ナーサリー・ライム 童話の休む場所 魔女の物語   作:らむだぜろ

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魔女と受け入れる妹

 

 

 

 

 

 亜夜が行ったことは、恐らくは事情を知らない人間からすれば、さぞかし残虐な行為に見えるだろう。

 アリスには、まだ言い分がある。追い詰められた状況のなかで、彼女の呪いは暴走した。

 精神状態にアリスは左右され、我を忘れる極限に追い込まれれば、最悪殺しても何らおかしくはない。

 逆上して、アリスは殺してしまった。亜夜は、そう戻ったときに説明した。

 明確にわかる、偽りの報告。それでも、言い訳は必要だった。

 アリスには、泥は被せない。被るのなら、己一人。

 何故なら。バレてしまえば、もう出来ることは何もない。

 開き直ろう。亜夜は、魔女だと、サナトリウムの人間にバレてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 呪い狩りの人間を、大量に虐殺した。

 亜夜は、40を越えるその半数を皆殺しにした。

 アリスは、またその半分を自分で殺した。

 止めに、雅堂が半殺しにしていた相手まで丁寧に殺した。

 生きていても、余計な情報を吐かせないために亜夜がワザワザ近寄って、呪いで精神をズタズタに刻んでしまった。

 誰一人、無事に帰ることは叶わなかった。全員、何かしらで死んだ。

 命あっても中身を亜夜が殺した。

 騎士団がサナトリウムの通報で現場に駆けつけたときには、虐殺の惨状が残っているだけ。

 本人はけろっとして、サナトリウムに帰ってきていた。

 共闘していた雅堂は直ぐ様事情を聞かれ、ライムに全て客観的になるように語った。

 己の目で見たこと、聞いたこと、感じたこと。

 統合すると、こうなった。

「あいつは……確かに魔女でした。間違いない、人類の天敵と言われても納得できる所業の数々。僕は……なにも、出来なかった」

 強い後悔を浮かべていた。彼は止めるべきだったと思うと同時に、この結果は当然の末路とも思う。

 亜夜の考えは見えない。彼女は決して、語らなかった。理解しないで良い、と背中で拒絶を出していた。

 雅堂は苦悩する。どうすれば良かったのか。己が殺すべきだったのか。

 あるいは、亜夜を説得すれば現状は多少なりとも改善していたのか。

「分からない……。僕には、何が正しかったのか、全部分からないんです……」

 項垂れて、ライムに聞く。あの時、自分はどうすれば良かったのか。

 何をすれば、あんなに死人を出さずに済んだのか。どう動けば、結末を変えられたのか。

 亜夜の立場を考え、相手の思想を見る限り、仕方無しと思うのは間違いか?

 テロリストに情けをかけた雅堂は甘かったのか? 

 善悪を越えて、最早どうすれば良かったのかさえ、見失っていた。

 後始末は、サナトリウムが騎士団に相談し、混乱を避けるべくもみ消した。

 実際、呪い狩りというテロリストの集団が近場にいるとなるとパニックになる。

 そこで、騎士団とテロリストの大規模な抗争があった、と周囲に知らせた。

 サナトリウムも、魔女がいることは流石に不味いと判断して黙っていた。

 必然的に、アリスが窮地で暴走して、更に亜夜が皆を守るべく防衛で皆殺しにしたという曲解した事実を伝えた。

 騎士団も、呪いの理解はしている。しかも、相手は末期状態の民草を狙ったテロリスト。

 容赦なく、悪は呪い狩りだと決めつけて、自分達の手柄にした。

 無用な混乱を避けることと、自分達の名誉欲しさに彼らは事実を闇に葬ったのだ。

 相手はテロリスト。連中の妄執などどうでもいい。過激派を殺すのは悪ではない。

 話し合いすら応じず、無抵抗な子供を狙って武力で弾圧することを正義と掲げる異常者。

 そんなものは、死んで当然と言わんばかりの対応だった。

 要するに、あれだけ殺しても二人は無罪放免。

 理由もなく襲ってきた相手が悪いで、お咎め無しだった。

 表向きは。ただ、亜夜は別だった。

 サナトリウムの間で、亜夜の処遇をどうするか、相談している最中。

 亜夜は、無期限の停職を言い渡されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 亜夜の部屋。

 自分の部屋を抜け出した四人も、共にいた。

 五人は、それぞれ表情が違っていた。

 アリスは、不機嫌そうに壁際に座って寄りかかる。

 ラプンツェルはいつぞやの大人状態で、渋い顔で腕を組んでいた。

 マーチは、どうすればいいのか分からず視線を泳がせて沈黙。

 グレーテルは、ただ悲しそうに亜夜を見ている。

 亜夜は、優雅にコーヒーを飲んでのんびりしていた。

 魔女だとバレた。周囲から、関わりを避けられる。

 知っていたことだった。だから、隠したのに。

 亜夜が、自分で、台無しにした。

「……どうするんだ、ねえ様。連中に、殺される大義名分を与えてしまったが」

 アリスの部屋着を借りたラプンツェルに問われて、亜夜は涼しい顔で返答。

「別に? どうもしませんよ。下手に取り繕えば逆効果。やましい事がないなら、堂々としていればいいんです。襲ってくるなら、壊しますしね」

 亜夜はバレた手前、何もできないと分かってしまった。

 自滅で知られてしまったのだ。妙な真似をすれば尚更怪しい。

 故に、大人しくしているしかない、と。

「亜夜は何も悪くないわ。襲ってきたあいつらが悪いのよ。意味わかんない戯れ言で、殺されてたまるもんですか」

 アリスは依然、亜夜の味方だった。過剰であろうが防衛に過ぎない、と言いきる。

 実際、亜夜は自分から襲ったにしても、既にその時には周囲には取り囲み、武器を手にした男が包囲していた。

 先手を打って、被害を抑えただけ。アリスは連中が悪だと宣う。

「…………亜夜、さんは……わたしたち、に……なにも、しないん、ですか……?」

「しませんよ。いったでしょう、マーチ。私は、みんなを守ると。守る相手を自分で傷つけるほど、狂っている覚えはありません」

 マーチは少し違っていた。

 いいや、違うというか……なんと言えばいいんだろう。

 亜夜が目の前で人を殺すのを目撃したのはショックだった。

 でも、それ以上に、なにもしていない、生きているだけで迫害されて殺されそうになった事がショックだった。

 話には聞いていた。けれど、あんな理不尽を体現したか如く、意味の通らない言い分で一方的に暴力を振るわれかけた。

 ……あれは、まるで。

(あの人……みたいで……怖かった……)

 知っている。経験で身体に刻まれた苦痛と恐怖。

 あのような人間が、他にもたくさんいた。それが、とても怖かった。

 亜夜に対しての恐怖は微塵もない。この人は、ただ純粋に守ってくれただけ。

 言ったことを、実行しただけ。過激だったけれども、少なくともマーチに向かう感情は変わらない。

 どうすればいいのか。亜夜は魔女だ。魔女は殺さないといけないと言う。

 でも、マーチは……そんなこと、したくない。漸く、愛してくれる人がいるのに。

 法と感情。マーチはその間で、板挟みになっていた。

「……」

 そして。唯一、魔女の恐怖を間近で体験しているグレーテルは。

 深い悲しみを抱いていた。そう、悲しみ。

 憎悪でも、恐怖でも、怒りでもない。悲しいだけだった。

「姉さん……酷いよ……」

 ずっと避難する目で見ていたグレーテルが、ようやく喋った。

 開口一番、亜夜を責める言葉が出る。然し、それは湿っていた。

 見れば、グレーテルは泣き出していた。

 溢れる涙で、顔がくしゃくしゃになっていた。

「姉さん、私に気遣って言わないでいたんでしょ……? 私が、お兄ちゃんを魔女に殺されたの知ってるから……」

「……ええ」

 腕で涙を拭うグレーテルの発言に、皆が驚愕の表情で見た。

 グレーテルは、全部ぶちまけた。もう、隠すほどでもない。

 いっそ、打ち明けた方が楽だった。

 実家が貧乏で、口減らしに魔女のいる森で捨てられたこと。

 兄と放浪して、魔女のお菓子の家を発見して食べ散らかしたこと。

 見つかって、食われそうになって、兄が庇って、魔女と戦い、目の前で共に死んだこと。

 その際、死に際の魔女から呪いを受けたこと。全てを吐き出した。

「…………」

 亜夜は、真顔になって、グレーテルを見つめる。

 グレーテルの壮絶な過去を聞いて、皆悲痛そうな表情に変わった。

「私は……お兄ちゃんを、魔女に殺されたから……魔女が憎い。怒りだってある。悔しさだってある。それは、否定しない。けど……」

 グレーテルは、俯いて言葉を紡ぐ。

 涙が床に流れていく。前髪で表情は見えない。

「けど……私は、姉さん何度も助けられた。前の騒ぎの時だって、今回の時だって。なにもできなかった無力な私を、姉さんは足を失ってでも、守ってくれた。そんな人を……私が、殺せると思ってるの……?」

 顔をあげたグレーテルは、亜夜に泣きながら問う。

 亜夜は、口を開く。その前に。

「自棄みたいに生きてた私を、散々構ってくれたよね。あんなに優しくしてくれたよね。酷いこと言ったけど、姉さんはそれで向き合ってくれたよね……」

 ぐすっ、と鼻をすすったグレーテルは、大きく息を吸った。

 そして。

「――そんな姉さんをッ!! 私が、殺せるわけないじゃんッ!!」

 グレーテルは、亜夜に向かって初めて怒鳴った。

 泣きながら、立ち上がると亜夜に近づくや、胸ぐらを掴んで持ち上げる。

 一瞬で殺気立つアリスを、ラプンツェルが手で制した。今は黙って見ていろ、と一瞥して言う。

 渋々、アリスは我慢した。

 亜夜が苦しそうにしているのを、構わずグレーテルは叫ぶ。

「私を気遣ってくれたのは嬉しい、けど……だからって、除け者にしないでよ!! 私がどれだけ寂しかったか、姉さんは分かってない!! 一方的に愛してくれるだけじゃ嫌なのに!! 愛しただけで満足しないで!! ちゃんと私の心も見てよ、受け取ってよ!! その気遣いが私は苦しいのッ!! 私だって、私だって……ッ! もう、愛してくれる人は姉さんしか居ないんだよ!? 好きだっていってくれる親しい人は、誰もいないのッ!! 姉さんが魔女だからなに!? 姉さんが自分から誰かを理由なく呪ったの、殺したの!? 違うでしょ!! 全部、全部……私達を守ってくれただけ! その感情を、私が分からないと思わないでッ!! 守られるだけじゃ嫌だって言ったのに、姉さんはまだ私を信じてくれない! 私に出来ることは姉さんを信じること! だったら、私を信じて! 姉さんが魔女でも、私を愛してくれた人に違いはないじゃない!! 姉さんを恨んだり、憎んだりもしない! 信じてよ、お願いだからッ……!!」

 次第に弱まる力。

 溜まっていた不満を全て亜夜に吐き出して、グレーテルは亜夜を抱き締める。

 呆然とする亜夜。本当に、亜夜は……他人の機微に鈍かった。

「姉さん……。お願いだから、私を一人にしないで……。寂しいよ……。一人は、もういや……。いやなの……」

「グレーテル……ごめんなさい。私が間違っていました」

 亜夜は、グレーテルに謝罪して、抱擁に応えた。

 自分から腕を背中に回して、優しく包む。

 彼女はアリスたちが知っていて、自分だけが知らないのが寂しかった。

 理由は理解できるけど、その気配りが余計に苦しかった。

 確かに、亜夜が魔女だったと知ったときは、今までの言動を疑った。

 でもすぐにそれは改めた。亜夜は一度もグレーテルを突き放すことをしなかった。

 こんな面倒くさい女を、何時でも笑顔で接してくれた。

 何度も何度も守ってくれた。そこに、偽りが混じる余地などなかった。

 亜夜の愛情は、偽物でもなければ空っぽでもなかった。

 優しくて、柔らかくて、温かい忘れていた気持ちだった。

 幸せ。それを、亜夜はずっと与えてくれていた。

 数分無言で抱き締めて、アリスが嫉妬して歯軋りを我慢しきれないぐらい経過した頃。

 グレーテルは、泣き止んでいた。亜夜にそのまま言った。

「姉さん、もう私にも隠し事はしないでほしいな。私は、姉さんの妹だよ。姉妹なんだから、そういうのは無し。私も、なるべく姉さん頼るから。私は、姉さんが魔女でも何でも関係ない。過去は、魔女だったからって覆らないもの。私が好きなのは、姉さんそのもの。ねっ? 姉さん」

「グレーテル……」

 何だか、色々吹っ切れた。

 今まで苛まれた罪悪感や負い目が、消えていく。

 全部亜夜にぶつけて、スッキリしたのかもしれない。

 誰かに素直に甘える事を、グレーテルは思い出した。

 この人は、大切な姉。この世界でただ一人の、血の繋がらない姉なのだ。

 血縁などなくとも、今度からはなにも無しに振る舞おう。

(私は一ノ瀬亜夜の妹、グレーテル・アインス。たとえ、世界が姉さん否定したとしても、妹として姉さんを守る。私は姉さんの愛されるだけの妹じゃない。姉さんの横に立つ妹になる。姉さんを愛する妹になりたい。だからまずは、この状況を打破しようか!)

 とうとう、三人目。グレーテル、覚醒。

 魔女の被害者でありながら、一ノ瀬亜夜という魔女を肯定する過ちに進む決意をした。

 見れば、生気に乏しかった亜夜に似た茶色の瞳は、完全に死んでいる。

 ハイライトを失った、大きな濁りの穴が二つ、顔にぽっかりと空いていた。

 愚かであろう。暴挙であろう。だから、どうした。

(もう、大切な人を失うのは嫌だ。だから、抗えるなら何だってしてやる。気に入らないけど、アリスと手を組んだっていい。他人を殺したっていい。身代わりにしたっていい。私は、それで姉さん護れるなら……やってやろうじゃない。私にとって、それが幸せだと思うし)

 要するに、亜夜が人類の敵ならば人類なんて死ねばいい。

 グレーテルは、そういう結論になった。たった一つの大切なもの。

 その為に、何もかも犠牲にしても構わない。

 これ以上、失う痛みは負いたくない。故に、他人に痛みを押し付ける。

「……あのー? グレーテル、顔が怖い……」

「えっ、怖かった? ゴメンね姉さん」

 少し引いていた亜夜を改めて、自分の膝の上に乗っけるグレーテル。

 羽が邪魔くさいが、これすら姉の一部と思うといとおしい。

「グレーテル、何羨ましいことしてんのよ!?」

 アリスが我慢ならずに立ち上がった。

 発育はグレーテルのほうが良いため、こう言うこともできる。

「アリスにはやらせないし。これは妹の特権だよ。部外者は引っ込んでろ、バーカ! 姉さん、今日も可愛いよ」

「…………えへへっ」

「む、ムカつくッ!! 絶対ぶっ殺す……ッ!!」

 ベーッと舌を出して威嚇するグレーテル。

 プッツンしたアリスが殴りかかるが、ラプンツェルが慌てて制止する。

「なにやってんだ、二人して!! 今は非常時! ねえ様は鼻血垂らして満足感浸って愉悦してないで、現状打開の方法を考えてくれ! マーチ、苦笑している暇があるならアリスを止めるの手伝って!!」

 何だか、いつも通りの魔女の日常になっていた。

 四人の間は無事に解決。本番は、ここからだった。


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