ナーサリー・ライム 童話の休む場所 魔女の物語   作:らむだぜろ

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穢れた翼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然だが、一ノ瀬亜夜と言う少女には弱点がある。

 まず、運動ができない。これは足の奇形や虚弱体質が原因の先天性。

 今さら、どうしようもないことだ。

 次に、コミュニケーション能力の低さ。

 彼女の性格が基本的に嫌味で理屈的で利己的で排他的なので、嫌われて当然。

 故にボッチで、友達は少ない。

 その他、細かい弱点が多々あるが、最も大きな弱点はここだ。

 ならば逆に、強味は何か。それは精神的な構造の強さ。

 元来自分勝手な性格が災いし、嫌われる少女であるが、最強の武器である開き直りを装備した状態では、最早無敵だった。

 何が起きようとも他人に責任転嫁をして、自分は悪くないの一点張り。

 自分を正当化する理屈を見つけるのは得意で、反省もすることもないし改める気持ちもない。

 要するに、悪役としてのメンタリティは元々備え持っていたのだ。

 彼女からすれば、既に自分は魔女であると言う定義付けを完了して、害意には敵意を、殺意には悪意で反撃する準備も着々と進めている。

 物理的に補強すれば、最悪の魔女が誕生するのは間違いない訳で。

 その、物理的補強を亜夜はどんどん進めている。

 魔法の学習。また、魔女の能力に対する理解。

 無知な状態で始まった亜夜の魔女強化計画は、順調であった。

 最早単なる人間には、手をつけられないほど強大な存在になりつつあった。

 何せ、呪いという魔女の能力を理解するのに要した時間は僅か二日。

 元々勉強は無駄に得意で、理解力や応用力が高い彼女は砂が水を吸うように知識や経験を重ねていく。

 ラプンツェルが手伝いをして、呪いに対する入れ知恵をしたこともある。

 親に魔女を持つラプンツェルは、幼いながら非常に丁寧に、知っている知識を全部伝授した。

 それを基盤に、実践と練習を繰り返した亜夜は、誰にも悟られずに一人前の魔女に成長しきってしまった。

 アリスとラプンツェルの助力もあり、遂に亜夜は覚醒した。

 四人の呪いを勝手に解くため、行動を開始。

 慣れない手付きで一歩ずつ、裏で糸を引いて知られず静かに進めていく。

 童話の悪役、魔女として。目的は、四人の呪いを解くために。

 同時に亜夜は自覚している。四人の事を、とても好いていると。

 同性愛にも等しい愛情が、一気に加速、加熱され、漏れ出した。

 それを気づいたグレーテルとマーチ。

 亜夜がいつにもまして、優しく甘やかしてくれる。

 否、ここまで来ると別枠のような感じさえする。

 寵愛とでも言おうか。立場を越えて、真摯に亜夜は尽くしてくれる。

 肌で感じる奉仕の心。二人は思う。

 亜夜が悩み乗り越えて、何やら開き直り堂々としていると。

(なんというか、悪い堂々だけど……)

(わたし、は……嬉しい……かな……)

 グレーテルは呆れている。マーチは素直に受け入れた。

 ハッキリと亜夜はいうのだ。好きな皆の為に頑張ると。

 戸惑うグレーテルと、喜ぶマーチ。

 アリスは今まで以上に、亜夜にベッタリであり、素直になりつつある。

 ラプンツェルもまた、無邪気に亜夜に懐いていく。

 四人の関係性も改善されていた。

 アリスの攻撃性は怒らせない限りは発露されず、グレーテルは自立をするようになった。

 マーチは他人とのコミュニケーションを少しずつ取るように努力して、ラプンツェルはいつも通り。

 亜夜は何時も微笑んでいた。穏やかな笑みを浮かべて、そこにいた。

 だが、彼女の内部が強い怒りが蓄積している事を、皆は知らない。

 先ずは、魔女となって真っ先にするべきこと。しようと思っていたこと。

 

 それは、仕返しだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日。亜夜は、ライムに強襲をかけた。

 彼女が廊下を一人で歩いている所を、いきなり襲撃。

「い、一ノ瀬さん!? いったい何を……!?」

 有無を言わさず問答無用。驚くライムに一撃いれた。

 魔法で気絶させて、一人で羽ばたき人気のない場所へと運んでいく。

 下調べを終えて、確認しておいた近所の空き家へと、頑張って運搬。

 廃墟寸前の空き家の一室に、ライムを監禁した。

「な、何をするんですか!! ご自分が何をしているか、わかっていますか!? 誘拐ですよ!?」

「理解した上で、こうやっているんですけど?」

 とある夜更け。椅子に事前に用意した鎖で縛り付けたライムが怒鳴る。

 目の前には、翼を閉じて杖をつき、半壊する机に腰かける亜夜がいた。

 何とも愉快そうに、邪悪に表情を歪めてライムを見つめる。

 暴れて脱出を試みるが、びくともしない鎖。亜夜はバカにするように笑った。

「無駄なことを。それは魔力を分散させる鎖ですよ。魔法で脱出なんて不可能です。無論、物理も無理です」

「くっ……!」

 看護服のままのライムは、亜夜に毅然と睨み付けた。

「とうとう、反撃をしましたか……予想はしていましたよ」

「でしょうね。何せ、全部の事情を話さないクソ外道ですから。利用するだけ利用して、バカな子供を思惑通りに動かすのはさぞ、痛快だったと思いますが、ご生憎様。私はサナトリウムの人間を信用などしていません。所詮、異世界に誘拐してこき使うテロリスト集団ですから」

 ライムに言うと、彼女は鼻を鳴らして言い返す。

「……それを望んだのはそっちの世界の人間でしょう。私たちは、礼儀を尽くしている」

 要するに、亜夜たちの世界で流行っている異世界に招待しているだけだと。

 事実、何も考えずに現実に不満を持つ馬鹿者は異世界に飛ばされることを望んでいるだろう。

 給料も出している。自由もある。対価は支払っていると。

 だが。

「私はそんなの、望んでいません。大体、理の違う世界に無理矢理連れてきて、その時点で自由なんてありませんよ。こっちはあなたの世界でしょう、ライム・ナーサリア。あなたに自由はあっても、私達には一切の自由など、ない。そんなものはただのまやかし。詭弁を言えば自分等が正当化できると思ってます? 全く、愚かしいことです。もとの世界に戻れないという絶対優位を持つそっちの人間からすれば、私達は適当なことを言えば簡単に使役できるバカな子供。入ってくれば呪いも自動的に枷になる。世界のルールすら平然と利用して、異世界の私達を、童話の主人公を救うヒーローに、あるいは救世主に、英雄に仕立てあげる。持ち上げれば日常に退屈しているあんぽんたんはホイホイ言うことを聞くでしょう。見事な手腕です。日常の有り難みを理解しない近頃のノータリンの若者の心理をわかってらっしゃる」

「……ええ。否定はしませんよ。私達は、入所する子供たちを救えるなら、何でもします。異世界の若者を利用するぐらい、どうということはない」

 ライムは言った。彼女の目的は、入所する子供たちの治療だった。

 この世界の人間では根本的治療が出来ない呪いを、異世界の因子を用いて癒す。

 優先順位は、子供たち。日々死にゆく彼らを、ライムは責任を持って治そうと足掻いていた。

 その為に、亜夜たちを利用して悪びれない。謝罪はしない。必要な事だから。

 彼女には彼女の、譲れない正義があった。亜夜はそれを黙って聞いていた。

「で、一ノ瀬さんは私を捕らえてどうするおつもりです? 先に言いますが、私を脅しても、上層部は動きませんよ。私も一介の職員に過ぎませんから、無駄なことをしないのが懸命です」

 暗に、帰ることは出来ないと言われる。

 亜夜は愉快そうにクスクス笑って、ライムを嘲る。

「まさか、そんな事の為に仕出かした訳じゃないですよ? 私の目的は、別です。仕返しと、嫌がらせ。よくも利用してくれやがったな、っていう意思表示。あ、やることはやってやりますので、感謝なさい」

「減らず口を……!」

「立場があくまで上じゃないと気が済みませんか? 大人っていうのはすぐ子供が反抗すると生意気だなんだと的はずれな事を言いますよね。バカなことをしているのはどっちですか、腐れ外道が。私達を体のいい道具にしか見ていないクズが、偉そうに宣うとはいい度胸してますね。ぶっ壊しますよ?」

 ライムの立場を弁えない態度に、亜夜は余裕の笑みで脅かす。

 腰かけたまま、手のひらに炎を召喚して、ライムに見せつける。

 再び、驚愕の表情を見せるライム。

 やはりだ。亜夜は確信した。ライムは亜夜が魔女の可能性を持っていた事を知っている。

「……今度は炎の魔法ですか」

「それだけじゃありません。風、氷、水、雷、重力。それに加えて、少々理魔法を習っています」

「そんなに……!? なんで、一ノ瀬さんが多種の魔法を使えるんですか!」

 禁じられた魔法まで覚えていると言えばライムが噛みつかない訳がない。

 事実、ラプンツェルから習っている我流ではあるが、時間魔法という一種の魔法は亜夜も既に使いこなせる。

 時を加速、または減速させるだけしか出来ないが、完成形は時の停滞、即ち不老や不死すら可能にするらしい。

 そんな上位の魔法を使える時点で、亜夜は人間離れを起こしている。

 魔法が多種使える理由は知らない。だが、これだけは言える。

 

「質問に答える義理はありませんが、成る程。だったら……」

 

 ライムにはこうしたほうがきっと理解されるだろう。

 どうやら、不満らしいから見せてやることにした。

 

 ――此方のほうが、納得できますか?

 

 亜夜はニタリと笑った。

 そんなに亜夜の本性をご所望ならば仕方ない。

 亜夜はやれやれと首をふり、本質を発現する。

 

『なら、見せましょうか。あなたが知る、本当の私を』

 

 亜夜の姿が変わっていく。

 セミロングの茶色から色素が抜けて、とても濃い夜の色を交えた蒼が染め上げる。

 蒼い翼が形を失い歪んでいく。抜け落ちた羽が虚空に消える。

 背中のそれは、美しい海や空を彷彿とさせる蒼の半透明のエネルギーの塊に変貌する。

 変幻自在にあり方を変える、大きな翼。

 茶色の瞳は一瞬で鮮血の紅い色に変色する。

 吐息に薄紫の色と臭いが混じる。

 腐った肉、蛆の沸いた死骸のように、鼻が曲がりそうな強烈な死の臭いを吐き出して。

 室内に腐敗臭を満たしながら、亜夜は訊ねる。

『これが、本来の私ですか? お望み通り、見せましたよ。魔女の姿をね』

 亜夜が笑いながら聞く。

 ライムは、渋い顔で逆に聞いてきた。

「……何時から、ご自分が魔女だと気付いていたんですか?」

『海水浴の前に、一度聞きましたよね。あの時の反応を怪しんで、疑問に思っていたらこの有り様です。望んだ訳じゃないですけれど、便利そうなので使おうと思います』

 自動的になったと説明。亜夜は聞いた。なぜ、最初から魔女だと知っていたかと。

 ライムは何も言わない。亜夜に事情をこの期に及んでまだ言わないようだった。

「同じ台詞を返しましょう。答える義理はありませんよ、穢れた翼の魔女!」

『あぁ、やっぱりそっちは魔女がお嫌いですか。デスヨネー。なので、身体に聞きます』

 軽蔑と嫌悪を丸出しにして罵るライムに、思った通りの亜夜は指を鳴らした。

 すると。

「…………あなたが異世界にきた時点で持っていた履歴書。あれに、この世界におけるあなたの全てが記されているんです。あの紙は、異世界の人間の詳細が自動で記録される媒体。私は、あれを見て知りました。言わなかった理由は、魔女が嫌いなのと……子供たちに危害をくわえる可能性を危惧していたから。それ以外はありません」

『結構。筋が通っているのは驚きましたが、ならば納得しましょう。あなたは、私が思うほどクズではなかった。評価を改めて心に仕舞っておきます』

 ライムは突然、すらすらと理由を口にした。

 偽りない隠していた事実を語っていた。

 自身の言動に絶句するライム。亜夜は満足そうに頷いて、ゆっくりと立ち上がる。

「今のは……呪い!? 一ノ瀬さん、あなたって人は!!」

 一過性の呪いを受けたと自覚して、噛みつくライム。

 呪いを自白材の代わりにして、返答を聞き出した亜夜。

 躊躇うことなく、他人を呪った邪悪な魔女はけんもほろろ。

『穏便に済ませただけ温情があると思いなさい。やろうと思えば、今すぐ精神を内側から瓦解させて廃人にすることも出来るんですよ。それとも、発狂がお望みですか? フルコースでも構いませんよ?』

 有りがたく思えとけろっと言い返す。

 その精神は正しく魔女そのもの。人間のそれとは、異なりすぎる。

「やはり、魔女は魔女ですか。利己的で救いようのない諸悪の根源め……」

『ハイハイ、やっかみはあとにしてください。取り敢えず、今は証拠隠滅でもしておきますので、お覚悟を』

 吐き捨てるライムに近づく亜夜は、鬱陶しいように真紅の目を細めた。

 腐敗の臭いが寄ってくるのを嫌そうに睨むライムは、思い当たる節があった。

「そう言うこと……私の記憶を改竄する気ですね!?」

『ご明察。何分、知られたら困りますから。多少内部の作りを弄くって、私の傀儡にしてもいいんですが、そんなことすればあの子達に嫌われてしまいます。地味が一番です。ですんで、記憶だけ少し失う程度にしておきましょう。こちとら、争い事は避けたいくちですので』

 記憶を抹消して、口封じをする気だった。

 暴れて抵抗するライムだが、乱暴に亜夜に頭を掴まれた。

「痛っ!」

『仲良くなんて絶対にしませんよ。あなたは、私の敵です。何かあれば、すぐ破壊してやります。……肝に命じておきなさいな』

 消されるから意味などないが、と告げて。

 嫌がるライムの精神に、侵入して悲鳴をあげるライムの記憶をいじくり回す、邪悪なる魔女の宣戦布告。

 それは、気づかれることなく、静かに幕をあげたのだった……。


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