DIO Frandre   作:海のあざらし

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第二十八話 吊られた男と皇帝 その③

「よう、ポルナレフ。何年も熱心に、おれの追っかけをしてくれたらしいじゃねェかァ~~~~ッ!おれは嬉しくて、涙がちょちょ切れちまいそうだぜ!」

 

 承太郎、ジョセフ、花京院。3人ともこの場に姿を見せてはいない。強敵であるアヴドゥルは既に脳天を貫かれて沈黙しており、この場で戦えるのは双方にとって非常に相性の良いシルバーチャリオッツのみであった。

 ここぞとばかりにポルナレフを煽ろうと、J・ガイルは隠密行動を止めて彼の前に姿を現した。不自然に縦へ伸びた痣だらけの顔、瞳の見えない細い目。直視を躊躇う醜悪な外見が、初めてはっきりと晒される。

 

「教えてくれよ。今どんな気持ちだ?妹を凌辱の末に殺され、仲間も無残に失い、後者はどう考えても自分のせいだ!

 言え、救いようの無い大阿呆!今のてめーの、飾らぬ率直な気持ちをよ~~~~ッ!」

 

 外見に違わない、いや、それ以上の下衆な性格をフルに発揮してポルナレフを精神的に追い詰めていく。彼を倒すのに必要な過程ではない。単なる道楽、人が苦しむ姿を見て愉悦を覚えるという趣味の発露であった。

 卑劣漢により徹底的に虚仮にされたポルナレフの心は、感情の大規模な氾濫に苛まれていた。妹を殺した男への怒り、目の前で一瞬のうちに命を散らしたアヴドゥルへの衝撃、そして悲しみ。それら全てが複雑に混ざり合い、とても現時点での自身の感情を言葉で説明することはできなかった。

 傍らに出したシルバーチャリオッツを、ぴくりとも動かせない。精神力の具現化たるスタンドを操るには、当然安定した精神が求められる。これだけ乱れに乱れたメンタルで、スタンドなんて到底意のままにはできない。甲冑に身を包んだ騎士は、最早無用の置き物と化していた。

 

「その表情(カオ)だ。それが見たかったんだよ。あぁ、良い。満足できたぜ」

 

 本人の意思を遥かに超えて感情は荒れ狂い、表情はそれを如実に表現し得なかった。どうとも付かない曖昧で奇妙な面持ちは、まさにJ・ガイルの望んでいたものであった。醜怪な容貌をさらにぐしゃぐしゃに歪ませて、まるでこの世の醜さを全て結集したかのような悍ましい笑顔らしき何かを顔に貼り付けた。

 

 ポルナレフの足元にある水溜まりへ、ハングドマンが移動する。肩に手を掛け、逆の手でナイフを構える。首を後ろから穿つ準備が、整えられてしまった。

 1秒でも早く水溜まりから離れて難を逃れなければならないのだが、昂りに昂った心が体の動きを完全に阻害してしまっていた。頭が真っ白になるとは言い得て妙なもので、思考が脳漿の上面を上滑りし続けているような状態であった。ポルナレフ本人がそれを自覚し修正を試みるのは、心ここに在らずであったが故に不可能であったけれど。

 

「ありがとよ!兄妹揃って死ぬ直前におれに貢献してくれて ──」

 

 

 

 

 

「エメラルドスプラッシュ!」

 

 セメントでも流し込まれたかのように硬直していた体が、裂帛の気合いを込めた声と飛来してきた煌めく塊によって束縛から解き放たれた。若々しい男の声には、聞き覚えがあった。弾かれたように、急ぎ後方へと引き下がり、安全な場所を確保する。

 

「下がってな、当たりそうなやつだけ撃ち落とす!」

 

 またしても想定外の闖入者が現れたが、2度も焦りを見せるホル・ホースではなかった。すぐさまエンペラーの引き金に指を掛けて、飛んでくる結晶を次々に撃ち落としていった。1発たりとも無駄に撃つことはなく、放たれた弾丸は正確無比に襲撃物を退けていく。

 黒い餓鬼の次は、黄色の餓鬼か。拳銃に意識を集中させながらも、悪態は吐かずにはいられなかった。仲間の危機に駆けつける情熱とやらは大変ご立派だが、こうも割り込まれては仕事に小さくない影響を及ぼすので、極力遠慮頂きたいものだ。もし恙無く事が進んでいたら、今頃その辺りにポルナレフの死体が転がっていただろうに。

 

 暫し遠距離型のスタンド同士が飛び道具によるラッシュ合戦を繰り広げた。エメラルドスプラッシュは2人に届かないが、一方のホル・ホースも弾丸の軌道を曲げてハイエロファントグリーンの使い手──花京院を直接撃ち抜く余裕まではなかった。戦況は俄かに拮抗の気配を見せ始めていた。

 だが、このまま撃ち合いを続ければ利はホル・ホースの方にある。スタンドのエネルギー消費量の観点に立つと、エメラルドスプラッシュという大技を継続している花京院と通常攻撃で往なしている彼とでは、どうしてもじわじわと体力面で差がついてしまう。幸いなことにこれ以上熾烈な攻撃を仕掛けてくる様子はないので、このまま粘って花京院のペースが落ちてきた隙を突く。これで2人目も頂いたようなものだ、とホル・ホースは微笑を浮かべた。

 

「今です!()()()!」

 

 正直、花京院のことを甘く見ていた節はある。まだ17かそこらの、それも命の危険が少ない平和な島国で育ったとんちき野郎なんぞ相手にもならないと考えていた。彼の洞察力についても、恐るるに足らずと無意識のうちに決め込んでしまっていた。

 急に翠玉の雨が止む。それと同時に、身の丈2mに迫ろうかという巨躯の男が突っ込んできた。短距離走でなら世界を獲れるのではないかという程のスピードで地を蹴り、瞬く間にポルナレフとアヴドゥルをそれぞれ肩に抱えるに至った。

 

「しまった!狙いははなからその2人だったかッ!」

 

 成程、ポルナレフ達を救うに当たって一計を案じていたらしい。ジョセフ・ジョースターの姿は2人からは見えていないが、何処かに控えていると考えた方が無難であろう。まさか単身突撃してくるとは思わず、対処が遅れたホル・ホース達を他所に、承太郎は来た道を戻ろうとする所であった。

 

「こいつが『星の白金(スタープラチナ)』か!させねぇぞッ」

 

 ハーミットパープルを過剰に恐れていては、獲物をみすみす取り逃してしまう。多少のリスクを覚悟して、3発の弾丸をスタープラチナ目掛けて叩き込んだ。

 だが、それらの銃弾は全て一挙に指でキャッチされてしまった。そのままあっさりと握り潰されて操作不能になる。

 

「ヒューッ!こいつぁグレートだな!」

 

 銃弾さえ防ぐとは、スタープラチナは相当に俊敏で正確な動作を可能とするスタンドらしい。DIOの傍にいる老婆から話は聞いていたが、これは想像以上だ。複数の軌道を描いて襲えば、荷物お抱えの身くらいどうとでもできるだろうが、既に承太郎はホル・ホースからかなり距離を取ってしまっている。これでは仮に全弾命中させたとしても、威力が大きく落ちてしまうのでさしたるダメージにもならないだろう。

 これ以上やり合うつもりはないらしく、学生コンビは足早に雑踏の中へと引き上げていった。追いかけようにも、この人混みの中に逃げ込まれては見失う可能性が高い。舌打ち1つ、彼は発現させていたエンペラーを消した。

 

「あーあー、逃げられちまったなァ。こりゃ参った」

 

 当初の予定ではポルナレフをさっさと仕留めて、それからジョセフ、花京院、承太郎と来て最後に1番の難敵たるアヴドゥルを片付けることになっていた。それが狂いに狂って、何故かアヴドゥルだけを潰したというのは、偶然を超えた何かの意思というか皮肉を感じなくもない。結果論だけで見ればより多くの敵対戦力を削れたわけだが、どうも納得がいかない。

 差し当たっては、これからどうするかを決めなければ。1人殺されたということで、ジョセフ側も警戒を強めるのは分かりきっている。如何にしてその網を潜り抜け、標的(ターゲット)を殺すかだ。やりようは幾つかあるだろうが、いずれにせよパートナーであるJ・ガイルとの相談は必須である。

 

「J・ガイルのだんな……ん、追ったのか?」

 

 とことんポルナレフを始末する気らしい。インドへ来るまでの道のりでも1人の美しい女に執着していたとか言っていたし、もしかして1度狙った獲物は絶対に逃がしたくない質なのだろうか。女好きとして気持ちは理解できないでもないが、今は2人1組で行動しているのだから勝手な単独行動は慎んで欲しいところだ。

 我の強い、それもなまじ行動力のある奴だと扱いが難しい。溜息混じりに愚痴を零して、ホル・ホースは往来の方へと歩き始めた。今日泊まるホテルを1人分だけ予約しておくために。彼の分は知ったことではない、勝手に野宿でもしていろというものである。もし列車の中で出会った絶世の美少女について話をしてくれるというのなら、それに免じてもう1部屋予約を取ってやっても良いのだけれど。

 


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