貴方はどこまで貴方なのか   作:其のホチキスの針は指穿つ

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貴方はどこまで貴方なのか

―――目の前の非現実的事象を見る。

 

女性の腹に、半ばまで刺さった包丁が、薄暗い部屋の中で月明かりを反射していた。

こうなった経緯は、割愛させて頂こう。

人の温もりを失いつつある屍を前に、ゆっくりと椅子に座った。

 

 

今さっきまでこの屍は、床に広がっている赤い血を体に循環させ、臓器に酸素を送り、活動していた。

血は必要だ。血が無い人間はいないし、あっても異常に減れば人は死ぬ。

目の前の屍の死因はショック死なのか臓器不全なのか失血死なのか良く分からないが、少なくともこれほどまでの血が失われれば、誰だって死ぬ。

―――これは誰にだってわかる事だ。

 

指で床の血を掬う。

 

艶やかな赤さだった。

 

僅かな時間を置いて乾いてしまった血を軽く舐めると、屍を見た。

……果たしてこの血は貴方なのだろうか。

 

 

それはほんの些細な疑問だ。

体から出た物を、果たして貴方と呼べるのだろうか?

疑問は解かねばならない。

 

無造作に腹に刺さった包丁を引き抜くと、次は手首に突き刺した。

 

硬い、骨と腱の手応え。

骨の砕ける音と、筋肉の切れる音。そして、皮膚と肉の潰れる音が部屋に響く。

 

大きく振り上げ、何度も何度も叩き付けるようにして手首を狙う。

やがて若干の皮が繋がったまま腕と離れた手首を引き千切ってみると、それを屍と並べる。

 

さて、この手首は貴方と呼べるのだろうか。

手首を凝視する。

良く整えられた爪、白く細い指。

断面は潰れているが、血が抜けているので骨の白と肉の桃色がよく見える。

 

とても綺麗だ。

とても綺麗だが、残念ながらこれは貴方とは呼べない。

これは、貴方の(・・・)だ。

貴方ではない。

 

 

では更に大きな部分ならばどうだろうか。

包丁を握り締め、今度は太腿の付け根に突き立てた。

まだ血が残っていたのか、よく湧き出て来る。

大腿骨をへし折る様に包丁の叩き付けを数度繰り返すと、ショートパンツとショーツが千切れ、股間が露出した。

綺麗に整えられた陰毛が血に濡れているところを見れば、不思議と艶やかさを帯びている。

軽く指で陰毛を拭うと、下腹部に綺麗な線が残った。

 

―――脚は、切り離すのに苦労した。

骨が太く、筋肉も脂肪も多い。

 

黄みを帯びた脂肪と、血と混ざった肉が部屋に散る。

包丁の先端が骨を削る硬い音が部屋に響く。

 

肩で息をしながら強く引っ張り、漸く皮膚の断裂音と共に脚が部屋に転がった。

 

さて、先程の手首よりも相当大きな脚。

程よく肉付き、女性らしさを感じさせる脚だ。

断面は血に濡れ、上手く砕くことの出来なかった骨が見えている。

果たしてこの脚は、貴方なのだろうか。

屍と並べて椅子に座り、顎に手を置く。

先程よりも大きい。しかしこれも貴方の(・・・)と感じてしまった。

脚は貴女では無い。

 

 

ふと、手首と脚と屍を並べ、ではどれが貴方なのかと思う。

それは一瞬の迷いなく屍と答えることが出来た。

手首と片脚を無くして尚、屍は間違いなく貴方だったのだ。

では、次は貴方だと最も判別できた場所を外してみよう。

 

 

切れ味の悪くなった包丁をまた、強く握る。

頬に手を当て、首に包丁を差し込んだ。

喉から漏れる水音。口から溢れ出た血は、見る見るうちに顔を汚していく。

 

空気と水が同時に漏れるような濁った音が部屋に響く。

最期の歪んだ表情のまま血を吐く姿は美しかった。

 

首は脚ほど苦労しなかった。

輪切りにするように皮膚と筋肉を断ち、骨は強く叩き付けて砕く。

やがて部屋に転がったそれを持ち上げると、屍の横に並べた。

 

黒い髪も、綺麗な目元も、可愛らしい鼻も、血で紅を刺した唇も、全て今までと同じだ。

表情は少し歪んでいるが、顔に変わりはない。

再度椅子に座り、足を組んだ。

 

 

―――長考する。これはとても難しい。

 

 

頭はおそらく貴女だ。やはり、頭は貴方しかないものだ。

 

しかし残った体は、果たして貴方と言えるのだろうか。

大きさとしては脚よりも大きい。今まで分けた中で、最も大きい。

しかし大きさだけで判別するなら、頭より脚の方が大きい。

つまり脚を貴方の、とするのならば頭も貴方ではなく貴方の、という扱いになってしまう。

よって大きさで判別するのは間違っている。

 

だからといって体を、貴方の、とは言い切れない。

血に濡れた半袖のシャツが邪魔なので、破って剥がす。

鎖骨から胸のラインは美しく、僅かに桃色がかった頂点はハリを持っていて。

細い腰は柔らかみを同時に併せ持ち、下腹部には先程引いた赤のラインがあった。

 

スタイルの良い、貴方だとこれだけで断定するには難しい体。

そう考えれば不思議と、手首や脚と同様に貴方の(・・・)、という認識で腑に落ちた。

 

 

頭は貴方。

それ以外は見ただけでは個人とわからないので貴方の(・・・)

つまり同様にして、血は貴方の(・・・)のだったのだ。

流れていた赤もまた、貴方のではあったが貴方では無い。

 

 

と、いう事で興味は理解へと昇華し、さて、と首を持ち上げた。

血がボタボタと垂れているが気にした事じゃない。

光を失った目を覗き込み、満面の笑みを浮かべる。

 

 

貴方(・・)が、貴方の(・・・)を着けて動いているだけだったんだ。そう…貴方は全てが貴方では無かったんだ」

 

 

貴方(・・)は頭にいる。

それ以外は貴方の(・・・)だったのだ。

また今日も一つ賢くなることが出来た。

 

緩慢な動作で衣服を脱ぎ、濡れたタオルで体を拭くと持参した衣服を着る。

そのまま玄関まで行くと振り向かずにドアに手をかけ、皮手袋の擦れる音が響き、

 

 

「明日は何を学ぼうか」

 

 

やがて、ドアの閉じる音がした。







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