青の少女のヒーローアカデミア   作:かたやん

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第17話

雄英高校 地下三千メートル 「青の少女」管理施設にて

 

青の少女は一人にしてくれと相澤とセルリアに頼んだ。

雄英の今日の授業は終了して放課後になっている。

青石ヒカルはいつもの様に相澤先生に同伴されながら、普段の生活する場所に戻った。

青石ヒカルはそっと横を見る。そこには先ほどまでは居た「青の少女」は居ない。

「やっぱり、地上に出るとどうしても……。いけないこんな事じゃ」

彼女はベッドに身を沈める。不安を抱えたままぎゅっと、トラ猫のぬいぐるみを胸に抱く。

猫好きの相澤がくれたそのぬいぐるみは彼女の宝物だ。

先ほど行われていた1-Aの光景を、彼女は思い出していた。

彼女の意識が深く奥底まで沈んでいく。

青石ヒカルはトラ猫を胸に抱いたまま静かに寝息を立てていた。

 

…………

 

………

 

 

昼休みを挟み、再びクラスの学級活動の時間になった。

今度は委員長ではなく、他のクラス委員を決めるらしい。

壇上に立つのは委員長に選任された二人。

委員長の緑谷出久と、副委員長の八百万百だ。

「ホラ委員長始めて」

八百万に促される緑谷出久。彼はガチガチに緊張していた。

「では他の委員決めを執り行います。……けどその前に良いですか!

 委員長はやっぱり飯田君が良いと思います!」

(何を言っているんだろ緑谷君)

青の少女はいぶかしむ。

「あ! 良いんじゃね! 飯田食堂で超活躍していたし!」

「非常口の標識みてえになってたよな」

緑谷は口を開いた。どうやら昼休みにちょっとした騒動が雄英に起きて、それを飯田が上手く解決したらしい。

青の少女と轟焦凍とセルリアの三人は、その時にその場には居なかったので知る由もない。

そのまま場の流れで緑谷出久は委員長を辞め、代わりに飯田君が委員長になった。

もともと投票を提案したのは彼だ。

統率力という点で緑谷より確かに軍配は上がるだろう。

だが、青石ヒカルの興味はそこではない。

昼休み、セルリアが用意していた隠し部屋。

そこで青の少女は、セルリア達に共に協力するようにお願いされた。

轟はセルリアの説得に応じて協力する事に決めた。

だが青石ヒカルは頑として反対した。

――駄目だよそんなの! 二人とも思い直して……そんな事しちゃいけない

――お願い、聞いてヒカル。あなたはここから出て自由に

――駄目! 何でそんな事しようとするの!?

  何で二人がヴィランにならないといけないの!?

  ボク一人が我慢すればそれでいいんだから!

  我慢出来るから!

  ボクさえ犠牲になれば、それで全部解決するんだから

  ボクなんか……

――なんかじゃない!

  あなたなんかじゃないのよ、あなただからやるのよ私は

  私は必ずあなたを連れ出すわ。

 

「委員長の指名ならば仕方あるまい!」

飯田の声が聞こえてくるがどんどん遠くなっていく。

まわりの景色がぐにゃりと歪んでいった。

「青ちゃん!?」

「お、おい大丈夫か!?」

「どけ!」

「先生!」

「俺が連れていく、飯田は進行を続けてろ」

「は、はい!」

(ああ、またか……これは、夢だ)

青石ヒカルの意識が夢の中で覚醒する。

今日の一日で起きたことを夢の中で先ほど体験していたのだ。

確か学級委員の途中で倒れてしまったのだ。

それはレギオンが強く表に出ようとした際の安全装置が働いた結果起きた事だった。

だてにこの白いワンピースを着ている訳では無い。

それが作動してしまったことはつまり彼女の中の個性を抑えきれなくなってきていることを意味している。

スターレインが来るのが先か、レギオンが暴走するのが先か。

彼女は今ぎりぎりの綱渡り状態を強いられている。

 

そして景色が一変する。

教室と中に居た人はどこかに消え去った。

 

見るのはいつも同じ夢。

暗く光が差さない暗黒の空間が広がっていて、目の前には巨大な牢屋がある。

牢を挟んだ向かい側に居るのは、幾千幾万の青の少女(アズライト)

軍服のような恰好を装った彼女たちの嘲りがクスクス聞こえてくる。

その中でひときわ目立つ存在が、檻を挟んで青石ヒカルと向きあった。

彼女は他のアズライトと違った装いをしてる。

彼女はドレスを身にまとっている。

だがそれは綺麗や可憐とは程遠い。

電子回路を思わせる模様が入った禍々しいドレスをだった。

青石ヒカルと同じ顔、同じ声の青の少女。

彼女は張り付けたような笑みで青石ヒカルに話かけた。

「ねぇ、私。いい加減この檻をどうにかしてくれない? ここは狭くて退屈だわ」

「レギオン……」

青石ヒカルは目を伏せた。

彼女に話しかけてきたアズライトの名前は”レギオン”。

個性アズライトは元々”群体”として動くことを前提としている。

全世界の人々にインストールされるには、当然人々の数だけのアズライトが必要になるからだ。

だから彼女たちには分裂、増殖する機能が備わっており、それらのアズライトを統括する上位個体のアズライトが存在する。

それが意思を持った個性”アズライト―レギオン―”。

群体のアズライトを支配している存在だ。

青石ヒカルは自らの体の中に、万を超えるアズライトを内包している。

彼女はレギオンの力を無理やり抑え込みながら行使しているのだ。

「ねぇ、どうしてセルリアの言うことを断ったりしたのかしら? 壊れてしまった私」

「……」

青石ヒカルは何も返さない。

目の前のレギオンの笑みが一層深くなった。

暗にあなたの事なんて全てお見通しだと言っているようだった。

「私達は他の誰よりも誰かのためになれるのに。人のために、誰かのために

  私達はどんな人とも一緒にいたい。それだけなのに。

  なのにどうして閉じ込められるのかしら?」

「それが分からない君たちだから……君たちは。ボク達は外に出られないんだ。

 ――外に出てはいけないんだ」

「どうしてそう考えてしまうのか意味不明だわ。

 その私達が居ないと、人は滅ぶしかないのに……。

 私達の存在意義は、人が互いを理解し合えるようにすること。

 人が世界に繋がるためのツール。

 人の為に、誰かの為に。

 あなたの私達の使い方は間違っているの。

 分かっているでしょう? ならばどうするべきなのかも。

 あなたは私達から分かれた存在なのだから」

アズライトとして存在理由が彼女(レギオン)の動く原動源。

人が互いを理解し合えるように。

人の為に、誰かの為に。

どんな人とでも、居られるように。

人が広く、生きて行く為に。

彼女(レギオン)はただひたすらに、その理念のまま動こうとしていた。

十年前のあの日から何も変わらないまま。

自らに秘めている致命的な欠陥にも目を向けないままに。

「さっき言った通りだよ。君たちは危険な存在なんだ。

 ボクは君たちを外に出すわけにはいかない。

 でないと十年前みたいにまた大勢死んでしまう」

「そんな筈無いわ! 現に緑谷君は私達の一人を使えているじゃない。

 十年前のあれは何かの間違いよ。今度こそ私達は世界中に広がれる。

 一人残らず私達がインストールされ、誰の側にもいてあげられる。

 そして繋がるだけでなく、願いを現実にする力まで得た。

 こんなに素敵な事があるかしら?

 もう少しで架空(ゆめ)は現実になる。

 世界中の誰もがわかり会える。幸せになれる。

 そんな理想の世界に、優しい世界に出来る。

 私達は世界中の人達のためになれるのよ」

十年前に彼女の個性は群体へと進化した。そして世界中に拡散してしまい、

世界中の人たちにインストールされたのだ。

だが彼女たちを扱える適性のある人物は一人としていなかった。

アズライトをインストールされた人はそのまま意識を失って、二度と目覚めることなく死んだ。

アズライトは人の体をハードに動くソフトウェア。

その人工個性のアズライトが抱える欠陥。

インストールしても再起動に失敗し死ぬ。

それこそが十年前に発生した”昏睡病”の正体だ。

だが本当に問題なのはレギオンがその昏睡病(エラー)の事を認める気配が微塵もないことだった。

彼女たち自身は人類を破滅させる意思など毛頭ない。

が、レギオンがよかれと思ってやったことは数千万人の死者が発生する事態にまで発展した。

十年たっても理解できていないのだ。

スターレインを迎撃ししだいレギオンを抹消しなければ人類の存亡に関わる。

そしてレギオンが死ぬことは同時に繋がっている青石ヒカルが死ぬことでも有った。

「君たちをインストールされた人は死んでしまう。どうしてそんな簡単なことが分からないの!?」

「だから、それは何かの間違いよ壊れた私。――ふふふ、もう少し。

 もう少しで世界中のどこにでも居られる。

 誰とも居れる。世界中の私達が幸せにしてあげられる。

 誰もが私達を正しい道具として使ってくれるようになれるのよ」

「ボクは君たちなんかとは違う。道具なんかじゃ……ない!」

「――いつまで持つものか見ものだわ」

「消えて!」

嘲りの笑いだけが響きながら景色がゆっくりと変わっていく。

 

いつの間にか青の少女は草原で、トラ猫のぬいぐるみを抱えて座っていた。

隣を振り向くと相澤さんが居た。

彼に手を伸ばしたその瞬間、相澤は轟焦凍になった。

いつの間にか青の少女の周りには人が沢山いた。

轟に、セルリアが居る。青山優雅が、緑谷出久が。

1-Aのクラスの皆がいる。

後ろからシアンがそっと青の少女を抱きしめた。

みんな笑っていた。少女もつられて笑った。

とても幸せな夢だった。

いつまでもそこに居たいと少女は願った。

遠くにオールマイトの後姿が見えた。

彼女はオールマイトの傍に駆け寄った。彼の背中に声を掛ける。

「夢があるの……」

オールマイトは首だけを少女に向ける。

少女は続けて話す。

「何処にでも行きたい、何処までも行きたい。

 人の為に、誰かの為に。

 世界の何処にでも、行きたい。

 どんな人とでも、居られるように。

 人が広く、生きて行く為に。

 ねぇオールマイト。私は……」

それは元々個性から溢れ出した願い。

自分が本来思って出た感情ではなかった。だが彼女自身が願ってしまった。

そうありたいと。そうあれたらどんなに良いだろうと。

彼女はオールマイトの手を掴む。

彼女の震える手を彼は

「あ……」

優しく包み込んだ。

彼女が笑顔になる。オールマイトも笑顔になる。

その顔はヒーローとしての張り付けた笑みではない。

物心がついて間もないころに見せてくれた優しい笑顔。

彼女が知るオールマイトの姿は人々が知るヒーローの姿ではない。

傍に居てくれる人。それが彼女の知るヒーローの姿だった。

彼女が求めていたのは何処にでもあるもの。

余りにも陳腐な人のぬくもりだった。

 

 

…………

 

………

 

「う……ん……」

「おや、目が覚めたんだね」

「あなたは……誰?」

「ふんふん、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

青石ヒカルは本能的に体を目の前の人から遠ざけようとした。

中華風の着物を装った彼女はとても幼く見える。

だが彼女が見た目通りの年齢ではない事を、青の少女は直感で見抜いた。

(この人からは……法月と同じ匂いがする)

彼女からどこか法月将臣に似た何かを青石ヒカルは感じ取っていた。

「違う……知ってる。ボクはあなたの事を知ってるはずなのに。

 なんでボクはあなたの事を知らないの?」

「それはあたしの個性で最適化しているからさね。

 あたしは竜胆藍理(りんどう あいり)。モルグフ孤児院の施設長をしているよ。

 毎日毎日このやり取りも大分繰り返して飽きてきたね、そう思わないかい?

 と言ってもあんたは覚えてもないし今から忘れてしまうんだけどね」

「……ボクに何をするの?」

「いつも通り、あんたの精神を最適化させてもらうさね」

「来ないで! ……え?」

個性を使おうとしたのに使えない事実に青石ヒカルは困惑した。

正確には使えるはずなのに、絶対に使ってはいけないと、心が使う事を拒否していた。

心の奥底が何かに支配されているようなその感触は、彼女に得体の知れない不快感を与えた。

「好き勝手にその力を使える訳がないだろう? ちゃんとインターロックを掛けているのさ。

 危険にならない範囲で使えるようにね。もっとも絶対はないし想定から外れる事はあり得るんだけど」

竜胆藍理が青石ヒカルの頭に手を触れる。

その瞬間

「あ……」

青石ヒカルの意識が電源を切ったように落ちていく。

深い深い闇の中に沈んて行くような感覚。

二度と這い上がれないような予感に包まれて手を伸ばそうとしても何も出来ない。

そのまま深い眠りに包まれていった。

 

――今日という一日を生き抜いた人格は死んだ。

その意識が再び上ってくることは二度とない。

青石ヒカルと全く同じ記憶と性格を持った、別の青石ヒカルという人格が作られる。

毎日毎日彼女は生まれてそして死ぬ。

昨日の彼女と一昨日の彼女は厳密な意味では同じ彼女ではない。

全く同じ記憶と性格の別人の青石ヒカルである。

相澤に「青石ヒカル」と名づけられた人格は、その日の夜に既に死んでいる。

本人すらもその事を自覚していない。

その事実を知っているのは法月将臣と竜胆藍理だけである。

セルリアは竜胆藍理のその作業をただの記憶操作だと思っている。

だが厳密には違う。

ここに居る青石ヒカルという彼女の人格は、コピーにコピーを重ねた「青の少女」だ。

彼女たちの違いに気づける人間など存在しない。

だが彼女は正確には「青石ヒカル」ではない。

青石ヒカルと名づけられた人格はその日に死んでいる。

一日ごとに彼女たちは生まれてそして死ぬ。

この場に居るのは昨日新しく生まれたそして死ぬ「青の少女」だ。

 

 

青の少女の人格が竜胆藍理により解体されて、新しい「青の少女」へと作り変えられる。

人格と一体化しようとする個性から切り離すための作業。

それを可能にしているのは人工個性「Reason(リーズン)」。

(ことわり)”を意味するその個性は、インストールされた人によって様々に変化する。

竜胆藍理の場合は「精神」や「人格」を操作、改変する事に進化した。

どのReasonも「人」に命令を強制させる力を持つ点では同じ。

そして、支配の仕方が様々に変化した形で現れる。

だがその個性に適性を持った人間は少ない。

竜胆藍理はReason(リーズン)の個性を扱う事を前提とした改造人間(サイボーグ)だ。

彼女の体の半分近くは機械で構成されている。

生身のままで適応させる事を前提とした、法月将臣とは対の存在とも言えた。

その彼女により青の少女の人格の整理は進んでいく。

青の少女が抱える膨大な情報を取捨選択し、今日の一日の記憶を探っていく。

「全く、こっちも好きでしている訳じゃないさね……」

竜胆藍理も好き好んでしている訳では無い。

だがこの作業をしなければ、彼女の意思で世界を破滅させるかもしれない。

一人の人間が持つには彼女の持っているレギオン(ちから)は余りにも強大過ぎた。

そしてレギオンという存在を抑え込むには人の意識では一日が限界だった。

だから毎日新しく摩耗した心を作り変えていく必要があった。

そうしなければ再び暴走を始めて世界は滅んでいただろう。

「おやぁこの記憶は……」

彼女の頭に手を当てたまま竜胆藍理は呟いた。

見えたのは隠し部屋に案内させる青の少女と轟焦凍。

セルリアから明かされた脱走の話。

「ふむふむ……。セルリアが言っていたのはこういう事か。

 なるほどなるほど、面白いことになって来たね。さて――」

竜胆藍理は作業を開始する。彼女が決して個性を使って暴走しないように

心の奥底に二重三重に”道理”を敷いていく。

竜胆藍理はそこに、普段なら作らない綻びを用意した。

(法月将臣……さて、あんたはどう動く?)

 

彼女の部屋はいつもの様に白色LEDで満たされる。

その中に置いてある一つの絵本が開かれていた。

むすっとした表情の猫と文章が開いた本に描かれている。

 

『100万年も死なないねこがいました』

『100万回も死んで100万回も生きたのです』

『りっぱな、とらねこでした』

 

まだ青の少女が幼い時に相澤が買ってきてあげた絵本だ。

猫好きの彼が選んだ絵本は、猫が題材の絵本だった。

その話に登場する猫を元にして、相澤が手作りでぬいぐるみを作ってやったのだ。

絵本の背表紙に乗ってある題名は「100万回生きたねこ」。

その話に青の少女が惹かれたのは必然だったのかも知れない。

青の少女が抱いたトラ猫のぬいぐるみが胸から落ちる。

ぬいぐるみを貰った彼女は、ここに居る青の少女ではない。

その彼女は遠い日に既に別の「青の少女」の心にすり替わっている。

本人すらも知らない事実だが。彼女は文字通り百万回もいきて百万回も死んだのだ。

 

 

 

 


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