馬の居ない世界で   作:暁椿

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遅くなりました。


第14話

第14話 決定権

 

 正直に言えば怒っていた。己の未熟さ故に言われるのは仕方がない。ましてや都合良くミスターシービーのトレーナーをしていた事も黙っている。それを理由にして皮肉を言われても我慢ができた。

 

なのに三人は僕の為にデビューを決めた。オグリやクリークは百歩譲って分かる。エアグルーヴがなぜそうなったのか分からない。

 

ただトレーナー室に入った時に理由を知る。

 

「…ふっ」

 

垂れた耳と反論をする為に眼だけはキリッとしているウマ娘が2人、いや後ろを入れると3人。各自の表情を見て僕は少しだけ可笑しくなった。

 

「怒ってない。怒ってないからこれからの話をしようか」

 

トレーナー室のカーテンを開けて陽の光を入れる。それを背に僕は三人に話を始めた。

 

「週末に君たちがデビューするメリットは何一つ無い。一年の下積みの期間を設けるだけで君達は無敗でクラシック戦線を終える事ができる。それを僕の悪評を無くす為にデビューする…トレーナーとして二つ感情がせめぎ合ってる」

 

嘘。本当は3つ。ただ最後だけはトレーナーとしての願望だ。

 

「一つは君達にこの選択肢を強いた己の弱さに対する怒り。もう一つは…トレーナーとして最悪だけど嬉しかった。ああ、僕は君達に大切に思われてると思えた」

 

ピースした指を折って少し戯けた様に話す。忘れてはいけない事があった。彼女達は僕よりも年下なのだ。

 

「だからこの話は終わり。大幅に練習プランも変える。年内に君達にはやってもらう事があるからね」

 

彼女達に小言を言うのではなく言っていた人達を黙らせよう。意地悪く確実…とはわからないが一つでも多くの勝利を彼女達が掴む為に。

 

「その為に最初の課題だけど…三人ともデビュー戦は7バ身差以上で勝ってきてもらいます」

 

 一年努力したウマ娘とトレーナーに負けるなら納得できたはずだ。彼女達も自力を自覚しながら走れた。

 

 彼女達の最大の敵は自身の中にある事にいつ気がつくだろうか。

 

 三者三様の反応をするウマ娘達と土下座までした事を理事長に撤回しに行く事が少しだけ嫌な僕。

 

「勝てない場合の事は考えなくて良い。そうなってから考える…負の思考はヘドロと同じで意識してるとずっとこびりつくからね」

 

そう言いながら椅子に近づいて座り、改めて彼女達と向き合う。

 

「クリークはホープフルs、オグリは朝日杯FS、グルーヴは阪神JF。このG1を年内の目標に定める。本来ならサウジアラビアロイヤルカップ等のレースを経由するかトライアルを受けるかしないといけないけど特例が存在する」

 

少しだけ溜めて三人と目を合わせる。三人とも曇る事なく真っ直ぐとこちらを見ていた。

 

「デビュー戦で7バ身以上を叩き出したウマ娘は望めばこれらのG1に出場する権利を与えられる。これは学園が持つ特権の一つだ」

 

横暴なルートだ。彼女達は最初から下を知る事なく走る事になる。

 

『ねえ、トレーナーって全員があんたと同じじゃないのね』

 

弥生賞の時にシービーはソレを知った。

 

「だから君達の最初の目標は7バ身以上でデビュー戦を勝つ…質問があるなら受け付けよう」

 

 一斉に挙がる手とは真逆に僕の思考は深く沈んでいく。

 

 この三人に大事な事を教えるウマ娘を探さねばならない。

 

 

 願わくばそのウマ娘が3つ目の感情を満たしてくれればと願わずにはいられなかった。

 

 

第14 開幕

 

「スーパークリーク!スーパークリークが第三コーナーから止まらない!その差を拡げて駆け抜ける!第4コーナーを抜けてラストスパート!その後ろには誰もいない!これがスーパークリーク!青い流星の如く今ゴールイン!」

 

「第三コーナーに差し掛かりオグリキャップ上がってきた!オグリキャップが最後尾から一人また一人と抜かして行く!オグリキャップ!オグリキャップ先頭!いや、止まらない!1バ身、2バ身…これはもはや独走だぁぉあ!第四コーナーを抜けて更に加速!強い、強すぎる!影もコーナーも踏ませる前にゴールイン!オグリキャップ大差でゴールイン!怪物の如く強さを見せつけてデビュー戦に華を添えました!」

 

 先に走った二人は私の肩を叩いてウイニングライブの控え室に向かった。一緒にトレーニングを行っていて知っているつもりではいたが強い。

 

「緊張してる?」

 

不意に背中を軽く叩かれ横を見るとトレーナーが立っていた。

 

「していないと言えば嘘になる」

 

トレーナーは私を見ないでターフを見ている。私はそれにつられて前を向く。

 

「僕は正直、君だけは反対すると思っていた。君の夢を考えればこの選択は矛盾している」

 

「最初はそう思った…だがその時にこうも思った。私が苦しい時に分かち合うトレーナーが苦しんでいるのに私は何もしないのかと…」

 

トレーナーの視線を感じるが私は前を向いたまま気恥ずかしさを誤魔化す。

 

「後悔は無い。だから待っていろ。貴様の女帝はオーダーに応えるウマ娘だ」

 

トレーナーの背を叩き私はターフに向かう為に反転して歩く。振り返らない。ただトレーナーも此方を見ていない気がした。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

「エアグルーヴ!エアグルーヴが突き離していく!デビュー戦とは思えない加速力で後続のウマ娘との差を拡げていく!今、第四コーナーを抜けて残り400!エアグルーヴ!エアグルーヴだ!女帝は優雅に一人でターフを翔ける!後ろには誰もいない!後ろには誰もいない!エアグルーヴが今ゴールイン!!二着との差は大差です!」

 

三人目のエアグルーヴが勝った。彼女は観客席に手を振り応援してくれた人達に応えている。僕は鞄に入っているサイリウムと2リットルの水のペットボトルを確認した。

 

今からスーパークリーク、オグリキャップ、エアグルーヴのライブが一時間3セットある。その後に彼女達を迎えに行って予約した食べ放題の店にいく。

 

シービーは僕に注文をした事があまりない。ただライブに関しては違う。コールが遅かったや全力ではないなど散々怒られてきた。そのおかげで一時間ならフルで応援できる。

 

ただそれを三セットする。

 

どれも手を抜かないが二度と同じ日に同じレースで日程を組まない事を僕は誓った。





次回、白い稲妻

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