スカイリム   作:キャプテン

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アーリエルの弓

夜が明け、バターを塗った焼きたてパンとチーズの簡単な朝食を済ませたガストン一行は、ドラゴンズブリッジを出発しました。

 

リーチの険しい山々を越え、山賊や野生動物たちの襲撃、そして天候の急変を切り抜け、ようやく目的の場所が見えてきました。

 

「ガストン殿、見えますか?あの霧の向こうです。あそこにぼんやりと見えてきたのがお探しのダークフォール洞窟です。」

 

「ああ、ようやくたどり着いたか!冷たい紅茶が美味しい時期に帝都を出発してもう何年も経ったように感じるな。しかし薄暗くて不気味だ。空気は冷たいのに妙に重苦しくて、それに外のはずなのになんだかカビ臭い。」

 

一行がやってきたのは、スカイリム北西部のほとんど端っこにある、それもうっかりすれば見落としかねない寂しい山肌にぽっかり空いた洞窟でした。

 

周囲にはドワーフの遺跡の残骸がひっそりと点在していて、ヴィルカスは、かつて若いドワーフ遺跡の研究者の依頼で、この近辺の発掘作業の護衛をしたことを思い出していました。

 

ヴィルカスには気がかりな事がいくつかありました。

 

そもそも、ガストン・モティエールがなぜこのダークフォール洞窟に行きたがっているのかです。

 

先述のとおり、ヴィルカスはかつて依頼でこの近辺を訪れた事がありました。

 

依頼人の好奇心から洞窟にも足を踏み入れましたが、そこは山の下に続いているであろう地下水路が流れているだけの、とてもこじんまりとした面白みの無い場所で、ガストンが求める古代ノルドの遺跡などではありませんでした。

 

もちろん、依頼を受けた際にガストンには自身が見たものを伝えましたが、ガストンは行って実際に色々と調べて見なければわからないの一点張りでした。

 

次に、霧とうっすら降り積もった雪で常人にはわかりづらいですが、かの洞窟へ向かう複数の足跡を、ヴィルカスは見逃しませんでした。

 

蹄の跡は一列でしたが、大きさがまばらで重複跡もあり、複数の者たちが人数を隠すために進み、なおかつそれがよく訓練された戦士か兵士の集団であることを物語っていました。

 

そして……

 

 

「(つけられている。何者だろうか?そこかしこの岩陰からこちらを見ている……いや、監視されている!それにこの血が混じった臭い、人とも獣とも区別がつかない。)」

 

「ジイさんよ、旦那の言う通り、なんだか薄気味悪いなぁ。今朝は雲ひとつない青空だったのによ、ここいらは湿地帯みたく霧がかってやがる。」

 

「うむ、それに空気が異常に重苦しい。息が詰まりそうじゃわい。」

 

「ま、ここで尻込みしてても仕方ねぇわな。旦那、あの洞窟がお目当てなんだろ?ヴィルカス、俺様が先に行くからよ、旦那は頼んだぜ。」

 

一行はトーバーを先頭に、ヴィルカスとヘラがガストンを守り、ヴィグナーはしんがりをつとめました。

 

 

 

「キィィー!キィィー!キィィー!」

 

洞窟に入ると、小鬼のように醜い顔つきのコウモリが無数に飛び出し、続けて、驚くほどじめじめした湿気をたっぷり含んだ空気が、五人の体を撫で回しました。

 

先頭に立つトーバーはたいまつをかざしましたが、かつてヴィルカスが訪れた時と同様に、洞窟はあっという間に行き止まりになりました。

 

内部は、入ってしばらく進んだところに大きめの地下水路が流れていて、粗末な縄編みの橋がかかっていましたが、その先はすぐ行き止まりで、本当に何もない場所でした。

 

「おい旦那、あっちゅう間に行き止まりで…なーんにもないんだが?」

 

「むむ?うーん、そんなはずはないんだが…」

 

ガストンは、困ったように腕組みし、そして岩の壁をあちこち調べ始めました。

 

「ガストン殿、やはりここはノルドの遺跡ではありません。ここにノルドの遺跡があるというのはどういった情報筋なのでしょうか?もしくは、失礼ですがガストン殿には何か他の目的があるのでしょうか?」

 

「むむ?古代ノルドの遺跡探索ではなかったのか?」

 

ヴィグナーが目を丸くしました。

 

ヴィルカスは再び聞きます。

 

「ガストン殿、どちらなのです?我々も護衛を引き受ける以上、情報の制限をされる事はあまり好ましくありません。」

 

「うーん……」

 

ガストンが口を開こうとしたそのときでした。

 

「熊だ!!!」

 

叫んだのはヘラでした。

 

彼女は素早く剣を抜きましたが、いつの間にか一行の背後に忍び寄っていた岩石のようにゴツゴツとしたその巨熊は、恐ろしく俊敏な動きで、丸太のような太い腕の一撃を繰り出しました。

 

ヘラは咄嗟に盾を構えてなんとか防ぎましたが、とてつもなく重い衝撃に耐えかねて吹き飛び、ガストンら一行を巻き添えに、橋の上に倒れ込んでしまいました。

 

 

 

ミシッ……………ミシミシッ!!

 

 

 

 

 

ブチッ!!!

 

 

 

 

 

「うわああああああああああああああああっ!!!!」

 

 

 

 

おそらく気が遠くなるほどの長い期間手入れをされる事なく放置されていたあの粗末な縄編み橋は、最期に精一杯の悲鳴を上げた後、五人の重みと衝撃に耐えられず、彼らをのせたままバラバラに崩壊してしまいました。

 

「うっぷ……うぐっ………ぷはぁっ!!!」

 

「み、みんな!!頭をまもっ……うわっ!!」

 

橋の下の水流は想像以上に激しく、五人はあちこちを岩肌にぶつけながら、暗い暗い地底の奥深くへと藻屑のように流されていきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"よそものだ!"

 

 

"おきろ!"

 

 

"よそものだ!"

 

 

 

「う……………むむむ………」

 

 

ヴィルカスは、洞窟内に木霊する不思議な"声"で目を覚ましました。

 

どれだけ流されたのか、どれだけ時間が経ったのかはわかりませんが、少なくとも、激流に押し流され、体のあちこちを岩肌にぶつけはしたものの、ヴィルカスは生きていました。

 

痛みの残る頭を上げて辺りを見渡すと、一寸先は闇の暗黒世界……ではなく、暗闇の中に桃色やオレンジ色、ワイン色に発光する、不思議な植物達が自生した、実に色鮮やかで幻想的な場所でした。

 

 

"おきた!"

 

 

"めをさました!"

 

 

そして、先ほどの不思議な声の主でしょうか、手のひらに収まるほど小さな生き物たちが、呆けるヴィルカスを興味深そうに眺めていました。

 

 

"えるふじゃない!"

 

 

"もっとちびだ!"

 

 

彼らは、一見すると、尻尾の短い丸々と太った小さなトカゲのような外見ですが、透き通った苔色に淡く光る体はヌラヌラとした艶やかさを放っていて、しかし不気味さよりもなんとなく愛嬌を感じさせる、本当に物知りのヴィルカスも初めて見る生き物でした。

 

「頭がくらくらする……。」

 

ともかく、いくら満身創痍とはいえ、未知の地でいつまでも寝転んでいては命の保証はありません。

 

ヴィルカスはスカイフォージの大剣を支えによろよろと立ち上がり、さらに周囲を見渡しました。

 

発光植物が照らす巨大な鍾乳洞は、見渡せる範囲だけでも2〜300人は野営できそうなくらい広く、それはずっと先まで延々と続いているようでした。

 

そして、ヴィルカスのすぐ後ろには、例の地下水が溜まってできたと思われる湖がありました。

 

ヴィルカスは激流に乗ってこの湖まで流され、この岩岸に流れ着いたのでしょう。

 

「とにかく、みんなを探さなければ。」

 

ヴィルカスはつるつる滑りやすい岩盤を慎重に歩き出しました。

 

 

"まって!"

 

 

すると、周りにいた例の生き物が一匹、ヴィルカスの肩に飛び乗ってきました。

 

一瞬警戒をしたヴィルカスでしたが、この生き物たちには敵意などというものがまるでない、人畜無害だという事をすぐに感じ取りました。

 

大きな目をギョロッと動かしてヴィルカスを興味深げに見つめる姿は、どこか愛らしさすら感じさせましたし、不思議なことに、その唸り声を聞いていると言いたいことが理解できるような気になりました。

 

「なんだトカゲモドキ、食いもんはないぞ。」

 

そう、出発前に入念に準備をしていた荷物は、先の激流で全て流されてしまったらしく、ヴィルカスの手元には、愛用の大剣しか残ってなかったのです。

 

ティルマがこしらえた鹿の干し肉も、先の村で調達したリンゴの瓶詰も、まんまと自然にくれてやったのでした。

 

「まあいいさ、いざとなったら明かり代わりか、食えるなら非常食にでも使ってやるよ。」

 

ギョッとした様子のトカゲモドキを肩に乗せ、ヴィルカスは足を進めました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、トーバー……お、おも……おも……い……」

 

 

「ぐぅぅぅ〜〜!こ、腰がぁ〜……」

 

 

「おおう……ヘラ、気のせいかもしれないが、私の足は……」

 

 

「触った感じですと……逆方向に曲がっております。」

 

「あああーーーー!!!」

 

ヴィルカスを除く四人は、運良くまとまって流されていました。

 

ヴィルカスと同じように、激流に乗ってかなり流されたらしく、海岸のような場所に打ち上げられた一行は、ヴィグナーとトーバーは腰を痛め、ガストンは右脚が折れ曲がり、ヘラも背中を酷く打ち付けたようでした。

 

しかし、ここには光源となる光る動植物などはまったく見当たらない暗黒の世界で、声の反響から、だだっ広い地下洞内であるということはわかりました。

 

「若、かなり痛みますが……動かないでください。」

 

手探り状態の暗闇の中、ヘラはガストンの脚の関節部に右手を当てました。

 

すると、手のひらにまばゆい光が灯り、光の束がガストンの脚を包み込みました。

 

「ほーう、回復の魔法か!」

 

「ぐっ……ああ、ヘラの一族は我がモティエール家に代々仕える治癒士の家系なんだ。剣の腕だけでなく、回復術も達人級だよ。うぐぅ……ああ、そうだ!ヘラ、私の荷物は無事か?」

 

「はい、リュートは無事ですよ。それに、巨人にいただいた角笛も。」

 

ガストンが安堵した様子でため息をつくと、トーバーがなにかにピクリと反応し、四方にずっと続く暗闇を注意深く睨みつけました。

 

「なぁ、べっぴんの姉ちゃんよ。赤毛の旦那の回復、あとどのくれぇかかるかね?」

 

「えっ?」

 

「トーバー、数はわかるかの?」

 

ヴィグナーは皮袋から石灰を取り出して手に塗し、痛めた腰をさすりながら、背負っていたスカイフォージの槍を構えました。

 

「いんや、だがゴソゴソと無数に蠢いてやがるぜ。」

 

トーバーは二本の片手鎚を構え、懐から取り出した発光石(灯明の魔法が込められた小石)を地面に打ち付けました。

 

その瞬間、柔らかな乳白色の光が洞窟内に弾け、すべてを淡く照らし出しました。

 

 

「……………っ!!!」

 

 

そして四人は息を呑みました。

 

彼らはおぞましい生き物の群れに囲まれていたのです。

 

 

 

「ヴー、ヴーーヴーー!」

 

 

「プシュルルルル…………」

 

 

 

体毛のない、青白くツルツルした肌、痩せこけた顔に潰れた目、削ぎ落とされたようにむき出しになった鼻腔、鋭く伸びた歯と爪、攻撃的な巨大虫の顎や殻から作られた邪悪な武器。

 

そう、彼らはファルメル。

 

スカイリムの地下世界の住民、しぶとく狡猾な怪物、血と虐殺に飢えた恐るべき悪魔!

 

かつては高度で洗練された一大文明を築き上げた、美しきスノーエルフ達の成れの果てでした。

 

 

「ああショールの髭にかけて!50匹はいるぞ!」

 

「こんなときまでボケてんじゃねぇよじいさん、100以上はいるぜ……くそったれ!」

 

「知ってるぞ!彼らはドゥーマーに捕らえられ、毒とおぞましい拷問で醜く変異したエルフ種だ!!た、たしかノルドや他のエルフを捕まえては惨たらしく虐殺すると聞いたぞ!!なんと恐ろしいっ!!」

 

ファルメル達は、ガストン一行を、まるで迷い込んだ哀れな獲物を舐め回すように観察し、互いに何事かを囁きあったかと思うと、その手に持ったおぞましい武器を一斉に構え、ひたりひたりと囲みを狭め始めました。

 

「ちくしょうめ!老いたノルドを殺すことがどれだけ難しいか、わしが教えてやるわい!」

 

「その意気だぜじいさん!俺様がくたばるまで死ぬんじゃねえぞ!」

 

「若、私の後ろに。どうにか囲みを突破してみせます。」

 

「くそ、絶対絶命とはこのことだな……ヘラ、私の事はいい、君だけでも囲みを突破して逃げるんだ!」

 

「馬鹿な事を仰らないでください!」

 

さて、誰もが冷たい死を予感したそのときでした。

 

洞窟の奥深く、深い暗闇の中から、発光石の光をもかき消す、まばゆい光の波が押し寄せてきました。

 

ファルメルは視力を失っていましたが、彼らはその光を恐れているらしく、互いにぶつかり、押しのけ合い、転倒した仲間を踏み越え、まるで蜘蛛の子を散らすように、我先にと逃げ散ってしまいました。

 

ガストン一行を柔らかく包み込んだ光の波が消える頃には洞窟内に静寂が戻り、鍾乳石から水の滴る音だけがこだましました。

 

あんまりにも一瞬の出来事に、取り残された一行が呆然とたたずんでいると、洞窟の奥から、例の光を放った張本人と思われる人物が現れました。

 

「危ないところだったな、冒険者の諸君。怪我はないかね?」

 

すっかり静まり返ってしまった洞窟に、老いたエルフの声が響きました。

ハイエルフと見紛うほど長身ですが、その肌はノルドのそれよりも白く、年齢のせいかわかりませんが、髪まで雪のように真っ白でした。

 

加えて、年代物ながら曇りのない白銀の輝きをたたえた、流線の彫刻が美しいエルフの軽鎧は、その老エルフが、忘れられし北の民、打ち滅ぼされし氷のエルフである事を物語っていました。

 

その姿は、伝承の中にのみ生きる失われし太古の種族、スノーエルフそのものでした。

 

「私はアーリエルの騎士司祭ギレボル、ここは奴らの縄張りで非常に危険な一帯だ。付いてきたまえ、私の隠れ家へ案内しよう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴィルカスは、代わり映えのしない洞窟の景色に嫌気がさしていました。

どれだけ美しく幻想的な景色でも、それが延々と続けばなんと退屈でしかも不安を煽るものか。

 

あちこちを岩にぶつけて負傷し、体力も落ちているヴィルカスにとって、これが出口か仲間のもとへ続く道なら問題はありませんが、そのどちらとも真逆の方向へ続いているのであれば、幾多の戦いを勝ち抜いてきた同胞団の勇者であろうと、待っているのは悲惨な死だけでした。

 

「依頼人とはぐれてしまうなんて、同胞団失格だな。せめてトーバー達と一緒にいてくれればいいんだが……」

 

そして、最初は好奇心旺盛な子供のように肩の上からヴィルカスに話しかけていた(といっても、ゲコゲコと気の抜けたような唸り声を発していただけですが)トカゲモドキも、すっかり慣れた様子で目を閉じていたので、もうヴィルカスの滅入った気分を紛らせるものはありませんでした。

 

どれだけ歩いたでしょうか。

 

気が滅入るほど見慣れた景色は唐突に終わりを迎えました。

 

氷の洞窟です。

 

ゴツゴツした岩肌は瞬く間に氷に閉ざされた世界へと様変わりしました。

 

広々とした氷の空間にはところどころ露出した岩肌があり、そこからは例の光りキノコが生えていましたが、それ以上に、この氷の洞窟を宝石のように輝かせる別の光源がありました。

 

「篝火か……誰か、いや、何かいるのか?」

 

ヴィルカスは大剣の柄を握りしめ、目を閉じて周囲の気配を探り、鼻を利かせました。

 

間も無く、風を割く音が聞こえました。

 

ヴィルカスは大剣を使って放たれた矢を防ぎ、天井から地面まで伸びた巨大な氷柱に身を隠しました。

 

すると、洞窟の奥から複数の足音が聞こえてきました。

 

淀みない速さできれいに揃った足音が間近まで迫ると、ヴィルカスは氷の地面に大剣を突き立て、鎧の革留め具を素早く外し、身体中の痛みを堪えて腹の底から力いっぱいの叫び声を上げました。

 

巨大氷柱の前に回り込み、ヴィルカスを取り囲んだ襲撃者達が見たものは、世にも恐ろしい咆哮を発する、大きな身体を真っ黒な体毛に覆われた獰猛な獣でした。

 

「怯むな!射てっ!!」

 

号令と共に白羽の矢が一斉に放たれますが、その獣は信じられない跳躍力で彼らの背後に飛び込み、振り向く間も与えずその長い腕を振るいました。

 

彼らはきらきらと光る立派な鎧や盾で身を守っていましたが、獣が重く素早く腕を振るうたびに、ばったばったとなぎ倒されていきました。

 

「待てっ!」

 

五人目の襲撃者が蹴散らされたとき、彼らが怯んだ様子を見てとった獣は、鋭い声でその場にいる者すべてを制止させました。

 

「エルフ達よ、我が名はヴィルカス。まずは誤解を解きたい。私は君達の敵ではない。」

 

その荒々しい外見とは対照的に、知的な声を発した巨大な二足歩行の狼、ウェアウルフ(人狼)のヴィルカスは、これ以上戦う意思がないことを伝えるために、剣のように鋭い爪を引っ込め、巨大化した身体をみるみる収縮させて人間の姿に戻りました。

 

そんなヴィルカスの意思を証明するように、蹴散らされたエルフ達はいずれも強い力で殴打されただけで、よろめきながらも全員が立ち上がることができました。

 

「敵ではないと、アトモーランの獣よ。」

 

エルフのひとりが声を上げました。

 

鎖帷子の上に白銀の軽鎧を装着し、雪のように真っ白なマントをまとっているエルフは、肌も髪も、ヴィルカスが知るどのエルフよりも真っ白でした。

 

「その通り。これは正当防衛だ。誰も殺めるつもりはない。ここは君達の……テリトリーか。そして、もしかしてだが、君達はスノーエルフか?」

 

「"生き残り"、"残党"、"死に損ない"、好きに呼ぶがいい。」

 

ひときわ力のこもった妙に非難がましい声が、ヴィルカスに投げかけられました。

 

他のエルフと同様の鎧姿に、立派な白い羽根飾りの兜をかぶった、威厳と自尊心に満ちた目の女エルフは、翡翠をあしらった美しい銀の弓を構えていました。

 

そしてなにより、彼女はヴィルカスが今まで見た中で一番美しいエルフでした。

 

このような状況にもかかわらず、ヴィルカスは一瞬、我を忘れてそのエルフに魅入ってしまいました。

 

「名乗れアトモーラン。そしてここで何をしている?」

 

「……ヴィルカス。傭兵だ。依頼人の護衛中に水路に転落し、ここまで流されて来た。必要とあらばすぐに立ち去ろう。だが、四人の仲間と途中ではぐれてしまったのだ。彼らを見つけ出すまでは見逃してもらえないだろうか?」

 

ヴィルカスは、彼らの外見や、ノルドの事をアトモーランと呼んだ事などから、彼らが太古に滅びたはずのスノーエルフの生き残りであると確信していました。

 

となれば、アトモーランの末裔であるノルド(正確には、アトモーラ(またはアトモラ)人は、劣悪な環境のアトモーラ大陸からタムリエル大陸へと入植した人間種族のすべての祖先であり、スカイリム地方へ入植した一団が現在のノルドとなりました。)のヴィルカスは、言動に慎重さが求められると考えました。

 

目の前のスノーエルフ達がどのような思想を持っているかはわかりませんが、少なくとも、アトモーランの侵略によりスノーエルフが衰退した事は事実です。

 

「まずは来てもらおう。妙な真似はするな。我が弓は鋼の鎧だろうと獣の肉体だろうと射抜く。目を光らせているぞ。」

 

ヴィルカスは両手をエルフの髪で編み魔力を込められた縄で縛られ、鋭い切っ尖を突きつけられたまま、氷の洞窟のさらに奥まで連れていかれました。

 

"どこいくの!"

 

小さな小さな鳴き声を聞き、ヴィルカスは自分の肩に乗っていたトカゲモドキの存在をようやく思い出しました。

 

いつのまにかヴィルカスの懐に潜り込んでいたようで、呑気に大きなあくびをしているようでした。

 

「いいねぇ、呑気でさ。こっちはこれからどんな尋問が待ってるかわからんよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほおぉ〜〜、これはまた……」

 

「うーん、神々しいとはこの事だな。」

 

謎のエルフに連れられたガストン一行は、小さな砦でも築けそうなほどひらけた空間にやって来ました。

 

かなり深いところまで降りてきた筈ですが、地上から真っ直ぐに穴が通っているのか、無数の鍾乳石が垂れ下がる天井から暗い洞窟内に差し込んだ一条の光が周囲を柔らかに照らし、その神聖で厳かな雰囲気といったら、無作法者のトーバーでさえ思わずかしこまってしまうほどでした。

 

そんな空間の一画に、何かの建造物の名残りでしょうか、身の丈ほどの不思議なモニュメントと石造りの土台があり、その周辺にはいくつかの生活用品が置かれていました。

 

「ここが私の隠れ家だ。結界を張っているから奴らもここまでは入って来られない。さあ、適当に腰掛けてくれ。あたたかい飲み物をご馳走させていただくよ。」

 

純白のエルフ、"騎士司祭"のギレボルは、エルフ特有の少しすましたような顔立ちには似合わない穏やかな態度で、ガストン一行に丸太でできた背の低い簡易な椅子に座るよう促しました。

 

そして、焚き火の上でグラグラと揺れる年代物の鉄瓶を取り上げると、人数分用意された木製のカップへ、なんとも心落ち着く香りを漂わせる湯を注ぎ入れました。

 

一行は焚き火を囲んで、琥珀色の湯気が立ち上るエルフの飲み物をすすり、ずぶ濡れの体を温めました。

 

「若、足の具合はどうですか?」

 

ヘラは固く絞ったタオルでガストンの額の汗を拭いました。

 

ヘラの優れた回復呪文により、ガストンの折れた左足はほとんど治りかけていましたが、慣れない極寒地帯で体を濡らした結果、どうやら風邪をひいてしまったらしく、火照った身体からは脂汗が流れ出ていました。

 

「ギレボル殿、まずは礼を言わせとくれ。お主がいなかったら我々はむごたらしく殺されていたじゃろう。しかし…その……」

 

ヴィグナーが口籠るのを見て、ギレボルはなんとも言えない表情で口元を緩めました。

 

「アトモーラ…いや、今はノルドというんだったな。安心してくれ。かつて我らと君達の祖先との間に起きた出来事について、今更蒸し返したりはしないよ。それに、我らが先に攻撃を仕掛けたという噂もあった。まあ、私のような下々には詳細はわからないがね。」

 

ヴィグナーはほっと胸を撫で下ろしました。

 

ノルド至上主義のグレイメーン家の家長であり稀に見る頑固者のヴィグナーにとって、本来であればエルフに助けられる事は生き恥を晒すに等しい事でしたが、それでも命を助けてくれた者に対する礼儀を欠くほどの恩知らずではありませんでした。

 

少なくとも、ギレボルは過去の種族間の対立を持ち出すつもりはないらしく、このような状況において余計な争いの火種となることはないようでした。

 

「ワシは傭兵のヴィグナー・グレイメーン、そこのだらしない腹の男がトーバー、ぐったりしとる若者が依頼人のガストン・モティエール、そしてその従者のヘラ。改めて礼を言わせてもらうよ。しかし驚いた。気を悪くせんで欲しいんじゃが、まさかファルメルになっとらんスノーエルフの生存者がいたとは…」

 

「ノルドに敗北した我らは、かねてより不安定な協定を結んでいた地下世界のドワーフに助けを求めた。そして彼らは種族の保護と引き換えに法外な要求…我らの目の光を要求してきたそうだ。反対派は殺されるか追放されるか、あるいは強制的に"同意"させられたそうだ。大半の同胞は誓約に基づいてドワーフの毒により視力を奪われ、口に出すのもおぞましい拷問を受けて歪められ、遂には今の醜い姿となった。ここは辺境の地、知らせが届いたときには既に手遅れだった。私のように、今もどこかで生き延びているスノーエルフがいるといいがね。」

 

ギレボルは寂しそうに、焚き火に薪をくべました。

 

「って事は、あんたは俺達の祖先の時代……何千年も前から生きてるって事か?それもたったひとりで?」

 

トーバーはあんぐりと口を開けて思わず目を丸くしました。

 

スノーエルフの生存者といっても、誰もがその末裔だと思っていましたが、ギレボルの口ぶりからすると、どうも当時から数千年間生き続けてきたらしく、まさに時代の生き証人と言えるでしょう。

 

非常に長命な事で知られるエルフ種ですが、当然不老不死というわけではないので、病気や事故が原因で亡くなる事もあります。

 

おそらく、ギレボルは純粋にエルフとしての寿命を全うしようとしている非常に稀なケースなのでしょう。

 

「その通りだ。ずっとたったひとりではないがね。私と共に生き延びた仲間達もいたんだが、今では私ひとりになってしまった。しかし、この洞窟は様々な場所に通じていてね、ごく稀にだが君達のように思いもかけずここへ迷い込んでくる冒険者達もいる。本当に、ごく稀にね。だから悠久の時をひとりで過ごしてきたわけじゃないんだ。ところで、君達はどういった用件でこんな僻地にやって来たのかな?傭兵だとか依頼だとか言っていたが、ご覧の通り、ここには年代物の老エルフと忘れ去られた宗教上の遺物しかないぞ。」

 

すると、ヘラに支えられながらよろよろと立ち上がったガストンが口を開きました。

 

「その宗教上の遺物に用があるのだ。ギレボル殿よ、不躾だがここに"アーリエルの弓"があるはずだ。どうか、その弓を譲っていただきたいのだが……」

 

「全員動くな!!武器を置いて手を挙げろっ!!」

 

高圧的な声が響き、それに続いてガチャガチャと無数の鎧の音が聞こえてきました。

 

ヴィグナーとトーバーは咄嗟に身構えましたが、暗闇から繰り出された金属製の鞭が彼らの武器を弾き飛ばしてしまいました。

 

間も無く、重武装の鎧武者達に取り押さえられ、ガストンとヘラ、そしてギレボルも拘束されてしまいました。

 

「ノルド共、次に抗戦の意思を示せば命はないと思え。」

 

金属製の鞭を手にして、組み伏せられたヴィグナーとトーバーを睨みつけるのは、日焼けした顔に残る痛々しい古傷が特徴の、背の高いブレトンの女兵士でした。

 

「貴様ら……帝国軍兵士か!!」

 

「な、なぜこんなところに!?」

 

かつて帝国軍に在籍していたヴィグナーと、シロディール育ちのガストンは、すぐに彼らが帝国軍であると認識しました。

 

それは、ガストンがドラゴンズブリッジで見かけた特異な鎧姿の帝国軍兵士達でした。

 

「やれやれ、今日は珍しく来客が多いな。君達に振る舞うには茶も器も足りんよ。悪いが後日出直してくれたまえ。」

 

ギレボルが冗談めかすと、指揮官と思わしきブレトンの女兵士は、その槍のような目をスッと細めました。

 

「帝国軍軍団長のフィンゴルムだ。スノーエルフよ、端的にこちらの要求を述べよう。"アーリエルの弓"を渡せ。貴様ら司祭がその守り手である事は調べがついている、隠し立てはするなよ。」

 

 

 

 

 

 

 

ダークフォール洞窟の内部は、表面からは想像もつかないほど複雑かつ広大なものでした。

 

ガストン一行が最初に入った場所だけでなく、実はこの山一帯に、目立たないものではありましたが、他の出入り口もありました。

 

「オースユルフ様、帝国軍の連中がいました。いかがなさいますか?」

 

ダークフォール洞窟の暗闇に紛れ、血の匂いを振り撒く無数の影が蠢いていました。

 

「ファルメルだろうと帝国軍だろうと障害にはならん。卿の指示通り、"弓"を手に入れるのだ。スタルフよ、尾行を続けろ。奴らが弓の在り処を見つけ出した時、掻っ攫ってやればいい。」

 

 

時と歴史に埋もれ、世界から忘れ去られていた場所に、多くの思惑が集結していました。

 

しかし、彼らが求めるものは同じ。

 

雪の大地を血に染め、その目的を果たすべく、事態は急速に進みつつありました。

 

 

 

 

 

 


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