『夢の話』   作:聖華

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第4章 視点が飛んで

 そこは強いて形容するならば、壁のない書斎のようだった。堂々横たわる長机を中心として、本棚や燭台といった家具、毛並みのいい絨毯などが並び――そうした景色が、限りなく外に続いていっている。天井には等間隔に照明がぶら下がっていた。

 長机の短い辺に座って、二人は互いに向かい合う。

 

「そんな訳で、今から改めて情報収集に向かおうと思うんだ」

 

 ハンスは砂糖とミルクを紅茶にたっぷり溶かし込むと、ずずっと啜った。

 ……どうやら熱かったらしく、慌ててカップから口を離すと、ふーふーと息を吹きかける。羽根飾りのついた帽子は、お茶菓子の乗った小皿の隣に置かれていた。

 

「ピーターとの会話でいろいろとキーワードをもらったからね。これを元に調査を進めれば、また新しい手がかりが得られるはずさ」

「そう上手く事が運ぶかねぇ」

 

 対面、同じく帽子を傍らに置いたマグスは、コーヒーのドス黒い水面に唇を添えた。薄い唇が湯気ごと黒色を啜って、やがてふぅと息を吐く。砂糖やミルクの入れ物でワチャワチャとしたハンスの手元に対して、こちらにはソーサーとマグカップだけが置かれていた。

 

「ピーター・ザ・キッドはキミ(ボク)の知っての通り、子どもたちを守るという特性(ヒーロー像)を強く持つキャストだ。その彼が手を焼いている以上、やはり一筋縄ではいかないだろう」

「少なくともキミ(ボク)と同じ程度には理解しているとも。だけど、ピーターにも言った通りだ。彼に出来なくとも、ボクになら出来ることもある」

 

 ハンスは小皿のクッキーをぽりぽりとしておいてから、歯に挟まった細かいクズをミルクティーで流し込む。「んんっ」と感動に息を漏らして、酷く幸せそうな顔。

 

「上手くいったらいいなぁ、くらいに期待しつつ、最善を尽くすだけだとも」

「ボクはつくづく、『ハンス』と『マグス・クラウン』が同じ人間であることを不思議に思うよ」

「そうかなぁ。ボクは一人で二人っていうの、なんだかお得でいいと思うのだけれど」

「人を安売りしているリンゴみたいに言うの、やめないかい」

 

 ぱっぱっと手袋についたお菓子の粉を払うと、ハンスは使っていた食器を家事用の魔法陣の上に重ねて置いた。

 帽子を被り直して、席から立ち上がる。片手を下へおろしてやると、そこにトランクがふっと現れた。

 

「あっ、クッキー缶はそのまま机に置いておいて。情報が出たら、また楽屋(ここ)にメモを残しにくるから」

「おいおい、こっちに戻ってくる度にクッキーを消費するつもりかい」

「クッキー一枚で一個おつかいをこなしてくれるって、ブラウニー程度にコストパフォーマンスがいいよね!」

 

 じとりと見やる青い瞳にウインクを返しておくと、ハンスはそのまま遠く向こうの方へと歩いていく。姿を隠すようにひらりと白い蝶が舞いあがると、それきり部屋の中は静かになった。

 一人残されたマグスは長い睫毛をゆっくり瞬かせると、コーヒーをすっかり飲み干した。ブラックの、眼が冴えるような苦味と後味が、口いっぱいに広がった。

 

キミ(ボク)が甘い物を食べたり飲んだりすると、ボクの舌もいくらか甘くなるのだけど……」

 

 呟き溜め息などつくと、彼は道化の帽子ですっかりと顔を覆った。ハンスの歩いて行った方角とは、真逆へと歩いていく。椅子は後ろ足で机にしまっておいた。

 

「ああ、本当に――」

 

 *

 

「――大丈夫かなぁ、(ボク)

「安心して下さい! このシュネーヴィッツェンが出るからには、皆さんには輝かしい勝利を約束しましょう!」

「おや、聞かれてしまったか……そりゃあどうも、ありがたい」

 

 ブイッと二本の指を立て、快活に笑う少女。ここで訂正を入れるのは野暮というものだろう。マグスはただ、道化師らしく大袈裟に礼をした。

 今、彼ら彼女らは、巨大な城を背に森の茂る戦場を見据えていた。マグスの隣では、話しかけてきた姫騎士シュネーヴィッツェンの他に、二人のキャストが出陣の準備を整えている。ランプが遠く空に跳ねるのを見て、「悪くない見世物じゃ」なんて賛辞を述べる声。

 

 ハンスには既に試合に出る旨は伝えてある、しばらく『楽屋』への扉は閉めておくことにした。

 同一人物である。異なる世界にあっても、常に視界や感覚を同化させておくことは可能ではあるのだが、それをやると脳の処理が追いつかない。よっぽど片方が働きかけない限りは、ああしてワンクッションを置いてやり取りをしているのだ。

 

「ところでプリンセス、一つお伺いしても?」

「はい、なんでしょう!」

「どうしてファイターが同じチームに四人も居るんだい?」

「かぐやさんとマリクさんを呼ぼうとしたら、他の試合があるからって断られてしまって。急遽もう片方の方を呼んできました!」

 

 マグスは『もう少し融通を利かせても良かったのではないかなぁ』と思いこそすれど、やはり口に出すのはやめておいたのだった。

 

 *

 

 その日少年は塀に向かってボールを蹴って、一人遊びしていました。

 

「みんな、遅いでやんの」

 

 血色の良いほっぺたをむすーっと膨らませて、ぽてんぽてん、跳ね返ってくるボールを蹴りつけます。

 彼はなんてことはない、どこにでもいる少年です。半袖半ズボンから健康的な、けれどもまだほっそりとした手足を出して、短く揃えた髪の下には好奇心にきらきらと輝く瞳を隠し持っていました。

 

 住宅地の端、家々の間が広いこの区画は、子どもたちの格好の遊び場です。昼間大人たちが海や市場に出かけている時間はほとんど人通りがなくて、どれだけ走り回ってボールを蹴っても、昼寝をしていた野良猫や捨てられた木箱に被害が出るだけでした。

 それに、港町特有のぐねぐね曲がった細い路地は、追いかけっこやかくれんぼにピッタリなのです。

 

 ぽてん、ころころ。

 

「ぁ」

 

 少年は小さく声を漏らしました。うっかり変なところを蹴ってしまったので、ボールが路地に入り込んでしまったのです。

 とててと路地の入口に駆け寄ると、少年は中を覗き込んでみました。レンガの塀に囲まれた細い道はやたらと薄暗く、奥に行くほど暗くなっていくようです。ボールは奥の曲がり角の向こうに、ころころと吸い込まれていってしまいました。

 

 一旦、少年は路地から体を離して、右に左に辺りをきょろきょろ。けれども、じりじりと太陽に焼ける石畳には、ちょっとの影もありませんでした。ただ、カモメがきゅーいきゅーいと鳴いているばかり。

 うーん、と少年は考え込みます。そういえば、最近お隣の隣のさらに隣のクリスが、ゴロツキたちに連れ去られそうになったと聞きました。そうじゃなくても、この辺りの子どもたちは、ロストボーイズたちに『白いお化けに気を付けろ』なんて言い聞かせられています。自分一人で暗い路地裏に入るのは、ほんの少しだけ怖かったのです。

 

「……ううん、怖がってちゃダメだ!」

 

 ぱんっと自分の頬を気付けに叩くと、ぎゅっと拳を握りしめます。

 

「これくらいで怖がってるようじゃ、いつまでたってもピーターから羽根飾りをもらえないよ。それに、それこそ怖いモノが出たら、ピーターがすぐにかけつけてくれるさ!」

 

 一人頷くと、少年は意を決して路地に入っていきます。

 日陰に入った所為か、それとも得体のしれない何かの為でしょうか? どことなくひんやりした空気が漂っているようで、少年はぷるると体を震わせます。それでも、ロストボーイズたちと同じように、ピーターとそっくりな羽根飾りをつけた自分の姿を頭に浮かべて、奥へ奥へと歩いていきます。

 途中、空き瓶を蹴飛ばしてしまって、その音にビックリ仰天しながらも進んで。とうとうボールの消えたあの曲がり角に一歩、足を踏みこみました。

 

「やぁ、こんにちは」

 

 路地の先に居たのは、ゴロツキでも白いお化けでもありませんでした。

 ピンクの髪にちょこんと帽子を乗せた青年は、にっこり笑うと彼に声をかけます。

 

「これはキミのボールかな? あんまり良いシュートだったから、こんな方まで飛んできてしまったみたいだね」

 

 青年はぽかんとしている少年の頭をぽんぽん撫でると、「はい」とボールを渡してくれます。

 

「キミ、友だちと遊んでいるところだったりするかい? 実はお兄さん、ちょっと聞きたい事があって」

 

 ピンク色の髪の毛をして、黒いスーツを着た、片眼鏡の青年。その姿は――少年が噂に聞いていた、あの人の人相とそっくりそのまま同じだったのでした。

 

 *

 

「あっ、お兄さんは怪しい者じゃなくってね。ここでお話しするのが怖かったら、違う場所でも――」

 

 ハンスの目の前、ボールを胸元に抱えた少年は、くるり踵を返すとどこかへ走り去っていってしまった。呼び止める暇もないくらい、一目散である。とたたたた、と軽い足音。

 一人、路地に置き去りになったハンスは、自分の顎を擦って「うーん」と唸った。

 

「これで三戦三敗かぁ」

 

 街での情報収集は、途中まではまったくの順調だった。酒場の前で道に水を撒いている男性や、宿の受付の女性、あるいは果物の安売りをしている店員。大人たちから話を聞く分には、特別不自由することはなかった。それどころか果物売りのおばさんからは、パイナップルを丸々一個オマケされた。

 ところが、子どもにターゲットを変えた途端、これが敗戦に敗戦を重ねている。話術の末の敗北ならまだ納得も行くのだが、

 

「今みたいにお話をする前に、どこかに行っちゃうんだよねぇ……マグス(ボク)ならともかく、ボクは子ども受けもそこそこだと思っていたんだけどなぁ」

 

 ここは第一印象でガッと心を掴むしかないかと、掌でぼんやりと魔法の練習。魔力で作った白い蝶を、そのまま飴玉にすり替えてみていた、その時である。

 

「なぁなぁ、今のどうやったんだ!?」

 

 視界の上側に、緑色をしたマフラーの先がひょこっと迷いこんできた。ちらり視線を上げれば、逆さまにぶらさがった少年の顔と目が合う。好奇心にきらきらと瞳が輝いていた。

 ハンスは目をパチクリとさせると、そっと、飴玉を乗った手をピーターに差し出してやる。飴玉はあっという間に包装を剥がされて、少年の口に消えていった。

 

「ちょっとした手品だよ。蝶に目を取られている間に、こそっと服の裾から飴を出したんだ」

「ほへぇ、まひょうとかひゃにゃいんひゃな」

「なんだったら、キミにだって出来るとも。ほら、掌に蝶の代わりに小さな竜巻を使って、揺れるマフラーのところに何か隠しておくのさ」

「ん! それ、超いいアイデアじゃん! もーらいっ!」

 

 もごもごしていた飴をガリボリ齧って食べてしまうと、ピーターはぐっと親指を立ててハンスの前に突き出した。

 けれども、すぐにハッとした顔になって、今度は何やら咳払いをしてみせる。

 

「それよりも! やっぱり苦戦してるみたいだな? 事件の調査」

「おや、見ていたのかい?」

「子どもにあげようとしたリンゴを、犬に掻っ攫われた辺りから見てたさ」

 

 逆さまで居ることに飽きたのか、ピーターは近くの塀の上に下りた。そのまま座りこむと、頬杖をついてにやにや笑ってハンスを見る。『それ見たことか!』といった顔だ。

 

「言っただろう? アンタの手は借りないってさ。これならやっぱり、その必要はないみたいだ!」

「ははっ、この調子だとわりと否定できないんだよなぁ……うーん、ボクもまだまだだ」

 

 乾いた笑いと共に、ハンスがこめかみのところをポリポリと掻いた、その時だ。

 

「居たーっ!!」

 

 突然響いた大声に、ピーターとハンスはほとんど同時に振り返る。

 見れば、どうしたことだろう。大勢の足音を伴って、路地の向こうから十人ほどの子どもがやってくるところだった。その中には、ついさっきと十数分前と数十分前に逃げていってしまった、あの子どもたちの姿もある。

 

 ピーターは軽く手をあげると、「よぉ、お前ら」なんて子どもたちに挨拶をする。

 

「なんだ、俺のこと探してたのか? 呼んでくれれば、俺はどこにだって飛んでいくのに」

「あっ、ピーターも居るー!」

「……?」

 

 きょとんとするピーターを他所に、小さな、それこそ七歳くらいの子どもが前に出て来る。狭い路地は今やすっかり子どもの群れで埋まっていた。

 男の子はハンスの方を見ると、いかにも表情をパァと輝かせる。ハンスもこの子には覚えがあったので、「やぁ」なんて気さくに手を振ってみた。ピーターは何事かと、子どもとハンスの顔を交互に見比べている。

 

「ピーター、あのね。この人、ぼくのことをたすけてくれたんだよ!」

「助けたなんてそんな。ボクは悪い大人に『そんなことしちゃいけないよ』って注意をしただけさ」

 

 この男の子はハンスが柄の悪い男たちに囲まれる切っ掛けとなった、まさにその人であったのだ。

 小さな男の子に続いて、他の子どもたちもピーターやハンスの足元に駆け寄ってきて、みんなでいっぺんに話し始める。ピーターは手でどうどうとやっていて、ハンスはいろんな子の頭をよしよしと撫でてやっていた。

 

「ぼく、おいかけっこしてたら、ぜんぜん、前見えなくなっちゃって、わるいヤツにぶつかっちゃったんだ」

「オレこわくてなにもできなかった……ごめんなさい、ピーター」

「オレはロストボーイズとかピーターを呼びに行ってたぜ!」

「でもそれ、このピンクの人が悪いヤツに連れていかれた後じゃん」

「この人、周りの誰よりも先に悪いヤツに話しかけたんです! 『その子も謝っているじゃないか』って」

「ピーターより弱っちそうなのにね」

「広場で笛吹いてた時、ヘンなヤツなんて言ってごめんなー」

「でもやっぱりこの兄ちゃんのカッコウ変だよな。学者サン?」

「学者さんだったら、多分もっと賢そうでもっといやみったらしいと思うよ」

 

 わちゃわちゃとしていた子どもたちは、ピーターの「おーちーつーけーっ!」という言葉で、ぴたっと黙りこんだ。

 ハンスは一人感心する。子どもたちは大声に驚いたからではなしに、ただ『ピーターがそういうから』黙ったに過ぎなかったのだ。

 

「いいか、話す時は順番に……俺が何か返事をしてから言うこと! えーっと、それで……コイツが、チビのことをゴロツキ連中から庇ってやったってことだよな?」

 

 ハンスを指さすピーターに、子どもたちはみんな揃ってこくこく頷く。そうして全員で一斉に話し始めようとしては、やれボクが先だとか、やれジャンケンで決めようとかやり始めるので、ピーターは「それじゃあ……そこから右に話していくんだ。俺から見て右な!」なんて言わなければならなかった。ハンスはハンスで、ここで自分が下手に手品など披露しようものなら、ピーターの指揮のキャパティシィを超えてしまうに違いないと、大人しく見守る。

 ピーターに指さされた子どもは、いかにも誇らしげに語った。

 

「オレたち、にーちゃんがあの後どうなったか分からなかったし、チビがありがとうって言いたいっていうから、みんなで協力してにーちゃんを探すことにしたんだ。ピーターはさいきん……たいへんそうだったから」

「なるほど?」

「それで――」

「次はぼくが話す番ーっ! でも、やっぱりピーターはすごいや。おチビを助けてくれたヒーローと、とっくの昔に友だちになってただなんて!」

 

 この時、ピーターはハンスになんともいえない表情を向けた。

 ハンスはただただ笑顔を浮かべておく。

 

「え、えーっと、その、コイツとはだな……」

「もしかして、ピーターがよそから呼んだ助っ人だったり?」

「でも大人だよ?」

「それじゃあ、ピーターの部下とか!」

「それだ!」

 

 ピーターは再びハンスの顔を見た。

 ハンスは、今度はピースサインと共にウィンクを飛ばしておく。

 

 しばらく「うー」だとか「あー」だとか、唸り声をあげて頭をガシガシ掻いていたピーターだったが。

 

「コイツは、アレだよ。……最近いろいろな事件が起こってて……その、大人のことは大人に始末を付けさせることにしたんだ。ほら、お父さんやお母さんが怪我したら、たいへんなのは子どもだからな。俺がお前たちを守ってる間、大人の番は大人にさせるって寸法さ!」

 

 「トーゼン、最終的に街の平和を守るのは俺だけど!」なんて胸を張って付け足すと、周りの子どもたちからは「おー!」と歓声が上がった。ハンスもその隣でパチパチ拍手をしておく。良い笑顔だった。

 

「俺は今からコイツと『作戦会議』をしなくちゃいけないから、お前たちは向こうで遊んできな」

「わかった!」

「おにーさん、また遊ぼうねー!」

 

 子どもの群れは連れ合って狭い路地を去っていく。「ぼくも『さくせんかいぎ』出たかったなー」と言う子に「ピーターがああいってるんだからダメだよ!」なんて声が上がる辺り、子どもたちのピーターに対する信頼が伺い知れるというものだ。

 子どもたちの背中に手を振っていたハンスは、改めてピーターに向き直った。

 

「さて、そんな訳でピーター。ボクはキミの部下ってことでいいかな? なんなら日雇い程度でもいいけども」

「……俺は子どもの味方の味方だ。子どものオヤツやオモチャなんかは、悔しいけど大人が作った方が上手くいくことが多いし」

 

 ため息。それから、気を取り直すようにぶんぶん頭を振ると、今度はニカッと笑ってハンスに手を差し出した。この切り替えの速さは、間違いなく子どもの特権だろう。

 

「しかたねぇから、おっさんを部下にしておいてやるよ!」

「ふふっ、こいつはどうも。けど、おっさんという呼び方は止めて欲しいなぁ」

 

 差し出された手を掴んで握手。結んだ手を軽く振りながら、ハンスは気取って帽子を持ち上げ会釈をした。

 

「ここは友好の証として、気安くハンスと呼んでくれ給え! ふふ」

 

 *

 

「ヒーロー、ねぇ。(ボク)ならともかく、道化には過ぎた肩書だよ」

 

 帰城(ワープ)中の片手間、ハンスの記憶を覗いたマグスは一人ぼやいた。自嘲混じりの言葉だった。

 彼には自覚があった。つまり、自分は『吉備津彦』や『サンドリヨン』のような、誰かに憧れる為のキャスト(偶像)ではないのだと。

 

「さて、こうなると気になるのは他のキャストの動向……特に、目下警戒すべきは」

 

 ……2、3、4。ワープ完了。

 とんっ、と靴底が噴水の魔法陣を叩いた。癒しの魔力がページの綻びを治していくのを、笛を手元で遊ばせながら確認する。ぴろぴろと魔笛の音が、城前の静寂に響いた。

 

「『ナイトメア・キッド』。『ピーター・ザ・キッド』のアナザーキャストにして、影の少年。夢をもって誰かを守るではなしに、悪夢をもって敵を排除する在り方」

 

 あとで楽屋の方にメモを残しておこうか、いや事が起こった時にはボクが出る訳だし構いはしないか。

 そんなことを思考しながら、宙に浮かせた指先を右から左にすぅっと動かし、戦場のマップを開く。

 

「とはいえ、まずはこちらをどうにかしないとねぇ」

 

 移動の矢印を引くと、目的地に向かって歩いて行った。


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