虚構のウマ娘たち    作:カイルイ

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2R:初勝利と初敗北

2R:初勝利と初敗北

 

登場人物

・ヤスダキャップ:本作主人公。脚質:追い込み。毛並み:尾花栗毛。最近食べる量増えた。

・マキダ テッペイ:自称元名トレーナー。ヤスダキャップに自身のチーム、ダヴァを救われた。

・スルガフライヤー:計画的で類稀な力強さを持つ先行脚の栗毛にウマ娘。

 

 

ヤスダキャップ 4月某日

 今日は朝から気分が良い。今日の練習が楽しみかと問われれば、楽しみだ。

 

 退屈でしかなかったレースに関する授業も、いつか役に立つと考えられるようになり、楽しく受けられるようになった。授業を楽しく受けたのなんて一年ぶりだ。

 

 今日受ける分の授業を終えていた私は、午後の練習に備えて食堂へ向かった。今日は奮発してかつ丼の定食を食べることにした。そして昨日と同じ席につき、昨日と同じように味噌汁に映る自分の顔を見た。その顔は、昨日に比べ幾分か気力を感じられるようになっていた。元々食いしん坊の私だが、いつもに比べ食事がおいしく感じられる。気持ちの持ちようと言うのは、これ程重要なものなのだ、とつくづく実感した。

 

 食事の途中、昨日と同じように騒がしくなってきたが、まだ相席はしていない。騒がしさは食堂の入口の方からだった。

 

 この時期になると様々なチームが、ビラ配りを始めとした勧誘活動を始める時期だ。私が道を外したのもこのころだ。私のいたチームは、この学園最強チームや急成長を遂げたチームに比べれば結果は劣るが、確かに出場レースは立派だった。内容はともかくとしてだったが。名前をエースとか言った気がする。

 

 チームエースで一つ勘違いをしてはならないのが、在籍しているメンバーそのものは悪ではないのだ。少なくとも私はそう考えている。その証拠に何人かのチームメイトは、トレーナーに対し、私への「負けろ」という指示に対して異を唱えてくれていた。そのメンバーは追い出されてしまったようだが、別のチームで楽しくやっているようだ。彼女らは忙しいらしく中々会えないが、今でも付き合いがある。

 

 私はボッチではない。

 

 「すみません。あなたがヤスダキャップさんですか。」そう優しく問いかけられた。

 

 私はどんぶりを置き、「アッハイ」という情けない返事とともに声の主に顔を向けた。スレンダーな栗毛のウマ娘の姿があった。「私はスルガフライヤーっていうんです。スルガでもフライヤーでも好きなように呼んでください。今日は、お願いしますね。」ずっと見ていたくなるような笑顔と共に発せられたそのセリフに、私は、「ハイ。こちらこそ。」と返した。だが、続けて「今日何かありましたっけ?。」とすかさず聞いた。

 

 彼女は少し驚いたのか、その青く澄んだ目を丸くしたが、何を言ってんだといわんばかりの表情で、「今日のチームダヴァの選考レースですよ。」そう言いながら、一枚のビラを私の前に示した。そこには、公式レースの広告のようによくできたイラストと「怪鳥を超える最速ウマ娘 ヤスダキャップ」の文字があった。「は?」心の底からの疑問の声が漏れた。

 

 私のそんな声を遮るように彼女、もといスルガは「わたし、夢があるんです。だからできるだけ早いウマ娘さんのいるチームに入りたくて。初めはリギルにしようと思っていたんですが、もっと速い方がいるならそちらにしようかなって思いまして。凱旋門を走った先輩より速いウマ娘さんと走れるなんて夢みたいです!」彼女は眼をキラキラさせながら言うので、そんなことはないことを伝えることができなかった。

 

 「スルガア!まだぁ?」とスルガを呼ぶ声がする。スルガは、「あっ。友達待たせてるんでした。失礼しますね。」そう言って肩まで伸びた髪なびかせながら友達の元へと帰って行った。私は彼女が置いていった間違いなくマキダが描いたであろうビラに目を通した。そこで「怪鳥を超える最速ウマ娘 ヤスダキャップ」の文言の部分が目に留まった。

 

 目を凝らすと、ごく小さな文字で「怪鳥を超える最速(の追い込み脚を持つ)ウマ娘」と描いてあったのだ。俗言う利用規約で嵌める類の犯罪に用いられる手法だ。こうなれば、これが現実となるように走る必要が出てきた。マキダのじいさんを問い詰めるのが先だが。

 

 

 私は、昨日マキダのじいさんに指定された場所へと向かった。その場所は想像していた以上にまともな場所だった。「これが過去の栄光の名残か」と、つい言葉にしてしまった。

 

 中へ入ると、マキダのじいさんは、羊羹をつつきながらお茶を飲んでいた。「ああ来たかヤスキャ。ビラなんだが、すまなかったなぁ。」私を見るや否やの謝罪でこちらの方が驚いた。「ホントだよ。全く。一年生の子がキラキラさせながら話しかけてきたんだ。それになんだあの小せぇ文字!悪徳商法にあるやつだろアレ!」と少し声を張り上げ言いたかったことを伝えた。これに対し「でもウソじゃない」とドヤ顔とともに言い放った。

 

 私は心底呆れたが、私が本当に言いたかったのはこんなことではない。「私、自身がないんだ。今まで負ける事しか知らなかった。それに…あんな大げさなこと言われたら…」自分でも感じるくらいの情けない声だった。

 

 「話しかけてきた子ってスルガフライヤーってウマ娘だろう。」マキダのじいさんは、先ほどとは変わり、落ち着いた口調で言った。「あの子は今日ビラを配ってるときに話したよ。ぴょんぴょん跳ねながら話を聞いていたさ。あの子は速いだろうが、ヤスキャが負けるほどではないさ。」弱気になった私を励まそうとしているのだろうか、根拠のない元気付けをしながら、じいさんらしく「よっこいしょ」なんて言いながら立ち上がった。

 

 「ついて来い。」そういうと彼は練習場の方へ歩いて行った。

 

 

 他のターフの上では、既にほかにチームが練習を始めていた。芝の感覚には慣れていたが、これほどの興奮はいつ振りだろうか。私はスタート地点でマキダと話していた。何を話していたわけではない。ただ、緊張をほぐすための会話をしていただけである。

 

 すると「ヤスダキャップさん。負けないですからね。」スルガは後ろからそう声をかけてきた。すでに、昼間の彼女の友人たちとチラシに騙された?であろうヤジウマ娘達が、そこそこ集まっていた。

 

 「どうやらスルガフライヤー、来てくれたのは君だけのようだな…」と苦笑いを見せながらマキダが言う。それに対しスルガは「そりゃあ、明日はリギルの選考会ですからね。みんな体力残してると思いますよ。」屈託のない笑顔で言う。

 

 「そうなんだよねー」マキダは笑っている。私はマキダに理由を聞いたのだが、「今日しかターフを借りられなかったからなんだよね」だそうだ。今日しか借りられないのもよくわかる。人が集まらないから人気がないのだろう。

 

 「では時間だから始めようか。このコースを一周走ってもらう。スタートとゴールは私が受け持つ。両者位置について。」マキダが説明とスタート地点へ行くよう促した。

 

 私とスルガは位置に着く。「よーい」マキダが声を発するのとともに手を上げる。私は姿勢を取る。スルガは一段と低い姿勢だった。

 

 

 「はじめ!」マキダは、言葉を発するのと同時に挙げていた手を下ろした。

 

 私がスタートを決めたとき、スルガは先行していた。「速い…!」彼女の栗毛が風でなびき、その体系も相まって風そのもののようだった。

 

 スルガは、ダウンフォースと空気抵抗を意識したような低い姿勢で、私との距離をグングン離していった。だが、この位の速さなら、いままでも経験してきた。

 

 既に6バ身程離されたが、ここからが勝負といったところだ。何より今は勝利を期待されて走れていることそのものが、何事にも代えがたい喜びだった。風を切り、地を駆ける喜び。これこそが、私が子どものころレースに憧れた最大の理由だった。昔友達と走った記憶。走るのがたまらなく楽しかったあの頃。ようやく、ようやくそのときの気持ちを取り戻せた気がする。

 

 歓声が聞こえる。そのほとんどが、私に対してではなく、スルガに対してであったが、私の気持ちを盛り上げてくれるには十分な材料だった。それに、微かに聞こえる私への応援が私を勇気付け、勝たねばと思わせる要因となった。

 

 二つ目のコーナーを曲がった直線。ここでは引き離されないことが重要だった。スルガはそれに気付いているのか、当初からの作戦なのか、加速した。このままでは引き離される程に。

 

 しかし、ただでさえ気分の良い私にとって、それは私を加速させる要因となった。

 

 スルガとの距離がわずかに縮まる。

 

 もう間もなく第三コーナーへ突入する。第一コーナーでも感じたのだが、スルガはコーナー突入時にわずかに減速する癖があるようだ。その隙に第四コーナーまで、残り4バ身まで距離を縮めることができた。

 

 ついに第四コーナーへ入った。私は、普段この後の最後の直線で加速している。今回もそのつもりだった。だが、正直なところ、ここでスルガに逃げられる形でラストスパートをかけられてしまえば、追いつける気がしなかった。

 

 彼女のスパート前に勝負を着けたかった。まだ、第四コーナーを曲がり切っていなかったが、私にはこのタイミングしかなかった。

 

 脚と地面とが、滑りそうになるくらいのありったけの力を込め、地を蹴る。体が前に押し出されそうになるのを抑え、姿勢をラストスパートに対応させる。やはりこの加速は何度味わっても心地よい。今日はこのままゴールしてよいというのだから最高だ。

 

 青々としたターフが流れて行き、スルガの姿が近づき、その顔を拝もうとした時には、もう通り過ぎていた。そして視界の先にマキダがいたかと思えば、視界の端で手を上げ何かを叫んでいるのが見えた。減速しながら、人生初の勝利に浸っていた。

 

 少しして、「お疲れさまでした。ほんとに速かったです。」スルガの声が聞こえた。

 

 振り返ると彼女は何故か満足そうな表情を浮かべていた。「さっきトレーナーさんが、私にぜひ加入してほしいって言ってくれたんです。負けちゃったんですけどタイムが良かったからだそうなんです。だからこれからよろしくお願いしますね。」彼女は無垢な笑顔のまま、そう言った。

 

 「初めから採用するつもりだったんだな」私はマキダの考えがすぐにわかったが、それを伝えるのは無粋だし、何よりこれからスルガと一緒に走れることが嬉しかったのだ。「ああ。よろしくね。」この時、私はいつにない笑顔をを浮かべていたのではないかと思っている。気づけば、私が加速する寸前まで聞こえていた歓声は鳴りやんでいたのだが、ヤジウマや応援が去った訳ではなくその場で立ちすくんでいるといった様子だった。

 

 少し寂しくもあったが、何より勝利が嬉しかった。「二人ともお疲れ様。部屋に飲み物と軽食を用意してあるし、ヤスキャの勝利とスルガの加入を祝おうじゃないか!」計画がうまくいったであろうマキダも、笑顔で私たちを迎えてくれた。

 

 「みんな最後ドン引きしてたぞ」とマキダやスルガと話しながらチームルームへ向かうのだった。

 

 

 スルガフライヤー4月某日

 

 クラスの友達とも馴染み始めてきた今日この頃、持ちきりの話題といえば、どのチームに在籍するかでした。

 

 この話題の時、必ず耳にするチームは学園最強と名高いリギルと、チーム一丸となって勝利を得るスピカの二つでした。リギルは現在第一候補で考えているのだけど、選考会一着でないと加入できない狭き門であること、自由が利かないといった理由からあまり乗り気でないのも事実でした。

 

 スピカは裾野が広く、自由な練習と放任主義によるチームメンバー一丸となった練習が魅力です。ただ、元より少人数体制であったチームが、急拡大を遂げて尚今まで通りでいられるかに疑問がありました。出来る事ならより速い先輩ウマ娘のいるチームへと入りたい私は、他のチームも探していました。

 

 そんな中、友達と食堂へ向かう途中、一人の老人が歩み寄ってきたのです。「私はチームダヴァ、トレーナーのマキダっていうんですが、これいかがですかね。」と笑顔で一枚のビラを私たちに渡してきたのです。それは素敵なイラストに「怪鳥を超える最速ウマ娘 ヤスダキャップ」の文字が添えられた見事なビラでした。

 

 友達の一人が「えっ。ここに書いてあること、ホントですか?。」とマキダと名乗ったトレーナーさんに聞いたのですが、「書いてあること、本当だよ。」と微笑ながら返してきたのです。別の友人の「規模はどれくらいなんですか?。」という質問に対しては、「今は小さいけど、昔は大きかったんだ。設備も最大手程じゃないけど整ってるし。」と答えていました。

 

 心の中で、「ここだ」そう感じたのです。ちょうどその時、ほかのチームの勧誘が友人たちに声をかけたことが、このトレーナーに多くを聞くチャンスでした。

 

 私は彼に「私、スルガフライヤーっていうんです。あの、今の人数は何人なんですか?」と聞くと、少しまずそうな顔をして「ヤスダキャップ一人だね…。でもこれからどんどん増える予定だよ。」といったのでしたが、私にとってはちょっと予想外ではありつつも好都合だったので、「そうなんですね。」と伝えました。そして、「ヤスダキャップさんは、追い込みが速いんですね。」と小さく書かれていた文字について質問したところ、マキダトレーナーは少し驚きつつも「その通りさ。」と答えたのでした。

 

 興味がある旨を伝えると、今日選考会を開くのだと伝えてもらいました。

 

 チームダヴァは、以前大規模チームであった為に設備や教育体制が整っていること、現在少人数であるため集中して教えてもらえることや、リギルのスター並みに速いウマ娘さんがいることなど、現状最高条件でした。まるで、リギルとスピカを足したみたいな印象だったのです。この頃には、勧誘を受けていた友人たちも私の元に戻ってきていたので、一緒に食堂へ向かいました。

 

 

 昼時の食堂にはすでに多くのウマ娘さんがいました。多くはビラか何かを持っていて、私と同じ学年だと推測できました。私と友人たちは食事をとりながら、チームについてどうしようかとおしゃべりをするのでした。

 

 「スルガアはチームどうするの?」という一人の友人の問いに対して、「私、さっきのダヴァの選考会受けてみようと思うの。」と答えました。

 

 その答えにその友人は食べていたご飯をのどに詰まらせるほど驚いていました。「そんなに驚かなくても」と半ば呆れながら言ったのですが、「だってエお前エ!リギル受けるって言ってたじゃないかア。リギルの試験明日だしィ、備えなくていいのかよオ。」というまさにその通りという言葉で返されるのでした。

 

 私は「二回走るくらいどうってことないよ。」自信から出たその言葉は本音でした。「だといいんだけどオ」友人は少し心配そうに見つめてくるのでした。食事を終え、練習場に行こうかという話になったとき、奥で見覚えのあるウマ娘さんの姿がありました。

 

 先程のビラで見たヤスダキャップさんその人でした。「ちょっと待ってて。」私は友人にお願いをして、声を掛けに行くのでした。「すみません。あなたがヤスダキャップさんですか?。」尾花栗毛と思われる毛並みのウマ娘さんに声を掛けたのでした。「アッハイ。」彼女は驚いたようでしたが、ビラを見せながら、私が今日のレースについての話をすると更に驚いたようでした。

 

 「もしかしたら知らされていなかったのかもしれないな」と感じたのですが、チームダヴァ期待の星の選手を前にして興奮してしまったようで、一方的に話してしまったのでした。「スルガア!まだぁ?」友人の呼ぶ声がしたので、名残惜しくもありつつ別れを告げたのでした。そしてこれからの選考レースに備え気合を入れるのでした。

 

 

 決められた時間にターフへ行くと既にトレーナーさんとヤスダキャップさんが話をしている最中でした。

 

 合間を見て「ヤスダキャップさん。負けないですからね。」挑発的な意図はなかったものの、挑発的な言葉を掛けるのでした。彼女は静かに頷いたように見え、私の闘争心に火が付くのでした。

 

 そしてどうやらというか、やはりというべきか、今日の選考レースに来たのは私だけのようでした。それもそのはず、みんな明日のリギルの選考会に備えてて、体力を消費しないようにしているはずでしょうから。

 

 それに参戦者が少ないことが容易に想像できる今日に、選考会を開くチームはないでしょうから尚のこと明日への準備をしていることでしょう。ただ、イベントと言えたので、既に周囲には私の友人やヤジウマ娘たちが集まっていました。

 

 「スルガア!負けんなよオ!」友達のいつもより大きい声が聞こえたので、手を振ってそれに答えました。「さあそろそろ。」とトレーナーからルール説明とレースの準備をするように促され、私はスタート地点に立つのでした。「よーい!。」トレーナーさんの手が高くあげられる。それと同時に、私は低い姿勢を作り来るべきスタートの合図を待ちました。

 

 

 「はじめ!」トレーナーの合図とともに私はスタートダッシュを決め、ヤスダキャップさんを引き離しました。

 

 「追い込み脚ということは、最後の直線までにどれだけ引き離せるかが勝負!」私はそう考え作戦を立てていました。姿勢を低くして指先まで神経を集中させます。俗にいう忍者走りと呼ばれる走り方ですが、子どものころ「そんな走り方はやめなさい。」「何その走り方。変なの。」とお母さんや近所の友達にバカにされてきたことを覚えています。

 

 でも、「私の脚力を生かすには少しでもダウンフォースを活かすのが一番なんだ。」そう思い続けて我を通してきたのです。これ極めるために柔軟体操や体幹トレーニングも欠かしませんでした。私が間違っていなかったんだということを知らしめるためにも、少なくともG1レースで勝たなければなりません。だから…。

 

 人が走るくらいの速さでは、手を広げたとしても大して意味はないですが、ウマ娘の最高70km近い速度域では効果がある、そう信じているのです。

 

 第一コーナー突入時の事でした。「う…やっぱり今の筋肉量じゃこのままでは負荷がかかりすぎて、コーナーに入れない…。」コーナー進入時はやはり苦手だなと感じるのでしたが、この程度の減速はヤスダキャップさんを有利にするものではないと判断しました。

 

 第二コーナーを抜けた直線。ここで突き放せればより有利に進められる、と判断し加速を掛けました。しかし、思ったほど引き離せないどころか、距離を詰められている気がしたのです。「まさかそんな」と心の中で焦りが出始めたのです。その焦りが、第三コーナー突入時に今までにない減速という形で表れてしまったのです。

 

 この時私は、ヤスダキャップさんの射程に入ってしまったと感じました。試合前にUmaPhoneでできる限り揃えた情報が水泡に帰した瞬間でした。ただ、まだ勝機はありました。

 

 それは彼女がラストスパートをかける前に私がラストスパートをかけること。そうすれば差を開くことができるし、残っているスタミナの量ならばまだ粘ることができると考えていたのです。というのも、今までの彼女は、最後の直線でスパートをかけていたので、第四コーナー中腹で勝負をかけるしかないと踏みました。

 

 「いっけエ!スルガア!!」と友人の応援が耳に入ってきました。第四コーナーの中腹から最後の直線が見え、ヤスダキャップさんがスパートをかける前にスパートをかけようと踏み、「今だ!!」最後に備えて体制を整え、残った力をすべて脚に込め加速を…。

 

 その瞬間視界の左側を通り過ぎる影がありました。ヤスダキャップさんその人の姿だったのです。正直予想より速いラストスパートはそれほどの驚きはありませんでしたが、私はその速さに戦意が薄れていくのでした。

 

 私が風に例えられるなら、彼女は風を切り裂く弾丸のようでした。その速さは、追いつけるんじゃないかという考えは甘ったれたものだという現実を叩きつけるものでした。

 

 金色に輝くその尻尾が前をちらついて行く。スパートをかけようが、どうあがいても追いつけない現実を知り、悔しさに涙が出たのを覚えています。私は、ヤスダキャップさんがゴールしてから2秒ほど遅れてゴールしました。静まり返った周囲が無力さを感じさせました。子どもの頃から負け知らずだった私の初めての敗北でした。ここまで悔しいものだったとは…

 

 

 「お疲れ様。スルガフライヤー。君のタイムは素晴らしいものだったヨ。もしよかったらダヴァに来てくれないかい。」

 

 半べそを掻いていた私に白いタオルを差し出し、マキダトレーナさんはそう言ってきたのでした。「いいんですか?負けたのに…。」そう私が言うと、「誰も勝ち負けで決めるとは言ってないヨ。」とにこやかに語り掛けてくれるのでした。

 

 「はイ…お願いします。」鼻声になりつつも答えを伝えるのでした。私はこれからチームメイトになるヤスダキャップさんに挨拶といきさつを話し、他愛もない話をする。

 

 すると、「スルガア!ナイスラーン!」と友人の声が聞こえてきたのでした。この嬉しい言葉に満面の笑みを浮かべて手を振るという形で、それに応えるのでした。その後はトレーナーさん、ヤスダキャップさんとこのレースの話なんかをしながらチームルームへ向かうのでした。

 

 

2R終わり。




 ご覧いただきましてありがとうございました。ヤスダキャップとスルガフライヤーとのレース、表現が難しかったです…
 既にお気づきの方もいらっしゃると思いますが、人物ごとに語尾や文章の特徴を出すために変えています。
 正式な文章ではだめなのですが、お楽しみいただければ幸いです。
*2018/07/17誤字および矛盾修正

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