「残念だったね静香ちゃん!」
「ミクさんは今日1日私たちが独占しちゃうよ〜♪」
公演前にあまり根をつめすぎるのも良くない、というプロデューサーの提案で丸一日オフになったある日。
本番が近いのに休むのは性に合わないと、自主レッスンのために劇場に行くと、未来と翼が何やらバカなことを言い始めた。
ミクさんを両側から挟み込むように腕を絡ませてひっつきながら、朝一番に劇場に来た私に二人は堂々と宣言してみせた。
ミクさんはと言うと、そんな二人の発言に目をまん丸にしてワタワタとしている。
「あぁ、もう。いきなり変なこと言わないの。ミクさん困ってるじゃない」
「困らせてるんだもんねー」
「ねー♪」
「なおさらダメじゃない!困らせないの!」
開き直った困らせる発言に少し大きな声を出してしまった。二人に両側からサンドイッチのように引っ付かれてるミクさんは、手持ちのタブレットに【ヒャー\(//∇//)\】と大きく顔文字を出しながら頬を紅らめている。恥ずかしがって照れてはいるが意外と余裕があるのかもしれない。
「そもそもなによ、独占って……」
「だって、静香ちゃん最近私たちに全然構ってくれないんだもーん」
「寂しかったんだもーん」
面倒臭い彼女か、と思わず突っ込みそうになるのをぐっとこらえる。以前にも指摘されたが、周りから見ると最近の私は本当にミクさんといっつもいるようだ。あぁ、もうミクさんも他人事のように【仲いいねー(´ω`)】なんて見てないでください。
「でも今日1日ミクさん独占するのは本当だよ?」
「これから買い物行くんだもんねー」
【えっ、なにそれ聞いてない( ゚д゚)】
ミクさんは二人の独占発言を冗談だと思ってたのか、二人の言葉に思わず真顔になっていた。今日普通に出勤しているということはミクさんにも仕事があるということだ。ただでさえ公演前でやることも多いだろう裏方のミクさんにそんな時間はないだろう。
【いやー、デートのお誘いは嬉しいけど、ちょっと今はやることが多くて……】
「あ、ミクちゃん未来ちゃんたちとお出かけですか? いいですねぇ、行ってきたらどうですか?」
しかし意外にも、私たちのやりとりを見ていた美咲さんからゴーサインがでた。
「ミクちゃんが最近休んでないって小鳥先輩も社長さんも心配してましたよ?ちょうどいい機会ですから、未来ちゃんたちと気分転換してきたらどうですか?」
【いやいや、ライブが近いのに遊んでられないですよ〜……】
「もう演出案もまとまって、今日は軽い書類整理だって、ミクちゃん昨日言ってたじゃないですか」
【で、でも、細々したところをもうちょっと煮詰めたいし……】
「そうやってこの間半日部屋に篭りきりだったのは誰ですか?閉じこもってばかりだといいアイデアも出ませんよ?」
【み、美咲さんに今日の仕事を全部押し付けるわけには……】
「誰かさんが土日も休まず劇場に来てるおかげでお仕事も落ち着いてますから安心してください」
【( ´;ω;`)】
しっかり者の姉に叱られる妹みたいなやりとりが続き、ミクさんが若干半泣きになっている。確かにいつ事務所に来てもミクさんがいなかったことはほとんどないとは思っていたが、まさか休みも返上で常習的に仕事をしていたのか。
しかし美咲さんにここまで言われても、ミクさんはなかなか首を縦には振らなかった。仕事半ばで放り出すことになる後ろめたさがあるのか、なんとか言い訳を出そうと手元のラップトップに文字を書いては消して書いては消してを繰り返していた。
「ねぇねぇミクさん」
そんなことをしていたミクさんを見て、ついに翼が動いた。
「ミクさんは、私たちと出かけるの、いや?」
服の裾を引いて、時々プロデューサーにするような甘えるような上目遣いで、翼はミクさんにそう尋ねた。
当然、ミクさんがそれに耐えられるはずもなく、ミクさんは【行くうぅ!!(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾】と悶えながら返事をしていた。
それを見た未来と翼はいえーいとハイタッチ。
そうしてあれよあれよとミクさんと未来たちは支度を整え出かけてしまった。
「……えぇ?」
「なんだか嵐のようでしたねぇ」
残ったのは呆然とする私とミクさんたちを微笑ましく見送った美咲さんだけだった。
「……私も」
「ん?どうしたの静香ちゃん」
「私も本番終わったらミクさんと遊びに行きます……!」
私の静かな決意に、美咲さんは「きっとミクちゃんも喜びますよ」と微笑ましいものを見るように笑うだけだった。