馬の居ない世界で   作:暁椿

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エアグルーヴの回は難産のため先にタマから。


間話12

間話10 アネモネ成長記

 

 振り込まれた金額を見た時に淡い期待は粉々に砕かれた。必死に働いた金額の4倍近い金額が通帳に記載されている。その金を全て渡そうにも不審に思われるのでいつもより少し多い金額を家に振り込んだ。明日から友人を裏切り訳の分からないトレーナーのモルモットになる。

 

「これ朝ごはん。夜はジムで用意されてるからそれ食べてね」

 

初日にそう説明されて渡されたお弁当。トレセン学園でシャワーを浴びて服を全て洗濯機に入れて乾燥までする。ウマ娘は鼻が効く。いつかはバレるだろうができるだけ対処はする。

 

 時刻は七時。裏庭の隅で渡されたお弁当を開ける。白ごはんの上にはおかか、その上に海苔が敷かれている。おかずも卵焼きを筆頭に5種類もあった。味も普通…嘘だ、とても美味しい。最初だから気合いを入れたのかと思った。だが普通がこのレベルなのだと二週間経つ頃に気がついた。

 

 初めてカフェテリアで昼食を取る。友人達と軽口を言いながら食べるカレーはいつも我慢していた味。なのにこうどうしてか、朝に食べた物が少しだけ恋しい。

 

 夕方に渡された地図を元にジムに向かうと会員制の高級ジムにたどり着いた。学生証を提示すると奥からテンポイントと名乗る20代後半のウマ娘が出てきた。コーチ兼サポート代行との事でトレーニングを見てくれる。時折、トレーナーの事を聞いてくるが全て知らないで通す。金で結ばれたモルモットの関係に何を聞きたいのかウチには分からない。ジムでは専用ジャージが支給される為、シャワーを浴びて寮に戻る。部屋に戻るとオグリが少し不思議そうに此方を見て、直ぐにいつも通り迎えてくれた。ごめんな、オグリん。ウチは今日から裏切り者なんや。

 

思えばこの時には侵されてたのかもしれん。優しさと厳しさとトけるような甘さ。誰もそんなつもりは無くてもソレはウチを無自覚に侵していく。これはウチがソレに気がつく話。

 

 

間話10 積乱雲成長中

 

 最初に思い浮かべて欲しい。ほぼ毎日、お弁当を作ってくれて献身的な異性が側にいる。最初はそんな事を考えすらしなかった。本当や。本当にウチはそんな事を一ミリも考えてなかった。

 

「タマ、紹介しよう。私のトレーナーだ」

 

オグリんがウチにそう言った時に強烈な胸の痛みと素面を決め込むトレーナーの顔に涙が出そうになった。

 

「噂はかねがねオグリんから聞いてるで。うちはタマモクロスや。よろしゅうな」

 

交わした握手の手は珍しく汗ばんでいる。ああ、こいつも緊張はするんや。

 

「こちらこそよろしく」

 

その後は他愛もない話をしてわかれた。

 

その日の夜にジムから帰る時に気まずそうに立ってるトレーナーを見てウチは抱えてたモヤが真逆の物に変わっていくのを感じた。嫌味の一つでも言えればええのにウチはトレーナーの手を引いて歩き出した。

 

 お互いに何も話さずに歩いていく。空は雲一つ無い。月光のする方に足を進めて苦笑いした。

 

きっと何を言えば良いのかわからんのやろな。少し握る手を強めると離そうとして、離そうとすると握り返される。

 

 ほんまにチグハグな人。

 

 見上げる満月はいつもより大きく見える。チラッと後ろを見ると何かを言おうとして飲み込むトレーナーと目が合った。

 

「あんた、嘘下手やったで」

 

前を向いて今日のことを思い出す。胸が痛む。

 

「オグリんやったから良かったけどあんな下手くそな演技してたらクリークには見抜かれる」

 

「ご、ごめん」

 

そこは謝る所ちゃうやろ。

 

「あんたが言ったんや。バレて関係が解消されたらウチはまたバイト漬け。ほんまにしっかりしぃや」

 

「ごめん」

 

また謝る。わからせたろ。

 

立ち止まって握ってた手を引いてトレーナーを引き寄せる。後は力に任せてお姫様抱っこの形にした。

 

「ウチとあんたは金の関係や。だから謝るな。謝ったらあんたがウチのことを大切に思ってると思うやろ」

 

吐息が聞こえる程の距離で目を合わせ、顔を近づける。60キロもない人などウマ娘のウチからしたらなんの重さもない。

 

「あんたがウチの手を引くって決めたんや。だから謝んな。ウチの前で弱くあるな。胸張ってついてこればええねんくらいの気概を持たんかい。あんたの弱い所なんて見たないねん」

 

有無を言わさず嘘を告げる。

 

「来年の春、きっちり3人とも分からせたる。だからあんたはその事だけ考えればええ。ウチは別にどう扱われても我慢する」

 

嘘や。

 

「もう一回だけ言うで。ウチとあんたは所詮は金だけの関係や。だからそこに優しさや憐れみなんて要らん」

 

本当は逆。

 

「その代わりウチを…ウチをあんたが知る中で最強のウマ娘にする。それがあんたの役割や」

 

抉れていく胸の痛みと裏腹にウチはトレーナーを抱いたままトレーナー寮まで歩いた。

 

痛みはトレーナーと会う度に深くなっていく。でもそれで良い。それがええねん。

 

なあ、トレーナー。

 

ウチはもう元には戻られへんねんで?

 

 





次回シャドーロールか女帝かテイオー

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