世界級アイテム「幾億の刃」を入手しました』

 

 世界級アイテムを得た音声が聞こえた。

 あたしは迷わずその漆黒の刃を掲げて、全員に聞こえる様に叫んだ。

 

「世界級アイテム『幾億の刃』! ギルドアインズ・ウール・ゴウンが獲ったぞぉー!」

 

 本日一番のあたし達アインズ・ウール・ゴウンの歓声が、ツヴェーグ集落の奥地で上がった。

 

 

 

 

 

 

「―――この子がナザリックのメイド長になるNPC?」

「頭部は犬ですか? 良く出来てますね」

 

 あたしが作成したナザリックNPCをペロンとモモンガさんが覗き込んで感心した様に頷いていた。

 

「そう、ボーダーコリーだよ! 設定はまだ決まりきってないけど、名前はもう決まってるの!」

「ほほう? どんな名前なんですか?」

「ペスカトーレ! あの子と一緒の名前なんだー」

「ああ、餡ころさんが飼われてた犬の名前ですね?」

「そうそう! モモンガさん覚えてくれてたんだ!」

「でもさー、ペスカトーレって確か猟師って意味だろう? 女の子なのに、ちょっと可哀想じゃない?」

「うっ!」

 

 ペロンの指摘に、思わず唸る。実はあたしも少しそれを気にしていた。

 

「流石ペロロンさん、紳士ですね」

「ふっふ、任せて下さい。俺は女の子にはいつだって紳士です」

「あたしには紳士じゃないじゃん」

「餡ころさんは別ですんで……」

「なにぉー!」

 

 ペロンとじゃれついていると、あたしに一つのアイディアが浮かんだ。今日ログインする前に食べたお菓子と、あの子の名前をミックスしようと。猟師はちょっと可哀想だもんね。

 

「……よし、決めた。この子はペストーニャ。ペストーニャ・ショートケーキ・ワンコ! 愛称はぺス! よろしくね、ぺス! この人がギルド長のモモンガさんだよ! ……こっちのペロンはあんまり覚えなくてもいいや」

「うぉい!」

 

 わいわいと騒ぎながら、そうぺスに二人を紹介してあげた。まあNPCの子が二人を紹介されても分かる訳が無いけどね。

 

「―――ん? こっちのペンギンは?」

「ふー、ダメだなー、ペロンは。ダメダメだなー、ペロンは。同じバードマンでしょう?」

「誰がダメダメだ。って、こいつもバードマンなの? 完全にただのペンギンじゃん」

「わかってないなー、ペロンは。ペンギンって飼うの大変なんだよ? 人工飼育の子しか居ないし」

「そこはバードマンの理由を説明しろよ。なんでペンギンの説明に入るんだよ」

「彼、でいいんですか? 彼の名前は?」

「流石モモンガさん、良い事聞いてくれるね。ペロンと大違い。うん、この子はね、エクレアって名前なの。エクレア・エクレール・エイクレアー。ナザリックの支配を目論み、掃除を何よりも重視している執事助手だよ」

「ペンギンに設定盛りすぎだろう」

「なんだとー! ペロンにだけは言われたくないなー! 自分が付けたシャルティアの設定を読み返してこいよ!」

「読み返す必要ありませんー! 暗記してますー!」

「バカじゃないの! というかペロン完全バカだよね!?」

「まあまあ、二人とも。NPCの設定見た目は自由ですので、喧嘩はその辺でね?」

「……確かに。パンドラなんてアレですしね」

「うん、アレだもんね」

「ぐ、軍服は格好いいでしょう!? ドイツ語だって格好いいじゃないですか!」

 

 ああ、本当に。

 このゲームは。この皆は。

 本当に、楽しいなぁ。

 

 

 

 

 

 

「……それじゃあぺス、後はよろしくね。いつまでも優しい君でいてね。そしてエクレア、ナザリックの未来は君にかかっている! 毎日しっかり掃除をして、ナザリックをいつか支配するんだよ!」

 

 そうあたしは、自分が作成したNPCの二人に声を掛けた。

 勿論、NPC達から返事なんて無い。ただ声を掛けられた時に行うように設定されたマクロコマンドを行うだけ。

 

「……じゃあね。楽しかったよ。……バイバイ」

 

 あたしは異形の手を二人に振って、別れた。

 最後はあそこでログアウトしようと決めている。あたしは指輪は使わずに、想い出を噛み締める様に、ゆっくりと第九階層を歩いて行く。

 色々なことがあった。沢山の思い出があった。

 楽しかった頃の思い出に、思わずアバターでは無く、リアルの自分の頬が綻んだ気がした。

 だが直ぐに引き締められた。そして立ち止まって思わず顔を伏せる。

 

 ギルド連合を撃退したころから、少しだけギルドは変わっていった。

 いや、それは違うか。

 このギルドは、アインズ・ウール・ゴウンは、あたしが加入する前から、初めから割れていた。 

 その二つに割れたものを、様々な思い出とメンバー達が接着剤となって繋ぎとめていただけなのだ。

 あたしは割れてしまっていたその原因を、詳しくは知らない。アインズ・ウール・ゴウンの前身、ナインズ・オウン・ゴール時代の出来事も関係しているらしい。

 

 些細な方針で対立を続ける二人。

 そしてその二人は、ギルド内でモモンガさんを除けばもっとも影響力のあった二人だった。

 方針から割れる意見。それを取り纏めるための多数決。少しずつ、ほんの少しずつ溜まっていった不満は、とうとう爆発した。

 あれだけ仲の良かったメンバー同士が、敵愾心を隠す事無く怒鳴り合い、またはそれを嫌がり遠ざかっていく。

 あたしは、その後者だ。耐えられなかった。

 影響力のあった一人は、責任を取ると既に引退してしまった。彼が居なくなって、彼に憧れ、挑戦する人達も居なくなっていった。

 残された方も気まずさからか、顔を出す機会が減っていった。

 様々な事情を抱えても、楽しいからと続けてきたゲームだ。その楽しいが少なくなれば、自然と人は減っていく。

 

「……あんちゃん」

 

 声に、伏せていた顔を上げた。

 リアル事情からログイン頻度が減っていた親友二人が、今日くらいはとログインしてきてくれた。

 

「ごめん、あんちゃん。あのバカ、今日くらいはログインしろって言ったんだけど」

「アハハ、ペロンらしいなー。うん、ペロンらしい」

 

 別れの挨拶に姿を見せないペロンに笑う。

 きっと今頃、あたしが引退をすることに不貞腐れているだろう。そうだと、嬉しかった。

 

 あたしは、餡ころもっちもちは、今日でユグドラシルを引退する。

 いや、逃げ出すのだ。

 

「モモンガさんと話をしてきた?」

 

 やまちゃんの心配そうな声に、あたしは努めて明るく答える。

 

「うん! 最後まで見送るって言ってくれたけどね。あたしが遠慮した。さ、最後は女同士で、す、過ごすって言ったらさ、少し困ったよう笑って……て……さ」

 

 明るく、二人が心配しないように最後まで言い切りたいのに。

 声が震え、言葉が詰まる。これ以上、続いてくれない。

 

「うっぅ……。ぐぅ! ……ご、ごめん。さ、最後くらいはさ、な、泣かないようにって……決めて……たんだけどぉ……」

 

 ユグドラシルのアバターに表情の変化が無くて良かった。これがリアルでなくて良かった。

 でなければあたしは、とてもみっともない泣き顔を、二人に晒していただろうから。

  

「……だって、おかしいじゃんか。みんなあんなにさ、仲良かったのに。……それなのに、あんなに喧嘩を繰り返してさ」

 

 ああ、最後は笑って終わりにしたかった。楽しい思い出に浸って終わりにしたかった。

 いや。

 終わりなんて、もっと先にしたかった。

 

「たっちさんも、責任とるなんて格好付けて。そんな責任の取り方するなら、もっと長く皆と居てくれればいいのにさ」

 

 本当に、本当にそうだ。そんな責任の取り方はして欲しくなかった。

 

「たっちさんが居なくなって、建御雷さんと弐式さんも居なくなって。色んな人が辞めちゃって。ヘロヘロさんとペロンなんて必要以上にお道化て、どうにか昔に戻れるようにってさ」

 

 ああ、止まらない。一度溢れてしまった言葉は止まってくれない。

 

「モモンガさんは毎日色んな人と話をしてさ。必死にギルドを維持しようと、頑張ってる」

 

 それなのに、わたしは。頑張っている人達を置いて、居なくなろうとしている。

 

「だけど、ダメなんだ。もう無理だよ。あんなペロンも、モモンガさんも見てられない。見てられないよぉ」

 

 大好きな二人の、あんな姿はもう見ていられない。

 

「数ヵ月しか変わらないのに、ペロンはあたしにだけは年上ぶって、安心しろって強がってさ。モモンガさんは一番苦しんでるのに、いつも人の事ばかり気にしてさ。もう無理だよぉ」

 

 だからあたしは逃げ出す。大好きなゲームから、大好きな友達達から。

 

「……弟君にはこれからも会えるかもしれないけど、モモンガさんはユグドラシルから離れたらもう逢えないかもしれないよ。……気持ちを伝えなくていいの?」

「あはぁ。……ダメだよ、やまちゃん。あたしが好きなのは、モモンガさんにペロンだもん。鈴木悟さんに、かぜっちの弟じゃないから」

 

 ああ、本当にバカだあたしは。もう学生でもないのに。そんな気持ちをユグドラシルで抱いてしまった。

 あたしは、その気持ちを吹っ切る様に二人に笑い掛けた。

 

「でも二人とはこれからも仲良くしていきたい。良いかな?」

「勿論、あんちゃん」

「うん、そうだね。ボクからも、これからも仲良くしてほしい」

 

 そう言って既にリアルでの付き合いも生まれている二人と別れ、あたしはログアウトしようと決めていた玉座の間に向かった。

 扉に触れて、あたし達自慢の造り込みを誇る玉座の間を、ゆっくりと進む。

 

「たっちさん、フラットさん、タブラさん」

 

 天井から垂れているギルドサインが刺繍された大きな旗を眺め、一人一人の名前を呼びながら世界級アイテム『諸王の玉座』まで歩いて行く。

 そして諸王の玉座までたどり着くと振り返り、意図的に名前を呼ぶことを避けた二つの旗を眺め、名前を読んだ。

 

「……ペロロンチーノ。最後に……モモンガ」

 

 ちらりと玉座の間に配置されたタブラさんの設定したNPCに視線を向ける。特にそれだけだ。言葉を掛けるわけでは無い。

 あたしは諸王の玉座に触れる。

 座ることはしなかった。今まで何度も遊びで腰掛けた事はあるけど、今日だけはそれが出来なかった。いや、しなかった。

 そしてあたしは、そこでユグドラシルから現実世界に帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 ヘルメットを外し、首から伸びた黒いコードを外した。少しだけ、乱暴に。

 アバターは、ユグドラシルをログアウトした時に消してしまった。

 餡ころもっちもちのデータは、もう残ってはいない。

 年に迫るプレイ時間を掛けて育てたアバターを消したのというのに、特に感慨は湧かなかった。

 たぶんユグドラシルで大事だったのは、アバターよりも気の合う仲間達だったからだろう。

 

「ああ、ああぁぁぁぁ……」

 

 嗚咽が漏れる。

 親友二人も、いずれユグドラシルを去るだろう。その弟も。

 そうなれば、彼はどうなるのだろうか。最後まで残るであろう彼は。誰も居なくなったギルドで、一人ユグドラシルを続けるのだろうか。

 そんな事はあり得ないと思う。それでも彼がユグドラシルから離れる姿は想像出来なかった。

 涙が止まらない。嗚咽を抑えることが出来ない。

 ユグドラシルというゲームに一人残る、いや、残される彼の姿ならば容易に想像できたからだ。

 その姿がとても悲しくて、胸を締め付ける。

 自分はもう彼に会う事は無いだろう。

 会う事が出来ない。一人残る彼の姿を想像してしまった今、心が耐えることが出来ない。

 ユグドラシルを、アインズ・ウール・ゴウンから去ってしまった自分では逢うことは出来ない。

 

「ああああぁぁぁ……」

 

 本当に、自分のユグドラシルが終わったのだと実感し、嗚咽を隠す事無く、泣き続けた。


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