稀代の暗殺者は、大いなる凡人を目指す   作:てるる@結構亀更新

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プロットとかなしで書いてるので、整合性をとるために急に前の話が大幅に改変されてる時があります。許してください


油断

殺す、と殺さないのボーダーは明確なようでかなり曖昧だ。

 

僕の場合、依頼が入ればまず間違いなくそれは殺す理由になる。けれど例えばありえない仮定の話として僕に兄さんの暗殺依頼が舞い込んでも、確実に兄さんに刃を向けることはないだろう。だから依頼が入ることだって殺人を犯す絶対の条件にはならない。

逆に、僕は基本的にプライベートで人を殺めるつもりはない。けれど例外はある。面倒、ウザい、腹の居所が悪かった。端的に言えば気分によって殺人のスイッチが押されることもある。

 

だから、僕が僕に課している殺しのルールはあくまでガイドラインでしかなくて、厳格な法ではないのである。

 

なんてぐだぐだどうでもいいことを考えてるのは、ちょうど今目の前の男を例外として殺すかどうか悩んでいるからである。うん、ちょっとね、イライラが天元突破しそう。

 

「おいガキ、ビビってんじゃねえよ!今更怖気付いても遅いっつうの!!」

「……ねー、もうそろそろやめようよ、それ。これ以上僕に踏み越えさせる燃料与えてどうすんのさ」

「あ?」

 

どうやらお耳が遠いようで。もしくは僕が言っている言葉の意味も理解できないおバカさん。

 

場所、天空闘技場。現在は試合中であり、ポイントは0-0。つまり試合開始から全くの膠着状態。それには理由がある。

相手の男、この前僕を脅して無理に試合を組ませた、と思っている男。どうやらこいつは本物の雑魚らしく、念が使えると言っても基本の四大行もままならないレベル。そして自分でも自分の弱さをある程度は自覚しているっぽく、それ故に編み出した戦闘スタイルが、異常なまでの煽り。

 

「震えて手も出せねえのかよ。お笑い草だな。いいから早く帰ってお家のママに泣きついた方がいいんじゃねえの!」

 

僕が震えてるのはこの苛立ちをどーにかこーにか抑えるためであり、おうちに帰ってママに泣きついても得られるものはヒステリー大絶叫と拷問だけである。あーあーあーめんどくさい。てか何この人。

 

煽って、煽って、煽って、相手の平静さを剥ぎ取る。怒りのままに放った拳って大概よわよわなのだ。このレベルの武闘家同士の争いになると、一瞬の動揺が命取りになる。で、この男はその命取りの隙を無理に作り出してコソコソポイント溜めて勝ってきてるわけだ。200階で何度も戦ったことのある熟練者ならまだしも、ここに上がったばっかりのぴよぴよひよっこちゃんであればそんなアホい策にも普通に引っかかっちゃうだろうしね。

 

さすがに僕はそこまでのぴよぴよちゃんではないから、こいつに無様な隙を見せることはない。けど、ちょっと力んで首飛ばしちゃう可能性は大いにある。試し斬りのつもりで持ってきた刀をとりあえず抜いてみた。所作とか知らん、これはただの武器。雑にブンブンと振り回すと、男がやっと得意げに鼻を鳴らした。

 

「やってみろよ、ガキ。まあ俺にそんなちゃちいオモチャが届くと思わねえ事だな」

「……ね、お兄さん。一応確認なんだけどさ」

 

鋒を真っ直ぐに向けてみる。うん、いい音。テンション上がってきた。

 

「間違えて殺しちゃっても、怒らない?」

 

ビキビキ、とこめかみに筋が浮かぶのが見えた。いや、自分も散々煽ってるんだから煽り耐性はつけとけよ。などという冷静なツッコミはともかく、ブチ切れた男はさっきまでの静観はどこへやら、物凄い勢いで殴りかかってくる。

 

「わ、ちょ!質問には答えてよ!」

「うるせえ!おちょくったツケは丁重に返してやるよ!」

 

素早く宙返りで回避。むう、せっかくこっちは先方の意思を聞いてから始めてやろうと思ってたのに、善意を仇で返しやがって。

 

「ね、じゃあ無回答は同意と受け取るからね!殺しちゃっても文句言わないでよ!」

「ほざけ!やれるもんならやってみやがれ!!!!!」

 

おっけー、同意ゲット。というわけで、入手したばっかりの妖刀にオーラを流し込む。いや、オーラを流すってよりも刀に栄養を与える感じ。

これに取り憑かれてから数日、制御の仕方はかなりわかってきた。一定間隔である程度の養分を与えれば、向こうから無理に奪い取って来ることはない。それで、使いたい時は更に与えてブースト。これで基本的には制御可能。

 

「よおし、久しぶりの血だよ〜。たんまり食べな」

 

刀を一閃させながら舞い上がる。蹴った圧で石板に少しだけヒビが入ったのはご愛嬌。どうやら結構しっかり目に修行の成果は出てるみたいだ。帰ってから泣くほどヒソカにしごかれたもんなー。ていうかお出かけ中も基礎トレは欠かさずやってたし。カルトちゃんは真面目なのです。

そんなストイック生活で得たゴリラの筋力を元手に、瞬発性のゴリ押しで相手の間合いに入り込む。近接格闘タイプ、だけど体術のレベルは当然シャルさんに劣る。ジャポン旅行中気まぐれにシャルさんと手合わせさせられてたせいで、結構酷い有様だった近接戦闘もマシになってきたのだ。故に、全て見切れる。相手のスローモーションな拳を避けつつ、脇腹に蹴り、を入れようと身体を捻る。

 

当然僕のその見え透いた動作のおかげで、相手はオーラを一気に脇腹に固めた。うんうん、いいじゃん。全体の80%ってとこかな。笑える。

 

「ざんねーん、ハズレでした!」

 

そっちはフェイント!

つられたせいでがら空きになっている首筋に向かって勢いよく刃を振りかぶる。すぱん、と綺麗な音が鳴った。おおう、いい切れ味。

 

すぱん、ごとん、どしん。三連続きの音に、一瞬観客席が静まり返る。うん、まあでも言ったじゃん。間違えて殺しちゃうかもって。いいよって言ったじゃん。僕悪くなくない?ね?

 

とか思いつつ刀の柄を撫でる。お疲れ様。確かにいい切れ味だし、それにおかしいほどに手に馴染む。ある程度の時間がかかるとはいえ一応除念効果付きだし、エネルギー吸われること加味してもかなりいい買い物だっただろう。

あ、てか除念の方も試したかったのになあ……。失敗した。普通に練の上から切っちゃった。やらかしー。

 

とぼとぼとリングを降りる。やっぱなー、多少は煽られて平静さを失ってたんだろう。修行不足、かな。部屋帰ったらヒソカに締められそう〜。

 

とか考えてたので、僕は気づかなかった。真後ろから突き刺さっている視線2つ分に。

 

 

「教官!本日のメニューはいかがいたしましょう!」

「うーん、そうだね♢ボクと組手でもしようか♧」

「は?なんで?殺す気?」

「まさか♡まだ摘み取るには早いだろ。ただ今日の試合のキミの流があまりにもお粗末すぎてね♤」

「うぐっ」

「普段円からの情報で補っている分、オーラの流動の速度が遅い♧今のキミなら近接に持ち込まれた時点で大抵の相手には負けるだろうね♡」

「きょ、今日の人には勝てたもん……」

「雑魚相手の勝利を勝利とは呼ばない♢」

 

謝れよ、全国の雑魚の人に!雑魚も雑魚なりに頑張って生きてんだぞ!まあ今日はちょっと殺しちゃったけど!

 

はー、にしてもヒソカの指摘はど正論なのである。だって円で見ていれば、それがフェイントの勢いの乗っていない攻撃なのか本命なのかは割と見破れる。から、正直硬だの凝だのの練度をあげなくてもどうにかなっちゃってたのだ。少なくとも雑魚相手では。強い人を相手にするときはそもそも近接戦を挑まなかったし。

 

円は便利だ。けれどいつかそれが通用しない相手だって出てくる。目の前にもいるし、そういう化け物。つい最近の例で言うとフェイタンとかね。あの人本気で円ですらまともに捕捉できなかったんだから。

 

「……はー、了解。殺さないでね」

「善処しよう♡」

 

善処ってなーに〜などと思いつつ、なし崩しに戦闘開始。ヒソカのストレートがまっすぐに飛んでくる。まずい、と思ってオーラを集中させる、けど背中に蹴りの気配。あー、無理無理無理。50:50で振るか?ていうかそれ以外にないわ。

 

「読みが甘いね♢」

 

本命は顎への膝蹴りだったらしいです。クリーンヒット。死。何このピエロ。背中に向かってた足先が対応不可能な速度で軌道修正した。無理すぎる。頭の中が焦りで支配されて、常時展開できるはずの円が揺らぎ始めた。

 

まずい。

 

「キミの最大の弱点はそれだ♧円に依存している癖に、戦闘中に無意識で発動できるほど熟達してもいない♤」

「……ぐう」

「だから、こうなったらもう二度と勝てない♢」

 

二発目、ボディに綺麗に入る。かは、と内臓が加圧されて死を感じたから慌ててフォーリングダウンで即時回復を始める、けど、そのせいで意識を円の再構築に向けられない。攻撃を躱さないと。でも、円なしじゃ相手の動きを見切れない。

無限ループ。だ。確かにこうなったら二度と抜けられない。口の中が血の味で美味しくない。僕、甘党なのになあ。

 

ボディにそのまま連続で数発。流石にダメージの累積で動けなくなったことを悟ったか、やっとヒソカはサンドバック扱いをやめてくれた。喉の奥からかひゅ、って鳴っちゃいけない音がする。たかだかモブに勝てたくらいでつけあがるなってこと?何こいつ。口の端から垂れた血を拭いながら、ふらつく足のままどうにか立ち上がった。このままぼさっとしてたらうっかり殺されちゃうかも。

 

「第二ラウンドだね♧」

「まっ、って!」

 

反射で飛んできた蹴りを飛び上がって避ける。死ぬ。すぐ横を通り過ぎた死の気配に、一気に背中の毛穴が開いた。死神なんて厨二臭いあだ名、大正解らしい。こいつ死神だ。うえー、逃げてー。

 

オーケーわかった、確かにこのままじゃどうしようもない。いくら円で動きが見えたって、その動きに対処出来なければ意味がないのだ。簡単に言えば今の僕では、ヒソカの次の行動を予測しても防御も回避も間に合わない。だから、行動予測は無意味。

 

円を切る。普段は半径10メートルくらいに伸ばしているオーラを自分の周りだけに。堅。索敵にオーラ量を割いている余裕はない。僕のその判断はどうやら正解だったらしく、にたりとヒソカの口角が上がる。

 

「それなら殺す気で殴っても死なないだろう?」

「死にます。手加減はしてよ〜」

 

返事は、ない。まずいな、どうやらピエロの本気スイッチがちゃんと押されてしまったぽい。いや、流石にこいつのポリシー的に本当に殺されることはないだろうけど、ボロ雑巾にはされそう。

 

などと余計なことを考えている暇もない!

 

飛んできた拳をとにかく回避。ガードは無理だ。僕の全力の硬でもヒソカには突破される。当たったら無条件で終わり。全弾回避した上で、どうにかヒソカの隙を突いて1発入れないといけない。なんてハードモード。回避に全振りしてるせいでいつもよりバカになっている頭を無理に回す。

 

地面を蹴る。そのまま天井目掛けて跳躍。立体的に六面すべてを利用するしかない。猫みたいに飛び回りながら隙を狙って蹴り、を入れたのにあえなく片手で捉えられた。そういえば初対面の時も渾身の蹴りを片手で止められた記憶がある。うーん、成長してないな、僕。ちょっとだけショックかも。いや、かなり。

 

「……くやしい」

 

結構ちゃんと修行も頑張ってるのになあ。いつになったらヒソカのムカつく顔に一発入れられるようになるんだろうか。今だって遊ばれてるだけなんだろうしさあ。ほんとに最悪。ぶすむくれたままにヒソカを睨めば、くく、といつもの気持ち悪い笑い声が降ってくる。

 

「いいねえ、その顔♤」

「うるさい。舐めてられんのも今のうちだけだから。絶対いつか鼻折ってやる」

「期待してるよ♡」

 

ぽい、とそのまま床に投げられる。痛っ、普通に優しさがない。いい加減このピエロは人間性とか社会性とかそういう類のものを身につけた方がいいんじゃないでしょうか、などと思いながら埃まみれになった服を叩いていたら、にたり、とヒソカがたのしそ〜に笑った。

 

「それじゃあ三回戦目だ♧今度は何秒持つかな?」

 

嘘って言ってくれよ、誰か。

 

 

しごかれてしごかれて、もう全身バキバキで死にかけです。生きていることが奇跡。最近は比較的平穏な日々を送ってたから忘れてたんだけど、ヒソカって男は何かがぶっ壊れてるのだ。脳の中の倫理とかそういう分野を司るところが壊れてる。バキって。

 

で、まあひとまず地獄の訓練から生き返って、何となく部屋を出て廊下をぶらついてる時だった。

 

「よう、久しぶりだな」

 

男一人に女が1人。前から1人減ってるのは僕が殺したから。多分僕を待ち伏せしてたのであろう2人組、この前僕を脅して試合を組もうとしてきた輩の残党は、廊下の反対側からやってきて真正面に僕と向き合った。

 

「……今度はなんの用?」

「約束は果たしてもらう。俺たち3人に一勝ずつ、だっただろ。次は俺の番だ。日取りはいつにする?」

 

冗談だろ、と思った。けれど男と女の目がそうじゃないって伝えてくる。後先がない人間特有の、命を失っても構わないとすらいいたげな視線。それから隠す気のない殺意。何となく見覚えがある。この前、蜘蛛の敵討ちを試みた彼女とおんなじ気配がした。

 

「彼、友達だったの?ならごめんね」

「……どこまでこっちを舐めれば気が済むの」

「舐めてないよ。ただ申し訳ないなとは思っただけ。大事な人が殺されるのは嫌だよね」

 

大丈夫。そこにはまだちゃんと共感できる。大切な人、仲間、友達が殺されたら嫌だ。嫌だから、殺した相手に敵討ちを挑む。大丈夫、理解出来る。

でも、と首を傾げた。

 

「でも、今日の僕の試合を見てたんだよね?それでもまだ尚勝てると思ってるの?」

「……」

 

ぎり、と女の人の方が奥歯を噛み締めた。ああ、違う。間違えた。煽ってるつもりじゃないのに。これはただの純粋な疑問なのだ。

例えばシャルさんやマチさんが誰かに殺されたとすれば僕はまあそれなりに憤るだろう。でもその殺した相手が僕の敵わない相手、例えばヒソカだったとしても敵討ちを試みるだろうか。つまり、自分の命より怒りを優先できるのかってこと。それで僕は、その問の答えを既に知っている。

 

僕はできない。僕の中の優先順位の1番上に彼らはいないから。だからこそ今目の前に立つ2人組の心理が理解できない。そして理解できないから、眩しく見える。

 

「お姉さんたちは強いんだね」

「いい加減にしろよ。今ここで殺られるのをご希望か?」

「あ、違う。違うの。これは純粋な尊敬。自分より誰かを優先できるって凄いことだよね。うん、やっぱり強いよ。僕より何倍も強い」

 

本音を言っているのに、僕の言葉は今の2人にはただに侮辱にしか聞こえないらしい。まあそれもそうか。というかここでの問答に意味とかないし。

 

「うん、わかった。いいよ、受けよう。次の試合はいつにする?僕はいつでもいいけど」

「明日だ」

「明日?」

 

それは随分性急なことだ、と眉根を寄せれば、男は更にもう一段階僕に向ける殺意を上げた。

 

「明日、リングでお前を殺す。あいつと同じように」

「……うん、そっか。わかった。いいよ、やろう」

 

結果は見えている。それでも挑む理由って本当にあるのだろうか。なんて考えながら、そのまま一緒に登録カウンターへ向かった。試合の予定は問題なく受理される。男と女はそれを見届けると、用事は済んだとばかりにくるりと踵を返した。僕に背中を向けている。

 

今なら、2人纏めて殺れる。先に宣戦布告してきたのは向こうだ。殺そうとしてきた相手を返り討ちにするのって正当防衛じゃないんだろうか。試しに扇子を手に取ろうとして、やっぱりやめた。なんかそれは違う気がする。

 

わざわざ相手の望む土俵に立ってやって、相手が求めるように振舞ってやって、それで最終的には殺すなんてある意味普通に殺すより残虐なのかもしれない。けど、それでもそうしてしまうのは相手への最大限の敬意のつもりなのか、それとも。

 

それとも、整えられた舞台の上で刈り取った方が美しいって思ってしまっているからなのか。

 

ため息ひとつ。どちらにせよ結論は変わらない。今ここで殺すつもりはない。明日までちゃんと待とう。

 

なんだか調子が狂わされた。温い溜息がもうひとつ漏れた。


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