稀代の暗殺者は、大いなる凡人を目指す   作:てるる@結構亀更新

18 / 33
シャルナーク登場回
あとまたイルミがお兄ちゃんなので嫌な方はブラウザバック推奨


報連相は社会人の基礎

天空闘技場では便利なシステムがあって、1回試合をすれば90日間の猶予期間が与えられる。

本来は負傷した場合とかの療養期間を兼ねてるんだと思うんだけど、今回ノーダメで勝った僕としては3ヶ月間のダラダラ休息タイムが意図せずしてゲットできた感じの認識だ。ひゃっふう!これで戦い漬けの毎日とはおさらばだ!

 

なんてね。世の中そんな上手くいかないんですよ。

 

半ば引きずられるように兄さんに手を引かれながら空港に向かって歩く。特に栄えた市街地部分だからかとにかく人が多い。ほんっとに多い。オーラは限りなく薄くして存在感を絶ってるのに、それでも何人もの人とぶつかりまくると本当に気配絶ててるのか心配になる。ていうか。

 

「ねえ、兄さん。だからこれどこに向かってるの?」

 

ちょいちょいと袖先を引っ張って聞いても全くもって返答はなし。諦めてため息をつく。

天空闘技場から急に連れ出されたと思ったら、なんの事情説明もなくただどこかに連行されているってのはなかなかに恐怖だ。多分向かってる方向からして国外に出るつもりなんだろうなーとおぼろげに思うけれどそれも確かではない。だって兄さん、ここまで頑なに目的地教えてくれないんだもん。

 

「ねー兄さんってば」

「うるさい」

 

べし、と立ち入る隙もなく会話を拒否される。なにこれ。泣いていい?

このまま拒否られ続けてもメンタルが死ぬだけなので諦めて周囲の様子を観察する。さすが国際空港付近の目の前とあって人口はアホみたいに多いし、変な屋台みたいなのもいっぱい立ち並んでる。

 

うぇ、なんか人酔いしそう。

 

反射的に口元を押さえる。色んな人の話し声。匂い。視覚でさえ前世よりも鋭敏に感じ取ってしまうみたいで、ぶっちゃけ吐きそうだ。

ぐるぐると脳内が撹拌されるようで、兄さんの歩くペースについて行けない。思わず足を止めると兄さんも異常に気づいたようで立ち止まってこちらを振り返った。

 

「なに?時間ないから早く行きたいんだけど」

「ごめ……ちょっと待って」

 

肩で軽く息をしながら目を閉じる。今は少しでも情報を遮断したい。大通りを歩いている人の数、着ている服、風の流れ、それら全てを鋭敏に感じ取ってしまう。こんな状態で人混みなんて歩いたら情報過多で死ぬる。死んでしまう。

んん?あれ?なんかそれおかしくないか?

 

これ、もしかして円のせいじゃね?????

 

普通に考えて普通に生きてたら風の流れとか、視界に入ってない人の服の色なんて分かるわけなくね?てことはこれ、円常時展開の弊害なのでは?

 

試しに1度深呼吸して円の濃度を薄くしてみる。さすがに切るのは何があるかわかんないし怖いから、一応発動したままがいいだろう。

あ、すごい楽になった。

円が薄くなった瞬間、流れ込んでくる情報も急に薄くなって楽に息が吸えるようになった。うん、これから人混みにはいる時は円の濃度は薄くするようにしよっと。

 

「はーこれでだいぶマシだー、おっけーもう大丈夫だよ」

 

そう言うと、何事も無かったかのように兄さんはまた手を引いて歩き出す。ううむ、今はホントのホントに愛想がないな。なんか怒らせるようなことしたっけ……?

……心当たりを数えていくと正直思い当たる節しかない。やっぱやめよ考えるの。

 

ていうかこれ怒ってるんじゃないな。なんだろ。前もこの違和感を感じたことがあるような気がする。えっと、あれは……

そうだ、あれは針を刺されそうになった時のオーラに近い。って言っても殺意も迫力も全然あの時に比べれば薄いけど、雰囲気としては同質。つまり、仕事用の兄さん。

もっといえば、呪縛で本心を押し殺している方の兄さん。

 

はあ、と小さく嘆息する。そういえば最近は仕事用の表情をする兄さんをあんまり見てなかったからちょっとびっくりした。てことはこれ、きっと何か仕事関係のことに連れ出されようとしてるわけか。なるほど。んで多分、多少は命の危険がある感じの。

 

まあそこまでわかっても具体的にどうすることも出来ないので思考停止してとにかく兄さんについて行くことにする。どこに連れてかれてるのかはわかんないけどまあ、死んだらその時だ。これ見方によっては兄弟の微笑ましいデートだし。

そうだわこれデートだわ。休日に兄さんと市街地に赴いてウィンドウショッピング。相手が無愛想で何か言ってもほとんど返事を返さず引きずるようにグイグイ進んでいくことさえ度外視したら立派なデートだ。ヤバ、涙出てきた。

 

そうこうしている間にも空港に到着。あれよあれよという間に搭乗手続きがされていく。

て、あれ?

 

「兄さん、僕パスポート持ってないよ?」

「俺たちがまともな身分証なんて持ってるわけ無いだろ」

 

そう言いながら明らかに偽装されたと思わしきパスポートをひらひらと振る兄さん。なるほど。確かに言われてみればゾルディックなんて名前の人が乗ろうとしてきた時点で通報だわな。そういう偽装はミルキとかが上手くやってるんだろう。

 

ちょっとハラハラしながら偽造パスポートで無事飛行船に乗ることに成功。さすがミルキ。

 

「それで、そろそろどこ行くか教えてよ」

「さあ?俺もわかんない」

 

はい?

予想外の回答に目を白黒させる。ていうかどういうことだ。え、なに。自由気ままな空の旅ってか?

詳細説明を求めて既にシートの上でくつろぎモードに突入していた兄さんをガタガタ揺さぶる。頼むからこんな訳わかんない状態で放置しないでくれ。兄さんには報連相の概念導入が切実に必要だと思う。

さすがにずっと揺さぶられているのも迷惑なのか、兄さんは諦めてため息をついて、懐からなにか紙を取り出した。

 

「……ハンター試験?」

 

紙に書いてあるのはハンター試験受験票という文字と、僕の名前。と言ってもカルトってファーストネームだけ。それから試験会場の案内。うん、つまりこれはそういうことだろう。

 

これ、勝手にハンター試験受験登録されたよね!?

 

ハンター試験。存在は知っている。父さん曰く破格の身分証明書。これさえあればほとんどの場合立ち入り禁止区間でも入ることが出来、犯罪行為も容認される場合が多い。て言ってももちろんやりすぎたらしっかり賞金首になるわけですが。

んで、これは将来的に僕が取得しようとしていた資格だ。だって便利そうじゃん。それにいつかゾルディック家から抜け出して普通に生きる時に、ゾルディック家に由来しない身分証明書はきっと必要になる。そのために取ろうと思っていた。将来的に。

そう、将来的に、だ。

 

ちらりと兄さんの横顔を見ると、それで説明は終わったとばかりに針をくるくると弄っている。いやまだ不十分だから。全然足りてないから。

んー?でもまあさっきよりもオーラの雰囲気がだいぶマシになったな。なんでだろう?お仕事モードから切り替わるようなことがあったんだろうか?

うーん、推測系になるけれど、多分兄さんの今回のお仕事は僕をこの飛行船に乗せるまでの誘導までなんじゃないだろうか。だから搭乗した時から冷徹なゾルディック家の長男である必要はなくなったとか。うんやっぱわかんない考えるのやめよ。

というかそんなことよりも自分の命の安全確保が大事だ。

 

「兄さん、あのさ、僕ってまだ赤ちゃんなんだよ」

「何言ってるの?俺の知ってる常識だと10歳くらいの子供を赤ちゃんなんて呼ばないけど」

「いやだからそれは見た目年齢なんだって。僕自身はまだ生まれて1年……1年!?」

 

自分で言ってびっくりする。まだ生後1年経ってないばぶちゃんだったのか、僕。それなのにこんな念だのなんだの覚えさせられて。え、なにこれかわいそう。

うん、まあでもそれがメインの問題じゃない。

つまりあれだ、兄さんは今生後1年の赤ちゃんを試験中にバサバサ死者が出るような試験に送り込もうとしてる訳だ。はっきり言って意味がわからない。死ぬでしょ。そんなところから生還できるビジョンが見えない。

 

「……兄さんがそこまでして死んで欲しいって言うならしょうがないけどさあ」

「え、今死なれたら困るんだけど。カルト便利だし」

「いや、こんな群雄割拠の死地に送り込もうとしながら何言ってんの!?無理だって、まだ念覚えたばっかりのペーペーに受かるわけないでしょこんなの!」

「大丈夫だよ。……多分」

「多分って、多分って!!!!」

 

兄さんの割と適当な返答に本格的に命の危機を感じる。が、しかし、いつまでも戸惑っている訳には行かないのだ。ていうか僕が今更何言っても決定事項が覆ることは無いだろうし。うんうん。諦めて情報収集にでも徹した方が有意義だ。

カバンからノートパソコンとケータイ。それから大量の紙束。今のうちに人型に切っておいた方が何かと便利かもしれないので準備しておく。

 

その様子を見て、兄さんがああ、と何かを思い出したように小さな黒い機械を取り出した。

 

「はいこれ、無線機。地下だろうが水中だろうがこれだったらどこであろうと繋がるはず」

「無線……?なんで?」

「ハンター試験会場がどこになるかは受験者以外分からない。いざと言う時に連絡つかなくて勝手に死なれても困るから」

 

……これはもしかしてあれか?万が一にもお前が死んだら大変だから連絡機器は渡しておくぜ、いざと言う時は頼れよ!的な。そういう兄さんのデレ的なあれですか?

手の中でころころと無線機を転がしてみる。おお、なんかわかんないけどすごい。真意はどうあれ兄さんが僕のために渡したというその事実がすごい。

それに聞く限りとんでもない高性能だ。どういう仕組みかなんてわかんないけど普通では入手できないようなレア物だろう。それを?僕のために?兄さんが?いやっほー!

とりあえず隣の兄さんにむぎゅうっと抱きつく。なんだ、策なしで送り込んでまあ死んだら死んだでいいやみたいなスタンスでいるのかと思ったら、まさか生かす方向に考えてくれるとは。従来型兄さんでは考えられない進歩だ。

 

「……カルト、邪魔」

「やだー、兄さんが珍しく優しいことするから悪いんだぞっ!」

「優しいこと?そんなこと今までカルトにしたことなんてないよ?」

 

またいつものこてりと首を傾げるポーズ。美形だから許されるポーズ。だがしかし兄さんの自己認識などこの際問題ではない。1番大切なのは、兄さんが人を壊して使う以外の方法を知ったこと。

えへへ、と思わず笑みが漏れる。うん、これはあれだ。自分でもわかるレベルで気持ち悪い。でも仕方ないじゃないか。

 

「兄さん、ちゃんと生きて合格してきたら褒めてね?頭撫でていっぱいぎゅーってしてくれないとダメだからね?」

「……成功報酬。ていうかそもそも死ぬとか許されると思うなよ。死なれたら色々と面倒なんだから」

「了解!死にそうになったら兄さんに連絡するねーえへへー」

 

すりすりと無線機に頬ずりする。どうしようこれ、どこに保存しよう。万が一にも破損しない場所に入れとかなきゃ。それでいていざと言う時に楽に取り出せないとだし……

あ、そうだ。

 

机の上に置いた紙束を何枚か正方形の形に切る。折り紙はそこまで得意なわけじゃないけど、これでも元日本人だ。これくらいなら簡単に作れる。

しばらく無心で紙を折り続ける。ていうか紙を折りながら丁寧にオーラを込めていく。紙と親和性が高い僕のオーラが込められた紙はそうそう破損しないし、万が一紛失してもオーラを辿ればどこにあるかわかる。

 

よし、完成!

紙で作ったのは、小さな箱だ。その中に無線機をことりと入れる。うん、強度は問題なさそう。これを袂に常に入れておけば問題ないだろう。たぶん。現状これ以上厳重な保管方法がないからとりあえずこれですます。

 

「よし、これでおっけー!」

「何それ?紙?」

「うん、紙を折って色んな形を作るの。こういう箱もできるし、あとは……鶴とか、紙飛行機とか」

 

いつの間にか作った箱は兄さんにするりと取られてじっくりと検分される。上下左右から見たり、つついて強度確認したり。あ、今ちょっと指にオーラ込めやがった。壊れたらどうするんだよ。

と言っても僕がオーラを強度をあげるためだけに結構しっかりつぎ込んだものだ。そんなに脆くない。その丈夫さは兄さんのお気にも召したようで、今度は元材質の紙をじっと見つめている。

 

「教えてあげよっか、折り方?多分兄さんが作った方が強度高くなるし」

「やる」

 

即答して紙を1枚手に取るあたり、相当興味を持ったのだろう。うんうん、いい傾向いい傾向。ここは珍しく僕が教える側に回ろうではないか。

 

相当表情筋が気持ち悪く崩れている自覚をしながら、兄さんに丁寧に紙の折り方を教えていく。ってこの人、実は僕より器用なのではないだろうか。完成系がどう見ても僕の作ったのより綺麗だ。

 

「兄さん、もしかして実は折り紙得意でしょ」

「今初めてやったけど。でも確かに俺が作ったやつのほうが綺麗だね。カルトが下手くそなんじゃない?」

 

兄さんのどストレートなコメントに返す言葉もない。だってこの人別に悪意で言ってるわけじゃないんだもんね。ただ事実を述べてるだけなんだもんね。てことは僕が不器用ってのは紛れもない事実だと。なるほど。直視したくない1側面だ。

だけどまあ、兄さんの折ったものと僕が折ったものを並べると違いは一目瞭然。僕の方は細かい端の部分の処理とかで圧倒的に雑さが目立つあたり性格が出ていそう。うん、だって兄さん几帳面だもんね。部屋の隅まで雑巾がけしてそうなタイプだし。

 

そんな僕のメンタルに傷を負わせてきた折り紙教室が一段落したところで、飛行船が着陸態勢に入る。慌ててその辺にばらまいていた紙だのなんだのをカバンの中に詰め込んで、それから無線はそうっと袂の中に。ついでに隠で偽装してパッと見ではそこに何も入っていないように見せかける。

あとはイヤホンを手に取って、オーラで人型にくり抜いた盗聴器(紙)と接続させる。色々と試行錯誤した結果、この方法であればイヤホンで音を聞くことが出来た。それも複数枚同時に。やってることは数十人の同時盗聴なのでほぼ聞き流して、大事な何かがあればそこにフォーカスするようにしている。とは言ってもこれからもっと人数が増えたらもっと効率的な方法を考えないと。さすがに1000人規模の生活音聞きながら暮らすのは嫌だ。なんかなあ、こう、機械とかで勝手に取捨選択するようなのが作れればいいのに。

最後に扇子と紙吹雪に軽くオーラを纏わせてすぐに手元に呼び寄せられるようにしておけば準備完了。これでまあ、ある程度はいつでも戦えるだろう。

 

ずどん、という衝撃がして着陸したことに気づく。無事成功したみたいだ。前世含めこういう航空機はなんか信用ならなくて怖いので無事降りれて良かった。

兄さんはここで降りることはせず、そのまま別の目的地に向かうようだ。またお仕事依頼だろう。依頼の準備に付きっきりになっている兄さんは放置して、飛行船のタラップを踏む。降車完了。

 

「じゃ、行ってきます」

 

最後に兄さんにそう呼びかけたけど返答はなく、でも小さく右手が上げられた。

よーし、それだけでしばらく頑張れそう!

るんるんと鼻歌交じりに飛行船から空港ターミナルへと移動する。やっぱり大都市だけあってさっきいた天空闘技場付近よりも相当人が多い気がする。

もう一度ハンター試験受験票を確認する。

 

会場、ヨークシンシティ

 

空港に表示されている現在地名もヨークシンシティ。間違いなくここが試験会場。なのだが。

そもそも都市一つが試験会場だとか意味がわからん。普通はこう……建物とかそういう詳細範囲まで指定して然るべきだろ。範囲が広すぎてどこにいたらいいかもわからん。

とはいえまあ、多分その情報を自分で掴むくらいじゃないとハンター試験受けるのにもふさわしくないってことなんだろうなあ。多分。これで全然違う思惑だったらめっちゃ恥ずかしいな。

 

うん、よし。とりあえず情報収集しよう。

幸いにも試験開始日は一週間後だ。じっくりと調べる余裕がある。とりあえずは当分の宿と、それから情報元になりそうな人探してぺたぺた紙貼り付けるか。

方針も決まったところで、とりあえずホテル行こう。僕はもう長旅で疲れたのだ。空港付近なんだからいくらでも空室はあるはず。金に糸目をつけなければ人目につかない部屋がとれる、と思う。さすがに暗殺一家の一員の癖に無防備にその辺の宿に泊まる気は無いからね。死にたくないし。うっかりどこから身バレするかわかんないし。

きょろきょろとホテルを見繕いつつ、ついでにこっそりと高そうなスーツを着ていたり、ハンター試験受験希望者っぽい人だったりに紙を貼り付ける。前者は高い地位にいる人は情報を握っている可能性が高いから。後者は単純にその人が場所を見つけたらそこに行けばいいじゃん、ていう雑な思考。

空港から出て市街地をぶらぶらしながら紙をばらまいていると、ふと円の片隅に異質なオーラを検出する。

ん?なんだこれ?

能力者……なのだろうか。普通に考えれば念の使えない一般人のような。でもどこか違和感。具体的に何かと聞かれたら分からないけど、違和感がある。

そうっとその異質なオーラの方に視線を向けると、どういう訳か向こうもこっちを見ていたようでバッチリ目が合った。

短い金髪。翡翠色の目。体はそこまでがっしりしていないけれど、しっかり筋肉がついているように見える。

何より変なのはその目線。吟味するようにこちらをじっくりと見ていたと思えば、僅かに微笑むように口角をあげた。

 

ヤバい。なんかわかんないけどヤバいから逃げた方がいいような気がする!!!!!!

 

じりじりと後ろに下がりながら距離を取ろうとする、けど向こうもこちらに向かって歩いてくる。まずい。なんかわかんないけど、完全にロックオンされてる。なんかわかんないけど。

ど、どどうしよう、背中を向けて一目散に逃げ出したい気持ちが強いんだけど、そんなことしたら後ろから刺されそうな感じがする。すごい人の良さそうな笑みを浮かべてるのにそのまま人殺しそうな狂気。変。絶対この人変!

 

葛藤している間にもじりじりと間合いは狭まっていく。ええいままよ!こうなったら大人しく接近させるか、今すぐ全力ダッシュで逃げるしかない。本能的に逃げた方がいい気がするのでここは全力ダッシュ。あまり人がいなくて走りやすい裏路地方向に駆け出す。

 

さっきまでの大通りは人が多い。だからあの変な男があそこのエリアを抜けるにはどうしても時間がかかるはずだ。その間に距離を稼ぐ。

 

と、思った僕がバカでした。

 

猛ダッシュで裏路地を駆け抜けているのに、円で探知する男の位置は明らかにこちらに近づいてきている。それはどういうことか、僕より足が速いってことだ。体力はともかく瞬発性では今まであんまり負けたことがないし、一般人が僕に追いつけるはずがない。そこから導かれる結論はひとつ。後ろの追いかけてきている男は能力者。

 

走りながら必死で頭を回らせる。円で見た限り男はオーラを発していないようだったけど、それはつまりオーラをほぼ絶状態で少しだけ垂れ流す偽装をしていたってことだ。だけどそれは口で言うほど簡単じゃない。男は僕か、それ以上の使い手。それは間違いないだろう。

 

でもなんでそんな人がわざわざ僕のこと追いかけてくるわけー!!!

 

だってハンター試験には念能力者はほとんどいないって父さん言ってたじゃん!なんでそんな微小確率に開始早々遭遇してるの!?

 

男との距離はもうない。このまま逃げてても追いつかれるだけだ。

半泣きで腹を括って、足を止めて後ろを振り向く。扇子と紙吹雪をオーラを操作して手元に。臨戦態勢だ。

男が曲がり角を曲がってここに到達するまであと数秒。脳内で数字を数える。3、2、1、今だ!

 

曲がり角を曲がってこちらに姿を見せた瞬間、扇子を振るって紙吹雪を飛ばす。1枚でも急所に刺さればこちらの勝ち、なのに。

 

「やだなあ、いきなりそんな警戒しなくたっていいじゃん」

 

あはは、と軽薄そうに笑いながら男は難なく紙吹雪を全て躱す。

だらり、と冷や汗が流れた。今までこの紙吹雪をすべて躱せたのは兄さんとヒソカだけ。この男はもしかすると、兄さんたちに匹敵するくらい強いのかもしれない。

逃げる?もう無理だ。ここまでロックオンされた格上から逃げられるほど僕は強くない。じゃあどうする。

 

袂でことり、と無線機が転がった。別れてすぐだけど、割と命のピンチだ。使うべきなのかもしれない。

 

「……何の用」

 

そう短く問う。袂から出して紙を開くまでの1秒の隙が欲しい。どうにかして作れないだろうか。

とりあえず今は会話で時間稼ぎするしかない。だってまだ死にたくないし。

 

男はまた人の良さそうな笑みを浮かべたまま、ゆっくりと近寄ってくる。思わずごくりと喉がなった。これ、死ぬかも。あの人明らかに格上だ。敵わないレベルで。

 

「何の用か、か。なかなか答えにくい質問だね。俺も別に特に理由があって君を追いかけたわけじゃないから」

「じゃあなんで……!」

「うーん、そうだな。やっぱり自分が受ける試験にある程度力量があるヤツが受験しようとしてたら先に潰しておこうって思うのは当然の心理だろ?」

 

全然当然の心理じゃないんですけど!!!

 

甘いマスクに反して言ってることはただのサイコパスだ。ていうかあれか。この人もハンター試験受験者なのか。さすが最難関試験、受ける前から殺し合いなんて。殺し合いなんて……!

 

どうしよう。どうやったらこの状況から生き延びられる?

男の手が届く範囲に到達するまであと5秒。その間に考えろ。全力で脳を回転させる。どうする。どうする。

 

「ねえ、あのさ」

 

結局苦し紛れに出した言葉は。

 

「協力しない?」

 

目の前まで迫っていた男の手はその言葉を聞いた瞬間ピタリと止まった。うおし、これなら行ける。

ただし依然手はあと少し伸ばせば首に届く。折られるか、切られるか、締められるかはわかんないけどなんにしても死ぬのは確か。今言葉遣いをひとつでもまちがえば僕は死ぬ。

 

だから、余裕そうに微笑んだ。

 

交渉する時は極限まで弱みを見せてはいけないと兄さんは言っていた。自分が必ず優位に立っていないとそもそも交渉という場は成立しないと。ならばせめて見た目だけでも余裕の笑みは浮かべないとだろう。

 

「協力?君と俺が?」

「そう」

「ふーん、で、それによって俺は何を得られるの?」

 

ここだ。ここで間違えれば全部終わる。

ゆっくりと深呼吸をして、それから震えないように声を出す。

 

「ハンター試験会場の場所。それから受験者の情報。僕から出せるのはそれだよ」

 

今もイヤホンから流れ込んでくる声。その中でこの街の市長のような人が話していた。数日前から市内のデパートに妙に強い黒服の男たちが出入りしていたと。デパートには地下なんてないはずなのに、男たちは地下層に入っていったのだという。その報告を市長の部下がして、市長はそれを濁すように誤魔化していた。

間違いなく、それだ。

 

受験者に関しても既に数人は追尾しているし、会場についてからでも常に声を聞き続けられるアドバンテージはでかい。故に、この男は確実に乗ってくる。

 

そう確信して男に再度微笑みかけると、男はゆっくりと手を下ろした。

 

「いいよ、交渉成立だ。この試験の間だけ協力関係にあることにしよう。よろしくね」

「こちらこそ」

 

恐る恐る手を差し伸ばすと、意図を察してくれて握手が成立する。良かった、この世界には握手という文化が存在していたのか。前兄さんにやったら理解不能な目で見られたからないのかとてっきり思ってしまった。

 

まあ、そんな悲しい過去はどうでもいい。今はこの目の前の金髪だ。

 

「ねえ、名前は?」

 

ダメもとで聞いてみる。うっかり聞き出せたらそこから情報を調べればいいし、ダメだったらダメで名前を明かせないような職か犯罪者であることが分かる。

確実に後者だと思っていたから、男がすんなりと名前を告げたことに驚いた。

 

「シャルナーク。シャルって呼んで。君の名前は?」

「カルト」

 

そう短く答えると、男ーーーシャルナークは心底楽しそうに、とびっきりの笑顔を浮かべた。




操作系が好きなんだよなー。カルトとかイルミとかシャルとか。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。