学園の人気者のあいつは幼馴染で……元カノ 作:ナックルボーラー
――――時が戻り現在――――
現在高校2年生の古坂太陽と晴峰御影は土手に腰を下ろしながら、御影は自身の体験談である過去話を太陽に話し終える。
「これが私がある人に言われた言葉です……って、すみません。別にこれは、私の持論とかではなく、他の人からの受け売りですね」
「そう…………だな」
はにかむ御影に太陽は反応に困りながら頷く。
何故なら、その話に出てきた人物が、御影の横に座る太陽本人なのだから。
「あの時はその人に言われた時、本当に痛い事言うな的なことを思いましたが。後々考えて見て、確かに忘れるんじゃなくて、その苦しみを持ちながら前に足を踏み出すことが、本当に成長するんだって。あの人のおかげで気づかされたんです。本当に、あの人には感謝ですね」
多分だが、御影の言う『あの人』が、太陽だとは気づいていない。
それだけのインパクトを与えた人物の顔や特徴は少なからず記憶するはずだが、現在の一見してチャラそうな金髪太陽の容姿と、地味でどこにでもいる普通の真面目学生の時だった時の容姿がかけ離れているのが要因かもしれない。
彼女が過去の太陽のことを『あの人』と呼ぶのは、その時太陽は彼女に自分の名前を言っていなかったからだ。
「……それで、それを俺に言って、俺をどう説得したいんだ?」
彼女が2年前に出会った事がある晴峰御影だと分かったとしても、だからと言って、知らないとはいえ過去の太陽が言った言葉を現在の太陽に言うのかは分からない。
「私の場合の挫折は、今まで負けた事がない陸上で初めて負けてからのモチベーションの問題で、あなたの悩みは恋愛、それも失恋です。全然違う様に思えますが、私はそうは思えません」
「…………なんでだ?」
「そもそも挫折ってのは人それぞれですが、苦しみ事態は皆一緒です。あの時あぁすればよかった、もっとこうしとけば良かった、もっと早く気づいておけばよかったみたいな感じの、後悔から来るものですから」
それを聞いて太陽は顔を顰める。
太陽も光に振られた時、もう少し自分に魅力があれば振られずに済んだのではと唇を噛み千切らんばかりに後悔をした。
だからこそ、その苦しみから逃れる為に、過去の自分を消去しまいと昔の自分の形を捨てた。
黒かった髪を金に染め、昔は怖くて無理と怖気づいていたピアスも耳に空け、性格も陽気なピエロを演じている。
「確かに大好きだった相手に振られたのは辛いでしょう。心にできた傷は計り知れないものかもしれません。ですが、古坂さんは過去の失恋で現在の容姿に変えたと言ってましたが。それは、過去の自分を忘れたくてですよね?」
「……まぁ、な」
御影の真っすぐな針の様な問いに、太陽は歯切れ悪く返答する。
「あの人は言いました。忘れる事は新しい道に進むんじゃなくて、最初に戻ると同じ道理なんじゃないか、って」
御影はスポーツウェアの胸をぎゅうと握りしめ。
「私はあの人の言葉に救われました。自分の実力に過信をしながら敗北して、自暴自棄になっていた私に、あの人は立ち上がる言葉をくれました。だから私は、今でも陸上を辞めず、昔の敗北を思い出しては自分を奮闘させて、これまで精進してこれました……。全て、私が初めて思った強敵者である、渡口光さんとの再戦の為に」
ここで太陽は熱意の瞳をする御影に言いたい事が2つある。
1つは、その自分を励ました人物こそが太陽なのだと、彼女自身の心の中でどんな修正が入っているかは分からないが、太陽はそんな称賛される様な事を言った自覚はない。
2つ目は、その自分が最も戦いたいと羨望する光は現在、過酷な練習の末に足を怪我をして陸上を引退しているという事実。
1つのは兎も角、2つ目のは教えといた方がいいのではと思うが、彼女の熱心な面持ちに言葉を飲み込んでしまう。
御影は光との再戦を願っているのに、その事実を押し付けるのは、再び彼女の陸上への熱意を消す事になるのではと不安になってしまったからだ。
「……言えるわけねえよな」
ボソッと零して太陽はその事実を自分の口から言えず逃げる事にした。
「(そもそも、もう俺と
無責任と思いながらもモヤモヤとした感情にさらされる太陽だが。
「古坂さん、古坂さん!」
御影に呼ばれ、ハッと沈んでいた顔をあげる太陽は、いつの間にか座る自分の前に前のめりで顔を覗く御影が怪訝そうに首を傾け。
「大丈夫ですか? なんか変に額に皺が寄ってますが、他にも何か悩みが?……もしかして私が癇に障る事言ってましたか!?」
「言ってない言ってない! お前の言葉凄く助かるから、そんな悲観的になるなよ!」
太陽を傷つける事を言ったのではと狼狽える御影にフォローを入れる太陽。
自分の前でオロオロとする御影を見て、最初に出会った時の様なトゲトゲしさは無くなり、あの日から彼女が楽しく過ごしてきたのだと見てわかる。
「お前は、本当に凄いな……」
「へ? 私は全然凄くないですよ。今でもあの負けた悔しさで枕を濡らす時があるぐらいですから……。けど」
けど? と太陽が聞き返すと、御影はあの頃と同じ様に拳を太陽に突き出し。
「そう感じる度に思うんです。私、陸上を続けて良かった、って。忘れるってことは諦めること、捨てるってことは何も持ってない自分に戻ること……。そうなれば、これまでの自分を否定するって事です」
「これまでの自分を否定する……」
そうです、と御影は力強く頷き、続きの言葉を言う。
「今、どんな辛い思いをしてたとしても、過去の好きだって気持ちは嘘ではありません。私が大会に負けて陸上を辞めようとした時、正直嫌いになりかけた事もありますが、少なからず、陸上に取り組んでいた時の私は、陸上が大好きでした。古坂さんもそうですよね?」
「お、俺は……」
急な言葉の投球に言葉を詰まらす太陽だが、過去の日々を思い返す。
「(確かに俺は、今でこそ
幼い頃から同じ時を兄妹の様に過ごしてきた太陽。
中学の頃に太陽が光に告白をして、友達以上恋人未満の曖昧な関係から一歩踏み出し二人は付き合いだした。
そして、そのまま高校、大学をずっと付き合い続け、就職をした後に結婚をして。
生活に不自由なく、質素でも平凡でも、妻になった彼女と助け合いながら愛を育み。
子供が生まれ、子供の成長を二人で見守り、子供が大人になって、そして結婚をして、孫ができて。
年老い、おじいちゃんおばあちゃんになっても、ずっと一緒に居たかった。
気持ちが悪いと揶揄されるかもしれないが、将来の幸せなビジョンを脳で描くほどに、太陽は光の事が好きだった。
だが、その描いた妄想は現実にならず、全ての歯車を狂わした卒業式での出来事で瓦解することなる。
「今がどうであれ、過去の事実は消せない……。俺は……昔の俺は、あいつの事が好きだった」
それは偽りのない想い。
その想いの告白に御影はどこか安心した様に頷き、
「ですよね。相手の事が好きでもないのに付き合うなんてありえません。そんな事をする人は最低な人間で、人の気持ちを利用する詐欺師ぐらいです。古坂さんはそんな風に見えませんから」
「……どうしてそんな事が言えるんだ? 自分で言っててなんだが、俺の恰好、胡散臭いチャラ男だと思うんだが……?」
漫画の世界の様な奇抜な髪色が存在しないこの世界で、校則が緩いとは言え純日本人の男性が金髪にしていれば普通であれば敬遠するだろう。
だが、自分もよく分からないとばかりに御影は眉を寄せて顎を指で叩き。
「私は別に外見で人を判断はしないのですが、なんででしょう? 古坂さんと初めて出会った時も、正直怖いとは全く思いませんでしたし、あぁーこの人無理に着繕っているのかなって。高校デビュー的な、そんな少し痛い感じに見えましたから」
悪気がないのだろうが、的を射抜く御影の観察眼に太陽は頭を抱えて蹲る。
太陽は相手を威嚇するや怖がらせるために現在の恰好にしている訳ではなく、ただ単に過去の自分を消し去りたく、まず見た目からと大幅なイメージチェンジを施したに過ぎないのだが。
『高校デビュー』や『痛い感じ』と他人から言われて嬉しいなんて感情は生まれない。
「……どうせ俺は痛い中途半端に悪ぶって、色んな女性にアプローチする屑野郎だよ……。ははっ、入学当初は高校デビュー野郎って笑われてたな~」
御影の矢が太陽の違うトラウマのスイッチを刺した様で、太陽の目から色を失う。
高校に進学して1年以上経ち、周りは太陽の様変わりに慣れ普通に接する様にはなったが。
入学当初は、中学の太陽を知っている者たちからはやし立てられた辛い記憶が蘇り、光に振られた傷心ほどではなかったが、そこそこ傷ついてはいた。
「あぁー! ほんと、また良かれと思って言った言葉で傷付けてしまいました! 私、別にそういう意味で言ったわけじゃあ――――!?」
自分の無意識な言葉の矢で傷つけてしまったと気づいた御影は、ワタワタと手を躍らせながら何とか慰めようと試みる。
「ほ、ほら! 私が言いたいのはですね…………………なんでですかね?」
「知らねえよ!? なんで傷ついている本人に尋ねるんだよ!」
行き当たりばったりでの発言に対して太陽は鋭いツッコみを入れると、シュンとなる御影はハッと何かを思いついた様に、人差し指を立て。
「そうです! 私が言いたいのは、古坂さんは見た目通りではなくて、凄く話しやすいと言いますか、私はこう見えても人を見る目は良い方なんです! ですから、古坂さんが見た目通りの女性を騙して泣かす様な屑野郎には見えませんでした、うん!」
本当かよ……と細めた疑心の目を御影に向ける太陽。
うんうんと一人良い言い訳ができたとばかりに頷く御影だが、
「……けど、本当に最初古坂さんを見た時、凄く話しやすかったのは本当です。先ほど、私は古坂さんと初めて会ったって言ったのに、正直、どこかで会った事があるんじゃないかって、思ってしまうほどに」
前半は兎も角、後半は正解である。
太陽と御影は中学3年の頃に一度だけ対面した事があるが、太陽の外見の変化に気づいてない。
少しは面影があるかもしれないが、何故数分程度の一度だけの出会いであるからか、記憶の中の太陽の顔は薄くボンヤリしているのだろう。
太陽はその事実は告げない。
彼女の中でどれだけあの頃の太陽を美化しているのかは定かではないが、過去の自分を救ってくれた者が、今では彼女に振られた捻くれた男になってしまったと知ったら失望するかもしれない。
「……お前は、昔に会った、お前を励ましてくれた奴に、再会したいと思ってるのか?」
グッと唾を飲みこみ太陽は尋ねる。
御影は最初は質問の意味が分からなかったが、理解した様に「そうですね……」と前づけをして話し出す。
「正直に言えば会いたいと思ってます。この街に渡口光さんがいるのでしたら、彼もこの街にいる可能性は大きいです。……ですが、正直会うのは怖いですね」
「どうしてだ?」
ある意味恩人でもある者に何故怖がる必要があるのか、太陽は御影に聞き返すと、御影は悲哀が混じる瞳を揺らしながらその瞼を閉じ、自嘲気味に笑い出し、
「私は最低な女かもしれません。相手には最愛の恋人にいるにも関わらず、私は彼女持ちの人を好きになってしまったかもしれないですから」
彼女の告白に太陽は心臓を掴まれた様にドキッとした。
が、これは恋とか照れとかではなく、なんでそう思ったのかの驚きに近かった。
「好きになったって、お前はそいつとは一度キリしか会った事がないんだろ? 一目惚れとかか?」
「そうではないと思います。初めて彼と会った時はどうとも思いませんでした。ですが、彼と話すにつれて、彼は他人の事をまるで自分の事の様に思える優しさを持つ人だと分かり。私は、彼の彼女である渡口光さんが羨ましいとさえ、思ってしまいました。だから、今でも彼女と仲良くしている彼を見ると、少し辛いと思ってしまうんです」
太陽も昔を振り返ると、御影が去り際に光に対して羨ましいと言っていた。
そして、好きだからこそ、他の女性と仲良くする姿を見たくない嫉妬心での嫌悪感に駆られているのか。
そう言わんばかりに、御影は偽りの笑顔を浮かばせていた。
「お前は、その優しいから彼が好きになったってことか?」
「そう……なるんですかね? 女性は時として弱っている時に優しくしてくれた男性に靡くとも聞きますし、私も例に漏れずにそれで彼に惹かれたのかもしれませんね」
「そんな単調な……」
太陽は呆れるも、過去の自分を勘違いかどうかは分からずとも好いてくれる事に少なからずのこそばゆい思いを感じながらも、一つ、御影に質問する。
「もし仮にだが……。お前がその彼女持ちの気になってる男が、彼女に振られてフリーだった、お前はどうするんだ?」
「どうするって言われましても……。そんなの考えた事がないですから……。あんな優しい彼が、彼女さんに振られるってことはあるんですかね?」
「……知らねえよ」
今の知らねえよは、そいつの事を知らない自分は何も言えないと意味での返しである。
心の内では「その彼(俺)は彼女(光)に振られてるんだよ」と呟いてたいた。
そんな太陽の心情を知る由もない御影は太陽の質問に答えるべく頭を捻り。
「もし彼が今はフリーだったら……。やっぱり分かりませんが、できれば、仲良くはなりたいなって思います」
「仲良くって、アタックとかしないのか?」
自分自身の事に対してか、少し気恥ずかしながら太陽は御影に尋ねると、彼女は微笑して、
「相手も私も互いにあまり知らないのにアタックはできませんよ。せめて、互いを知ってからです」
「……案外奥手なんだな?」
「そういう訳でもないですよ? ……まあ、恋愛経験皆無に近いからってのもありますが。……恋のピストルがなったら、私は全力で走ってみませす。全力疾走は私の得意分野ですから」
痛い台詞を言いながらも、太陽はその言葉よりも、御影が浮かべる衒いのない笑顔に、過去の御影が浮かべていた笑顔を照らし合わせ。
「(こいつは、あの悔しさを乗り越えれたんだな……。その切っ掛けを作ったのが俺だっていうんだから、人生、本当に何が起こるか分からねえものだ)」
だが……と太陽は今の自分を見つめなおし。
「(なのに、その言った本人の俺はまだ立ち直れてない。あんな偉そうな事言った癖に、俺は……あの失恋を乗り越えられないでいる……ちっ)」
「だっせぇな……俺」
無意識に呟いてしまった太陽はハッと横を見ると、御影が自分を怪訝な表情で見ていた事に気づく。
「……なんだよ?」
「い……いえ。なんか、少しデジャヴったと言いますか……。なんか古坂君が、彼に少し似ていたと言いますか……」
別に隠しているわけでもなく、いつか彼の正体が自分だとバレると分かっているとはいえ、正体を看破される前にと太陽は慌てて立ち上がり。
「そ、そういえば今日これから用事があるんだった! すまねえな。つまらない相談事をしちまって。今度どこかで会ったら何かお礼するわ」
じゃあ! と逃げるように太陽は土手の坂を上ろうとすると、「待ってください!」と後ろから呼び止められる。
「(もしかして……バレたか……!?)」
冷や汗を流しながら振り返ると、彼女が自分に向けていたのは疑心の目ではなく、笑顔だった。
「正直私は、初めて来る土地故に心配でした。土地に馴染めるのか、友達はできるのか、ありふれた悩みですが、今日、古坂さんと出会えて、その悩みを払拭されました。ありがとうございます……そして、これからも友達としてよろしくお願いいたします」
友達の定理はあやふやで、誰が線引きするわけでもなく、いつの間にかなっているもの。
形式上、初対面の二人だが、今日、この土手での出来事で二人は友達になれたのかもしれない。
笑顔には笑顔でと、太陽も歯を見せ。
「あぁ、これからよろしくな! お前がどの学校に転校したのかは知らねえが、同じ学校ならいいな!」
「あっ、でしたら私が転校する学校は―――――」
御影が自らの転校する学校を告げようとするが、太陽は指を振って制止する。
「それは、休み明けのお楽しみってことで。川辺で出会った人が偶然同じ学校に転校してくるって、なんかフィクション漫画みたいで面白くねえか?」
決まり顔をする太陽をキョトンとした顔で見上げていた御影は失笑して。
「たしかに……。なんかそれ、面白いですね。分かりました。古坂さんと同じ学校かどうか、休み明けが楽しみです。もし一緒の学校でしたら、学校案内よろしくお願いします」
もちろん! と強く返した太陽は今度こそその場を立ち去ろうとするが。
「待ってください!」
中で「前もこんなんじゃなかったか?」と叫ぶ太陽は再三振り返り。
「……どうしたよ」
「いえ。そういえば、先ほどの転結を言い忘れてましたので、言います」
もうどれが先ほどの言葉なのか覚えてない太陽だが、御影は二、三度深呼吸を入れて真っすぐな瞳で太陽を見上げ。
「どんな辛い想いをしようと、過去は変えれませんし、時間は戻りません。それを強く思っていた事実も嘘はないです。そして、それらがあってこその今があるんです。ですから……忘れるなんて勿体ないと思います。なら、その辛さ以上に楽しい思い出を作りましょう。その為ならどんな努力をも惜しまない。……それが、私が辿り着いた答えです!」
感想お待ちしています。