静かなる剣豪が見知らぬ地で剣を振るうのは間違っているだろうか
《side:???》
サーヴァントというものをご存じだろうか? それは抑止力と呼ばれる世界を存続させようとする無意識的集合体によってこの世に産み出されるものである。それは世界に数多存在する神話や伝承、はたまた実在した偉人などの形をとり、謂わば彼らの影法師のように現界されるのだ。
彼らが現界する要因は概ね二つに分けられる。自然的なものか、人為的なものかだ。前者の場合、抑止力によって生み出され、世界の存続を脅かすものを排除、もしくは攻略するために各々が持つ力で脅威に立ち向かっていく。後者であれば"マスター"と呼ばれる現世の人間と契約し、そのマスターの指示のもとに動くことになる。
さて、これから始まるのは前者によって現界した一人のサーヴァントの物語である。
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とある山林、陽射しが木々の間から地面を照らすなか、木々がまだらな一角に不思議な現象が起こりつつあった。地面に何かの陣らしきものが現れ、その上に光子が集まりだしたのだ。その光子は人の姿を形作るように集まっていき、やがて光が晴れるとそこには一人の男性が佇んでいた。
その男は剃刀のように鋭い眼に白髪で、枯れ草色の小袖の上から黒の羽織と灰の袴を纏い、腰には二本の刀を下げていて、まさに侍と呼ぶにふさわしい装いをしていた。そして、その身に纏う氷のような気配が彼という人物をただ者ではないと印象づけていた。
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《side:侍》
「これは……如何したというのだ。あの人理の騒乱は収まったはず。なのに再び現界した。しかもその記憶を有してだ。まさか再び人理が乱れたというのか? ならば何者が……。」
あの戦いが終わりを告げた後に我らは主殿と別れた。主殿の生きる世が泰平に戻るなかで、主殿を共にした
ともかく、先ずは事の把握に努めねばならぬか。辺りを見るに山林が広がっている。少なくとも付近に人が住んでいる形跡はない。生えている木々や草花は……私が生きた日の本のそれに近いと見るが、それ以上のことは分からぬ、か。
ともあれ、ここに留まるは危険か。人気が無い山林とあらば如何なる魔獣や妖魔の類がいるかも分からぬ。それに如何なる訳か霊体化も行えぬ。これが此度の召喚と紐付けられているかは不明だが、姿を隠せぬならば尚更早急にここを発たねばならぬ。幸いにしてまだ陽は高く余裕はある。一先ずは山を登り、頂上から集落などを探せば……!
(これは……人の気配。数は十数人。二手に別れて、こちらに近づいてくるか。)
二手に態々別れて来るということはこちらに勘づいたとみて相違なかろう。このような人気の無きところで集団にて
「へっへっへ……。変な光が見えたからきてみれば小綺麗な奴が居やがったぜ。」
「はあっはあー! こいつ、良い身なりしやがってるぜ!! 大当たりの上物だ!」
……悪い予感ほどよく当たるとはこの事か。どのような地にもこのような賊が絶える試しはないとはいえ、出会すことになろうとはな。
「恥ずかしながら、拙者は道に迷いてしまってな。もし集落や街道を存じているのならそこまで案内いただけるとありがたいのだが。」
「ほおぅ、道に迷ったって? それは災難だったな。だが、安心してくれていいぜ。この辺りは俺たちの縄張りだ。 案内してやってもいいぜ? でも、ただで案内させる訳にはいかねえよなあ? てなわけで駄賃にてめえの持ってる有り金を頂戴させてもらおうか。」
「最も案内先は地獄だがなあ! ヒャーッハッハッハ!」
「……私は荒事にて事を解決するのを好まぬ。もし退くというのなら此度の事は不問にしてもよろしいのだが。」
「ひゃ~はっはっは、とうとう気でも狂ったようだぜ!! 退け、だって? ま~だ自分がどういう立場に居るか分かってねえみたいだな!」
「冥土の土産に教えてやらあ。俺たちにはな、
「引くつもりはない、とのことか。ならば拙者とて座して死するつもりはない。」
「ひひひっ、命乞いか? 身ぐるみ全部差し出して土下座して靴でも舐めるってぇなら少しは 「来るがよい。」 あっ?」
「初めの一太刀、貴様らに許すといっているのだ。」
「てめえ……舐めてんのか!?」
「二度は言わぬ。もはや貴様らの言葉に交わすもの無し。次に応えるのは我が言葉ではなく我が剣だ。」
「舐めやがってえぇぇ……!! 構わねえ! 御望み通りぶっ殺しちまえ!!」
『『『うおおおおおおお!!!』』』
一斉にかかってくるか。"囲んで棒で叩く"のは確かに古来より変わらぬ兵法の有り様だ。だが、ただ何も策を講じず攻め立てる程度のものならばいくらでもやりようはある。
「さて、如何様に斬ったものか。」
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《side:???》
「痕跡すら見当たらぬか……。タケミカヅチ様、無礼を承知で申し上げますが、やはり分担して調査すべきではないでしょうか?」
「いや、最低でも数の優位性は確保せねばならない。残念だが罠・搦め手・不意討ちに関しては奴らの方が上手だ。部隊を分ければ奴らの土俵に立たざるを得なくなる。それは避けねばならない。」
「承知しました。出過ぎたことを申し上げましたことをお許しください。」
……あまり良くないな。皆のものに焦りの色がはっきりと出てきている。とはいえ相手は単なる賊ではない。末端だとしてもオラリオを引っ掻き回した
しかしこの極東にまで
「くそっ、あいつらの主神の居場所さえ分かれば私がこの刀で切り捨てるものを!」
「落ち着け、
「
「タケミカヅチ様………。申し訳ありません。」
……駒か。確かに奴らにとっては捨て駒に過ぎぬのだろう。力を与えたら後は自分だけ逃げて安全地帯から悠々と高みの見物をしていればいいのだから。しかし、オラリオ外の民たちにとってはその駒ですら災害としか言いようがない。
(考えれば考えるほど、全ての要素が奴らに有利に働いているということか。俺たちが治めている領地であるこの山地ですら奴らに味方するとは全く………)
「ぎゃあああぁぁぁ………」
「や、止めぐわあああ!」
「く、来るなああぁぁぁ……!」
(!! 今のは、断末魔!?)
「……!! 桜花殿! タケミカヅチ様! 今の声は!」
「命も聞いたのか! あれは確かに……!」
「全員狼狽えるな! 罠の可能性もある。命と
『『『はい!!』』』
敵を警戒しつつも
(頼む、無事でいてくれ!)
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(いっ、一体何がどうなっている! それに何者なんだ、あの男は……?!)
声のもとへ辿り着いた俺たちを待っていたのは衝撃的な光景だった。先ず、目に飛び込んできたのは血を流し地に伏している十数人の男たちだ。身なりを見る限り、行儀のよい者たちでは無さそうだ。しかしこれはまだいい。賊同士の闘争もしくは仲間割れと説明がつく。
問題はそこに一人立っている初老の男だ。格好からして極東の者だろうか。こちらは身なりもよく、立ち姿も整っている。しかし、その男が纏う空気はどうだ。何人たりとも辿り着けぬあの様は地上の者なのだろうか?
私は武の神として嘗て天界にいた頃にも地上で武の追求に一生を捧げた魂も数多く見てきた。それでもあそこまで踏み入った者など
そして、あの男はそれを生きたままに成し遂げている。
「タケミカヅチ様、如何いたしま……! 貴様、何者だ!」
「止めろ、桜花! 直ぐに武器を下ろせ!!」
俺の思考は追い付いた桜花たちによって中断された。罠に警戒しつつ後詰めをしてきたので気が立っていたようだが、それで彼の異質さに思わず武器を抜いてしまったのだろうか。とはいえ彼と刃を交えるわけにはいかん。周囲にも抜刀しないように睨みを効かせる。万が一、あの男と一戦交えることになったら終わりだ。武の神としての勘がそういっていた。
「……落ち着かれるが良かろう。拙者は逃げも隠れもせぬ。」
「!!」
「思い違いが無きよう、始めに申し上げるが拙者は貴殿らと事を荒げるつもりはない。こちらに倒れる者共は襲われたがゆえに斬らざるを得なかっただけにすぎぬ。」
「……つまり、ここに倒れてる者たちが先に襲いかかってきたから退けたということか?」
「左様。付け加えるならこの者らは拙者から金品などを奪おうとしていた。恐らくはこの一帯を荒らす賊なのだろう。それと
ふあるな………ファルナのことか。……ん? この男、まるでファルナを知らぬように振る舞っているがどういうことだ? いや、まさか………。
「……なるほど、貴殿の話は把握した。私たちはこの賊どもを捕縛するために捜索を行っていた者だ。ところで、貴殿は如何なる神の眷属なのか? 偶然とはいえ他の神の眷属を巻き込んでしまったのは事実。俺からも貴殿の主にこの件について挨拶に向かわねば顔が立たぬからな。」
「神の眷属? 今の拙者は主を持たぬ身。それに、一度たりとも神を主に仕えたことはありもうさぬ。」
……間違いない。この男、
「タケミカヅチ様、如何いたしましょうか。あれほどの男がこのような僻地にいるのはいくらなんでも不自然です。身元をはっきりさせねばならぬのでは?」
「……その件についてだが、この者と一対一で話がしたい。桜花、賊の拘束と連行の指揮をお前に委ねる。」
「タケミカヅチ様!? しかし………」
「いや、問題は無いはずだ。あの受け答えを見るにあの男は礼には礼を、刃には刃をもって答えるとみる。理由もなく剣を振るう者ではあるまい。それに……。」
「それに?」
「これほどの武の達人と心置きなく語り合える機会など早々無い。そういうことだ。」
「……承知しました。ですが、差し出がましいようですがくれぐれもお気をつけを。」
話を終えると桜花は皆を纏めて賊の連行を始めた。既にあの男によって再起不能に陥っている以上、あちらは任せて問題ないだろう。
「話は纏まったとお見受けするが、そろそろよろしいか?」
「ああ、俺としても貴殿と話をしようと思っていたところだ。さて、自己紹介がまだだったな。俺はタケミカヅチ。この辺り一帯を治めている主神だ。貴殿の名前を伺ってもよろしいかな?」
「拙者の名、か。……いや、ここは名乗るのが礼儀であろうな。柳生但馬守宗矩。しかし、こちらでは柳生宗矩と名乗るがよろしかろう。」
男はまるで名前が2つあるかのように名乗ったのであった。このときはまだ知りもしなかった。この世界に突然と姿を現した彼が持つ剣の真髄を。彼と共に巻き込まれていくことになる騒乱を。
この短編ではオラリオ外&過去捏造がそこそこ出てくるかと思われます。
分かりづらいのですが、セイバーが名乗るのを一瞬躊躇ったのは真名は明かすべきではないと考えがあったからです。同時に2つ名乗ったのはこの世界に但馬という場所がないと判断しています。
セイバーの口調に自信がないので気になる点有りましたらご連絡ください。