ナーサリー・ライム 童話の休む場所 魔女の物語   作:らむだぜろ

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プロローグ

 

 

 

 

 

 

 この童話の主人公は、ごくありふれた日常を過ごしていた少女のお話である……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女は至って普通の高校生であると自負している。

 名前は一ノ瀬亜夜。とある高校に通う珍しくもない学生。

 強いていうなら、身体が生まれつき弱い虚弱体質で、足に奇形がある。

 その為、日々杖をついてゆっくりと生活していた。

「――とか、面白くない?」

「いいじゃんいいじゃん!」

 時は放課後。彼女は読書の準備中。

 部活は読書部。図書室に居座って好きに本を読む同好会。

 隣の生徒が何やら物語を書きたいらしく、話し合っていた。

 図書館のなかで小声で話すのが聞こえる。

 どうでもいい。何やら小説を書きたいと見るが、だからどうした。

 同じ部活でも、別に日誌を出しているわけでもない。

 そういうのは自由だと思う。

 ただ、読書の邪魔だけはしないで欲しかった。

 遮るように、イヤホンを突っ込みサントラをかける。

 壮大な音楽を聴きながら、好きに本を読む。

 亜夜の日常は何処にでもある普通の世界であり珍しいものではなかった。

 周囲では異世界転生だの、神様無双だのと意味のわからないジャンルが広がる。

 同級生はそれを楽しめている。

 亜夜は全く興味がなかった。異世界? そんなものが、一体なんになる?

 今の世界がそこまでつまらないのか。平穏を退屈と感じるお年頃なのだろう。

(下らない……)

 周りと話は合わない。親しい友人もいない。

 亜夜は基本的に嫌味な性格。ハッキリと相手の嫌な部分を口にする。

 だから、嫌われる。理屈的だし、否定的だし、気遣いもできない。

 友達もいない。ボッチなのを気にしない。だって、友達が居たとして、亜夜は何か得をする?

 彼女はマイペースに生きたかった。両親のいる世界。平和な世界。落ち着いた世界が、好きだった。

 己に不相応な虚像を重ねることを、バカらしいと心底思う。

 異世界にいけば無敵の主人公になれる? 何故? 

 今まで日常を生きていた学生が突然勇者になれるとでも?

 一介の学生に、世界は救えない。魔王は倒せない。

 決して、主人公にはなれない。

 それが、現実と言うものだ。

(はぁ……)

 本当にバカらしい。どこにその根拠があるのだ。

 過去無くして今はあらず。経験の積み重ねが人生を作るもの。

 突然、理の違う世界に飛ばされ好き勝手に振る舞えるなどと思うその青臭い嗜好が嫌だった。

 時々、同じ部活の物好きな奴に物語の感想を聞かれる。正直に言えば、みな同じようなもの。

 何が面白いのか、よく分からない。大抵主人公が飛ばされて好き勝手にやってハーレムして。

 そんなものばかり。

 素直にいった。悪いと思う点は指摘したし、良いと思った部分も指摘した。

 妙な補正なしに純粋に評価してくれるのが助かるとか言っていた。

 興味がないから、逆によく見える。そう言うものらしい。

 サントラが終わるまで一時間、ゆったりと本を読む。

 後書きまで読み終えた。本を戻して、席を立つ。

 隣では、イラストまでラフで描いていた。上手。

 横目で見てから、鞄を肩に下げて杖をつき、ゆっくり歩き出す。

 今日は夕飯が何になるかを楽しみにしながら、自宅に帰っていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。

 両親と共に夕飯を食べて、談笑して。

 日常を謳歌しながら、自室に戻った。

 スマホを弄る。学校の数少ない知り合いから連絡が来ていた。

 何でも、巷で噂になっている噂に気を付けろと言うものだった。

 まず、この町には大きな不良グループというものが存在する。

 自称ヘッジホッグ、通称針ネズミ。カツアゲや喧嘩などに明け暮れる高校生や中学生の集団。

 時代遅れも良いところだが、実際はそれなりに勢力が大きく警察ともやりあえるレベルらしい。

 で、そんな針ネズミが……先週、突然壊滅状態に陥ったと噂が流れていた。

 いわく、化け物のような男子高校生、たった一人に瓦解されられたとか。

 そいつは正しくモンスターで、なんと柏の棒切れ一本で武装した不良集団に果敢に挑み、見事に勝利。

 先週の週末は、郊外で喧嘩祭りと化していたと。

 規模からして、推定50名はくだらない。それを、孤軍奮闘して、無傷で生還。

 挑んだ理由は、お婆さんから奪ったバックを取り戻すため、アジトに突っ込んでいったと言うのだから驚き。

 赤の他人の為に命を張ったと書かれている。

 因みに針ネズミの由来は、得物が針を使った凶悪な殺傷能力の高いものを好んで使うから。

 脱線したが、殺意満々のグループを滅ぼしたその生徒は、眼鏡の少年だったと言う。

 最後は、夜明けと共にお婆さんのバックを届けて、颯爽と名乗らず去っていったのだ。

(飛んだお人好しですね。……まるでヒーローのような)

 そんな奴が彷徨いているかもしれないので、気を付けろとのこと。

 下には、噂を纏めたゴシップが書かれている。

 過去にも似たような事に首を突っ込んで解決している名無しのヒーロー。

 通り名まであるらしい。ある時は事故に巻き込まれた小学生を庇った王子様。

 ある時は迷子の外国人を道案内して無事に届けたナイスガイ。

 ある時はお年寄りの手伝いを申し出て、無理難題を解決した若人。

 ここまでは、まあ正義感の強い熱血漢という感じだが。

 眉唾だったのはその下だ。

 パンチ一発でコンクリートを粉砕する。

 キック一発で大木をへし折る。

 走れば残像が見える。

 持ち上げれば猪すらぶん投げる。

 棒切れで暴漢を血祭りにあげる、などなど。

(……人間ですか?)

 亜夜は思った正直な感想。

 本当だとすれば、人間じゃない。

 知り合いは善人かもしれないが、半分都市伝説みたいなものなので用心しておけ、とのこと。

 ……実際ヘッジホッグが活動が大人しくなったのは知っていたが、裏でこんなことが起こっていようとは。

 気を付けるとして、取り敢えず落ち着けと亜夜は返信するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 熱帯夜に近い夜。

 風呂に入った亜夜は、設置された鏡を見る。

 ……貧相なものだと我ながら思う。

 胸はまな板、身体は細すぎ、背も小さい。

 顔も愛嬌がなく幼くて、瞳は茶色に濁って淀んでいる。

 焦げ茶のセミロングも、母に似て質感は悪い。

 母も身体が弱く、今では在宅の仕事をしている。

 まだ若いと言えば若い。結婚したのは何でも19の時だと昔言っていた。

 亜夜が生まれたのは二十歳の時だと。……要するに結構父は手が早いらしかった。

 父は昔はロリコン扱いされ散々苦労していたと、母は笑っていた。

 穏やかで温和な母。確かに見た目は二十代でも通じそうな程若い。

 昔の写真を前に見た。亜夜に似る、幼い中学生みたいな外見なのが一番驚いた。

 父はこんな子供に手を出したのだ。我が父ながら、本当に最低だと亜夜は父に言った。

 父は弁明はしなかったが、母を愛しているのは間違いない。

 あまり知りたくないが、時々ネオンに消えていくのを亜夜は知っている。

 ……その内、妹か弟が出来るかもしれない。

(貧相というか……)

 落ち込む。成長期はどうしたと言わんばかりのもやしっぷり。

 虚弱に貧相、いまだ小学生と言われることもしばしば。

 なんだか気分が沈んできた。

 早めに上がろうと思い、湯船に浸かって力をぬく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寝る前。

 亜夜は、自室でいつぞや買ったゲームを起動していた。

 新作の、童話がテーマの聞いたことのないメーカーの作品だった。

 タイトルは、『ナーサリー・サナトリウム』。

 内容は童話の主人公たちが、作中悪い魔女の呪いを受けて苦しんでいるのを、世話をしながら仲良くなって、一緒にエンディングを迎えるというゲームだった。

 表紙の女の子が可愛くて購入したのだ。

 これは、不思議の国のアリスだと思う。絵師のイラストが気に入っている。

 早速電源を入れる。それっぽいBGMと、タイトル画面にはいる。

 ここまではそこそこ好みだ。で、肝心の内容だが。

 先ずは主人公が世話をする主人公を選択する。

 そこで気付く。最初は四人までしか選べないらしい。

 亜夜は初回なら当然と気にせず、軽く選択する。

 アリス、グレーテル、ラプンツェル、マーチ。

 不思議の国のアリス、ヘンゼルとグレーテル、ラプンツェル、マッチ売りの少女。

 自分が好きな童話を選び、進める。

 黒い読み込み画面に入る。すると……。

(ん……)

 急に眠たくなってきた。瞼が重たい。

 読み込みしている最中なのに。仕方なく、電源を落とした。

 そのまま、ベッドの上で横になる。

 眠い。凄まじい睡魔が襲いくる。

 眠気に抗えない。亜夜はそのまま、沈むように眠ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰かの囁き声がする。

「起きてください。おーい、聞こえてますかー?」

 若い女性の声。亜夜は気にせず寝続ける。

「ちょっとー? 一ノ瀬亜夜さーん? 次は貴方の番ですよー?」

 なんだ、亜夜の番って。

 あまりにしつこく呼び掛けるので、目を開ける。

 すると。

 

 なんだか見覚えのない天井を見上げていた。

 

 真っ白な天井。微かな、お薬のにおい。

 肌を撫でる、乾いた風。優しい光。

 亜夜は、知らないベッドに横たわっていた。 

「……?」

 のそのそと起き上がる。

 眠たい目を擦りながら見れば、傍らには書類を胸に抱く、若い看護師がいた。

 きれいな人、と亜夜は思った。目立つ美しさを持つ看護師さんが、亜夜を見下ろしていた。

「あ、起きましたね。良かった、一番目を覚ますのが遅かったので心配しました」

 誰だろうか? 亜夜は知らない。そしてここはどこ?

 周囲を見回す亜夜に、女性は苦笑いしていた。

 やはり見覚えがない部屋。何かの病室。

「……誰ですか?」

「わたしは、ライム。ライム・ナーサリア。ここ、サナトリウムに勤める職員の一人です」

 名を訪ねると、海外の人らしい名前を名乗る女性。

 ……知らない人だった。何がなんだか、理解できない亜夜に彼女は落ち着くように言う。

 深呼吸して、数度繰り返し亜夜は比較的冷静に受け止めた。

 夢だ。リアルな夢。そう思えば混乱も避けられる。

「突然の事で、大変驚いているでしょう。申し訳ないです、突然呼び込んで」

 頭を下げて謝罪するライムという彼女は、ボーッとする亜夜にこう、告げた。

 にわかには、信じがたい言葉を。

 

「おめでとうございます。一ノ瀬亜夜さん。貴方は、このサナトリウムの職員に選ばれました」

 

 ……と。


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