ナーサリー・ライム 童話の休む場所 魔女の物語   作:らむだぜろ

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今回は残酷な描写が多くなりますのでご注意下さい。


喪失

 

 

 

 

 ……サナトリウム全体が騒がしい。

 周囲を見回る。なんと、一部の職員が率先して暴れており、暴徒化しているではないか。

 そこかしこで取っ組み合いと殺しあいがおっ始めている状況だった。

 これは、酷い。何が起きている?

(一斉に呪いが暴走している……んでしょうか。しかも、大抵が危険な物ばかり。これは作為的なモノを感じる……)

 亜夜は巻き添えを恐れて、仕方なく土砂降りの中を移動する。

 中は大パニックだ。混乱を抜けるように、適当においてあった傘を拝借。

 外に出て、羽ばたいて飛翔。そのまま、ゆっくりと上昇して、滞空。

 翼は濡れるが、気にしない。

 それよりも、だ。事態解決のためにはどうすればいい。

 アリスたちは取り敢えず無事。部屋に施錠しているのを確認済み。

 冷静に判断を下す。亜夜は荒事には向かない。

 人目を避けないと魔女にはなれない。却下。

 魔法ではサナトリウムごと、消し炭にしてしまう。却下。

 それは、アリスたちの居場所を奪うことになりかねない。絶対にしない。

 故に、安全圏で様子見。

 問題は他のものたちだ。あのピニャ野郎は何をしているのか。

 これ程までに広範囲、多発的同時発生ともなれば、あのUMAでも対処は難しい。

 それこそ、分身でもできない限りは。……広がっているようだし、多分できないんだろうと思う。

 窓から見える返り血。あれは誰か死んだか。

 亜夜もさっき、部屋の前で盛大に殺したし、後片付けは大変そうだ。

 ホラー映画のような状況に、亜夜は益々不信感を抱く。

 経験上、一度にこんなに沢山暴走することはまずない。

 何せ、暴走とは言わば偶発に過ぎないし、偶然にしては天文学的な数字になるはず。

 と、なれば。外部者か、内部者の仕業か。

(故意、と言うこと。これはキナ臭くなってきました……)

 誰かが内部から、あるいは外部からサナトリウムに仕掛けてきている。

 無論、陰謀説ならそれでいい。だが、偶然と言い切るには出来すぎている。

 暴れだす人間の呪いの偏り、人数、規模。

 誰だ。誰が一体、こんなことをできる。

 ここは童話の世界だ。人を操る童話、そんな都合の良いものがあるわけが……。

 

 その時だった。

 

 土砂降りの中、薄汚いどぶねずみが列を組んで、何処かに歩いているのを亜夜は見た。

 ネズミたちは一列に何処かに向かっている。

 ネズミにはそんな習性はあるだろうか? 亜夜は知らない。

 ネズミの行き先を視線で追った。正門の方に向かっている。

 人を操る童話。……ネズミ?

(!!)

 亜夜はヒントを得て、目を見開いた。

 まさか。まさか、今ここで起きていることは。

 童話に、関係している……!?

 亜夜はハッとして、下降して室内に戻る。

 暴走している連中がどういう存在か、見る。

 大抵が亜夜と同じ。異世界出身の職員ばかりだった。

 一部、余計な者も連鎖的に悪化しているが、大本は亜夜と境遇の同じ者。

 統一性は、確かにある。危険なものばかりを選別して暴徒となっている。

 狙ったように、彼らは見境なく暴れていた。

(……まさか、この一連の騒動は!?)

 気のせいでなければ。最悪の事態を通り越している。

 亜夜は流石に慌てた。この世界の情勢はかじる程度しか知らないが、少なくと賊がいるのは聞いていた。

 山賊、海賊、そういうならず者が存在するとして。

 そして、例の呪い狩りの一件が頭を過った。

 サナトリウム付近は、ライムは確かに治安は安定していると言ったけれど。

 近くにその手の奴が居ないとは、言っていない。

 つまり。サナトリウムは、呪いの子供を集まる場所。

 施設の場所は、みんな知っている。要するに、襲撃し放題。

 ガードマンがいるわけもなく、職員の一部は子供と同じ呪い持ち。

 思想に支配された危険人物が襲ってきても、おかしくはない。

 亜夜は急いでライムを探した。あいつが一番知っているなかで偉い存在だ。

 混沌となった廊下を羽ばたいて駆け抜ける。

 事務所、いない。厨房、いない。食堂、いない。休憩室、いない。一階の要所には見当たらない。

 二階にいく。一通り探す、いない!!

(何処に隠れているんですかあの役立たず!!)

 まるっきり、お偉いさんの姿が見えないのだ。

 ライムだけじゃない。亜夜たちを統括する役職が一人も現場にいないのだ。

 苛立つように舌打ちする。周囲は無数の暴徒が暴れている。

 一人が、うまく避けていた亜夜にも襲いかかった。

 手にはハンマーが持たれている。亜夜はそちらに振り返り、

「邪魔ッ!!」

 雷撃でソイツを吹っ飛ばした。室内に響く雷鳴。

 乱暴に振るった腕から放たれる一撃は、襲撃者を貫いて焼いた。

 白煙をあげ、倒れる。多分死んではいない。死んでもいい。

 引き続き、周囲を探す。

 戦場となったサナトリウムの中を、亜夜は再び疾駆する。

 

 

 

 

 

 

 

 子供たちがまだ、何人か外に出ていた。

 右往左往しているのを見つけた。

 亜夜が発見して、仕方無く誘導する。

「早く隠れて!」

 近場に開いている部屋がなかった。

 仕方ないので、近くの休憩室の押し入れに押し込んで、内側からつっかえ棒で塞げと命じる。

 半泣きの子供はパニックになりながら、頷いて閉じ籠った。

 まるでB級のパニック映画だ。亜夜は苛立ったまま、ライムを探す。

 奴に相談しなければ、対処のしようがない。

 個々に対処していれば被害が広がる。亜夜一人でもいいから、元凶を探しに行きたい。

 だが、アリスたちに万が一があると困る。

 なので、代わりになる無事な職員を手配を頼もうと思ったのに、一定以上の役職が全員雲隠れしてやがった。

 保身か、と亜夜は考えた。死にたくないから、自分だけ子供をほっぽりだして逃げやがったのだ。

(何の為のサナトリウムですか、クソが!! こうなる可能性は重々承知しているはずなのに、武器もないんじゃ対処もできない!!)

 内部抗争となった、サナトリウムには武器がない。

 無事な職員が抵抗するための装備がないため、日常にある刃物や鈍器で武装した暴徒に一方的に蹂躙されている。

 独学で学んだ亜夜は、魔法で片っ端から仕留めていく。

 半殺しだろうが皆殺しだろうが知ったことじゃない。

 呪いが暴走したときに対処するのをピニャ野郎に任せきりにしていたつけだ。

 亜夜まで駆り出されて、無理矢理沈静化していく。

 感覚がおかしいのか、明らかに動けないのに動いて襲ってくる。

「ゾンビじゃあるまいに!!」

 悪態をついて、風で切り刻む。血達磨にして、倒れる。

 意識を失うまでやらないと、相手は止まらない。

 加減が出来ずに下手すれば死んでいる。そんなレベルでいつの間にか亜夜も戦っていた。

 一撃でも受ければ亜夜は致命傷。脆い彼女は懸命に身を守る。

 死屍累々。血と倒れた職員と傷ついた職員で地獄となったサナトリウム。

 遠くで、凄まじい倒壊の音を聞いた。正面玄関の方だった。

「な、何事ですか今度は!?」

 亜夜が向きかえる。今度は、甲高い聞いたことのあるような雄叫びが聞こえた。

 獣の声ではない。この不思議な声は、亜夜は何度か耳にした事があった。

(間延びしている……鯨の鳴き声?)

 陸ではまず聞かない、大きな鯨の咆哮だった。

 なんで陸地のど真ん中で、鯨の声が玄関からするのか。

 亜夜は頭痛を覚えて、そちらに向かおうとする。

「一ノ瀬、待て! 今玄関にいくな、死ぬぞ!!」

 背後で誰かの声がした。制止されて振り返ると、崩空が頭に湿布をして荒い呼吸でたっていた。

 白衣が血と埃で汚れて、彼も酷く疲弊している様子だった。

「く、崩空!? 無事でしたか!」

 亜夜は知り合いと合流して、慌てて近づく。

 彼は自分で、暴走から目が覚めたと説明する。

「運が良かった。雅堂の近くにいたおかげでな。俺も暴れだしちまったんだが、あいつにデコピン食らって、ちょいと外の物置まで吹っ飛ばされたおかげで意識が落ちた。で、今意識が回復して誘導に当たっている。そっちはどうだ。皆、無事か?」

 真っ先にピニャ野郎に再度吹き飛ばされて、意識が早い段階で落ちていたおかげで対処をできたと言う崩空。

 亜夜は、現状を端的に纏めて彼に伝えた。

「……チッ、我が身可愛さで子供たちを見捨てやがったか。くそ、今の俺に出来ることなんてたかが知れているじゃないか……」

 拳で壁を殴る崩空。本気で怒っていた。彼も冷静に判断して、己に出来ることはないと分かりきっていた。

 こういう男だ。真っ先に自分を客観視して、出来ないと悟ってしまう。諦めを選んでしまう。

 但し、諦めるのは自分の命だ。崩空は、ライムたちとは絶対に違う。

 優先順位を、決して間違えない男だから。

「なら、あなたも逃げますか、崩空?」

「バカを言うな。俺は職員だ。……捨てるのは自分の命だけでいい。俺の命を守るのを諦めただけに過ぎん。天秤にかけて捨てるなら、自分の方がよほどいいからな」

 こんな状況でも最善を求めて行動する。

 それがこの男であり、亜夜とはまた違うタイプの職員であった。

「バカじゃないですか、あなたは。……えぇ、地獄の一丁目ならば、私も手伝いますよ。クソの役にもたたない連中に変わって、私達がやるしかないんです」

「お前も大概だな、一ノ瀬。もう少し利己的で賢いと思っていたが」

「ほざきなさい。アリスたちが危険な目にあわないために、全部潰すだけです」

 亜夜はあくまで自分の守る好きな子達の為に。

 崩空は、兎に角打開する為に。二人は、手を組んだ。

 互いの目的を果たすべく、再び行動する。

 移動する二人。崩空は、なんとアーチェリーを取り出していた。

 いわく、前からアーチェリーをたしなみ、ある程度自衛は出来るらしい。

 サナトリウムの倉庫から拝借して、使っているようだった。

 実際、邪魔をする暴徒に素早く撃ち込み倒してしまった。

「コンパウンドって……加減しないと死にますよ!?」

「無理を言うな。これしかなかったんだ。うまくやってるさ」

 亜夜が驚いたのは、崩空が使っていたのは狩猟のためのアーチェリー。

 崩空は急所は外しているが、足を容赦なく負傷させて、動きを止めるだけだったが、一歩間違えれば殺してしまう。

 亜夜は唖然としたが、気を取り直し聞いた。

「そう言えば玄関がどうとか言ってましたが」

「ああ、そうだった。玄関にバカデカイ鯨が現れた。ヒレの代わりに手足が生えていたがあれは多分、誰かが暴走した姿だろうな。お前の翼と同じで、中身が変わるタイプだ。今は雅堂が一人で抑えているが、任せておけばいい」

「……下手に助力すれば、死にますよね?」

「ああ。十中八九、俺達がな」

 二人して無視を決め込む。

 どうやら、ピニャ野郎が割りと本気を出して奮闘しているようだった。

 先程から連続して鯨の悲鳴と破壊音、「ぬうううううううう!!」というどこぞの螺旋のラスボスよろしく叫んでいるピニャ野郎の声も聞こえた。

 あれは戦争の類いだ。加勢すれば人間をでない亜夜と崩空は巻き添えで死ぬ。

 二人は協力して、なんとか進んでいた。

 結構な数を打ち倒した。このまま行けば、なんとかなる。

 亜夜は元凶を後回しにしようと思った。

 

 ――その時だった。

 

「一ノ瀬ダメだッ!! 止まれェッ!!」

 

 何かに気付いた崩空が鋭く叫ぶ。

 前を移動していた亜夜は、それに気付かなかった。

 ちく、たく、と。

 場違いな時計の針の音を聞いた気がした。

「……えっ?」

 目の前に。突然、真横から何かが飛び出してきた。

 倒れていた職員の下から。不意打ちで、大きなシルエットが、亜夜に飛び付いたのだ。

 着地間際、大口を開けて、亜夜の……両足を。

 

 がぶりと。

 

 噛み、ちぎった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――うあああぁぁああああああぁぁあッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!? ワニが、何でこんなところにいる!?」

 亜夜が悲鳴と多量出血を起こして、墜落。

 紅い色を蒼い羽に混ぜて、墜ちた。

 無様に廊下を汚して、倒れた亜夜。

 そこにワニが再び近寄った。

 激昂する崩空が、思い切り引き絞った一撃で、何かを噛み砕くワニを狙って放った。

 空を切り、疾走した一発がワニの脳天を貫き、直撃。

 巨大なワニが悶えているのを、亜夜は倒れながら見た。

 痛い。痛い。何が、起きたのか分かんない。

 ただ、両足が痛い。あと、何かが変だった。

 足の感覚が、短い。腿より下の感覚が、消えた。

 足が、軽くなった。なんで? あのワニは、一体何を食べているんだ?

「一ノ瀬、しっかりしろ!! 直ぐに医者に連れて……!?」

 助け起こした崩空の言葉が、途中で切れた。

 彼は、下を見て絶句した。そして、悲痛そうに目を背けた。

 痛みと出血が酷いのか、視界が霞む亜夜は呆然とその表情を見上げている。

 頭が激痛でおかしくなっていた。

「畜生、畜生ォッ!! 何でだ……何で間に合わなかったんだ、俺はァ!!」

 強い後悔と自責の言葉を叫び、崩空は立ち上がった。

 誰に言うまでもなく、彼は叫ぶ。

「死なせるか……死なせるものかよ!! 今度こそ、今度こそ俺がッ!!」

「くす……から……?」

 温かい水が、亜夜の頬に当たった。

 何だろう? よく見えない。よくわからない。

 感覚が麻痺していく。痛みが、理解できなくなる。

 彼は走り出す。訳が分からないが、背後で大きな追いかけてくる。

 あれはワニ。まだ、狙っているようだった。

「ゎ……に……」

「もういい、喋るな一ノ瀬! 待ってろ、必ず助ける!!」

 弱々しく追っ手がいるのを知らせる亜夜に、彼は痛々しい声で言った。

 疾走する廊下。そこで、狼頭が合流して戻ってきた。

「崩空、こっちは終わった! そっちは」

「雅堂! ワニだ!! ワニがいる!! 奴が追ってきている、止めてくれ!!」

 雅堂も腕のなかにいた、亜夜を見て絶句。そして。

 

「――貴様ァッ!!」

 

 今までで聞いたことがないほど、足止めに残り激怒した人狼が追ってきたワニを素手で捕まえた。

 そのまま持ち上げて、床に叩きつけた。床が冗談のように、大きく陥没して破壊されていた。

 亜夜が見たのはそれだけだった。途切れそうな意識が、完全にブラックアウトする前に。

 崩空が、何処かに駆け込んで、大声を張り上げた。

 よく聞こえなかったがけれど、亜夜の意識は……そこで、途切れてしまった。

 

 

 

 

 

 

「医者は、医者はいるか!? 一ノ瀬が両足をワニに食い千切られた!! 速く治療してくれ、死んでしまう!」

 


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