タイシンが尊い
第8話 トレーナー契約
「エアグルーヴ、君はまだ僕の事を何も知らない。少し他のトレーナーができない事をできるだけだ。指導が下手かもしれないし、レースプランも無理を強いるかもしれない」
「…それでも貴方は…いや、貴様は私を支えてくれるのだろう?」
売り言葉に買い言葉。押しが強いとかではなく勝負の世界に生きると決めているからこうなった彼女達は強い。
「専属トレーナーにもなれない。何人かのウマ娘に可能ならトレーナーになると約束はしてしまっている。それでも…」
「クドイ。私は貴様だから良いのだ。それで間違っていたなら私の欲求が…いや、私の考えが間違っていただけの話。それとも私では力不足か?」
「そんな事はない!あっ……」
即座に否定した事に思わず声が漏れる。エアグルーヴはそれを聞いて気分を良くしたのか眼を細め、笑みを浮かべた。
負けたな。
「頼むぞ、トレーナー。私は私の夢に全力を尽くそう。だが未熟者ゆえに失敗もするだろう。その時はまたこうして話を聞いて欲しい」
掴まれた裾を離され、右手を差し出される。
「お互いに支えられる関係を築いていこう」
僕はその右手を黙って握るしか選択肢は無かった。
第8話 ランチ
「エアグルーヴ先輩が男の人とランチを食べてる」
「新しいトレーナーさんなのかな?」
ひそひそと聞こえてくるウマ娘達の会話を他所に僕とエアグルーヴは向かい合って食事をしていた。
「…勘違いするな。あくまで試用期間のトレーナーが居ただけだ」
ドリアを食べながらチラチラと此方を見てくる。
「気にしてないよ。君程のウマ娘ならそんな事もあると思うし」
「…そうか。なら良い。所で私以外のウマ娘が誰か教えてほしい」
「リップサービスかも知れないけど予定はオグリキャップとスーパークリークって名前だよ」
ガチャ…
エアグルーヴが持っていたスプーンを落として皿の上に落として驚いた顔で此方を見る。
「す、すまない。もう一度頼む」
「オグリキャップとスーパークリーク」
頭を抱え込むエアグルーヴ。何かおかしいのだろうか。
「どうやってスカウトした」
「オグリキャップは焼肉食べた帰り、スーパークリークは今さっき此処に来る途中で逆スカウトされた」
「貴様は………いやいい。私はその二人に見劣りしていないか?」
「詳しい事は分からないけど今の時期の優劣なんて意味ないよ。精々…」
エアグルーヴの眼が下がる。ああ、どうも違うらしい。
「エアグルーヴ」
眼を合わせ真っ直ぐと見る。そうだ、デビュー前のこの子も不安はあるのだ。
「君は強い。他のウマ娘に見劣りなんてしない。三年あればシンボリルドルフにすら劣らないウマ娘になれる」
「…ふっ、何処からその自信が来るんだ」
「君が選んだトレーナーだからね」
ピコピコと動く耳を見ながら懐かしい感覚を思い出す。もう何年も前のそれこそ始まりの時の感覚。
「おい」
「うん?」
「……今は私と食事中だ」
それだけ言ってエアグルーヴは黙々と食べ始めた。耳は動いたままだった。