稀代の暗殺者は、大いなる凡人を目指す 作:てるる@結構亀更新
それから30階、40階、50階と立て続けに3フロアをクリアして、今日の試合は終了となった。
なんかなあ。正直あんまり骨なくてつまんなかった。
下の方のエリアは、本当にその辺のチンピラと変わらないようなのが多い。とりあえず殴っときゃなんとかなるって本気で思ってそう。まさにあれこそが脳筋。ていうかその殴るって行為もロクにできてないしねえ。しかも全員、謎に自信満々でかかってくるんだもん。逆に怖いわ。
うーん、やっぱり天空闘技場ってそれなりに腕に自信がある人がくるわけでしょ?て事は、この世界における平均レベルは、今日当たった人たちぐらいだって考えて問題ないはず。まあこの世界、上と下の差がアホみたいにデカイから、平均なんて全く役に立たない数値だろうけどねえ。平均より強い、ってことが、それなりに戦えるってこととイコールで繋がらないのがこの世界の仕組み。あー、ヤダヤダ。なんにしても、兄さんとかヒソカが規格外だってことがよくわかった1日でした。
はあ、と深々とため息をつきながら、目の前に置かれたアイスティーをひとくち含む。
ん、やっぱ毒なしって偉大。苦くないし、体内に入れるのに抵抗感がない。
ひんやりとした感触を楽しみながら、ふわあ、と欠伸をする。
何してるんだろうな、僕。こんなところでまったりお茶してるような余裕、どこにもないはずなんだけど。まあ僕に拒否権はなかったに等しかったけど。強引にヒソカに連れてこられただけだし。
座ったまま特に意味もなく後ろを振り向くと、目に映るのはたくさんの店。
洋服にアクセサリーに化粧品。パッと目につくのはそんな感じ。
前の世界でいう百貨店のようなポジションって解釈で合ってるんだろうか?まあここ結構都会みたいだし、間違ってはなさそう。周りの人たちも金持ちっぽいし。弱いけど。
って、なんで評価基準強さに設定してんの。
思いの外に染まっている自分に気づいて、重々しいため息が口から漏れる。
ていうかこの世界にもこういう場所ってあるんだなあ。初めて見た。
うーん、でもこの感じからして、結構科学レベルとかも前世の世界と同じっぽい気がする。まあそれだけで似てるって断じることはできないけど、そこまでギャップがあるわけでもない。そういう意味ではラッキーかも。
あー、でも移動手段は飛行船だった。兄さん曰く、空の交通網は飛行船のみで構成されてるらしい。てことは飛行機は存在してないってことだ。そう考えるとインフラとかは案外進んでないのかも。まあ詳しくは知らないけど。
まあ正直そんなこと今はどうでもいい。むしろ優先順位が高いのは、ヒソカが僕をここに連れてきた理由を考察すること。
そもそもなんで僕はここに連れて来られたんだ?
うーん、試合終わって暇だなーって思ってたら、ヒソカに満面の笑みで連れてこられた恐怖しか覚えてない。一体奴は何を考えてるんだ……!?
……うむ、わかるわけないか。あのドが付くほどの変人の考えることとか、むしろわかった方が負けだろ。わからないことを誇るべきだろ。あーヤダヤダ。なんでこんな奴と一緒にいなきゃいけないんだか。
でもまあ、二人して絶薄めにしてるから周辺には存在すら悟られてないだろうけど。まあそうでもしないと目立って仕方ないからなあ。
ヒソカ、この界隈だと有名な闘士らしいし。僕もそれなりに今日1日で顔売れたし。
幼い女の子が戦う姿はどうやっても目立つのですよ。
くるくるとグラスの中の氷をいじりながら、机に突っ伏す。
疲れたー、もうあんな脳筋の相手するのやだー。どうせなら戦って楽しい相手とやり合いたいよー。
そんなことを考えながら、何をするでもなくぼーっとする。
ただただ何をするでもなくだらだらだらだら。まさかヒソカ、これさせるために連れてきたとかじゃないよね。いや、ないわ。
まあなんであろうと僕は肉体的な疲労は皆無だけど、精神的にはだいぶ疲れてる。その疲労を癒す休息としてはこの時間は優秀。このなんとも言えない暇な感じも。
こういう時間、生まれてから数日しか味わえなかったからなあ。ある程度動けるようになったら、即訓練始まっちゃったし。うわ、そう考えると僕って結構ハードな生活を送っていたのでは……?
朝起きて毒入りのご飯食べて走りまくって筋トレして訓練受けて毒入りご飯食べてまた訓練して電撃食らわされて拳銃で撃たれて………
あれ?なんだかんだで慣れちゃったけど、結構ハードなメニューじゃん。よく僕生きてたなあ。
そう思ってしみじみと生きている幸せを噛み締めて、それと毒なしの食料の貴重さを痛感して。
これまでもこれからもいのちたいせつで行こうと思って。
そう思った瞬間、僕の第六感が何かを感じた。
何これ。
オーラが、どこからか流れてきている。いや、流れてきている、はちょっと違う。正確には………
オーラを纏った人間が、こちらに向かって接近してきている、だ。
纏。それもかなりの高レベル。
思わずぴくりと肩が揺れる。そのぐらいの畏怖を感じさせるほどの、強いオーラ。
いや、畏怖とか言ってられない。
ビビって萎縮している頭をばしばしと殴って、無理やりにでも頭を動かす。
まずは、このオーラが誰のものか。どのぐらいの使い手のものか。
えっと、とりあえずヒソカじゃない。位置的な問題でも、オーラの質的な問題でも。
強さも、多分兄さんとかの方が強い。でも、兄さんとある程度の戦いを成立させることができるほどの練度がある。
ヒソカの知り合い?んー、でもその場合、僕がそれを知るのは完全にオーラの主が接近しきった時だ。ヒソカの様子に待ち合わせしてるような挙動はないし………。
そう思ってヒソカをじーっと見つめる。
目の前のヒソカは相変わらず携帯にご執心。誰かと連絡取ってるのか?うーん、わかんない。ていうかこいつの表情、いつも笑ってるだけだから、あんまり情報がないんだよなあ。
うん、ヒソカの挙動から予想するのは諦めよう。こんな人を騙すのが趣味みたいなやつから、まともな情報が抜き出せるわけないし。
結論から言おう、何もわかんない。
ということは、何が起きるかわかんないってことに他ならない。
眉をひそめながら最悪の事態を想定して、絶を解除。オーラを纏う。
うーん、ここに念能力者?いるのかなあ。こんなただのショッピングモールに念能力者がいる理由が不明だ。
「どうかしたのかい?」
明らかにバタバタしたりオーラ急に纏い出したりと挙動不審だったようで、ヒソカに笑われる。
こいつ、絶対わかって言ってるよね!?
むう、とヒソカを睨みつけると、余裕しゃくしゃくな様子で頬を抓られる。
むにょーんと効果音がなりそうなぐらいに頰が引っ張られる。
いった!兄さんといいこいつといい、なんでこう手加減というものを知らないのか。なんかあれだよ。頬が赤く染まるわ。物理で。
ぶんぶんと顔を左右に振ってどうにか振り払うと、ヒソカから顔を背ける。これだから変人奇術師はイヤなんだよ。周りに注目されたらどうしてくれる。いや、今更か。
まあそれはともかくだ。
「……このオーラ、ヒソカの知り合い?」
「さあ?どうかな♡」
「そーいうのいいから。どうせこの人目当てでここ来てるんでしょ。敵か味方かだけでも教えてよ。」
さっきからオーラがどんどん近づいてきていることを感じる。明らかにこちらの場所が分かった上で接近してきている。待ち合わせしてるのか、それとも僕のオーラに引き寄せられてるのか。それともヒソカか。
まあ今更絶したって意味ないだろうし、そのまま纏でいよう。ぬあー、こわいー。
相変わらず普通にお茶してる人みたいな雰囲気でいるヒソカにかなりムカつく。情報説明は監督者の責務だと思うんだけど、それについてはどうお考えでしょうか!
オーラ発信源との距離が、もう10mを切る。ひえー、何これ怖。
ていうか多分この人、すっごい強いよね。兄さんとまでは言わないけど、そんじょそこらのへっぽこ念能力者じゃ太刀打ちできない。これは確実に、達人の領域。
今の僕が敵う相手ではない。ていうか敵うとかいう次元にない。一瞬にして血溜まりに変えられるぐらいの実力差。
それを実感して、思わず引きつった笑みが浮かぶ。
「……ヒソカ、逃げていい?」
「ダメ♣︎」
一刀両断。
ついでに、オーラとの距離ももう5mない。多分後ろ振り向いたらいる。何それ、何かの怪談かよ。どうせなら無害な人形に佇んでもらいたいわ。
そんなアホなことを考えて現実逃避していると、さっきから感じてるオーラがもうそこにあるかのように………っていうかもうそこにあるんだけど。
後ろに明らかな気配を感じる。めっちゃ強い能力者の気配が。
「やあマチ、久しぶりだね♠︎」
ヒソカが僕の背後にいるであろう誰かに対して軽く手を振る。
マチ?誰?人?
ぎしぎしと音がなりそうなほど強張った動きで体を反転させて、後ろを向く。
そうしてどうにかこうにか振り向いた先にいたのは………
めっちゃキレイなお姉さんだった。
着物と洋服が半々に混ざったような服装。ピンク色の髪。この時点で何人かは謎すぎるから考えるのはやめておく。
で、特筆すべきはそのオーラと目つき。
明らかに、カタギの目じゃありませんでした。素人が出せる殺気の域を超えてました。
まあ端的に言えば……人殺し、の部類に入るんだろうな。
口をパクパクとさせて見つめていると、お姉さんの眉が寄せられて。
「……あんた、誰?」
お姉さんがツカツカと近づく。椅子の背もたれに手を乗せて、品定めするような目が向けられる。
僕のことを人ではなく、モノと定義しているような目。殺人を犯したものにありがちな傾向だ。
見た目はこんなに綺麗なのになあ。
ピンク色の綺麗な目。だけどつり目がちで、それが与える印象は冷たい恐怖だ。そういう意味では、兄さんに近いって言えるかもしれない。
そんなことをぼんやりと考えていると、お姉さんの目が苛立ったようにさらに吊り上がる。
あー、こういう感じだと猫っぽい。今にも噛み付いてきそうな猫。
って、そんなこと考えてる余裕ないって!これ、思いっきり殺気だから!死にたいのかよ!いーえ、死にたくありません!
ぐわあ、とぼんやりしていた脳が勢いよく動き出す。人間、ピンチに陥ると急に正気を取り戻すんだね。実体験で理解したくなかったよ。
まあそんなのどーでもいいや。とりあえず早く回答しないと殺られる。
誤作動を起こしたかのようにぱくぱく闇雲に動く口をどうにか制御して、酸素を吸い込む。
こわー、こんな殺気浴びたの、いつかの兄さんの時だけだ。
そんなことを思い浮かべながらお姉さんの目を見る。出来るだけ強気っぽく。怯えてる片鱗を見せないように。
「カルト。」
短く名前だけを告げる。ファミリーネームは下手に言いたくない。どんな揉め事に巻き込まれるかわかんないし。
今もバクバクと鳴っている心臓を無理にでも押さえこむ。背中にはすでにダラダラと冷や汗が伝ってる。
やっぱり本気の殺気にはいつまでたっても慣れない。純粋な混じり気のない殺気は、浴びせるだけでも人を萎縮させる効果がある。
数秒間、凍てついた空気の中で沈黙が続く。いや、こんな状況でもヒソカは楽しそうだけど。何こいつ、ほんとムカつく。
そう思って思わず頬を膨らませると、お姉さんの殺気が嘘みたいに融解する。
本当に一瞬で、漂う空気が変わる。
そのオンオフの切り替えの早さにも瞠目の価値ありだけど、今はそこじゃない。
なんで急にオフに切り替えた?
なんでだろう。僕が警戒するにも値しないと判断されたのか。それとも他の理由か。むう、分からない。
うーんと頭を悩ませていると、お姉さんが僕のことを完全に視界から外して、ヒソカへと向きなおる。
なんだ、やっぱりヒソカの知り合いか。道理でとてつもないオーラ。そして殺気。
注目が外れたのをいいことに、お姉さんをじっくりと見つめる。
見た目からして年齢は20代。あー、でも念能力者の見た目はあてにならないから参考までにと思ってた方がいいかも。
それから服越しでもわかる筋肉量。具体的には兄さんぐらい。ヒソカと比べると見劣りするけど、普通に考えたらありえないぐらいの量だ。もちろん僕とは比較なんてできないほどの差がある。って考えると、やっぱり凄腕の能力者なんだろうなあ。
天空闘技場で見た筋肉バカなんかよりも、ずっと良質な筋肉。ほんとこの人何者なんだろ。
「7月30日にヨークシンの国立美術館に集合。」
「了解♡どうだい、このあと暇ならボクと食事でも……」
「何回誘われたって返事は変わんないよ。……それに今はその子にご執心だろ。」
ヒソカとお姉さんの謎に満ちた会話。集合ってことは、そこでみんなでなんかするのかなあ。芸術鑑賞?ヒソカとは死ぬほど似合わないけど。
んー、ていうかそもそもお姉さんとヒソカの繋がりが見えない。何仲間?それとももっと別のなにか?
っと、一人で悶々と悩んでいると、お姉さんの目線が再び僕へと戻る。
………なんか、憐れむような目を向けるのはやめて欲しい。僕だって好きでこいつと一緒にいるわけじゃないんだよ!できることなら今すぐ殴り飛ばして実家帰りたいわ!
ついでにヒソカ!僕をなんか舐めるような目で見るな!なんかぞわっとする、ぞわっと……
「……ヒソカ、結構本気でその目やめろ。鳥肌が立つ。警察呼ぶよ?」
「警察ごときでボクをどうにかできると思うならご自由に♢」
うぐっと返答に詰まる。この社会生活不適合殺人鬼が。口だけはペラペラと回りやがって。
まあ確かに警察が大量に押し寄せたところで、ヒソカに傷一つ負わせることすら出来やしない。
むう、じゃあどうしろって言うんですか。抵抗手段なしですか。そうでしたね。
そう答えに行き着いてちょっとイラっとする。ので、腹いせ紛れに机の上に置いてあるナプキンにちょっとオーラを込めてみる。
そのままオーラを込めた紙を大量に作って、一つ残らずヒソカにぶつける。
はっ、そのまま紙の海に溺れるがよい!
そんなことを脳内で叫びつつ、ガンガンとオーラを込めてぶつけまくる。いいんだ、どうせ死なないし。ていうか傷一つ負わせられないだろうし。
そうこうしていると、さっきまでヒソカと話してたお姉さんが、こちらへと近づく。
え?まさかの展開。
仲間になに手出してんじゃねーよ、的なやつですかね。それだったら僕もう終わりだわ。
カッとなってやった。後悔はしていない!
「ふーん、操作系か。それ、発じゃないよね。……面白そう。」
大量の紙の嵐にヒソカが襲われているのを楽しげに見ていると、お姉さんから話しかけられる。
おお、なんかさっきより友好的。なんで?
まあでも、殺気なしで会話できるのはいいことだよ。
ヒソカがしばらく動けないのをいいことに、二人でガールズトークへと移行する。
「お姉さん、ヒソカの知り合い?」
「知り合いにならざるを得なかっただけ。ただ仕事の関係上ね。」
「なんの仕事?用心棒とか?」
このお姉さんの強さだったら、やっぱりそういう仕事が一番しっくりくるなあ。
紙にオーラを補充して更に強固に操作しつつお姉さんに尋ねると、お姉さんが悪巧みしているような笑みを浮かべる。
「盗賊、って言ったら信じるかい?」
お姉さんの綺麗な声で聞こえてきたのはそんな言葉だった。
盗賊?んん?
あー、でもまあそういう非合法組織に入ってるのは、なんとなくイメージできる。だって強いし。
「僕は、暗殺者だよ。似た者同士だね。」
そう返答すると、お姉さんの目が一瞬見開かれる。それから、面白いものを見つけたとでもいうようなキラキラした表情へと変わる。
この人すっごい表情豊か。なんか可愛い。いや、そんな雰囲気の癖に犯罪者なのか。世の中見かけでは判断できないねえ。
そんな揺れ動く表情を観察していると、お姉さんから一枚の紙が渡される。
「私のメールアドレス。怪我したら連絡しな。あんたなら3割引で治してあげる。」
そう言いながら楽しそうに笑うお姉さん。
か、可愛い。性別の境を超えて惚れそう。
いや、落ち着くんだカルト。こんな美人でも血塗れだよ。多分すごい犯罪者だよ。うん、だからどうした?
あー、よくよく考えれば僕にとって犯罪者ってなんの抑止力にもならないじゃん。僕自身が犯罪者なんだし。アホか。
ぶんぶんと頭を左右に振りながら、ぐるんぐるんの脳内を整頓しようとする。
よし、一回落ち着こうか。そもそもなんで急にこんなに態度が軟化したんだ?
そうだよ。だって出会い頭で殺気食らう程度には警戒されてたからね。むしろこの状況までいきなりすっ飛んだのが激しく謎。
「こんな見ず知らずの他人に渡していいの?ものすごい悪用するかもよ?」
「あんたはそんなことしないだろ。まあただの勘だけど。」
きっぱりとそう断言される。
……勘だよね?勘ってそんなに信憑性ある?ないよね?少なくともそれに頼って個人情報を流すなんて行動をとれるほど、信用性のあるものじゃない。
んん?もしかしてそういう能力者とか?
うーん、と考え込む。勘、それを信用できるということは、何かそれを確実に裏付けるロジックがあるということ他ならない。
「もしかして、どこかで実は知り合ってたとか!」
「いいや、初対面だよ。こんな若い念能力者、忘れるわけないだろ。あんたとはパイプ作っといたほうが有利って思っただけ。」
「……お姉さんの勘、よく当たるって言われるでしょ。」
僕とのパイプ。それはイコールでゾルディック家と繋がるということ。
このお姉さん、まさか暗殺者ってところからゾルディックまで連想したわけじゃないよね?いや、それは違うか。お姉さんの殺気が止んだのは、名前を言ってすぐ。タイミングがおかしい。まさかカルトって名前でゾルディックってわかるわけないし。
うーん、これ本当に勘だな。だってあんな短い時間で根拠が得られるわけないし、そういう能力っていうのも考えにくい。だって僕、あのお姉さんに一度も触れてないもん。接触がほぼゼロで発動する遠隔型の能力なんて、怖すぎる。
ていうかうだうだ考えても仕方ないよなあ。いずれカルトって名前だけでゾルディックに結びつけられちゃうぐらい知名度上がる可能性高いし。
うん、じゃあもうわかんないままでいいや!
「じゃあこのアドレスにメール送るね。お姉さんも、誰かこっそり綺麗に殺したい人がいるならいつでも依頼して。お姉さんよりは弱いけど、綺麗で確実な殺し方には自信あるから。」
「ありがと。確かにあんたの能力、そういう仕事に向いてそうだしね。」
そう言いながら今も飛び交っている紙をみるお姉さん。
まあこれ、発じゃないんだけどね。
物体にオーラを込めて決まった動きをさせるのは、操作系の系統別修行以外の何物でもない。ただそれがある程度極まったり、相性のいいものでやったりすると、ちょっと威力が増すだけ。具体的には、そこらへんの素人なら1秒しないうちに切り刻めるぐらい。
でもまあ、発動条件なんてものもないような操作じゃ、ヒソカみたいなやつに対しては目くらましぐらいにしかならないのが現状ですが。
はあ、とため息をついてパンと手を一度叩くと、動き回っていた紙が全て元の位置に戻って静止する。よし、完璧。
「……ヒドイじゃないか♡いきなりこんな紙に襲わせるなんて♠︎」
「ヒソカだったらその気になったら5秒以内に全部回収できたでしょ。これだからバケモノは。」
「失礼だな♣︎ボクだって当たれば多少の擦り傷ぐらいにはなると思うよ?」
はっ、擦り傷ねえ。オーラ結構しっかり込めてるのに、それだけで済むって本当になんなの。
……単純に僕の熟練度不足か。くっそー。
がーんっとこうべを垂れて落ちこむ。はあ、修行しないと。
デフォルトの纏でも攻撃が通らないなら、練されたらほぼ無効化じゃん。泣いていいですか?
……ミルキには余裕で刺さったのになあ。やっぱり一流の能力者相手じゃどうすることもできない。兄さんにも当たっても効かなかったし。ていうかそもそも避けないでってお願いしないと、全部完璧に回避されたし。
「…まだまだ弱いってことね。はいはい、どうせ僕なんかじゃ擦り傷ぐらいしか負わせられませんよーだ。ばーかばーか、たまには全身から紙切れ生やしてるぐらいの愛嬌を見せろ。」
「キミ、時々急に意味わからないこと言いだすよね♠︎愛嬌の意味、間違ってると思うよ♢」
「お姉さん、この奇術師殺ってください。そしたらすっごい感謝します。」
足をバタバタとさせながらそう喚くと、お姉さんにとても可哀想なものを見るような目で見られる。解せぬ。
この時僕はまだ知らない。
お姉さんことマチが、あの幻影旅団の一員であったことを。
そしてこの日出会ったことで、この先何度も旅団に関わる羽目になる事を。
9月のあの夜の事件に、大きく関わることになる事を。
僕はまだ、知らない。