稀代の暗殺者は、大いなる凡人を目指す   作:てるる@結構亀更新

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ビスケと戦ったりしたりとかそんな感じ。シャルナークの戦闘能力微妙に捏造。


危機一髪

『東側通路、異常なし』

『了解。そのまま警備を続けるように』

 

愛想もへったくれもない上司からの短い返答を確認してから無線を切る。凝った肩を解すようにぐりぐりと頭を回すと、同じように退屈げにたっている同僚たちが目に入った。

 

パドキア共和国、第4軍事中枢。ヨークシン郊外に位置するここは一般市民は一生知らずに死んでいく場所の一つだ。いや、知ったら殺されるの方が表現としては正しいかもしれない。

なにかときな臭いこの世界では戦争とは言わないまでも小さな小競り合いは日常茶飯事だ。それだけでなく盗賊だの暗殺者だの、非合法組織の襲撃も当たり前。人が死ぬのも当たり前。国家の重要人物でさえ簡単に死んでいく。

それの対策、というのがこの施設の大義名分だが実際は違うことぐらい3年もここで警備員をやっていればわかる。防衛がどーたらとか言ってるが本当はここは攻撃拠点だ。新しく戦争をふっかけるタネを探したり、半ば強引に作り出したりする場所。

最新鋭技術で得た情報は国民に還元されることなく、軍備拡大とお偉いさんの私腹を肥やすために使われる。なんてこんなふうに言うとまるで不満を持ってるみたいだが、それは違う。結局力こそ全ての世界なのだ。強い力を、権力を持ってるやつがより多い利益を得るのは当然のことだろう。自分だってそのお零れにあずかってるわけだし。

 

なーんて考えて、あと2時間で今日のシフトは終了だななんて周囲に目配せしたところでその悪夢は起きた。

 

ゆったりとまどろむように意識が落ちていく。違和感は最初は感じなかった。だってそれは、眠る時とおなじ心地よい感覚だったから。

そのまま意識を微睡みに任せてゆっくりと瞼を閉じようとした時に、初めておかしいとわかった。

 

全員が、寝ていたのだ。

 

自分を含めて10人。その全員が同じタイミングで寝ていて、しかも崩れ落ちることなく立ったまま。

これは、おかしい。

薄ぼんやりとした意識の中で掴んだ違和感をどうにか繋げようとする。答えはひとつだ。侵入者だ。どういうわけか分からないが、侵入者はこの施設のセンサーや情報がシャットダウンされる条件まで完全に把握した上で、自分たちを無力化した。

 

まずい、まずい、まずい。

 

どうにかして異常を伝えなければ。たった一言だけでも声が発せられれば、それだけでいい。この通路は会話は厳禁で、だから非常時は音声センサーにほんの少しでも反応があった段階で情報はカットされる。

意識が落ちるまであと10秒ない。声を、出さなければ。

そう思うのにまるで喉を震わすことを許さないと言うようにかっちりと固定される。なんだこれは、まるで自分の体が操作されているような。

それでも諦めない。最後の力を振り絞って前のめりに倒れようとする。倒れた音でも反応するかは賭けだが、やらないよりはマシだ。無理やり体を捻って動かそうとする。

 

その瞬間、目が合った。

 

黒髪の幼子。ここにいるのにまるでふさわしくないその子は、何度か瞬きをして、それから自分に向けて手を伸ばした。

 

そこで、意識が途切れた。

 

 

 

♢

 

 

 

はーい、というわけでとりあえずお仕事完了!あとはこの通路を抜けて管制室に入ればOKです!

 

シャルさんのアンテナが刺さった人の後ろを2人で足早に進む。フォーリングダウンは永続的なわけじゃない。あくまで頭から血がなくなったら意識が落ちるっていう生理現象を無理やり行ってるだけだから、ちゃんと血が巡り始めたら普通に目覚める。できる限り血流を操作して気絶してる時間を伸ばすようにはするけれど、僕のオーラ量的に、というか集中力的に限界はせいぜい15分だろう。そこからどのぐらいであの人たちが起きるかは不明だけれど、希望的観測は持たない方がいい。雑魚とはいえ念能力者。意識が戻るのはきっとすぐだ。

 

てか焦ったなー。思ったよりみんなすんなり寝てくれたから油断してたけど、最後の一人は結構抗ってた。おかげで周するのにもオーラが予想以上に必要だったし操作に今もしっかり意識を割かないと起きちゃいそう。それなりに強い人なんだろうな。普通に戦えば。

 

まあ僕は暗殺者なので、もちろん正面から戦うなんてそんな愚行はしませんとも。絶で警備員が気づかないように接近して、じわじわと周。違和感を感じさせないくらいゆっくりと血流を操作して気絶させた。まさに透明な毒って感じだよね。最後の人も声出そうとか色々頑張ってたぽいけど、その声を出すための筋肉だってぼくの制御下だ。結局気づかないうちに周されちゃった時点で決着はついてたってことだね。

 

そんなことを考えながら、ほんのちょっとすすむペースを早める。終始無言、なのは別に僕とシャルさんの仲が悪い訳では無い。断じてない。多分。

この通路にはこの国で1番高精度な音感センサーがある。人の声に反応して、ほんの少しでも声が発せられたらその時点で異常事態とみなされるのだ。だから警備員の人たちも無言でずっと突っ立ってたし、僕達も無言。

 

なんて考えてるうちに、目の前に重厚な扉が現れる。シャルさんと目配せ。間違いなくあれが情報制御室。僕達のお目当ての場所だ。

 

素早くシャルさんの指が携帯の上を舞って、最高管理者(操作中)は虚ろな目のまま指紋と虹彩認証をクリア。がしゃん、と音を立てて扉が開く。飛び込むように中に入った。

 

「は〜〜疲れた〜〜〜!ほんっとに疲れた!ほら見てよシャルさんこの青ざめた顔!これ以上やったらオーラの使いすぎで倒れる!」

「うるさい」

 

無表情でぷいっとそのまま目を背けられて、シャルさんは当たり前のように真ん中のコンピュータの前に陣取る。操作してた男?そんなの部屋に入った瞬間に操作切ったぽくて今僕の目の前に転がってるわ。

 

しかして、それにしても疲れたのだ。

 

ここまでくれば特にやることも無くて暇だから、あとはシャルさんに任せてシャルさんの隣でじっと次から次へと現れる画像を見つめる。

 

「ありそう〜?」

「とりあえず2次試験開始時点でいた場所はわかってるんだから、そこから追尾していく」

「あーなるほど。でもそんな特定の個人を追っかけてくようなシステムあるの?」

「あるよ。あるに決まってる。カルト、この施設がなんのために存在してるか知らないの?」

 

目線は画面に向けたまま、そう呆れたようにため息をつかれる。

いや、そんな一般常識みたいな雰囲気出されても……普通に知らないっての。

 

と思ったけど、まあ分からないわけじゃない。

 

この施設の情報を得たのは簡単、天空闘技場でこの施設の人と200階のファイターが会話してるのを聞いたところから辿って、場所の情報まで行き着いたのだ。

会話内容はよくある話、要人暗殺だ。それも他国の。だからまあつまり、そういうこと。

 

「国内にいるテロリスト予備軍とか、あと他国の偉い人とかを追尾して殺したりするためのところ……みたいな。国の汚いところの集大成ってか……」

「そう、特に第4はね。特定の個人の追尾に特化してる。潜伏中の犯罪者だの亡命してきたお偉いさんだの、殺すと国の利益になるけど大っぴらに殺したら国際問題になるような人たちをどうにかするってのが主な利用目的」

 

ふふ、とシャルさんの口元が楽しげに上がる。なんでこんな楽しそうなの……て思ったけどこの人弱み握るのとか大好きだもんね。国レベルの弱みとか楽しくて仕方ないでしょ。

 

だがしかし、そんなことを聞かされたら僕的にも黙ってはいられない。ほらだって、情報は命を救うっていうじゃないですか。やっぱりね、こういうのは抑えられるなら抑えた方がいいんですよ。

 

手近なパソコンに近寄って、とりあえず大事そうな情報を片っ端からコピー。ふふ、コピーするのに僕ほどになればコピー機などいらないのである!

目で見るでしょ?それを適当な場所で範囲選択するでしょ?そしたらそれを紙の上に投影!はいっ、これで誰でも簡単簡易コピー機カルトちゃんの完成!

 

なんて冗談は置いといてだ。

 

このコピー方法はマチさんから着想を得た。詳細は知らないけど、マチさんの能力は視神経を使って得た情報から断裂したふたつを完璧に繋ぎ合わせる能力、だと思う。1回見せてもらったことがあるけど、多分そんな感じでしょ。視認した神経、筋肉、その他もろもろをオーラを介することで完璧に把握する。

だから僕は、視認した情報をオーラを介して画像みたいに取り込んで、さらにそれを紙の上に貼り付けるみたいなことをしてみた。まー戦闘には役立たないけど何かと便利な能力だ。メモリもほとんど食わないし。

 

ぺったん、ぺったんと何度も繰り返しながら片っ端から情報を盗む。正直内容の八割も理解出来てないけど、それはあとから考えればいいだろう。兄さんに解読手伝って貰うのもありかなー。試験来てから全く喋れてないの、寂しすぎる。

 

はー、1回兄さんのこと考えると寂しさがどんどん募ってくる、けどまあおそらくこの試験さえ終われば帰れそうだし兄さんとの再会もそう遠くはないだろう。結局発信機使う場面なかったな……。まあ危険がないに越したことはないか。よかったよかった。

 

そうこうしてる間にシャルさんが弄っている画面が静止する。写っているのは……。えっと、なにこれ。

 

1次試験会場の森。何人かの受験者と、それからシャルさんと突っ伏して眠ってる僕。間違いなくついさっきの、2次試験説明時の画像だろう。

つまり、そこに写ってるのが2次試験官で間違いないんだけど……。

 

「シャルさん、これが?ほんとに?」

「そうだよ。2次試験官、ビスケット・クルーガー。彼女を探し出すのがミッション」

「……こんなかわいい女の子が、そんなえげつない絶したの?」

 

金髪のロールにロリータ服。きゅるんきゅるんの目に細い手足。かわいい。10人いたら10人が問答無用でかわいいって思うような典型的なかわいい女の子だ。

が、しかし。

 

凝でもう一度じっくりとその画像を見る。この時点ではまだ絶はせずに纏の状態だ。けど。

 

「なにこの練度……。ありえないでしょ」

「達人級だね。オーラもだけど身体も限界まで鍛え上げられてる。上手く隠してるけど」

「身体?だってこの人体格は僕よりも……ってあ」

 

あ、そういう事か。

こくり、とシャルさんが正解だと言うように頷く。だからまあ、つまりこういうことだ。僕と同じ。外見を何らかの能力で操作しているのだ。そりゃそうだよね。こんなちっさくてかわいい女の子がここまでいかつい念を使うわけない。ここまで習得するのに何年かかるんだか。最低でも40は超えてるのは確かだ。だってこの人、たぶん父さんとまともに戦えるくらい強いもん。どんな天才だったとしてもこの見た目の若さでそこまで強くなれるはずがない。ってことは、見た目を偽ってるってこと。

 

納得したところで本題へと移る。シャルさんが何か操作すると、コマ送りみたいにちょっとずつくだんの彼女が移動していく。あ、今絶した。

 

「……でも写ってるね。予想通り」

「どんな能力者だって絶だけで物理的に消滅することは出来ないからね」

「さっすがシャルさんー!あとはこれを辿って今の場所探るだけだね!」

「……そう上手くいくとは限らないけどね」

 

シャルさんの顔がほんのちょっとだけ曇る。うーん、まあ確かにこれだけの強いひとを確保しなきゃいけないってのはかなり難しいけど、でも場所さえわかっちゃえばどうにかなると思うんだよね。シャルさんと僕が本気出せば正面から戦わなくてもなんとかなるし……。って

 

「ね、あのさ」

「なに?」

「これってかくれんぼなんだよね?」

 

一瞬怪訝そうに細められたシャルさんの目が、納得したように見開かれる。

 

「……見たらその時点で勝ちってことか」

「多分。捕まえなきゃクリア出来ないならかくれんぼなんて言わないよ。さすがに衛星越しに視認するだけじゃダメだろうけど……」

「いや、見つけるってことが正確な居場所を把握するってことだったらこのまま追尾して彼女の現在の居場所を掴んだ時点で終わり……だけど」

「うん、そうだね。シャルさんの言った通り。そう上手くは行かないみたい」

 

シャルさんが画像を操作しながら後ろ手でアンテナをそっと掴む。僕も警備員の周をつけたまま戦闘用の円を発動。思ったよりオーラ消費が激しいけど仕方ない。

周りを警戒しながら横目で流れていく画像を見る。わかりやすいピンク色の服装の女の子はものすごい勢いで走っていって、それで……

 

「3分50秒前。パドキア共和国第4軍事中枢到着。それ以降は建物に入ってるから分からないけど……」

「うん、円で気配をギリギリキャッチした。警備員、虹彩認証その他もろもろ全部物理で突破してる。到着まであと予想50秒」

 

だらり、と冷や汗が流れる感覚がする。

今何が起きてるのか?つまりそういう事だ。あの試験官は僕たちがここに来るって見越した上で、もしくは何らかの方法で把握した上で、今自ら突撃をかけてるってわけだ。

 

かくれんぼ、鬼を見たら負け。試験官の敗北条件は姿を見られること。僕達の敗北条件は姿を見られずに時間切れになること……って思ってたけど一つだけ抜けてた。

 

「行動不能を狙ってるってことだよね」

「その通り、姿を見られることなく俺たちを行動不能にするなんて無理……って言いたいけどね。この人に限っては断言出来ない」

 

こくり、と同意するように頷く。

今僕はさっき周をした警備員を操って試験官の足止めを図っている。本来そのための能力じゃないから結構オーラのロスが多いけどしかたあるまい。エネルギーバランスを操作して足を比率60%にしてどうにか前に進ませる。邪魔するぐらいにしかならないけど、ないよりマシだ。おそらく試験官からしたらなんかギシギシ動く人が進路方向を塞ぐように移動しているようにしか見えないだろう。が、しかしだ。

 

円を通して試験官がほんの少しだけ警備員達に対する警戒を解いたのを感じる。ま当たり前だよね。ぎこちない動きでギシギシ動くだけなんだからそれが最適解。

 

普通なら。

 

「カルト、『一番いいやつ』連れてきて。俺が動かす」

「了解。それ以外は僕が雑に使うね」

 

オーラの指向性を変更。1番オーラ量も練度も優れてる人を後ろに下がらせて、そのまま僕たちがいる部屋の手前まで近づける。よし、これでOK。

残りは……壁になってもらおう。

 

通路を塞ぐように一列に並べた警備員を難なく飛び越えようと、試験官が身体を弾ませる。その瞬間に、だ。

 

「左手に100%。放出」

 

全身のオーラを全て1箇所に集めて、そのまま放出させる。一人一人がやるだけじゃ傷すらつかないだろうけど、命に危険があるくらいオーラを集中させてフルで放出したものが9人分。時間稼ぎにはなる。

 

シャルさんがアンテナを刺すための。

 

「成功。扉開くね」

「了解。あとはカルトは後ろ下がってて。フォローだけよろしく」

「……わかった。ちょっと限界だから休む」

 

うぃーん、と音を立てて扉が開くと同時にシャルさんのアンテナがさくり、とキープしていたラスト1人に刺さる。それと同時に起動された人は、まっすぐと「そこにいるはずの空間」に殴り掛かる。

 

ふう、と小さく息を吐きながらその様子をじっと見つめる。シャルさんの人形は何かと戦ってる。それは確か。でも見えない。そこにいるはずのあの派手な試験官は全くもって視認できないのだ。

 

例えば透明化する能力とか、もしくはそういう道具を使用している場合はありえない話じゃない。まあ実際に見えてないんだからそういうのを使ってるんだろう。が、しかしだ。

僕たちの勝利条件は「みーつけた」なんだから、見えてなきゃお話にならない。衛星には普通に写ってたから視認できない状態なことは想定してなかったけど、この建物内に入ってから透明化したんだろう。建物に入ってからは僕の円で察知してたから物理的に見えてないかどうかには気づけない。僕たちの索敵能力も完全に把握されてたと見るべき。

 

でまあ、シャルさんがどうやってそんな透明な相手とやり合ってるかって言ったら、凝だ。あとほんのちょっぴりの円。僕ほど得意ではないようだから円の濃度は微妙だけど、凝がヤバい。

例えて言うなら僕の今の高濃度円を全て目に凝縮してるようなもんだ。才能は僕に、というかゾルディックに劣ろうとも努力とその練度が半端ない。細かくて緻密なオーラ操作、それからあそこまで一定箇所に濃縮する練度。正直化け物。あの凝だったら基本見えなくなるものなんてないはず。

だけど、化け物は試験官も同じ。あの人がひとたび絶をすればおそらくシャルさんの凝でも、僕の円でも対応は厳しくなるだろう。完全に把握できなくなることはないだろうけれども、うっすらした把握であのレベルの人と戦えるはずがない。つまり絶された時点で僕達の負け。

それをシャルさんも把握しているようで、操作してる人形は的確なタイミングでオーラを込めた攻撃を放ってる。これなら相手が絶をすることは無いはず。うっかりしたら、ノー防御でオーラ攻撃を受ける羽目になる。さすがにそれは無謀。

 

つまり現状はあれだ、膠着状態だ。

試験官は絶して僕達に仕掛けにはいけないし、シャルさんもあの試験官相手に決め手となるようなものは入れられない。負けるのは先にオーラが尽きた方だから、微妙だけどシャルさんの方が早いかも。もしあの透明化能力が試験官のオーラに依存してるならオーラが尽きるのは同時だとみた。

 

うむむ、どうしよう。

 

僕が手を出せば多分こっちの勝利に傾くけど、難しい。さっきの周とか無茶なフォーリングダウンの使用でオーラが結構削り取られてる。今は最低限防御用の円を張るので精一杯だ。

紙の刃は残ってるオーラ量的にキツい。シャルさんにフォーリングダウンしてオーラ補強させるのもありだけど、でもそれも今のオーラ残量だと厳しい。

時間切れを狙う……ううん、無理。あと数時間単位で残ってるのを使い切るほどシャルさんが粘るのはさすがに難しい。

 

やばいこれ、八方塞がりかも。


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