青の少女のヒーローアカデミア   作:かたやん

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第16話

 セルリアは緑谷と轟に青の少女の話をした。

 戸惑いを隠せない二人の顔をセルリアは眺める。

 どこかで授業終了のチャイムが鳴った。

 彼女は思い出す。およそ七年前に彼女と出会った日。

 セルリア・セレスタイトの原典(オリジン)を。

 

…………

 

………

 

 

「あなたがアズライトね」

「えと、君は?」

 必要最低限の物しかない真っ白な空間で二人の少女が出会った。

 まだ幼い日のセルリアと、当時名前がない「青の少女」。

 高等尋問官の父を持つセルリアは、その父親に連れられてきていた。

 セルリアは若くして才能に溢れていた少女だった

 政府が開発していた人工個性「Reason」の適正に恵まれた彼女は、無事にインストールが完了。

 優秀な高等尋問官になる事を期待されていた。

 弱点と言ったら彼女は生来「無個性」で有った事くらいか。

 彼女の頭の中に次々と浮かんでくる独創的なアイデアに発明。

 それらは幾つもの論文になり、世界全体のヒーローコスチュームのレベルを数段階引き上げる程だった。

 彼女の人生は希望に満たされ、何も迷いなくそのまま真っすぐに進んでいくはずだった。

 だが青の少女に会ってからセルリアの中の何かが変わった。

 会うまでは「青の世界」を引き起こした責任をとことんまで追及してやるつもりでいた。

 どんな最悪な人間の屑だろうかと思っていた。

 けれどもそんな感情はなんて薄っぺらかったのかと、今になっては彼女はそう思っている。

 世界を救うために作られた彼女。

 今も続けられている訓練の域を超えた残酷な仕打ち。

 地上に出されることは無く地下深くに住むことを強要され。

 それでも、それらに負けることなく彼女は夢を持ち続けていた。

――何処にでも行きたい、何処までも行きたい。

  人の為に、誰かの為に。

  世界の何処にでも、行きたい。

  どんな人とでも、居られるように。

  人が広く、生きて行く為に。

 語る夢にセルリアの中の何かが動くのを感じた。

 青の少女はどれほどの酷いことをされても、本気で人を憎み切る事は無かった。

 世界の何処にも彼女の味方をする人は居ないのに。

 青の少女は人の為に生きる事を夢見ていた。

 何も映らない白の天井をじっと見つめ、その遥か向こうに広がっている青空を想像しながら。

 互いに言葉を交わして友達になるのに時間はいらなかった。

 セルリアは彼女に約束した。

 いつか外に出して本物の世界を見せてあげると。

 世界中を飛び回り、色々な事を一緒にしようと。

 彼女はその日胸に誓った。

 青の少女が世界の為に有るのなら、

 せめて自分だけは少女の為に有ろうと。

 少女たちは互いに小指を絡め、再会を誓って別れた。

 

 もうすぐで研ぎ澄まされた爪を上げる時が来る。

 彼女は心の奥に秘めた願いは反逆。

 横の法月をちらとセルリアは伺う。

 気づかれるわけにはいかない。

 今は表向きの任務をこなさなければならない。

(決行は明日。ヒーロー基礎学の時……オール・フォー・ワン……か。

 所詮(ヴィラン)だし信用は無理……互いに利用するだけの関係。

 でも今はそれで問題ないわね)

 予定とは随分異なった形にはなったが、もう少しで青石ヒカルを外に出すことが出来る。

 外の世界を見せてあげられる。

 そのために死ぬ気で努力を重ねた。手段なんて問わずなんでも利用できるものは利用した。

 権力を手に入れるため高等尋問官にまで上り詰めた。

 そして日本や世界の各地に自分だけが知る拠点も用意した。

 例え世界から狙われることになっても逃げられるように。

 ここまで準備を重ねたのだ。

 失敗するわけにはいかない。

 セルリアの目に覚悟が宿る。世間はセルリアの事を(ヴィラン)と呼ぶだろう。

 数多のヒーロー達から狙われる立場に落ちぶれる。高等尋問官の権限も剥奪される。

 だがそれでいい。高等尋問官になったことすら彼女にとっては「青石ヒカル」を救うための「手段」でしかないのだから。

 人の為に、誰かの為に。

 青の少女自身がどこか諦めていた余りにも綺麗すぎる願い。

 子供が描くような夢物語。

 それでも守ってあげたいとセルリアは願った。

 そんな願いの通りに生きられたらどんなに良いだろうと思った。

 例え(ヴィラン)になっても。

 例え世界が滅ぶことになろうとも、私だけはあの子の味方であると。

 少女に出会ったあの日に、そうセルリアは誓ったのだから。

 

…………

 

………

 

 

 

 遠くで二時間目の授業開始のチャイムが鳴った。

 セルリアは息を吐きながら口を開いた。

「……もっとも当初の彼女の力は、今と比べると随分と弱かったのだけど」

「どういう風に?」

 緑谷の疑問に彼女は答える。

「個性の効果範囲が狭かったのよ。Azurite(アズライト)はそもそも何のために研究されてたか説明したわよね」

「世界中の人を電脳で繋げる……事ですか?」

「ええそうよ緑谷君。つまりAzurite(アズライト)は人類の全てインストールされ、それぞれが協調して動くことを前提としている。

 単体ではなく”群体”で動くことがAzurite(アズライト)の前提。

 最初に彼女にインストールされたバイオウェア、Azurite(アズライト)はあくまで単体。

 それも本来の使用方法ではなく、彼女の”同化”で無理やり使っている状態よ。

 当然出力は落ちるわ。彼女の個性の有効範囲はバレーボール大程の大きさくらいしかなかった」

 法月がセルリアの後に続いて言った。

「だが、彼女の個性の変異を受けて計画は変更されたのだ。

 当初の予定ではAzurite(アズライト)で脳をリンクさせ、巨大な一つの個性を形成する事でスターレインを迎撃する予定だった。

 しかし彼女ほどの個性ならば十分に迎撃させることが可能だと判断された。

 確かに範囲は狭かった。そのままでも強力ではあるがスターレインに対抗するには力不足だと判断された。

 そしてバージョンアップが試みられた。

 単体のAzurite(アズライト)から群体のAzurite(アズライト)へと」

「彼女の個性は単体から自己分裂を繰り返して”群体”へと進化した。

 それまでは良かった。でも、見誤っていたことがあった。

 彼女の個性”同化”によって彼女の人格そのものが個性と一体化していたの」

「けれど当時の誰もその事に気が付かなかった。個性と一体化した彼女の人格。

 それが個性が群体へとなった瞬間、一体になった彼女の人格もまた分裂してしまった。

 一つの体の中にいきなり万を超える人格が宿ってしまったらどうなるかしら?」

 想像するだけでぞっとしない話だ。

 緑谷出久は想像してしまったのか身震いしている。

 案の定彼女は暴走して世界中に災害を振りまく結果となった。

「そしてあの悲劇が起きたわ。十年前の災厄「青の世界」が。

 今の彼女の中には個性と一体化した万を超えるAzurite(アズライト)が内包されている。

 その万を超えるAzurite(アズライト)を統括する最上位個体のアズライトが存在するの。

 それを私達は「レギオン」と呼んでいるわ」

 

…………

 

………

 

 

 雄英高校は昼休みになった。

 色々な所からどこにそんなに居たのかと聞きたくなるほど、わらわらと人が湧いてくる。

 轟焦凍はそんな雄英の校舎から少し離れた場所に居た。

 涼しい風が木々の間をすり抜けて吹き通っていく。

 見上げたら見渡す限りの青空が木立の上に広がっていた。

 ベンチに腰掛ける轟の隣で、青の少女が無表情に合成食品を食べている。

 やはり見た目はドックフードそっくりだ。

 勝手にひとつ食べてみる。

「あっ! 轟君酷いやそれボクの!」

 全く酷い味がした。

 少女は殆どこれを毎日食べさせて生活してきたと聞いている。

 彼女の味覚は既に正常なものではない。

 轟の中にある堪忍袋がさらに膨れるのを彼は感じた。

 彼の右腕にある腕時計のようなものはART(アート)

 正式名はAll Round Toolだ。

 青の少女の計画で生み出されたその端末はオーバーテクノロジーの塊である。

 彼はセルリアの説明を思い出した。

――彼女の個性は相澤先生の個性を解析して作られたシステム……。

  それによって常時抑え込まれているわ。

  彼女の白のワンピースはその拘束具。

  対アズライトに特化した仕様だから、いかに彼女とは言え容易に抜け出したりなんて出来ない。

  普段の拘束レベルは4。最高は5だから一歩手前ね。

  最高レベルの5だと彼女は個性を一切使えず無個性と同じになる。

  もしも危険だと判断したら迷わずそのART(アート)でレベル5に切り替えなさい。  。

  もっともいつまで抑え込めていられるのか分からないけどね。

 轟は青の少女を眺める。

 青石ヒカルは残り少ないパックの食料を食べている。

 父親は関わるなと言ったが、既に後には引けない。

 望む望まずに関わらず轟は彼女に関わっていくしかない。

「……轟君?」

 青石ヒカルが轟を見ている。

 風が頬を撫で、彼女の髪からふわっと香りが轟の元に流れる。

「お前の監視を命令された。お前が逃げ出さないように」

「セルリアから?」

「ああ」

「別に逃げやしないのに。でもセルリアが……そっか。うん、何処まで聞いちゃった?」

 轟は話した。Azurite(アズライト)の個性の説明を聞いたこと。

 彼女が生み出された経緯にスターレインの事。

 轟の口が閉じ、少女は悲しそうな顔で笑顔を浮かべた。

「……そうだよ、全部本当の事。ボクは世界を救うために作られた」

「その後にお前は」

「うん、……死ぬ」

 轟は先ほどのセルリアと法月とのやり取りを思い出した。

――なぁ、親父から聞いた話なんだが……

――何かしら?

――あいつは……スターレインが終わった後に殺されると聞いた。本当なのか?

――話したのはきっとエンデヴァーね。……事実よ。

――青石の個性、今は何とか制御できているが、いつ手に負えなくなるか誰にも分らん。

  数千万が犠牲になった十年前の再来を許すわけにはいかん。

  よってスターレインの迎撃後処分されることが決定している。

  轟焦凍よ、その事は本人も了承済みだ。

(糞……これがヒーローのやる事か?)

 彼は悔しさに歯ぎしりする。

 勝手に世界を救うために生み出されて、危険だから閉じ込められた。

 その個性も彼女が望んで手に入れたのではないのに。

 そして轟はそんな彼女の監視をしなければならない。

 彼女を閉じ込めているのは、法月とヒーロー達だ。

 それが果たしてヒーローがやる事なのだろうか。

 いくら世界を救うためだからと言っても、ここまでの事が許されていいのだろうか。

 青の少女の育成と監視の任務はヒーローによって大部分が行われていた。

 世間からは知られていないその任務は世界を救うために。

 そのために行っていた事は、まだ幼い少女の監禁だった。

(こんなのまるで……(ヴィラン)のやる事だろ)

 轟は自問自答を続けるが答えは出ない。

 数千数万の人間が彼女の個性で死んだ。

 そしていつまた同じことが起こるかなど誰にも分からない。

 彼女の個性をいつまで抑え込めるかなど誰にも分からないのだ。

 だから彼女は……。

「ふざけるな。なんでお前が死ななくちゃならねぇ」

「ふざけてなんかないよ。だってそれがボクの役割だから。

 ボクが生かされている理由だから。

 それが無くなるからボクは死ぬ。それだけの事だから」

 轟は数日前の彼女と出会った時を思い出した。

 あの時にはさっぱり理解できなかった行動も今になってみたら分かる。

 授業中もどこか上の空で、窓の外を眺めているのも。

 地下三千メートルの施設で育てられた彼女にとって、地上は憧れその物だったからだ。

 今も暇さえあれば彼女はずっと空を見上げている。

 空を見上げているその姿を見るうちに、轟は不安になっていた。

 気付いたら彼女は次の瞬間居なくなってしまうような。

 そんな風に思えて仕方がなかった。

「他に方法なんてないよ轟君。大丈夫、スターレインはボクが何とかするから。

 世界は終わらないから。

 ボクが轟君がヒーローになった姿を見れないのは残念だけど。

 でも世界は……ううん、轟君はボクが守るから」

「っ……!」

 スターレインを迎撃出来なかったら人類は滅ぶ。

 彼女しか対処できるものは居ない、頼る事でしか生きられない。

 だが同時に彼女は世界にとっての脅威でもある。

 そんな彼女が生かされているのは必要だからに過ぎない。

――お前は彼女が守った世界でヒーローになればいい

 糞親父(ちちおや)の顔を轟は思い出す。

 彼女は道具に過ぎないと彼は言った。だが違う。

 轟の中で彼女は「友達」で「人間」だ。

 だが世界中の誰もが彼女の味方ではない。

 彼女を守ろうとする人など一人も居ないのに、彼女はそんな世界を守ろうというのか。

「……何も知らねぇ癖に」

「轟君?」

 彼女は世界を守ってそして死ぬつもりでいる。

 何も知らないのに、何も知らない癖に。

 轟はようやく自分の気持ちの一部に気付いた。

 彼は憤っていた。こんな生活を強要する世界に。

 だがそれ以上に彼女に対して。

 何も世界の事を知らないくせに、その世界のために死のうとしている。

 誰も味方をしてくれないこんな世界を守ろうとしている。

 全てを抵抗せず受け入れて。

 轟はそんな状況に流されるだけの彼女に怒っているのだ。

「お前が……その世界の事を何も知らねぇ癖に。一体何を守ろうっていうんだよ」

「それは……」

 言いよどむ青石ヒカル。

 互いに何も言葉が出てこない。出す言葉が見当たらない。

 二人とも結局は何も知らなかった。

 青の少女は救いたい世界の事をまるで知らなかった。

 だが轟もそれは同じだ。轟はヒーローをまるで分かっていなかった。

 ただなりたいと憧れた、だがそれは理解とは程遠かった。

 いざ現実を突きつけられるとなりたかった夢が霞んでいくのが轟には分かった。

(俺は一体何をしてるんだ)

 ヒーローとは彼の中で「正義」の筈だったのに。

 轟には何が「正義」で何が「悪」なのか分からなくなりかけていた。

「居たわね二人とも」

「セルリア!」

 ふと声を掛けられる。

 青石ヒカルが元気よく返事を返した。

 セルリアは二人の近くによって小声で言った。

「二人とも何も言わずついて来て」

 木立の間へとそのまま歩みを進めるセルリアに二人は続いていく。

 周りには林が広がっている以外何もない。

 セルリアは周りを注意深く見渡してから手元のART(アート)を操作する。

 すると

「うわぁ……」

 地面からせり出してくる公衆電話のボックスの様な構造物。

 その下には階段が続いていた。

「ついて来て」

 セルリアは先に入っていく。

 轟と青の少女はそれについて行く。暗闇の中で青の少女が轟の手を握ってくる。

 階段を数段降りていくと背後の入り口が閉まっていった。

 薄暗いLEDだけが証明の階段を下りたら狭い通路になる。

 そこを進むと一つの扉。

 セルリアが入り口の電子ロックを指紋認証で解除した。

 中には少し狭めの何かの研究室と思われる部屋が広がっている。

「ここは?」

「私が権力を行使して作らせておいた秘密のラボ。

 雄英だけじゃなくて全国の色々な場所に作っているの。

 高等尋問官になる前からあの手この手でね。

 ここなら盗聴や盗撮の心配はないわ。

 その服の監視も今はダミーのデータを流しているから大丈夫」

「わざわざそこまでする……何の話をするつもりだ」

 轟の言葉にセルリアはふっと笑みをこぼした。

 何か悪だくみでもしそうな顔だなと彼は思った。

「……ヒカル」

「セルリア?」

 どこか不安そうな青石ヒカルの声。

 彼女は轟の手をずっと握ったままだった。

 青の少女の握る手が強くなった。

「私は七年前の約束を果たす」

「え……でも。まさか」

 それだけで意味が分かったのかヒカルは狼狽えだした。

「そう、ヒカル。ここから逃げて欲しい。ここから私と一緒に出るのよヒカル。

 私はあなたと共にに生きていく」

「でもセルリアそんな事をしたら……」

 (ヴィラン)になると言いたげな彼女の言葉にセルリアは黙って首を縦に振る。

 轟には意味が分からなかった。

 先ほどまでは監視をしろと言っていながら、今度は一緒に逃げようと言う。

 さっきと言っていることが全く逆の彼女に轟は問いかけた。

「お前何のつもりだ? さっきの監視の任務とかは何だ?」

「アレはあくまで表向きの私の動き。まさか正面切って脱走しますなんて言えないじゃない」

 轟の頭の中は混乱している。

「轟君、ちょっとこっち来て」

「あっ二人だけで内緒話!?」

「ごめんねヒカル、ちょっとだけ轟君借りるわね」

 二人は少し不満そうな青の少女から離れる。

 轟とセルリアは部屋の隅で小声で会話する。

「轟君、あなたを見込んでの頼みが有るわ。

 私はあの子を……青石ヒカルを助けたい。その為に協力して欲しいの」

「……」

 轟は返事をしない。唐突なその言葉に頭がまだ追い付いていかない。

 確かに怒りはしていた。青石ヒカルを取り巻くどうしようもない状況に。

 だがあくまで法月やヒーローは世界を救うためにしていたとも理解している。

 セルリアは更に口を開く。

「このまま計画通り行くとあの子は死ぬ。法月やヒーロー達に殺される。

 ねぇ、轟君どう思う? 世界を救うために勝手に生み出しておいて。

 用がすんだらさっさと始末する。

 ずいぶんと糞ったれな話だと思わないかしら」

 セルリアが言っていることには正直その通りだと思った。

「私はあの子を外に連れ出す。決行は明日。

 ウソの災害や事故ルーム(USJ)でレスキューのヒーロー基礎学が行われる。

 校舎から離れた隔離空間に少人数の監督。

 あの子を連れ出すのにこれ以上の条件は望めない。

 そこに私が手引きした人達が乱入してくる予定よ」

 轟はその言葉に考え込んだ。そこまで言ったからには相当にこちらを信用しているか。

 もしくはただの馬鹿なのか。この情報を法月や相澤先生辺りにばらし次第、破綻するのは目に見えている。

 それを踏まえたうえでなら、轟がこの話を断らないとやはり判断しているのか。

「俺をそこまで信用する理由があるのか?」

「有るわ」

「何が」

「あなたあの子の友達じゃない」

「それだけか?」

 その言葉にセルリアは「一番大事な事よ」と返す。

「昨日の夜あの子に聞かされたわ。あなたの話を。

 あの子には純粋な友達なんて一人も居ないの。居なかったの。

 任務とか使命とかそんなの関係なく、ありのまま出会えた人なんて今まで一人も居なかった

 だからあなたの話をしているヒカルには驚かされたわ。

 轟君の話になると、とても嬉しそうに話し出すのよ。

 少し妬けちゃうくらいにね。

 そして今日の朝の様子を見て確信したわ。

 あの子を救うのには轟君が必要不可欠だって」

 セルリアの言葉に轟は思案する。

 轟だって青石ヒカル助けてやりたい。

 だが勝手に連れ出し逃げ出す。それは……

「……俺に(ヴィラン)になれと言うのか……?」

「なれと言っている訳じゃないわ。でもあの子を救うためには、法や秩序に逆らう必要があるってだけ。

 それを(ヴィラン)と呼ぶかどうかは貴方が決めると良いわ。

 でも正解。世間一般にあなたも私も(ヴィラン)と認知されることになるわ」

 轟の中の思考がさらにぐちゃぐちゃになって行く。

 轟はヒーローになりたい。

 氷結の個性だけでヒーローになって父親を見返す事が目的だった。

 だがそれでは彼女を救うことは出来ない。

 彼女を救える存在はヒーローではないからだ。

「轟君。綺麗事なんかじゃあの子の命は救えない。

 あの子が生きるには(ヴィラン)になるしか、方法はそれしか残されていないの」

 緑谷出久がこの場に居たら青の少女がどのように映っただろうか。

 きっとあの貧民街の子供たちと青の少女を重ねていたのではないか。

「何かねぇのか? 合法的にこいつを助ける手段が」

「有ったらとっくに私がなんとかしてるわよ」

 法や秩序に従っている限り、彼女は生きられない。

 青の少女が生きるためには(ヴィラン)に身を落とさなければならない。

 社会の理不尽そのものが人の選択肢を奪い続ける限り、(ヴィラン)という存在は無くならないのではないか。

 だがその事に轟が気付いたのは、随分と先の話になる。

 少なくともセルリアは青の少女を救おうとしている。

 例え法に逆らっていたとしても、それが「悪」だとは轟には思えなかった。

「轟君、この通りよ。力を貸してくれないかしら」

 セルリアは頭を下げて轟にお願いする。

 轟の心は揺れていた。

「一つだけ聞かせてほしい。お前はなんで……」

「こんな事をするのか? かしら」

 彼はああと返事を返す。

「轟君。友達を助けるために何か理由が必要かしら?」

「……いや、ねぇな」

「そういう事よ、単純でしょ」

 セルリアは手を差し出す。

 轟は散々迷った末にその手を握り返し――握手した。

 彼女はたおやかにほほ笑んだ。

「スターレインの迎撃が終わったら、あの子は殺される。

 でも私はそんなの認めない。あの子と一緒に生きて生きて……生き抜いてやる。

 糞ったれなこんな世界でもね。 私はヒカルを助けたい。

 ここから連れ出して、もっと広い世界を見せてやりたい。

 例え(ヴィラン)になっても。

 ヒカルを見捨てるような事になったら私は、胸を張って生きる事なんて出来ない。

 絶対に後悔する事になる」

 轟はもう一度自分の過去を振り返る。

 考えたら轟は人の為にヒーローなろうとしていたのだろうか。

 もしかしたら人を救いたいのではなく、ただ憧れていただけなのかもしれない。

 だが今は、明確に救いたい人が轟の中にある。

 あの日たまたま近くを通りかからなければ、友達になってはいなかった。

 彼にはそこに何か運命的なものを感じずにはいられない。

 自動販売機の事も知らない非常識な行動。

 とぼけた表情も世間知らずな態度もその度に彼をイラつかせた。

 なぜかそれも全部含めて彼女という存在を、守りたいものとして認識させていた。

――彼女は使い捨ての道具に過ぎん。深入りして情が移らんように俺は注意しているんだ。

 思い出したのは父親の言葉。

(残念だが糞親父……もう手遅れみたいだ)

 青の少女は余りにも確固たる存在として轟の中に有る。

 たった数日の出会いなのに。彼女の存在は無視をするには余りにも大きすぎた。

「明日の作戦、私の協力者はこう呼ばれているわ。

 彼はかつてオールマイトと死闘を繰り広げた。

 裏社会の帝王、(ヴィラン)最大の統括者。

 ゛オール・フォー・ワン゛……ってね」

 青の少女を脱走させること、少なくとも彼の中に後悔などひとかけらも存在していない。

 間違ってなんかいないと彼は確信している。

 この瞬間彼は明確に自分の意思で、彼女を助けるために(ヴィラン)なる事を決意した。

 

 


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