事務員の初音さん   作:偏(片)頭痛

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#3「最上静香と初音さん3」

 ミクさんはとても面倒見がいい。

 

 環や昴のやんちゃに付き合っていたり、亜美や真美のいたずらにケラケラ笑っていたり、宿題をしている子達に勉強を教えていたりと、ミクさんが誰かと一緒にいる光景は珍しくない。

 

 39プロジェクトが始まって、サポートについてくれる二人の事務員のうち一人が喋れないということで、最初こそみんな変に遠慮していたり、距離感を測りかねている部分もあった(あの志保でさえミクさんと話すときは変に気を使っていたくらいだ)のだが、ミクさんは往々にして積極的にコミュニケーションを取りに来る明るい人だ。彼女の持ち前の快活さとノリの良さはすぐに私たちとの距離をぐんと縮めた。

 

 今日だってシアターに行くと、自分の仕事をそこそこに片付けながら、琴葉さんや紗代子さんの勉強を見ているミクさんの姿があった。

 

「あ、静香ちゃん。おはよう」

「おはようございます。ミクさんも、おはようございます」

【おはよー静香ちゃん(*≧∀≦*)】

「お二人は……勉強ですか?」

「うん。そろそろテストも近いから」

「最近はレッスンや仕事も増えてきて、あんまり勉強の時間が取れないねって紗代子と話してて。少し時間が空いたからミクさんに勉強を見てもらってたの」

【二人とも熱心で教えがいがあるね!】

 

 チラと机の上を見ると、数冊の参考書とノートが広げられていて、そこに注釈やアドバイスが細かく書かれたポストイットがいくつも貼られていた。琴葉さんのでも紗代子さんのとも違うから、ミクさんの文字なのだろう。あまり癖のない読みやすい字だった。

 

「ミクさん、高校生の勉強も教えられるんですね。未来や杏奈に勉強を教えてたのは知ってましたけど」

「ミクさん教え方上手なの。解説も分かりやすくて」

【理系科目はまかせろー(((ง'ω')و三 ง’ω')ڡ≡シュッシュ】

 

 そうラップトップに打ち込むミクさんは得意げな顔をしていた。机の上の参考書は大学受験対策のレベルが高い問題集のように見える。表紙には有名大学の名前も書かれていた。

 

「大学受験レベルの問題を解けるって、ミクさんって一体何歳なんですか……?」

 

 気になった疑問をそのまま口に出して見ると、ミクさんは明らかに動揺したようにピシリと固まった。琴葉さんも紗代子さんもミクさんの年齢は気になったようでじっと答えを待つようにミクさんを見つめた。

 私たち三人からの視線から白々しく目を逸らしてミクさんは口笛を吹く真似をした。口からはスースーと隙間風に似た音が虚しく鳴るばかりだ。

 

【え、永遠の16歳ってことで……】

 

 引きつった笑いを浮かべながらミクさんは答えた。高校3年生の勉強を教えられる段階で16歳は無理があるだろうと私はじとっとした視線をミクさんに送り続ける。

 

「ミクちゃんごめんなさい、次のライブで使う衣装と道具が届いたから、一緒にチェックしてくれませんかー!?」

 

 ちょうどその時、部屋の外から美咲さんがミクさんを呼ぶ声が聞こえた。ミクさんは返事がわりに「ピンポーン!」と正解の効果音を鳴らして(ミクさんは時々こういうコミュニケーションもする)、「勉強頑張ってね!」とポストイットに書き残すと、私たちの視線から逃げるように部屋から出て行った。

 

「逃げられた……!」

「あはは、タイミング悪かったね……」

 

 私の悔しがる様子に二人は苦笑いを浮かべている。ミクさんは付き合いがいいとは言ったが、彼女は彼女でプロデューサーと同じくらい多忙な人だ。シアターの定期公演やイベント公演の演出や映像の製作など、彼女が演出面で担当している仕事は多い。その隙間の時間で私たちを構い倒しているのだから、妙な尊敬すら覚えてしまう。

 

「しかし静香ちゃん……」

「未来たちが言ってのは本当だったのね……」

 

 紗代子さんと琴葉さんは私の様子に若干の呆れを交えた声で言った。

 

「……? 未来が何か言ってたんですか?」

「最近静香ちゃんがミクさんにお熱で構ってくれないーって。翼も拗ねてたよ?」

「未来ちゃんは『私がミクさんと仲良くなりにいけばいいよ!って言ったからちょっと言い出しづらい』とも言ってたけどね」

 

 その言葉に私はえっ、と固まる。

 

「……そんなに私、ミクさんばかりでした?最近……」

「志保が『最近の静香はミクさんの姿見るとすぐ後ろをひっついていく』って呆れるくらいには」「ああああぁぁぁぁ……」

 

 志保にまでそんなことを言われるとは。顔が急激に熱くなっていくのを感じる。

 

「でも静香ちゃんの気持ちも分かるよ。ミクさん人気者だから、意外としっかり話す時間ないもんね」

「単純に、ミクさんが忙しいっていうのもありますけどね」

「でも、なんで静香ちゃんは急にミクさんと仲良くなろうと?」

「いや、元々悪かった訳じゃないですけど、あんまりミクさんのことよく知らないなぁと思って……」

 

 私のその言葉に、琴葉さんと紗代子さんはうーんと唸った。

 

「確かにミクさんのこと、私もあんまりよく知らないかも……」

「そういえば私もあんまり……恵美やエレナはよくちょっかい出しに行ってるけど」

「何してるんですかあの二人……」

 

 意外といじりがいがあるって言ってたよ、と琴葉さん。

 

「ところで静香ちゃんは、どうして控え室に?レッスン?」

「あっ」

 

 今日こそお昼に誘おうと思ってたのに声をかけそびれた。

 

 がっくりとうなだれた私に、二人は再び苦笑を浮かべた。

 

 

 

 


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