顔芸しないと決めました 作:石音 富綱
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遠月茶寮学園は今、夏休みに入っている!
そう、夏休みだ! 広い海、青い空に白い雲! 子供たちの憩い、大人たちが欲しているもの。それは約一ヶ月にも及ぶ大型連休のことである!
そして、そんな大型連休は普段忙しい俺にも当然存在するのだ! いや夢とかじゃなくてね。ほんとにあるんだよ?
去年は選抜の関係でこの時期はガッツリ試作祭りだったからな、今年はのんびりと過ごすと決めたんだ! 仕事も最低限しか入れてないし、遊んでやるからな!
……そしてそう決意した数時間後、俺は何故か一色につれられ畑仕事を手伝わされていた。
「ざっけんなゴラァ!」
流されるがままに持たされていた鍬を畑に突き刺す。ドズと鈍い音がして鍬の頭は完全に土に埋まってしまった。
「お、良い腰の使い方だよ叡山! やはり僕の見る目に間違いはなかった!」
「てめぇコラァ、珍しく話があるとか真面目な顔してるから付いてきてみたら。何で俺が土仕事なんぞやらにゃならんのだ、アア?」
「いや、なにこうして親友と肩を並べて畑仕事ってのを一度してみたくてね。これも青春さ!」
「青春さ! じゃねぇよ、ていうか誰がお前の親友だって?」
「君さ、去年はあんなにも熱く男の友情を確かめ合っただろう?」
「気持ち悪い言い方すんな! もしかしてあれか、クソ暑い日に腕相撲させられた時の事か? 毎晩毎晩、人の耳元にうるさく語りかけてまでやらせようとしたあれの事言ってんのか!?」
十傑第八席、一色慧。それが今とぼけた言動をしているこの男の名前だ。
実は去年まである関わりがあって、気がついたときには親友扱いされていた。
正直この世界に転生してからボッチを拗らせていたので、原作キャラと仲良くなれそうな機会だったし気の置けない友人という関係がが嬉しくて俺もついつい乗ってしまったのが運の尽き。
毎晩のように語りかけてくる一色、毎日のように遊びに来る一色、一色、一色、一色。
ノイローゼになるわこんなもん!!
別に嫌いって訳じゃないけど距離感の詰め方よ、よっぽど同年代の男友達にあこがれてたんだろうな……
「君もたまには寮に帰ってくれば良いのに。今年の一年生たちは皆いい子だよ!」
「……っは、馬鹿言え。そう言ってた去年の奴らは全員そろって寮を辞めただろうが」
そしてそんな一色に俺は軽い罪悪感を持っている。
俺が去年の春。原作キャラと絡みたいなんて安易な気持ちでこの寮に来なければ、ここはもっと賑やかで……こいつの望んだ青春が手に入っていたかもしれない。
「んー、良し。もう良い時間だしいったん中に入ろう! ふみ緒さんも待っているよ!」
「あ、おい馬鹿引っ張んなって!?」
一つ大きな伸びをした一色は、俺の肩を掴んでグイグイと凄い力で寮の中へと連れて行く。畑仕事やってるだけあって掴む力が強く、俺の力じゃ碌な抵抗が出来そうにない……
そして俺はクーラーの効いた極星寮の中に連れ込まれた。人が少ないためシンと静まりかえった懐かしい館内を進んでいく。
リビングにつくと既に食事が用意されており、しわくちゃの婆さんが一人椅子に座っていた……
「お疲れさん一色、それと家出小僧」
「け、家出も何も退寮届けは渡しただろうが。もうここは俺の家じゃ……」
「そんなものを受け取った記憶はないねぇ……あんたの思い違いじゃないのかい?」
「……婆め」
ほんとにお人好しな奴らだ……べ、別に泣いてなんかないんだからね!
無駄に肉体労働させられただけあってお腹もすいているし。仕方ないから飯だけ食ってってやるか……
ん? 何で四食分も用意されてんだ? ここに居るのは3人で夏休みだから一年生は実家に帰省してるはずじゃ……
ガチャリと音がして後ろの扉が開く。いやそうだ! 一人だけ帰ってない奴が居たはずだ……ま、まさか!
「おはよう、創真君! 昨日も遅くまで試作お疲れ様、たっぷりご飯を食べて今日も元気に頑張ろう!」
「ふわぁーあ、相変わらず凄い元気の良さですね一色先輩……あれ、その人は?」
は、はめやがったな一色ぃぃぃぃぃぃぃ!? オンドゥルルラギッタンディスカー!
本人にはめたつもりはないのかもしれないが、やってくれやがったぁ!! 恐れてた事態が現実になってしまった……
どうあがいてもこの時期に知り合ってしまうのか!? こ、これが原作補正の力なのか!?
「そうだ、せっかくだし創真君にも紹介しよう! 彼が極星寮の隠れた住人、叡山枝津也さ!」
終わった、さらば俺の平穏な日々……
いや、まだだ。まだあわてるような時間じゃない! 原作とは違い、俺がもず屋と関係がある事はバレてないはずだ。落ち着いて対処すればまだ何とか……
「叡山先輩にはもず屋の件でお世話になりましたね、まあ先輩は知らないかもですけど……」
オワタ。え、何でバレてんの? こんなの絶対おかしいよ……
これもまた逃れられぬ
「……えっと聞いてますか叡山先輩?」
「っ! あ、ああ」
やっべテンパって全然聞いてなかった。悪い癖だよこれは……
「唐揚げ対決は時間の関係であんな感じになりましたけど、俺はまだ負けちゃいないですからね。次やるときは必ず勝ちに行きます」
「……そうかよ、出来るもんなら頑張れや」
あー、ビックリした。まだ悪い雰囲気じゃないみたいだし何とかなるか? ってか対決って何のこと? もしかして俺が作った新作唐揚げの事か?
あれはお客さんを逃がさないための苦肉の策だったしな……商店街の弱みを突いたような形の戦略だし。唐揚げロール食べてみたけど完成度はそっちの方が高かったよ、やっぱり主人公の料理って凄いって感心したんだぜ? だからそんな好戦的な目をするのやめようか、気分はライオンに目を付けられたハイエナだ……
その後は、無事にゆっくりとした休日を過ごす事が出来た。
原作主人公ともそれなりに仲良くなれたし良かった良かった! これでしばらくは安泰だな!
さて明日は何しようかな、久しぶりに映画でも見に……
ん、電話? こんな時間にどうしましたんだ。……相手はもず屋さん?
はい、もしもし……トラブルが発生、すぐに京都まで来て欲しいって? 今からってもう夜の8時なんですけど……あ、はいすぐに行きます。
ふぅぅぅぅぅ、とため息をついて空を見上げてみる。何処までも広がっている大きな空を。
ああ星が綺麗だ……届かないからこそ、こんなにも尊いのか。俺の休みのように……
キラリと一粒の流れ星が俺の頬を伝った。
お待たせしました。
書き直して再投稿。この作品はこのくらいの雰囲気の方が良いですね。
次回は秋の選抜編、誰の視点で行くかは未定です……
追記:修正を入れてみました、読みやすくなっていれば幸いです。