馬の居ない世界で   作:暁椿

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明日のイベントに向けてタキオンを育てながら思った事があります。
このウマ娘、自分の事を自分よりわかるトレーナーに出逢ったらどうなるのだろうと。
特に他意はありません。他意はありませんが筆は動きそうです


第11話

第11話 母のアドバイス

 

「珍しい事もあるね。あんたからこんな夜中に電話なんて」

 

 母の声を聞いて改めて聞くべきかどうかをエアグルーヴは悩んでいた。だが電話を掛けてしまったのだから話すしかない。

 

「今日、トレーナーが就くことになりました」

 

「トレーナー?選抜レースもまだなのに御眼鏡に適うトレーナーが見つかったのかい。いや、それなら戻ってきた時に話すか…トレーナーはどんな人だった?」

 

 電話越しの母の声に少しだけ安堵する。深呼吸をして私は本題を話し始めた。

 

「ミスターシービーの元トレーナーです」

 

 母が深呼吸するのがわかる。もし私が逆の立場なら立ち眩みで倒れている。

 

「強引に押し切りました。此処で必要なのは理性ではないと判断したのです…ですが一人になって急に怖くなりました」

 

そう、私は怖くなったのだ。掴み取った物が、手繰り寄せた物が分不相応ではないのか。それを否定も肯定もできない私が居た。

 

それがとてつも無く嫌になった。

 

「エアグルーヴ」

 

秒針が一周するかしないかの瀬戸際で母が声を出す。

 

「あんたは私の自慢の娘だ。昔から真面目すぎることだけがあんたの欠点だった。だがその考えも今日改める。何があってもしがみついてそのトレーナーから離れるな。これは母親としてとターフに先に立った先人としてのアドバイスだよ」

 

初めて聞く母の声色。冷たく鋭い声が私の心臓を握りしめる。

 

「身の丈に合ったトレーナーでは無いと思うなら本気で練習をすれば良い。加減も全てあの坊やがやってくれる」

 

 やはり知っていた。

 

「お母様はトレーナーについて何を知っているのですか?」

 

「何を…ね。難しい質問だ。私が答えても良いがそれはあんたの為にならない。ある意味であんたは生涯のパートナーを今日選んだ。私がお父さんを選んだのと同じだ。だからエアグルーヴ。迷い悩むのは良い。それが若さだ。ただ疑いや嘘はダメ。あの坊やは誰よりも真摯でどのトレーナーよりもウマ娘を信じている。シービーのお嬢ちゃんから離れたのも…これはお節介だね」

 

まるで見てきたかの様に母は語る。あのトレーナーは…いや、あの人は何をしてきたのだろうか。

 

「正直に言えばあんたが誇らしく羨ましい。あんたはきっと私が届かなかった物を掴める。頑張りなエアグルーヴ。私の最愛の娘。私の背を追い抜いても止まるんじゃないよ。それがあんたにとって始まりだ。私はターフで待っている」

 

「…っ、はい。必ずそこにいきます。ありがとうございます、お母様」

 

電話を切り静寂が訪れる。

 

並びたいと志し、抜くのだと教えられた。胸に灯った望みとソレを共に歩む人物を思い浮かべる。

 

 下がる視線とは裏腹に私は嗤っていた

 

第11話 怪物の片鱗

 

「クリークとあれは…エアグルーヴだな」

 

オグリキャップの視線の先にはトレセン学園がある。距離にして二百メートル先にある校門の両側に誰かが立っているのが僕にもわかる。

 

「見つかったな。トレーナー、二人とも此方を見ているぞ」

 

ペロペロキャンディーが半分になり頬張り始めたオグリキャップは何故か繋いでいる手を上げた。

 

「クリークとは昨日の帰り道に話をしたがエアグルーヴも同じチームなのだな」

 

目を細め笑った後に手を下ろす。少しだけ歩く速度が落ちる。

 

「トレーナーは私達に何を期待してコーチングをするか教えてほしい」

 

オグリは前を向いたまま歩き、飴で口元を隠す。

 

「期待か。難しいね、その質問は。クラシック三冠やプリンセスティアラ、前人未到八冠や芝ダートの両覇者…トレーナーならそんなウマ娘を見出して育て上げたいと思うんだろう。普通のトレーナーなら…僕は君達が走ってるのを見れればそれが一番嬉しいかな」

 

「…1番欲深い答えだ」

 

その言葉に足が止まる。

 

「半分こになってない。一方的にトレーナーから与えられてしまう。それはつまり不平等でただの甘やかしだ。だからもっと求めて欲しい。貴方から言ったんだ。全て半分にするのだと。栄光も苦痛も全て分かち合うのだと。なら私は、いや私達は貴方に求めて欲しい。これが欲しい。あれを手に入れたい。そんな事で良い。ただ走ってる姿を見てるだけで良い?そんな綺麗事は必要ない」

 

飴を噛み砕きオグリキャップは怒っていた。だが言葉にできない。言っていることはわかる。だがそれを求めて良いのか僕にはわからない。

 

だってそれは…

 

「遠慮する必要はない。ウマ娘にとってトレーナーは…いや、少なからず私にとって貴方が今思ってる事は不愉快だ。これで最後だ。走り出したクリークがもう直ぐ此処に来てしまう」

 

優しい笑みを浮かべオグリキャップが近づいてくる。

 

「貴方が望まないなら私達は重賞…いやG1レース一勝につき一つ願いを叶えてもらう。覚悟してほしい」

 

笑っている笑っているはずなのに何故か後ずさりたくなる。

 

「私は見ての通り貪欲なのだと昨日クリークに教えられたばかりなんだ」

 

そう笑うオグリキャップと走ってくるスーパークリーク、その後ろから走ってくるエアグルーヴに僕は少しだけ目眩を感じた。


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