ナーサリー・ライム 童話の休む場所 魔女の物語   作:らむだぜろ

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知られた秘密

 

 

 

 

 

 

 休憩室でピニャ野郎を打ち倒し、仕事に戻ろうとした亜夜は聞いた。

 切羽詰まった二人の声を。救援の声だった。

(!!)

 途端に、亜夜は大きく翼を展開していた。

 反射だろうか。何も考える前に、判断をすっ飛ばしていきなり全開だった。

 廊下で杖を捨てて、突風を発して浮遊、急発進。

 道中すれ違った人間を翼で弾き飛ばして特急で急ぐ。

 部屋の前に到着、ドアを雑に開けた。

「何事ですかっ!?」

 ただ事ではないと亜夜が思い、駆けつけると。

 そこには。

 

「あぁ、丁度良かった。ねえ様、探しに行こうと思っていたんだ。手間が省けた」

 

 見知らぬ可愛い年上と思われる金髪美女が亜夜を姉と呼んでいた。

 亜夜、呆然。誰この子。頭がフリーズするも、理性が囁く。

 よく見ろ。確かにこんな可愛い新緑の瞳の眼鏡っ娘、長い金髪のみつあみで巨乳の女性を知らない?

 もう一度、よく見ろ。面影はあるだろう。お前はそれでも世話をする職員か。

「ラプンツェル!?」

 一発で分かった。彼女はラプンツェルだ。

 見た目が随分と成長しているが、間違いない。

 眼鏡っ娘は柔く微笑んで、嬉しそうに言った。

「やっぱり、ねえ様には僕がラプンツェルだって分かるんだ。良かった、パニックになられないで」

 しかも僕っ娘だと!? 眼鏡の美女がラプンツェル。何が起きている。

「えっ……こいつラプンツェルなの!?」

「そんなバカな……何で急成長して……」

 アリスとグレーテルが、のそのそと起きてきた。

 顔色が悪いが、体調を問うとラプンツェルの怪音波に苦しめられただけだと言う。

 超絶音痴で頭がくらくらするらしい。

「悪かったな、音痴で。お前らに言われたくない」

 不貞腐れるように腕を組む。

 随分と窮屈な服だが、もしかしてさっきまで小さかったのか。

 亜夜が問うと、彼女は肯定。

「なに、昔本で覚えた単なる理魔法だ。理屈は簡単だから、ねえ様は心配しなくていい。ちゃんと小さな僕に戻れる。それより、ねえ様。こんな姿になったのは、言うまでもない。大切な話があるんだ。顔を貸してくれ」

 事情を説明して、ラプンツェルは亜夜の手を掴む。

 大事な話をするために、わざわざ自分を成長させてまで準備しているのだ。

 余程、大切な用事と見る。亜夜は深呼吸して、無理矢理納得させた。

 理魔法というのは、どうやら世界のルールを一時的に改竄する禁じられた魔法の一種らしい。

 才能で左右される魔法の中でも、一握りしか使えない希少なもの。

 ラプンツェルの経緯を知る亜夜は、使える理由を大体理解した。と、同時に悟った。

(……知られてしまったようですね)

 不味い。隠していたつもりだったが、まさかラプンツェルに悟られるとは。

 この子は思っていたよりも鋭いようだった。観念して、亜夜は大人になったラプンツェルに言った。

 ここまでされれば、誤魔化すのは無駄だとわかるし、グレーテルに知られるよりはまだ救いはある。

 唖然とするアリスとグレーテルに、少し待つように命じる。

「アリス。彼女に、着替えを貸してあげてください」

「うん……。サイズあうかしらこれ……」

 自分の胸元を見て悲しそうにため息をつくアリスを見送り、ラプンツェルは内密にしたいと言った。

 同席するとごねる二人に、渋そうにラプンツェルは首をふる。

「アリスはまだしも、グレーテルはダメだ」

「なんで?」

 着替えを受けとるラプンツェルは、不満そうにしているグレーテルに向かって逆に問う。

「なら聞くが、グレーテル。……お前は、ねえ様に怒りを向けないと誓えるのか? それこそ、命懸けでな」

「……!」

 グレーテルは驚いて、亜夜を見た。

 亜夜は微笑み、その場に浮かぶだけ。彼女には一番悟られてはいけない。

 情報になるような表情は一切浮かべない。笑顔と言う仮面で、中身を隠す。

「ねえ様の表情が証拠だ、グレーテル。表面上の意味でしか理解できないなら、大人しく待ってろ。お前には、多分無理だ。互いが無意味に余計に苦しむ」

「…………」

 グレーテルも異変には気付いた。

 亜夜が、何かを隠そうとしている。グレーテルに対して。

 これは、ある種の拒絶のような。そんなに、根深い事なのか。

 重大な事だと言うことは、分かった。知られたくない、とても隠したい秘密。

「……亜夜さんは、私に知られたくないの?」

 我ながら愚問だと思った。明確に嫌がっている人間にわざわざ聞くことじゃない。

 亜夜は笑顔のまま、頷いた。出来れば知ってほしくない。滲み出る雰囲気は、そんな空気で。

 グレーテルも、過度な干渉は嫌いだ。況してや、嫌がる意思を見せるのに知ろうとする程、子供じゃない。

 渋々、引き下がる。仲間外れもしれないが命懸けと言われたら言い切れない。

 亜夜は、アリスも出来れば知ってほしくないと言うが……。

「嫌よ。絶対に行くから」

 アリスは直ぐ様断った。同席すると、いってきかない。

 グレーテルが苦言を呈するも、拒否の一点張り。

「行くったら、行くわ。絶対に」

「……アリス。お願いですから、言うことを聞いて」

 亜夜が止めてと言うのに、アリスも嫌だと言い張った。

 次第に、亜夜の表情が変わる。眉をつり上げて、怒りを表していく。

 同時に、アリスも怒気を放っていく。

「……アリス。私だって、怒るときは怒りますよ……?」

「なによ。あんただって、あたしを見くびらないで欲しいわ」

 徐々に口論になりつつあるが、ラプンツェルは何も言わない。

 グレーテルが亜夜に味方して言い負かすも、アリスは決して諦めない。

 ワガママに等しい態度に、亜夜は苛立っていく。

 口調は乱暴になり、アリスに対して厳しい言葉を投げそうになる。

 と、その時。

「ねえ様、先ずはねえ様が落ち着け。……アリスは大丈夫なんだよ。心配はいらない」

 平行線を辿っているかと思ったら、ラプンツェルは亜夜の肩を叩く。

 意外なことに、ラプンツェルはアリスに味方した。

「何が言いたいんですか、ラプンツェル」

 すっかり不機嫌の亜夜に、ラプンツェルは神妙な顔で理由を語る。

 それは、亜夜も予想外の事であった。

「アリスはねえ様の事を決して裏切らない。だろう、アリス?」

 ラプンツェルが横目で見ると、アリスは面白いように動揺した。

 目が泳ぎだし、一歩後ろに下がって、顔面蒼白になった。

 ラプンツェルに、指摘されたことにハッキリと怯えを見せていた。

「行く、行かないの論点から前に進め。お前はすぐに感情的になる。言いたいことはハッキリと言うんだ、アリス。それとも、僕の口から言われたいのか?」

「な、何を……何を言っているのよ、あんた。子供の癖に……あたしの、何がわかって……」

 青ざめるアリス。その様子がおかしいことに、亜夜は気が付いた。

 ラプンツェルは、亜夜に背を向けて、アリスに向き変える。

 精一杯の虚勢を張るアリスに対して、呆れたように見ている。

 

「……独りぼっちは嫌か、アリス?」

 

「……ッ!?」

 

 ラプンツェルの言葉に、大きく肩が動いた。

 アリスは反射的に、物理でラプンツェルの口を閉じようと一瞬、手を伸ばしかけた。

 首を絞めるか、あるいは殴り倒そうとしたか、はたまた何か違う方法か。

 然し、亜夜がいることを思い出して必死に踏みとどまった。

 亜夜に嫌われたくない、という懸命な意志が暴力に打ち勝ったのだ。

 ラプンツェルはそれを、避けるとも防ぐともせずに眺めていた。

 亜夜は驚く。アリスが、手を出そうとしたのに堪えた。

 ラプンツェルの言葉に、図星を言われて怒ったのか、だが彼女は我慢した。

 悔しそうに、睨み付ける。

「ラプンツェルゥ……ッ!」

 怒っている。うってかわって、アリスは激怒していた。

 口喧嘩を仲裁したはずが、今度はアリスを追い詰めているラプンツェル。

 涼しい顔で、再び亜夜の方を見た。

「ねえ様も、少し自覚した方がいい。ねえ様は、自分で思っている以上に僕達に慕われているんだ。だから、味方がいないなんて思わないでほしいな。見ての通り、少なくともアリスは絶対、ねえ様の味方だから。……そうだよな、アリス。お前が素直に何時までも言わないから、代わりに言ってやったぞ」

「わー!?」

 アリスが突然悲鳴をあげた。

 ラプンツェルの思惑を理解したのだ。

 この女、アリスが寂しがっていることも亜夜を純粋に心配している事も全部本人にばらしやがった!

 今の問答だって、ただ亜夜が心配して、アリスは何があろうとも亜夜を見捨てないと言いたかっただけなのに、素直に言えずに拒否されているのが腹立って、押し問答になってしまった。

 アリスは亜夜を慕っている。まさかの発言に亜夜は目を丸くした。

「……はいっ?」

「今の嘘!! 全部こいつの口から出任せ!! あ、あたしが亜夜を心配してるって、そんなこと微塵もないし! あたしは全然寂しくないし!!」

 ほらまた、誤魔化すために捲し立てる大半が本心と逆になる。

 亜夜はアリスを唖然と見ていた。

「アリス……あなた、私が好きだったんですか!?」

「違う! 嫌いじゃないけど好きじゃない!」

「どっちですか!? 私にそんな趣味はないですけど!」

「あたしだってないわよ! 友愛! あっても友愛であって、恋愛じゃない!! 友達!」

「……どうだろうな」

「ラプンツェルゥ!! もう喋るなァッ!!」

 アリスと亜夜は揉めるが、ラプンツェルの小言に直ぐ様反応するアリス。

 顔が羞恥で真っ赤になって、ラプンツェルに怒鳴った。

「……とまあ、自称友愛のアリスはねえ様を心配しているんだ。それこそ、口喧嘩してねえ様を怒らせるぐらいには、それはそれはとっても心配している。だからねえ様、アリスは大丈夫。ほら、友達少ないから大事にする奴だし」

「……あぁ、アリスそういえばボッチでしたもんね」

「なにその哀れみの視線は!? あたしが心配したらいけないの!?」

「逆ギレしてるし……」

 グレーテルも呆れていた。

 二言目には亜夜の名前が嬉しそうに笑って出てくるくせに、それを指摘されると逆ギレしたりする。

 そういう女だ、アリスは。

 ラプンツェルは、適当に誤魔化した。本当は違うと知っている。

 アリスには、亜夜しかいない。彼女は、すっかり亜夜に依存している。

 亜夜も自覚はないだろう。

 アリスの生い立ちは存じ得ないが、恐らくは相当孤独に苦しんでいたのだと思う。

 亜夜と共にいるのに浮かれているのは何度も見ている。

 そして、亜夜と離れるときに寂しそうにしているのも見ている。

 要するにアリスはとても寂しいのだ。

 孤独は嫌で、アリスは同居人はただの同居人でしかなく、友人……いいや、ここまで来ると最早恋慕か。

 亜夜に対しては、それに近い想いを抱いている印象を受ける。

 まさに初めて恋を経験する少女のように。亜夜の言動に一喜一憂している。

 大人になって初めて理解したアリスの言動。亜夜のためなら、出来ることは何でもする。

 亜夜がどうなろうと、アリスだけは全部受け入れる。

 そんな感じを常に感じてきた。亜夜が倒れたときだって、自立しようと言い出したのはアリスだった。

 亜夜の見舞いに行きたいが故に、悪戦苦闘しつつやることを終えて時間を作るために。

 亜夜は悩んでいたが、言えるような悩みではないのだと知っている。

 ラプンツェルも、姉のように慕っているのは間違いない。

 亜夜が何であろうが、この人がこのまま優しい亜夜である限り、ラプンツェルもまた慕い続ける。

 だから、先ず悩みを共有したいと思う。

「……あ、あたしは、亜夜が苦しいなら分かち合いたいわ。亜夜が何であろうが、あたしも一緒に悩んであげる。打開策も一緒に考えるから、話してよ。水臭いことを言わないで。聞くから、あたし」

 暴露されたら、最早怖いものはない。アリスは自棄で素直に話すことにした。

 グレーテル以上に、アリスは亜夜が大事な人である。

 仮に亜夜が…………だったとしても、亜夜に違いはないし、救われた事実も変わらない。

 アリスは亜夜と一緒がいい。自分からは離れない。決して。影のように後ろにいたい。

 人、それをストーカーとかと言うのだが、アリスは知らない。

「……わかりしましたよ。ショックだと思います。警告しますが、軽蔑すると思います。それでも良いですか?」

「上等よ、どんとこい! ラプンツェル、言質は貰ったわ。行くなら早く」

「……そうだな。ねえ様、覚悟はいいな?」

「分かってますよ、ラプンツェル。あなただったら、分かってしまうのも仕方ないでしょうね……」

 どこか、諦めるように、人気のない場所に移動する三人。

 グレーテルはその背中を見送るが、亜夜の死にそうな表情とは珍しい。

 余程知られたくない秘密なのだろう。人にはそう言うものもある。

 グレーテルは、空気を読んでおとなしく待つことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サナトリウムには、裏手にごみ捨て場や物置が置いてある。

 三人は、物置の物陰に、周囲に人が居ないことを念入りに確認して、集まった。

 既に亜夜は目が死んでいる。ラプンツェルはそれを見て、確信を得た。

 喋られたら殺される事案だ。絶対に口封じできるアリスのみ、許すべきだと思う。

 アリスは亜夜に嫌われることを極度に嫌がる。だから、安心。

「……もういいかな」

 完全に安心と思い、ラプンツェルは亜夜を見下ろして、一度深呼吸して、アリスに覚悟をしろと前置きして、そして口を開いた。

 アリスにとっては、とても大きなことだった。亜夜にとっては、誰にも知られたくない秘密だった。

 それを、大人になったラプンツェルは切り出した。

 

「ねえ様、正直に白状してくれ。…………ねえ様は、『魔女』、なんだよな?」

 

 と。


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