青の少女のヒーローアカデミア   作:かたやん

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第14話

 学校生活の三日目が始まった。

 相澤は朝のホームルームで教室を見渡した。

 全員揃っているようだ。みんな揃って酷い顔つきをしている。

 ろくに眠っていないだろうと一目で分かった。

 相澤は切り出した。

「急な話だが、今日から留学生が来ることになった」

「「「……」」」

 普通はここで盛り上がるなり、驚くなりの反応が返ってくるだろう。

 だがクラスの反応は沈黙。

 あれだけ元気が溢れていた1-Aは、昨日までとはまるで別のクラスのようだ。

 登校してきたのは良いがまるで覇気がない。

 そのままではいずれ潰れるだろうと思うが、そうはならない。

 その理由を相澤は知っていたが今は言わない。

「入れ」

「失礼します」

 相澤が声を掛けると教室のドアが開いて、セルリアが入ってくる。

 教室は彼女の姿に感嘆する声で溢れた。

「綺麗……」

 彼女の金の髪に緑の眼。整った顔。

 見た目だけの勝負なら青石ヒカルも負けていないだろう。

 だが彼女からは青石ヒカルのような残念感は全く漂ってこない。

 青の少女と違い彼女は気品を備えていた。

 青石ヒカルが彼女に手を振って、セルリアがそれにウインクで応えた。

 セルリアは教卓の前で一礼して口を開いた。

「私はセルリア・セレスタイト。この度留学生としてお世話になります」

「日本語ペラペラや!」

 麗日お茶子が声を上げる。

「私は高等尋問官ですから同盟国の日本語は話せて当然です。

 ……あ、あれ皆さん?」

 高等尋問官という単語が出た瞬間、上がりかけた雰囲気が底冷えする。

 昨日の法月で高等尋問官というものに対して恐怖を覚えているのだ。

「高等尋問官というのは法月だけなんじゃ!?」

 緑谷出久が声を上げる。

 その質問にセルリアは答えた。

「もちろん「日本の」高等尋問官は法月将臣だけね。

 でもこの制度は何も日本だけの物じゃない。

 かつて世界中で採用されていたの。

 今でも採用している国の数こそ減ったけれどね。

 そして私はアメリカの高等尋問官よ」

「じゃあ法月のような事は出来ないんですね」

 緑谷の言葉に1-Aは心を撫でおろす。

 彼女は「アメリカ」の高等尋問官だと言ったから当然の反応だろう。

 だが

「えっ出来るわよ」

 彼女の言葉で希望は打ち砕かれる。

「「え!?」」

「だって日本とアメリカは同盟国だもの。

 互いの国で互いの高等尋問官は権力を行使できるわ。

 つまり法月はアメリカで高等尋問官として権力を行使できる。

 逆に私も日本で高等尋問官として活動できるのよ」

「……」

「あっ待って待って!私はいたって常識の範囲内でやるわよ。

 法月のような人は、ほんの一部の人だけ。

 ……といっても信じてもらえないわよね」

「そりゃあ……なぁ」

 切島鋭児郎の言葉に、クラスの全員が首を縦に振る。

 昨日まざまざと見せつけられたのだ。

 高等尋問官の権力と恐ろしさを。

 そう簡単に信じられるわけがない。

「だから私は信用してもらうための、実績を作ることにしたわ。

 私の事を信用できるかどうかは言葉ではなく、行動で判断してもらいましょうか。

 ――入ってきていいわよ!」

 セルリアが廊下の方に呼びかける。

 すると

「ハハハハ!待ちくたびれちゃったよ!」

「「「!!?」」」

 教室の扉がガラッと開く。

 男は勢いよく入ってくる。

 教卓の前にまで進み、くるくるとその場を回り、よく分からない決めポーズをビシッと決めた。

「キラキラが止められないよ☆」

「「「青山君!!?」」」

 紛れもなくその姿は、昨日除籍処分になった青山優雅(あおやま ゆうが)だった。

 

…………

 

………

 

 

 時は少し遡り、前日の戦闘訓練後まで遡る。

 青山優雅はゆっくり雄英高校敷地外へと歩いていた。

 思い出しているのは先ほどの授業の風景。

 憧れのヒーローになるその第一歩になるはずだった。

 皆から注目され、(ヴィラン)を倒す輝かしい未来が待っていると思っていた。

 なのに今のこの現実はなんなのか。

 青山は迂闊過ぎた自分を恨む。そして法月将臣を憎まずにはいられなかった。

――このマントヤバくない?

 考えたらそんな言葉は、まずいという事は分かったはずなのに。

 だが彼の浮かれた言動は、昨日の相澤先生の体力テストが関係している。

 相澤先生は「合理的虚偽」と、のたまい結局除籍をしなかった。

 脅すことはしても本当に除籍する事など無いのだと彼は考えたのだ。

 常識的に考えて。

 だがその考えが致命的な過ちに気付いた時にはすでに手遅れ。

 現に青山はこうやって除籍され、雄英高校を去らなければならなくなっている。

 そして

――青山君、けが無い?

 青山を銃弾から庇い助けてくれた青石ヒカル。

 彼女に青山は何も言う事が出来なかった。たった一言のお礼の言葉すら。

 あの時にはあまりにも衝撃的過ぎて言葉が出てこなかった。

 だけどその事があまりにも情けないと思え涙が再び込み上げてくる。

 もう目の目に雄英高校の門が迫っている。

 この遅々とした歩みも現実を受け入れたくない心境の表れか。

 悪あがきでもいい、出来るだけ長くここに居たいと青山は思う。

 そしてもう少しでゲートをくぐり終え敷地の外に出るその瞬間

「お待ちください」

 後ろから声を掛けられた。

 踏み出しかけていた足が止まる。青山は振り向いた。

 そこに居たのはメイド服の女性。

 先ほどまでは影も形もなく辺りには青山しか居なかった筈だ。

 こんなに綺麗な人が居るのに気づかないなんて、余程参っているのだと青山は思った。

「青山優雅様でいらっしゃいますね」

「……そうだけど僕に何の用かな?僕はもう雄英の生徒じゃ」

「その事に関して時間を頂けますか」

「……」

「申し遅れました。私はシアンと申します。私について下されば分かります。

 あなたと話をしたい方がいます」

 青山はその女性について行くことにした。

 来ていた道を戻り雄英高校の敷地へと歩みを進める。

 だんだんと人気のないことろにまで青山は案内されていた。

「こんな僕に話……ハハよっぽど暇なのかな?」

「旦那様は常日頃忙しくなさっておいでです。

 くれぐれも無礼はせぬよう……失礼」

「えっ目隠し」

 唐突に青山はシアンに目隠しを巻かれてしまう。

 目隠しされる時、彼女の胸が青山の背にあたって彼は非常にドキドキした。

「ここから先は機密情報となります故」

「でも何も見えないよ☆!」

「私が手を引くので問題ありません」

 暗闇の中で青山の右手が温かい感触で包まれる。

 手をゆっくりと引かれながら青山は彼女について歩き出した。

(や、柔らかい……)

「何か言いましたか」

「い、いや!?何でもないさ!ハハハハ!」

 彼女が冷たい目で見ていることを、見えていないのに青山は感じた。

 やがて地面の感触が変わって建物の床になる。

 外ではなく明らかに建物の内部にまで案内されている。

 だが生徒たちの声などは一切聞こえず静寂そのものだ。

 校舎の中ではないのだろう。

 そして下へ下へ向かう感覚がした。エレベーターに乗せられたと理解する。

 それからしばらく歩いて青山はどこかの部屋に入れられたのが分かった。

 そこでようやく目隠しが外される。

 壁も床も天井も真っ白な部屋だった。ちょうど教室と同じくらいの広さだそうか。

 シアンに促され青山は椅子に座る。

 彼女は入り口付近で立ったまま待機していた。

 ほとんど物がない。幾つかの机と椅子が有り、目の前の机の上に大型のモニターが有るくらいだ。

 椅子に腰かけてそんな部屋を青山は眺めていた。

 するといきなり目の前のモニターに何かが映された。

 画面の中に居るのは、中年くらいの一人の男だった。

「君が青山優雅君か」

「……」

「旦那様。いきなりの事で彼は混乱しているものと思われます」

 シアンが青山の傍にまで来て返事を返す。

 青山はようやくそれがテレビ電話だと理解した。

「はは、無理もないか。少年、私はベレンス・セレスタイト。

 アメリカの高等尋問官だ。君が除籍になってしまった経緯をシアンから報告を受けてね。

 簡潔に言うと君の除籍処分についての話だ。

 私はこの件には直接関与はしない、君の件は娘に一任することにしてある。

 だが君を一目見ておきたいと思ってね」

「……はい」

 画面の中の男の言葉にどう返していいものか青山には分からない。

 思い出すだけで情けなくなって、青山はうつむいてしまった。

「辛いだろう。当然の事だ。いきなり撃たれたのだ。

 だが君はこうやって生きている。

 青山優雅君、君にはまだ選択肢が残されている。

 何を選ぶのかは君次第だ」

 その男の言葉も今の青山に届く言葉は多くない。

 彼がアメリカの高等尋問官だという事すらも青山は聞いていなかった。

「セルリア後は任せたぞ」

「はい、お父様」

 画面にもう一つのどこかの映像が割り込んでくる。

 ベレンスの映像の方は切れて、モニターに映るのは少女の方だけになる。

 どこかの列車だろうか。映像の中で窓の外を景色が流れている。

 その映像の主は金髪の少女。

 少女が画面の中から話しかけてくる。

「シアン久しぶりね、元気にしてた?」

「ありがとうございますお嬢様。何も変わりありません。

 ……と言ってもこの私は分身ですが」

「そっか、本体のシアンによろしくね」

 分身という言葉に少しだけ青山は反応する。

 先ほど手を握られたりした感触は紛れもなく本物だったが……。

 ”分身”という個性なのかと青山は思った。

 彼女の個性、実際は”忍者”で有るのだが。

 初めまして青山優雅君。

 私はセルリア、セルリア・セレスタイトよ。

 突然の話で悪いんだけど、あなた私の部下にならない?」

「……へ?」

 青山の喉から間抜けな声が漏れた。

セルリアは続けて言う。

「まぁ戸惑うのは無理ないわね。

 順に話すとするわ。まず私は高等尋問官なの。

 君を除籍処分にした法月将臣、彼と同じね」

 高等尋問官という言葉に青山は体がビクンとなった。

 今日の出来事で無意識のうちに恐怖が刷り込まれているのかもしれない。

 少女は「大丈夫?」と声を掛けてくるが青山は何も返さない。

「そして高等尋問官という存在は、何かしらの私兵を所持しているものなの。

 その方が何かと便利だから。私もそろそろ一人ぐらい欲しいなって思っていてね。

 君はその第一号という訳。別にただで私兵になれとは言わないわ」

 彼女が迫力のある笑顔を浮かべた。

 ごくりと青山は唾を飲み込んだ。

 映像越しに彼女のただものではない雰囲気が伝わってくる。

「今日の除籍処分は私の権限で取り消す。

 あなたは雄英高校にまた戻れるという事。

 存分に学業に励むといいわ。

 私としても、部下には学んでもらわないと困るしね。

 その代わり、こき使わせてもらう事にはなるけど、

 どうする?」

「も、戻れるのかい!?雄英に!?」

「ええ、と言っても今日中は流石に無理だけど。

 明日から貴方は雄英の1-Aに戻れるわ」

「本当の本当に!?」

「私を誰だと思っているの?高等尋問官よ。

 除籍を取り消すぐらい簡単な事よ」

「やっ……やったー!うひょおおおお!」

 突然降ってきた救いの手に青山は狂喜乱舞する。

 喜びが強すぎて顔がかなり怖い感じになっていた。

 シアンは青山が落ち着くのを待った。

「君の個性”ネビルレーザー”。とても興味深いわ。

 確かに色々な欠点は有るけど素敵な個性だと思う。

 私ねエンジニアでもあるの。ヒーローコスチュームに関してそこそこ以上の腕を持っているって

 自覚しているわ。私が作ったコスチュームの実験だ……試験をお願いしたいのよ」

「実験台って今言わなかったかい」

「言ってないわ!空耳よ!」

 ごほん、とセルリアは咳払いする。

「後アズ……じゃなかった。青石ヒカルにちゃんとお礼を言う事!いい!?」

「わ、分かった。僕もね、お礼を言えないままでいいなんて思っていないよ」

「分かっているならよろしい!じゃ、午後にはそっち着く予定だからよろしく。

 さっそく用意していたラボで色々しましょうか。

 ふふ……ふふふふ。ストライク自由ナンダムちゃん……。

 とうとう秘蔵のあの子がお披露目かぁ……。

 ふふふふ……あはははははは!!」

 怪しげな高笑いを残しながら電話と映像が消えた。

 プツンと回線が切られてモニターに何も映らなくなる。

 部屋の中に再び静寂が戻り、青山とシアンだけになる。

 シアンが青山に話しかけてきた。

「青山様……」

「シアンさん」

「ご愁傷様です」

 沈痛そうな顔でシアンが言う。

「ハハハハ!真面目そうな貴方でも冗談を言うんですね☆」

「よりにもよってお嬢様に目を付けられるとは……。

 残念ながら、除籍の方がまだ楽だったかもしれません」

「……」

 シアンの憐みのこもった表情が、それが真実であると何よりも雄弁に語っていた。

 青山は今更になって冷や汗が止まらなくなる。

 一体これからどんな日々が待ち受けているというのか。

 彼女が懐から何かを取り出す。

「青山様、これを」

 シアンが青山に小さめの何かを握らせた。

「銃弾……」

「今日、青山様の命を奪うはずだったものです。

 あなたの命は決してあなただけの物ではありません。

 今日あなたを救った青石ヒカルはもちろんのこと、他にもたくさんの人に支えられ

 あなたという人はここに居る事が出来るのです。

 どうかその事をお忘れなきよう」

 鈍色の銃弾を見ると明確にあの情景が蘇る。

 青山は浮かれていた気持ちをぎゅっと引き締めた。

――お前の本質は、ただ目立ちたいだけの人間に過ぎない。

 法月の言葉がふと思い出される。

 確かに彼に言っていることは的を射ていた。

 青山はただ目立つ存在なりたかった。

 その事に一生懸命過ぎて本当の気持ちを、いつの間にか忘れてしまったのかも知れない。

 きっと青山の最初の気持ちは単純だった。

 誰かのためになりたかった。そんな存在になりたいと願った。

 だからヒーローになりたいと夢を見た。

 それが青山優雅という人間の原典だったのだ。

 だから必死になって努力をする事が出来て、雄英のヒーロー科という難関に滑り込むことが出来た。

 ならば銃弾(これ)は戒めとして持っておこう。

 決して今の気持ちを忘れないように。

 忘れかけてしまっても、今の気持ちを再び思い出せるように。

 何より青石ヒカルに受けた恩を忘れぬように。

「いい表情になりましたね」

シアンがそっと微笑みかけた。

 青山は笑顔でそれに応える。

 それは先ほどまでの笑顔とはまるで違い、芯の通った信念を感じる。

 紛れもなくその表情はヒーローと呼ぶに相応しかった。

 

…………

 

………

 

 

「なんで!?除籍になったはずじゃ……」

「彼の除籍処分は、高等尋問官権限で取り消されました。

 これで少しは、私がまともな高等尋問官だと理解して頂けたでしょうか?」

 セルリアはにっこりと笑顔を浮かべた。

「信じる!めっちゃ信じる!」

 そんな時廊下からものすごい足音が近づいてきた。

 まるでゾウの行進のようだ。その足音は教室の前で止まり

 ドオン!

 扉が災害のように開いた。そこに立っているのは法月将臣。

 彼は般若ような形相をしている。

 空気そのものが怒りをまとっていた。

青山優雅(あおやま ゆうが)……なぜ貴様がここに居る!

 私が直々に除籍処分にしたのだ。今すぐ……」

「その命令なら無効になりました。法月将臣」

 セルリアがつかつかと法月の方に歩み寄る。

 まるで生徒たちを、法月から守る様に立ちはだかった。

 彼女に顔を向ける法月。

「セルリア・セレスタイト……。ベレンスの差し金か」

「貴方はやりすぎたのよ法月将臣。これから先私が居る限り、あんな理不尽な命令が

 通ることはあり得ません」

青山優雅(あおやま ゆうが)の除籍については適切な判断だった。

 貴様が口を挟む事ではない!」

 法月が杖をダン!と床に突き付ける。

 クラスの何人かが悲鳴を上げるが、セルリアは動じることは無い。

「いいえ挟む事ね。……記録を確認しました。

 確かに青山優雅(あおやま ゆうが)は不適切な発言をしたでしょう。

 言動や性格、個性についても確かに貴方の言った通りでしょう」

「ちょっと!?」

 青山が抗議の声を上げるが誰も反応しない。

 法月が青山をぎろりと睨み彼は悲鳴を上げた。

「ならば」

「ええ」

 法月の言葉をセルリアが冴えきる。

()()()()()()()()()()()()。法月将臣。

 けれど人は成長するものです。日々色々な影響を受けて変わっていきます。

 今は彼は未熟で、何も知らない子供です。

 だからこそ色々な事を知る必要がある。経験を積む必要がある。

 そのために、この学び舎が有るのです。

 人は間違える生き物です。本当に必要なのは、間違えたときに罰する事ではありません。

 次は間違えないように、教え支え導いていく。

 傍に寄り添って、心の支えとなる。人々と共にある。

 それが本来の、高等尋問官のあるべき姿です。

 コスチュームを着て、憧れのヒーローになれると

 少し浮かれてしまった程度の少年に銃を向け、あまつさえ発砲するなど……!

 言語道断です!恥を知りなさい!!!」

 セルリアの怒声が教室を揺らす。

 彼女の怒りと気迫はそれが向けられていない1-A全員すら震えがくるほどだった。

 教室の中が静まり返る。

 ごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。

 セルリアと法月の視線がぶつかり合う。

 最高権力者同士のその迫力はまるで、最悪の(ヴィラン)とヒーローが対峙しているかのようだった。

 法月が口を開く。

「……小娘が」

「何か言ったらどうかしら?()()

 語尾を強調してセルリアは法月を挑発する。

「……今は引いてやろう。今はな」

「ずっと出てこなくても良いわよ」

 法月は何も返さずに教室を出ていった。

 扉が轟音と共に閉められる。

 それは法月の苛立ちを端的に表現していて、彼女の完全な勝利を意味していた。

 再び教室が湧き上がる。空気がまるで沸騰しているみたいだった。

 そんな中、青山が、青石ヒカルに近づく。

 そして深々と頭を下げた。

「ありがとう」

「青山君……?」

「君があの時助けてくれなかったら、僕は死んでいた。

 ここに立っていることすら出来なかった。

 ずっとあの後、後悔してたんだ。

 僕は、命を救われた……なのにお礼の一つも君に言えなかった。

 ここに僕がこうして居られるのは君のおかげさ」

「そんな!あの時ボクは除籍を止められなくて……だから!」

「でもその時、私は青山君を助けられなかったわ」

 セルリアが割り込む。

「結局除籍処分を解除できたのは、当たり前だけど青山君が生きていたから。

 確かに()()()。あなただけでは除籍は撤回できなかった。

 でもそれは私だって同じことよ。

 ヒカルが助けなかったら青山君は死んでいて、除籍を撤回なんて不可能になってたわ」

「セルリア……」

「たとえ一人なら出来なくても、二人でなら出来ることもある。

 ヒカルが法月に立ち向かい繋いだ命が有るから、私が助ける事が出来たのよ。

 だからヒカル、誇っていいのよ。あなたが助けた命はちゃんと繋がるの。

 そしていつの日か。助けられた青山君がヒーローになり、誰かを助けたら?

 それは貴方が助けた事にも、なるんじゃないかしら?」

「あ……ああ……」

 セルリアの言葉に青の少女の胸がつまる。

 息も出来ないような、だが不快ではない何かがこみあげてくる。

 青石ヒカルの目の前の景色が滲む。

「人と人の繋がりが見知らぬ人にまで届いて、誰かのためになる事が出来る」

「う……あ……」

 青の少女の表情が崩れる。

 瞳から涙がぼろぼろと溢れて止まらなくなる。

 少女の涙で歪んだ景色のセルリアが満面の笑顔になった。

「それってとても素敵な事じゃないかしら」

 青の少女は声を上げて泣いた。

 セルリアの胸に飛び込んでぐしゃぐしゃに顔を歪ませた。

 クラス中の人たちが群がり祝福する。

「青山君……ありがとう……」

「何で君がお礼なんて言うんだい」

「分からない……分からないよ!」

 少女は泣きながら笑顔になる。ぐしゃぐしゃの笑顔を浮かべる。

――人の為に、誰かの為に。

 少女のお人よし過ぎる、そしてささやかな願いはここに叶っていた。

 それを夢見たのは、何も青の少女だけではない。

 人は自分の事が一番大事な生き物だ。

 だが、同時に誰かを思って生きる事も出来る存在でもある。

 誰かを助けたい、誰かのためになりたい。

 綺麗ごとに過ぎないその願いは確かに人を動かした。

 あの『ヘドロ事件』の時の緑谷出久のように。

 そして、そんな存在に憧れて人は目指すのだろう。

 ヒーローという存在を。

 ならばヒーローという存在は決して特別なものではない。

 資格などの問題ではない。

 誰かのために手を差し伸べたその瞬間、人はヒーローになるのだ。

 差し伸べられたその手は、次の誰かにまた繋がって、それが巡り巡って世界に広がっていく。

 それはやがて理不尽に抗うための力になる。

 青の少女が笑顔になる。青山も笑顔になった。

 紛れもなく青の少女は、青山にとってヒーローで。

 同時に青山は、少女にとってのヒーローだった。

 


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