青の少女のヒーローアカデミア   作:かたやん

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第12話

--side 轟焦凍--

 

 轟は雄英高校から帰宅した。

 彼の家は相当に広く豪邸の部類に入る日本家屋だ。

 父親がヒーローとして成功している彼は裕福な暮らしを享受してきた。

 だが決して恵まれていたと本人は思ってはいない。

 幼いころからトップヒーローにするために、彼の父親は虐待とも言える仕打ちを繰り返してきた。

 明らかにやり過ぎのその訓練の結果、轟の母親は心を病み。

 そして彼自身も心に深い傷を負っている。

 

 彼の頭に過るのは今日の戦闘訓練のこと。

 自身が訓練で建物を氷漬けにし、圧倒的に終わらせた記憶ではない。

 青山が撃たれ、そして青石ヒカルが助けたあの光景だ。

 

 法月将臣。

 放課後の相澤先生の説明で、あり得ない程の権力者だと理解した。

 どこかで見た覚えが轟は有る気がしていたが、相澤先生の話でようやく思い出した。

 幼いころ父親に何回か会いに来ていたのを轟は見ていたのだ。

 轟は思い起こす。

 あの時、青山を助けた青石が微かに震えているように見えた。

 それは彼女が法月に怯えていたのだと今なら分かる。

 彼女は恐怖と戦いながら青山を助けたのだ。

 そしてあの時に。轟は動けなかった。

 轟だけではない。

 動こうと思ったら他の誰であっても幾らでも動けたはずなのに。

 やはりあの男の気に、あてられていたのだろうか。

 あの時の彼女が脳裏にちらついて離れない。

 青山が除籍になった後に、彼女は空気を読まない行動をとり続けていた。

 それも、もしかしたらクラスメイトを励まそうと、彼女なりに努力していたのかもしれない。

 彼女は一人の命を助けたのに、称賛される事など無かった。

 今更の話だが、もっと別の接し方だって有ったかもしれない。

「糞……!」

 苛立ちが募るのを轟は感じる。

 轟の目標はヒーローになる事だ。

 ただなるだけではない。

 それも右の個性(氷結)だけでヒーローになり、糞親父を見返してやること。

 ずっとそうだった。

 そしてそれはずっと変わらない筈で。

 しかし彼女と出会ってから何かがおかしい。

 轟の根幹を成しているそこが、揺らいでいるのを感じる。

 考えながら廊下を歩く。

 視線を感じたので前を向いたら一人の男がそこに居た。

「焦凍、話がある。ついて来い」

「……」

 轟に声を掛けたのはナンバーツーヒーロー”エンデヴァー”。

 本名、轟炎司(とどろき えんじ)。彼の父親だ。

 青石ヒカルと会話を休み時間にしていると、なんとエンデヴァーの事が出てきたりした。

 彼女は糞親父(ちちおや)と知り合いだった。

 稽古をつけてもらったことが有るらしい。

 彼女自身はエンデヴァーの事を”(えん)ドバー”と言っていたが。

 青石ヒカルのネーミングセンスが轟は心配になった。

 彼女は『炎がいっぱい出るだけの地味な個性だよね』と辛口評価をしていた。

 そんな会話をしていたことが思い出されて、轟は吹き出しそうになるが耐える。

 頬が思わず緩んだ。

 エンデヴァーの眼が少し大きくなった。

「大事な話だ」

 連れてこられたのはエンデヴァーの書斎。

 轟は扉を後ろ手に閉めた。

 しばらく部屋の中で沈黙が続く。

 やがてエンデヴァーの口を開いた。

「お前のクラスに青石ヒカルという少女が居るな?」

「ああ、それがどうした」

 あれほどの目立つ存在を忘れられるはずも無い。

 入学初日に彼女を見かけ、教室まで連れて行った時の記憶は生涯残り続けるだろう。

「彼女についてどれくらい知っている?」

「……凄い個性を持ってるって事ぐらいだ」

 入学初日の体力テストを見た焦凍は驚愕した。

 あんなでたらめな事が可能な個性がこの世に存在するのかと。

 個性の詳細を青の少女が語ることはなかったが、それでも結果がハッキリと示していた。

 彼女と焦凍達の間に存在する越えられない壁の存在を。

 だが彼女はそんな事は一切気にしている様子はない。

 むしろ彼の事を友達だと認識している。

 クラスメイトからは彼女を半ば押し付けられながら相手をしていた。

 彼女はクラスメイトからは完全に問題児扱いである。

「この際だ、はっきり言おう。彼女に関わるな」

 父親の口調は、はっきりとしている。

 彼は関わらない方が良いと明らかに確信していた。

 彼女をまるで腫れ物のように扱うその言い方。

 焦凍は相変わらずの屑っぷりに辟易する。

 彼はは少し考えて質問した。

「親父は知り合いなんじゃないのか」

「聞いたのか?」

「ああ」

 エンデヴァーは首を縦に動かした。

「確かに俺は知り合いだ。個性の制御を教授した」

「それも聞いた」

「彼女の個性の事は聞いたか?」

「いや……」

 彼女は自身の個性の事を頑なに語ろうとはしなかった。

 体力テストであれだけの出鱈目な結果をたたき出したのだ。

 並みの個性の筈がない。

 彼女を強さだけで語るなら間違いなくオールマイトも凌ぐだろうことは、クラスの間での共通認識になっている。

 クラスの外にも徐々にその噂は広がりつつ有るようだ。

 それにしても彼女のそれが、どんな個性なのか皆目見当もつかない。

 様々な憶測が飛び交っているが未だに真相は闇の中だ。

「だろうな。焦凍、アレは俺たちの手に負える存在ではない。

 文字通り次元が違う存在だ。

 焦凍、お前は俺の最高傑作だ。

 いずれお前はオールマイトを超えるヒーローになれるだろう。

 だが彼女に追い付ける事は絶対にありえん」

「なぜ……」

 返す焦凍も本当は分かっている。彼女が体力テストで見せた程の力。

 あの領域にはどれほどの努力をしても届くことは絶対にありえないと。

「お前が俺の最高傑作ならば、アレは世界の最高傑作だ。

 そしてその用途も決まっている。

 彼女は使い捨ての道具に過ぎん。

 深入りして情が移らんように俺は注意しているんだ」

「ふざけるな……!」

 焦凍はエンデヴァーの胸倉を掴む。

 その言葉に激しい憎悪が呼び起こされた。

 頭の中が熱くなっているのを感じる。

 血液が煮えたぎって沸騰しているような感覚。

 今この男はあの少女を『道具に過ぎん』と言った。

 彼女はどれだけの力をもった存在であれ、ちゃんと人の心を持った「人間」だ。

 そんな事は短い付き合いの彼でもはっきりと分かる。

 やはりこの男は人間の屑だと彼は確信した。

「焦凍。ふざけてなど居ない。

 現にトップヒーローの何名かが彼女の育成に関わっている。

 あのオールマイトですらだ」

「それが一体どうしたと」

 オールマイトが関わっていたことに若干の驚きが轟の言葉に混じる。

 そして同時にどうしようもない嫌な予感が彼の中を駆け巡った。

「お前には教えてやろう。この世界の真実の一部をな」

 エンデヴァーの口が開く。

 紡ぎだされる言葉に焦凍は顔色を変えていく。

 どうしようもなく理不尽な世界、そして彼女に待ち受ける運命と残酷すぎる現実。

 焦凍は掴んでいた胸倉をゆっくりと放した。

「嘘……だろ?」

「残念ながらこれが現実だ焦凍。仕方がないのだ。

 世の中は全て「仕方がない事」で動いている。

 ……”スターレイン”は近い。

 決して口外はするな」

「それは……いつ」

 焦凍の心は既にここに有らずだ。

 ふらふらと立っているだけで精一杯だった。

「約一か月後だ。心にとめておけ。彼女の邪魔だけはするな

 お前は彼女が守った世界でヒーローになればいい」

 轟は部屋を勢いよく飛び出した。

 扉が乱暴に閉められて激しい音をたてる。

 どこに向かうなど考えもせずに廊下を走り抜け、靴も履かずに庭に出て空を見上げた。

 果てしない闇の向こうに無数の星が夜空に輝いていた。

 やがて、どうしようもない理不尽が空からやって来る。

 父親から聞いた話を彼は思い出す。

 人類は彼女に頼る事でしか生き残れない。

 彼女は役割を果たすために作られた。

 そして役割を果たした後、彼女は処分される。

 今日青山を助けたときのように、誰からも称賛される事も無く。

 記録にも記憶にも残されることは無く。

 人知れず彼女は世界を救い、そして殺される。

 そしてそれが「最善」であると理解してしまう事が、たまらなく悔しかった。

 一筋の星が夜空を横断する。

 願い事を思い描く暇もないまま、それは燃え尽きて消えた。

 それは彼女の人生そのもののように轟には思えた。

 

…………

 

………

 

 

--side 相澤消太-

 相澤は地下施設から地上に出てきた。

 既に時刻は夜の十時になっている。

 地下施設に突如やってきたセルリア・セレスタイト。

 彼女は多くを語る事は無かった。

 そして相澤は直後に、根津校長からの呼び出しを受け地上に向かった。

 地上に向かう相澤の服を、青石ヒカルは掴んで離そうとしなかった。

 もっと一緒に遊んでほしいらしい。

 完全にガキの行動のそれに精神年齢がまだまだ低いと思う。

 しまいには背中に抱き着いて、わがままを言いたい放題言い出した。

 そんな青の少女をセルリアがたしなめて、相澤はようやく解放されたのだ。

 相澤は校長室の前に来た。

 横の法月の執務室に人はいない。

 彼とて一日中雄英に居る訳では無い。むしろいない時間の方が多い位だ。

 校長室のドアをノックする。

 返事が返ってきて、相澤はドアを開けた。

「やあ、よく来てくれたね。相澤先生」

 そこに居たのは大きい一人のネズミ。

 いかにも高級そうな革張りの椅子に腰かけている。

 いや正確には乗っている。彼の足は床に届いていない。

 世界でもまれな、個性が発現した動物が彼だ。

 ネズミの異形型の個性というわけでは無い。

 彼はあくまでも個性”ハイスペック”を宿す”ネズミ”なのだ。

 相澤は校長先生に促され、簡素な木製の椅子に腰を下ろした。

「セルリア・セレスタイトの件についてですか?」

「彼女についてはまた後日に話そう。

 調べた限りでは法月よりも穏健のようだし。

 今日の青山君のような事にはならないと思うよ」

 どうやら相澤が心配していた事は回避できそうだ。

 青石ヒカルもセルリアに会えて心底喜んでいた。

 あの子は馬鹿だが人を見る目はそれなりにある。

 セルリアは多少なりは信用できそうだと相澤は判断した。

「それなら良いんですが……根津校長、もしかして例の調査が進展したと」

「……そうだね。僕もただ手をこまねいた訳では無いよ。

 国家権力の元で行使される明確な悪。

 せめて反撃のチャンスを伺うべく情報を集めていたのさ。

 けどね……」

 根津からA4サイズの書類を渡される。

 中身は根津が独自のネットワークで集めていた、青の少女に関係すると思われる情報。

 その中に気になる文言を見つけた。

「これは……プロジェクト”Azurite(アズライト)”。

 それにプロジェクト”Reason(リーズン)”?」

「プロジェクト”Azurite(アズライト)”。

 元々個性が無い世界を想定していた世界規模のプロジェクトさ。

 全世界の人類の脳を電脳にリンクさせ、言葉が違っても意思疎通が可能な社会を構成する……。

 だけど個性というイレギュラーが発生して、一度は失敗に終わっているんだ」

「この”Reason(リーズン)”については何も?」

 相澤の言葉に根津は顔をゆがめた。

 それは様々な感情がごちゃ混ぜになった、相澤が初めて知る校長の表情だった。

「……相澤先生。ここから先の話は聞くか聞かないか慎重に決めてほしい」

「何を突然……」

「よく考えてほしい。聞いてしまったら、もう後には引き返せない。

 相澤君は計画を聞かされているよね。

 だけどそれは、真実には程遠い。ほんの一部に過ぎない。

 真実を知ってしまったら、結論は一つしかないと分かってしまう。

 ……あまりにも残酷すぎる」

 根津はがっくりと顔を落とす。

 無力感に包まれたその様子は、普段からはとても想像できない。

 相澤は、はっきりと返事をした。

「構いません。覚悟は出来てます」

「本当に良いんだね?」

「ええ」

「……十年前の「青の世界」。 それが引き起こされた後。

 オールマイトが「アズライト」に何をしたのかは知っているよね。

 法月の命令で彼が行った非道を」

「……それがどうしましたか」

 相澤の心の中に隙間風が吹いたような気がした。

 思い出されるのは十年前の地下施設。

 法月に命令されるまま非道を繰り返すオールマイトの姿。

「結論から言うと、僕は仕方がなかったと判断せざるを得なかった。

 法月がオールマイトにさせていた事は無駄ではなかった。

 それどころか、 オールマイトには……。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「冗談じゃない!オールマイト……。

 表では平和の象徴としてへらへら笑っていながら、裏ではあんな……」

()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……なんだと?」

 相澤の思考が一瞬停止する。

 だが理解が及ばない。確かに彼女が起こしてしまった事故は悲惨なものだった。

 だからといってあんな風に痛めつけることに、明確な意図が有ったとは考えづらい。

 ましてやそうしないと世界が滅ぶなど、意味が分からない。

 命令だったからなど言い訳でしかない。

 あの時のオールマイトは明確に(ヴィラン)だった。

「相澤先生。よく考えてみよう。疑問に思わなかったのかい?

 なぜ彼女の存在が許されているんだろう。

 核兵器なんか比較にならない程の危険な力だよ。

 これほどの強力な個性が、たった一か国の力で開発できると思うかい?

 もし出来たとして、それほどの個性を開発した日本は、どうして世界から非難を浴びていないんだろうね?

 人権を軽視した施設生活を強要して、個性開発を進めていたんだ。

 普通なら大問題どころの話じゃないよ」

 その言葉に相澤は考えた。

 全ては法月の命令で動いているからだと考えていた。

 彼の権限を存分に使って、自分の手駒を作っているのではないかと。

 だが違うとでも言うのか。

「非難されていないのは、国際的に様々な国が関わっているんじゃないのかな?

 そして十年前の「青の世界」。数千万人が死亡したあの事件。

 なぜ日本は袋叩きになっていないんだろうね?

 真相は世界に広まっていないから、というのは道理が通らない。

 あの事件は”Azurite(アズライト)”の暴走により引き起こされた。

 世界規模で開発されたプロジェクトだよ。

 世界各国が共同していたんだ。

 日本だけが真相を知っている訳がない。

 つまりあの事件は世界規模で隠蔽されたのさ」

「……何だと」

 確かにそれなら理屈が通るかもしれないが。

 だがしかし

「それも全部、「仕方がなかった」としたら?

 個性の開発も、全ては「何か」に対抗するためのモノだとしたら?

 他に手段が無く、それをしなければ世界が滅ぶとしたら?

 彼女は確かに世界を滅ぼしうる力を持っている。

 上の人間も強欲だけど馬鹿じゃない。

 考えなしにそんな個性を開発したりしない。

 なら、それほどの力を開発した理由は一つしかない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()、彼女は作られたのさ」

「馬鹿な!彼女を無力化する計画が動いていると法月は……」

 相澤が椅子から立ち上がり声を上げる。

 冷静な彼に珍しい動揺だった。

 根津は落ち着いて言葉を返す。

「嘘じゃない。彼女はその災厄に対抗した後に、速やかに処分されることになっているから。

 実際に彼女は危険な存在になってしまっている。

 それは間違いじゃないからね。

 相澤君が聞かされていたのは、その部分の計画なんだろうね」

 校長室に静けさが蘇る。

 相澤と根津の呼吸の音だけが静かに聞こえる。

 そして少し時間が経った後、根津は口を開けた。

 彼は既に疲れ果てていた。

「彼女が対抗するのは、世界が滅びる大災厄。

 最大で直径10キロの流星群が、約一か月の間に五回に渡り地球上に降り注ぐ。

 ”5th(フィフス)スターレイン”。

 「青の世界」なんて比較にならない。正真正銘の世界の終わりさ」






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