ナーサリー・ライム 童話の休む場所 魔女の物語   作:らむだぜろ

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本作のアリスは旧作のアリスとは境遇が全く異なります。
旧作のアリスはデレが強いヤンデレでしたが、こっちは割りとチョロいちょろインです。
結局ヤンデレ化は免れませんが……。


独りぼっちのアリス

 

 

 

 

 

 小さい頃の記憶が曖昧な人間と言うのは、意外と多いと思う。

 けれども、アリスは違う。辛い経験しかないからか、よく覚えている。

 少女の名前は、アリス。アリス・ジャーヴィス。良家のお嬢様として生まれた経歴を持つ。

 彼女には、とても優秀で出来のよい、年の離れた姉がいた。

 何をしても完璧にこなして、何をさせても満点を出す。

 俗にいう、天才。才能の塊のような人であった。

 幼いアリスは思った。

 

 …………怖い。

 

 アリスは物心ついた頃から、姉がとても怖かった。

 何故なら、姉がまず、人間に見えなかったから。

 何で努力しないで何でもできる? 

 何でなにもしないで理解できる?

 この人は、本当に自分と同じ血を引く家族なのか?

 幼いながら、アリスは姉の異常性に気がついていた。

 気付いていなかったのは、受かれていた両親や親族だけ。

 それほど、姉は異様に何でもできた。

 アリスは、対して。普通の、不器用な女の子だった。

 確かに物覚えは悪く、手先が不器用で、失敗も多かった。

 けれど、両親はそれをアリスの才能がないからだと決めつけた。

 自分達の英才教育が間違っていないと、姉を基準に判断して幼いアリスに落胆し続けた。

 凡才。凡人。まだこの罵りはよい方で、何時しか約たたず、無能と過激になっていった。

 アリスは懸命に努力した。

 死に物狂いで必死になって、友達や夢を持つことなく、ただ両親に認めて貰いたいが為に。

 ……だけど。姉には、勝てなかった。

 軈て、アリスは気付くのだ。姉は、化け物であると。

 人間ではない、よく似た単なる化け物。

 ……姉は、アリスに興味を示さなかった。

「なんで、アリスはこれぐらい出来ないの?」

 よく、姉がアリスに聞いた言葉だった。

 自分と似た顔を、呆れを浮かべて理解できないように。

 これぐらいって何だ。魔法を書物を読んだだけで習得できる姉が化け物なだけ。

 規格外が、凡人にバカを言うな。アリスは言い返した。

「あんたと一緒にしないで、化け物!!」

 アリスは姉を化け物と呼ぶようになった。

 両親はアリスに対して、辛く、冷たく当たるようになったのは学校に通い始める頃。

 最早当たり前の首席をとる姉のせいで、優秀な姉妹の妹というレッテルのせいで余計に苦しんだ。

 学校でも、自宅でも。アリスは誰にも、認めて貰えなかった。

 アリスの人生には、常に姉と両親の重圧と周囲の落胆が付き物だった。

 そんな頃、アリスは時計を持ったウサギを追いかける。

 自宅の庭で、ふて寝をしている時に、見覚えのないそれを追いかけて、物語は始まってしまった。

 彼女の人生を破壊する、悪夢の童話が……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリスは得体の知れない世界へと放り込まれた。

 頭がイカれた帽子屋に、喋る玉子にせっかちなウサギ。

 意味のわからない事をほざく、不気味な浮かぶ猫。

 今思えば、彼女は選択を誤っていた。

 人生で初めて、アリスを『友達』だといってくれた。

 奴等を、信じるべきではなかったと。

 初めてできた友達と言われた事が嬉しくて、はしゃいでいたからああなった。

 突然、お茶会に乱入してきた謎の女。

 それは、その世界をおさめる、ワガママで傲慢なハートの女王。

 侵入者であるアリスを殺すべく、襲ってきた。

 アリスはいきなり殺されそうになって、逃げ惑った。

 しまいには、大きな魔物に襲われ死にかけて、なんとか手に入れていたガラスの剣で斬首して生き残り。 

 それでも襲ってくる諦めない女王の寄越したトランプの兵士を数えきれないほど殺した。

 アリスは思った。夢なら覚めて。悪夢なら早く覚めて、と。何度も。

 然しそれらは夢ではなく。受けた傷は痛みを発して、自覚させる。

 アリスは絶望した。なんで。なんでアリスばかりが、こんな不幸な目に遭う。

 アリスが一体、何をしたというのか。努力の成果を認められず、両親には見捨てられ、姉には興味すら失われ。

 しかも、ウサギや時計屋はあっさりと裏切り、女王の手先になっていた。

 猫はニヤニヤ笑っているだけ。助けてくれやしなかった。

 裏切られたと知ったとき、アリスは何もかも嫌になった。

 周りが。世界が。全部滅べばいいと思ったぐらい、悲しかった。

 それを怒りと憎しみに転嫁して戦った。皆殺しにしてもなお、ヒステリックに女王は叫ぶ。

 アリスを殺せ、処刑しろと。アリスもキレた。

 なにも知らずに侵入したことは謝ろう。

 だからって、いきなり殺しに来るとかこの女頭がおかしい。

 警告ぐらいしろ。話し合いの席を持て。というか、話を聞け。

 どいつもこいつも、アリスを何だと思っているのか。

 そこまでアリスは生きてちゃいけないか。目障りだと言うのか。

「いい加減に……してよォッ!!」

 アリスはもう、限界だった。

 なんで、みんなしてアリスを否定し続ける。

 アリスの事を、認めてくれない。

 アリスはそんなに鬱陶しい?

 みんなして、否定するなら。アリスから、願い下げだ。

 こんな連中、こんな世界、全部纏めて壊してやる。

 アリスは壊れてしまった。全員殺さないと、死ぬと覚悟を決めた。

 死にたくないから、殺すしかない。迷いなんてない。

 襲ってくるものは全て切り捨てた。女王も手駒を失い、最後にはアリスに命乞いもした。

 助けて、死にたくないと。アリスはこう、返答した。

「あんたは、何にも聞かなかったわ。あたしの話なんて。だから、あたしも聞かない。このまま死んじゃえ」

 バッサリと、頭に剣を突き刺して殺した。

 裏切った連中は逃がしてしまったが、どうでもいい。

 アリスは、疲れはててそのまま戦場のど真ん中で倒れしまった。

 死骸のなかで、二度と誰も信じないと誓いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現実世界では、アリスは行方不明になっていたらしい。

 一週間ほどして、自宅から近い森の中で、彼女は横たわって発見された。

 周囲は、一面大量虐殺を行った大惨事の血の海。

 彼女はその中で、一人眠っていた。

 然し周囲には殺された生き物は残っておらず、周囲の木々や地面、彼女の服が血塗れになっていただけ。

 警察に捜査されても、アリスはなにも言わなかった。どうせ、信じないと知っていた。

 両親も何度も事情聴取を受けて、辟易していた。

 アリスに文句を言えば、以前とうってかわってアリスは反撃してきた。

 暴力で、なにかを言えば器物を破壊して、使用人を負傷させ、とうとう姉にまで手をかけた。

 ちょっとした口論になったとき、姉はアリスを不出来と罵倒した。

 アリスは直ぐ様逆上し、姉の首を絞めあげた。引っ掴み、冷酷な表情で静かに問う。

「何時までも調子にのって、良い気になってんじゃないわよ。無能だなんだって、あんたにあたしの気持ちが分かるっての? 全部独り占めしている、人間の皮を被ったこの化け物。化け物は化け物らしく、あいつらのお人形になってりゃ良いのよ」

 バタバタ手足を振るって暴れる姉を持ち上げて、睨みあげて言い放つ。

 次第に姉は顔色が白くなる。

 それを使用人が発見して、両親にちくった。

 直ぐ様駆けつける両親に向かって、アリスは姉を投げ捨てた。

 咳き込む姉を見下して、そして怒鳴り散らす父が彼女の胸ぐらを掴んで叫んだ。

 

 ――この呪われた出来損ないめっ!!

 

 無表情で父を見上げるアリスは思った。

 ああ、自分は魔女の呪いを拾ってきたのか、と。

 呆然と、喚き散らす父を見上げて、五月蝿いので殴り飛ばした。

 あれほど、認めてほしかった相手なのに。

 躊躇なく、殴れた。失望してしまったからか。

 頬にめり込む己の拳。威力がありすぎて、口内を切ったのか吹っ飛び倒れる父。

 口のはしから、血を流して顔をあげた。

 あるいは、気づいてしまったのかもしれない。

 ……こんな連中に認められても、アリスには既に生きる居場所も生きる理由もない。

「呪われている……。そ。あたしは、おかしくなっているわけか。じゃあいいわ。出てってやる。もう懲り懲りよ。報われない努力も、終わらない否定の声も、聞きあきた。……出ていってあげるわよ、こんな家。あたしから、願い下げ。お望み通り、そこの化け物でも愛でて楽しく生きていけば? あたしは生憎と、そっちのご希望には添えないしね」

 実際、家庭はアリスをいないもの扱いしていた。

 もう、アリスという存在はこの家にはなかった。

 だから、出ていく。取り敢えず両親も姉ももう一度、憂さ晴らしと怨念返しでブッ飛ばした。

 長年の仕返しをされて、三人はアリスを強く畏怖した。

 そして、最初で最後のワガママを彼女は、血の滴る拳を見せて言ったのだ。

 

「二度と、帰ってこれない場所に連れてきなさい。出てってあげるから」

 

 ……結果。

 アリスは数年前、境遇を同じくする呪われた子供しかいないこのサナトリウムに入所したのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリス・ジャーヴィスの呪いは『精神状態によって五感の情報が左右される』というもの。

 精神がマイナスになればなるだけ、被害妄想のように思考が偏り、暴力的な行動に走りやすくなる。

 事実、アリスはサナトリウムでも手を焼かれる厄介者として有名だった。

 すぐキレる。すぐ手を出す。加減を知らない暴力女。

 だって、アリスはそうするしか方法を知らなかったから。

 絶対に他人を信じないために、孤独を選んだから。

 こうすれば、誰も寄ってこない。自分が傷つかずにすむ。

 自分を守るために、暴力で他人を遠ざけて、独りぼっちを選んだ。

 わざと不機嫌に振る舞い、最悪な女を演じている方がずっと楽だった。

 落胆されるより、失望されるより、裏切られるよりも、ずっと。

 そうやって、精神の均衡を取ってきた。 

 前の自分を担当していた男は嫌なやつで、セクハラするわいじめてくるわで最悪だった。

 なので、アリスは暴力で何とかしようとするも、奴も腕っぷしが強かった。

 逆襲されて、何度かひどい目にあった。

 その都度、一人で泣いていた。誰も助けてくれないのは知っている。

 だって、そういう振る舞いをしているもの。辛いことも、受け止めないといけない。

 今回も、そう思っていたのだが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギャッ!!」

 

 その日は、違った。

 いつも通り、みたくもないイヤらしい面の男が近寄ってきた。

 アリスの部屋の中で、近寄ってくる変態。

 また人気ない場所でセクハラされる。絶対に抵抗する身構えるアリスの前で。

 知らない女の子が部屋のなかに突然ドアを乱暴に開いて乱入し、助けに入ってくれた。

 

「このクズッ!! 死になさい、女の敵ッ!!」

 

 なんと杖をついた、年下と思われる幼い女の子が、自分よりも体格の大きな男の股ぐらを金属の棒で殴打したのだ。

 大きな蒼い翼を羽ばたかせて突撃、いきなりの攻撃だった。

 怒鳴りあげて、怒りを見せる彼女は容赦なかった。

「発情期のクソ猿が……! 誰に手を出しているのか、わかってんですかッ!?」

 男が何か言い返すと、更に攻撃。

 嫌な音が聞こえた。内股になり、股間を押さえて悶える男。

 女の子は、冷たい目線で、念入りに止めをさした。

 棒で数度、追撃に手の上から股間を殴りまくった。

 甲高い悲鳴が連続して、青ざめる職員を呆然と見ているアリス。

 やがて、呻いている男を無視して、アリスに笑顔で近づく女の子。

「貴方が、アリス・ジャーヴィスであっていますね?」 

 焦げ茶のセミロングの何だか不健康そうな子供?

 然し、職員が着用を義務付けされた白衣を着ている。

「……えっ? 誰、あんた?」

「一ノ瀬亜夜と申します。本日より、貴方の世話を担当するものです。以後、お見知りおきをする前に、そこの猿を殺していきますので少々お待ちください」 

 どうやら、念願の担当の異動が決まったようで、新しい奴が来た。

 来たのは、いいが……。

「私の担当する女の子に汚いシモを見せて喜ぶなど許せませんッ!! 私がいる限り、させませんよこの変態がッ!!」

 何だか凄く怒っている。

 呆然とするアリスの前で、またも股間を執拗に踏み潰す。

 グシャッという、完全に潰れた音がした。

 裏返った断末魔が聞こえて、誰か慌てて入ってきた。

「一ノ瀬さん、落ち着いて! って、あぁ……。遅かったですか……」

 ライムとかいう看護師だった。

 涙を流して痙攣する男を見下ろしてため息をついた。

「何て事を……一応職員ですよ? 本日付で首ですけど」

「ライムさんがこいつ知ってて放置するからですよ。女の子が泣いているのに無視するなんて私は認める気はないのですよ。こんな猿、去勢しなければアリスが報われませんし、何より私の腹の虫がおさまりません」

「だからって……」

 ライムと口論する彼女は、何とアリスを守ろうとしてくれているようだった。

 現に、たった今、アリスが泣いていた理由を物理で潰してしまった。

 自業自得で、職員にすら庇われなかったアリスを、初対面の彼女は、救ってくれた。行動で護ってくれた。

「……あんたが、新しいあたしの担当なの?」

 呆然としているアリスが聞くと、彼女――亜夜は振り返り、微笑んで首肯。

「はい。アリスのことは、私が守ります。責任を持って。私がいる限り、二度とセクハラで泣かなくていいんです。独りで悲しい思いをしないでいいんです。私が居ますから」

 アリスは思った。

 この屈託のない笑顔は、本気だと。アリスの事を、本気で案じてくれていた。

 彼女は、亜夜と名乗るこの子は、違う。

 行動して、見ず知らずのアリスを、実際に助けてくれた。

 孤独だったアリスを……近づいて、手を差し伸べてくれるかもしれない。

 近づいても……平気かもしれない。信じても……いいかもしれない。

 言葉だけじゃない。アリスにとって、自分の味方をしてくれる人は、久しぶり。

 あるいは、サナトリウムのなかでは、初めてだったかも知れなかった。

「亜夜……。亜夜って、呼んでも、いい?」

 気がつけば、アリスは……自分から亜夜に、手を出していた。

 亜夜は不思議そうに首を傾げるが、笑顔で許してくれた。

「良いですよ、アリス。私も、そう呼びますから」

 アリスは感じた。

 この子とは、うまく行ける。

 きっと、仲良く出来そう。

 そう、予感めいたなにかを感じた。

 それはきっと、運命と呼べるかも、なんて。

 アリスは知らない。

 人、これをちょろインと言う。

 アリス・ジャーヴィスの世界は、この日から劇的に変わる。

 蒼い翼を持つ、少女によって。

 それが、少女の呪いだとは、知らぬまま。


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