ナーサリー・ライム 童話の休む場所 魔女の物語   作:らむだぜろ

22 / 24
童話の夏祭り

 

 

 

 

 

 

 

 新人、玖塚に仕事の基本を叩き込む。

 あまり物覚えの良くない彼は、亜夜の素っ気ない言動になぜかビビりながら懸命にこなしていく。

 亜夜としても、教え方が雑で分かりにくいうえに、他人に対し関心が薄いのでマイペースに進める。

 要するに、教導に向かない性格。

 それでも、亜夜に何か感じるのか玖塚は必死に覚えていた。

 ……いわく、彼の担当は引きこもりらしく、まだ上手く対応ができていない。

 アドバイスを求められるが、

「……と、言われても」

 自分の面倒を見る子供を手籠めにしている変態に聞いても正に無意味で、参考にならず。

 結局、彼は自分で頑張ることにした。

 亜夜が病室送りにされている間に、近場では夏祭りが開催されているらしい。

 皆は是非行きたいと亜夜にせがむ。

 新人の玖塚の基礎を教え込んだ亜夜は、苦笑いを浮かべて、了承した。

 他にも近場だけあり、結構な子供たちが行くらしい。

 崩空なども顔を出すと言っていた。

 そんな中だったのに。

 災いは、何度でも理不尽を振り撒いてくる。

 その背に、呪いを背負っている限り。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏祭りの会場に行く前に、皆は楽しそうに準備をしていた。

 亜夜といく初めてのお祭りに、テンションは高めであった。

 然し……。

「やはり、止めさせるべきでしょうか?」

「迷うな、あんな楽しそうにされちまうと」

 亜夜たち職員は、事務所に集まって暗い表情であった。

 理由は、ライムに警告されたのだ。

 

 ――夏祭りの会場に、不味い連中が紛れている。

 

 件の、呪い狩りの人間が、あの騒ぎを目敏く発見して、探りを入れているようだった。

 お祭りをぶち壊しにしてでも、仕掛けてくる過激派だ。

 特に亜夜、雅堂は翼に頭と直ぐに呪いを持っているとバレる。

 普段出掛ける顔見知りもそろそろいる商店街だ。

 サナトリウムと知られているが、多分知れば直接も来るだろう。

 その時は、武力衝突も辞さない構えで。

「どうするんだ。祭りに行くのか?」

 一部のお偉いさんに問われる。

 襲われれば、行政である以上騎士団が必ず動く。

 大規模な戦争になり得る可能性すら否定できない。

 亜夜は迷った。安全を取るべきなのだろう。

 然し、あの楽しそうな空気をぶち壊すのは心苦しい。

 折角、一緒にいくのを楽しみにしてくれるのに。

「……」

 命の危険がある。

 連中は、呪いを持つ人間を人権を認めないと聞いた。

 現実はそんなものは関係なく、等しく人間なのだが知ったことではないと。

 まるで、魔女のように断罪の名を掲げて、殺しに来る。

 楽しい時間が、悲しみの時間になるのだ。

「…………」

 行くべきか? たかが、夏祭り。

 来年もあるだろう、危険を犯してまで行くべきではない。

 理屈は、亜夜に撤回を推奨する。

 感情は、欲望は違った。

 来年まで、自分がいるとは限らない。

 亜夜は所詮、外側の異邦人。

 果たして、機会を逃せば次はあるのか。

 それだけの価値は、ないと言い切れるのか?

 笑顔を見るためならば、命懸けも已む無し。

 そう決めているのではないか?

 感情は続行を推奨する。

 理屈の反論。自分の命だけで済むと思うな。

 四人を危機にさらし、万が一があればお前に責任は取れるのか。

 感情の指摘。誰が自分達だけで行くと言った。

 無論、楯は用意していくとも。他人という、身代わりをな。

 せめぎあう感情と理屈。結果。

「……行きましょう」

 亜夜は、続行を決定した。

 望むのならば、行くだけだ。無論、危険と皆に言い聞かせる。

 それで、行かないと言うのならば取り止める。

 最後の判断はそれで間に合う。

 妥協した結論を出した。

「シャルが見物にいくって言うんで……」

 付き添いに、雅堂も行くとため息をついて言った。

 結局、祭りに行くと言い出す連中は、ある程度集団で行くことにした。

 なるべく短時間に、人気のない場所にいかずに、纏まって行動せよとこと。

 祭りをする商店街にも、通達していざとなれば逃げ込む場所も確保した。

 安全対策は万全に。武装をしていく職員もいる。

 最近になり特訓を始めた成果を試されそうだ。

 職員同士で連絡を取り合い、何かあれば直ぐに逃げられるようにしておく。

 そう話し合い、決定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな。落ち着いて、聞いてくださいね」

 自分の部屋に戻り、興奮しているラプンツェルやアリスに悪いけど、と前置きして事情を説明。

 要約して危ないけど本当にいく? と聞いた。

「え、行くわよ? 当然でしょ」

「……心配だし、一応行くよ」

「行きたい、です……」

「絶対行くのー!」

 アリスはキョトンと、グレーテルは心配そうに、マーチは控えめに、ラプンツェルはワガママに。

 全員一致で行くつもり満々であった。

 危ないというのに、亜夜が何とかしてくれると信じきっていた。

「ああ、何かあればあたしも戦うわ。ほら、知ってるでしょ亜夜は」

 けろっとアリスは言い切った。三人が首を傾げる。

 亜夜は察して、了解した。

 そう言えば、アリスはこの四人の中で唯一、不思議の国で戦争を経験していた。

 彼女だけは、血に慣れている。殺すのも躊躇がない。亜夜の敵は切り捨てる。

 アリスなら、多分そう言うだろう。

「襲ってくるなら殺すだけよ。正当防衛よ正当防衛」

「過剰防衛にならないといいんですけど……」

「テロに加減なんて必要ないわ。あたしは人間よ。勝手な理屈で価値を見下げる奴等には負けないわ」

 流石、女王を殺した女は格が違う。亜夜のように、相手が悪いで一蹴した。

 亜夜もそれには、苦笑する。まあ、そう考えれば迷いもなくなる。

 気にしないでいい。襲ってくるなら殺してしまえばいいのだ。

 亜夜はそれだけの能力があるのだから。

「そうですね……。いざとなれば、前衛は託しますよアリス」

「ええ。あたしの背中は任せるからね、亜夜」

 三人に、アリスは荒事経験ありと簡単に説明。

 以前は暴力という形だったが、今は箍が外れている。

 自分のためには抜けなかった『剣』も、亜夜のためなら、迷わず抜ける。

 何年も使っていない武器だけれど、必ず手元にはある。役に立てるハズだ。

「アリス……本当に大丈夫なの? 遊びじゃないよ?」

「舐めないで、グレーテル。あたしは殺しには慣れているの。……亜夜が望むなら、人だって殺せるのよ?」

 グレーテルが問うと、ギロリと碧眼を濁らせてアリスが睨む。

 碧眼の底に、黒い闇を覗かせて。グレーテルはイヤそうに顔をしかめた。

 マーチはそれを見て怯えていた。ラプンツェルも眉をひそめる。

「やり過ぎないでよ」

「場合によるわね」

 ダメだこりゃ、とグレーテルは背中を向ける。

 アリスの奴、どうやら本気で言っていると思う。

 何があったか知らないが、アリスの性格ならあり得る。

 少ないもの大切なものを死に物狂いでしがみつく女だ。

 常識や法が通じるような精神などとうに過ぎている。

 やらせたいようにするしかない。

 この手の相手は、抑圧すると暴走する。

 好き放題に解き放つほうが利口なのだ。

「……アリス」

「大丈夫、マーチやラプンツェルにはなにもしないから。……多分」

「なんで多分なの……?」

 マーチが心配しているのに、多分と言ってラプンツェルに突っ込まれる。

 手が早いアリスなら納得だが、果たして期待していいものか。

 兎に角、夏祭りにお洒落して向かう一行だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏祭りの準備を終える。

 十分に警戒して、十分に準備して、十分に装備していざ出発。

 ある程度集団と護衛に、なんと商店街のお店のおやっさんたちが駆けつけてくれた。

 いつも贔屓に買い物をしてくれるお得意様を差別する集団は許せないとか言って豪快に笑っていた。

 どう見てもヤバい連中である。というか、異様な集団が現れた。

 筋骨隆々、タンクトップ一枚の筋肉達磨が何人も子供や職員についていた。

 流石地元民。交流していると、こうも味方してくれるらしい。

 警棒や手甲などで武装している、おやっさんたち。

 出店の方は、奥さんたちが切り盛りしていると笑って言っていた。

 で、肝心の亜夜の集団は。

「ねぇ、先ずは身内の危険因子を排除しない? 名案でしょう?」

「そうだよね、そうに決まっている。姉さん退いて、そいつ倒せない」

 亜夜の担当、崩空の担当、そしてピニャ野郎とシャルだった。

 涼しい格好のアリスとグレーテルが、ピニャ野郎にかぼすとすだちの香り漂う棒を構えていた。

「待って、なにもしてないよね!? 僕無害だよ!?」

「……などと容疑者は意味不明な供述を繰り返しており……」

「止めろ一ノ瀬ェ!! 妙なナレーションつけるな死亡フラグに――」

 慌てるピニャ野郎に、亜夜は冷静にナレーションで攻撃を誘導。

 そして、審判は訪れる。

「はい、果汁ぶしゃー」

「びぃぃぃぃぃにゃあああああ!?」

 背後から、赤い帽子をかぶったキャミソールにホットパンツ姿のシャルが、無慈悲に柚子の果汁をうなじにかけた。

 半袖だったピニャ野郎は、道に転がって悲鳴をあげる。

 余程苦しいのか痒いのか、必死に足掻いている。

「……お兄ちゃん、あれ……」

「気にするな。あの宇宙人は、柑橘類が弱点なんだ」

 手をひく小さな女の子達を引き連れる、崩空は突っ込みを放棄していた。

 簡略化された浴衣をきて、わざわざ背中に分解したアーチェリーを背負った彼は、自分の世話をする子供に宇宙人をいじめてはいけないと教えていた。

「痒い、めっちゃ痒い!!」

「……」

 何とか立ち上がって、騒ぎながら歩き出すピニャ野郎。

 それを見て、亜夜は疑問を感じてラプンツェルが丁度食べていたアイスに入っていたレモンの輪切りを貰った。

 痒そうにもがくピニャ野郎。一声かける。

「雅堂」

「なに? ……ほがぁ!?」

 振り返った彼の口に、レモンを発射。

 吸い込まれるレモンを反射的に口を塞ぐ。

 すると。

「あ、美味しい。レモンかな、これ」

 そのまま凍った生の輪切りを食べやがった。

 ごっくんと飲み込む。言葉を失う亜夜。

 柑橘類のなかでも、レモンは大丈夫だったのかと驚く。

「ご馳走さま、サンキュー」

 お礼を言って、また痒みに立ち向かう。

 なんでレモンは平気でかぼす、すだちに柚子はダメなのか。

 理解できない亜夜だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会場に到着。

 皆で、はぐれないように固まりつつ、物色開始。

「亜夜、あれ食べたい!」

「はいはい」

 ラプンツェルが片っ端から屋台の食べ物を食べ歩く。

 みんなで目の届く範囲で、適当に購入して食べる。

 予算はサナトリウムから出ているのでいいが、しかしよく食べるものだ。

 周囲の人混みはスゴいが、互いに視認しあっているので問題はない。

「姉さん、あれなに?」

「ん、なんです?」

 グレーテルは射的に興味があるようで、少し立ち止まってみんなでやる。

「へぇ……射的か。あたしに任せて!」

 シャルが張り切ってチャレンジ。こちらも片っ端から射止める。

 狙いが鋭い。景品がどんどん取れる。

「僕もやってみるかな」

「ん……あれが欲しいのか? 分かった」

 ピニャ野郎と崩空も参戦。

 アーチェリーが得意な崩空は分かるが、なぜピニャ野郎が投げると当たった景品が壁にぶつかる。

 屋台の店主が驚いていた。奴が投げる速度が速すぎて視認できない。

 で、目ぼしいものは全部確保。

 グレーテルには、クッションカバーがシャルからプレゼント。

 あとで、中に羽毛を詰め込むらしい。亜夜の羽だった。

 グレーテルが礼を述べる。シャルも満更でもない顔で照れていた。

 で、次に入るのは……大食いの店。

 一定時間に食べきったら賞金が貰えるとか。

「面白そうだ。僕、行ってくる」

 ピニャ野郎の本格参戦。

 お金を支払い、スタートのブザーが鳴った。

 すると。

「なっ……!?」

 亜夜が目を疑った。

 ホットドッグの食い放題。それに挑む狼はまさに餓えた獣。

 麺類のように、端から飲み込んでいくではないか!!

 しかも水もない。ただ、貪っている。出されるそれらを、次から次へと。

 全員が絶句した。なんと言うケダモノ魂。

 ガツガツと食べまくり、五分後。

「……ふぅ。もう少しマスタードが強くてもいいかな」

 合計65も食い漁った化け物が、足りなさそうに呟いて最高記録を更新した。

 ご馳走さま、と頭を下げて立ち上がる。店主があまりの剣幕に笑って、賞金を手渡していた。

 凄まじい記録だった。まるで某ピンクの悪魔。

「底無しブラックホール……」

「失礼な。味わっていたさ」

 亜夜の感想に、そんな事を言いながら雅堂は戻ってきた。

 一行はそれからも、目一杯楽しんだ。

 アリスがフランクフルトを喉に詰まらせ。

 マーチが焼きそばをもそもそ食べて笑っている。

 ジュース一気飲みで亜夜と崩空が勝負して、亜夜が大勝利して。

 などと、たくさん楽しみ、満足した帰り道、事件は起こる。

 すっかりと忘れていた、連中のお出ましだった……。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。