青の少女のヒーローアカデミア   作:かたやん

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第11話

side--???--

 雄英高校でヒーロー基礎学の授業が終了していたころ。

 九州のとあるホテルの一室に、一人の少女が居た。

 長い金髪の髪が美しい、明らかに外国人の女の子。

 翡翠のような目が開く。

 彼女はベッドの上でうーんと伸びをして起き上がり、窓のカーテンを開けた。

 既に高くなった日差しが部屋に差し込んでくる。

 最上階の一室の窓から見える景色は、可もなく不可もなくと言ったところ。

 雑踏な街並みが眼下に広がっている。

 部屋の隅のハンガーにかけられている上着。

 それの胸ポケットについているバッジが、入り込んできた日差しできらりと光る。

 裁きの天秤。

 紛れもなく高等尋問官の証。

 日本においては高等尋問官はただ一人。法月将臣しか存在しない。

 しかしながらその制度は、世界各国で運用された実績が有る。

 今でこそほとんどの国で廃止されているが、今だに日本を含む数か国が高等尋問官を保有していた。

 窓際に立つ金髪の彼女の名は、セルリア・セレスタイト。

 彼女は日本ではなく、アメリカの高等尋問官であり、史上最年少の高等尋問官だ。

 年は今年で十六歳になったばかりだ。

 そして時代の流れから、最後の高等尋問官になる事はほぼ間違いなかった。

「シアン……もう半年ぐらい会ってないけど、元気にしてるかしら?」

 物憂げに少女は口を開く。

 シアンとは彼女の家に養女として迎え入れられた女だ。

 元々(ヴィラン)だったのだか、法月の紹介でセレスタイトに入り教育を施された。

 今では優秀なエージェントとなったシアンはセルリアの護衛役をした後に、

 今では法月の側近として働いている。

 だが側近の話は表向き。彼女はセレスタイトより法月にあてがわれた刺客でもある。

 もちろんシアン自身が法月に恩を感じていることは承知の上。

 ある程度の情報は法月にも流れているだろう。

 シアンはいわば二重スパイの立場に立たされているのだ。

 手首に巻かれている端末が鳴る。

 その端末は市販のものではない。

 端末の名はART(アート)。All Round Toolの頭文字を取ったものだ。

 その機械に詰め込まれている技術は、現在の企業の遥かに先を行っている。

 十年や二十年ではきかない差だろう。

 この技術も「青の少女」の計画で生み出された副産物の一つだ。

「うん……何かしら……お父様?」

 セルリアがその腕時計のようなアートを操作する。

 ピッと電子音の後、テレビ電話の回線が開く。

「はい」

「私だセルリア。大事はないか」

 セルリアの前に映し出される立体映像のディスプレイ。

 そこに映るのは白髪の男性。

 見事に整えられたその髭は、バルボというらしいと彼女は思い出した。

 ベレンス・セレスタイト。

 セルリアの父であり、アメリカのもう一人の高等尋問官。

 彼の生活は多忙を極めている。現に顔色は良くない。

「ええ、お父様。私は元気よ。日本はとてもいい所ね」

「ははは。なら、なりよりだ」

「お父様は?」

「何いつも通りだよ」

 ははと笑うベレンスにセルリアは無理はしないでと注意する。

「お父様が急に電話だなんて珍しいわね。――何かありましたか」

 シアンの顔つきが変わる。

 セルリアは高等尋問官だが、ベレンスの方が立場は強い。

 逆らえないという程ではないが上下関係がないわけではない。

 一体どのような指令が下されるのか……。

「セルリア……緊急指令だ。お前は明日より雄英高校のヒーロー科に属することになる」

「は……?」

 唐突なその指令に思考が停止した。

 いきなりにもいきなりすぎる指令に困惑する。

 そもそもがセルリアが日本に居るのもただの観光。

 とくに深い意味が有って来ていたわけでは無い。

 こっそりシアンの前に姿を現して、びっくりさせてやろうぐらいの事しか彼女は考えてなかった。

「シアンより報告が来た。法月が生徒の一人に発砲。

 一方的に除籍したという事だ。詳細は今送る」

 セルリアのアートにすぐさま詳細が送られてくる。

 彼女はデータをマルチウィンドウで立体映像に展開し、事の顛末を確かめる。

 生徒の一人が不適切な言動をし、それを理由に除籍された事。

 その前に法月が生徒に発砲したが、アズライトに庇われて何とか怪我が無かったこと。

 シアンが秘密裏に撮っていた映像も閲覧する。

 その報告を見たセルリアの眼が細くなった。

「法月……やりすぎでしょう。アズライトがその場にいて幸いだったわね。

 全く、高等尋問官とは、どうあるべきか忘れてしまったのかしら」

「彼はとりわけ過激だ。だが日本には彼しか残っていない。

 事実上やつは独裁者として君臨しつつある。

 人手は惜しいが……」

「そろそろ、計画も大詰め。彼女のメンテナンス及び調整。

 そして法月に対する監視が必要……という事ですか」

 高等尋問官に対する抑止力は無いわけでは無い。

 それは国際的な高等尋問官同士のネットワークだ。

 高等尋問官が好き勝手なことをしていると、その国や高等尋問官に対して他の国が制裁を加えるのだ。

 だが法月の場合は特殊な事情が絡んでおり、それが機能しているとは言えなかった。

「そうだ。事情が事情だけにうかつに手出しも出来なかった。

 が、そろそろ放置も出来ん。計画の後、奴が暴走しないよう首輪は着けなければならん」

「はああぁ……気が重いわね。なんてギリギリの綱渡りをしてるのかしら私達」

 セルリアはため息をついて愚痴を吐く。

 英才教育を受けてきた彼女は、幼いころには世界の闇に触れていた。

 それに慣れてきている筈の彼女でも気が重くなる。

「”スターレイン”は間近に迫っている。

 もし計画が成功しなければ世界が滅ぶ。それだけの事だよセルリア」

「それが気が重いって言ってるのよ全く」

 世界を救うために秘密裏に進められているプロジェクト。

 Azurite(アズライト)Reason(リーズン)Arcology(アーコロジー)

 どれか一つでも失敗したら人類に未来はない。

 もっともそんな事実は各国政府によって隠蔽されているので、一般人が知る訳もないが。

 きっと彼らはどんなピンチも、ヒーローが解決してくれると本気で信じているのだろ う。

 お気楽なものだとセルリアは思う。

「了解しました。セルリア・セレスタイト、これより任務遂行に入ります」

「お前にはいつも重荷を背負わせてしまうな……すまない」

 ベレンスは沈痛な表情をするが、セルリアは笑顔で答えた。

「平気よこのくらい。私なんかよりアズライトの方がよっぽど辛いわよ。

 彼女に世界の命運がかかっているんだもの」

「……では達者でなセルリア」

「お父様も体に気を付けて」

「ああ」

 短いやり取りを交わし回線は閉じられる。

 部屋の中に静寂が戻る。

 彼女はすぐさま行動に移した。

 すぐに着替えを始め、手早く荷物をまとめていく。

 十分後には彼女の姿は部屋になく、最寄りの駅のホームに居た。

 向かう先はただ一つ。今回指令を受けた雄英高校。

「と、その前に……」

 彼女は手首のアートではなく、普通のスマホで今回の指令と顛末の詳細を確認。

 人が行き交う外でアートを使うわけにはいかない。

 必要な事を確認した彼女は歩き出す。

 彼女は足が浮足立つのを感じた。

「今会いに行くからね。アズライト」

 彼女は時間通りに来た高速鉄道に乗り込む。

 頬に微かに浮かぶ笑み。

 彼女の眼はまだ見えない雄英高校の方を見ていた。

 

…………

 

………

 

 

side--相澤消太--

 

 

雄英高校地下 アーコロジー 青の少女管理施設にて

 

 地上では日がとっくに落ちていた。

 地下三千メートルの世界ではそれを知るすべは手元の時計だけだ。

 時計の針は九時を示そうとしている。

 白色のLEDが、白一面の部屋を照らし出す。

 青の少女は部屋は普通の年頃の女の子に比べると、物が少ない。

 それでも十年前の当時よりはかなり多くなっている。

 テレビにDVDプレイヤー。アニメや映画のDVDに漫画本。

 どれもこれも相澤の趣味で固められてはいるが、たまに少女が要求を出すこともあるので

 それに合わせた本も幾つか置いてある。

 中でも一番目を引くのは分厚い図鑑か。

 なんとその題目は”世界のゴキブリ大百科”である。

 実物大のゴキブリの写真に生態などが詳しく説明されているその本は、なんと一万円もした。

 ちなみに相澤の自腹である。

 そんなものを尻目に二人は簡素なテーブルで……

 パシッ……。

「ああっ!?そ、そこは……そこはダメ!

 そ、それなら!これでどうかな!?」

「……」

 パシッ……。

「うあっ!?うう、酷いや。もうぐちゃぐちゃ……。

 せめてここを押さえて……」

 パシッ……。

「……甘いな」

 パシッ……。

「そ、そんな!予想外すぎるよ!?これ以上はだめ!」

 パシッ……。

「……それならここだ」

 パシッ……。

「あ!?そ、そこは……そんなのされたらボクの全部しびれちゃう……」

「……」

 パシッ……。

 パシッ……。

「中はだめ!中はだめぇー!」

「お前わざとやってるのか?」

「えと、何が?」

 相澤は首を傾げる青の少女を睨む。

 青石ヒカルはキョトンとした表情で相澤を見ていた。

 二人は碁盤を挟んで相対していた。

 囲碁をしていたのだ。

 形勢はもう可哀そうになるほど青の少女の圧倒的不利だった。

 少女は全滅に近い。もう少し進んだら全滅するだろう。

「こうなったら……」

「個性は使うなと言っただろうか。それに今更使っても勝てないぞ」

「酷いや!」

「事実だ」

 囲碁というゲームは陣取りゲームだ。

 石を交互に打ち合い、囲った陣地の広さを競う。

 その性質上、隅の方から打ち始めるのが定石とされている。

 盤の隅の方が囲うのに石が少なくて済み、効率よく陣地を稼げるのだ。

 なのに青石ヒカルは最初から、碁盤の中央の方を囲っていこうとしている。

 その中に相澤の石がどんどん打ちこまれて、彼の石が我が物顔で居座っているのだ。

 先ほどのやり取りも全部囲碁のものだが、どことなく淫猥に聞こえる。

 だが決してR18的な行為をしていたわけでは無い。

 少女がうなだれる。

「ううー。流石にこれ以上やってもボクに勝ち目無いね。

 ――負けました」

「ありがとうございました」

 お互いに一礼をして終わる。

 対局が終わり青石と石を片付ける相澤。

 すると手元のスマホが震えたので確認すると……。

「何……?」

 その情報をいぶかしんだ。

 連絡は根津校長からだった。

 明日緊急で留学生が1-Aにやってくるという事だ。

 いきなり留学生がクラスに来るというだけでおかしな話だ。

 しかもその留学生が

(セルリア・セレスタイトだと……)

 彼女は確かつい数か月前に、アメリカの高等尋問官になったばかりの少女。

 ベレンスという高等尋問官の父を持つ生粋のお嬢様。

 だがぬるま湯な環境に浸ることは無く、研鑚を続けている天才。

 青の少女の計画にも関係している人物であるとは知っている。

 このタイミングで雄英に所属することになるとは、やはりその権限を使ったのだろうか。

 考え込んでいる相澤を、じっと見つめている青の少女。

 少女は一度だけセルリアと会ったことが有る。

 その時の様子を相澤は見ていないが、どうやら大変仲良しになったようだ。

 しばらくの間セルリアの話しかしてなかった時期もある。

 ともかくこれは上の決定らしく、異を唱える事は出来ない。

 彼女はアメリカの高等尋問官ではあるが、日本においても同様の権利を持っている。

 同盟国間では高等尋問官の権利が互いの国に及ぶのだ、

 つまりセルリアはやろうと思えば生徒の身分で、誰かを除籍したり、教師を罷免したりも出来るわけだ。

 だがもう今更相澤が何を言ってもどうしようもない。

 せめて彼女が常識人である事を祈るばかりだ。

「へー……私が知らない間に随分物が増えているのね」

「!!?」

 入り口からいきなり声がした。

 咄嗟に相澤は青の少女を庇うように振り向く。

 そこには金髪の少女が居た。

 一目で分かる。相澤に先ほど根津から送られてきた連絡。

 それに留学生の写真が添付されていた。

 彼女は間違いなく写真と同一人物。

 セルリア・セレスタイトがそこに居た。

 緑の目から強い意志をはっきりと感じた。

 相澤のキツイ視線を何とも思っていない。

 その目が相澤の背中から、そろりと顔を出す青の少女に向いた瞬間

「アズライト!」

 少女がタッタッと青の少女に駆け寄っていく。

 青石も相澤の背中から前に出てセルリアに歩み寄る

「セルリア……?」

「アズライト……そうセルリアよ。覚えてくれていたんだ」

「ボクが忘れる訳ないよ!……セルリアが来たって事は。

 ――そっか、そういう事なんだね」

「うん……そうよ」

 少女が互いに手を握る。

 互いに抱擁を交わした。

 セルリアはアズライトの体を更にきつく抱きしめる。

 アズライトの眼から涙が流れた。

 それは彗星のように流れて落ちた。

 再会を喜ぶ二人は同時にそれが、別離へのカウントダウンが始まったことを理解する。

 彼女に残されている時間は残り少ない。

 選べる選択肢など彼女たちには無かった。


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