第3話 Avenir
スーパークリーク。平成三強の一角であり天才を天才にしたと言われる名馬。その名に込められた願いの通りに大きな河になり時代の一角を担った。史実とはズレた彼の生涯を少しだけ紐解いていく。
彼の生涯は彗星に見出され、一等星になった馬と称されている。彼は日本競馬の悲願を彗星と供に勝ち取った。
凱旋門優勝
運も確かにあった。だが其処には凱旋門に勝つ為の努力もあった。見出されたその才能は彗星と若き鷹が丁寧に伸ばした。鷹に飛び方を教えたのも彼だが彼に勝つ喜びを教えたのは彗星だった。陣営もトップジョッキーと菊花賞で親子制覇の偉業を達成した若き天才に応える為に獣医や環境の改善を常に心がけてきた。
最大の英断は大阪杯を見送りギリギリまでコンディションを維持する事に努めた事だと後に天才は語る。彗星以外の全ての人間が大阪杯、天皇賞、宝塚を経て凱旋門に至るのだと考えていた。
だが彗星だけはそれを拒否した。
オグリキャップの騎手交代、メジロマックイーンの登場によりメインジョッキーは彗星に戻されている。そんな中で勝てると分かっているG1を回避する理由はなかった。
陣営側も彗星と三度の話し合いの場を設けるが尽く訣別。別のジョッキーに依頼する案も出始めた頃に事件が起きる。
彼が彗星の服の袖を噛んだまま放牧地で座り込んだ。彗星は彗星で彼にもたれ掛かり爆睡している。調教師があの手この手で離そうとするがじっと堪えるだけで離すことはない。二度目の事だから飽きたら離すと笑う彗星に任せて調教師は急いでオーナーに連絡しに宿舎へ戻った。
其処から五時間。彼の人生で1番穏やかな時間が流れる。本当ならもう一人いれば完璧だったのだが高望みはするものではない。
袖を離したクリークはブルンと一息入れると同じように眠りについた。ただそれだけ、その時間が何よりも貴重で求めていた。
オーナーが来た時には彼だけが起きて視線だけオーナーを見ていた。
「お前が裾を噛んだのはワシとそやつとあやつだけだった。だが二度はそこの寝坊助だけだ。馬が人を…しかも二度選ぶ。逆指名なんぞ世間では言われるがお前は本当に賢い馬だ」
そう言って撫でるオーナーにまた同じようにブルンと一鳴きする。
「…老いたな。馬主として男として羨ましく思う。クリーク、お前が選んだ二人は何処までも走れるなら走る。だが果てを知らなければいつか折れてしまう。だから最初に選んだその男を果てへ…世界一の頂へ連れて行ってくれるか?」
彼は答えない。その代わりに立ち上がり寝ていた男を無理矢理起こした。男の顔を舐め、オーナーに向けさせる。
「わかった、わかったから。舐めるのをやめろクリーク。オーナー、凱旋門優勝を約束します」
ブルンと相槌を打つ。この馬にしてこの騎手なのだ。オーナー相手に狸寝入りなど普通はしない。
「大阪杯は無理か」
「クリークの調子が保ちません。こいつの全力はあと持って4…最大限のパフォーマンスを魅せるなら3が限度です」
「そうか…天皇賞春、宝塚記念、凱旋門で三つ。必ず勝てるか?」
「勝負に絶対はありません。天才すら負けるのが勝負です。ですが……」
強風が吹き、その言葉を遮る。聞こえたのはこの場に居た者だけ。だがその言葉を胸に響かせて彼は走った。
天皇賞、春 イナリワンをぶっち切り三馬身差でゴール
宝塚記念 オサイチジョージ、オグリキャップを外から差しゴール
凱旋門 血統から来る適性と輸送によるダメージを限りなく抑え、調教師に今まで一番強いと言わしめる調教成果。
それでも誰も勝てると思っていない。
あの日、あの場所に居た者以外
2分28秒
それは日本が誇る名馬のラストランの記録。正真正銘の全てを賭けた結果。
一等星の輝きの為に彼が全てを失った日。
第3話 ブルンとブルンブルン
小さい頃から同じ夢を何度も見続けている。私は馴染みのある芝ではない、走ったことも見たこともないはずのヨーロッパのレースに出る。観客は口々に私を嘲笑い、同じウマ娘も私を田舎者だと罵る。だけど私は威風堂々と其処に立っていた。
「ありがとう」
誰かの、忘れてはいけない誰かの声で私は目を覚ます。レースの結果はわからない。ただその夢を見る度に私は強く思う。
「私は貴方の為に走ったんですよ」
虚空に消える言葉と頬を伝う涙が私をより孤独にした。
したはずだった。
「あ、あの袖を離して貰えると嬉しいんですけど」
オグリちゃんが朝ご飯を食べないで何処かに行ってしまった朝
「聞こえてないのかな…あのー!」
タマちゃんが心配してオグリちゃんを追いかけて行ってしまった朝
「袖を「ごめんなさい、知り合いにとても似てたので間違ってしまいました」
いつもの夢を見て少しだけナイーブになっていた朝
「私はスーパークリークっていいます。もし良ければ貴方のお名前を教えてくれますか?」
私は運命の人と出逢った