稀代の暗殺者は、大いなる凡人を目指す 作:てるる@結構亀更新
しかしまあ、このシャルさんってひと、とんでもない人だった。
どうにか命の危機から免れると、試験開始までは一緒に行動してた方が便利デショ?なんて言葉と共に超一流ホテルに一緒に泊まることになった。
まずこの時点で、は?だよね。なんでこんな殺されかけた胡散臭い相手と一緒に過ごさなきゃいけないんだってのもあるけど、そもそもシャルさんが選んだホテル自体一国の要人クラスじゃないと部屋が取れないような値段設定だ。この時点でシャルさんが一般人じゃないのは確定する。何この人怖い。どこの大富豪だ。
そしてまだ恐怖は続く。そのまま連れられるままにそのホテルのフロントに向かうと、あの男、満面の笑みで偽名名乗りやがった。
誰だケインってお前さっき自分でシャルナークって名乗ってたじゃん!なに?どっちが嘘なん?
あまりの事態の連続に頭の中をぐるぐるとさせていると、フロントのお姉さんから禁断の質問が浴びせられた。
「可愛いお嬢さんですね?お連れの方ですか?」
やばいやばいやばい。反射的にシャルさんの袖口を掴む。これ、絶対僕だけ怪しまれて外にぽーいされる未来が見える。だって娘と言うには外見年齢も離れてないし髪の色も目の色も違うし、似てないし。何よりそんな大金持ってないし。天空闘技場のファイトマネーが全財産の子供なのでそこは許して欲しいとこだけど。
なのに、この男は余裕綽々で。
「ええ、娘なんです。長旅で疲れていて。早く休ませてあげたいので部屋の準備をお願いできますか?」
「……ええ、もちろんです」
娘とか明らかに無茶な設定なのに、シャルさんがフロントのお姉さんににっこりと微笑むと、数秒フリーズした後お姉さんはなんの疑問も抱かずにさくさくと手続きを進めていった。
思わずじっとりとシャルさんを睨む。なんだ今の。甘いマスク特有のチートか?魅了でもしやがったか?
まあそんな戯言はさておき、これはあれだ。人間を操作する系の術者だ。
僕が発でなくとも紙にオーラを込めることで相当な威力が発揮できるように、人の操作に適性を持った術者はオーラを声とかに少し乗せるだけで簡単に言うことを聞かせたり、はたまた都合の悪い記憶を消したりできるんだそうだ。もちろん発ではないから威力は控えめだけど、兄さんとかそれクラスの人がやれば相当な効果が見込めるらしい。
で、まあこれは……相当な効果が見込めるタイプだろうなー。
さくさくと部屋のサーブをなんの疑問も持たずにやっているお姉さんを見る限り、相当強く操られているように見える。そもそもこういうレベルのホテルのフロントの人がこんな怪しい人を通すなんておかしいからね。暗示ってより洗脳みたい。なにそれこっわ。
はあ、とため息をつく。また面倒なやつに見込まれてしまった感がすごい。ハンター試験終わったらとにかく距離取ろ。願わくば今後接点ないようにしよう。
「それではお客様、お部屋の準備ができました。」
そうにっこりと微笑んでお姉さんがシャルさんにキーを渡す。ってうわ、部屋番号最上階じゃん。どんだけ金積んだの……。怖いわ、金持ち怖い。
自分でも笑みが引きつっていることを自覚しながらお姉さんに軽く会釈して、それからシャルさんの後ろをついていく。
「カルト。」
と、シャルさんがくるりと振り向いて手を差し伸べてくる。ん?なにこれどういうこと?
はて?と首を傾げて数秒フリーズすると、はあ、と呆れたように溜息をつかれる。いや普通に意味わからんから理解できないこっちが悪いみたいな反応やめてほしい……て、あ。
「あ、ありがと。えっと……お父、さん?」
我ながら大根役者だけど致し方ない。少し離れていたシャルさんとの距離を覚束無い足取りで縮めて、差し出された手を握る。正解?と恐る恐る上目遣いに見やると、小さく頷かれる。うん、じゃあこれであってたんだろう。
要はあれだ、親子だと誤認させるようにちゃんと演技しろってことだろう。そりゃそうだよね、親子なのに父親が子ども放って先にずんずん行くとかありえないもんね。普通。僕の父さんは普通ではないのでこの場合除外することとする。
「それで、君は何者なの?」
フロントからある程度離れると、満面の笑みのままでシャルさんにそう問われる。うーん、なんて答えよう。
脳内で答えを纏めているうちにエレベーターホールに到着する。着いた瞬間に見計らったようにエレベーターが開いて、無言のまま乗り込む。
うむ、これは良くないかもしれない。
他人と1対1とかいう時点で気まずさMAXなのに、相手は格上で、しかも問いの答えを求められている状況、と。
エレベーターの端の方へと移動する。距離感がね、気まずいのよ。
「答えないなら答えないでいいけど。ほら、俺信用出来ないヤツをそのまま使う気はないんだよね。」
エレベーターの対角線上に立っているはずなのに威圧感が凄すぎて泣きそうになる。てかなんだよそのまま使う気はないって。なんかそれ、兄さんみた……。
びきり、とフリーズすると共にシャルさんのポケットに突っ込まれている手を注意深く円でサーチする。
「あはは、気づいちゃった?うん、最初からそのつもり」
素早くエレベーターの階数表示をチェック。最上階まであと15秒ない。扉が開いた瞬間に飛び出して逃げれば……いや、無理無理。普通に逃げきれない。
シャルさんのポケットに入っているのはコウモリのモチーフの針。というよりアンテナの方が近いか。人間に操作適性のある術者が持つアンテナ。十中八九兄さんと同じ用途だろう。
「……僕の情報にはそんなに価値がない?結構使えると思うんだけど。」
「それは同感。よく考えられた能力だと思うよ?利用しがいがある。」
ぺろり、と唇を舐めてそう呟くシャルさんは完全に猟奇的な殺人犯というかなんか明らかにそっち側の人間だと思う。だって普通の人間は利用するとかそんな言葉出てこないじゃん。何この人サイコパスなの?
円の濃度をじわじわと濃くしながら警戒態勢に入ると数秒後、がたん、と音ともにエレベーターの扉が開く。
よし、とりあえず出よう。こんな近い距離で戦って勝てるはずない。ある程度間合いがないと多分無理。
開いた瞬間足にオーラを込めて飛び出す。一気に跳んで間合いをとる。
よし、成功。ホテル最上階のラウンジなんて素敵な場所なのになんでこんなデッドオアアライブな感じなんだか。
と、油断したのが悪かった。
びゅん、とシャルさんがアンテナを投げた。もちろん僕を狙っているものだと思って避けた。ら、そのアンテナは僕の真後ろにいたホテルの従業員の人にぶっ刺さった。
「動きはいいけど読みは甘いね。俺みたいな能力者はいきなり本人を操ろうとはしないかな。だってこっちの方が手っ取り早いし。」
従業員の人は操られるままにこちらに向かって襲いかかってくる。
振り下ろされた1打目を躱す。うん、どうにかなりそう、だけど。
円を後ろに伸ばしてシャルさんの方を探る。手にはケータイ。ものすごい速さで操作していることからして明らかにあのケータイでこの人を操ってるんだろう。
しかもだ。
びゅん、と迫り来る拳、それを避けた先に綺麗な蹴りが入る。あ、やば。これ避けられない。
被弾すると思わしきところにオーラを集める。じゃないと殺されちゃう。
そう、この操作されてる人、何故かオーラを使っているのだ。だからまともに当たったらその時点で終わり。一般人だからと舐めてたツケがここに来ました。
「シャルさんの能力ってさ、操作対象のオーラまで操れるの!?」
「そう、正解ー。でもそんな無駄口叩いてる余裕ある?」
よくもいけしゃあしゃあと。1発入れられるならそのムカつく顔ぶん殴ってやる。まあそれが出来ないから困ってるんですけど。
どんな一般人でもオーラは保持している。それを意のままに操れないだけで。
じゃあ操作系能力者がそのオーラを操ったら?おそらく一時的ではあると思うけれど、無理やりに精孔が開いてオーラを纏えるようになる。
それを操作して一般人から毛が生えたくらいの能力者を扱うのがシャルさんの発だと見た。確証は無いので分からない。けどまあ、とにかく面倒な能力だ。
「ねーあのさ!1回話し合わない!?こんなとこで戦ってたら人集まってきちゃうよ!」
「うん、そうだね。だから早く終わらせないと」
「そうじゃないでしょー!!!」
やばい、この人本気で聞く耳持たない。
どうせあれでしょ?なんか情報収集する方法持ってそうだからそれごと操作しちゃえ!みたいな感じでしょ?最初っから操ってどうにかなりそうだったらこうするつもりだったと。はあなるほど最低だ。
「ねえあのさ」
「なに、まだなんかあるの?辞世の句でも?」
「僕の能力多分操られたら使えなくなると思うよ!」
おそらくシャルさんは僕をあのアンテナで操って傀儡にし、そのうえで僕が能力で得た情報をノーコストで取得できるようにするつもりだ。あれだったら兄さんとは違ってもっと細かい操作ができるだろうから、生きているように見せかけることも能力を使わせることも容易いだろう。
でも僕のは多分無理。
襲いかかってくる操られた人を見る。本人のオーラに加えてシャルさんのオーラが混ざりあってる。そりゃそうだよね、操作されてるんだから。
もし僕が操作されたら同じようにオーラが混じり合う。つまり僕が前々から貼り付けていた紙に込めたオーラとは違うものになる。それでは盗聴器は成立しない。
「詳細は伏せるけど、僕の能力は僕のオーラを纏ってないときちんと情報が返ってこない。操作されてシャルさんのオーラと混じりあったら使用できなくなるはずだよ!」
蹴りを躱しながら必死でそう訴えかける。ヤバい、舌噛みそう。
盗聴器は僕のオーラをリンクさせて、同じオーラを帯びた本体に音声を送るような仕組みになっている。つまり本体のオーラが子機である小さな紙と変われば、リンクは切れて音声は送られなくなる。
シャルさんもその意味を理解したのか、ふむ、と考え込む。それと共に男の動きも停止。これはシャルさんが止めてるだけか、それとも活動限界か。
「なるほど、それは困るなあ」
「でしょ?だから」
「でもさ、それなら生かしておく意味がないかな」
ひえ、と息を呑む。それと同時にごとり、と音を立ててさっきまで操作されていた人が倒れる。
限界を超えた活動をさせた上に、無理やりオーラを使わせる。そりゃまあ、死んじゃうよね。
「あーやっぱり一般人だとすぐ壊れちゃうなあ」
一般人だとすぐ壊れちゃう。じゃあ一般人じゃなかったら?
まあつまりはそういうことだろう。
シャルさんが僕を操りたい理由は2つ。1つ目は情報をノーリスクで得るため。2つ目は……僕を操作して便利な武器にするため。ハンター試験で一般人を操作するよりも、最初から僕を確保しておいた方が便利。はー、倫理観の欠けらも無い話だ。
にっこりと微笑みを崩さないまま、シャルさんがジリジリと間合いを詰めてくる。倒れた男も再稼働。明らかにガタが来ているように見受けられるけど、でもまあ操作する分には十分なんだろう。少なくとも10分は持つし、シャルさんならその間に余裕で殺せる。
予想しよう。シャルさんが確実にアンテナを刺せる状態まで持っていかれるのに僕は30秒も抗えない。シャルさんの攻撃を避けながら後ろの男の拘束を凌げるほど身体能力高くないし。いや普通から見たらそれなりに動けるんだとは思うけど、この人規格外だから。無理無理。
びゅん、と操作されてる人が後ろから蹴りを入れてくる。それを避けた隙にさらにシャルさんとの間合いが詰まる。うん、これはジリ貧。かと言って有効打はない。紙吹雪は避けられることがわかっている以上やる意味は無いし、身体強化して殴っても流石に成人済み男性に敵うかよってなわけで。
であれば、最終手段を取るまでよ。
操作されてる人を体当たりで吹き飛ばしてシャルさんと無理やりに間合いを取る。普通だったら愚策。強引すぎって兄さんにぶん殴られそう。だけど。
後ろ手で携帯を取り出す。それから登録されたひとつの番号をプッシュ。
コール音が1回、2回、3回。頼む、出てくれ。
祈るように携帯を握りしめたところで、やっとコール音が途切れる。
よし、勝った。
『なんの用だ?』
ふう、と肩の力を抜く。結構一か八かだったけど賭けには勝ったみたいだ。
「やっほーマチさん、久しぶり。いきなりで悪いんだけどちょっと説得してほしくて。シャルさんの。」
気だるげに応答する声をそのままに、携帯をシャルさんに向ける。ついでにモードもスピーカーに。
作戦は簡単。勝てないなら戦わない。戦わないように説得してくれそうなコネに頼る。マチさんは僕を結構買ってくれてるし、たまに情報を売るお客さんでもある。多分、死ぬのをそのまま見過ごされるほど価値がないとは思われてないはずだ。
『はあ?説得って……しかもアンタ今シャルって』
「は!?なんで君が!?」
シャルさんが初めて胡散臭い笑顔を引き剥がして、慌てたような表情を浮かべる。しめしめ、やっぱり当たってたっぽいな。
マチさんに遭遇した時からその正体は当たりをつけてた。それからずっと闘技場で情報収集を進めるうちに、想像は確信になった。
だいたいね、兄さんに匹敵するレベルでしかも盗賊を名乗るとか候補は最初からひとつしかないんですよ。
「幻影旅団、でしょ。シャルさん」
この世界においてゾルディックと唯一並ぶ存在。幻影旅団。いつか関わるようになるとは想像していたけれど、ここまで早いとは思っていなかった。こんな弱い状態でぶつかることになるとも。まあでも仕方ない。ここは偶然のマチさんとのコネが功を奏したってことで。
これは完全に想像の世界だけど、ヒソカがあそこでマチさんと会わせたのはある程度この状況を想定していたからじゃないかなって思う。ヒソカにとって僕はまだ死んで欲しくない存在。うっかりシャルさんとかとぶつかって死なれるのは困るから、自分で繋がりを作っておけってことだったんだと思う。まあ全然ちがくて、ただの気まぐれかもしれないけどね。
まあ今はそんなことより。
シャルさんのアンテナを構えた手が下ろされる。よっし、とりあえず命の危機は去ったみたいだ。
「なに?君マチの知り合い?」
「うん、そう。詳細はめんどくさいからマチさんに聞いて」
ぽいっと携帯を投げ渡すと、諦めたように深いため息をつかれて、それからマチさんと何やら話し始める。うん、どうにか上手くいったみたい。
シャルさんが幻影旅団の一員であることはある程度想定していた。だって兄さんぐらい強いひとがいるなら、それだけで判断の根拠になるし。
それに、確信犯なのはシャルさんの能力。
幻影旅団の犯行を見るに、少なくとも1人は優秀な操作系能力者がいることがわかっていた。だって明らかに人を操って潜入したり、盗んだりしてるとしか思えないもん。
でもそれは兄さんみたいに無造作に操るものじゃない。人を丁寧に、指示通りに、統制された機械のように操る能力。シャルさんが使ってるのにドンピシャ。他人の空似かもしれなかったけど、そんな能力者がいっぱいいても困る。てか怖すぎ。
まあつまり、情報戦が全てを握るってことだ。うんうん。
ふふん、と結構頑張った自分を褒めている間にマチさんの執り成しは済んだようだ。マジでマチさん女神。
「わかったよ。マチの勘は当たるからね」
『ならいい。あいつは今殺すにはちょっとばかしもったいないからね。あいつの情報は便利だし。あんたみたいにバカ高い金要求してこないし』
「えー、価値あるものに正当な対価を要求するのは当然だろ?」
『はいはい、守銭奴は黙ってな。……じゃあカルトをよろしくね』
ちょっと気持ち柔らかげなマチさんのそんな声とともに電話が切られる。
ひょい、とまた携帯が投げ返された。慌ててキャッチ。うっかり落としたらどうしてくれるんだよ。
むう、と頬を膨らませると、シャルさんが珍しい検体を検分するようにじっと見つめてくる。え、なんですか急に。怖いんですけど。
「君さ、マチに何したの?」
「へっ?」
「君を殺すのは面倒だって言ってた。でも君、そんな強くないよね?多分俺でも殺れるし」
こてり、と首を傾げながらそう聞かれるけど聞いてる内容は全然可愛くない。何言ってんだこの人。
でもまあ、問いの意味はわかる。
僕は非力だ。なのにどうしてマチさんが目をかけるのか。1つ目は勘。もうひとつは。
「たぶん、僕がヒソカに目付けられてるから……?」
「……あ、なるほど。それは確かに面倒かも。よかったあ、壊しちゃう前で」
まあその様子からしてシャルさんもヒソカのヤバさは知ってるっぽい。さすがヒソカ。幻影旅団にまで轟くヤバさ。
てか今さりげなく壊しちゃうって言ったよね???人殺すこと壊すとか普通表現する???やっぱ絶対変な人だろこの人。
ううう、これホントにマチさんと繋がり作っといて良かったー。じゃなかったらぐちゃぐちゃに操作されて使われてとんでもない無惨な死に方させられそうだし。マチさん女神。これは宇宙の真理。
「じゃあ、詳しい話は部屋で聞こうか。……なんで俺が蜘蛛だってバレたか、とか」
ひぐっ、と喉が鳴る。うわあ、これは吐くまで許されない系のやつだ。こっわ。
「そ、それはほら……えっと」
「ほら行くよ」
ずるずると引きずられるようにラウンジから部屋へと連れられる。うーん、なんだろうこの感じ。人が見てる前ではすごいいいひとに擬態してるくせに、本性は兄さんとほぼ同一的な。いくら顔がいいからって許されることと許されないことがあると思うのだよ。
そんな現実逃避をしながら、ぼんやりと遠ざかるラウンジを見る。
結構派手に散らかった上に、人の死体がひとつ。これ、どう考えても目立つと思うんですけど。どうするんでしょうか?
「ねーシャルさん、これどうするの?僕、警察とかにあんまり身分調べられたくない系なんだけど」
「そんなの俺も同じに決まってるだろ。このくらい金積めば揉み消せるし問題ない」
「……うわ、悪い金持ちの発想だ」
でもまあ言ってることは間違っちゃいない。ってか人としては間違ってるけど実行不可能か可能かでいえば可能だ。だってこの国の警察とか実質機能してないし。お金あげればそりゃまあ人死の一つや二つ揉み消すでしょ。
うん、まあでもやっぱりこの人犯罪者だなーって感じ。
「シャルさんさ、ふつーに、平凡に生きたいって思わないの?」
「なに、急に?」
思わずそう聞いていた。でもだってそうだ。この人は。
「その能力だったら一般社会に擬態して一般人みたいに生きてけるでしょ?でもなんでわざわざ犯罪者なんて危ない橋渡るのかなーって」
小さく紡ぐように作られた問いに、シャルさんは当然のことのように笑いながら答えた。
「そんなの、面白くないから」
「それだけ?」
「それだけ」
ふーん、と興味なさそうに装って適当に相槌を返す。
面白くないから。確かに納得。平凡な人生には平凡なだけに起伏がない。殺される恐怖も、殺す興奮も、そんなのどこにもない、けど。
普通に生きて、普通に死ぬのが幸せなのだろうな、と漠然と思う。
ゆっくりと目を閉じて浮かび上がる輪郭をなぞる。
前の世界の自分。その両親。友達。同僚。あそこの世界は確かに平凡だった。今みたいにスリルある人生とは正反対の。
最初に平凡でありたいと願ったのは、きっとあの世界への未練だ。でも今は。
前の世界の両親の横に、もうひとつ大切なものが今はある。
「僕はねー、スリルがない、幸せな人生を送るべきだと思う人が1人いるの」
「……さっきから脈絡無さすぎ。何の話?」
「いいから黙って聞いててよ。……でね、多分今の僕はあっちの世界の未練ってよりもあの人のために平凡になりたいんだと思うんだよね」
袂の中でころりと四角い箱が転がる。
ああやって、平凡で温かい毎日を過ごすほうが似合っている人だと思うのだ。誰よりも、多分僕よりも殺しに向かず、なのに人一倍責任感だけはあるから背負い続けてしまう稀代の暗殺者。
「兄さんをね、普通に生きさせてあげたいの。ほら、そのためには僕も普通になんなきゃダメでしょ?」
力は普通に生きるのを阻む障害を蹴倒す為だけに。殺すのはその障害を黙らせる為だけに。それだけでいい。
「つまり、君はブラコンってこと?」
「ぜんっぜん違うんですけど。シャルさんもしかして頭パーでしょ」
「君だけには言われたくない。なんで犯罪者相手にいきなりそんな訳わかんない話始めるかな」
って、シャルさんの勘違い発言で完全に真面目スイッチ落ちちゃったんですけど。
ぶんぶんと頭を振る。難しいのはやーめー。なんかもうそういうのどうでもいい。とにかくあれだ。僕は僕が思う通りに好きに生きてればいいってことだ。
「シャルさんや、お腹空いた。美味しいお肉がいいなー」
「金は君持ちだから」
「は?ケチなの?なんでよ金持ちなんだから多少の金くらい……」
ぶーぶー文句を言っているうちに、部屋へと到着する。むう、この守銭奴が。ご飯ぐらい奢ってくれてもいいじゃないか。
「じゃ、まずはどうやって俺の情報手に入れたか、ね?」
部屋に入って扉を閉めると同時に、そうにっこりと微笑まれる。
あ、ヤバ。忘れてた。
稀代の暗殺者はカルトじゃなくてイルミでしたよ、ていう俺得でしかないタイトル回収。ごめんなさい。