きっと駄作な世界   作:チャーハン
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 私はあなたのことが、ずっと分からなかった。



二話 「私と彼女」

 私以外の人間はただの猿。

 

 何時からかは覚えていないけど、気づけばそれが私の唯一絶対の考えになっていた。

 

 暇つぶしに論文を書いてみれば、その筋で有名らしい教授から話がしたいと電話がかかってくる。街中を当てもなく歩いてみれば、事務所に所属しているというスカウトマンがモデルをやらないかと誘ってくる。

 

 あっちも、こっちも。

 

 何かしても、何かしなくても。

 

 右、左、前、後のどこからでも。

 

 

 向こうからワラワラと私に群がってくる。

 

 

 それでもある日、たった一人だけ。

 変わった猿が私の近くに来たことがあった。

 

 私に向ける笑顔の裏に、何かを隠していた彼女。

 そんな猿は腐るほど見て来たけど、彼女のそれだけは――

 

 

 何故か忘れることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 彼女との出会いは高校入学前、鉄道会社を経営している母からの紹介で知り合った。

 私という存在を産んだという実績もあって、そこらの猿よりかはまだ使うことのできる母。夕方頃アポもなしに突然来た母は、私が住むためだけに買い取ったマンションに彼女を置いて仕事に戻っていった。教えられたのは彼女の名前と、春に私と同じ女子高にここから通うということ。

 

 私が幼いころに父が亡くなり、一人今の立場になるまで昇りつめてきた母の忙しさは十分知っている。だからそんな母の行動に疑問を思うことは、いくら私といえども感じない。

 

 考えるべきは、分刻みの予定を持つ母が何故その時間を割いてまで彼女を私に預けたのか。

 

 見ればいわゆるモデル体型の私と比べて、頭幾つか小さい体を薄手の長い服で覆っている彼女。確かに整った顔立ちをしてはいるが、それもそこらの猿と比べればという話でしかない。

 珍し気にキョロキョロと当たりを見回す彼女は、どう見ても場慣れしているようには見えない。来ている服が有名ブランドの物だったからと、母の取引先の令嬢という線もあった。けれど、彼女の様子を見るにどうやらその可能性は薄そうだ。

 

 とにかく何時までかは分からないけど、彼女と私がこれから暮らしていくことに変わりはない。何も今すぐにと急がなくても問題はないだろう。

 

 そこまで考えて、態度を意識しながら彼女に手を差し出した。意味があるかは分からないけど表情だけでなく、口調でも彼女に親しみをもってもらえるように。

 

 

「よろしくね」

 

 そう私に言いながら握り返してきた彼女。

 

 高校生にしては小さな手が、酷く印象的だった。

 

 

 

 彼女と暮らし始めてもうすぐ一年、私の生活はそれまでと違って大きく変わっていた。

 

 まず一番に変わったことと言えば食事だろう。今まではルームサービスに任せていたそれらは、彼女が私の部屋に住み始めた次の日から使うことがなくなった。

 

 聞けば私の見当通り、どこぞの令嬢でもなかった彼女はただの小市民。彼女曰く、お金がないからそんな高いものは食べることが出来ないという。

 彼女はどうあれ私からすれば、お金なんて少しパソコンを使えばいくらでも手に入るのだから問題ない。それこそ猿でも理解できるよう分かりやすく、懇切丁寧に説明したのだけど、彼女は頑なに首を縦に振らなかった。

  

 そのため始まったのが彼女による自炊――とは言っても、彼女が一人で料理したのは初日が最初で最後になる。

 驚くほどに不器用だった彼女は煮物を焦がし、炒め物を焦がし、包丁で自分の手を切りつける始末。家政婦を雇っていたことのある時期、偶々料理をしているところを見たことのある私の方がよっぽど上手く出来ていた。

 

 それからは彼女が味付けと盛り付けを、私が包丁と火の周りで役割を分担することに。

 母からの紹介もあって無下に出来ないとはいえ、無駄に時間を取られてしまうことに取り繕った態度が何度取れかかったことか。

 

 それに彼女は気づいているのだろうか。確かに料理を買っていないとはいえ、材料はもちろん買わなければ手に入らないことに。

 それこそ普段学校に行っている間に冷蔵庫に入れるよう、ルームサービスで頼んでいるということを。むしろ大した金額ではないとはいえ、手数料がかかる分普通に買うより高いのは当たり前だろうに。

 

 けれど彼女はいつも、他ならぬ彼女が手を加えることによって素人の域を出ない料理を、さも美味しそうに食べるのだ。何も考えていなさそうに、馬鹿みたいに嬉しそうに。私と作った料理を残さず食べては、必ず最後に聞いてもいない感想を私に向かって言う。

 

 大抵は私を褒め称えるだけの当たり前な事。

 ただその中で極まれに、彼女はやはりおかしなことを言う。

 

 

「やっぱり自分たちで作るとおいしいよね。今度は味付けとかじゃなくて切るのにも挑戦してみようかな?」

 

 鼻で笑ってやった。

 

 

 

 思えば学校生活もいつの間にか変わっていた。

 

 中学から高校に変わったのだから当たり前と言えば当たり前。けれど入学当初に決めていた、中学と同じように取り繕った態度で過ごすこと。本当に遺憾なことこの上ないが、それももう使うことはできなくなった。

 

 彼女が何時だったか料理を食べ終わった後に言った、感想という名の無謀な挑戦。思わず態度を剥がしてしまった私は、彼女に自分の本性を知られることになる。

 

「へえ」

 

 企むようなその笑みに、何故か嫌な予感がした。

 

 

 それからは一体彼女からどんな話を聞いて来たのか。今まで以上に多くの猿たちが――もとい生徒たちが私の周りで群がるようになった。

 ただいくら猿とはいえ、この私が通うような高校の生徒たち。どうやら最低限の分別は弁えていたようで、私の嫌う一線だけは超えてこない。たとえ超えそうになったとして、どこからともなく彼女が現れては場をさらっていく。

 

 あの態度も元はといえば対人関係を円滑にし、必要以上の気苦労を負わないよう作った物。

 だからこそ当人達にバレてしまえばそんな成果を得られるはずもない。むしろ無理に続けたとして、不必要な事態に巻き込まれる恐れもある。

 

 けれどおかしなことに、素の態度でいればいるほど生徒たちは私に群がってきた。本当に彼女から何を聞いて来たのか。明らかに素っ気ない態度の私にも、生徒らは懲りずに話しかけてくる。

 ただ今までの猿と同じように、生徒たちの言葉の裏には確かになんらかの下心が見て取れた。なまじ今まで見続けてきた分、それの正確性に対する私の信頼は確か。そしてだからこそ、私はどうしたらよいのかわからない。

 

 

「お昼一緒にどうですか?」

 

 ――一緒に話したい。

 

 何故ならそれは鬱陶しいことこの上ない。

 

 

 

「放課後遊びに行ってもいいかな?」

 

 ――仲良くなりたい。

 

 私が今まで、ずっと避けていた筈のもの。

 

 

 

 ――あなたと、友達になりたい。

 

 

 

 ただあの態度の使い方は、もう忘れてしまった。

 

 

 

 

 

 彼女に一度、直接聞いたことがある。

 

 

 あなたはどうしてここに来たの――。

 

 食事事情から学校生活まで、私の何から何まで変えていった一人の少女。けれど私は、そんな彼女のことを名前ぐらいしか知らない。

 彼女に何らかの裏があるのは分かる。子どものような発想に考え、お世辞にも頭がいいとはいえない――むしろお馬鹿と呼んでなんら差支えない彼女。けれど時折みせる年齢以上の不思議な雰囲気は、確かに彼女の本質を表しているように思えた。

 

 ただそこまで。

 私には、それ以上彼女のことが分からなかった。

 

 猿の考えなんて手に取る様に分かる。そう自負していた時の私が恥ずかしく思うほど、彼女についてだけは何故か全くと言っていいほど分からなかった。

 

 けれどそのことから来る意地や、悔しさから出たものではない。少なくとも馬鹿な表の彼女に付き合って来た私は、そんな気持ちが彼女になんら通用するものでないとは知っていた。

 

 

 けど私には、酷く寂しそうに見えた。

 

 そしてそんな彼女をみて、分かりたいと思った。

 

 

 きっとそれはただの気まぐれ。何故と聞かれようが、特に深い意味はないと答える程度。

 けれど初めは恐る恐る座っていたリビングのソファーの上、一人リモコン片手に寝転びながら陣取る彼女。それだけならまだしもポカんと口を開け、何を言っているんだといった彼女の表情には少し来るものがあった。

 

「えっと……」

 

 私の様子を察してか、姿勢を正すと言葉がまとまる前に話し出した彼女。けれどそれから少しもしないうちに、まるで幼子に言い聞かせるようゆっくりと話し出す。

 

 

「分からないと思うけど、それが『彼女』だから」

 

 理解しようと彼女の言葉に頭が追い付く前、それを遮るように彼女は続けてく。

 

 

「もちろん私は本当の『彼女』じゃないし、わざわざする必要はないと思う」

 

 正したくせに彼女はまるで私に察せられることのないよう、顔を見られることのないように私から背を向ける。

 普段なら煩わしい、彼女が手持ちぶさたにも未だ持つリモコンで切り替えているテレビの音。けれど今はどうしてか、むしろ小さいはずの彼女の声の方がやけに大きく感じた。

 

 

 

「でもやらなきゃと思ったら、それはもう仕方ないよね」

 

 

 話はそこで途切れ、部屋の中に切り替わることの無くなったテレビの音だけが響く。

 

 私は背を向ける彼女のそばにより、そっとその小さな体を抱きしめた。

 

 結局彼女の言いたいことは、彼女が何を目的として私の元に来たのかは分からない。けれど今はこのちっぽけな、今にも消えてしまいそうな温もりを守らなければと、ただそれだけを感じていた。

 

 

 その日、私は初めて自分の寝室に他人を招く。

 

 この温もりが消えぬよう、彼女を抱きしめながら眠りについた。

 

 

 

 

 

 次の日、彼女の姿はどこにも見当たらなかった。

 

 

 

 

 

 連日のテレビは、どこもかしこも同じ内容の物が報道されていた。

 飽きもせず、たまに付け足される情報以外の一切を変わることなく、同じニュースを垂れ流していた。

 

 内容は、聞き覚えのある鉄道会社が起こした不祥事(ふしょうじ)事件。昨年に起きていた事故も関係があるのではと、ドラマでよく見るような刑事たちが幾人も調べているらしい事件。

 詳しい内容は賄賂(わいろ)であったり、手抜き工事であったりとその種類は様々。けれどそのどれもが、私には()()()()()()()()()だった。

 

 それらは私が母の会社から個人的に集め、保管していたはずのもの。

 

 幼いころの私は、忙しい母の仕事を少しでも手伝えればと考えた。そこで思いついたのが、問題を見つけたら起こした者も含めバレないうちに消してしまえばいいというもの。

 自分の能力を自覚しないまま始めたそれだが、惰性によって今に至るまで続けていたのがついに白日の下にさらされたのだ。

 

 ただ、私には腑に落ちないことがあった。

 

 私が行っていた不祥事の管理は完璧だったのだ。

 誰にも見られることのないよう、この私が細心の注意を払って一切の手抜きをせずに管理していた。そのためネットを通じてパソコン越しに私から奪うというのはあり得ない。

 

 けれど調べたところ、警察たちは物的証拠をもって気づいたのではなく、とある筋からリークされてきたものだという。

 

 

 そこまで知り、私は察した――察してしまった。

 

 

 保管していた、()()にあるパソコンを調べた。

 

 ハッキングされた形跡は一切ない、けれどニュースで流れていた情報は抜き取られている。

 

 キーボードには私の指紋があった、誰とも知れない指紋もあった。

 

 私が一から設置したセキュリティ万全の寝室に、招いたことがあるのはただ一人。

 

 

 

 叫んだ。

 

 何故――と。

 

 

 吠えた。

 

 どうして――と。

 

 

 私には彼女が何故、そのような行動に出たのか分からなかった。

 

 確かに、世間一般でよき母とは言えない人だった。私を一人この建物に押し込め、その殆どの生活を会社で過ごす。記憶にある共にした食事の回数を数えても、彼女との方が何倍も多い。

 けれど、彼女は分かっていた筈だ。言葉にせずとも、態度に出さずとも、他でもない彼女ならば気づいていた筈だ。

 

 

 他人を猿と見下していた私が、唯一母だけは人として見ていた(愛していた)ことを。

 

 

 まだ幼い私を育てるために、一人戦っていた母は私の誇りだった。その背中に憧れた、尊敬した、こんな大人になりたいと本気で思った。

 母が成功した結果一人取り残され、不祥事を捌くにつれ人の汚さを知った今でも、そう心の底から願っていた。

 

 けれどその母が人生の全て、最も大切に、何よりも心血を注いできたもの。母がこの世で最も大事なものを――彼女は根こそぎ奪っていった。 

 

 確かに母は不祥事に直接的な関わりこそなかったが、その責任を取る立場の人間は間接的に私が消してきた。今になって晒された今回の事件、間違いなく全ての責任を取らされるのは母だ。

 

 

 一体、何故なのだろうか。私に与えてくれたものたちに対する、その代わりだとでもいうのだろうか。

 

 

 

 それなら、そんなもの――

 

 

 

 彼女との料理で覚えた包丁さばきも。

 

 

 私の心配をする学校の猿たち(ともだち)も。

 

 

 忘れかけていた本当の私も。

 

 

 

 

 いらないと言えない事が、厚かましく思えた。

 

 

 

 

 

 世間が別の話題に移り始めたころ、久しぶりに()()()()が帰ってきた。

 

 そしてその次の日から、私は彼女を探し始めた。

 お母さんに頼んで、()()()()に聞いて。私の持ちうる人脈全てに頭を下げ、私の前から突然消えた彼女の居場所を探し始めた。

 

 

 

 

 

 私が彼女と次に会えたのは、それから九年も後のことだった。




『あれ、一話の男の子いなかったんだけど』
『俺くんの視点で書く気は今のところない。ちなみにこの私ちゃんもそう』
『ってことはずっとこんな終わり?』
『大体な』
『えぇ……』






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