DIO Frandre   作:海のあざらし

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第四十話 運命の車輪 その②

「ん?おい、何か後ろから聞こえねーか?」

 

「エンジン音ですね。かなりの勢いで接近してきているようですが」

 

「かぁーッ、トロ車の次は飛ばし屋かよ!この辺の治安どうなってんだ!」

 

 パキスタンへと向かう道中、妙な車に出会った一行。大事を取る判断で、小さな街へ立ち寄って暫し時間を潰してから移動を再開した。

 何のことはない、ただの難癖野郎であれば心配はいらない。問題は、あの車がスタンドであった場合だ。1度見失ったくらいで諦めるとは考え辛く、再び彼らを探し出して陰湿な妨害行為をしてくる可能性が高い。咲夜や承太郎は、念の為辺りを警戒しながら車に揺られていた。彼女については、ポルナレフの荒々しい運転のせいで若干酔ってきている主人のケアも並行してやっているので、忙しいったらありはしない。

 

 船よりはまだましと雖も、事態は予断を許さない。フランドールの残存体力を考えれば、次に止まる地点まで持つかは怪しいのだ。咲夜とて無策でこの長距離ドライビングに臨んだわけではなく、酔い止めという希望の星を主に服用させていた。だが、人間を基準に作られた薬が吸血鬼にまともに作用するはずもなく、半ば予定調和的に彼女はぬるめの死線へ置かれた。

 

「な、なにィーッ!」

 

 騒がしくするな、妹様の胃に障る。ポルナレフに注意するより早く彼が言葉を続けた。大声を出さなくても、()()くらい把握しているから取り敢えず落ち着いたらどうか。

 さっき幾らか聞いたエンジン音が、音量を上げて後ろから追い上げてきている。15分の休憩を挟んだのだから、あの車はかなり前を行っているはずなのだ。それでも、承太郎達を()()()()()()ということは、確実に彼らにご用事があるわけで。

 

 間違いなく、スタンドだ。(ストレングス)と同じ、物体そのものが顕現しているタイプの。海で出会ったオランウータンは非常に強力なスタンドを操り皆を苦しめたが、さて今回はどれくらいの手合いになるのだろう。

 

「あの車だ!追いついてきやがったッ!」

 

「ポルナレフ、スピードを上げて。敵意ありと見て間違いないわ」

 

「上げてる!だがこれ以上は本気で事故になるッ!」

 

 スピードメーターを見たところ、四輪駆動の時速は現在102km/h。法定速度も糸瓜もないかっ飛ばしっぷりだが、後ろから迫る件の厄介な車はぐんぐんと距離を詰めてくる。恐らく四輪駆動の5割増し程度は出ているだろう。

 放っておいても、向こうが勝手に事故を起こす可能性もある。もう少し適当に走らせておいたら、と提案しようと思ったが、場の雰囲気はどうにかして迎撃するという方向で一致している。やむなし、咲夜もそちらに同調しておいた。チームの和を乱さないのは、メンバーの鉄則である。

 

「なら、スピードを落として。安全な速度の運転で良いから」

 

「そりゃ極端過ぎるぜ!んなことしたら、たちまち後ろから追突だ!」

 

「それは私が防いであげる。……さて妹様、これより私があの騒がしい下郎を制して参ります。如何様にもご命令を」

 

 事も無げに、暴走車との追突を躱すと明言した咲夜に、全員の注目が集まる。これまでの活躍を知る彼らだからこそ可能なのだろうと思い、だが一方で陶磁器の如き脆さを感じさせる美しくも儚い体が見えるからこそ微かな不安は残る。

 

 本当に止められるのか。止められたとして、大きな怪我を負ったりはしないだろうか。

 

「人が死ぬのは避けて」

 

 咲夜と共にいる時間が、承太郎達とフランドールとでは何倍何十倍も違う。彼女のポテンシャルを良く知る者が、この発言を受ければ何と答えるだろう。例えば、フランドールよりもさらに少しだけ長く咲夜と歩んできたもう1人の吸血鬼なら。

 

「その上で、衝突を阻止してちょうだい」

 

「承りました」

 

 ──ぶっ飛ばしといて。彼女はきっと、何でもないことのように命令する。今日の晩ご飯の献立はカレーにしておいて、と指示の重みは変わらない。だって、咲夜にとって暴れ車の鎮圧がその程度の些事だと完璧に理解しているのだから。路傍の石を拾えと言うのに、裂帛の気合を込める阿呆はいない。

 

 フランドールは優しい。姉と対比すれば、丁度天使と悪魔となる程に。だからわざわざ命じるのに、人死には回避するよう付けた。

 咲夜は主人の心を正しく把握できるのだから、必要最低限の言葉でスマートに言付けたって良かった。……咲夜はふっ、と誰にも分からないくらいに微笑み、それから一礼して掻き消えた。

 

 時間を止めたんだ。一同が理解して、それからばっ、と後ろを振り返る。そこには予想だにしない衝撃の光景が繰り広げられていた。

 

「あれっ!?」

 

 カー・イズ・フライング。それもセンチ単位ではなく、メートル単位でかっ飛んでいる。フィギュアや模型を投げているかのように、車の重量感が全く感じられない。

 最高到達点は何メートルになっただろう。あの車の運転手、もといスタンド使いはさぞかし生きた心地がしなかったに違いない。

 

「……車、飛んどるぞ」

 

「……人はどう頑張っても無事でなさそうですが」

 

「……やれやれだぜ」

 

 というか、生きているのだろうか。ちょっとした崖から車で落ちたら、中にいる人間は問題無く死ねる。いや問題大ありなのだが、とにかく死ぬことは疑う余地が無い。

 目の前で一瞬のうちに始まり終わった驚愕の流れに、誰しもが呆然と口を開けるしかできなかった。1tクラスの鉄の塊がああも容易に宙を舞うなんて、誰一人予見していない。フランドールなんて、驚き過ぎて酔いさえ忘れてしまった。

 

「お待たせ致しました。只今戻りましたわ」

 

「さ、咲夜。人が死ぬのは避けてって、私言ったわよね?」

 

「はい。仰せの通りに、スタンド使いは生かしてあります」

 

 車体は原型を留めない程にひしゃげており、とても乗っていた人間が生きているようには見えないが、咲夜曰く殺してはいないそうだ。……死んでいないだけで、瀕死の重傷とかになっているのではないか。そんな危惧が頭を過ぎったので、もう一歩踏み込んだ質問を投げかける。

 

「そのスタンド使いって、どうしたの?」

 

「気絶させておきました」

 

 ふむ、意識を落としたのか。正直怖さはあるが、聞かないというのも謎を残すので方法を尋ねる。手刀で首筋を、そう言いながらポルナレフの首に白磁の手を添える。

 あぁ、従者が無益な殺人を犯さなくて良かった。1人を除く全員が、安心したように目を伏せた。或いはそれは、目の前で冷や汗をだらだらと流す男から目を逸らしたかったのかも知れない。

 

 真相は土埃に塗れ、荒野に置いていかれた。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 ホウィール・オブ・フォーチュンがやられた。それを知った時の老婆の怒りようたるや、大の男でも恐れを為して近づけない程であった。

 老婆が責任をもって送り込んだ、7人のスタンド使い。ジョースター一行のうち、アヴドゥルしか倒せないままにその全員が敗れ去った。彼等は依然としてパキスタンへの道を歩み続ける。

 

 最早老婆のプライドはずたずたに引き裂かれていた。これ以上ない大敗、さらに失われた愛すべき息子の命。怒りが深い絶望に飲み込まれ、溶けていく。顔を上げた老婆の瞳に、感情の色は無かった。

 

 深過ぎる絶望、そして虚無。老婆の理性は、この瞬間に燃え尽きた。DIOへの償いも、息子の敵討ちも、全てが収束して1つに溶け合う。最悪の一意専心が、ここに産声を上げた。

 

 最後に残されたそれを、人間は上手く形容できない。古今東西、全ての言語をひっくり返しても、言い表すのは不可能だ。無理矢理に言語化すれば、底無しの殺意とでもなろうか。

 何があっても、とか刺し違えてでも、のような前置きは不要。殺す、たった2文字が今の老婆を操るように動かす。黒くどろどろとした液体が心を満たし、律するための思考は溺れて力尽きた。

 

 闇の中に、1人佇む骸の如き老女。金切り声もなく泣きもせず、彼女はただそこに座り込んでいた。


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